#10―14
「さて、じゃあ俺はそろそろ行くわ」
冬休みの注意事項――と言っても長期休業前共通のようなものだが――などを伝達した今年最後のHRが終わった後、悠司は暫くの間有村と宮沢と駄弁り、話の途切れたタイミングで立ち上がった。
「おう。ってか、夕方までどうやって時間を潰すつもりなんだ?」
「そう、結構時間があるんだよなぁ……。何をするかは決めてないんだが、まあ弥生たちと合流してから、適当にぶらぶらするんじゃないかな?」
「もし良かったら……だけど、ミュージカル同好会も見に来て。私もほんのちょこっと出演してるから。……台詞は無いけど」
今年のクリスマスパーティーイベントに、宮沢は出演者側として参加する。弱小同好会の一つであるミュージカル同好会に仲のいい友人が所属しており、メンバーが足りないと泣きつかれて、台詞の無いチョイ役とダンスパートのバックダンサーとして出演するのだ。
悠司に絶賛アプローチ中の彼女としては、せっかくのクリスマスなのだからここぞとばかりに攻勢に出たいところだった。なのだが、中学時代からの親友といってもいい友人から頼まれては、断ることができなかったのである。ちなみにここ最近の休日と昼休みは、そちらの稽古にかかりきりだったので、当然ダンスの講習会には参加できなかった。
宮沢としては苦渋の決断だったわけだが、そんな風に同性の友達付き合いを疎かにしないところに悠司は好感を持っているので、結果的にはアピールになっているのかもしれない。
「了解。約束はできないけど、行き先候補に提案してみるよ」
「ホント!? ありがとー!」
悠司の返事に目を輝かせる宮沢に、有村が「いや、だから約束できないって……」と小声でツッコミを入れる。
「で、そっちは?」
「俺? 俺は独り身男子連中で適当にぶらつくつもり。たぶんちょっと早めの昼飯を食ってから帰るんじゃないかな?」
「……校内でナンパなんかしないでよ? 恥ずかしいから」
「するかっ!!」
「わはは」「あはは」
ちなみにこのイベント中、気になる異性にどこそこの出し物を一緒に見に行かないかと声を掛けるのは、割とよく見られる光景だ。それをナンパないし逆ナンと呼称するかどうかは、判断が分かれるところであろう。
本人にその意識がなくとも割とお調子者のきらいのある有村は、その場の雰囲気とノリと勢いで女子に声を掛けるくらいあるかもしれない。
そこはかとなく不安を感じた悠司は、もしその場に遭遇したら他人の振りをしよう――などと少々失礼なことを考えつつ、二人と別れ集合場所の学食へと向った。
昨日の時点では今日の集合場所は弥生たちの教室となっていたのだが、朝教室に着いたところで、弥生から集合場所変更のメールを受け取っていた。
学食が混み始める前に昼食をというのは分からなくも無いが、それにしてもちょっと早すぎる。そう訝しむ悠司が学食で見たものとは――
「いらっしゃいませ~。クリスマス限定スイーツを販売中で~す」
「本日限定のフライドチキンもありまーす」
学食前に設置された特設スペースで何故か呼び込み兼売り子をやっている、いつもの四人の姿であった。
女性陣三人は制服の上に白いファーで縁どられ、首元をリボンで留めた赤いケープを羽織り、さらにいわゆるサンタ帽を被っている。聡一郎はというと鹿の角のようなものを頭に着け、首から金色に輝くベルを提げている。
サンタ風衣装に身を包んだ三人娘はとても可愛らしく、特に西洋風の顔立ちに天然金髪の清歌は恐ろしく良く似合っている。聡一郎は聡一郎で寡黙で生真面目っぽい雰囲気でトナカイというのが、妙にウケているようだ。ちなみに呼び込みについては<ミリオンワールド>で何度もやっているので、四人とも手慣れたものである。
客寄せパンダ――ならぬサンタの効果があって何よりだ。なのだが、四人がそんなことをやっている理由が分からない。メールにもただ集合場所を変更するとだけ記されていた。
「……何をやっているのかね、君たちは?」
「むっ、遅いではないか悠司。待っていたぞ」
「はいは~い、じゃあコレとコレを付けてね」
弥生から聡一郎が付けているものと同じ角とベルを、問答無用で手渡される。
「一応、こちらも用意されているのですけれど、どうされますか?」
「強制じゃないけど……、ユージならやってくれると信じてるわ(ニヤリ★)」
「…………そんな信頼はいらんわ。真っ赤なお鼻は俺も遠慮させてもらう」
清歌が差し出した赤くて丸いものについては、手の平を立てて遠慮する悠司なのであった。――この流れでトナカイコスでの呼び込みを回避できるとは、微塵も考えていなかった。
呼び込みの仕事をしつつ事情を聴いたところによると、なんでも呼び込みを頼んでいたメンバー数人が風邪で倒れたり、発注した材料が遅れてしまった為に呼び込みに回す予定だった人員をも調理に回したりとトラブルが重なったために、呼び込みができなくなるという事態になってしまったのだそうだ。
極端なことを言えば、毎年恒例となっているGIIイベントであるクリスマスパーティーなのだから、呼び込みなどせずとも特に問題は無い。学食と調理系部活動が協力して特別メニューを販売するのは毎年のことで、配布されているチラシ等でも周知されている。
しかしながら、コーラス部や演劇部――宮沢の協力しているミュージカル同好会も――が、それぞれ衣装を着て校内を練り歩いて宣伝をしているというのに、自分たちだけ何もしないというのは面白くない。このイベントではランキングがあるわけでもないのだが、なんとな~く負けたような気がするとのこと。
そこで急遽代役を立てることとなり、<ミリオンワールド>で露店をやっていた実績のある彼女たちに話が来たのである。言うまでもなく情報提供者は田村だ。
「毎度のことながら、人が良いというかなんと言うか……」
事の経緯を聞いた悠司は幼馴染の人の良さに半ば呆れ、もう半分は納得し、溜息混じりの感想を漏らす。それに対し弥生が口を尖らせて反論した。
「困った時はお互い様でしょ? っていうか、誰かが強く反対したら私だって引き受けたりしなかったよ?」
「イベントに参加している気分になれますので、よろしいのではありませんか?」
「うむ。夕方までどう時間を潰すか思案していたところだからな」
「……まあ、確かにそれはなぁ」
校内のあちらこちらでは主に部活動による――ごく一部に教師グループもいる――様々な出し物が行われており、暇つぶしのネタには事欠かないとはいえ、夕方までとなると結構長い。結局はどこかのタイミングで学食やホールなどで駄弁りつつ、時間を潰すことになるだろう。
それを考えれば、こうやって提供側のお手伝いをするというのもまた一興という気がしなくもない。
「フフフ、それに無償奉仕じゃないのよ? お昼ご飯をタダでもらえるの。しかもケーキ丸ごと一個付き」
「ついでに言うと、私たちのお手伝いはお昼過ぎまでってことになってるから、それ以降は自由だしね」
「ほほー、なるほどね。そういう事ならまあ手伝うのも悪くないか」
ピークタイムの昼を過ぎればある程度は余裕ができるので、後は本来のメンバーで賄うことができるとのことだ。それならば丁度いい暇つぶし代わりになる。報酬があるのであれば特に文句も無かった。
まあ若干気になるのは、弥生たちと仲の良い田村を通して、どうせなら一年の美少女トリオ、とりわけその不動の一位である清歌を担ぎ出そう、という思惑が透けて見えるところだ。普通に考えれば、勝手が分かっている二年生に依頼する方が自然であろう。
そんなこんなで五人は、休憩を挟み時に雑談なども交えつつ、二時間余りの間売り子さんとしてお仕事に励むのであった。
「ところで男女の衣装に格差があるように思えるんだが……」
「良い所に気が付いたね、悠司! 実は男子の方は角だけじゃなくて、トナカイの着ぐるみコスがあるんだ~。よく気付いたね?」
「マジか、そんなものが……じゃなくって、男子の方は出オチ感満載のトナカイなのに、女子の方はどこぞのアニメのキャラが着てそうな衣装じゃないかっつー話だ」
「アニメは分かりませんけれど、考えてみればサンタクロースは男性ですよね……」
「確かにそうだけど……、男のサンタなら長くて白い髭を生やした人じゃないとそれっぽくないわ。恰幅が良ければ完璧よね」
「まあ、ぶっちゃけ調理系の部活は女子の方が多くて発言力もあるからね~」
「あー……、女子の衣装は気合を入れて可愛らしく、男子はオマケ程度と……。世知辛いな」
「ふむ、しかし着ぐるみか。ここは結構寒いからな、着れば意外と暖かくていいかもしれんな」
「「「「………………」」」」
売り子の仕事を終えた一時近く、清歌たち五人は学食にてようやくちょっと遅めの昼食にすることにした。選ぶのはもちろんクリスマス限定スペシャルメニューである。
今年のスペシャルメニューはその名も“クリスマスカレー”である。白と緑と赤、三食のカレーが小さめのカップに入っているセットで、星型に抜かれた黄色いパプリカが飾り付けられている、確かにクリスマスっぽい色合いのメニューだ。なおご飯とナンのどちらかを選択できる。
三色のカレーの内、緑は辛さを普通・辛口・激辛の三段階から、赤はそれに加えて超辛を選択可能となっている。弥生は赤を辛口で緑は激辛を選択し、清歌はそれならちょっと交換したいからと赤を激辛で緑は辛口を選択、絵梨は両方普通、聡一郎は両方を激辛、そしてチャレンジャーな悠司は緑を激辛、赤を超辛にしていた。なお普段はカレーといえばご飯なので、たまにはいいだろうと全員ナンを選択している。
「水泳大会の時といい今回といい、ここの学食は絶対辛いモノ大好きの変人が働いているに違いないわ……」
悠司の選んだ超辛の赤いカレーに胡乱げな視線を向けつつ、絵梨は緑のカレーを口に運ぶ。彼女にとっては普通でも結構辛いと思うのだが、スペシャルなだけあって確かに美味しい。それに白いカレーはマイルドで口を落ち着けることができるようになっており、なかなか良く考えられているセットだ。
「確かにこの超辛は……、かなりヤバ目の辛さだが……、だからって変人はないだろう変人は」
額に汗をかきつつ、それでも辛くて美味いと言う悠司に、絵梨がさらに引いた様子を見せる。変人でないのなら、それはもう変態よ――などと言いたげな表情だ。
「でもさ~、今年のスペシャルメニューっていうことは、毎年違ってる訳でしょ? あ、清歌、赤の激辛ちょっとちょーだい。で、こっちの緑の激辛ど~ぞ」
「はい、どうぞ、弥生さん。では緑の激辛を少し頂きますね。……そういうことなら今年がたまたまカレーだったというだけで、必ずしも毎年辛いメニューではないということでしょうか?」
「しかし水泳大会のは毎年恒例なのだろう? 去年がどうだったのか、悠司は知らんのか?」
氷でキンキンに冷えた水を一口飲み、ほぅと息を吐いた悠司が義姉から聞いた話を語る。去年はなんでも“クリスマスラーメン”で、白と緑と赤の三色の小鉢ラーメンがセットになっていたのだそうだ。ちなみに三っつの内一つは別の小鉢とチェンジ可能で、白はご飯、緑はサラダ、赤は麻婆豆腐となっていた。
これが結構評判で、特に小鉢で三色という見た目が可愛いと主に女子生徒からの受けが良かったらしい。それで今年も同じ路線で、三色のカレーになったという事なのだろう。
「……で、その赤いラーメンっていうのは?」
「所謂ラーメン屋さんの担々麺だな。もちろん激辛も選べる」
「チェンジ可能な麻婆豆腐っていうのも……」
「当然、激辛もある」
「「「「………………」」」」
やはり学食スタッフには激辛偏愛の変人がいるのではないか? 四人の心にそんな疑惑が生まれた瞬間だった。
実のところ三年前まではチキンをメインにしたメニューが続いており、何か目新しいものをと考え、赤に緑に白というクリスマスカラーをコンセプトにしようとなったのである。去年ラーメンだったのは、通常時の人気メニューの一つであることと、スープで三色を表現しやすいという理由である。これは今年のカレーについても同様の事が言える。
要するに激辛の特別メニューを作ろうとしたわけでは無く、あくまでもコンセプトはクリスマスカラーなのである。従って、彼女たちの疑惑は事実無根の濡れ衣と言えよう。
もっとも念入りに辛さの段階を調整し、更に悪ノリ気味の超辛まで作る辺り、妙な拘りのある人物がいるのは間違いなさそうである。
妙な話の流れになってしまったが、なんだかんだで五人ともクリスマスカレーを美味しく平らげた。
クリスマスカレーは思ったよりもボリュームがあり、割とお腹いっぱいになってしまったので、五人は相談してケーキはおやつの時間にまた食べに来ようと決め、一旦学食を後にした。
学食を出た五人は、コーラス部の厳かな讃美歌に聴き入り、オリジナルのコミカルなミュージカルで爆笑し、有志の教師によるバンドのノリノリにノリ過ぎた演奏にちょっと呆れ、人形劇の心温まる物語にほっこりし、クリスマスパーティーを大いに満喫した。
そろそろケーキを食べに学食に戻ろうかと考えていた時、中庭の前をたまたま通りかかった。そこには大きなツリーが立っており、何人もの生徒たちが飾り付けを行っている。
クリスマスツリーの飾りつけは、本来イベントが始まる前に終わらせておくべきもののはずだ。しかも飾りつけを行っている生徒は、一つ飾りをツリーに下げるとすぐに離れていってしまい、作業を行っているにしては少々妙である。
そんな様子を立ち止まって眺めていると、この場の責任者らしき二年生女子に声を掛けられた。
「おっ、そこの一年生も願い星をツリーに下げて行かない? って、金髪! 美少女!? うわぁー、黛さんをこんな間近で見たの初めてだ~……。これは絶対に願い星を書いてもらわねば!」
後半は独り言のつもりだったのだろうが少々声が大きく、清歌にもバッチリ聞こえている。が、無論この程度の事で清歌の表情は小動もせず、華麗にスルーしてのけた。
「願い星? って何なんですか?」
先輩の説明によると、願い事を書きこんだカラフルな星型の紙をクリスマスツリーに飾り付けるのが、このクリスマスパーティーの伝統なのだそうだ。願い事を書きこまれた星はこのイベントの後でツリーごと燃やされて天に昇り、来年になるとその願いが叶うという伝説がある――ということに百年後くらいにはなっている予定なのだとか。
「百年で伝説になるかはともかく……、それって考えるまでもなく……ねぇ?」
絵梨が左右の仲間たちに視線を送ると、彼女の言わんとするところ理解していた、というか同じことを考えていた四人が頷く。そう、まず間違いなく七夕の笹と短冊を丸パクリしただけだろう。
ただ楽しそうに飾りつけをしている生徒が目の前にいる状況で、それを口にしては雰囲気をぶち壊しかねないので、絵梨は口に出して指摘するのは自重したのだ。
「あっはっは、まあぶっちゃけそうなんだけどね!」先輩は明るく笑い飛ばした後で付け加える。「でも伝説じゃないけど、一応由来は本当にあるんだよ?」
このイベントが定着していたある年の事、イベントのシンボルであるこの大きなツリーの天辺に飾る星に、当時の三年生――前年の実行委員長だった――が翌年早々に受験するちょっと無理めな第一志望への合格祈願を書き込んだという事があったらしい。そして見事に合格したのである。
次のイベントでは、どこからかその話を聞きつけた受験生たちが、ツリーに合格祈願を書き込んだ飾りを勝手に付けて行くようになったため、せっかくだからとそのままイベントに取り込んだのである。ちなみに最初の年は合格祈願を書いた紙で折り紙を折って飾り付けられていたのだが、なぜか鶴が多くツリーの飾りとしてはビミョ~だったので、翌年からは星形の紙を提供するようになったとのこと。
つまり最初は大学受験の願掛けから始まったのである。その後、受験生以外も各々の願い事を書きこんで参加するようになり、今の形に落ち着いたのである。
「ふむふむ、そういう由来があるんですね。それでツリーに短冊か~」
「そうなんだよ。ちゃ~んと由緒正しい……って、短冊じゃないよ!? 願い星だからね? 願い星」
由来を聞き終えた弥生がツリーを見上げつつハッキリ短冊と言い切ってしまったのを、先輩が慌てて訂正をする。もっとも最初の受験生が飾った星はともかく、その後星形の紙を飾るようになったのは七夕から着想を得ているのは間違いないだろう。
「……コホン。で、どうかな、あなたたちも願い星を飾って行こうよ! ご利益があるよー、きっと! ね、ね?」
ずずいっと顔を寄せてくる先輩からの再度の勧誘に、清歌たちは若干引きつつ、まあこれもイベントだよねと参加することにする。――強い押しに負けたとも言う。
しかし星形の紙を受け取っては見たもののペンが進まない。
「う~ん、いきなり願い事って言われてもなぁ……。小さい子供の頃にやった七夕じゃあ、結構沢山思い浮かんだような気がするんだけど……」
「それは小さな頃はあれが欲しい、あれになりたいという願い事を、簡単に書けたからではありませんか?」
「あ~、そうかもしれない。今は欲しい物とかって、お小遣いで買えないならバイトでもして稼ぐしかないって考えちゃうもんね」
「将来の夢とかに関しても似たようなもんだわな。たんざk……じゃなくって願い星? に書いてる暇があったら、先ずは自分で努力しろっつー話なわけで」
「ま、夢の方については、単に大きくなって現実を知って書けなくなったってだけかもしれないわよ。フフフ……(ニヤリ★)」
「世知辛いな。……しかしそうなると、書けることといったら健康祈願や交通安全くらいしかなくなってしまうな」
「それじゃなんだかどこぞの御守りみたいね。いっそ世界平和でも祈っておこうかしら?」
「世界平和……。たかだか高校のイベントで祈るにはスケールがデカすぎる話だな、そりゃ……」
子供の頃にはたくさんあった願い事が、何故高校生になった今では思い浮かばなくなってしまったのか。正確には、願い事はあっても簡単に書くことができなくっているのは何故なのかという、意外と深い命題に気付き、更にペンが進まなくなってしまう。
と、ここで清歌がある事を思い出し、弥生に尋ねた。
「そういえば弥生さん、凛ちゃんの合格発表はまだなのですよね?」
「うん、まあね。とはいっても殆ど決まったようなものなんだけど……って、あ~、そっか」
「はい。由来は合格祈願だったようですし」
「おー、そりゃいい。じゃあ俺もそうしよう。ご利益もきっと増すだろう」
清歌の提案に悠司が便乗する。聡一郎などは既にペンを動かしていた。
「じゃあきっとご利益は五倍ね。これで凛ちゃんも安心して年を越せるでしょ」
「いや、凛はもう受験の事なんてすっかり頭から抜けてると思うんだけど……。まあ、ありがと、みんな」
結局五人揃って「凛ちゃん(妹)が無事合格できていますように」という、ほぼ叶う事が確定している願い事を書く五人なのであった。
自分の事ではなく、他人の事ならば意外と簡単に願い事を書けるというのは、ちょっとした発見であった。
あちこち巡ってイベントを堪能した五人は、一休みも兼ねて学食に戻り、売り子の報酬であるケーキ丸ごと一個とそれぞれ好みのお茶を受け取って、テーブルを一つ占領した。
ちなみに用意されているケーキは、生クリームでデコレーションされたショートケーキとブッシュドノエル、そして大皿に沢山盛られた小ぶりのシュークリームで、清歌たちはブッシュドノエルを選択した。
横になった薪に切り落とされた切り株が一つ付いているという、オーソドックスなスタイルのケーキを見て楽しみ、何枚か記念写真も撮った後で五人分に切り分ける。若干女性陣に多めに割り振られている点については、決して文句は言ってはいけない。それはこの世の摂理なのである。
「うん、美味しい! <ミリオンワールド>のも美味しかったけど、やっぱり本物はいいよね~」
「そね。美味しくていくらでも食べれられるのは良いけど、なんていうか満足感が違うのよね」
「きっとお腹が膨れたという実感が無いからではないでしょうか。ただ味見だけをしているという感じなのですよね」
「「あ~~」」
そんな話をしつつ実にいい笑顔でケーキをパクつく清歌たち三人を見て、悠司が一応忠告しておくことにする。これは何もちょっとケーキが小さかったことを恨んでいるわけでは無い――はずだ。
「お腹にたまるという事は、きちんとカロリーがあるのだという事を忘れてはいかんぞ、キミたち」
「ぐっ、言っちゃいけないことを……」「ユージ、あんたねぇ……」
見事に急所を射抜かれた弥生と絵梨が、フォークを持つ手をピタリと止めて悠司にジト目を向ける。一方、常日頃鍛錬をしていてカロリー消費の多い清歌は平然としたものである。
「ところで、これとショートケーキは分かるのだが、あの山盛りシュークリームは一体何だったのだろうな?」
あまり追及するといいことがなさそうな話題だったので、聡一郎が軌道修正を図った。
「クロカンブッシュのつもり……なのでしょうか? 本来は飴などで貼り付けて、円錐状に積み上げる物ですけれど」
「あ、それってテレビか何かで見たことあるよ。なんだかツリーっぽい見た目だよね」
「ふむ。つまりあれもクリスマスケーキの一種ということか」
「クロカンブッシュは……確かウェディングケーキのはずよ? そうよね?」
「はい。結婚式以外にもお祝い事に使われるようですね」
「あー……、元ネタはそれらしいが、アレはロシアンブッシュだな」
「「「「ロシアンブッシュ?」」」」
微妙に不穏な響きのある名である。
悠司が仕入れた情報によると、一種のパーティーゲーム的なものとして用意されたもので、シューの中にいろんなものが入っているのだそうだ。生クリームやカスタードクリーム、チョコクリーム、餡子などの甘いモノだけでなく、ツナマヨ、ポテトサラダ、たまごサラダ、クリームチーズ、ナポリタンスパゲッティーなどなど、サンドイッチの具材になりそうなものならなんでも突っ込まれているらしい。
ちなみに具材の種類が多いために、一皿で全ての味をコンプリートは出来ないとのこと。
思ったよりも優しい内容を聞いてホッとした弥生は、ミルクティーを一口飲んでから再びケーキにフォークを入れる。
「それも結構面白そうだね。……美味しいかは分からないけど」
「そね。ロシアンなんて言うから一体何が入ってるのかと思ったけど、そのくらいのドッキリなら、余興に丁度いいかもしれないわね」
「……ちなみに一皿に一つ、必ず大量に山葵に山椒にその他もろもろが入ってるシュークリームがあるらしい」
「前言撤回。……やっぱり激辛好きの変人がいるに違いないわ、ここのスタッフ」
「いや、噂では辛いっつーより、鼻に強烈にツーンときて舌がビリビリ痺れるんだそうだ。口直しの水を用意しておかないと大惨事らしい」
「えっと、それって大丈夫なの? なんかヤバいものが入ってるんじゃ?」
「いや、まさか。あー、でも年々強烈に進化してるらしいから、いろいろ材料は研究してるのかもしれんな」
やはりここの学食スタッフには、妙なところにも拘りを発揮するスタッフがいるようだ。
基本的には美味しいモノばかりで、お昼のクリスマスカレーやこのブッシュドノエルにしても学食のものとは思えないほどレベルが高い。優秀なスタッフであることは間違いないのだろうが、できればマトモな路線だけでその能力を存分に発揮してほしいものだ。
とはいえ職人気質の者というのは、与えられた状況下で自身の技術で出来得る最高のモノを作ろうとするものだから、ほどほどのレベルで抑えるという事は恐らくないだろう。
「そういえば……」
弥生は隣の席でソーサーを左手に、ティーカップを上品に傾けるお嬢様を見る。考えてみれば清歌もまた、そういうところがある人種の一人だった。
「どうかされましたか、弥生さん?」
不意に見つめられてキョトンとする清歌に、弥生は微笑みを返す。
「ううん、なんでもな~い。……ただ、職人気質とか芸術家肌の人って、きっと他人では止めることができないんだろうな~……なんて思っただけだよ」
何のことやら分からずハテナマークを浮かべる清歌に対し、仲間たちは共感するところがあったらしく何度も頷いている。
と、その時、少し離れたテーブルが俄かに騒がしくなった。良く分からないが「水を……水を……」とか「し、舌が……辛……シビ……」などという声が漏れ聞こえてくる。
どうやらロシアンブッシュの外れ――ある意味当たり?――は今年も順調に進化しているようである。
「……とりあえず言っておくわ。来年も再来年も、私は絶対にやらないから。フリじゃないわよ? 絶っ対っにっ、やらないわ!」
悶絶する男子生徒を見て恐れおののいた絵梨が力強く宣言し、その余りにも真剣な表情に思わず吹き出してしまう清歌たちなのであった。