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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第十章 凛&千代、参戦!
134/177

#10―04




「え~、それではこれで私たちマーチトイボックスの露店は店仕舞いとなります」


 土曜日の午後。遂に八月の実働テストの頃から続けて来た露店を閉じる時がやって来た。――などと言う表現は、当事者五人にとってはちょっと大袈裟に過ぎるだろう。ある種の感慨は多少あるけれども、もう移転先の準備も始めていて、そっちはそっちでまた新しいことを始めるので、“終わる”という気がしないからである。


 ただ露店を開いている五人にとってはそうでも、お客さん側としてはそうでもなかったようだ。一風変わったここでしか手に入らないアイテムが売っている露店という情報が口コミで広まり、しかし営業していないことも多く、スベラギの都市伝説的に語られることすらあったお店なのだ。それが無くなってしまうというのは、ちょっとしたイベントといっても過言ではない。


 そんなわけでオネェさんや海月姐さんら知り合いも含む結構な人が、閉店時間に集まってきてしまい、なんとな~く弥生が挨拶する流れとなったのである。


「そこのポスターで告知もしていましたが、予定通りに行けば一週間後には場所を変えてお店がオープンします。まあ私たちだけのお店ではないんですけど、気が向いたらそっちにも来てくれると嬉しいです。……詳しくは言えないんですけど、実はちょっとしたサプライズがある、かもしれません」


「おぉー!」「サプライズ!?」「新商品かな?」「カフェだから、そっちの方かもよ?」


 弥生が少しだけ明かした新情報にお客さんたちがどよめく。毎度のことながら、アドリブであっても弥生はこの手の挨拶に淀みが無い。


「それでは、常連の方も今日が初めてだった方も、本当にどうもありがとうございました~!」


「「「「ありがとうございましたー」」」」


 最後に五人揃って挨拶をすると、お客さんたちから大きな拍手が贈られ、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の露店営業は終了となった。




 片付けが終わり更地になった露店スペースを後にした五人は、最近ご無沙汰だった蜜柑亭へと向かう。なお露店スペースは今日で終了とする手続きは既にしてあるので、更地にして放置で問題ない。


 おやつと飲み物の類は定期的にあれこれ仕入れていてストックは常にあるのだが、たま~にお店で優雅なティータイムと洒落込みたい気分になるのだ。


 蜜柑亭へと着いた五人は早速テーブル席の一つを占領し、めいめい飲み物と軽食を注文した。飲み物が揃ったところで、取り敢えず露店は一区切りという事で乾杯する。


 弥生がホッと一つ大きく息を吐いたあとで小首を傾げた。


「お疲れ様でした、弥生さん。どうかされましたか?」


「清歌もお疲れ~。……う~ん、考えてみると私らの露店って、最初は旅行者向けに土産物とコスプレ装備アイテムを売る店っていうコンセプトで始めたんだよな~って、改めて思っちゃって」


「ああ……、悠司さんの思い付きから計画を練ったのですよね。八月の半ば頃だったでしょうか?」


「そうそう、実働テストに旅行者が参加するのに合わせてだったからな。あの頃は呼び込みで旅行者に結構声を掛けたっけな」


「ああ、意外にもユージにナンパの才能があることが分ったのよね(ニヤリ★)」


「ちょっ、人聞きの悪いことを……。俺は普通に、真面目に呼び込みをだな――」


「しかし悠司が声を掛けていた旅行者は、女性グループが多かったように思うのだが、俺の気のせいか?」


「…………女性受けが良さそうな商品ラインナップだったからな、うん。そうなるのはむしろ自然なことなんだ」


 聡一郎にはツッコミを入れる意図は無く、あくまでも疑問を口にしただけだったのだが、実にクリティカルな指摘であり、悠司は何やら視線を泳がせつつ言い訳を口にした。


 実際、似顔絵の方も含めると当時品物を買ったお客さんは女性旅行者が大半を占めていたので、悠司の言い分は正しい。が、話の流れ的に言い訳にしか聞こえず、女性陣三人はわざとらしく冷たい視線を悠司へ向けていた。


「ふ~ん、なるほどなるほど」「あくまでも、論理的な行動なのですね」「ま、そういうことにしておいてあげましょ」


「くっ、まるで信じていないような口調で言われてもな……」


「あはは。……まあ、話を戻すけど、旅行者相手の……ぶっちゃけ儲けなんて考えてない遊びで始めたことが、いつの間にやら大きな話になっちゃてるのが、なんか可笑しいっていうか、不思議な感じがしちゃってね」


「「「「あ~~」」」」


 弥生の感想に、四人とも納得の声を上げる。旅行者相手の玩具アイテム販売が、次第に冒険者もお客さんとしてくるようになり、更に現実リアル出力サービスの件では運営も巻き込み、今度は学校の友人が<ミリオンワールド>に参戦するのに合わせて店舗を持つことになってしまった。


 ちょっとした遊びのつもり、「こんなお店があっても面白いんじゃないか」というある種のジョークみたいな企画が、まさかこんな大事になるとは誰も予想していなかったのである。


「考えてみりゃ、旅行者に土産物を買って行って貰うってのは、出力サービスで文字通り実現したんだよなぁ」


 言い出しっぺである悠司が感慨深げに言う。それを聞いた絵梨が、今の内に決めておいた方が良いことがあったことを思い出した。


「そうだ、ねえ弥生。明日から凛ちゃんたちが<ミリオンワールド>に来るでしょ? まあ少し先の話になるけど、あの二人がマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)に入ったら、ロイヤリティーの扱いはどうするつもりなの?」


「あ~~、そういえばそれについては考えてなかったよね……。どうしよう?」


 現実リアル出力サービスのロイヤリティーによる収入――一種の電子マネーではあるが収入には違いないだろう――は結構バカにならない金額になっていて、先月から五人がフードコートで昼食やお茶をする時の支払いは全てそれで賄えている上、少しずつチャージ額が増えていっている。


 これらは発案から素材の収集、商品開発、量産体制の確立、そして販売までを、五人全員で手分けして行ってきたから特に問題は無かったが、これから参戦する二人に関してはちょっと扱いが難しい。


「今後は二人にも商品開発に参加してもらう、というのではだめなのか?」


「や……まあ、凛ちゃんと千代ちゃん? の二人だけならいんだが、今後もギルドのメンバーが増える可能性を考えるとなぁ」


「ああ、そうか。それは失念していた。今の内にちゃんと線引きを決めておいた方が良いという事なのだな」


「ええ。お金が絡むことだけに、後で揉めないためにも先に決めておいた方がいいわ」


 しばらく議論した結果、玩具アイテムの開発と販売についてはギルド全体の活動ではなく、初期メンバー五人の活動として区切ることとなった。ただ、凛と千代にはロイヤリティーに関する説明はしておき、一緒に昼食をとる時などは、普通に年長者として奢ってあげればいいのではないかという事となった。


「あと、たぶん<ミリオンワールド>にも、そのうち課金アイテムが実装されると思うんだよね。そしたらギルドに役立ちそうなものを買うっていう選択肢もできると思うんだ」


「そういや、まだ課金アイテムってないよな。んじゃ、そんな感じってことでいいんじゃないか」


「そね。まあ自分で言っておいてなんだけど、今後ギルメンが増えるのかっていう疑問はあるのよねぇ」


「絵梨……、何も決めた後でちゃぶ台をひっくり返さんでも良いのではないか?」


「あら、これは失礼」


「ふふっ。……そうですね、あと一人増えると丁度よいかもしれませんね」


 清歌が言った一人という具体的な数字に四人が首を捻る。<ミリオンワールド>では一つのパーティーは六人までなので、七人では一人あぶれてしまい中途半端だというのは分かる。だとすれば、次の上限は十二人のはずだが、何故あと一人なのだろうか?


「あっ、思い出した!」


 弥生がポンとテーブルを叩くと、頭の上にコミックエフェクトの電球が灯った。キンコーンという効果音が無いのが惜しいところだ。


「はい、弥生さんどうぞ」


「ヒナの車に乗れるのが八人までだからでしょ」


「正解です(ニッコリ☆)」「ナッ!」


 なにやら奇妙なノリの、そしてとても息の合ったやり取りをする二人と一匹に、悠司が「いつからクイズになったんだよ」と力のないツッコミを入れる。


 さておき清歌たち五人は、得意分野のスキルを全て習得できるレベル五十が、そろそろ見えてきている。常に清歌と行動を共にしている飛夏のレベルも同様に上昇しているので、遂に第三形態のビークルがお目見えする時が来たのである。


 清歌の発言は、ビークルの最大乗員数は八人までなので、あと一人までならギルド全員で移動できると思ったのだ。


 余談だが、パーティーの上限が六人の<ミリオンワールド>でも、割と四人パーティーで行動している者が多くみられる。前衛二人+後衛二人でバランスが良く、通常フィールドの狩りくらいならそれで十分だからだ。そういう意味でも、八人というのは小規模パーティーが二つで丁度いいと言えよう。――もっとも、清歌はそんなことを考えて発言をしたわけでは無い。


「ふむ。ついに飛夏のあの姿が見られるという事か。楽しみだな」


「長かったような、割とあっと言う間だったような……。なんにしても楽しみだな、ネコバ――」


「リムジンよ! ちゃんと取り決めしたでしょ? ユージ、忘れたの?」


「いやー……はは、今のはただのツッコミ待ちだ。でも見てみたいと思わないか? ヒナのあの姿(リムジン)でスベラギのメインストリートを走った時、みんながどんな反応をするのか」


「「「「………………」」」」


 悠司の口から飛び出た悪魔の囁きに、一同が沈黙する。確かにちょっと悪戯を仕掛けて、冒険者や旅行者たちの反応を見てみたい気がする。見た目で飛夏である事がバレてしまいそうなところが問題だが、ほとぼりが冷めるまでホームとイツキだけで活動すれば、他人に見つかることはまず有り得ないので対処はできる。


 ちなみにこれまで便利に使って来た空飛ぶ毛布は、実はあまり他の冒険者には目撃されていない。というのも、清歌は町で使用するのは自重していたし、狩り場へ向かう時も人の少ない場所を目指すことが多かったからである。空飛ぶ毛布を一番多くの人に見られたのは、収穫祭イベントの時だっただろう。なおコテージに関しては、これまで五人以外に見た者は誰もいない。


「ふふっ、それはちょっと、面白そうですね」


 テーブルの隅っこに鎮座する飛夏をナデナデしつつ、かなり乗り気な口調の清歌は、「試しにやってみましょう」などと続けかねない感じだ。危険な兆候を感じ取った弥生は、一応釘を刺しておくことにした。


「面白そう……ではあるけど、絶対(ぜ~ったい!)騒動になるから止めておこうよ。清歌もいい?」


「は~い。承知しました、弥生さん」


 悪戯っぽく微笑んで了承する清歌の様子から察するに、たまに飛び出す分かり難い冗談の類だったようである。


「しかし、町で乗り回すのはともかくとして、飛夏のビークルは早く見たい気はするな」


「そね。もう少しだと思うと、早く乗ってみたくなるわよね」


「そういや、クリスマス前後になんかイベントがあるよな? そこでレベリングできるといいんだけど……」


「できれば凛たちも一緒に参加できるようなイベントだといいんだけどな~」


 詳細についてはまだ発表されていないが、十二月二十五日を含む月曜から日曜までの一週間、何某かのイベントが開催される予定なのである。恐らくそれまでにはお店の方も落ち着いているだろうから、タイミングとしては悪くない。


「ま、先の話よりもまず、凛たちの支援と開店準備のお手伝いだけどね」


「はい、そうですね」「大丈夫、分かってるわ」「うむ、任せておけ」「在庫もまた増やしておかないとな~」







 坂本凛という少女の個性は、姉である弥生の存在を抜きにして語ることはできない。というのも、小学校低学年の頃は両親が非常に忙しく、家では弥生と二人きりであることが多く、凛の趣味や嗜好に姉のそれが多大な影響を与えているからだ。


 そんなわけで凛も弥生に似て性格は明るく快活で、どちらかというとインドア派でゲームが大好きだ。ただ弥生のように自他ともに認めるゲーマーという程ではなく、千代や絵梨の影響で音楽鑑賞や読書もするので、どちらかというと広く浅くというタイプである。


 また前に出てリーダーシップを取るタイプではないというところも、逆の意味で弥生の影響であると言えよう。


 そんな凛の親友である小澤千代は正真正銘、良家のお嬢様である。接点の無さそうな二人が知り合ったのはピアノ教室でのことで、たまたまロビーで千代が待ち時間つぶしの為にパズルゲームをしていた時、どうしても解けずに詰まっていたところのヒントを凛が教えたという事がきっかけだった。奇しくも弥生と清歌が親しくなるきっかけとよく似ている。――時系列的には凛たちの方が先だが。


 千代にとってはゲームも趣味の一つなのだが、たまたま清藍女学園での友人にはゲームをする者がいなかった為、その話を心置きなくできる同い年の凛と意気投合したのである。割と人見知りなところのある凛にしては、地味に珍しいことであった。


 ――そんな二人が今日、<ミリオンワールド>に冒険者デビューした。




 スベラギの中央広場に降り立った凛は、まず大きく深呼吸した。RPG的ファンタジーの街並みと行き交う人々を見ていると、今すぐにでも走り出してこの世界を見て回りたいと逸る気持ちを、少しでも落ち着けたかったからだ。


(え~っと、早くちーちゃんと合流しないと。ウィンドウを開いて、フレンドリストから……)


 差し当たってやることは決まっている。千代と合流してから、姉たちのパーティーと顔合わせをするのだ。凛は全員と顔見知りだが、千代は弥生と清歌の二人としか直接面識はないので、紹介しなくてはならないのだ。


 また初心者支援として、アイテムをくれたり、アドバイスをくれたりすると弥生から聞かされている。持つべきものは先行プレイヤーの姉である。


 フレンドリストを見ると千代は既にログインしていた。早速連絡を取って合流し、姉たちの待つ、メインストリート中央のポータル広場へと向かうことにした。


「そういえばログインまでちょっと間があったけど、何かあったの?」


「あ~、あはは。最初に選べる装備とか一応決めてたけど、実際に見たらちょっと目移りしちゃって……。結局、変わらなかったんだけど。待たせちゃってゴメン」


「ううん。そんなに待ってないから大丈夫。実は私もちょっとだけ遊んじゃったからね」


「なにしたの?」


「今後絶対に使わなそうな、全身鎧を着てみたくなっちゃって……」


「えっ!? って、着てみてどうだった? やっぱり重かった?」


「重いし動きにくかった。それでも多分、ゲームだからまだましだったんじゃないかな?」


 そんな話をしていると、ちょうどすれ違った冒険者が頭まで完全に覆われたいかつい全身鎧(フルプレートメイル)を身に着けていた。そんなものを装備しながらも動きはスムーズで、かつ鎧がガチャガチャと音を立てることも無く、二人は思わず立ち止まってしまった。


「凄かったね、今の人……。普通に歩いてたよ」


「うん。多分だけど、重装備でも普通に動けるようになるタレントがあるんじゃないかな?」


「あ……、そっか。どんなにリアルでもここはゲームなんだから、そういうのがあるよね、当然」


「うんうん。まあでも、タレントがあっても重そうな装備品は、あんまり着たいと思わないかな~」


「あはは、それは私も同じ」


 そんな話をしつつ、二人はメインストリートを南下する。


 初めての<ミリオンワールド>に気分が高揚している凛と千代は全く気付いていなかったが、楽しそうにはしゃいでいる二人はメインストリートに居合わせた冒険者たちの注目を集めていた。


 二人が煩かったから、ではない。二人が類稀な美少女だったから、でもない。――いや、二人とも十分可愛いと言っていい容姿ではあるのだが、清歌のように男女問わず擦れ違う人の視線を根こそぎかき集めてしまうような美少女というわけでは無い。


 ではなぜ注目されているのかというと、二人が若い――というかむしろ幼い(・・)と言っていいくらいの年齢だったからである。


 <ミリオンワールド>の年齢制限は満十歳以上であり、そういう意味では凛と千代がここにいるのは何も問題が無い。ただ冒険者に限って言えば、高校生から四十歳くらいまでで九割以上を占めており、下限年齢である十歳の冒険者というのは現在一人もいない。


 そんな若干偏った年齢層の<ミリオンワールド>に現れた小学生の冒険者二人組は、否応なく目立つのである。今頃、掲示板では新しいスレッドが立っているかもしれない。




「お姉ちゃ~ん! お待たせ~」


「あっ、二人とも。こっちにおいで~」


 パラソル付きテーブルセットを二つ占領していたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人の元へ、弥生と凛が駆け寄った。


「皆さん、こんにちは! えっと、紹介しますね。こちら私の友達で千代ちゃんです」


「初めまして、小澤千代と申します。皆さん、どうぞよろしくお願いします」


 凛に紹介された千代が、お嬢様モード――人見知り状態ともいう――で挨拶をし、綺麗な所作でお辞儀をする。素の状態を知っている清歌を除く四人が、その様子に「お~」と声を上げてパチパチと拍手をした。


 ちょっと照れ臭そうにしている千代に、凛はジト目を向けてツッコミを入れた。


「ちーちゃん……、どうせすぐバレるんだからさ、最初っから素を出せばいいのにって思うんだけど?」


「な、なんでそういうこと言っちゃうの。凛ちゃんだってそうでしょ? この間言ってたじゃない、清歌お姉さまの前では――」


「わっ! わーわーわー、それとこれとは話が違うよ! ……と、思ったり思わなかったり……」


「うーん、似たようなものだよ、きっと」


 どうやら本当に仲のいい二人らしい。ポンポンと言葉が飛び交うついでに、被っていた猫もどこかへ飛んで行ってしまったようだ。


「り~ん~? 仲が良いのは分かったから、取り敢えずちょっと落ち着こう」


「千代ちゃんも、まずは席に着きなさい。こちらの自己紹介すら、まだしていないのですからね」


 凛は実の姉から、千代は姉と慕う者から窘められ、恥ずかしさに顔を赤らめながら席に着くのであった。




 適当な飲み物を出して落ち着いた後、弥生から順番で自己紹介をした。弥生と清歌は二人共と面識があり、残る三人も凛とは顔見知りだったが、<ミリオンワールド>でどういった立ち位置でプレイしているのか話しておく必要があったからである。


 代わって今度は凛と千代の番である。


 凛は魔術師の心得を取得し、ゆくゆくはある意味正統派である大火力砲台型魔法使いを目指すと話した。姉の影響でインドア派な所為か、はたまた遺伝子の悪戯なのか、凛も弥生と同じく運動は苦手であり、また姉のように前衛攻撃職になりたいというこだわりも無かったので、順当に魔法使いを選んだのである。


 装備品については、上はセーラーカラーのシャツにボレロを合わせ、下はキュロットスカートに横から後ろだけを覆う膝下丈のスカートを重ねている。ショートブーツとグローブ(指ぬき)も含めて色合いは白と濃い藍色で統一されているので、どこか制服風のコーディネートである。


 武器は短めの杖を選択しており、一応近接戦闘時には短槍としても使用できるタイプである。ちなみにこの杖はどちらかというと、盾も持って場合によっては前にも出る堅い僧侶タイプのプレイヤーが持つのに適している。凛は暫く千代と二人のプレイになることを見越して、近接武器にもなるこれを選んだのである。


 同じ魔術師の心得を取得した天都が正統派魔法使い風の外見だったのに対し、凛は今風の、魔法使いではなく魔法少女という外見となっている。


 一方千代はというと、斥候の心得を取得して、将来的には身軽に動き、中距離~近接で戦うレンジャー或いは忍者タイプを目指したいという事だった。


 現実リアルの千代は、読書や音楽鑑賞にゲームと趣味はインドア派だが、普通に運動が出来る。というか、お嬢様というのは優雅に見えて意外と体力がいるのだ。少なくとも美しい姿勢や歩き方といったものは幼い頃から叩きこまれるし、ダンスのレッスンもする。また長時間立ちっぱなしのパーティーであっても、常に笑顔を絶やさないためには、日ごろから運動して体力をつけなければ持たないからである。


 そんなわけで動ける千代としては、後衛に回る凛とのバランスも考えて前衛に回ろうと考えたのである。ただ剣と盾を持って前に出てガンガン戦うというのはちょっと怖いので、中~近距離で速さを活かして戦う方を選択したのだ。


 装備品は半袖のシャツに革のベスト、ホットパンツにニーハイソックス、所々金属パーツで補強されているブーツ、腕の部分が金属で補強されている革の籠手(指ぬき)という組み合わせで、ベースカラーは黒で金属部分は銀色だ。


 武器についてはリボルバーの拳銃を――


「えっ? 拳銃にしたの? 弓じゃなくて?」


 思わず疑問を口にした凛は、割と普通の感性を持っていると言える。あくまでゲーム的なイメージで言うと、レンジャーに似合う武器は弓やクロスボウだろう。しかしその疑問に対して、キョトンとした千代が逆に尋ねた。


「えっ? 銃があるのに何で弓を選ぶの?」


 確かに戦闘用の飛び道具としての基本スペックは、弓よりも銃の方が上だ。基本的に弾速で上回り、さらに拳銃であれば速射性が、ライフルであれば射程が長じている。しかし<ミリオンワールド>というゲームにおいては、必ずしも弓が銃に劣った武器というわけでは無い。


 弓は銃と異なり様々な種類の矢を選択することができ、特殊な効果を発揮する――たとえば毒を与えるとか着弾時に爆発炎上するとか――ものがあるのだ。また複数の矢を同時に放つアーツがあり、これは銃にはない特徴である。


 基本スペックと取り回し易さでは銃の方が、戦い方のバリエーションでは弓の方が優れているわけである。


 ――と、同じ銃を扱う先輩として悠司が説明をした。


「なるほど……、そういう特徴があるんですか。レクチャー有難うございます」


「いやいや、どういたしまして。……それでどうする? 弓の方がいいっていうなら、すぐに用意するけど?」


「うーん……、いいえ、このまま拳銃を使います。あ、でも武器を用意して頂けるなら、近接用にナイフか短剣があると嬉しいです」


「ふーん……、拳銃とナイフね。そうなるとレンジャーや忍者というよりも、現代的な暗殺者とか特殊部隊みたいね(ニヤリ★)」


「あはは、確かにそうかもですね。レベル二十までにいろいろ試してみて、自分に合っているスタイルを見つけたいです」


 グッと両手を握って語る千代は、気合十分といった感じである。


 その発言をやや斜め上に受け取ったらしい聡一郎が、腕を組んで感心したように頷く。


「……ふむ。いろいろやってみたいという事は、もしかして千代もなにか護身術の類を身に着けているという事なのだろうか? 良家の子女というのは、なかなかに凄いものなのだな」


「えっ!? いえいえ、私も一応それなりにトレーニングをして体力は付けていますけど、護身術の類は全然です。受け身を取れるくらい……ですね」


「そうなのか? どうやら俺の早とちりだったようだな」


「……というか、ですね」


 千代はその早とちりの原因となったであろう人物に、若干どんよりとした視線を向けて続ける。


「清歌お姉さまは、いわゆる“お嬢様”の中でも特に突き抜けていますので……。お姉さまを基準にするのは間違っているかと……」


「あ、やっぱり?」「ま、そうよねぇ」「ふむ。考えてみればそうか」「清歌さんレベルとなるとなぁ~」「清歌お姉さまですもんねっ!」


 下手に反論すると何倍にもなって返ってきそうな予感がした清歌は、ちょっと困った表情で肩を竦めるのであった。




 初心者支援アイテムセットと予備の武器として使えそうなものを幾つか渡し、ついでに早い内にレベルを上げておいた方が良い移動系のスキル類もプレゼントする。そしていくつかの注意点をレクチャーしたところで、取り敢えず新人ルーキー二人は町の外へと出ることとなった。


 テーブル席から立ち上がって二手に分かれようとしたところで、千代とアイコンタクトを取った凛が清歌に尋ねた。


「あの~、清歌お姉さま。ずっと気になってたんですけど……」


「ええ、なんでしょう? 凛ちゃん」


 凛と千代が清歌の隣で暢気にふよふよ浮かんでいる、可愛らしい猫っぽいナニかに視線を向ける。


「その……まるっこい子は、一体なんなんですか?」


「ああ、紹介し忘れていましたね。この子は私の従魔サーヴァントで、名前は飛夏といいます。ヒナ、二人にご挨拶を」


 清歌に促されて少し前に出た飛夏が、二人の目線の辺りまで降りてから、片方の前足をピッと挙げて一声鳴いた。


「ど、どうも……」「よ、よろしく……」


 二人は清歌に許可を取ると、そ~っと手を伸ばして飛夏に触れ、その極上の手触りにたちまち蕩けた表情になった。


 そんな妹たちの様子を見た弥生が、「さもありなん」と頷く。折角の初日、どうせなら空飛ぶ毛布も体験させてあげたいところだ。


 二人と別れた後、弥生たちは天都や田村たちと合流して、開店準備などに取り掛かる予定だ。ただ建物への出入りと内部施設の使用許可については、ギルドマスターである弥生がフレンド登録すれば設定することが出来る。つまり清歌が多少遅れるくらいは、大した問題ではない。


「ねえ清歌、折角だから二人に付いて行って町の外も……そうだな~、サバンナエリアの近場をぐるっと案内してあげたらどうかな?」


 弥生の言わんとすることを察した清歌はクスリと笑って頷いた。


「承知しました。では、私はその後でお店の方へ向かいますね。そういうわけですから、もう少し一緒ですよ。二人とも参りましょうか?」


「「はーいっ!」」


 三人と一匹を見送りつつ、声が聞こえなくなった辺りで弥生が口を開いた。


「きっと驚くんだろうね~、あの二人」


「初めて乗った時は、感動ものだったからな」


「驚くと言えば、ヒナの変身にも驚くんじゃないかしら?」


「うむ。あれはなかなかの衝撃だったからな」


 今ではすっかり見慣れてしまったが、かつては大きな衝撃を受けたことを思い出し、なんとなく懐かしい気分になる四人なのであった。





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