#10―01
マーチトイボックスの五人には長らく棚上げにしている事が一つあった。
「まあリストから候補は挙げてたから、もう選ぶだけだったんだけどね」
「だな。っつーか、俺は裁縫の中級を取るつもりだったから、何時でも良かったんだが……」
「私も似たようなものだけど……、先月はなんだかんだでドタバタしてたから、すっかり忘れてたのよね、私としたことが」
「文化祭は<ミリオンワールド>でも現実でも、忙しかったですからね」
「俺は忘れていたわけでは無いのだが……。新しいスキルを取得してしまうと、検証をしたくなってしまうからな」
現在は空高くに上がり、スベラギの風景を見渡せるようになったホームにて。五人はそれぞれお気に入りの魔物と戯れながら、秋の収穫祭イベントの報酬を選んでいた。
秋の収穫祭イベントが終わるとすぐに学校の体育祭が。それからまもなく文化祭に向けての映画撮影が始まり、文化祭が終わったら試験期間に突入と、途切れることなくイベントがあったため、一旦棚上げにしていた報酬を十二月になった今まで貰い損ねていたのだ。
映画撮影が終わった後の短い空白期間をイツキへの遠征に当ててしまったのは、こちらもずっと宙ぶらりん状態で、先が気になっていたからである。最前線ギルドがアルザーヌを発見したことに、対抗意識を持ったというわけでは無い。――とは言い切れないところも僅かながらあった、かもしれない。
さておき、五人が選んだ報酬はというと。
絵梨と悠司の生産組は単純明快、それぞれ錬金の中級と裁縫の中級タレントを取得した。本来は特定のNPCに弟子入りして、あれこれクエストをクリアするという面倒な手順を踏まなければ取得できないものなので、リストを見た瞬間に決まっていた。
悠司は裁縫を取って布や革製の防具を強化するか、木工を取ってオリジナル玩具のクオリティと生産効率を上げるかちょっと迷ったのだが、一応冒険をメインに掲げているギルドなので、裁縫を選んだのである。
弥生の選択肢は攻撃系アーツと防御系アーツに一つずつ候補があり、どちらも高性能で低コスト、その代わりクールタイムが非常に長いという、使いどころが難しいものだった。弥生はかなり迷った結果、前衛の壁役としての手札が少ないと思っていたので、防御系アーツの方を選択した。
聡一郎は対空攻撃の選択肢が少ないのがずっと気になっていたので、ちょっと変わった移動系アーツを取得していた。検証と訓練が必要になるだろうが、戦いのバリエーションは大幅に増えるだろう。特にボス戦などの巨大な敵に対して効果を発揮するはずだ。
そして清歌はというと、二つまで絞った候補のどちらでも構わないと思ったので、弥生たちに相談してみた。すると弥生と絵梨、悠司が一方を非常~に強くプッシュしたので、清歌は若干疑問に思いつつもそちらに決定した。
「ねね、清歌。早速試してみてよっ」
「承知しました。では……どの子にしましょうか?」
五人がそれぞれ放し飼いにされている清歌の従魔たちに視線を向けた。
「そね。んー……っと、羊にウサギ、リスなんかも良いとは思うけど……」
「いや、しかし定番はやっぱ犬と猫だな。だからまずは千颯か凍華じゃないか?」
「だったら従魔として先輩の千颯から……かな?」
このアーツを強くプッシュした三人が、妙に高いテンションで楽しそうに相談をしているのを見て、聡一郎が腕を組んで首を捻る。
「う~む、あの三人はなぜあんなにも興奮しているのだろうか?」
聡一郎の疑問に清歌は微苦笑を返す。なんとな~くだが、弥生たちが何を考えているのか分かるような気はするのだ。――ただ果たして三人が想像しているような結果になるのだろうか?
「では、千颯で試してみますね。千颯、ジェムに戻ってくれる?」
清歌の言葉に千颯が頷くとその大きな体が光に包まれて消え、次の瞬間には清歌の手元に従魔ジェムとなって返って来ていた。
「では……、<従魔依装>」
弥生たちが何やらワクワクした様子で見守る中、清歌がアーツを発動させると、千颯のジェムが強く輝いて胸に吸い込まれ、次いで清歌の全身が光に包まれた。
その光が弾け飛んで消え、アーツの効果を目の当たりにした四人は――
「ええっ!?」「嘘でしょっ!?」「なん……だと!?」「ほぅ……」
聡一郎を除く三人が愕然として呟き、揃って膝と手を地面についてorzポーズを取っていた。
「ええと、どんな姿になってるのでしょう……」
大袈裟な反応をする弥生たちの様子から察するに、彼女たちの想像とは異なる物になっていたのだろう。清歌は玩具アイテムコレクションの中から姿見を取り出して、自分を映してみた。
暗灰色のフサフサの毛で覆われ鋭い爪の生えている、千颯の手足そっくりのグローブとブーツ。腰にはこれまたフサフサで立派な尻尾が。そして何より目を引くのが、鋭い目にピンと立った耳、大きな犬歯が獰猛な印象を与える口元という、狼そっくりな頭だった。
鏡に映る清歌は、所謂古典的な人狼に近い姿になっていたのだ。
「なるほど、こういう風になっていたのですね」
頬に手を当てて、おっとりと首を傾げる仕草が似合わないことこの上ない。基本的に所作が優雅で女性的な清歌と、今の姿はかな~りミスマッチであった。
「手足はなんとなく分かるのだが……、その頭はどういう感じなのだろうか?」
聡一郎の質問に、清歌は狼の頭を両手でペタペタ触れながら答える。
「不思議ですけれど、こうやって手で触れることはできるのに。感覚は普段と全く変わりません。内側からは見えないマスクを被っているような感じでしょうか? 手足の方は外見通り、グローブとブーツを着けている感じです」
「ふむ、なるほどな。戦闘に支障はなさそうで良かった。……それにしてもなんというか、凛々しい姿だが、清歌嬢の普段の所作とは合わない感じもするな」
「ふふっ、それはまあ……。戦闘中には違和感が無くなるとは思いますけれど、ね」
「いやいやいや! 二人とも、そうじゃないでしょ~」
暢気に感想を言い合う清歌と聡一郎に、ようやく復活した弥生がツッコミを入れた。
清歌の取得した従魔依装というアーツは、控えの従魔を自分に憑依させて、その能力を丸ごとコピーするというものだ。従魔固有の技を使えるようになるが、人間用の装備品は基本的に使えなくなってしまうというデメリットもある。つまり単純なスペック的には、従魔そのものになるというわけだ。
なお、装備を“基本的に使えない”というのは、防具は全て使用できなくなるが、武器と盾については魔物の手がちゃんとそれらを保持できる構造であれば、持つことは出来るからである。付け加えると、ポーションなどの消耗品アイテムの使用も不可になっている。
そして説明には、このアーツを使用すると“使用者に従魔の外見的特徴が現れる”とあったのである。
この注釈を見た時、弥生たちは思ったのだ。ケモ耳と尻尾のある、所謂“獣人”になった清歌を見ることが出来るのではないか、と。
従魔依装を使った清歌は確かに獣人的外見となった。確かにゲームやマンガにはこういうタイプの――つまり頭と手足が獣そのものという――獣人もしばしば登場する。ぶっちゃけ、弥生たちの早とちりだったと言えよう。
「いやまあ確かに、外見的特徴は現れてる……がっ! こうじゃないだろ、開発さんよ!?」
「<ミリオンワールド>はプレイヤーに種族の選択肢は無いものねぇ……。この注釈を見たら耳と尻尾付きになるって、普通は期待するわよね。普通は」
「う~ん、ケモ耳と尻尾はあるけどさぁ~。……まぁ、これはこれでカッコいいかもしれないけど……。体育祭の時の清歌は可愛かったからな~……」
「「あー……」」
どうやら三人は、戦力アップだの戦術の幅が広がるだのといったアーツの性能ではなく、単純に清歌の従魔コスプレをした姿を見たかったらしい。清歌は苦笑して肩を竦めた。
ちなみに候補になっていたもう一方の方は、戦闘中に従魔を控えと入れ替えることが出来るというものだった。クールタイムが非常に長くボス戦でもなければ、一戦闘につき一回しか使えないものの、こちらの戦術の幅が広がるアーツだった。
戦力としてはこちらを選んだ方が向上しただろう。なぜなら、一体の従魔にMPが尽きるまでアーツや魔法を連発させ、しかる後に控えと交代させるという手が使えるからだ。それに清歌はそんな手を決して使わないだろうが、壁役にしてダメージを肩代わりさせた後に無傷の従魔と交代させるという手もある。
そんなことは承知の上で敢えて従魔依装を強くプッシュしたというのに、結果がこれでは、落胆するのも無理からぬこと――かもしれない。
なお、清歌は戦力的にはもう一方のアーツが、個人的な使い勝手としては従魔依装の方が良いと思っていたので、何も後悔は無い。
よく単身で索敵や偵察を行う清歌は、飛夏のアクティブな魔物からも襲われないという能力を重宝しているのだが、それと同じくらい雪苺のエイリアスによる広域探索も便利に使っている。これまでは飛夏の能力の性質上両立はできなかったのだが、従魔依装を使用することで、それが可能になるのだ。
なので、清歌は外見がどうであろうと構わないと思っている。――のだが、こんなにもガッカリしている弥生たちの姿を見ると、なんとなく悪いことをしてしまったような気がしてしまう。どうしたものだろうか?
何やら開発のセンスに関しての不満――というかもはや難癖になっている――をグチグチと言い合う三人から目を逸らしつつ、清歌は別の従魔も試してみようかとウィンドウを操作して、従魔依装にはオプション項目があることに気付いた。
「あら? “外見的特徴の再現レベル”というオプション項目があり――」
「ナヌッ!?」「本当に!?」「清歌、それで今のレベルは?」
清歌の呟きに、三人がマッハで食いついた。
「高、中、低の三段階で、今は高い設定になっています。ええと……中にしてみますね」
ウィンドウの選択肢を中に設定すると、アーツを使った時と同じような感じで頭と両手両足が光に包まれてからはじけ飛んだ。
すると肘まであったグローブは手首までに、膝までのブーツは踝までになり、狼そっくりだった頭はいつもの清歌に戻り、ピンと立った耳がついていた。狼の首から胸元にあるフサフサの部分は残っていて、マフラーというか毛皮の付け襟のようになっていた。なお尻尾に変化はない。
「ばんざ~い! ケモ耳清歌だ~っ!」
「そうそう! こういう姿が見たかったんだよなぁー」
「あ、髪の色が千颯に合わせてちゃんと変わってる。芸が細かい……」
「本当にね。それにしても……、普通ならこれをデフォルトの設定にしておくでしょうに、全くココの開発スタッフと来たら……」
「……ふむ、考えてみれば、この手の性能には無関係のオプションは、これまでもあちこちに仕込まれていたのだから、最初に気付くべきだったのかもしれんな」
非常にテンションが上がっている三人に、冷静な聡一郎が鋭いツッコミを入れる。至極もっともな言葉ではあるのだが――
「いや……、だからって何も最初にガッカリさせる必要はないだろう」
悠司のボヤキの方が納得できたのか、弥生と絵梨は頷いていた。
ともあれ、清歌が当初想像していたようなケモ耳娘になってくれたのだ。弥生はぜひともお願いしたいことがあったのを思い出し、スススッと清歌の傍に移動した。
「ねね、清歌。耳に触ってもいいかな?」
「はい。どうぞ、弥生さん」
ペコリと下げた頭にピンと立つ三角の耳にそっと手を振れる。フサフサの柔らかな毛の感触が心地よく、撫でるとふにょっとした弾力を返しつつペタリと折れ、手を放すとピンと元に戻る。現実の柴犬の耳に触っているような感触である。ヌイグルミのケモ耳カチューシャではこうはいかない。
「これって、どんな感覚になってるの?」
「触れられているというのは分かりますけれど、その耳自体には感覚は無いようですね。カチューシャに付いた作り物の耳に触れられている感じに近いです」
「ふむふむ。じゃあ自分では動かせないんだ」
「ええ。どうやら感情に反応して自然に動くみたいです。これは尻尾の方も同じですね」
「へ~、尻尾もフサフサだね~。……どれどれ」
弥生はササッと背後に回ると、ゆらりと揺れている尻尾を手に取ってギュッと抱き締めた。こちらはまさしくモフモフとした感触で、触れているとなんだか幸せな気分になってくる。このまま清歌ごとお持ち帰りしたいくらいだ。
「ちょっと弥生? いつまでそうやってるつもりなの? ヨコシマな感情がダダ漏れてるわよ(ニヤリ★)」
絵梨の揶揄に弥生はギクリと硬直した。
「な……、ななっ、なにをおっしゃるのやら。わたしにはわかりかねますことですよ?」
ビミョ~に片言で返事をしつつ、弥生は視線を明後日の方へ向けている。分かりやすく挙動不審であり、絵梨の言葉が的を射ていることを証明していた。
「なにやってんだか……。んじゃ次は再現レベルの低を確認しちまうか?」
悠司の助け舟を兼ねた提案に清歌は乗り、ウィンドウから再現レベルの低を選択した。するとグローブとブーツ、そして襟が先ほどと同じようなエフェクトと共に消えてしまう。
こうなると見た目の違いはもうケモ耳と尻尾だけなので、もはやちょっと変わったアクセサリーを身につけているようにしか見えない。
ちなみに普段と同じ手になってはいても、従魔依装を使用しているには違いないので、やはり武器を持つことはできない。では手足の爪による攻撃はどうなるのかというと、意識すると半透明の爪がちゃんと現れるようになっていた。グローブの爪以外の部分が透明になっている、という感じだった。
一番可愛いから――だけではなく、戦闘での感覚が掴みやすいという理由から、デフォルトは中にすることにして、一旦清歌は従魔依装を解除した。
そして次に、一番出番が多そうな雪苺――飛夏は特殊過ぎるからか対象として選択できなかった――の従魔依装を試してみることにする。このアーツは戦闘時だと解除してから四十分という、かなり長いクールタイムが設定されているのだが、戦闘時以外ではそういう制限が無い為、すぐに検証ができるのだ。
雪苺のジェムでアーツを使った清歌には、頭の上に白いフワモコな丸い帽子が、手と足には同じ白いフワモコのグローブとブーツが、そして腰からは細い尻尾が生えていて、その先っぽには白いフワモコな球が付いている。
「へ~、ユキは白い毛玉だからどうなるのかな~って思ったんだけど……」
「なんか、普通に可愛い感じになってるわねぇ……」
「なんつーか、拍子抜けっつーか、ちょっと意外……か?」
「……お前たち、別に普通に可愛いのならばそれでいいではないか?」
開発の流儀に毒されてしまっている三人を、聡一郎が窘めるというやり取りにクスリと笑みを浮かべつつ、清歌は雪苺の能力を順番に検証していき、全て問題なく使用できることが確認できた。なおエイリアスに関しては、清歌の分身が現れるのではなく、マリワタソウが現れるという仕様である。
「これで偵察が今まで以上に、安全確実にできそうです(ニッコリ☆)」
言っていることはもっともなのだが、魔物に襲われるという危険性とはまるで別の方向で、たまにとんでもない無茶をやらかすことがあるので、弥生は「安全確実」という言葉に疑惑の視線を向けている。
「ま、魔物に襲われる危険性が減るのは確かよね。それ以外の危険性については分からないけど」
「ええと……、コホン。検証はこの位で良さそうですね。今日はこれから――」
不利を悟った清歌は、都合の悪い話題については華麗にスルーして、何食わぬ顔で話題をこれからの予定について移そうと試みた。
「あ、ちょい待ち。気になってたんだが、雪苺の再現レベルを高にしたらどうなるんだ?」
言われてみれば――と清歌は首を傾げる。思ったよりも可愛らしい姿になったが、これは中レベルの姿だ。低レベルはなんとなく想像がつく。恐らくグローブとブーツが無くなるとか、シュシュのような感じになるとかだろう。しかし甲レベルにした場合はどうなるのだろうか? 千颯の高レベルを踏まえると、斜め上の姿になりそうな予感がする。
「もしかして、雪だるまのようになるのでしょうか? 面白そうですね。見てみましょう」
「えっ! ちょ、まっ……」
雪だるまの着ぐるみを着たお嬢様ってどうなんだろう――などと思った弥生が止めようとするも時既に遅く、清歌が光に包まれてしまった。
そして現れた、再現レベル高の姿はというと――
「あはははは……。これはっ、どっ、どうなんだ?」
「ププッ、思ったよりも……まともっ、プッ、かしら?」
「はははっ、しかし、これはっ……、清歌嬢だとギャップが激しいな」
「も~……、なんとなくこんな風になる予感がしてたんだよぉ~~」
――弥生を除く三人には大ウケであった。
首から膝上くらいまでをフワモコの球体にすっぽりと覆われ、手足は先ほどと同じまま、尻尾は長く先っぽの毛玉も大きくなり、頭の上にはヘタの形をした帽子が乗っている。一言で言うと、巨大マリワタソウから手足と頭が生えているという感じだ。
どこぞのゆるキャラの着ぐるみっぽく、いい加減に作られたキャラクターよりもよっぽどマトモな感じはする。――これを着ているのが清歌でなければ。
巨大マリワタソウからスラリと長い手足が伸び、天辺には完璧に整った美少女の顔が乗っているのはギャップがあるどころの騒ぎではない。お嬢様に何かの罰ゲームをさせているようにも見えてしまう。
が、当の本人は妙に気に入ったらしく、姿見に自分を映しながら手足を動かしてみたり、体を捻ってみたりしている。
「これは面白いですね。モコモコに包まれているのに、体の動きが全く阻害されません。ですから、恐らく屈むと……」
清歌が屈み、腕も体にぴったりとくっ付け、頭も下げてみる。するとそこには正真正銘、巨大マリワタソウが誕生していた。――悪戯には使えるかもしれない。
他にも何体かの従魔で試してみたところ、再現レベルの高は妙にリアルだったり、着ぐるみっぽくなったりすることが分り、結局は全て中レベルに設定するのが無難だろうという結論に落ち着くのであった。
「考えてみますと、すぐに取得していれば、映画撮影に使えたかもしれませんね」
「あっ! そうだよね。宿屋のお客さんに人狼がいたりしたら、インパクトはあったかも。まあ着ぐるみの方は、映画でも使い道が無いけど」
「ふふっ、そうですね。使えるとしたら……、お店の呼び込みをするときくらいでしょうか?」
「(確かに話題にはなりそうだけど……)やらなくていいからね、清歌。やるとしても中レベルで十分だから。……そっ、そんな顔してもダメなんだから!」
「はぁ~い、わかりました、弥生さん」
マーチトイボックスが店舗の購入し、オーナーというか大家的な立場になる事と、玩具も店に置き売り子もやってもらう代わりに家賃をタダにすること。そして魔物カフェの構想についての話をすると、天都と五十川、そして新たに冒険者デビューする田村と近藤は二つ返事で承諾した。
最初から自分たちのレベルの低い生産品だけで、お店の経営ができるわけも無いことは分かっており、どうしようかと考えていたところだったので、この提案は渡りに船だったのである。
ついでに言うと、天都と田村は実際に行ったことは無いものの、猫カフェなるものに興味を持っていたらしく、魔物カフェに大層興味を持ったのである。意気投合した二人は、今度取材がてら猫カフェ体験に行ってこようなどという計画まで立てていた。
――その時、五十川が声を掛けようとして出遅れ、肩を落としているのを見て、清歌たちが心の中で彼にエールを送っていたのは完全な余談である。
ともあれ、店舗計画にはゴーサインが出た。それはつまり実働テストの半ばからこっち、営業は途切れ途切れであるもののずっと同じ場所を陣取ってきた露店を、遂に引き払うことを意味している。
ちょっと名残惜しい気持ちを抱えつつも、五人は引っ越しの準備にとりかかった。引っ越しといっても、<ミリオンワールド>では品物などを運ぶ手間はほとんどない。むしろちょくちょく顔を出してくれるお客さんへ移転の告知をすることや、露店のご近所で顔なじみになったスベラギの住人への挨拶などの方が重要である。
特に告知の方は重要である。最近は掲示板と出力サービスの件による宣伝効果で、割と有名になってしまったこともあり、何も言わずに雲隠れするというわけにはいかないのだ。彼女たち自身が掲示板で情報を発信すればいいのだが、おもちゃ屋にそこまで力を入れているわけでは無いので、積極的に宣伝をする気はないのだ。
そんなわけで告知も兼ねて、ここ最近は休みがちだった露店を毎日三時間ほど、時間をずらしつつ開けることにした。田村と近藤が冒険者デビューするは次の日曜日なので、そこで露店の方は閉店とし、その次の土曜日にリニューアルオープンするというスケジュールである。
タイムラグの約一週間は、お店の準備や新人二人のスキルとレベル上げを行う予定である。またもう少し頑張れば天都と五十川がレベル二十に到達しそうなので、この間に新ギルドの立ち上げも出来そうなのだ。
「お姉さま、こんにちはっ! わ~、なんかクリスマスっぽいですね~」
「こんにちは~。お久しぶりです」
「あら、いらっしゃい。チョコさん、チュンチュンさん」
似顔絵の客さんが一段落し、売り子の手伝いをしていると、収穫祭イベントで一緒のチームになったチョコとチュンチュンが店を訪れた。二人は今日も仲良くウリ坊と小鳥を連れて歩いていた。
チョコの言った「クリスマスっぽい」というのは露店の飾りつけのことだ。マーチトイボックスの露店は現在、様々な形のオーナメントが宙に漂い、黄色やオレンジの淡い光が灯っているのだ。これらはもちろん、清歌が急遽作り上げたコミックエフェクトによるものである。――ツリーが無いのは、単純に時間が無くて完成しなかったためである。
「掲示板で今日はこの露店が開いてるって見て、急いで来たんですよ~」
「ここ最近、お休み続きでしたよね?」
「ええ。ちょっと現実でもこちらでも忙しくしていたものですから、露店まで手が回りませんでしたね」
「何をされていたんですか?」
「文化祭関係ですね。あとは……秘密です」
「え~~!?」「お姉さまのいる文化祭……。くっ、行きたかった」
映画に関することを話さなかったのは、仲間内でそう決めていたからである。清歌たちが文化祭で製作した映画は、適当なキャラクターに差し替えられたバージョンの物が、公式サイト上で既に公開されている。それを見て自分達だとバレることはまず有り得ないというのに、自分から話してしまっては意味が無い。
ちなみに彼女たちは同じ建物を使って店を始めるわけであるが、店の内装をデフォルトに戻してあるので、そう簡単にバレることは無いはずである。
映画の話はともかく、新しい町の話はしてもいいかもしれない。それとも先に、移転の話をしておこうか――などと考えていると、顔見知りがもう一人店にやって来た。
「こんにちわぁ~、来たわよ~。……って、あら、海月姉さんのところの子たちね。お久しぶりね、元気にしてた?」
「こんにちは~。はいっ、元気ですよ。ウチのギルマスも元気にしてます」
「っていうか、最近は従魔も少しずつ増えてきて、ギルマスは元気過ぎるくらい張り切ってます」
「あらら。……でも元気なのは何よりだわ」
と、そこへ弥生がひょっこりと顔を出した。イベントではお世話になった上に、露店のお得意様であるオネェさんには、こちらから移転のお知らせをしようと思っていたので、ちょうど良かったのである。
「こんにちは~、ご無沙汰してます。ちょっとお伝えしておきたいことがあるんですけど、実はこの度、この露店は閉じまして――」
「ええっ!!」「そ、そんなっ!」「やめちゃうんですか!?」
話を最後まで聞かず、過剰な反応をする三人を見て、清歌と弥生は思わず顔を見合わせて苦笑した。
「え~、露店は閉じますけどお店は止めません。実は店員さんとかの目途が立ったので、お店をオープンすることにしたんです。とはいっても、私たちの玩具アイテム専門店ってわけじゃなくて、スイーツとか装備品なんかも並べる予定なんですけどね」
「店仕舞いするんじゃなくって良かったわぁ……」
ホッと胸を撫で下ろしたオネェさんが、顎に手を当てて「なるほど」と頷く。
「この間のアプデで飲食物にバフ効果が付くようになったものね。プレイヤーの飲食店なんて、今はまだどこにもないし……。流石、アナタたちは目の付け所が違うわぁ~」
称賛してくれるのは嬉しいが、今回の喫茶店に関しては完全に成り行きである。たまたまアップデートのタイミングに合っただけの話なので、手放しで褒められると少々居心地が悪い。
「あはは……ま、まあそういうわけなので、今後ともよろしくです。お店の場所とか詳しくはソコのポスターに書いてありますので」
「……あ、気付きませんでした」「えーっと、ちょっと奥まったところですね」「なるほど、隠れ家的な場所を選んだのね」
いいえ、違います。撮影用に探した物件で、そもそも用途が違ったんです。――という言葉は飲み込んでおく。
ちなみに魔物カフェであることは記載していない。お客さんへのサプライズにアイディアの秘匿――という意味も無くは無いが、まだ本当に可能かどうか試していないので記載できなかったのである。
「ココのおもちゃがいつでも買えるようになるのは嬉しいんですけど……」
「お姉さまはいないんですよね……」
チョコとチュンチュンがしょんぼりと肩を落とす。
「そうですね、いないことの方が多いでしょうけれど、それは今までも同じようなものでしょう? あと、似顔絵は続けるつもりですから、たまには店にいると思いますよ」
「……考えてみれば、これまでが不定期だったんだから、似顔絵についてはなにも変わらないってことよねぇ。なんにしても、お店を開くんだからめでたいことね。そっちも一番乗りを目指そうかしらねぇ~」
まったくの偶然ではあるが、告知活動初日に知らせておきたい人たちに伝えることが出来たのは僥倖だったと言えよう。
そして何故か異様に顔の広いオネェさんに伝わったことにより、マーチトイボックスの露店が移転する情報は予想以上に早く、広範囲に広まっていくのであった。