#2―04 チュートリアル(4)
「さて、では次に武器を扱ってみましょう。とりあえず試してみたいものを手に取って、的を攻撃してみて下さい」
清歌たちはずらりと並んだ武器の前に移動した。木製のラックに立てかけられている武器はRPGにおける定番は一通り取り揃えられており、加えてリボルバーやボルトアクションライフルなどの比較的古典的な構造の銃や、SF感が半端じゃない光の刃を出しそうな機械っぽい筒、そしてもはや突っ込み待ちとしか思えない杭を打ち出す機械やチェーンソーに巨大なハサミなども置いてあった。
それらを前に弥生は絶賛悩みモードだった。
「う~~~~ん、どうしようかな~」
「弥生さん、どうかされましたか?」
「……これが普通のゲームならどんな武器でも使いこなしてやるぞ! っていうところなんだけど……ね~。はぁ~~」
「お前は……なぁ」「そうか、坂本は……そうだったな」
「ユージもソーイチも言葉を濁したところでしょうがないでしょ? 弥生が運動音痴なのは紛れもない事実なんだから……」
絵梨たち三人が馬鹿にするのではなく、可哀想な人を思いやるような視線を弥生に向けるので、清歌もどうフォローをしたものかと言葉が出てこなかった。
「そ……それはそうだけど! ちょ、ちょっと、そんな気の毒そうな目で見ないでよぉ、も~~。……まぁ、私のことは置いといて、清歌はどうするの?」
「私ですか? そうですね……せっかくですから、今の姿に合わせてみましょうか」
そう言いながら清歌が手に取ったのは日本刀だった。確かに黒髪に黒い瞳となった今の清歌にはよく似合っている武器だといえよう。
「お~! 確かによく似合ってる! ってか、もしかして使えたりするの?」
「ええ、少しかじった程度ですけれど。ちょっとやってみますね」
腰のベルトを緩めて刀を佩くと、気負いなく的の傍までスタスタと歩いていき、あと少しで間合いに入るかというところで立ち止まった。
腰を落とし鯉口を切って構えるとすり足でじりじりと近づく。その緊張感のある様子に三森も含めた五人はギャラリーと化し、息を呑んで見守った。
「フッ!」
軽く息を吐き出す音とともに白刃が閃き右上に斬り上げ、流れるような動作で両手に持ち替えさらに二度斬りつけ静止した。
「こんな……感じですね」
弥生たちの方を振り返り納刀しつつ笑顔を見せる。それが合図となったのか、五人から溜息と歓声の間のような息が漏れた。
「す、すごいね! なんていうか……そう、動きがすごい綺麗でカッコよかった!」
「ありがとうございます、弥生さん」
今にも飛び跳ねそうな勢いで感想を言う弥生に内心ニヨニヨしつつ、絵梨も称賛の声を上げた。
「確かに刀を振るう清歌は素敵だったわね。……そういえば、清歌にはなんでもありだったわね、忘れてたわ」
「うむ。俺たちも負けていられんな!」
「たちって……。そらそうだが、お前以外は武器の扱いに関しちゃ素人だからな~」
そんな言い訳がましいことを言っている悠司も、ライフルを手に取って自分の的へ向かう後ろ姿には意気込みが感じられる。鮮やかに刀を扱って見せた清歌の姿に、触発されるものあったようだ。
とは言っても格闘技経験があり戦闘スタイルもそのままという聡一郎はともかく、全くの素人にいきなり武器を扱えと言ってもそれは無理な話だ。――というか清歌や聡一郎が例外なのであって、他三人の方が圧倒的多数派なのだ。
その圧倒的多数派の素人に、ゲームの為だけに一から武器の扱いを覚えろというのは無茶な要求だ。従って、当然の事ながらそれを補助するシステムが用意されている。
「それがシステムアシストと呼ばれるものです。里見さんのもっているライフルなんかはとても分かりやすいと思います。里見さん、銃を構えてスコープを覗いた状態で“照準”と言ってみて下さい」
「はい。えーっと、“照準”ですか? ……ん?」
三森の指示に従ってキーワードを口にした悠司が妙な声を出す。が、何が起こったのかについては後回しにしてそのまま引鉄を引くと、弾丸は狙い通りの場所に見事命中した。
「どうでしたか?」
「キーワードを言ったら、姿勢が定まって手振れも殆どなくなりましたね。なんつうか、インストラクターに後ろから支えてもらっているような感じ、ってのが近いような……」
「わ! 実にいい表現ですね。開発もそんなイメージになるように、システムを構築したと聞いています。この動作に関するアシスト機能は思考スイッチのみで発動できますので、慣れてきたら意識するだけで大丈夫になります。
黛さんや相羽さんのように生身で動ける方の場合は、むしろ体を引っ張られるように感じるかもしれませんので、逆に何も意識しない方がいいかもしれませんね。もし気になるようでしたら、設定で完全にオフにもできます」
システムアシストについて個別にレクチャーを受けつつさらに練習を続ける。途中、受け流しの練習をしたいと聡一郎に乞われた清歌が小太刀の二刀流に持ち替えて模擬戦をめいたことを始めたり、メイスを持った絵梨がおかしなテンションで的をぼこぼこにしたり、悠司が妙に厳つい表情で突然「俺の後ろに立つな!」などと叫んだりといろいろあるにはあったが、おおむね訓練は順調だった。
さてさて、そうやって訓練をすることしばらく。どうにも芳しくないものが約一名――そう、グループのリーダーたる弥生である。
近接戦闘武器のシステムアシストは、いくつかのパターンの連続攻撃を自動的に繰り出すというものになっている。それは意外に自由度の高い設定で、ノーアシストで繰り出した攻撃からつなげることや、コンボの途中でキャンセルすることも、別のコンボに繋げることも可能だ。
だが、どうもこのシステムアシストによるコンボ攻撃というのが、弥生には合わないらしい。非VRのゲームをしているときの弥生は、臨機応変に間合いを変化させて技を放ち、それが可能なゲームならば状況に応じて武器も持ち替えながら戦うという、非常に器用なプレイをする。――なのだが、いくら自由度が高いと言ってもプリセットのシステムアシストでは、どう組み合わせてもそこまで柔軟な対応は不可能で、その結果としてコンボが不発に終わったり、妙な挙動になってしまったりしているようだ。
「うう……、どうにもうまくいかないよ~」
泣き言を言う弥生の周りに皆集まり、どうしたものかと対応策の協議が始まった。
「いや、多分普段のゲームでやるような動きがしたいんだ……っつのは見て分かるんだが……」
「先ほど聞いたスタイルですよね。……言いにくいんですが、そんな器用な真似はノーアシストで動くしか手はないと……思うのですが……」
「清歌くらい運動神経があって、器用ならできそうだけれど……、弥生の運動神経じゃねぇ……」
「う~~む。無理してそんな器用な真似をする必要はないのではないか? システムアシストがあるのだから、それを上手く使えば運動神経の不足は補えるのだし」
「そうだよなぁ。……ってか、運動が苦手でもアシストで素早く動けるんだったら、それでよくないか?」
「ああ、それもそうよね。普段の弥生じゃ、絶対できないような技を難なく繰り出せるなんて、ある意味バーチャル様様じゃない」
それぞれ特に貶しているつもりもなく、単にシステムアシストを利用すれば万事OKと言っているだけ……のつもりなのだが、次から次へと運動音痴で不器用だと言われ続け、さすがの弥生も徐々に口がへの字になり眉根が寄ってきてしまう。
そんな様子に気が付いた清歌が慌てて窘めに入った。
「皆さん! もうそれくらいで……。いくら親しい間柄で悪気がなかったとしても、傷つけてしまうことはありますから……」
しかしそれは残念ながら、遅きに失していたようだ。新米ファミリーの清歌では、遠慮のない物言いがどの程度まで許容範囲なのかを見極められなかったらしい。――その結果……
「うわぁ~~ん、さやか~。みんながいじめるよぉ~~~~」
半泣きの弥生が清歌の胸に飛び込んで、ぎゅぅっと抱きつく事態になってしまった。
「ああ~、もう弥生さんったら。よしよし……」
受け止めた清歌が左手を背中に回し、右手で頭をやさしくゆっくりとナデナデしてあやす。
いつにない清歌の厳しいまなざしを受ける四人(三森も含む)は、非常に居心地が悪かった。普段ならこんな風にくっついている二人を見たら“ニヤリ★”と黒い笑みを浮かべる絵梨でさえ、バツが悪そうに神妙な顔をしている。
「言い過ぎたのは悪かった、ホントすまない」
こういう時、最初に謝ることができるのはやはり悠司だった。続いて絵里と聡一郎、そして三森はそれぞれに言い過ぎたことを謝罪する。
「うう……。まぁ、もういいよ。……私が不器用で運動音痴なのは事実だし」
清歌に抱き着いたまま、顔だけを横に向けて弥生は謝罪を受け入れた。付け加えた言葉にいじけ成分が多分に含まれているのは、仕方のないところだろう。
「……だが、話を逸らしたいわけじゃなく現実問題として、じゃあ、どうする?」
悠司が言いにくそうにしながらも問題点を切り出すと、今度は言い過ぎることがないようにと思うあまり無言になってしまう。――沈黙が痛い。
「う~ん……弥生さんは十分器用な方だと思いますよ。あれだけのプレイができるのですから」
「清歌ぁ……、フォローしてくれるのは嬉しいけど、それはゲームの話だよ」
少しは落ち着いたらしい弥生は、清歌から名残惜しそうに離れつつ突っ込みを入れる。
「弥生さん、<ミリオンワールド>もゲームですよ?」
「へ!?」「え?」「いや、まぁ……」「確かにそうだが……」
「うまく言えないのですけれど、器用の質が違っているような気がします。なんとなく弥生さんには、もっと……変わった武器が、合うような……」
続く言葉ははっきり言って論理的ではなくその上不明瞭だった。そのまま考え込んでしまった清歌だったが、何か思いついたのかパンと両手を合わせた。
「そうです、弥生さん。<ヤマタノオロチ>です! あんなことができる武器が、弥生さんには合っているような気がします」
見る者を見惚れさせるような笑顔で言い切った清歌だったのだが、周囲の反応はかなり微妙――というかはっきり言ってポカーン状態だった。八岐大蛇は聞いたことがあるものの、それを武器だというのが意味不明だ。
そんな様子など気にも留めない様子で、自分の思い付きがよほど嬉しかったのかスキップでもしそうな勢いで、あれこれ武器をかき集めてなにやらセッティングを始めている。
「え……っと、清歌? なんなの、その<ヤマタノオロチ>っていうのは。……ああ、もちろん日本神話の八岐大蛇なら知ってるわよ、私は」
「わ、私も知ってるし! ってか清歌の言ってる<ヤマタノオロチ>っていうのは<GOD BEATER>にでてくる武器の一つのこと。……だと思うけど」
絵梨の疑問に答えたのは清歌ではなく弥生の方だった。弥生も武器については分かっても、清歌の言わんとするところが分からないらしくどこか歯切れが悪い。
「む? 何か問題がある武器なのか?」
「いや~。問題っていうかはっきり言ってあれはネタ武器。かなりハイレベルの配信コンテンツの討伐報酬で、武器としては一つだけど八つの形態に変形することができるの」
「あ~、ネーミングは安直だな。でも装備枠が一個で済むなら、アイテム数に制限があるクエストとかなら結構便利じゃないのか?」
「私もそう思ったんだけどね~。あれって、使える技が専用のモノだけで、しかも一形態につき一つだけなんだよ。その上、属性も全八属性バラバラだし。技のエフェクトが派手で、デザインもカッコよかったんだけどね~」
弥生の説明で“ネタ武器”の意味を理解した悠司は思わず額に手をやった。どうにも<GOD BEATER>というゲームは、エンドコンテンツになるほどネタ臭が強くなるような気がしてならない。
とはいえ、今問題なのは<GOD BEATER>のネタコンテンツの是非ではなく、<ヤマタノオロチ>とやらのどの辺りが弥生に向いているのかという話だ。
仕込みが終わったらしい清歌が意気揚々と戻って来た。さて、何をおっぱじめるつもりなのだろうか?
「上手くいくかは分かりませんけれど、ちょっと実演してみます。弥生さん、よく見ていてくださいね」
「う……うん。りょうかい、しっかり見てる」
「では、参ります!」
掛け声とともに清歌が的に向かって走り出す。いつの間にか両手に持っていたリボルバーを交互に撃ち込み、的の目前で全弾を撃ち尽くし銃はポイッと捨ててしまう。的を軽く蹴って前のめりにしたところで、そこに置いてあったハンマーを掴み、力任せのフルスイングで真上に打ち上げた。<マジックミサイル>を撃ってタイミングを調整しつつ、次に持ち替えたムチを巻き付けると振り回して地面にビタンと叩きつける――と同時に両手斧に持ち替え大きく振りかぶると、地面に縫いとめるように叩きつけた!
なんというか、酷かった。あまりにも容赦のないコンボに一同ドン引きだ。――というか、予行演習なしにムチすらも鮮やかに使い切った清歌とはいったい、とは誰も言い出せなかった。
しかし清歌の言わんとすることは、どうにか伝わったようだ。つまり一方向に流れてしまうシステムアシストのコンボよりも、状況に応じて武器を切り替えてそれぞれの大きな一撃を重ねていく、というやり方の方が弥生のゲームにおける器用さを活かせるのではないかということだ。
「こんな感じですが……どうでしょう?」
「(あ~、ビックリした~)え!? あ、そうですね~、一つで多用途に使用可能な武器ですか。確かそういうのもあったような……気が――」
三森がウィンドウを操作し要求を満たす武器を探し始める。その間、微妙に手持無沙汰になった五人は、清歌の極悪連撃の――「ひどいネーミングです! 訂正を要求します!」――とは言っても、あれですからね……フルボッコンボとかはいかがでしょう?――「……どちらでも構いません(泣)」――では、訂正は無しで。感想を言いながら、なんとなくあちこちに散らばった武器を回収する。後で三森が操作すれば一瞬で消えるだろうが気分の問題だ。
そうやって暇をつぶしているうちに、三森が目的のものを引っ張り出したらしく、五人を呼び寄せた。
「え~、二つほど<ヤマタノオロチ>的な使い方のできる武器があるのですが、一つは弥生さんには、向いていないような気がしますので、実質一種類と言っていいかもしれません」
「ふむふむ。じゃ、まずはその向いてなさそうな方から教えて下さい」
「分かりました。では一つ目は<マルチプルフォトンセイバー>という武器です」
弥生の要求に従って三森が出現させた一つ目の武器は、SF臭が漂うメカニカルな二本一対の筒だった。
「これは、まあ光の刃を発生させる光剣カテゴリーの武器なんですが、よくある連結で両端から刃を発生させられるだけでなく、柄の部分を変形させて槍や薙刀のようにすることや、その状態から刃の部分を射出して射撃することもできます。連結部分をワイヤーで繋いでヌンチャクや、もっと伸ばしてフレイルのように使うこともできますし、単体でも両端から半円状につながる光を発生させてツメのように使用することも可能です」
説明を聞いているうちに、弥生はこれが自分に向いていないと言っていた理由を理解した。刃の射出はともかく、速さか技のいずれかが要求される武器にしか変形できないらしい。使いこなせれば面白そうだが、これはちょっと自分には扱いきれなさそうだ。
「あ~、分かりました。どう変形させても私には扱えなさそうです」
「……というか、それ以前の話として光剣というカテゴリーは非常に扱いにくいんです。というのも<ミリオンワールド>における光剣は、刀身部分でモノを受け止めることができないんです」
「はぁっ!?」「えっ?」「なによそれ」「んなアホな」「それは……」
国産の超有名ロボットアニメに代表されるように、なにがしかのエネルギーを刃にした刀剣を用いる物語は数多くあり、それらを見るうちいつの間にか疑問に思わなくなっている重要なポイント。――すなわち光の剣ではモノを溶かすことはできても、受け止められないんじゃないのか? という問題点。
「運営サイドの私が言うのもなんですが、開発の仕込んだ悪戯……というかトラップですね。まあ、理屈の上では分からなくもないのですが。ともかく、光剣カテゴリーの武器を使う場合、柄の部分以外では受け止められませんので、攻撃は全て避けるしかありません」
確かに理解はできる設定だ。もっとも、ゲームの中でそんなピンポイントのリアリティを追及するのはどうなのか、と激しく突っ込みを入れたいところだ。
まあどのみちお蔵入り決定の武器なのだ。開発の意図がどの辺りにあるのかはこの際どうでもよい。清歌が若干興味を示している気配を敏感に察知した絵梨は、ここで触れさせては話がややこしくなりそうだと、速やかに本命の説明を求めることにした。
「まあ、使わない武器の開発理念なんて、気にしてもしょうがないわ。それで本命の方はどんな武器なんですか?」
「確かにその通りですね。さて、本命は<破杖槌>という武器になります」
「破城槌って、攻城兵器……なわけないですよね?」
「あはは。ツッコミありがとうございます。まあ、これもある種の駄洒落なんでしょうが、破壊する、杖に、槌と書いて<破杖槌>です。武器のカテゴリーとしては杖に分類されます。その実物が……これになります」
出現した武器はパッと見では、長い柄に500ml缶を一回り大きくした形のハンマーヘッドを左右に取り付けたようなシンプルなものだ。ハンマーヘッドは柄の先端からヘッドとほぼ同じ長さを取った位置に取り付けられているので、一方が長すぎる十字架と見えなくもない。それだけならば若干ヘッドが軽めのウォーハンマーと言えるかもしれないが、柄の両端がどう見ても砲口になっていることで、この武器がナニモノなのかを不明瞭にしていた。
まず<破杖槌>に属する武器は、杖の特性として三つの魔法が使用できる。一つ目はハンマー側の砲口から撃つ、射程が短く威力も弱いけれど速射できる魔法。二つ目に反対側から撃てる、チャージタイムに応じて威力が上昇する長射程の砲撃魔法。そして三つめは柄とハンマーの両端を頂点にして、その一回り大きく展開できるシールド魔法。
その一方でハンマーとしては特筆すべき点がない。――だが、杖の特徴を生かせば、魔力を纏わせて威力を上げたり、魔法で慣性重量を増やしたりといったことを自分一人でできるというメリットがある。
そういうマルチな使い方ができる武器であると三森は説明した。
弥生は説明を聞きながら武器を手に取ってみる。両手で持って振り回した時のバランスも悪くないし、全体の重量はウォーハンマーにしては軽く、ただ持つだけならば片手でも可能だ。弾幕による牽制、ハンマーで吹っ飛ばした後の追撃としての砲撃、そして前衛で壁役をするときにシールドを張ることもできる……となんだかいいこと尽くめではなかろうか? とても面白そうな気がする。
「確かに使いこなせりゃ弥生にぴったり……っぽいな?」
「ええ。でもなんにもデメリットがない、なんていうことはゲームバランス的にもないはず。……ですよね?」
「ええ、まあ。……ただ、これはあくまでも魔法を使うための杖である、という前提として聞いて下さい」
この<破杖槌>を後衛魔法職のメインウェポンと考えると、あれこれ問題点が浮かび上がる。まず単純な杖としては重すぎるために、他の装備品にもよるが装備重量制限に引っかかる可能性がある。次に固有魔法である三つがどれも微妙である点。後衛が使うには速射魔法の射程は短すぎ、砲撃魔法はもっと強い魔法がいずれ使えるようになり、シールド魔法は不意打ちを受けた時の保険程度にはなるが<破杖槌>の重量分で防具をいいものにした方がよほど効果的なのだ。そして何より致命的なのは魔法を補助する杖としての性能が、装備可能レベル的に同クラスの一般的な杖に比べてかなり低いというスペックの問題がある。
「そもそもこの武器のコンセプトは、魔法職で遊撃的な立ち位置につく場合に用いる、近接攻撃と防御の両方に対応できるマルチな武器……ということらしいです。まあ、その立ち位置自体が低レベル時の暫定的なものだと考えれば、いずれ普通の杖に持ち替える前提で使うのはアリかもしれません」
「フムフム。……ってか、杖としての問題点は私には関係ないわけで。前衛職が使う場合の問題点はなんですか? 攻撃力が弱いのは分かりますけど……」
「そこが最大の問題点になりますね。後はウォーハンマーにしては、耐久力が若干低い程度でしょうか」
杖として評価した場合と同様のことが、ハンマーとしての性能でも言える。やはり同クラスのウォーハンマーと比較すればかなり低いと言わざるを得ない。もっとも先ほどの説明の通り、この点についての解決策は自前で調達ができなくもない。
「つまり、コレが前衛用の武器として形になるかは、プレイヤースキル次第ってことですね……」
弥生の出した結論に、三森は曖昧な笑みを浮かべた。仮にもガイダンスを担当しているのに、はっきりとした見通しを示せないことを情けなく思う一方で、弥生がこのコンセプト倒れの武器にスポットライトを当ててくれるかもしれない、という期待もあるのだ。
「はい……。申し訳ありませんが、その通りだと思います。想定していなかった使用法なので、どんな目が出るか分かりません」
あとは弥生の決断次第だ。皆の視線が集まる。
しかし弥生が悩む時間は短かった。どんなに考えても予想など立てようがないのだ。それよりも<破杖槌>を手に取ったとき、なんとなく“これを使いたい”と――面白い遊びができそうだと感じた。なら、それを信じてみてもいいのではないか。
「うん。私はコレを使ってみるよ!」
「弥生さん、本当に大丈夫ですか? 最初に提案をした私が言うのはおかしいかもしれませんけれど、かなりクセが強いもののようですけれど……」
不安そうに清歌が念を押す。思いつくまま、かなりノリノリでおかしな提案をしてしまったことに、責任を感じているようだ。
「う~ん……まあ、不安がないわけじゃないよ。でも、どの武器を手にとってもしっくりこなかったけど、コレはなんだかやれそうな気がしたんだ。それに私次第で化けるかもしれない武器、なんて面白そうじゃない! ゲームなんだから楽しまなきゃね」
清歌の不安を吹き飛ばすように、ニパッと迷いのない笑顔で弥生が言い切る。弥生のメインウェポンもこれで決定だ。
その後、弥生は周囲のアドバイスを受けつつ<破杖槌>の慣らしを行い、その甲斐あって三つの魔法とハンマーの使い分けをスムーズにこなせるようになった。清歌の指摘通り、弥生にはいかにもゲーム的なこの武器がよく合っていたようで、しまいには大きく振りかぶって叩きつけるように見せかけて、至近距離で砲撃するなどのフェイントも開発していた。あとは攻撃力不足を補うための魔法とのコンビネーションが懸念材料だが、それについては正式サービス後に試してみるしかないだろう。
実はこの時、弥生のメインウェポン問題とその前後に起きた小イベントに気を取られてしまっていたため、全員の頭からすっかり抜け落ちてしまっていることがあった。
清歌は「魔法を使ってみたい」とは言っていたが、「魔法攻撃職をやりたい」とは言っていなかったのだ。思い返してみれば、まず手に取った武器は日本刀という近接武器であったのに、その後披露した技の見事さに見惚れて突っ込み損ねたところから、清歌のポジション問題が意識の外に追いやられてしまったのだろう。
それによって、弥生ファミリーの<ミリオンワールド>ライフは妙な方向に転がりだすことになるのだが、それはこれからの話である。
ともあれ、若干のドタバタがあったものの――ついでに誰も気づいていない時限爆弾を抱えつつ――五人は事前の手続きと準備を全てクリアした。
明日、<ミリオンワールド>は正式稼働を始める。
これにてチュートリアルは終了で、次回からしばらくVR内よりの展開になる予定です。