#10―12
ログインした清歌たち五人はすぐさまカフェ・トイボックスへと移動した。凛と千代もダンスの練習と聞いて面白そうと思い同行しようとしたのだが、弥生と絵梨がかなり強く拒否したので、二人はイツキ周辺に赴きレベリング中である。
ちなみにクリスマスイベントに不参加の近藤もダンスの練習には参加せず、地道に生産活動&販売&スベラギ屋台巡りをして来るそうな。三番目の目的に比重が偏っているのでは――などとは突っ込まないのが優しさである。
「……ねぇ清歌? システムアシストを利用しようってことは、たぶんこっちでスキルを使って練習するってことなんだよね? ん~、でも……」
「そね。こっちで練習して、現実で意味はあるの?」
「……ですよね。あんまり意味ないんじゃないかって思うんだけど……」
運動神経残念三姉妹から口々に否定されるも、清歌は穏やかな笑みを崩さない。
「確かに、こちらでトレーニングしても現実の身体能力は向上しないでしょうね。……けれど今回のダンスで皆さんが躓いているのは、何も激しい振り付けで体の動きが付いていかないという訳ではありませんよね?」
「ふぇ? え~っと……」
清歌の発言の真意が掴めずに弥生が視線を横に向けると、同じように首を捻っている絵梨と天都が見えた。一方、ある程度目途が立っている男性陣は、清歌の言わんとすることを理解できたようだ。
「……ふむ。言われてみれば、あれは運動として考えればそう激しいものではないな」
「きちっとステップを踏むダンスなんてやったことないから取っつき難くはあったが、覚えれば誰でも踊れそうではあったな」
悠司の“誰でもできる”という物言いに、弥生がぶすっとした表情で反論――というか、いちゃもんをつける。
「だからぁ~、その覚えるのが大変だっていう話をしてるんじゃんよ~」
「そこです、弥生さん。……確か水泳大会の時に、おもちゃのハンマーを上手く扱えそうだと仰っていましたよね?」
そして実際に弥生は大型ピコピコハンマーを、実に上手に振り回していた。つまり“体の動かし方”はちゃんと頭に残っているという事なのだ。もしこれがバットなどの重量のある物であれば、筋力的な問題で上手くいかなかったのだろう。
今回のダンスで弥生たちが難儀しているのは、頭で考えているステップ通りに体を動かすことであり、身体能力が不足しているわけでは無い。運動神経が優れている聡一郎たち三人は、“頭でイメージした通りに体を動かす”という能力に長けているので習得が早かったというわけである。
清歌の提案は、その部分をスキルによるシステムアシストに任せて練習しようという事なのだ。
システムアシストは自分の体を動かしているという感覚は消えることはなく、目に見えない誰かに動作の補助をして貰うような、或いは動作の補助をするパワーアシストスーツを着ているような感覚になる。これは即ち手取り足取り動作を教えて貰っているようなものであり、考えてみればこれほどステップを覚えるのに都合の良いものは無いと言えよう。
問題を挙げるならば、システムアシストを使っていれば失敗することは無いので、間違った時のリカバリーは覚えられないという点だが、そもそも基本を覚えるのが先決なので、その点は取り敢えず目を瞑ることにする。
「そういう事ならやってみる価値はありますね。スキルなら値段もそんなに高くないから、私でも買えそうだし。あ、でもダンスなんてスキルあるのかな?」
「あ、それは多分大丈夫だよ。ほん…………っと~に馬鹿みたいに沢山、いろんなスキルがあるから」
「それだけにお目当てのモノを探すのに苦労するのよね。ま、今回は分かりやすいものだし、そう時間もかからないでしょ」
思い立ったら――ということで、全員でスキル屋へと赴く。絵梨の推測通りダンススキルはすぐに見つかり、清歌を除く六人プラス田村の分も購入した。
ダンスのスキルは何故かジャンルごとに細分化されていて、今回購入したのは勿論<ボールルームダンス(スタンダード)>である。余談だが、リストを見た五十川が、ブレイクダンスを習得してヘッドスピンをやってみたい――などと言い、一部から共感を得ていたのだが、今回は時間が無いので購入は見送っていた。
再びカフェ・トイボックスへ戻って来た一行は、フロアのテーブルを片付けて早速練習を始める。仮にも飲食店でドタバタするのはいかがなものか、などと考えなくていいのはVRの良い所であろう。
「お~、凄いね! 何も考えなくても踊れるよ~。……って、まあ当たり前なんだけど」
「弥生さんや。感動するよりもステップを覚えることに集中してくれんかね?」
「でもあれだけ難儀していたのが楽々できるんだから、やっぱりちょっと感動モノよね。相手の足を踏む心配もないし」
「何かで聞いた話なのだが、上達しつつあるからこそ足を踏むらしいな」
「ああ、俺も聞いたことある。ビクビクしないでちゃんとステップを踏み込めるようになったからこそ、足を踏むんだとかなんとか……」
「確かに……これだけ密着してると、ステップ通りでも踏み込むのに勇気がいるかも。今はスキルを使ってるからいいんですけど」
「そうだよね、私も清歌の足を踏んじゃったらって思うと……。まあ今はもし踏んじゃっても、悠司の足だから全然問題無いんだけど」
「ヲイ! ってまあ、俺も弥生相手に今更遠慮も何も無いんだが……。それはそうと清歌さん、本当のところはどうなのかな?」
「そうですね……。私もその話は耳にしたことがあります。ただどちらかと言えば、相手の足を踏んだことを気にして委縮してしまわないよう励ます為にかける言葉、のような気がしますね」
「「「あ~~」」」
最初の内はスキルを使っているとはいえ、普段の生活では有り得ない距離感でのダンスに、特に絵梨と天都がおっかなびっくりという感じだったが、スタミナ回復のためのインターバルを二度ほど挟んでからは大分慣れたようだ。今は雑談を交えながらでも、練習ができている。
ちなみに会話の内容からも察せられる通り、田村がまだ来ていないので、弥生と悠司がペアを組んで練習している。清歌は何をしているのかと言えば、学校の講習会で使用されていた曲をギターで演奏しつつ、練習の監督――というか観察をしている。
システムアシストは体を動かす際に補助的な役割を果たし、その強度を任意に設定することができるようになっている。今回はステップを覚えることが目的なので、アシストの強度は最初から若干弱めに設定してある。
そのため弥生たち運動が苦手な三人組は、足運びに若干のタイムラグがあり、一応ステップ通りに踊れて入るもののどこかぎこちない。一方男性陣の方は、講習会である程度できるようになっていたために、より自然にステップが踏めるようになっていた。
なおアシストに対して一定の力――意識といった方がより正確かもしれない――で抵抗すると、アシストは自動的に解除される。従って、合っていると思い込んで間違った場合はその通りになってしまい、実際にミスをしてダンスが中断することもしばしばあった。
小一時間ほど経ったところでミスが出て、丁度キリが良かったので一旦練習を中断する。片付けた椅子を出して、それぞれ飲み物を片手に一息ついた。慣れないことをしていると精神的に消耗するのは、現実でもVRでも変わらないのだ。
「まだ始めたばっかりだけど、この練習は結構良さそうだね。動きの指示はしてくれるけど自分で動かさないと失敗しちゃうから、ちゃんと覚えられそう」
弥生の感想に練習をしていた五人が頷く。後は反復練習をしつつ、徐々にアシスト強度を弱めていけばいいだろう。――などと温いことを考えていた弥生たちに対し、
「では、次の練習では弥生さん、絵梨さん、天都さんはアシスト強度を一段下げましょう。悠司さんと五十川さんは強度を最低か、その一つ上に。聡一郎さんはもうアシストを切ってしまって大丈夫でしょう」
清歌がかな~りスパルタなことをニッコリのたまった。
飲み物ではなく誤って飴玉でも飲み込んでしまったかのような表情で、清歌をまじまじと見る五人――聡一郎はさほど驚いていないようだ――に対し、清歌は微笑みを崩さないまま続ける。
「本番のダンスパーティーまで十分な時間は既にありません。出来れば今日中にある程度はこちらで踊れるようになっておいて、明日からは講習会の方でもペアを組んで練習したいですからね」
「確かに生身でも確認しておくべきだろうな。そうなると、やはり今日中に形にしておきたいところだ」
清歌の意見に同意した聡一郎は、主にVRと現実での肉体的な差異の擦り合わせについて考えていたのだが、問題はそれだけだけではない。VRでは割り切れているようだが、やはり現実でペアを組んでダンスを踊る気恥ずかしさは、現実で慣らすしかないのである。
いずれにせよこれからの練習は、特訓だの鍛錬だのといったニュアンスのものになりそうだ。これで楽にダンスを習得できるようになったと思っていたところに、逆にスポコン的なノリを持ち出す二人に、主に女性陣三人が絶望的な表情になる。
もっともこの短期間で習得するには、どこかで無理をしてでも体に叩き込む必要があるには違いないのだ。その無理を<ミリオンワールド>で行えば、少なくとも生身の方は疲労が残ったり筋肉痛で悲鳴を上げたりするようなことは無いので、やはり効果的な練習であると言えよう。
特に事の発端である天都と五十川は、文句を言える立場ではない。まあそれに付き合っているだけの弥生と絵梨が若干どんよりしているのは、致し方ないところかもしれないが。
「あっ、でもあと一時間くらいしたら私らは一旦練習を中断するからね? こっちのクリスマスイベントの約束があるから」
「大丈夫よ、忘れていないわ」
ちなみに今回はオネェさんに誘われてのことで、マーチトイボックスの七人に、オネェさん以下五名を加えたフルメンバー十二人での挑戦である。
「では、時間も無いことですし練習を再開しましょう。あ、アシストの設定は変えておいて下さいね」
「「「「はぁ~~い……」」」「承知した」「俺は最低にしておくか」「ちょっと不安だから、俺は一段上で」
男性陣は基本的にスポーツマンタイプであり、なんだかんだで目標達成に向けて努力したり、困難なハードルをクリアしたりといったことが嫌いではないのだ。溜息まじりの返事を返しつつ渋々設定を変える女性陣とは真逆に、先ほどよりもやる気を見せている。
「意外と体育会系のノリなのよね、ソーイチもユージも(ヒソヒソ)」
「五十川君もです。……でも、ありがとう。私だけだったら、特訓なんて途中で投げ出しちゃってたかも(ヒソヒソ)」
「実はちょっと後悔してるかも……(ヒソヒソ)」
「えーー!?」
「あはは、ウソウソ。ちゃんと当日まで付き合うよ」
「ま、乗り掛かった舟だものねぇ」
ダンスの練習を抜けた清歌たち五人は、一旦ホームに転移して既に帰って来ていた凛と千代と合流。合同チームを組むオネェさんらの事をざっと説明してから、待ち合わせをしている中央広場へと移動した。
待ち合わせ時間の五分前なのだが、少々目を引く五人組が既に集まっていた。その中のひときわ目を引く人物が、マーチトイボックスを見つけ声を掛けてきた。
「こんにちわぁ~、トイボックスの皆さん。そちらの小さな淑女のお二人とは初めまして、ね。ギルド“アタシとふれんず”よ、今日はよろしくね。ああ、私のことは気軽に“オネェさん”と呼んでちょうだい」
「は、はひっ」「よろしく、お願いします」
濃いキャラクター――オネェさんだけではなく他のメンバーも――に圧倒されて、妙な声を上げる凛に対し、千代はある程度平静を装って返事を返した。清歌のようにカンストまではしていないものの、彼女もまたお嬢様スキルを身に着けているのである。
「さて、それじゃあ……どうしようかしら? 軽く作戦会議でも……っていっても、今回は結構出たとこ勝負なのよねぇ」
「ですね。掲示板もざっと見てみましたけど、同じ島とボスでも行動パターンが結構変わるみたいですから」
弥生はゲームをする時、基本的に引っ掛かったとき以外に攻略サイトは見ないのだが、今回は他所のチームとの合同だったので、ざっと目を通してみた。そうして分かったのは、ボスの行動パターンがかなり大きく変化するため、少なくとも現時点では完璧な対策を取りようが無いという事だったのだ。
ちなみに昨日弥生たちが戦ったスノーマンも、大量に雪ダルマ部隊を生み出して集団戦をしかけて来たり、雪の身体を変形させてきたりというパターンなどが報告されていた。――カップル目掛けて八つ当たりの集中攻撃という書き込みは、まだ無かった。どうやらかなりレアなケースに遭遇したらしい。
ともあれ、オネェさんが語ったように、出たとこ勝負で対応するしかない。
「ニャんにしても、ボスが出てくる前になるべくたくさんのスイッチを押しておいたほうがいい、というのは変わらないのニャ」
「そおねぇ。じゃあ、差し当たってはそういう方針でってことで、行ってみましょうか?」
「了解でーす!」
転移した島は予想していた通り暗く、そして雪に覆われている静かな場所だった。
今回のイベント島は概ねすり鉢状の構造をしていて、底の部分は若干段差を付けてから平らになっている。要するに、いわゆる円形闘技場的な構造になっているのだ。そして客席部分はスロープになっていて、お客さんではなくまばらに針葉樹が立ち並んでいる。
昨日の会場と比較するとずっと狭く、本当にボスと戦う為だけに用意された場所のようだ。清歌はピンとこなかったのだが、弥生などゲーム慣れしている者などは、「RPGのボス部屋そのものだな」などと思っていた。
清歌が降り立った場所はそんな闘技場の一番高い外縁部で、いきなり目の前にスイッチが現れ、少々面食らってしまった。スイッチが現れたのは針葉樹――ではなく、金属製の籠に一メートルほどの高さの足が付いている物で、籠の中には薪が入っていた。
(篝火……でしょうか?)
清歌がスイッチを押すと、想像通り籠の中の薪に火が灯る。果たしてこれをイルミネーションと言っていいものかと首を傾げていると、視界にチラリと明かりが入ってきた。視線を上げてみると、恐らく仲間の誰かが灯したのであろう篝火が、遠くに赤くゆらりと揺れていた。
『みんな~、ちょっと動かないで聴いてくれるかしら? 今回のイルミネーションは篝火みたいね。多分、目の前にあったスイッチを押したのよね?』
オネェさんから連絡が入り情報交換をしてみたところ、やはり全員の目の前に篝火があったようだ。そして相談の結果、全員時計回りに移動しつつ篝火を点けて行き、既に灯っている篝火に当たった時点で下へ移動。篝火を見つけたら点け、また時計回りに移動――という感じに、上の方から虱潰しに火を点けて行くという手筈になった。
昨日の教訓を踏まえ清歌は千颯を従魔依装すると、雪のコロッセオを軽やかに走り出す。次々と篝火に火を点けて行き、火のついた篝火を見つけると同時に坂を下り、次の篝火の列を探し、さらに作業を続けていく。この間、全く足を止めることはない。
しばらくして明らかに他の誰よりも速く、篝火を点けて回っている者がいることに、皆が気づいた。
『な、ナニあれ? 一人、異様に速く回っている子がいない?』
『あ~、それって多分、ウチの魔物使いですね~』
『ああ、モフモフ御前さんね。ってことは従魔に乗ってるってことなのかしら?』
『近いですけど、ちょっと違いますね。まあ、詳しくは見てのお楽しみという事で』
オネェさんの疑問に対して、弥生は言葉を濁して曖昧に答える。イベント報酬で獲得した特殊なアーツなので、あまり大っぴらにしない方が良いと判断したのだろう。清歌にはそういうゲーム的バランス感覚がないので、神妙に口を閉ざしている。――別名、丸投げともいう。
『ニャ? どうやらいつの間にか、御前さまに追い抜かれてしまったようなのニャ。下の列に降りたら、もう火がついていたのニャ!』
『あらあら。そうしたら、もう一つ下の列に下りて続けて頂戴』
『了解ニャ!』
『ところで、そろそろボスが出現する頃じゃないかと思うんですけど、今何割くらい火が点いてますかね?』
『そおねぇ……、下の列に行くほど篝火の数は減るみたいだから、ざっと全体の四割というところじゃないかしら? 少なくとも三割は超えてると思うわよ』
『一応、最低ラインはクリアしている……ってことですね』
――と、その時。空からヒューッと風を切る音が聞こえてきた。それは次第に大きくなっていき、もの凄い速さで何かがコロッセオ中央に落ちてきた。
雪煙が舞い上がる中、円形の闘技場エリア外周に篝火が十個出現し、その内の四つに火が灯る。今回はこれが、篝火の点灯率を示すインジケーターのようだ。
やがて雪煙が晴れ、真っ白な卵型の物体が見えてきた。卵の中からボスが生まれるのだろうか? そう皆が考えていると――
クケェェェーーッ!!
大きな鳴き声と共に翼を広げて卵を内側から崩し、ボスが姿を現した。崩れ落ちていく卵の様子を見るに、どうやら卵ではなく雪玉だったようである。
『卵から生まれたのに、ヒヨコじゃない……だと!?』
――などというボケはさておき、今回のボスは鳥型の魔物だった。
金属的な光沢のある黒い羽毛に覆われた体躯、扇状に広がる尾羽、かぎ爪の付いた二本の短い脚、首から頭にかけては明滅しながら色が変わる鱗に覆われていて、翼の関節部分には二本の爪がギラリと光っていた。全体のシルエットは鳥で、所々にドラゴン的な特徴も取り入れたという感じである。
『コカトリスにしては尻尾にヘビが無いから、ただの鳥……なのかな? ワイバーンとかじゃないよね? でも何で鳥なんだろう』
『正確には七面鳥でしょうね。クリスマスですから』
『えっ?』『七面鳥?』『うニャ?』『んん?』
半ば独り言のような弥生の呟きに、清歌がボスの姿を見た時に感じたことを答えると、なぜか疑問の声が上がった。クリスマスのご馳走として七面鳥の丸焼きは、割とポピュラーなものだと思っていたのだが……はて?
清歌のそんな疑問を解消してくれたのは絵梨であった。
『そう言えば本来は七面鳥なのよね、クリスマスって。日本じゃすっかり鶏にすり替わってるけど』
『えっ!? クリスマスチキンって日本だけなの?』
『日本だけかどうかは知らないけど……でもまあ、七面鳥なんて日本では馴染みが無いから、鶏で代用したってとこじゃないかしら?』
『そおねぇ……。案外フライドチキン屋の陰謀かもしれないわよ? バレンタインデーのチョコ的な?』
『チキンはチキンで美味いでござるが……。そんなことよりギルマスよ、そろそろボスに対処するでござるよ』
こうやって話している間にも、七面鳥(仮称)は口からビームのように細い直線状のブレスを吐き、遠距離攻撃を仕掛けてきている。このまま放置して、全員で火を点けて回るのは得策ではない。
『四割は点いてるみたいだから総攻撃でもいいとは思うけど、もうちょっと火を点けておいた方が無難よねぇ?』
『そうですね。後は組分けですけど……』
『では、私が残って火を点けます。五割まででしたらあと少しですし、一番効率がいいと思います』
『そっか……うん、じゃあお願い。という訳なので、他の全員でボスに当たりましょう!』
『了解よ。じゃあ、皆で七面鳥を料理してやりましょう!』
『『『おーっ!』』』
鳥型に代表される空を飛ぶ魔物は、基本的に厄介な相手だ。空からの一方的な遠距離攻撃や急降下による一撃離脱など、嫌らしいことをして来る上に、こちらからの攻撃は当て難いからだ。一般的なゲームでは近接攻撃も普通に当てられることが多いが、<ミリオンワールド>では――というかVRでは――近接攻撃はカウンターで当てるしかないのである。
今回のボスもそうなったら厄介だったのだが、幸いなことにこの七面鳥は飛ぶのが苦手のようで、せいぜいジャンプしてから短時間滞空して押しつぶして来る程度だった。
とはいえ、曲がりなりにもイベントのボスの一体、ただの鈍重な鳥である筈が無い。口からのレーザーブレスの他にも、翼で突風を起こし、スタン効果のある鳴き声を発するなど、一筋縄ではいかなかった。言うまでもなく、足や翼の爪による通常攻撃も十分強力である。
中でも一番厄介だったのが、本体から切り離された尾羽が自由自在に飛び交い、突っ込んで来たり魔法――マジックミサイルと同程度のものだ――を撃ってきたりする、いわゆるオールレンジ攻撃であった。一撃の攻撃力はさほどでもないのだが手数が多く、その上死角から不意打ちをしてくるので、そちらに気を取られて本体からの大きな攻撃を食らってしまうことが問題だった。
このオールレンジ攻撃には制限時間があるようで、二度目までは防御に徹することでどうにか凌ぎきることができた。しかし七面鳥のHPが四割を切ってから仕掛けられた三度目の時には、ボス戦では定番の一定以下のHPになると攻撃力が増す状態になっており、弥生が切り札のフォースフィールドを使用するまで追い込まれてしまった。
この時弥生が、七面鳥の後頭部にバチバチと放電している角が現れていることに気付いた。オールレンジ攻撃が終わると引っ込んだので、恐らくあの部分がオールレンジ攻撃のコントロール器官なのだろうと推測する。
そして迎えた四度目の時。囮役を買って出た清歌が浮力制御を使用して高く跳び上がり、雪苺に複数のエイリアスを生成させると、飛び交う羽に向けて逆にオールレンジ攻撃を仕掛けた。
二刀に分割したマルチセイバーで魔法攻撃を切り裂き、突進して来る羽は紙一重でひらりと躱す。そしてエイリアスは時には囮になり、時には魔法を放って羽を引き付けていた。
その光景はファンタジーRPGと言うよりも、さながらロボットアニメの戦闘シーンのようで、
「すげー……、ファ〇ネルVSファ〇ネル……」
「あれがニュー〇イプ同士の戦いなのニャ……」
「鳥がニュー〇イプとはなかなか斬新でござるな。いや、イルカがアリなら鳥もアリ……か?」
――などというアホな感想が出てくるのも、致し方ない光景ではあった。
さておき、いつもよりMPが少ない状態では、いかな清歌とて長時間は持たない。弥生に発破をかけられて我に返ったメンバー全員で角に向けて集中砲火をし、これを破壊することでオールレンジ攻撃を封じることに成功した。
もっとも厄介な攻撃を排除できたことにより、その後の戦闘は終始有利に進めることができ、やがて七面鳥のHPがゼロとなった。
普通ならば断末魔の叫び声を上げて地面に倒れ、光の粒となって消えるのだが、今回は異なる演出が始まった。断末魔の叫び声を上げるところまでは同じだったのだが、その後地面から何故か炎が吹き上がって七面鳥の身体を包み込み、それが消えた後には、こんがりと焼き上がりとても食欲をそそる匂いを漂わせる、巨大な七面鳥の丸焼きが残っていたのであった。
ご丁寧にちゃんと白いお皿の上に乗せられ、足の先はアルミ箔で飾りつけされている。これぞまさに、パーティー仕様の七面鳥の丸焼きであった。
予想外の光景にポカンとしている一同の前にウィンドウが出現する。
それによると、この七面鳥の丸焼きは、“イベントボスNo.03「ターキーの覚醒」討伐特別報酬”なのだそうで、ここから持ち出すことは出来ないが、好きなだけ食べていいとのこと。
ちなみに流石にこの巨大な丸焼きを解体するのは、それだけでも一苦労なので、用意されているナイフを食べたい部位に突き立てると、適量が手元に皿付きで現れる仕様になっている。ついでに飲み物やフライドポテトなども用意されているという、サービスの良さだ。
「お~、七面鳥の食べ放題! ……は、いいんだけど……」
「そね。七面鳥が何で覚醒したのかは知らないけど……そこは百歩譲っていいとして、それなら“覚醒ターキー”でいいじゃない。何で映画のサブタイみたいなのよ……」
「なんつーか、そこは開発クオリティだからな……」
ちなみにこの“ターキーの覚醒”、詳細は割愛するが解説によると、日本ではクリスマスにチキンばかり人気がある事に憤り、本来の風習である七面鳥の存在を誇示するために立ち上がった、という事らしい。
前回のスノーマンといい今回のターキーといい、なんともビミョ~なボスの解説文に、開発のメンタルがちょっと心配になるマーチトイボックスの面々である。
「まあ、変な解説はどうでもいいじゃない。折角だからみんなでローストターキーパーティーにしましょうよ?」
「さんせーい」「お~!」「七面鳥なんて食べたことないニャ」「そういえば、俺も初めてだ」「いただきっ!」「まーすっ!」
そんなこんなで二日目のイベントボス戦は、そのまま一足早いクリスマスパーティーへとなだれ込んだのであった。