#10―00
今回から新章となります。よろしくお願いします。
文化祭が終わりその後片付けが終わると、百櫻坂高校はお祭りムードから一転して後期中間試験モードに突入する。
清歌たちは今回も<ミリオンワールド>を利用して試験勉強を行い、皆平均を余裕で上回る結果を残すことが出来た。ちなみにこの間、試験勉強の後にはイツキの町を手分けして歩き回り、主要な施設などの把握と島の情報収集をしていた。
これは余談だが、文化祭の直前くらいに<ミリオンワールド>の試験勉強活用法は天都には弥生から、五十川には聡一郎からこっそり伝えておいた。試験が終わった後に女性陣が天都を問い詰めて見たところ、結局未だに借りっぱなしになっている例の店舗を使って、二人仲良く試験勉強をしていたそうな。
そして月が替わり十二月。街がクリスマス一色に染まり、百櫻坂高校ではどこかソワソワした雰囲気が漂い始める。というのも、クリスマスイブであり終業式でもある二十四日にはクリスマスパーティーが開かれるからである。
終業式が終わった後から始まり、合唱や演劇、朗読劇、人形劇などが音楽室や教室などで上演されるというイベントである。もちろん題材はクリスマスに因んだものだ。また料理系部活動と学食が協力して、ケーキを始めとする各種スイーツも作って振る舞われる。
そしてメインイベントは夜になってから開催されるダンスパーティーだ。ダンスと言っても所謂クラブと呼ばれる場で踊るようなものではなく、由緒正しいボールルームダンス――実行委員会は四年前まで社交ダンスと呼称していたが、世相に合わせて変更したらしい――である。
そして校内が落ち着かなくなる原因はこのダンスパーティーにある。なぜならばこれにはペアでの参加が義務付けられているからである。
「それってもしかして、このダンスパーティーにペアで参加して踊った二人は永遠に結ばれる……な~んて伝説がある、とか?」
未だ借りっぱなしになっている例の貸店舗に、マーチトイボックスに天都と五十川を加えた計七人が集まっていた。本来の議題はこの貸店舗をどうするか――なのだが、おやつ片手に駄弁り始めたら、いつの間にやらクリスマスパーティーの話になってしまっていたのである。
「えっ? 百櫻坂高校にそんな伝説があるのか!?」
「どこのギャルゲーよ、ソレ」「現実では聞かない話だよなぁ」
弥生のボケ――の、ハズである。たぶん――に五十川が何故か目を輝かせて問い返す。が、絵梨と悠司が即座にツッコミを入れた。
無論、そんな都合のよい伝説があるわけでは決してない。ないが、この手のイベントにかこつけて想いを告白したり、その探りを入れたりするのはよくある話で、校内にどこか浮ついた、或いは一部で妙な緊張感のある雰囲気になるのはその所為である。
ちなみに誘う側としては最低限踊れるようになっていなければサマにならないので、この時期はダンス部や踊れる先生らが昼休みや放課後を使って講習会を開催している。必死になって覚えようと頑張る者がいる一方、最初からペアで講習会に参加して和気藹々としている者がいて、毎年カオスな様相になるのだとかなんとか。
「う~ん、ダンスの方はパスかなぁ。踊れる気が全然しないよ」
弥生がトホホな表情でマグカップに入ったココアを啜る。運動が苦手な弥生にとってはちょっと厳しいイベントだ。フォークダンスのように振り付けがうろ覚えでも割と許されるような緩いダンスならまだしも、ステップをキッチリ覚えなければならないものだとハードルがかなーり高い。
ちなみに絵梨と悠司もダンスには参加するつもりは端から無かったので、講習会に参加しようという声は全く上がらなかった。いつもの五人だとどうしても一人あぶれてしまうというのも理由の一つだ。
「ダンスのステップというのにも少し興味はあったのだがな……。悠司はそう思わなかったのか?」
「んー、まあ、この機会に頑張って覚えとくのもいいかとは思ったんだが……、やっぱちょっと気恥ずかしいものがあるというかなんというか……」
「ふふっ、最初はそうかもしれませんね。始めてしまったら意外と気にならなくなるものだと思いますけれど」
「……そういえば、清歌はやっぱり踊れるの?」
「はい、スタンダードなら一通り。ラテンの方は練習したことはありますけれど、実際に踊ったことは無いですね」
流石は生粋のお嬢様だけあって、ダンスもしっかりと躾の一環として叩き込まれているようだ。スタンダードとラテンが何を指すのか弥生には良く分からなかったが、恐らく一口にボールルームダンスといっても曲のジャンルに違いがあったりするのだろう、と当たりを付ける。
「ま、“私らの方は”ダンスの方は不参加ってことでいいわよね」
絵梨が言葉の一部を妙に強調する。天都と五十川の方へチラリと視線を送ると、二人とも挙動不審気味で、互いにあえて目を合わせないようにしている。――ニヨニヨと生暖かく見守りたい光景であった。
「……ああ、そういや、逆の形で参加する奴らもいるらしいな」
「逆っていうと、ダンスパーティーの方にだけ参加するってこと?」
終業式が終わった後帰宅し、その後ダンスパーティーの時間になってから高校に戻って来るという形で参加するのだ。これは要するに、学校が終わってからデートして来て、夜になったらそのまま二人で会場に戻って来るということである。
「それはなんていうか、すごい堂々としてるカップルですね……。ちょっと尊敬します」
天都の言葉は、呆れているというよりも単純に感心しているというニュアンスだ。
「それは同感。でも毎年結構な数がいるらしい。だからダンスパーティーの方は私服でも可ってことになってるって話だ」
「……なんか服装がバラバラになっちゃわない、それって」
そもそも制服がダンスに合っているかと言われればそれも疑問なのだが、学生の正装と言えば制服なのだから、そこは良しとしよう。しかし男女ともにGパンを着たカップルがダンスとなると、確かに「それはないだろう」と首を捻るところだ。弥生の疑問はもっともと言えよう。
「ああ、だから私服で参加する場合は、男子はブレザー着用でジーパンは禁止、女子は膝下よりも丈のあるスカートを着用っつー決まりがあるんだと」
「ふーん、緩いドレスコードがあるってことなのね」
流石はそれなりに歴史を重ねているGIIイベント、すぐに思いつくような問題についてはちゃんと対策が取られているようである。
その“対策”を聞いた清歌は軽くパチンと手を合わせると――
「いいことを思いつきました。弥生さん、私が男装しますから、一緒に参加しませんか?」
――などと、ニッコリのたまった。
「ふぇっ!?」「あら、いいじゃないソレ」「ふむ、なるほどな」「そういや、男女ペアとは書いてないよなぁ」
ちなみに清歌は男性側のステップもバッチリ覚えているので、そちらに関しては何も問題は無い。弥生の方もこれからクリスマスまで、清歌とマンツーマンで特訓すれば基本的なステップくらいは覚えられる――かもしれない。
「む、無理無理! 無理だよ~。清歌と一緒は心強いけど……、やっぱり他の人とも踊るわけだし……そもそもダンスなんてガラじゃないよ~」
「どうしても、参加したくありませんか? 弥生さん」
清歌が手を組み合わせてうるうるとした目で見つめるという、ちょっとわざとらしいおねだりポーズで弥生に迫る。
「はぅっ! そ……そそ、そんな目で見てもダメだよ、清歌。今回は参加しないって決めたんだから」
「……残念です。それでは仕方ありませんね」
弥生が一瞬たじろいでもきっぱりと否定したので、清歌はそれ以上食い下がることなく引き下がった。
「ダンスパーティーに参加するかは別問題として、嗜みとしてダンスを覚えておくこと自体は良いと思いますよ。いつかどこかで、必要に駆られることがあるかもしれませんし」
弥生たちは思わず顔を見合わせた。清歌の言葉の前半については理解できる。例えばダンスが出来るかと問われた時、「全くできません」と「一応、基本的なステップくらいなら」とでは大きな差があるからだ。
しかしながら自分たちが、ダンスが必要となる場に引っ張り出されることがあるとはどうしても思えない。つまり役に立つ可能性が限りなく低いわけで、どうにもヤル気が湧かないのである。
「とにかく今年は、ダンスについては様子見かな~。どんな感じかちょっと覗いてみて、面白そうだったら来年は前向きに検討するってことで」
「ま、それでいいんじゃねーか。実際一年生の参加者は少ないらしいし。……それにしても、同性ペアっていうのは盲点だったな」
と、ここで天都が、ある種の属性を持つ人間――主に女性に多い――にピンポイントで作用する爆弾を投下した。
「……それって、男性同士でもイケるってことですかね?」
「「「「「………………」」」」」「フフフ……(ニヤリ★)」
ドレスコードを守れば性別は問わない――という理屈を適用するならば、当然男性同士のペアでも可ということになる。つまり一方は女装男子――男の娘というべきか?――になるわけだが、相当の気合を入れて化けないとビミョ~にネタ臭が漂う結果になりそうだ。
割とフォーマルな雰囲気になりそうなダンスパーティーという場で、それはちょっとマズいのでは、と思う清歌たち五人の反応はもっともなものであろう。
しかしこのメンバーの中にも目をキュピーンと輝かせる者が約二名存在した。念の為に補足すると、彼女たちはその界隈ではかなりライトな層であり、あくまでも物語の一ジャンルとして受け入れているというだけである。
「ま、理解できない子もいるから、この場では掘り下げないでおきましょ。今は」
「うん、そうだね。……別の機会にってことで」
微妙に引かれている空気を敏感に察した絵梨と天都が、何やら怪しげな密約を交わしてこの話題に幕を引く。あくまでもライトな層の彼女たちには、こういった分別がちゃんとあるのだ。
ちょっと話が逸れてしまったが、今回の集まりはこの店舗を今後どうするかについて話し合うためである。
マーチトイボックスの基本方針では、店舗を構えて玩具屋を経営する気は、今のところ無い。
では何故こんな話し合いの場を設けたのかというと、文化祭の映画を一般公開する話が正式に決まり、クラスから二人の新たな冒険者が誕生することになったことが事の始まりである。
二人分の冒険者アカウントの抽選は予想通り難航した。「ジャンケントーナメントにしよう」「いや、先ずはどれだけ熱い思いを持っているかで篩に掛けるべきだ」「いや、それでは客観的に判断できない」「冒険者の抽選に何回落ちたかで優先順位を決めよう」「そりゃ、お前の運が悪いだけだろう……」などなど。真剣ではあるが、今一つ建設的ではない議論の末、結局オーソドックスな“くじ引き(恨みっこなし)”で抽選することとなった。
ちなみに、既に冒険者である六人は最初から議論に参加していない。下手に参加して「今足りてない役割は何?」などと聞かれた暁には、揉め事に巻き込まれるのがほぼ確定してしまうからだ。
そんなこんなで冒険者の権利を勝ち取ったのは文化祭でお菓子作りを主導した田村と、近藤米斗という男子生徒だった。ちなみに近藤は、ぽっちゃり体形で人畜無害な容姿をしており、その外見通り食べることが大好きな人物である。そしてMMORPG経験者でもある。
田村は心置きなくスイーツづくりをするために、近藤は生産職でお金を稼ぎ、カロリーを気にせず好きなものを食べまくりたいという動機で、それぞれ<ミリオンワールド>をプレイするつもりだった。
偶然二人とも生産職寄りのスタイルであり、少し前から始めていた天都と五十川に相談したところ、いっそ合流して四人でギルドを作り、文化祭で利用した店舗を利用できないか――という話になったのである。田村と近藤はエキストラとして映画にも参加しており、四人ともあの場所にちょっとした思い入れがあったのだ。
折しも十二月のアップデートにより、プレイヤーの作った料理アイテムには品質によってバフ(強化)効果が付くようになったので、スイーツをメインとした飲食店をオープンするには絶好のタイミングでもあった。
これは余談だが、料理に関するアップデートは当初、いわゆる空腹度を導入することも検討されていたのだが、冒険はなるべくストレスが無いようにするという基本方針に悖ることになるので却下され、代わりにバフ効果をつけることになったのである。なおこれに伴い、プレイヤー製の料理アイテムは、玩具アイテムから消耗品へと分類が変わっている。
さて、ここで問題となるのは店舗の扱いだ。現在この物件は借りているものなのだが、長期間借りるならいっそ購入してしまった方がお得だ。しかし、まだまだ駈け出しである天都と五十川にはそんな資金は無い。
「――っていう話なんだけど……」
「う~~ん……、なるほど……ねぇ~」
五十川から説明を受けた弥生は、腕を組んで眉根を寄せる。
資金的に言えばさほど問題は無い。主な装備品や消耗品はギルド内で用意し、その素材も自分たちで集めて来た物なので、最近では出費と言えばおやつと飲み物を買う時くらいになっている。一方で、たまに開く露店は、現実出力サービスによる宣伝効果もあってなかなかの売り上げなので、ギルド資産は増える一方である。
弥生はちょっと相談すると断ってからチャットに切り替えた。
『う~ん、皆はどう思う? この話』
『単純に資金的な話をするなら、特に問題は無いわよ……けどねぇ』
『まあ、最終的に買い取ってくれれば問題は無いな。何ならローンでもいい。……でもなあ』
『うーむ……、しかし最初からそこまで協力してしまってよいものだろうか? こう……なんというか、自力で店を開く楽しみがなくなってしまうのではないか?』
『そうなんだよね~。ちょっと良い装備をあげるくらいの協力ならともかく、店を丸ごと一件っていうのはどうなんだろう……?』
協力するのは吝かではないが、果たしてそこまでやってしまっていいものだろうか? 或いはこの協力が、少しずつ欲しいものを手に入れていくというゲームの楽しみを奪うことになりはしないか? そういう引っ掛かりがあって、どうにも結論が出せないのである。
『それほど難しく考える必要は無いのではありませんか?』
それまで黙っていた清歌の意見に、四人が耳を傾ける。
『この話はつまり、私たちマーチトイボックスがオーナーとなって田村さんたちにお店を任せる、ということですから』
店を開く主体はあくまでも自分たち、穏やかな表情のままそう清歌は言う。
当然自分たちの商品も店内に並べ、田村たちにはその売り子さんも兼ねてもらう。そして売り子としての賃金(バイト代)は、店の家賃と相殺という事にすればいいだろう。玩具の在庫については、週一で減った分を補充するなどのルールを決めれば、こちらの冒険の負担になることは無い筈だ。
自分たちがオーナーになって店を経営するという発想があっさりと出てくる辺り、やはり清歌は黛家のお嬢様なのである。
『なるほどねぇ……。こっちは露店の代わりに店を出せる。向こうは売り子をする代わりに家賃タダで店を持てる。それならウィンウィンの関係ってやつね』
『冒険者向けの飲食店を開くには立地がちょっとアレだが、幸い俺らの露店はそこそこ知名度があるからな。それがいい呼び水になるんじゃないかね』
『ふむふむ、玩具も売ってる喫茶店……うん、面白そうかも』
『ふふっ、それだけではありませんよ、弥生さん』
清歌がちょっと悪戯っぽい笑顔で続ける。
『私たちがオーナーという事は、ここも拠点になるという事です。先ほど確認してみたのですけれど、従魔の放し飼いも出来るようです。つまり……、魔物カフェにできるということです(ニッコリ☆)』
実にイイ笑顔でのたまう清歌を見て、弥生たちは悟った。オーナーだの双方に利があるだのといった理屈はいわば方便で、真の狙いはソコにあったのか――と。
『魔物カフェ……、それいいかも。っていうか、私が行ってみたい』
『いずれ類似店は出てくるかもしれないけど、今なら話題は独占ね』
『ふむ……しかしそうなると、田村さんだけでは店を回せなくなりはしないか?』
『あくまで魔物が住み着いてるカフェ……みたいなスタンスなら、そこまでにはならないんじゃないか? まあなんにしても、客寄せ効果はあるだろうが』
ともあれ、清歌の提案に異論は出なかった。お客さんが多過ぎて大変という状況になるかは蓋を開けてみなければわからないので、そうなったらなったで対策を練ればいい。
『よしっ! じゃあ、天都さんたちにはそういう方向で伝えるけど、いい?』
『はーい』『うむ』『フフ、儲かりそうね』『在庫増やしておくかな~』
――こうして、クラスメートの新たな参戦に合わせて、マーチトイボックスは露店からしっかりとした店舗のオーナーへとクラスチェンジするのであった。