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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十章 凛&千代、参戦!
140/177

#10―10




「ナイスタイミングだったわよ、清歌。……結局、ゲレンデの一番上まで行ってきたの?」


「ありがとうございます。ええ、スイッチを入れながら昇ることが出来ましたので、どうせなら頂上まで行ってしまおうかと」


「ま、俺らもロケラン攻撃から助かったわけだから、結果オーライだな」


「ロケットランチャーと雪崩を躱したボード捌きは見事だった。……あのスノーボードはやはり千颯の能力を使って造り出したものなのだろうか?」


「はい。実は頂上のリフト降り場に、放置されているスノーボードとスキーがいくつかあったのですけれど、なんとなく無断で持ち出すのは気分が悪かったので」


「あはは、妙に現実リアルっぽい舞台設定だから、そういう気持ちも分かるね。あ~……でも、スキーもあったんだ……」


 微妙に残念そうな声を上げる弥生に、絵梨は疑問を感じた。


「あら、スノボの清歌もカッコ良かったじゃないの。何か不満なのかしら?」


「う~ん、不満っていうんじゃないけど、なんとな~くスキーの方がお嬢様っぽい気がするな~……なんて」


「あー、言われてみればそういうイメージはあるかもしれないわねぇ」


 確かにどちらかと言えば滑る時のスタイルにしろウェアのデザインにしろ、スノーボードの方がよりカジュアルな印象だ。お嬢様然とした清歌には、スキーで優雅に滑る方が似合っているのでは、という弥生の感想は絵梨だけでなく悠司と聡一郎からも支持されたようだ。


 ちなみに清歌はスキーもちゃんと滑ることが出来る。覚えた順番から言えばスキーの方が先だが、どちらが得意ということは無い。なので今回スノーボードを選択したのは、単純にパーツが少なくて闇の武具(ダークアームズ)で作るのが簡単だったからである。


 さておき、ボス戦は絶賛継続中であり、五人は雑談をしつつもスノーマンに攻撃を加えている。広場に仰向けに倒れたスノーマンは手足をジタバタさせており、それらにぶつからない様なポジションを選んで取り囲み、通常攻撃メインで袋叩きにしているところだ。


 現在、スノーマンのHPは全体の一割弱削った程度で、そのダメージの殆どは先ほどの連携攻撃で引き倒す時に与えたものである。


「それにしても、このスノーマンの体型ではどう考えても起き上がれないと思いますけれど、このまま勝負がついてしまう……などと言うことは、ありませんよね?」


「あはは、だったら楽勝だけど……流石に無いでしょ? まあ、どうやって立ち上がるのかは分からないけど……」


「まあ、開発がこういうケースを想定していないわきゃ無いわな。……って、こいつの名前って、やっぱスノーマンなんだな」


 戦闘が始まってから今まで、多彩な攻撃を避けつつ引き付けておくのが大変で、名前などはまだチェックしていなかったのである。たぶんスノーマンなんだろうな、という予想はどうやら当たっていたようだ。――と思った悠司であったが、それは甘かった。


「あ、正確には“サンタになりたかったスノーマン”ですね」


「サンタになりたかった?」「ナニ、それ?」「サンタ的な特徴はあるが……」「まあ、あるけどなぁ」


「……名前よりも、解説文の方が特徴的なので、一度ご覧になってみて下さい」


 苦笑気味に詳細は伏せたまま読むことを勧める清歌に、微妙に不穏なものを感じつつも、一種の怖いもの見たさもあって四人はウィンドウを開いた。




 イベントボスNo.05「サンタになりたかったスノーマン」


 積もるほどの雪が降ると、必ずと言っていい程作られるスノーマンには不満があった。

 雪遊びの定番として生み出されるが、作る時は夢中になる割に、完成した後は見向きもさずに放置され、後は解けて消えるのみ。

 場合によってはさらに降った雪や、雪かきされた雪と同化して只の雪山になってしまう事さえある。

 そう、スノーマンは冬の風物詩ではあるが、決して主役にはなれないのだ。


 ある時、スノーマンは自分を作った子供たちの会話を聞く。

 なんでもサンタなる空飛ぶソリに乗った髭モジャの爺さんが、プレゼントを持ってきてくれるのだそうだ。

 サンタとプレゼントのことを話す子供たちは大層はしゃいでいて、ついさっきまで一生懸命作っていたスノーマンのことなど、すっかり忘れてしまっているかのようだった。


 モノ(プレゼント)か! モノなのか!? やはりモノをバラ撒く者は人気が出るというのか!

 おもちゃを買ってくれるおじいちゃんおばあちゃんは孫に大人気だし、いつの世も大金持ちは愛人を囲っているし、政府の安直なバラ撒き政策で支持率が上昇する!

 やはり人気を勝ち取るには、モノが必要なのか!


 残酷なこの世の真実を知り、愕然としていたスノーマンの元から、子供たちが去っていく。

 子供たちは楽しそうに、プレゼントを入れてもらう靴下の話などをしていて、誰一人としてスノーマンを振り返ることは無かった。


 その時、スノーマンの雪のように真っ白だった心が、どす黒い闇に染まった。


 そうか、プレゼントが欲しいのか……。

 ならば私が君たちにプレゼントを贈ろう。

 ド派手で、エキサイティングで、とびきり恐ろしいプレゼントを。


 クリスマスに浮かれる者どもに、凍れる白き正義の鉄槌を!!




「「「「………………」」」」


 えらく長い、しかもストーリー仕立てになっている上にかなりビミョ~な内容の解説文を読み、弥生たちは揃って何とも言えない表情になってしまった。攻撃の手も若干緩くなっている。


 言うまでもなく、スノーマンの境遇に同情してしまったとかそういう事では決して無い。突っ込み所の多すぎる解説文を態々作った、恐らくはクリスマスに何か思うところがあるであろう開発スタッフを、厳しく追及したい気分になったのである。


「え~っと、なんでソリとかプレゼント袋とかを持ってるのかは分かった……かも?」


「まあ、なぁ……。でもこれは紛れもない逆恨みっつーか、単なる八つ当たりっつーか……」


「うむ。少なくとも、共感できる内容では無いな」


「んー……というか……、サンタになりたかった雪だるまっていうテーマは良いのよ、割と定番だし。ほら、ハロウィンの国の住人がクリスマスに乗り出して大騒ぎ……っていう映画があったじゃない?」


 この手の物語は、何者かに成り代わろうと頑張ってみるが上手くいかず、結局自分は自分でしかありえないのだと気付く、という構成になっているものが多い。羨んだり妬んだりするのではなく、ありのままの自分を受け入れようというメッセージが込められているわけだ。


 そういう意味では今回のスノーマンの物語も、導入部分は特に問題が無い。


「……なのに、なぜか後半に入っていきなり闇落ちしてる……っていうか、視点が開発スタッフに入れ替わっちゃってるのよね。八つ当たりの矛先も、クリスマスに浮かれる人たちになってるし」


「あー……言われてみりゃ、なんか金持ちに恨みでもあるのか? って感じだよな。愛人とかバラ撒き政策とか、サンタと全く関係ねーし。……病んでるのか、開発スタッフは?」


「病んでいるのかは分かりませんけれど……、クリスマスイベントを開発しているのに、仕事でクリスマスに浮かれることが出来ないわが身を顧みて、何か思うところがあったのかもしれませんね」


「ふむふむ。つまりストレスが爆発しちゃった開発スタッフが、解説文に思わず恨み言を書いちゃった……みたいな?」


 そう考えると、起き上がろうともがいているスノーマンに、身を粉にしてイベントを作ってくれた開発スタッフの姿が重なって見える――ような気がして、ちょっとだけ同情する気持ちが五人に芽生える。もっともイベントをクリアするためにも、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。しかしまあ――


「えっと、いつも開発お疲れ様です」「「「「お疲れ様です」」」」


 一言、労いの言葉くらいはかけておこうと、弥生がスノーマンにぺこりと頭を下げ、四人が後に続いた。


 ――と、その時、スノーマンがピタリと動きを止めた。余りにタイミングが良くて、弥生がちょっと狼狽える。


「えっ!? なにこれ? まさか開発さんが聞いてたとか?」


「そんなわけないでしょ。一定時間経過したら、行動を変えるようになってるんじゃない?」


「……或いは、スポットライトの数で行動パターンが変わるのかもしれませんね」


 念のためにスノーマンから距離を取りつつ周囲を見渡してみると、点灯しているスポットライトの数がいつの間にか五個になっている。


 なんにしても他のメンバーを呼び寄せるにはいいタイミングだろうと考えた弥生は、イルミネーションを点けて回ってくれている六人に召集の連絡を入れた。







 ――少々時間を遡る。


 スイッチを探して無人の村を彷徨っていた天都は、偶然田村と鉢合わせ、同じ区画を手分けして作業を進めていた。一方が別の区画へ移動した方が良いのかもしれないと思いつつ、二人ともそれを言い出さなかったのは、生活感はあるくせに人っ子一人いない村を一人で彷徨うのは、肝試しをしているようでちょっと怖かったからだ。


 灯ったイルミネーションは華やかで綺麗だ。一面が雪に覆われているので、理想的なホワイトクリスマスの景色――まだ当日(・・)ではないが――と言ってもいいだろう。こういうのはどうせなら彼氏と二人で、腕でも組みながら見たいものだ。


(まあ、彼氏なんていないんだけどねー。っていうか、年齢(イコール)彼氏いない歴を更新中ですが、何か?)


 田村が内心でビミョ~にやさぐれた言葉を吐く。もっともこれはある種の自爆ないし自虐ネタの一種であり、田村は本当に彼氏が欲しいと思っているわけでは無い。特に惹かれる男子がいるわけでもないし、今は<ミリオンワールド>での魔物モフモフカフェ経営がとても楽しいので、殊更恋愛方面へ意識が向かないのだ。


 しかし――と、田村は天都の方をチラリと見る。この<ミリオンワールド>内だけでなく、学校でのやり取りを見ても天都と五十川がとてもいい雰囲気なのは分かる。あの二人はクリスマスをどう過ごすのだろうか?


 最近、下校の際はサクラ組の四人でワールドエントランスへ向かう事が多く、こういう話をするのはちょっと難しい。五十川がいない今は聞き出すいいチャンスである。ただ直球で尋ねると天都がフリーズしそうなので、若干遠回しに話題を振ることにした。


「そういえば……クリスマスイベントと言えば学校の方なんだけど、私はスイーツ研究会としてお菓子作りに参加するから、天都さんも良ければ来てね」


「クリスマスイベント!? あ……、そ、そうなんだ、必ず行くね。ハロウィンのお菓子も美味しかったし、楽しみにしてます。……はぁ」


 学校のクリスマスイベントという言葉に、天都がビクンと派手に反応し、さらに悩まし気に小さな溜息を吐く。これは聞き出してくれと言っているようなものだと、田村は内心でニヤリとする。以前突っついた時はまだ何も予定はなかったようだが、この反応を見ると、あれから何か進展があったのだろう。


「あ、もしかして……誘われちゃったとか? ダンパの方に」


「………………はい」


「おおー! 良かったね、天都さん!(ヤルじゃない、五十川君)」


 手を叩いて祝福する田村に、天都は慌てて両手を振って訂正する。


「あっ、まだ本当に参加するかは分からないよ? 五十川君はともかく、私の方がダンスを覚えられるかまだ分からないので。明日から講習会に参加して、当日までに覚えられたら一緒に参加しよう……って感じで」


「でも、講習会には参加することにしたんだ?」


「はい。……ちょっと、がんばってみようかなって」


「そっかぁー」


 頬を染めて控えめに決意を語る天都が可愛らしく、思わず田村はニヨニヨしてしまう。天都の恋路は重要な局面を迎えつつあるようだ。友人として、ここは是非とも協力してあげたい。


 明日以降の講習会に出ただけでダンスのステップを覚えるのは、運動神経の良い五十川はともかく、完全文系の天都には厳しいだろう。本人も頑張ると言っているのだから、ここは特訓あるのみだ。自分も協力するに吝かではない。


(とは言っても、私もダンスなんてできないんだけどね! はっはっは……はぁ。やっぱりここは、委員長経由で黛さんに協力を仰ぐべきよね)


 田村は密かに“天都のダンス特訓大作戦”の算段をつけていく。この時は単純に友人に協力しようと思っていただけなのだが、話の流れで田村自身もダンスパーティーに参加する羽目になってしまうのだが――それが分かるのは少し先の話である。


 弥生にどうやって話を切り出そうかと考えていると、その弥生から連絡が入った。


『え~、弥生からスイッチ組へ。イルミネーションの点灯率が五割に達したみたいだから、皆ゲレンデの麓にある広場に集合してくださ~い!』


『了解。すぐそっちに向かう』『同じく、俺もすぐ傍まで来てる』『分かりました、急いで向かいます』『りょうかいしました~』


『こっちも了解。ちなみに天都さんも一緒でーす』


『私たちは少し離れているので、ちょっと遅れるかもしれません』


『オッケ~! じゃあ皆、なるべく急いでね。……あ、ちなみにボスは、雪でできたゆるキャラの巨人……みたいな感じかな? 以上、連絡終わり!』


 田村は天都と顔を見合わせた。互いの顔には「ゆるキャラの巨人とは何ぞや?」という疑問が浮かんでいる。


「雪の巨人……じゃ、ないんだ」


「ですね。ゆるキャラの巨人って言ってましたから。……巨大雪ダルマみたいな感じなのかな?」


 なんにせよ、実物を見れば分かることだ。二人はスイッチを探す作業を中断し、謎のボスと戦うべく広場へ向けて走り出した。







 ジタバタするのを止めたスノーマンは、手足と頭を胴体部分に吸収させるように引っ込めると、更に胴体部分も変形させて、ただの巨大な雪玉になってしまった。


 と、そこへ弥生の速射魔法弾、清歌によるセイバーの刀身射出攻撃、悠司の通常射撃の攻撃が次々とヒットする。しかしスノーマンのHPゲージに全く変化はなく、念の為ログを見てもダメージは出ていなかった。


「残念。やっぱり変態中に攻撃しても無駄か~」


「まあ、一種の様式美ではあるよな。変身中のヒーローとか、合体変形中のロボは攻撃しちゃいかんのだよ」


 攻撃が無意味だったにも拘らず、妙に満足そうに語る弥生と悠司に、絵梨が額に手を当てつつツッコミを入れる。


「そう言いつつ、なんであなたたちは攻撃したのよ?」


「あはは。まあお約束を破ってみたかったというか……、ね?」


「実際目の前でやられると、敢えて空気を読まない行動をしてみたくなったって感じだな。……そういえば、清歌さんも攻撃してたよな?」


「はい。余りにも隙だらけでしたから、たぶん攻撃は効かないのだろうな……とは思いましたけれど、念のために試してみました」


 ダメージ量や時間経過で姿を変えるボスというのは、RPGではごくありふれたものだ。姿を変えるシーンは大抵イベントムービーになっているので、敢えて突っ込むことは普通無いのだが、ある意味これも“隙だらけでも攻撃するのはタブーとされる場面”の一つと言えるかもしれない。


 ただ今回は普通に動くことはできるので、五人はこの待ち時間を仕切り直しの準備に有効活用する。スノーマンから距離を取りつつ、各自HPとMPの残量チェックをしたり、手持ちのポーションを確認し合ったりしていた。


 そこへ五十川と近藤が現れ、次いで凛と千代も到着した。


「あれ? ゆるキャラはどこ?」「大きな雪玉ならありますけど……」


「アレがそうだよ。仰向けに倒したら起き上がれなくなっちゃって、雪玉になったの」


 妹たちの疑問に弥生が簡潔に答える。いささか言葉が足りなかったらしく、駆け付けた四人は首を捻っていたが、それ以上の説明は不要だった。雪玉が再び変態を始めたからである。


 雪玉の両脇から手が生え、次いで頭が生えて、少々アンバランスな雪だるまになる。そして大きな胴体部分をゴムボールのようにたわませると、ぴょんとジャンプすると同時に短い脚が生えた。胴体部分も元通りやや縦長になっている。


 本来の形になったスノーマンは、妙に格好つけた仕草で落ちていたマフラーを拾って首に巻き、バケツも拾って頭に被ると、キリッとした表情を作った。


「雪だるまがキメ顔って……」「カッコよくなんてないぞー、ブーブー」


 妙にイラッとくるスノーマンのキメ顔に、近藤と五十川がブーイングを入れる。口にはしなかったが、弥生たちも概ね同じ感想を持っていたようで、数人がうんうんと頷いている。


 そんな様子にスノーマンは四角い眉を吊り上げると、荒々しく袋の中を探り始めた。


「みんな気を付けて! 結構予想外のモノを出してくるから。あ、このタイミングの攻撃はダメージ出ないから」


「了解。…………って、いやいや、それはおかしいから!?」


 立ち上がったスノーマンは、両手いっぱいに円筒形の何かを抱えていた。赤や青、黄色に塗られたものもあり、一見ツリーに飾るオーナメントのようにも見えるが、一番多いダークグレーの物を見れば、手榴弾であるのは明らかである。


 爆弾やらロケットランチャーやらを取り出すところを見ていた囮組とは異なり、初見の四人はスノーマンに手榴弾というミスマッチ感に唖然としていた。


 弥生の指示で各自が散開しつつ距離を取ると、スノーマンはニヤッと笑みを浮かべると、両手の手榴弾をバラ撒いた。色とりどりの手榴弾は地面に落ちると同時に次々と炸裂し、派手な爆発音が広場に響き渡る。


 結構大きな爆風に晒され、運悪く近くに着弾した近藤が若干のダメージを受けた。


「みんな大丈夫!?」「何があったの?」


 そこへ血相を変えた天都と五十川が駆けつける。音の大きさの割にダメージは大したことが無かったようで、二人はひとまず安心した。


「フフフ、五十川君と近藤君がちょっと小馬鹿にしたら、スノーマンが怒っちゃったのよ(ニヤリ★)」


「ちょ、それは違っ……うか?」「そう、濡れ衣だ! ……だよね?」


「あはは。まあ、関係ないんじゃないかな~……、たぶん」


「そ、そうだよな。スキルを使って挑発したわけじゃないし、あれはたまたま……」


「五十川君……、いったい何を言って怒らせちゃったの?」


「いや! ち、違うんだ、天都さん。ちょーっとイラッと来たから、ブーイングを入れただけで……。ってか、皆も頷いてたよな!?」


 ジトッとした目で追及する天都にしどろもどろに返答する五十川は、さしずめ浮気を咎められた彼氏の風情だ。同意を求められた弥生たちは内心でニヨニヨしつつ、わざとらしく明後日の方向へ眼を逸らした。


「ってか、そもそも先に突っ込んだのは――」「もー、別に言い訳しなくて――」


 ザンッ!


 何やらイチャコラ始めた二人の間を遮るように、スノーマンが投擲した巨大スコップが突き刺さった。突然のことに五十川は目を剥き、天都は驚きの余り尻餅をついている。


 見上げるとスノーマンが目に怒りの炎を灯し、二人を睨み付けていた。これは比喩的表現ではなく、本当にメラメラと炎が燃え上がり、融けた雪が滂沱となって流れ落ちている。


 理由は全くもって分からないが、どうやらスノーマンの怒り――というか恨み?――を買ってしまったことは理解し、五十川と天都が思わず後ずさる。


 この時、正式名“サンタになりたかったスノーマン”の解説文を呼んでいた五人だけは、スノーマンが何を言いたいのか正確に理解していた。すなわち――


「え~っと、リア充爆発しろ……ってとこ、かな?」


「う~む。つまり、カップルを優先して狙うように開発が仕込んでいた、と?」


「だな。っつーか、少しずつだけどHPが削れてるぞ? 怒りの炎で自らを焼いているのか……」


「ずいぶん、思い詰めてらっしゃるのですね……」


「ちょっとやり過ぎな気もするけど……。まあ、考えようによっては丁度いいじゃないの、ねえリーダー?」


「うん、まあそうかな。天都さーん、五十川くーん! 二人はそのままくっ付いて行動して、スノーマンの注意を引きつけてて! 天都さんは五十川君のバックアップだけに専念してくれていいから! 五十川君はとにかく天都さんを護る事!」


「「えーーっ!」」


 割と無茶な要求を突きつける弥生に抗議の声を上げるも、二人に反論の余地はなかった。というのも、これまで広場の中央から動こうとしなかったスノーマンが、袋を拾って肩に掛けると二人に向かって歩き出したからである。


「う、動いた……」「スノーマン、それほどまでに……」


 涙を流しながらリア充カップル――実際はカップル未満なのだが――に鉄槌を下そうと追いかけるスノーマンの姿に、弥生と悠司が思わずホロリと来て目を抑える――演技フリをする。妙なところで息がピッタリの幼馴染である。場合によってはこの二人がスノーマンに追い回されるというパターンもあったかもしれない。


「いいんちょーーっ! 追撃をーっ!」「たーすーけーてー!」


 手足の短いスノーマンがカップルを追いかける様子は少々コミカルで、なんとなく傍観者気分で見送ってしまったが、追いかけられる方はそんな暢気なことは言っていられない。身長六メートルの巨人が回収したスコップを振り回しながら、必死の形相で迫ってくるのだから、正直言ってかなり怖い。


 二人からのヘルプに弥生は気を取り直すと、スノーマンの追撃を始めた。


 こうして天都と五十川を追いかけるスノーマン、さらに弥生たちがそれを追いかけるという、二重追いかけっこが始まったのである。


 幸い足が短いためにスノーマンの移動速度は遅く、五十川が後退りしつつ迎え撃ち、その隙に天都が距離を取るという形でスノーマンを引き付けることが出来ていた。ちなみにスノーマンに背を向けて逃げると、袋の中から飛び道具を取り出してきてかえって危ない為、敢えて距離は取らずにいるのである。


 ずっと二人で行動しているだけあって、二人の連携はなかなかのものだ。


 天都は魔法による攻撃だけでなくバフを切らさないように管理し、五十川は前衛で壁役と攻撃役を担う。基本的に攻撃は避けるようにしている五十川は、天都が後ろで魔法のチャージに入っている時には、ちゃんと攻撃を後ろにそらさないように受け止めている。また天都も五十川が姿勢を崩したり、クールタイムなどの関係でアーツを出せないようなときには、マジックミサイルなどで意識を逸らしていた。


 時折声も掛け合っているものの、阿吽の呼吸でこなしていることも多々あり、傍から見る限りではリア充カップルと勘違いされてもおかしくない――というのは、二人を除く全メンバー共通の見解であった。


 一方で、スノーマンによるスコップ捌きもなかなか見事だった。特に突きや叩きつけから斬撃へ変化する攻撃は、対処するのがかなり難しく、五十川も何度か直撃を受けてポーションを使用する羽目になっていた。また回転しつつ雪を薙ぎ払いぶっかける攻撃では、確率で麻痺――恐らく凍傷ということなのだろう――になることがあり、これも万能薬の出番となった。


見てくれはゆるく、根性はかな~り曲がっているようではあるが、レイドボスだけあって流石に手強い。


「ちょっとー、スコップ強いじゃん! スコップ無双だよ!」


「いや、あれはスコップが強いっていうよりも、ボスが強いんじゃないかなー」


「スコップ無双? 何の話?」


「あ~、実は田村さん、スコップを最初に選択してたんだよ。何でも庭で家庭菜園を作りたいとかで……。まあ、スコップ無双云々を言い出したのは、天都さんの方らしいんだが」


「……確かにラノベだとスコップを武器にしてる主人公もいるよね」


「まあ、いるかもしれんが……。剣とか斧が使えるなら、そっちを使うわな、普通」


 そんなアホな会話を交えつつ、天都と五十川の退却戦、あるいは弥生たちのスノーマン追撃戦は、イルミネーションの灯る村の中ほどへと到達していた。


「弥生さん。このままでは、行き止まりまで追い詰められてしまいませんか?」


「うん、私もそれを考えてた。一応、プランは二つ考えてるんだけど……スマッシュ!」


 スノーマンが振り返り、鬱陶しそうにスコップで薙ぎ払い攻撃を仕掛けて来たところを、弥生がスマッシュで弾き飛ばす。


 跳ね上がった腕に向かって清歌がハイジャンプで跳び上がり、大剣モードのマルチセイバーで斬り付ける。エアリアルステップで滞空時間を稼いでいる内に、ワイヤーを伸ばして腕に巻き付けソーンエッジを発動。そのままワイヤーにぶら下がり、スイングしつつ鮮やかに着地した。


「うわー、黛さんかっこいい……」「やば、なんかときめいちゃったかも……」「ほへ~」「お姉さまってば、あんなことまで……」


 清歌の華麗なアクションにメンバーの一部が見惚れつつも、さらなる集中攻撃が腕に叩きこまれ、遂にスコップを持つ手が爆散した。この攻撃でスノーマンのHPも大幅に減少し、残量は二割を切った。


「やったー!」「よっしゃ、見たか!」「このまま行ける……か?」「だから、フラグっぽい台詞を何故……」


 片腕の無くなったスノーマンはおもむろに袋を地面に置くと、中から銃――というより筒にグリップが付いただけというようなものを取り出した。弥生たちの方へ突きつけたノズルはラッパ状に広がり、反対側からは管が伸びていて袋の中へと伸びている。


 その形状を見て嫌な予感がした弥生が、追撃メンバーを自分の周りに呼び寄せフォースフィールドを発動した。次の瞬間、弥生たちが身を隠すドームに向けて、火炎――ではなく冷気が大量に浴びせられた。


「きっとこれで俺らを一網打尽にして、前の二人をゆっくり始末するつもりだったんだろうな。ナイス、リーダー。……さて、そんじゃ、二つのプランっていうのを拝聴しましょう」


「おっけ~。プラン一。私たちも前に回り込んで、ここで一気に片を付ける。まあ、堅実策だね。……で、プラン二。あの二人に浮力制御をかけて、このまま逃避行を続けてもらう。浮力制御をかければ屋根の上くらい軽く跳んで行けるけど、ぶっつけ本番になるから、こっちはちょっと博打かな?」


「なるほどねぇ。聞くまでもないと思うけど……、一応多数決を取ってみましょうか? プラン一を支持する人は?」


 絵梨が問いかけるも、誰一人として手を挙げない。


「じゃあプラン二を支持する人ー?」


 今度は全員の手が挙がる。年少組の二人も、あの二人の空気を察してこちらに手を挙げている。


「あはは。予想通り満場一致か。じゃあ、この攻撃が止んだらお願いね、清歌」


「承知しました」


 そうこうしている内に冷気による攻撃が終わった。スノーマンは袋の中に冷気放射器を突っ込むと、いつの間にやら再生していた手でスコップを掴み、再び天都と五十川の方に向かって行った。


 清歌はこっそり雪苺を先行させ、魔法の射程内まで近づけさせた。幸い雪が保護色になっているので、スノーマンには見つかることはないだろう。――まあ、そもそも二人だけをターゲットにしているので、仮に見つかっても問題なさそうではあるが。


 清歌からアイコンタクトを受けた弥生が、二人に作戦内容を告げる。


『二人とも、聞いて。そのまま後退すると行き止まりになっちゃうから、二人に浮力制御っていう魔法を掛けるよ。これを掛けると体が軽くなって、もの凄く高くジャンプできるようになるから、家を跳び越えて逃げちゃって』


『えっ!? ……マジで?』『いきなりそんな……』


『大丈夫大丈夫! スノーマンの始末はこっちに任せてくれていいから。二人は手を繋ぐなり、お姫様抱っこをするなり、とにかくはぐれないように逃げて。じゃあ、合図で魔法を掛けるから、頑張ってね!』


『りょ、了解!』『え!? そんな、本当に?』


 時間も無かった為に、割と問答無用な感じになってしまったが、恐らく五十川がちゃんとリードしてくれるだろう。


 スノーマンの足元にタイミングを合わせて前後から集中攻撃をして、足止めの時間を捻出し、それに合わせて二人に浮力制御をかける。


「行くよ、天都さん!」「は、はいっ!」


 しっかり手を繋いだ二人がふわりと高く跳び、イルミネーションの灯る民家の屋根の上に着地する。そしてさらに隣の、そのまた次の家の屋根へと跳び移っていく。


 仲良く手を繋いで飛び去って行く二人を見たスノーマンは、両手を上げると、激しく地団駄を踏んだ。声を出す魔物だったなら、大きく「うがぁーっ!」とでも叫んでいることだろう。


 この時、少々誤算が生じた。弥生はスノーマンは手前にある路地に入って二人を追いかけるか、もしくは追撃を諦めて自分たちの方へ八つ当たりして来るかのどちらかだと考えていたのだ。


 ところがスノーマンは、迷うことなく二人の方へ直進(・・)したのである。苦手なイルミネーションに触れてダメージを受けつつも、力任せにスコップを振り回して家屋を破壊し、にっくきリア充カップルを追い詰めんとしていた。壊れたイルミネーションがバチバチと火花を上げ、無闇に派手である。


「これは予想外……。みんな、急いで追撃!」


 弥生が慌てて指示を出しながらスノーマンを追いかける。背中に魔法や銃弾が次々とヒットするが、もはやそんなことは気にしないとばかりにスノーマンはただ前に進んでいく。厄介なことに、スノーマンが通った跡は瓦礫の山になっていて、普通に歩くのはかなり難しい状態になっていた。


「しょうがない、私たちにも浮力制御をかけて……」


「そんなことより、もうHPもあと僅かなんだから、例のアレで決めてきちゃいなさいな。こっちはココから援護射撃をするから」


 なんとなくそんな流れになるのではないかと予感していた弥生が振り返ってみると、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の年少組を除く四人がにゅっと親指を立てていた。こうなったら覚悟を決めるしかない。


「は~、仕方ないか。清歌、お願いね」


「はい。ユキ、浮力制御を私と弥生さんに。では、参りましょうか」


 弥生をお姫様抱っこした清歌が、ハイジャンプを使って高く跳び上がる。エアリアルステップを駆使してさらに高く跳び、清歌はあっという間にスノーマンの頭上、遥か高いところまで到達する。


「二人が見つからないように邪魔するわよ! マジックミサイル!」


 恐らく大丈夫だとは思うが、頭上の二人にスノーマンが気づいて避けるようなことが無いよう、追撃組が遠距離攻撃を放つ。


 一方、追いかけられていた天都と五十川は、絶体絶命のピンチに陥っていた。スノーマンのジャンプによる地響きで、雪と一緒に屋根から滑り落ちてしまい、更に天都が麻痺になった上、雪に体が半分埋まってしまったのだ。


 天都を背後に隠し、五十川が剣と盾を構えてスノーマンを睨み付ける。


 勝利を――あくまでこの二人を対象とした話だが――確信したらしいスノーマンは、スコップを地面に突き刺すと、袋の中から巨大な爆弾とライターを取り出した。


 シュボッとライターに火を灯し、わざわざゆっくりと導火線に近づけていく。


「五十川君! 逃げていいよ! どうせスタート地点に戻るだけなんだから!」


「だったら尚更、逃げるなんてカッコ悪いこと出来ないって!」


 万事休すか――二人が覚悟を決めたその時、空高くからスラスターの光を一直線にたなびかせた弥生が、凄いスピードでスノーマンの脳天に突き刺さった!


 HPを完全に失ったスノーマンから、爆弾とライターが地面へ落ちる。そして人型だった雪が次第に崩れてゆき、最後には小高い雪山となった。


「獲物を前に舌なめずりも、死亡フラグの一つだよね!」


 雪山の頂上で破杖槌を突き立てた弥生が、どこかで聞いたようなセリフをアレンジして勝利を宣言するのであった。





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