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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十章 凛&千代、参戦!
141/177

#10―11




 クリスマスイベントの初日をサクラ組との合同チームで無事クリアしたその日の夜のこと、弥生は帰宅後に電話にて田村から相談を持ち掛けられた。


 なんでも天都が五十川から学校のダンスパーティーに誘われて、ダンスの練習を始めることになったのだが、時間的にダンスのステップを覚えるのは無理そうなので手を貸して欲しいとのことだ。無論、弥生自身にダンスの心得があるわけでは無いことは田村も承知の上なので、弥生から清歌に協力を打診して欲しいという事である。


 ちなみにこの相談を持ち掛けることは、まだ天都には言っていないそうだ。天都に先に話してしまうと遠慮するに違いないので、まず先に話を通してしまって、断りにくい状況を作ってしまおうと田村は考えたのである。


 というわけで、弥生は清歌と絵梨にグループコールを掛けた。


『なるほど、五十川君が動いた……と。フフフ、自分から動いたところは評価してもいいかしらね。ちょっと、遅かった気もするけど』


『迷っている内にギリギリになってしまった……ということなのでしょうか?』


「それは分かんないけど、まあそんなとこじゃないかな。もしかしたら、五十川君自身は大丈夫だと思ってたから……かも?」


『あー……、天都さんの運動神経の方は計算に入れてなかったのね。で、天都さんは当日に間に合いそうにないってことなのよね』


「うん、本人は頑張るって言ってたらしいんだけど……、私の予想では多分……、いや絶対? 間に合わないね~」


 天都の運動神経は自分よりも多少マシなくらいだろう、と弥生は考えている。となると、ダンスなどと言う全く新しいことを習得するのは、勝手を掴むまでにかなり時間がかかるだろう。昼休みと放課後の練習を四日足らずでは、自主練をするにしても時間が足りない。


 実のところ、ダンスパーティーとはいってもあくまで学校内のイベントであり、清歌が出席するような良家の子女が集まるパーティーのように、正しくダンスを踊れる必要は必ずしも無い。ある程度ステップを覚えてそれらしく踊れれば、誰も目くじらを立てることは無いのである。


 もっとも天都の心情としては、最低パートナーである五十川と同じくらいには踊れるようになりたいだろうから、やはり時間は足りないと言っていいだろう。


『それで清歌に指導を頼みたいってわけなのね。……ってことだけど、清歌?』


『協力するのは吝かではありません。ただ協力するにしても、一度は練習の様子を確かめに行った方が良いでしょうね』


『どの程度までできるようになればいいのか、他の参加者を見て確認した方が良いってことね。……でも、ただ練習風景を見に行くと、あの二人を冷やかしに行ってるみたいよねぇ』


「あ~、五十川君はともかく、天都さんは委縮しちゃうかもね……」


 五十川とのことを少し突っつかれるだけでアワアワする天都の事だから、きっと自分たちに見られていることに気付いたら、練習どころではなくなりそうだ。いや、というかそもそも、あの二人がペアで講習会に参加したとして、照れや緊張無しにちゃんと練習できるのだろうか?


 そんな素朴な疑問を話すと、二人からは沈黙が返って来た。どうもあの二人のダンスパーティーへの道程は、なかなか前途多難のようである。他人事だからこそ、暢気にそんなことを考えていると、清歌が爆弾を投下した。


『では、いっそ私たちもペアを組んで、一緒に練習に参加してしまいましょう。二人だけで参加するよりも、ずっと気は楽でしょうから』


「ええ~っ!?」『は……い?』


 思わず大きな声を上げてしまったが、クラス委員やチームリーダーとして培ってきた弥生の中の冷静な部分が、これはかなり良い提案なのではないかと分析していた。


 清歌が言ったように、仲間たちと連れ立ってゾロゾロと講習会へ向かえば、殊更“二人きり”という状況を意識せずに済む。そして運動能力的には天都と大差ない弥生と絵梨も参加するというのは、一緒に恥をかく仲間が出来るという少々ネガティブな意味で心強いはずだ。


 もともとダンスパーティーの方はちょっと覗いてみようか、という程度には興味があったので、もうここは良い機会だと思って参加してしまうのも手かもしれない。


「う~ん、それも一つの手……かもしれない」


『ちょっと弥生、あんた本気なの?』


「正直言ってあんまり気が進まないのは確かなんだけどさ。……でも冷静に考えれば、みんなで一緒にっていうのは悪くないんじゃないかな?」


『みんなでやれば怖くないって? まあ、ダンスパーティーに全く興味がなかったとは言わないけど……』


 渋々という口調で絵梨も同意したので、悠司と聡一郎にもこの会議(グループコール)に召集をかけ、程なくして繋がった。


 これこれこういうわけで――と説明すると、二人は案外アッサリと講習会への参加に同意した。


「コレだから運動のできる奴らは!」『まったくもってその通りね!』


 快く協力するといったにも拘らず、かなり理不尽ないちゃもんをつけられた二人は、賢明にもこの件に関しては突っ込むことは無かった。その代わりに悠司が気になっている点を指摘した。


『……で、俺たちだけでペアを組むと一人あぶれるんだが、それはどうするんだ?』


「それはもう、言い出しっぺの田村さんは強制参加でしょ」


『しかしそれでは男女のバランスが……、ああ、先日言っていた清歌嬢が男装するというのを実行するということだろうか?』


『ま、いろんな意味でそうするのがいいでしょうねぇ』


清歌が下手に女性側で参加すると、不埒な男子どもがパートナーチェンジのタイミングで殺到する恐れがある。言うまでもなく清歌ならばその程度の事、容易くあしらえるだろう。ただ、それで本来のパートナーである女子から反感を買ってしまっては目も当てられない。いろんな意味、とはそういう事である。


 まあ清歌が男性側で参加したらしたで逆の現象が起きるのではないか、という危惧もあるのだが、この場合はある種の珍現象として笑い話にできるので、深刻さは余り無いはずだ。


『ところで話に出てないけど、近藤君は誘わなくていいのかしら? まあ、また数が合わなくなっちゃうけど……』


「あ、それについては心配ないよ。なんか近藤君は終業式の日から家族旅行らしくて、クリスマスイベントに参加すること自体出来ないんだって」


『ほほ~、家族旅行ね。ちなみに何処へ?』


「香港だって。美味しいものを食べまくって来るって、かな~り気合が入ってたよ」


『クリスマスに香港で食い倒れツアー……か。羨ましいような、そうでもないような……』


 冬休みに家族で海外旅行と聞くと、なかなか豪勢で羨ましいと思うところだが、時期と内容を合わせると急に残念っぽく聞こえるところが面白い。


『ふふっ。……それでは、弥生さんと悠司さん、絵梨さんと聡一郎さん、私と田村さんという組み合わせでよろしいでしょうか?』


「え゛……悠司とダンス?」『弥生とダンス……だと?』


『……一番無難な組み合わせかと思ったのですけれど、何か問題があるのでしょうか?』


「いや~、問題って程のことは無いよ。無いんだけど……ね?」


『ああ。できれば避けたいところではあるよなぁ~』


 幼馴染である二人は、今更手を繋ぐ程度の事で照れることなどなく、この辺の感覚は兄弟姉妹に対する感覚に近い。にもかかわらず二人でダンスをするという事に拒否反応が出るのは、小学・中学校時代にあまり愉快ではない思い出があるからだ。


 ダンスと言っても運動会や林間学校、文化祭の時などに行ったフォークダンスの話なのだが、仲の良い二人は小学校時代には子供っぽい冷やかしの対象に、中学時代には付き合っているのではという話が、こういうタイミングで思い出したかのように湧き出し、面倒臭い思いをしたのである。


 高校生にもなってそんなことは無いだろうし、対処の仕方もスルースキルも既に身に着けているのだが、なんとな~く苦手意識が拭えないのである。


「まあ、そういうわけだから悠司は田村さんとペアを組んで。清歌は私とで。……間違いなく迷惑かけちゃうけど、よろしくね」


『そういう事でしたら、こちらこそよろしくお願いします』


『オッケー。ああ、田村さんの方への連絡はよろしくな』


「分かった、そっちは任せて。学校の講習会の方はそれでいいとして、自主練の方はどうしようか?」


 まず清歌が黛邸を練習場所として使ってもいいと申し出たのだが、これは弥生たち四人が揃って却下した。だいぶ慣れた弥生たちでさえ、黛邸に赴く時にはちょっと身構えてしまうというのに、初見の天都たちが落ち着いて練習できるとは思えないからだ。さらに天都と田村は電車通学なので、帰る方向が反対になってしまうのだ。


 空き教室で居残り練習というのも微妙だ。清歌がダンスの手ほどきをしてくれるとなると、希望者が押し寄せてくる可能性がある。清歌が男性側であったとしても、である。ちなみにこの点について、清歌も中学時代に経験があるのか、敢えて否定はしなかった。


 いっそどこかの公園で――いやいやそれは寒いだろう――などと話していたところ、絵梨がワールドエントランスには多目的ホールがあり、プレイヤーに貸し出されていることを思い出した。確認してみると無料で借りることができ、向こう一週間は予約が入っていなかったので早速この場所を押さえ、練習会場も確保できた。


 天都のあずかり知らぬところで御膳立てが完全に整った瞬間であった。




「ところでこのホールって、本来何に使う場所なんだろ?」


「予約が入ってないっつーことは、ほとんど知られてないってことだろうな」


「普通に考えれば会議室のような場所ですけれど……」


「ふむ。そういえば現実リアル出力サービスの件で呼ばれた部屋も、この中の一室だったのだろうな」


「あとは……そね、プレイヤーにも貸し出されているんだから、オフ会にでも使ってってことじゃないかしら? すぐそこにフードコートもあるから、飲食物の調達は簡単だし」


「あ~、なるほど。……でも現実リアルとほとんど変わらないVRだと、オフ会なんてする必要ないんじゃ?」


「……だから予約がスカスカなんじゃないの?」


「「「「あ~」」」」







 グループコールでの話し合いが終わった後で弥生は田村に連絡を入れ、一緒にダンス講習会、ひいては当日の段パーティーに参加するという約束を取り付けた。田村は大層驚き最初はかなり渋っていたが、話し合った内容を説明すると、そもそも自分が打診したことであり、協力しないわけにはいかないだろうと納得していた。


 余談ながらこの時、田村から「委員長は里見くんとパートナーを組まなくて、本当にいいの?」と尋ねられた弥生は、「田村さん、お前もか……」と呟きベッドに倒れ伏したのであった。


 明けて翌日、その昼休み。いつもより少し急いで昼食を食べ終えた弥生たちは、天都の元へと集合した。


「じゃあ天都さん、行こっか。五十川君の方は……総一郎と悠司が誘いに行ってるから大丈夫みたいだね」


「えっ!?」


「大丈夫、だいじょーぶ、怖くないからさー」「ま、なんとかなるでしょ……たぶん」「案ずるより……と言いますからね」


「えっ? あの? ええ~~!?」


 頭の上に盛大にハテナマークを浮かべている天都が、半ば連行されるように教室から出ていくのを、クラスメートたちは妙に生暖かい目で見送るのであった。




 体育館へと向かう道すがら、経緯を説明された天都はちょっとだけ釈然としない表情をしながらも、弥生たちに感謝の言葉を述べた。同時にそういう事なら、先に自分に知らせて欲しかったという苦情も言ったのだが、田村に「そしたら遠慮して断ったでしょ」と返され、それ以上言葉を繋げることができなかった。


 恐らく自分ならそう言っただろうと思うと同時に、気付いてしまったのだ。ダンスを覚えられなければそれを言い訳にして、その時は“仕方なく誘いを断れる”などと考えている後ろ向きな自分に。


 これでは自分を誘ってくれた五十川に対しても失礼だ。天都はこの土壇場になって、本当に本気で頑張ってダンスに取り組もうと決意したのであった。


 どうやら田村のお節介は、少なくとも天都の内面に良い変化を促す効果はあったようである。


 体育館には既に生徒が集まっており、ざっと見たところ二年生が一番多く、次いで三年生、最も少ない一年生は自分たちを除けは三組ほどしか見当たらなかった。


 思ったより少ないというのが弥生たち共通の印象だったが、これは既に講習会を卒業(・・)したメンバーもいるからである。特に二・三年生で昨年までに参加していた者などは、勘を取り戻す為に数回参加するくらいが普通だ。また必ずしも受講者全員が、毎日参加しているわけでもないのも理由の一つである。


 始まった講習会は、まず基本的なステップを覚えるところからの超初心者、出来る人と組んで練習する初心者、パートナーと組んで練習するちょっと上手い初心者とでグループ分けが行われた。中級者と上級者はいずこに? ――などと突っ込んではいけない。指導役の教師と生徒でようやく中級者、上級者に至っては清歌を除けば一番上手な教師が一人いるだけなのだ。


 弥生たち四組八人は初回という事で、清歌を除き超初心者グループで教えてもらうこととなった。今はとにかく覚えることが先決で、まだ指導が必要な段階ではなく、上級者たる清歌は手持ち無沙汰――というか、ハッキリ言って暇だった。


 そんなわけで、清歌は全体のレベルを確認するという当初の目的を果たすべく、体育館の外周を歩きながら見学することにした。


 四苦八苦しながら指導を受ける初心者グループの横を通り過ぎ、パートナーと若干ぎこちないながらもどうにか踊っている上級初心者グループの側まで来た時、清歌は顔見知りの二人を見つけ、内心で「おや?」と首を傾げた。


 彼女たちがここにいるのは、その役職柄別段不思議ではない。ただなぜか彼女たちは練習に参加せず、スペースの外に居たのである。


「こんにちは、生徒会長、仙代先輩」


「あら、黛さん。こんにちは」「あ、黛さん! 久しぶりー、元気だった?」


 生徒会長であり悠司の義姉(あね)である香奈、そして麦穂星スピカと名前で呼ぶと暴れ――はしないが、プンスカ怒る仙代先輩の二人である。


 聞けば伝統的に生徒会長はダンスパーティーに参加しているそうで、香奈も半ば選択の余地なく練習に参加しているのだそうだ。ただの生徒会役員にはそんな義務はなく、仙代の場合は単純に彼氏の早見とペアを組んで参加するとのことだ。お付き合いは上手くいっているようで結構なことである。


「会長は人気者でいらっしゃいますし、パートナー選びは苦労されたのではありませんか?」


「ああ、参加するとはいっても私はどちらかと言うと主催者側で、ペアを組んで参加するわけじゃないの。パートナーチェンジの時に、申し込まれれば踊るっていうスタンスね」


 ちなみに練習では、手の空いた指導役の誰かと組んで踊っている。要するに今はパートナー待ちなのだ。


「なるほど……、それはそれで騒ぎになりそうな気もしますね」


「会長が不参加っていうわけにもいかないし、悩み所なんだよねー……って、それは黛さんの方も同じでしょ!? っていうか黛さんが誰とペアを組んだのか、スッゴイ興味あるんだけど……」


「ご期待のところ申し訳ないのですけれど、今回はちょっとした事情で私は男性側での参加です。パートナーは弥生さんですね」


 どうやら興味があったのは香奈の方も同じだったようで、二人に詰め寄られた清歌は素直に答えた。さらに今回はそもそも友人の付き添いとして参加しているようなもので、ダンスパーティー当日もさほど長居することは無いだろうとも付け加えておく。


「黛さんが男装して参加かぁー、……カッコイイだろうね、すっごく」


「女子が殺到しちゃったりしてね。そうなると男子がちょっと可哀想なことになっちゃうかもだけど……、男子は香奈の方に集まるから逆にバランスが取れるか」


「私の方はそんなに集まることは無いと思うけどなぁ……。というか、長居はしないって言ってたから、パートナーチェンジをするつもりは無いのかもしれないよ」


「(相変わらず自分に関する認識が甘いなー、香奈は)実行委員側は出来れば長くいて欲しいって思ってるだろうね」


 男装した清歌の姿を想像した生徒会長&役員のコンビが、顔を寄せて何やらヒソヒソと内緒話をする。内緒話とは言ってもすぐ目の前での事なので、清歌には殆ど聞こえてしまっているのだが、こういうのは聞こえないフリをするのが優しさである。


「それにしても男性側でも踊れるなんて凄いね。私なんてようやくステップを覚えられたところだから」


「香奈の場合、今みたいに練習相手待ちの時間も結構あったから……」


 と、仙代がはっと目を見開くと、軽くパチンと手を合わせた。


「丁度いいじゃん。香奈、折角だから黛さんに練習相手になって貰えば? 黛さん、どうかな?」


「えっ!? でも黛さんも弥生ちゃんとの練習があるんじゃ……」


 超初心者グループの方へ視線を向けると、弥生たちはステップを覚えるのに絶賛苦戦中のようだ。自分の出番はまだまだ先らしいと確認した清歌は、制服のポケットからシュシュを取り出し、その長く艶やかな金髪を手早く後ろで一つにまとめた。


「あちらは大丈夫そうですね。では、よろしければ一曲お相手頂けますか、生徒会長?」


 清歌が柔らかく微笑み、香奈の目を見つめながらそっと手を差し伸べる。


 ドキッと大きく跳ねた心臓を押さえつけるように、香奈は両手を胸に当てた。頬も熱くなり、鏡など無くても顔が紅くなっているのが分かる。


 この感情は――まさか? いやいや、そんなまさか、目が合って微笑みかけられただけで落ちてしまうなんてマンガみたいなこと。自分はそんなにチョロイ女だったの? 違う違う、だって相手は女の子だもの。ああ、でも現代はそういうマイノリティーに偏見を持つのは良くないこととされているわ。そもそも誰かを好きだと想う尊い気持ちの前には、性別なんて些細なことよ。だったら――そうよ、もう素直になってこの気持ちに名前を付けてしまってもいい――はっ!


 何やら生暖かい視線を感じて横を見ると、ニマニマと妙に満足げな笑みを浮かべている仙代と目が合った。


 そういえば――と香奈は思い出した。夏休みに<ミリオンワールド>で遊んだ時の一件で、ちょっとした子芝居をしたときに危うく清歌に恋してしまいそうになったと話していたのを、そんなまさかと笑い飛ばしたことがあった。あの時は妙に真剣な表情で冗談を言うものだと思っていたのだが、どうやら冗談ではなかったらしい。香奈は背中に冷たい汗がたらりと流れるのを感じた。


「生徒会長?」


 清歌に呼びかけられ、香奈は頭を振って改めて向き直った。何の気負いも無く練習相手になってくれるという事は、恐らく男性のステップでも十分踊れるという事なのだろう。だったら断るという選択肢はどこにもない。


「では、よろしくお願いします」


 香奈は心を少しでも鎮めるために一度深呼吸してから、差し出された清歌の手に自分の手を重ねた。




 体育館の中央から波紋のように広がった騒めきは、やがて超初心者グループでステップの習得に励んでいた弥生たちの元へも届いた。


 集中していた弥生は、ちょっと騒々しいなと思ったくらいで、そのまま練習を続けていた。何しろこのメンバーの中で、一番時間が必要なのは――不本意なことに――自分である。無駄にできる時間など少しもない。


「ちょっと弥生、事件よ」


 騒めきの正体を確かめようと体育館の中央辺りへ視線を向けた絵梨が、未だ練習を続けている弥生に声を掛けた。


「ナニよう、事件って。暇を持て余した清歌がナンパでも始めた?」


「…………よく分かったわね?」


「えっ、嘘っ!?」


 冗談のつもりだった言葉に対して絵梨が本当に驚いた口調で返してきたため、弥生はギョッとして振り返った。するとそこには手を握り、見つめ合って踊る清歌と香奈の姿があった。


 清歌を見つめる香奈は、頬を上気させ瞳がキラキラと輝き、とても魅力的な微笑みを浮かべている。――まるで恋する少女のように。


 あるものはその姿に見惚れ、またある者は清歌の見事なリードによるダンスに目を奪われ、いつの間にか体育館で踊るのはただ二人だけとなってしまっていた。


「ど、どどっ、どうしよう? 止めに入るわけには……いかないよね?」


「この状況じゃあねぇ……、一曲終わるのを待つしかないわ。それまで香奈さんの精神がつかどうか……」


「う~む……、既に危険域に達しているようにも見えるが……」


「オイィー。ふ、不吉なこと言うなよ。っつか、精神が保つってどういう意味だよ?」


 まるで清歌が精神に干渉する怪しげな魔法でも使っているかのような物言いに、悠司が慌ててツッコミを入れる。なんとな~く絵梨たちの言わんとしていることは理解しているのだが、自分の義姉のことでもあり、分かりたくないという思いが強い悠司なのである。


 が、三人の仲間たちは無情にも事実を突きつけた。


「そりゃ、香奈さんが本気マジで清歌に……」「恋に落ちちゃうってことよ」「うむ。あと五分もあれば確実だろう」


「惜しい、そこは五秒だろう……って、古っ! じゃなくてだなぁ……」


「ま、あんたが認めたくない気持ちも分かるわ。でもご覧なさいな、お義姉さんのあの表情を」


「んぐっ!」


 絵梨に促されて悠司は体育館中央に視線を向ける。そこでは清歌の事だけを見つめ、周囲の練習が止まってしまっていることにすら気づいていない義姉の姿があった。


「涙に濡れて輝く瞳。薔薇色に染まった頬。繋いだ手のひらから伝わって来る体温。絡め捕られた視線は、もう自分から逸らすことはできない……、ううん、逸らしたくない。ああ、そうか、捕らえられたのは視線なんかじゃない。私の心が、もう貴方に捕らえられてしまったんだ……」


「天都さん……、変なナレーションを付けるのは止めてくれまいか」


「あ、あはは。ごめんなさい、つい……」


 まったく人の義姉の事で遊ばないで欲しいものだ――と、悠司は腕を組んでフンと鼻息を漏らす。そんな様子を、弥生たちがニヨニヨと眺めている。本当、シスコンなんだから――などと思っているのだろう。


「でもまあ、なんとか大丈夫だったみたいだよ? もう曲が終わりそうだから」


 弥生の予言通り程なくして曲が終わり、同時に講習会に参加していた全員から二人に拍手が贈られた。どうやら香奈は本当に周囲の状況に気付いていなかったらしく、キョロキョロと見回してかなり驚いている様子である。


 そんな香奈の手を取ったまま清歌は居住まいを正すと、一度香奈とアイコンタクトを取ってから二人揃って優雅に一礼した。






 ちょっとしたハプニングを挟みつつも、講習会は時間いっぱいまで続けられた。


 その成果はと言うと、悠司と聡一郎、そして五十川の運動神経水準以上組は次回から初心者グループでの練習に参加できそうだ。次いで習得が早かった田村は、次の講習会中に超初心者グループからは抜けられそうである。残る三人については――練習が終わった後で、揃ってorz(ガックリ)ポーズを取っていたとだけ記しておこう。


 放課後のこと。マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人と、田村を除くサクラ組の計八人でワールドエントランスへと向かっていた。なお田村はスイーツ研究会の方に行っている。クリスマスイベントを目前に控えて、いろいろと準備をしているらしい。


 前を歩く女性陣の話題は、当然お昼のダンス講習会についてだ。


「分かってはいたけど、やっぱり難しいです……。全然間に合う気がしない」


「ま、まあ初日だし……。頑張ろうよ!」


「そね。って言っても、私たちも慰めてもらう立場なんだけどねぇ」


 トボトボと歩きながら弱音を吐く天都の肩を、弥生と絵梨がポンと叩く。ちなみに弥生と絵梨、天都の三人の習得状況はほぼ同じくらいである。にも拘らず天都のみが悲壮感を漂わせているのは、やはりダンスパーティーへの思い入れの違いであろう。


「他のグループを見てきた感じでは、多少の間違いをいちいち指摘されることは無いようでした。基本のステップを抑えつつ、相手に合わせて楽しく踊れるならそれでいい、という事のようですね」


 だからそんなに難しく考えることは無い――という事なのだろうが、それはやはりできる人の台詞だろうと、三人がジト目を清歌に向ける。


「そりゃあ清歌にとっては、簡単なことでしょうけど……ねぇ?」


「私たちはそれ以前の話ですからね……」


「うんうん。……っていうか、他のグループを見に行ったはずが、なんで香奈さんと踊ることになっちゃったのよぅ?」


「あら、それはヤキモチかしら、弥生?」


「そんなんじゃ……、ないけどさ~」


 そう言いつつ、弥生はプクっと頬を膨らませる。まだ自分は清歌と一緒に踊れないのに、香奈が楽しそうに踊っているのを見て、ちょっとモヤッとしただけだ。


(……って、やっぱりヤキモチじゃん! 恥ずかしい~~)


「ふふっ、当日は弥生さんのパートナーなのですから、そんなに膨れないで下さい。ね?」


 清歌はそう言いつつ、弥生の頬をちょんと突く。


「そうだけど……、その当日に間に合うかが問題なんだよ~」


 多少間違っても問題は無いと清歌は言うが、間違ってもそのままスルーして相手と合わせて動くということ自体、弥生たち三人にとっては結構ハードルが高い。なにせ覚えたステップを順番に考えながら動いているものだから、一度間違えるとこんがらがって、どこからステップを再開すればいいのか分からなくなってしまうのである。


 これは要するに考えながらやっているからそうなるのであって、反復練習によって体で覚え、自然にステップが踏めるようになればいい。――と、解決策は分かっているのだが、いかんせん自分の運動神経の無さを考えると道程は長そうで、暗澹たる気分になる三人なのであった。


「も~、現実リアルにもシステムアシストを付けてよ~」


 アホなことを言い出す弥生に、絵梨と天都は「気持ちは分かる」と苦笑を漏らす。いっそダンスパーティーがVR内で行われるなら、何も問題は無いのに。


 言うまでもなく、弥生の発言は多少の願望が混じってはいても冗談の類に過ぎない。それ故に――


「ああ……、なるほど、その手がありましたね。流石は弥生さんです」


 などと、ニッコリのたまう清歌に、絶句してしまうのであった。







 放課後の生徒会室にて――


「……で、感想は? 生徒会長さま」


「危なかったわー。あと五秒踊ってたら、引き返せなくなっちゃったかも」


「あはは、五秒かぁ……ギリギリだったね。夏休みに私が言った事の意味が理解できたでしょ?」


「うん、心の底から理解できた。あの時は、てっきり冗談で言ってるんだとばかり思ってたけど……」


「冗談ではなかったのだよ。……それにしてもダンスパーティーは大丈夫かな?」


「うーん……、すぐに引き上げるつもりみたいだったから大丈夫だと思うけど、ちょっと心配だから、悠司くんに詳しく聞いておくわ」


「それが良いね。情報収集よろしく、生徒会長」


「も~、人使いが荒いんだから」





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