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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十章 凛&千代、参戦!
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#10―07




 カフェ・トイボックスが開店オープンした翌日の日曜日、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)のメンバー全員がホームに集合していた。晴れて年少組二人もギルドの一員となったので、最近清歌たち五人はスベラギを離れてイツキという第二の町を中心に冒険していたことを説明するためである。


 これは殊更隠していたというわけでは無く、二人が早くギルドに加入できるようになるためにレベリングに集中していたことや、カフェの開店準備――チラシ作りや在庫を増やしておく作業など――があったために、ゆっくり時間が取れなかったためだ。また誰が聞いているのか分からない町中で、イツキのことを話すわけにはいかなかった、という理由もある。


「あれ? 確か第二の町は“アルザーヌ”っていう名前じゃなかったっけ?」


 弥生の説明を聞いていた凛がコテンと首を傾け、千代も頷いていた。どうやら掲示板での予習はバッチリのようである。


 弥生は第二の町と言える町が三つあること、そして自分たちはホームをゲットする過程でイツキへと繋がるヒントを発見し、そちらの攻略を進めたことを補足した。また情報を見る限り、アルザーヌの方にあまり魅力を感じないために今のところそちらに向かうつもりはないという事も付け加える。


「凛と千代ちゃんはどう? アルザーヌに行ってみたい?」


 弥生が尋ねると二人は顔を見合わせ、互いの表情からあまり興味がなさそうだと読み取った。


「う~ん、一回くらいは見に行ってもいいかも……って感じ?」


「鉱山しかない町だもんね……。私もあんまり興味がないです」


「そっか、私たちも同じような意見だったんだよね~」


「まあ、俺らにはアルザナイトがそれほど必要ってわけじゃないからな」


「えっ? そうなんですか?」


「ああ。アルザナイト製の武器は属性剣とかを使う場合は効果的なんだけど、このギルドにはそういうタイプがいないからな」


 悠司の解説に二人が納得する。ちなみに杖に使用してもいいのだが、重いために非力な魔法使いでは、装備重量制限に引っかかる可能性もある。さらにイツキの周辺で杖向きの良質な木材も入手できたので、敢えてアルザナイトで杖を作る意味がないのだ。


「……で、ここからが本題。実はイツキ周辺の敵って、レベル十くらいからのレベリングにちょうどいい感じなんだ。今なら他の冒険者とかち合うことも無いしね。二人が希望するなら、イツキに連れて行きたいんだけど、どうかな?」


 ギルマスたる弥生からの提案に、凛と千代は首を傾げた。新しい町に行けるようになるのなら敢えて断る必然性はどこにもないからだ。付け加えて言うと、二人ともイツキの写真を見せて貰い、その風景の美しさに惹かれていたので、早く行けるようになりたいと思っていたのだ。


「どうかなも何も、イツキに行けるようになるならすっごい嬉しいよ!」


「でも、私たちのレベルでそこまで行けるんですか? あと、かなり長い道程だったと言ってましたよね?」


「その点は心配無用よ。あなたたちは飛び降りるだけでいいんだから(ニヤリ★)」


 意味ありげな笑みを口元に浮かべ、絵梨が説明になっていない説明をする。ますます困惑する二人の様子に弥生はクスリと微笑むと、より正確な説明をした。


「つまりね、この浮島をイツキのすぐ傍に転移させてしまおうって話なの」


「「ええーっ!? そんなことが出来るの!?」」


 秋の収穫祭イベントでは、個人成績による報酬と、参加したチーム単位による報酬が獲得できた。そのチーム報酬としてマーチトイボックスは、ホームの転移機能を選択したのである。


 弥生や悠司の予想では、浮島の機能で次に追加されるのは水平方向の移動だったので、その上を行く転移機能だったのは嬉しい誤算だった。


 とはいえ、イロイロと性格に難がありそうな<ミリオンワールド>開発陣が、そうそう良いだけ(・・)のものを与えてくれるわけは無い。ある意味予想通り、この転移機能とやらも便利ではあるが、使い勝手に非常に難のある仕様だった。その詳細な使用方法については後ほど。


 ともかく弥生たちは、この転移機能を使ってイツキの傍に浮島を移動させ、そこから二人を飛び降りさせてイツキへ連れて行こうと考えたのである。


「えーっと、それって……」「ちょっとズルいような……」


「ふふっ。イベントに参加していなかった二人がそう思うのも分かりますけれど、正当な手段で手に入れた機能なのですから、何も問題はありませんよ」


「うむ。むしろ無用な遠慮をして使わないのでは、宝の持ち腐れだ」


 ニッコリのたまう清歌に、聡一郎が掩護射撃をする。この二人は基本的に不正をすることは無いが、ルールの範囲内ならば「ちょっとズルいかも」と思うようなことでもそれが合理的ならばアッサリ実行するという、よく似た側面があるのだ。


 ちなみにこのプランを考えた時、「一時的にギルドに入れてイツキへ送る、というのを有料で行えばボロ儲け出来るわね」と絵梨がわっるい笑顔で言ったのだが、それすらも一応ルール違反ではない。無論、絵梨とて本気でそれを実行したいと思ったわけでは無い。あくまでも冗談である。


「まあ、ズルいかどうかは置いとくとしても、街に辿り着くまでの冒険をショートカットしちゃうのは確かだから、二人が冒険をしたいっていうなら実行しないよ?」


 凛と千代は少しの間二人で相談し、転移機能を使ってもらうことに決めた。早くイツキを見てみたいというのに加え、クリスマスイベントの前にできるだけレベルを上げてアーツなどを習得しておきたいというのが、その理由である。


「分かった。じゃあ、私たちは浮島ホームの転移に取り掛かろっか。凛と千代ちゃんは……レベリング?」


「うん。それもだけど、突発クエストの方をクリアしちゃいたい」


「前回はあと一歩で失敗しちゃいましたからね。今度こそ!」


 凛と千代は順調すぎるほど早くレベルを上げられたのだが、レベリングに集中するあまり移動系アーツやスキルを上げておくのを失念していて、発生した突発クエスト――ひったくり犯を確保する――を失敗してしまったのである。特に千代は惜しい所で失敗してしまったので、リベンジに燃えているようだ。


「なるほど。俺らも頑張らないといかんな」


「うむ。下準備も少々手間だったからな。出来れば一発で成功させたい」


「クールタイムが現実リアルで一週間だものねぇ。ま、あの(・・)開発スタッフだから納得の仕様ではあるけど、ね」


 転移作業組の会話を聞いて、凛と千代が同じようにキョトンとする。浮島の転移と聞いた二人は、てっきり操作パネル上で転移先をタッチするくらいのものだと考えていたのである。


「お姉ちゃん、どういうことなの?」


「う~ん……、それが転移機能って言っても、ボタンでポチッとお手軽にってわけじゃないんだよね~」


 弥生から転移機能の詳細な仕様について聞かされた凛と千代は、げっそりとした表情で異口同音に「なにそれ、面倒臭い……」と零すのであった。







 凛と千代を見送った清歌たち五人は、浮島を転移させる作業のためにイツキへと向かった。


 顔見知りになった茶店の女将さんに挨拶しつつ、町の外へと出る橋を渡る。水路が主要な交通路になっているイツキでは、町の出入り口も基本的には水路だ。実際五人がイツキへ初めて来たときはレンタルの舟だった。とはいえ、歩いて外に出る用事が皆無というわけでは無いので、一応橋も架かっているのである。


 橋を渡った先を少し歩いたところで弥生は立ち止まり、周囲を見回した。


「やっぱりここかな? 町の正面だし……ちょうどいいよね?」


「そね。この区画には農地はないし広さも十分あるから、いいんじゃないかしら」


 イツキの町周辺は水路によって土地が区切られており、区画ごとに畑だったり田んぼだったり草原だったりしている。区画は概ね四角く区切られているので、上空から見ればモザイク画のようになっていることだろう。


 今五人の居る区画には草原が広がっていて、町のすぐ近くというだけあって魔物の姿もウサギをちらほら見かける程度だ。


「問題は魔物がどの程度出現するかだな。障害物がないから、数で取り囲まれると厄介だ」


「……なら水路の角にすればいいんじゃない? そうすれば敵が来る方向をかなり絞れるでしょ?」


「うーむ……」「俺もそれは考えたんだがなぁ……」


「なによ。ソーイチもユージも、何か文句があるっていうの?」


「お二人は恐らく、水路からも魔物が出現するかもしれないと、懸念されているのだと思いますよ?」


「……あー、そういう可能性もあるわよね。舟に乗ってる時に魔物を見かけなかったから、すっかり水路には魔物が居ないんだって思い込んでたわ」


「まあ考えすぎかもしれんが、やり直すのは手間だからな」


 話も纏まったところで、弥生がこの草原区画の大体中央辺りへと移動してウィンドウを表示させた。


「じゃあ、この辺に魔法陣を出すね」


 四人が頷いたのを確認してから弥生がポチッと操作すると、足元から光の線が縦横に走り、やがて直径三メートル程の魔法陣が完成した。


 イベント報酬としてマーチトイボックスがゲットした浮島の転移機能は、使用するのに結構――いやかなり面倒臭い手順を踏む必要がある。


 まずは概ね平らな土地の上に浮島の所有者――ギルドの場合はその代表――が魔法陣を描き、浮島の転移先を設定する。多少の凹凸や起伏は問題ないが、上空が開けている場所でなければならない。つまり建造物や洞窟の中、或いは浮島の真下などにはこの魔法陣は描けないのである。また町の中やダンジョン内も不可だ。


 そして次に、この魔法陣の上に捧げものを置く。捧げものは転移先の島で獲得した、魔物の素材と植物素材、鉱物素材をそれぞれ三十個。島固有のものである必要はないが、他の島で獲って来た物は、たとえ同種の素材であってもエラーになってしまうので注意が必要だ。


「――二十九、三十と。植物素材も置いたわ。弥生、チェックをお願い」


「りょうか~い。素材のチェックは……っと、うん、エラー無し。下準備はこれでオッケーだよ」


 魔法陣の内部には正三角形とその頂点に円が描かれていて、その円の上に素材が積み上げられている。


「しかしまあ、チェック機能がついてて良かったな。金銭的な価値はともかく、手間を考えるとこれだけの素材を無駄にするのはちょっとな……」


「でもさ~、これって手動でチェックなんだよね……。今回は初回で気を付けてるけど、うっかり忘れて悲劇……なんてこともある、かも?」


「……慣れてきた頃にしてしまいそうなミスですよね」


 チェック機能があるなら、間違えた素材を置いた時点でエラー表示を出してくれたらいいものを――と、一同が小さく溜息を吐いた。相変わらず、ちょこちょこと罠が張られているゲームである。


 ともあれ、これで下準備は完了だ。


「じゃあ清歌~、演奏の方はお願いね」


「承知しました。では、ヒナはジェムに戻っていてね。おいで、千颯、凍華」


 弥生の呼びかけに応じた清歌は、飛夏をジェムに戻すと、代わりに千颯と凍華を呼び出した。そして呼び出した従魔たちは仲間の元に残し、自分は魔法陣の中央まで歩みを進める。


 清歌が所定の位置に着くと同時にウィンドウが現れる。表示されている選択肢は、フルート、リコーダー、キーボード、ギター、パッド、太鼓、ダンスの七つ。清歌はその中からフルートを選択し、次いで表示された三段階の難易度から迷いなく“高”を選択する。


 光の粒が集まるエフェクトともに現れたフルートを清歌が手に取ると、今度はウィンドウに楽譜が表示されて見やすい位置にまで自動的に移動した。


 ――もうお分かりであろう、最終段階は音楽の演奏なのである。転移機能(・・)が追加されたというよりも、浮島を呼び寄せる一種の儀式を習得したようなものと言い替えてもいいかもしれない。


 ちなみに難易度を上げると演奏時間は短くなり、“高”だと五分ほどで一段階下げると一分ずつ増えていく。また選択肢の後半三つは所謂リズムゲーム的なもので、楽器の演奏に比べれば格段に難易度は低くなるものの、演奏時間が一分追加される仕様になっている。――ダンスが演奏なのかという点については、開発陣を厳しく追及してもいいだろう。


 演奏に失敗すればもちろんこの儀式は失敗となるのだが、この判定は意外と甘く、それなりに演奏できていれば成功となる。事前に何度か練習して検証してみたところ、どうやらゲーム的な判定になっているようで、一音ミスするごとにスタミナが減ってゼロになると失敗し、逆に成功し続ける(コンボをつなげる)とスタミナが回復するのである。これはパッドを選んで何度か挑戦した悠司の――リズムゲームは弥生よりも上手なのだ――推論である。


 さて演奏の成否判定よりも問題なのは、この演奏をしている間は魔物を呼び寄せてしまうというところにある。魔物が少しでも魔法陣の中に侵入すると失敗になってしまうので、演奏終了まで魔法陣を防衛する必要があるのだ。


 つまり演奏で楽をすると防衛する時間が長くなり、逆に防衛する時間を減らすと演奏を失敗するリスクが増えるのである。――普通ならば。


 言うまでもなく、清歌にかかれば難易度“高”の演奏であろうとも余裕でノーミスクリアできるので、演奏を失敗するリスクなど考慮する必要が無いのだ。なお楽器をフルートにしたのは、「こういった儀式で演奏するならフルートが一番絵になりそうじゃない?(by絵梨)」などという割としょーもない理由からである。


 閑話休題。


 清歌は軽く音階を吹いて感覚を確かめると、弥生とアイコンタクトを取って頷いた。


「よし。みんな所定の位置について。絵梨と悠司はなるべく敵が遠くにいる内に足止めするようにお願い。千颯と凍華はあんまり遠くに行きすぎないようにね」


 魔法陣をぐるっと囲むように四人と二体が配置につく。この儀式の解説によると“そのエリアに出現する魔物を呼び寄せる”となっていたので、恐らく今もちらほら見えているウサギの他、鹿や狐に似た魔物が出現するはずだ。どれも今のマーチトイボックスにとって敵ではないが、いったいどれほどの数が現れるか分からないので警戒は必要だろう。


「皆さん、準備はよろしいでしょうか?」


「オッケ~!」「こっちは大丈夫よ」「問題無しだ」「うむ、いつでも」「「ガウッ!」」


「はい。では、どうぞご武運を。……始めます」


 一呼吸おいて清歌の演奏が始まる。と、同時に魔法陣からは伴奏が流れ出す。練習で最初聞いた時は全員ギョッとしたものだが、もう慣れたものだ。


 清歌の奏でるフルートが、透明感のある音色でゆったりとした旋律を紡いでいく。どうせならこのまま草原に寝転がって耳を傾けて居たい――などと弥生が思っていると、目測で十メートルほど先に次々とウサギが出現した。


「来たよ! 迎撃~、開始っ!」


 弥生の号令の下、先ずは遠距離攻撃でウサギを撃退していく。なにしろレベル一の冒険者でも相手にできる、<ミリオンワールド>最弱魔物の一種だ。レベル五十目前の彼女たちなら、遠距離攻撃でも一撃確殺である。


 主に悠司のライフル、絵梨と凍華のマジックミサイルで次々にウサギを大量に葬っていく。「キュルルーー」とちょっと可愛らしい鳴き声を上げて消えて行くところが、なんともビミョ~に憐れを誘う。


「おっと、大物が来た! 弥生、こっちに鹿が来た。頼む!」


「了解! こっちの鹿をぶっ飛ばしてからそっちに行くよ! ブーストスマーーッシュ! 千颯、止めをお願い」


 ウサギが出現するポイントと魔法陣のちょうど中間あたりに、鹿型の魔物が同時に三体出現する。一体は既に聡一郎と交戦中なので、弥生は自分の前のものをアーツでぶっ飛ばして後は千颯に任せ、自分は悠司の方へと向かい対応する。


 この間にもウサギは出現し続けており、マジックミサイルで対応しきれない分を絵梨がファイヤーボールで纏めて焼き払ったり、凍華がブリザードという範囲魔法で吹き飛ばしたりしている。


 鹿型の魔物以外にも狐型の魔物も出現しているが、この辺りに棲息する魔物はレベルが十代中盤くらいでも斃せる魔物なので、一体一体は脅威にはならない。――のだが、いかんせん数が多い。


 ウサギの一群と狐、そして手負いの鹿を破杖槌の砲撃魔法で纏めて薙ぎ払った弥生が、手隙になった時間を逃さず自分と仲間たちにMPポーションを使用していく。


「サンキュー、弥生! それにしても数が多いなっ!」


「いくら雑魚と言っても、この数は少々厳しいな。残り時間はどの位だ!?」


 弥生はチラリと清歌の方へ目を向けた。魔法陣外周部の二重線には均等に五つメモリが付いていて、少しずつ時計回りに光が満ちていくようになっていて、これが残り時間を表示しているのだ。


「ええと、大体残り一分半ってところだと思う」


 と、ここで変化が起きる。次々と湧いて出ていた魔物の内、狐と鹿がぱったり出現しなくなったのだ。その代わりに――


「……ちょっと待って? まさかあれが一斉に来るなんて言うんじゃないでしょうね?」


「信じたくない気持ちも分かるが、来るのだろうな。出現するだけという事はあるまい」


「うーわ、マジか……。ウサギ祭りかよ……」


「モフモフもあれだけの数になると、可愛いとは思えないよね……」


 これまでのウサギによる攻撃は、四~六体くらいが小隊を組んで突撃してくるというパターンを、波状的に繰り返してきた。が、今は出現地点に十重二十重と群れを成すウサギが見える。それはもはや群れというより一つの毛皮か絨毯か、といった感じだ。


 そして一斉突撃が始まった。


「ともかく数を減らそう! 聡一郎と千颯は撃ち漏らしを潰していって! 残り三十秒を切ったら奥の手を出すから!」


「うむ、任せた! 征くぞ、千颯」「ガウッ!」


 遠距離攻撃組が範囲魔法を使ってウサギの絨毯に穴を開け、残った群れに聡一郎が駆け寄り足払いを掛けるような纏勁斬で纏めて葬る。一方、千颯は闇の武具(ダークアームズ)を体の両脇から剣のように伸ばし、駆け抜けると同時に切り裂いていた。


「うおっ! 千颯、かっけー! ブ〇ード〇イガーみたいだ!」


「悠司、余計なこと言ってないで、撃ちまくる!」


「おっと、こりゃ失礼。アーマーピアッシング!」


 本来アーマーピアッシングは硬い装甲を破壊するために用いるアーツなのだが、貫通力が高いため、今回のように弱い敵を相手に使用した場合、疑似的な直線状の範囲攻撃として使用できるのだ。ちょっとした裏技である。


 四人と二体がアーツを大盤振る舞いして対処するも数の暴力は凄まじく、じりじりとウサギによる包囲網が狭まってきてしまう。これ以上近づかれるのはマズい――と皆が思ったその時、残り時間が三十秒を切った。


「弥生、三十秒切ったわよ!」


「了解! 奥の手行くよっ! フォースフィールドッ!」


 破杖槌を地面に立てるように突き立てると、弥生を中心に青白い光が広がってゆき、直径十メートル程の球体を形成した。これが弥生の奥の手、収穫祭イベントの個人報酬でゲットした広範囲防御アーツ<フォースフィールド>である。


 このアーツは使用者を中心として、最大で直径十メートルの球体(・・)の力場を三十秒間形成するものだ。


 フィールドは破杖槌のシールドのように物理的な壁を形成しているのではなく、外側へ押し出すような力が働いているもので、接触ないし通過しようとしたものに対してダメージを与えるという攻撃性も兼ね備えている。また、この力場は魔法やブレスにも作用し、フィールドに接触した魔法は拡散され、仮に貫通したとしても大幅に減衰されるという優れモノだ。


 また、今はまだアーツのレベルが一なので弥生はデフォルトの形状でしか発動させられないが、レベルを上げるとフィールドを球体の一部分のみにすることや、サイズを小さくして、その分力場の威力を上げることも可能になる。少なくとも球体では地面に埋まっている分が無駄になっているので、最低でも半球状には出来るようになっておきたいところである。


 魔法のようにチャージ時間も不要で即時発動可能で、コストもスマッシュ四発分と効果を考えれば非常に安い。


 ただ言うまでもなく欠点というかペナルティーのようなものもあり、クールタイムが九十分と非常に長く、レイドボス相手の長期戦でもなければ一戦闘につき一回しか使用できないと考えていい、正に奥の手なのである。付け加えるとこのクールタイムは戦闘終了後も継続するので、毎回戦闘が始まると同時に使って楽に勝利――などという使い方も出来ないようになっている。


「はぁー。ウサギはフィールドを越えられないみたいだし、これでもう成功したも同然かしらね」


 大きく息を吐いた絵梨は、そう言いつつも念のためにMPポーションを使用している。


「うむ。しかし、フィールド内にまた鹿や狐が出現する可能性もあるからな。まだ警戒は解かない方が良いだろう」


「そうだね。でも本当にあと少ししかないから、今回は多分もう大丈夫じゃないかな?」


「ってか、これでもし鹿が出たら、フィールドが無きゃあのウサギの波が押し寄せる中に出現するってことだろ? さすがにそれは……どうだろう?」


「「「あ~~~」」」


 果たして悠司の推測は当り、特にアクシデントも無く清歌の演奏は無事終了した。ちなみに清歌の演奏はしっかりノーミスである。もっともリズムゲームではないので、パーフェクトだからと言って何かあるわけでは無いのだが。


 清歌が魔法陣から外へ出ると、魔法陣は一層輝きを増し、捧げものも光の粒となって魔法陣へ吸収される。五人が見守る中、魔法陣は徐々に大きくなりつつ空高く浮かび上がってゆき、目測で三十メートルほどの高さまで上がったところで静止した。


 そして、魔法陣の上が陽炎のように揺らめくと、音も無く彼女たちのホームである浮島が出現したのであった。


「やった~! 大成功! 清歌も演奏ありがと~」


「ありがとうございます。皆さんもお疲れ様でした」


「ホント、疲れたぁー。一時はどうなる事かと思ったよ」


「そーねー。これって機能とか儀式とかっていうより、もう小さなクエストよね」


「全くだな。まあ、ともあれ成功は成功だ!」





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