#10―05
凛と千代のコンビは当の本人たちも驚くほどに上手くはまり、このまま順調にいけばデビュー二日目の月曜日中にはレベル十に達し、晴れてマーチトイボックスの一員となれそうである。
弥生たちの時よりもレベルの上昇が早いのは、アップデートによる調整が加えられていることに加えて、悠司と絵梨の自重しないサポートにより装備が徹底的に強化されていたからである。
また空飛ぶ毛布で二人をサバンナエリアへ送った清歌が、二人の戦闘を二度ほど見た後で立ち回りについて――特に拳銃を持って中~前衛となる千代に――レクチャーをしたことも大きかった。
清歌と別れた後、試行錯誤しつつ戦闘をしたところ、凛には――本人の希望とは異なり――攻撃魔法を使うよりも強化と弱体により味方をサポートする、いわゆる付与術師タイプに向いていることが分った。役割分担がはっきりしたことで、その後は順調にレベリングができたのである。
余談だが、天都や五十川の時には、サポートはそれなりに自重したレベルに抑えていた。その理由はというと――
「戦闘でちょっとはピンチになった方が、吊り橋効果があって面白いじゃないの(ニヤリ★)」
という事らしい。誰の言葉かは、敢えて語る必要はないだろう。
ちなみに吊り橋効果についてはともかくとして、適度に緊張感のある戦闘は必然的に互いに声を掛けることとなったので、天都と五十川の距離を縮める効果があったのは紛れもない事実である。
明けて月曜日。いつもの時間に登校した清歌は、教室へと続く廊下で、少し前を妙にゆっくり歩いている弥生を見つけた。基本的に清歌よりも早く登校している弥生がここに居ることを内心不思議に思いつつ、小走りに追いついて声を掛ける。
「おはようございます、弥生さん」
「ふぇ? あ、おはよ~、さやか~……」
振り返った弥生が、ふにゃっと微笑んで挨拶を返す。
「お疲れのご様子ですけれど……どうかれましたか?」
「う~ん……ちょっとね~」
聞けば昨日、姉妹で帰宅した後で弥生は凛から<ミリオンワールド>であった様々な出来事を事細かに聞かされたらしい。
<ミリオンワールド>がいかに優れた出来であっても、プレイヤーが序盤で遭遇する出来事など大体は似通ったものだ。つまり弥生は八月に自分が経験したことを、凛視点で聞かされたようなものなのである。
冷静になれば凛もそのことに気付けただろう。ただ昨日は<ミリオンワールド>初日であり、また憧れの清歌お姉さま(凛視点)と空を飛び、親友の千代と一緒に戦闘して――などなど、色々なことがあり過ぎて、クールダウンなどできなかったのである。
ただでさえ凛は長きに渡る受験からようやく解放されて、心の底からはしゃげるのは久しぶりだったのだ。それが理解できるだけに、姉としてはせめて話くらいは付き合ってあげようと思ったのである。
事情を話しながら席に辿り着いた弥生が、机の上に手を伸ばし、へんにゃりと崩れ落ちる。
「それは……お疲れ様でした。お姉ちゃんは大変ですね」
「まあ、お姉ちゃんだからね~……って、前にもこんなやり取りしたね?」
「言われてみれば……、ありましたね」
起き上がった弥生が腕を組んで話を続ける。
「話を聞くくらいはなんてことないんだけど、なんていうか……もう知ってることを聞くようなもんだから、相槌を打つくらいしか反応できないのがね~」
「ああ……、先回りして言い当てるわけにはいきませんからね」
「そうなんだよ~。本人にとっては凄い出来事でも、ある程度はパターンが決まってるようなものでしょ? オチが想像できちゃうんだよね~」
我が妹のことながら残念な――と、トホホな表情をした弥生が、ふと気付いたことを尋ねる。
「そういえば千代ちゃんは、清歌にそういう事で電話したりしないの?」
「いいえ、そういうことはありませんね。確かに、私と千代ちゃんは友人と言っていい関係ですけれど……」
友人と言っていい関係ではあっても、それはあくまでもお嬢様同士の話。そこには厳然たる上下関係が存在し、完全に対等な気安い間柄というわけでは無い。清歌と千代で言えば、年齢的にも立場的にも清歌の方が目上であり、千代の方から必然性も緊急性も無い、ただの雑談の為に連絡を入れるというのは憚られるのである。
年齢や立場を跳び越えて気安い関係を築いている者も中にはいるが、千代の場合は清歌に対して自分からそこまで踏み込もうとは思わない――いや、思えない。千代にとって清歌とは、あくまでも憧れの尊敬すべき“お姉さま”なのである。
「ふむふむ、なるほどね~。確かに千代ちゃんは清歌の後輩っていうよりも、熱心な信奉者って感じだったよね。うちの凛は、単なるアイドルの追っかけみたいになってるけど……」
我が妹のことながら、こんなミーハーな一面があったのかと若干呆れた表情をする弥生を見て、清歌はクスリと微笑む。
「そういえば、弥生さんも千代ちゃんと面識があったのは、千代ちゃんがお宅を訪ねたことがあるからなのでしょうか?」
「うん、何回かあるよ。あ……でも最初に会ったのは家じゃなくて、ピアノの発表会の時かな。……思い出した。その時はお互いお母さんも一緒で、なんか妙に気が合っちゃって、遊びに来てねーなんて話になったんだった」
「発表会ですか。凛ちゃんは今もピアノを続けているのですか?」
「教室の方は受験に専念するために、今年の四月に入ってから一旦辞めてるんだ。あ、でもたまに気分転換なのか部屋で弾いてるみたいだから、年が明けたらまた始めるかも?」
才能の有る無しはさておき、教室にちゃんと通って真面目に練習していたのも見ていたので、妹はピアノを弾くのが好きなのだと弥生は思っている。凛自身の決断ではなく、受験という外的な要因で辞めたというのは、姉として少し引っかかっているのだ。
余談だが坂本家のピアノは凛の部屋に置いてある、いわゆる電子ピアノである。両親はアップライト型のピアノを買おうかと思っていたのだが、凛が夜も練習したいし打鍵したときの感触も差が殆ど分からないから大丈夫と言ったのである。
実は当時、今のマンションに引っ越す前の家――3LDKのマンション――で、今よりも部屋がずっと狭く、大きなピアノを入れることでさらに狭くなるのを凛が嫌がったのだ――というのは、弥生のみが知る真相である。
「受験については凛も納得してるって言ってたけど、やっぱり辞めさせちゃったって感じだしね。……結局発表会だってあの時の一回だけだし、ちょっと勿体ないかな~って思うんだよね」
清歌は以前弥生から、自分ではどうしようもなかったこととは言え、形としては妹に中学受験を押し付けてしまったということだったと聞いている。恐らくピアノを辞めさせてしまったことについても、自分に責任の一端があると感じているのだろう。本当にいいお姉ちゃんだなと、清歌は少し目を細めた。
「そうですね。もし次の発表会があればその時は、私も……」
言いかけた清歌が不意に言葉を切って首を傾げた。ピアノ教室の発表会に誘われる――ということが、確か以前にもあったような?
「弥生さん、凛ちゃんが出演したという発表会は、いつ頃あったものなのでしょうか?」
「え? え~っと、あれは……一昨年のことで、季節はちょうど今頃だったかな」
「ああ……、やはりそうですか。その発表会は私も千代ちゃんから、見に来て欲しいと誘われていたものですね」
「ええっ!? じゃあもしかして、あのホールのどこかに清歌もいたってこと?」
清歌はゆるりと首を横に振る。
「いいえ。残念ながらその時は家の用事で、海外に居たものですから」
その答えに、弥生は「な~んだ」と言って背もたれに体を預けた。
考えてみれば、あの発表会は音楽教室の先生同士の繋がりで開かれた小規模のもので、それほど広くも無い会場にとかく目立つ清歌が居れば、気付かないということは有り得ない。そして弥生には、ひと目でも清歌を見れば絶対に忘れないという自信がある。
「あの時、会場に行っていれば弥生さんと知り合えていたかもしれないと思うと、少し残念だったように思います」
「あ~、千代ちゃんが自慢のお姉さまと一緒だったら、紹介してくれてたかもね。……でも不思議だね。二年前にそんな形でニアミスしてたなんて」
「そうですね。それで今こうして親しくなれたのですから、やはり弥生さんとはご縁があったのでしょうね」
もし仮に、凛ではなく弥生が中等部から清藍女学園に入学していたらどうだっただろうか? 今よりも早く知り合えていたかもしれないが、あの学校での清歌の立ち位置を考えると、今のように深く関わりを持つことは無かったように思う。
そう考えると、やはり百櫻坂高校でこうして出会えたことに、清歌はなにかしらの縁を感じるのだ。
「縁……縁かぁ~」
弥生が清歌を見上げ、なんとなくそうしたくなって手を取ると、清歌もきゅっとその手を握り返した。
「うん、あったんだね。きっと」
「はい、もちろんです」
二人は目を合わせて微笑み合うのであった。
――クラスメートたちが息を潜めてその光景を見守っていたのは、もはや言うまでもないだろう。ちょっといつもと違っていたのは、今日はホームルームの為に来ていた担任――三十●歳独身女性教師――までもがドア付近で立ち止まり、ポッと少女のように頬を染めて見守っていたところであろう。
「あ、あの二人って、もしかしてそういう関係なんですか?(ヒソヒソ)」
「(ニヤリ★)そういう……って、具体的にはどういう関係ですか、先生?(ヒソヒソ)」
「えっ!? そ、それはその、百合的なというか、女子校でありそうなというか……」
「「「センセ、や~らし~い~」」」
「や……、やや、やらしくなんてありませんよ? そういうのは、尊いというか、清らかというか…………」
「フフフ……(そういえば先生は女子校出身だったわねぇ)」
その日のお昼休みの事、教室の一角で男女二人ずつのグループが顔を突き合わせて相談をしていた。天都と五十川、そして田村と近藤の四人である。
日曜に<ミリオンワールド>デビューした田村と近藤は、合流したマーチトイボックスメンバー、そして天都や五十川たちも交えて早速開店準備に取り掛かった。
大まかな配置などを決め一段落したところで、店の名前を何にするかという話になり、田村が文化祭の時の店名である“一角ウサギ亭”がいいのではと提案し、天都たち三人もそれに同意した。
が、遅れて合流した清歌がそれに待ったをかけた。なぜならば、その名前は現在公式サイトで公開されている映画でも使用されているので、映画と同じ店に同じ名前を付けてしまうと、折角プライバシー保護のためにキャラクターを差し替えてもらった意味がなくなってしまうからである。
実は素人映画にしてはなかなかの出来だったことから、掲示板でも「いったい誰が作ったのか?」と話題になっているのだ。面倒を避けるためにもここは慎重に、本人バレに繋がるようなことは避けておくべきなのである。
そんなわけで、それならば素直に店のオーナーギルドであり密かな有名露店であったマーチトイボックスの名を取って、“カフェ・トイボックス”にしようという事で、店の名前の方は決着した。
しかし今度は、天都たち四人で立ち上げるギルドの名前をどうするかという問題が浮上した。四人ともギルド名=店の名前と考えていたのだが、流石にトイボックスをそのまま使うわけにはいかない。
結局その日の内にいい名前は思い浮かばず、宿題となったのである。そして昼食を食べながら一晩考えた成果を披露していたのだが――
「名前つけるのって、結構難しいよね。カッコ良過ぎるとちょっとアレだし……」
「そうだね。僕なんかはゲームの時でもほとんどデフォルトの名前にするからなー」
「ノベルゲームだと主人公の名前を変えると、キャラが名前を呼んでくれなくなったりするもんね」
「へー、そういうもんなんだ。俺はRPGで最初に名前を付ける場合だと、適当に好きな映画俳優の名前を付けたりするかな」
「映画俳優の名前……、例えばどんなのをつけるんですか?」
「そうだな……、例えばウィリスとかセガールとかバウアーとか……かな?」
「あー、なんとなく映画の傾向が分かる。……っていうか、バウアーは役の名前じゃなかったっけ?」
「そうそう! 俳優さんの名前は忘れちゃったけど……。って、そのネーミングの仕方は今回使えないよね」
――と、まあこんな具合に、今一つピンとくる名前が無くて会議は暗礁に乗り上げていた。
ちなみに挙げられた名前は、誰もが知っているコーヒーショップや喫茶チェーン店の名前をもじったものや、百櫻坂高校に因んだものが多かった。大体考えることは同じだったらしい。
「そういえば天都さんは小説を書くんでしょ? ネーミングってどんな風にしてるの?」
田村の問いかけに、天都は「う~ん」と眉を寄せて口ごもる。
物語に登場するギルドや組織の類は、大抵何かしらのバックボーンがあって存在し、物語に深く関わるものだ。――というか、わざわざ登場するのだからそれが当たり前である。従って、その成り立ちや存在意義に相応しい名前が自然と決まるものなのだ。
<ミリオンワールド>で設立するギルドにはそういったストーリーがなく、これはどちらかというと、友達同士で作った仲良しグループに名前を付けるようなものだ。天都も二~三年前なら嬉々としてアレコレ考えたかもしれないが、高校生になった今は名前を考えること自体が少々気恥ずかしい。
「――というわけなので、小説を書く時のネーミングはあんまり参考にならないかも」
「そっかー。……考えてみると、現実で友達同士のグループにわざわざ名前を付けたりしないよねぇ」
ゲームはゲームとして割り切ってロールプレイできればいいのだろうが、割とライトなプレイヤーである四人は、どこか素に戻ってしまう傾向がある。それ故に考え過ぎてしまっているのであった。
「「「「はぁ~~~~」」」」
「ちょ、みんなどうしたの?」「大きな溜息ですね?」「お金以外の相談になら乗るわよ?」
四人が同時に溜息を吐いたところに、弥生と清歌、そして絵梨が声を掛けた。天都たち四人で話し合うことは、<ミリオンワールド>関連以外にないだろうと予想してのことだ。
「あ、委員長。ちょっとギルド名がきまらなくってね~」
「参考までに、委員長たちのギルド名ってどうやって決めたのか教えてくれない?」
「え? 私たちの場合は――」
弥生はギルド設立と前後して玩具アイテムの露店を開いてみようという企画を立ち上げたこと、名前はトイショップからちょっと捻ってトイボックスにしたこと、そして露店の名前をギルド名にしたことを簡潔に説明した。――なぜか三月の由来は飛ばして。
「……なるほど、そういうネーミングだったのか」
「分かりやすくて、ほどほどにゲームっぽい、いいネーミングですよね。……あれ? でも……」言いつつ天都が首を捻る。「マーチはどこから来たんですか? っていうかそもそもなんで行進曲なんです?」
敢えて言及しなかったところを突っ込まれて弥生はビクリと肩を揺らす。
知り合いから呼ばれる時や掲示板で話題になる時など、最近は大抵「トイボックスさん」と略して呼ばれるので、弥生は意図的に説明を省いたのだが、天都はしっかりチェックしてきた。自分で物語を書くだけあって、言葉には敏感に反応するようだ。
「ダメじゃないの弥生、ちゃんと説明しないと(ニヤリ★)」
「む~……、だって~」
「ふふっ、弥生さんったら。……天都さん、それは発音もスペルも同じですけれど、行進曲の方ではなく三月の方ですよ」
「三月? あっ、あー……なるほど、それで坂本さんは省略したんですね」
三月と聞いただけで即座に“弥生”のことだと理解した天都は流石と言うべきであろう。他の三人はキョトンとしている。
「ま、まあ私たちの話は置いといて、どんな候補が挙がってるの?」
どうせ後で天都から三人には伝わるだろうからと強引に話を打ち切り、弥生は四人が囲んでいる机に広げられたノートを覗き込んだ。二~三の名前ごとに筆跡で変わっているところから、四人で順番に書いたことが分かる。
「ふむふむ……。“むらさき組”とか“百本櫻”とか、私は良いと思うけど……」
「そね。捻りが欲しいなら、いっそ変な当て字を……例えば」絵梨がノートに“無羅沙牙組”と書き込む。「とかにしたり、百本櫻の後に“カゲヨシ”とか付けたりしたらいいんじゃない(ニヤリ★)」
「いやいや!」「それはナイって!」「黒歴史一直線です……」「コワイコワイ……」
絵梨の悪ふざけに四人は震えあがると同時に、無羅沙牙などという当て字を一瞬で思いつくなんてある意味凄いなと心の中で突っ込んでいた。
「ところでこの……“アマタイコン”というのは何方の案なのでしょう? 面白い語感ですし、由来がよく分からなくて気になりますね」
「あ、それ私が考えたヤツだよ。……由来なんて大層なもんはなくて、単に私たちの名前の頭をくっ付けただけ」
軽く肩を竦めて田村が答える。つまり、アマと、タむら、イそかわ、コンどう――と繋げて、アマタイコンということらしい。
「面白いけど、ギルドの名前としてはどうかなって感じ……だよな?」
「うん。やっぱり“むらさき組”か“百本櫻”あたりが無難じゃないかな?」
「そうですね」「うん、私も賛成」
――その二つに候補を絞って相談した結果、“百本櫻”だと高校の名前が連想できてしまい、“むらさき組”の方はどこぞの居酒屋のようだという事で、二つを合わせて“サクラ組”とすることとなった。
「砂苦羅組とかには……」
「しないって!」「だから何で、不良グループみたいな名前に……」
「あ、じゃあじゃあ、さくらグミっていうのはどうかな?」
「それならちょっと可愛いかも」「グミキャンディーみたいですね」「「……」」
<ミリオンワールド>へとログインした天都たちは、まず“サクラ組”として――“砂苦羅組”でも“さくらグミ”でもない――ギルド登録し、早速マーチトイボックスと同盟を組んで例の店舗を共用ホームとした。これにより天都と五十川も簡単に店へと帰って来られるようになった。
カフェ・トイボックスの準備は、店の一角にマーチトイボックスの露店をほぼそのまま再現するような形に落ち着き、取り敢えず完成した。もちろんそれだけではなく、客席の丸テーブルの中央に各種置物を配置したり、壁に絵皿や似顔絵を飾るなどして、店全体の統一感を出すことも忘れていない。
あとは開店に向けてスキルレベルを上げることと、接客などのシミュレーションをするだけである。もっとも、喫茶店とはいってもここは<ミリオンワールド>の中だ。飲食物も大量にストックしておくことが可能なので、注文を受けたらそれを取り出すだけでよい。接客も楽なものである。
清歌たち五人が天都たちと別れたすぐ後、昨日に続きレベリングに勤しんでいた凛と千代から、レベル十に達したという連絡が入った。
早速二人と合流し、冒険者協会に登録したついでに、マーチトイボックスのメンバーとしても登録する。これで二人も晴れてギルドの一員である。
「かなり順調にレベルが上がったね。……っていうかちょっと早すぎる?」
「ま、俺らと比べるとな。俺らは一から始めたし、あれから序盤の経験値に関しては結構調整が入ったからなぁ」
「そね。なんとなく不公平な気もするけど、それは先行プレイヤーの宿命かしらね」
「いずれにせよ、これでようやく二人をホームへ案内出来るというわけだ」
「はい。今はもう、飛び降りることも出来なくなってしまいましたからね」
ニッコリのたまう清歌の言葉に、凛と千代がギョッとして顔を見合わせる。ホームに連れて行って貰うだけのことなのに、何故飛び降りるなどという物騒な話になるのか?
そんな妹たちの様子を見て弥生はニパッと笑うと、明るく声を掛けた。
「二人とも、大丈夫、大丈夫。行ってみれば分かるよ。……まあ、私たちが最初に行ったときは、結構怖い思いをしたんだけど……」
「ちょ、お姉ちゃん? 怖いの、怖くないの、どっちなの?」
「今は怖くなくなった……が、正確かな? あ、念の為に聞いておくけど、千代ちゃんは高所恐怖症だったりする?」
「いいえ、大丈夫です。あ、もちろん手摺も何もない、高い崖の端っこに立ったら怖いですけど……」
「あはは、それは誰だって怖いと思うよ? さて、じゃあ、ホームに移動しようか。冒険者ジェムの転移先からホームを選んで」
ちなみに共用ホーム、即ちお店の方は、誤って選択してしまうということの無いよう、名前をカフェ・トイボックスに変更してある。
「じゃあ、ホームへ」「うん、行こっか」
二人が転移したのを見届け、残る五人も次々とホームへと転移した。
「うわぁーー!!」「すっごーーーーいっ!!」
ホームの浮島へと降り立った凛と千代は周囲を見るなり大きな歓声を上げ、島の端に向かって走り出した。
空高くに浮かび上がったホームの浮島からは、サバンナエリアと砂漠エリア、そしてスベラギの町が見渡せるようになっている。
浮島の北端近くまで来た二人は、またもや大きな声を上げる。
「わぁー、スベラギって上から見るとこんな感じなんだ……。人が小さーい」
「あっ、あそこ。戦ってる人たちもいるよ! こんなにちっちゃいと、あの台詞を言いたくなるよね?」
「うんうん。言いたくなるよね!」
「「せーのっ! 見ろ! 人がゴm……」」「や・め・な・さいっ!」
ピコン!「あう……」 ピコン!「はうっ……」
某大佐の有名な台詞を言おうとした二人に弥生が鋭く一喝し、同時に清歌が袂から取り出したピコピコハンマーで頭を軽く叩いた。凛と千代のシンクロ率も大したものだが、弥生と清歌のツッコミも見事な連携である。
「も~、二人とも。確かにある意味名台詞かもしれないけど、本当に口に出していい言葉じゃないからね、それは」
「ごめんなさ~い」「すみません。反省してます……」
両足を軽く開いて立ち腕を組んでお説教する弥生に、二人が殊勝に頭を下げる。まあちょっと悪ふざけしただけなので、注意はもうこの辺でいいだろう。
「そね。空飛ぶ島でそんな台詞を言ってしまったら、後で何が起きるか分からないものねぇ」
「滅びの結末しか予想できんわな……。さて、そんなことより二人とも、外を眺めるのはまた後にして、こっちにおいで。清歌さんの従魔たちとモフれるぞ?」
悠司からの誘いに、二人はまたしても歓声を上げつつ、島の中央にある花畑へと駆けていった。
その様子を見送った弥生と清歌は、顔を見合わせて同時に苦笑する。
「昨日も感じたことですけれど、二人はとてもウマが合うようですね」
「仲が良いのは知ってたけど、ここまで息がピッタリ合ってるのはちょっと予想外かも?」
「ふふっ、これから賑やかになりそうですね」
「どっちかっていうと“騒々しい”じゃないかなぁ~。……どうしよう、清歌? なんだか凛を清藍に行かせるのが心配になってきちゃった」
そういう弥生の表情があまりにも深刻そうで、清歌は思わず小さく吹き出してしまった。
「ちょ、笑うなんてひどいよ~。私はかなり真剣に危惧してるんだから」
「申し訳ありません、弥生さん。確かに、あの調子のままで清藍女学園に行くのは少々心配ですけれど……」
「でしょ!?」
「ええ、まあ。けれど今の内にああして元気を発散しておけば、実際学校に通う時には落ち着いているかもしれませんよ?」
「そうかなぁ~、そうだといいけど……」
「私からも、折を見て注意するようにしますから。大丈夫ですよ、きっと」
「ありがとう~、清歌~。うん、私も頑張る。目指せ! 先生に目を付けられない学校生活!」
妹を心配してのことなのだろうが、弥生がビミョ~に意識の低い目標を立てる。ついでに言うと、その目標は本来妹自身が立てるべきものである。
「お姉ちゃ~ん、なにしてるの? こっちおいでよ。凄いよ~、モコモコなんだよ~」
「清歌お姉さま、この子可愛いです……。私、ペンギンを抱っこしたの初めてです!」
と、話題の妹たちが、テンション高めで清歌と弥生に呼びかけた。どうもあの二人をクールダウンさせるのは、まだまだ時間をおいた方が良さそうである。
「まあ……、おいおいってことでいいかな?」
「ええ、まだ時間はありますからね」
せっかく始めた<ミリオンワールド>なのだ。今ははしゃぎ過ぎるなといっても、それは無理な話だろう。現実に戻っても、あのテンションのままだった時は注意するくらいでいいかと、一旦問題を半分くらい棚上げにする弥生だった。