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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第二章 <ミリオンワールド>のはじまり
13/177

#2―03 チュートリアル(3)

チュートリアルで一話の予定でしたが、かなり長くなってしまったので分割しました。

 VR接続デバイスの設置されている部屋に入って最初の印象は、おそらく万人に共通したものになるだろう。


「完全にSFだな、こりゃ」


 悠司の言葉は感嘆しているのか、それとも呆れているのか微妙なところだった。そして、こういうことを言うと、当然のごとくツッコまれるのが彼らのスタンダード。


「むぅ。しかしコレが現れる前は文字通りSFの世界だっただろう?」


「そうねぇ、今だってSFに片足突っ込んでいるようなもんだし?」


「わはは……、そう考えればSFっぽくても何も問題ないよね?」


 事実、その部屋からはSFっぽさを感じられた――というかSF的に過ぎた。


 部屋はほぼ正方形で全体が乳白色の材質で統一されており、間接照明による明るい光に満ちている。中央には大きな柱が天井まで伸びていて、その周囲を取り囲むようにVRデバイスと思しきリクライニングシート風の椅子が六個、柱の方に頭を向けて放射状に設置されていた。VRデバイスの周囲は最大で1.5mほどの高さのパーティションで六角形に区切られていて、頭から足元にかけて徐々に低くなっている。真上から全体を見ると柱を中央に六角形を配置して、同じサイズの六角形を周囲に六個並べたような形だ。そしてVRデバイスがもう一つ壁際の角に設置されているのだが、こちらはパーティションで区切られていない代わりに、いわゆる宇宙戦艦の艦長席的なメカニカルな台座に乗っている。


 これだけでも結構SF的な演出を感じるが、その上柱にはインジケーターと思しき――しかし実際には意味がなさそうな光が、残像を残しながらに上に向かって走っているし、VRデバイスに向けて三角形の矢印と1~6のナンバーが床に振られてもいる。さらにデバイス側から柱に向かって、ぶっといものと細いものがセットになったチューブが、わざわざ目に付くように伸びている。そもそもこの部屋に通じる自動ドアが、ほぼ正方形の両開きで中央にエッジが斜めの凹凸で噛み合わせがあり、なぜか天井側の角は斜めに落とされているという、いかにもな感じの造りになっていたのである。


 ここまで来ると、何某かの意味があるのか悪ふざけなのかはともかく、意図的に演出されたものであるのは間違いない。悠司の突っ込みもその辺りに対してなのである。


「お前ら、分かっているのにわざわざツッコムのは止めてくれまいか?」


「む、分かっている、とは?」「ヲイ(聡一郎は……やはり素か!?)」


「……けれど、敢えてツッコまれそうなことを仰って下さったのですから、それをスルーするのは礼を失するというものでしょう(ニッコリ☆)」


「ププ!」「そうね(ニヤリ★)」「む、フリだったのか」「……」「……ぷっ」


 完璧なお嬢様スマイルで清歌がのたまったのは、言葉遣いは丁寧であるものの「悠司がツッコミ待ちのフリをしたのだから、回収するのは当然」ということだ。悠司のセリフを完全にフリ扱いしてしまっているあたり、清歌も弥生ファミリー(絵梨命名)の流儀に大分慣れてきた――というか染まってきているらしい。


「え~~その~、まぁ、私個人としてもかなり過ぎた演出かもと思っているのですが、<ミリオンワールド>はテーマパークという側面もありますので、こういった形での雰囲気作りも必用だと納得することにしています」


 三森の説明によるとチュートリアル用ログイン施設の演出は、<ワールドエントランス>ごとにいくつかのパターンに分かれているそうだ。近未来的演出以外に、石造りとステンドグラスの神殿風、木造と一部漆喰による西洋民家風、ログハウスに中央の柱が大木になったツリーハウス風など結構バリエーションがある。


 なお支店の方も場所によっては同様の演出がなされていることもあるが、全体からすると数は少なく、ほとんどの場所はちょっと高級感のある漫画喫茶のような感じをイメージすれば大差ない。


「それから皆さんのようにグループ登録されている<冒険者>の方々は、ログインするときは毎回このような部屋からになります。スタッフ用のデバイスはもちろんありませんが、更衣室も併設されているので便利ですよ。……では、皆さんデバイスの前に移動してください。あ、番号は適当で構いません」


 清歌たち五人は三森の説明を受けつつそれぞれ移動し、パーカーを脱いでVRデバイスに着いた。座るときに邪魔にならないよう脇に上げられていた操作パネルを倒し、所定の位置に先ほど受け取った認証パスをセットすると、程なくして読み込みが完了してパスワードと生体認証の入力待ちになった。


『はい。ここまでの操作は問題ないようですね。先ほど登録したパスワードと手のひらを認証させて、シートに正しい姿勢(深く腰掛け両手両足を所定の位置につける)が認識されるとおよそ六十秒後にVR空間へと接続されます。ここまでで、何か質問はありますか?』


 三森の説明が操作パネルのスピーカーから聞こえてくる。モニターに映る小さな三森の画像の様子からすると、スタッフ用シートから話しかけているようだ。


 清歌たちから特に質問がこなかったので、三森は一つ頷くと先を促した。


『質問はないようなので、皆さん認証をお願いします。ガイダンスでも説明しましたがVR空間への接続は催眠導入によって眠りに落ちた後で行われますので、リラックスして目を閉じていてください。……それでは、またあちらでお会いしましょう』


 認証をして深く腰掛けると自動的に背もたれが倒れ、反対に脚の方は上がって疲れにくい自然な姿勢を取れるようにVRデバイスが変形した。それと同時に首から上を覆うようにドーム状のパーツが展開する。それによって清歌たちには確認できないが、両手両足にも同様にパーツが展開し、板状のパーツに挟み込まれる(体に接触はしていない)。VRウェアを着ていない、肌の露出している部分は全て覆われている格好だ。


 清歌は目の前に展開したドームの内側に何か表示が出るかと数秒目を開けていたが、ただ真っ暗な状態のままだったので大人しく目を閉じた。泰然自若というか基本的に図太い清歌が、昼寝をするかのようにリラックスして変化を待っていると、急に睡魔が訪れるように意識がVRへと旅立っていった。







(……あら? 同じ場所?)


 清歌が彼女の認識において再び目を開けたとき、目の前にある天井は先ほど見たときのままで、自分の置かれた姿勢も意識が途切れる直前と同じだった。


 目を閉じて開けただけという呆気ない感覚に、一瞬これは接続に失敗したのだろうかと周囲の様子を確認しようと頭を動かし、そこで初めてここがVR空間内であることを確信する。先ほどまであったパーティションはなくなっており、座っているのもVRデバイスよりずっとシンプルな椅子に変わっていたのだ。


 清歌が身を起こそうと意識すると立ち上がりやすいように自動的に椅子が動いてくれたので、促されるように立ち上がる。一歩、二歩と周囲を確かめながら踏み出してから、弥生たちの様子を確認するために振り返ると、四人ともまだ起き上がっていなかった。振り返る際に黒い髪が視界に入り、そこからも今の自分はアバターでありここはVRの中なのだと改めて確認できた。


「一番乗りは黛さんでしたね。アバターの調子はいかがですか?」


「三森さん。そうですね……今のところは特に違和感はありません。とは言っても、目覚めたばかりですので分からないことだらけですけれど」


 スタッフ席から目覚めた三森の問いかけに、清歌は両手を目の前にかざし、ゆっくりと指を動かしながら答えた。


「確かに。その辺りの検証や慣らしもチュートリアルに含まれますが……、詳しい説明は皆さんが揃ってからですね」


「はい。それで弥生さんたちはなぜ、まだ目覚めないのでしょう?」


 これも安全策の一つでアバターへの同調は、睡眠導入が完了後に生身の心拍数などが落ち着いてから行われるのである。基本的にチュートリアルを受けるということはVR初体験であり、初めてのマシンに座ってリラックスして待っていろ、などとは無理な注文というものだ。実際、三森の担当してきたチュートリアルでは、これまで全ての人が緊張や不安、或いは興奮状態を示していた。――のだが、例外が現れたということなのだろう。


「そんなわけで、チュートリアル参加者の方々はログイン時にタイムラグがあるので、普通はスタッフが先に目覚めるのですが……。ちょっと、設定を変えておいたほうが良さそうですね……」


 最後の方は独り言のようになってしまう三森であった。


「これは……知っている天井だな」


「む、天井がどうかしたのか?」


「ユージ、言いたくなる気持ちも分かるけどねぇ。……でも考えてみれば、天井なんて何処も同じようなものよね」


「ま、ちゃんとアレンジしてたから、良しとしましょう。……っていうか、ここ本当にVR空間なの?」


「ちゃんとVR空間にいるみたいですよ。みなさんアバターになっていますから」


「え!? わ! わ~……さやか、くろかみにくろいひとみだぁ……(はわぁ~、こういうのも似合う、か、可愛い!!)」


「(ニヤリ★)私と弥生は、ほとんど印象が変わらないわね。ユージは……なんか似合っているわね!(ちっ★)」


「褒め言葉がなんでそんなに不満そうなんだよ……。おお! 聡一郎はやっぱ強そうだな。きっとスーパーな人がリアルになったらこんな感じだ」


「そうか? スーパーというのは良く分からんが、強そうならばそれでいい」


 そうしているうちに残りの四人も目覚めて、早くも毎度のやり取りを始めた。どうやら彼らの場合、このプロセスを経ることで緊張をほぐしたり、精神安定を図ったりということを無意識に行っているようだ。なお、目覚めるという表現を先ほどから使っているが、あくまでもそう見えるために使っている便宜上の表現である。


「皆さんようこそ、<ミリオンワールド>の入り口へ。……とは言っても、ちょっと拍子抜けという感想のようですね」


「それは……まぁ、ハイ。だって、この部屋……ログインしたところとほとんど変わらないじゃないですか」


「あはは、まぁ皆さんそう思うみたいですね。これにも当然理由がありまして、今回はおそらく多少のタイムラグを体感していると思いますが、慣れてくるとこれがほとんど無くなって、瞬きした程度でログインできてしまうんです。そうすると、一瞬で景色が変わったり姿勢が変わったりしてしまうことになりますので、違和感を減らすためにこのような措置がとられています。ちなみに今回、黛さんがそういう状態だったのですが……」


 三森の説明に弥生たちの視線が清歌に集まる。


 清歌は目覚めたときのことを良く思い出しながら自身の感想を話しすことにした。


「そうですね、確かに私はタイムラグをほとんど感じませんでした。ああ、眠りに落ちるな……と感じた次の瞬間目が覚めたという感じでしょうか。ログインするときは頭全体が覆われて、目も閉じてしまっていますので景色についてはともかく、姿勢についてはいきなり変わってしまうと確かに違和感がありそうですね」


 感想を聞いて四人は納得したようで、それぞれ頷いている。三森の補足によると、ほぼ瞬間的にログインできるようになってから、わざとまったく違う景色の空間に直立の姿勢でログインしたら、強烈な立ち眩みの後に乗り物酔いのような感じになりしばらくしゃがみこんでしまったらしい。ガイダンススタッフもあれこれ実験に付き合わされて大変そうだ。


「さて、ではこんななにもないところに長々といても仕方がありませんので、次の場所へ移動しましょう。座っていた場所を見てください」


 三森に促されて視線を向けると、並べてあった六個の椅子が透明になりつつ分解されるように消えて、リアルで柱の立っていた場所の高さ1.5m程に透明な球体が現れた。スイカをふた回りほど大きくしたサイズの球体は、全体から水が溢れ出しており、同時に現れた泉(水の噴き出していない噴水のようなものだ)へと流れ落ちていた。流れる水で滲んでいるが、よくみると球体の内部でリング状の何かが複数、異なる方向に回転しているのが分かる。


「こちらが、<ミリオンワールド>内で転送に使われる<ポータルゲート>といわれる装置です。皆さん、近づいて球体に視線を合わせてみてください」


 言われたとおりにすると目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。


「ここからはチュートリアルエリアに固定ですが、行き先表示のところは通常選択肢表示になっていて、基本的に行った事のある<ポータルゲート>ならそこから選択ができます。あ、これは他のことにも共通ですが、音声入力にも対応しています。では、“転送実行”に指で触れるか、“転送実行”と声に出して言って下さい」


 弥生は他の四人に目配せをする。


「じゃ、せっかくの第一歩だし、声を出していきましょう! 行くよ? せ~のっ」


「「「「「転送実行!」」」」」







 足元は一面の草原、視線の先には砂浜と大海原、背後の少し離れたところには森と岩山、そしてなにより遠く霞んで見える宙に浮かぶ島々。降り注ぐ日差しは皮膚に自然な暖かさを届け、髪を撫でる風にはかすかに潮の香りが混じり、柔らかな波の音と遠くで鳴く鳥の声が聞こえる。


「うわぁ~~!」


 思わず感嘆の声を上げたのは誰だったのだろうか? それすらも分からないほどに五人は、圧倒的なリアリティで押し寄せるファンタジックな光景に魅入られていた。


 フルダイブとはこういうことなのか。今、初めて五人は正しくそれを認識することができた。生身と同じ感覚でファンタジーの世界へ行ける、といえば簡単なことだが、本の中で或いは映像の中で表現されたそれを鑑賞・・するのではなく、その中に入って目で耳で皮膚で――全身を使って現実と同様に体感・・するというのはこうも違うものなのだ。そして、この感動を世界中にいる大多数の人に先駆けて、自分たちは体験できているという優越感!


 それらがない交ぜになった喜びに全身を満たされ立ち尽くしていると、不意に五人に影が落ちる。一瞬の後、大きな鳴き声をあげて巨大な――そう、現実では絶対にありえないほどに巨大な鳥が上空をけ抜けて行く。そしてそれを追いかけるように巻き起こった突風が五人を襲った。


「きゃっ!」「わぁ~」「ん~!」「ぬわぁ~」「うおっ!」


 それぞれ身を屈めて悲鳴を上げるも、どこか楽しげなのが彼女たちの心境を物語っている。同時にどこか呆けていたところを正気に戻してくれたようだ。なかなかに心憎い演出である。


「皆さん、改めてようこそ<ミリオンワールド>の世界へ! どうやら気に入っていただけたようで何よりです」


 三森に声をかけられて、清歌たちはそれぞれ感想を興奮気味に語った。それを聞いている三森はどことなく嬉しそうだ。


「私はこれまでVRと名の付くもので体験したことがあるのは映画だけなのですけれど、弥生さんたちはテストプレイヤーをしていたのですよね? やはり、違うものなのでしょうか?」


「あ~~、あれとはぜんぜん違うね~」


 弥生はそう言ってから絵梨に視線を合わせる。開発に携わっている兄からいろいろと話を聞いているらしく、絵梨の方がVRに関する造詣は深いので説明は絵里の方からしてもらおう、と思ったようだ。


 テストプレイで用いた機能限定の簡易VRは視覚・聴覚・嗅覚のみほぼ完全に再現されているもので、操作系に関しては既存のゲーム用VRシステムと変わらないものだったようだ。臨場感は大きく上回っていたが、それ故に“自分というロボットを操縦している”というような違和感(絵里の感想による表現だ)が、今まで以上に際立つ結果になっていたのである。


 ある意味で不完全なシステムを体験したことが、弥生たちに完成したフルダイブVRの感動をより強くさせているのかもしれない。


 さておき、脱線しているうちに興奮も収まったようなので、チュートリアルの開始である。


「まず初めに、みなさん掌を上に向けて“オープンジェム”と言ってみて下さい」


「「「「「オープンジェム(!)(?)」」」」」


 五人の掌の上に一般的なスマホ――というか認証パスをイメージしたと思われる、透き通ったガラス板状のものが軽いエフェクトとともに現れた。


「こちらが<冒険者ジェム>というアイテムになります。見ての通り操作方法はスマホと同じで、<ミリオンワールド>内のゲーム的な操作のほとんどがこれで行えます。まずは、いつまでもみなさんその姿のままというのも落ち着かないでしょうから、装備品を身に着けてしまいましょう」


 実は五人とも三森の指摘を受けるまで、デフォルトのアバターのまま、要するにゲームの装備的に言えば裸だったことをすっかり忘れていた。だいぶ冷静になったつもりでいても、やはりまだどこか地に足がついていないようだ。


 <冒険者ジェム>に表示されている装備品のアイコンをタップすると、目の前の空間に半透明のウィンドウが現れた。


「お~! やっぱりVRでウィンドウっていえば、こうじゃなくっちゃね!」


「……そういうものなのでしょうか?」


「ま、弥生の言うことも一理ある。黛さんには馴染みがないかもだけど、マンガとかアニメでフルダイブVRが題材にされると、こんな感じで表示されるんだよな~」


「そうね、スマホでの操作も慣れてるからいいけど、こんな風にウィンドウが宙に浮いてる方がすごくそれっぽいわ」


「え~~……皆さんと同じような反応をされることが多かったので、この表示方式がデフォルトになっています。最初はスマホ操作で説明していたんですが……」


 最初から数回のチュートリアルでは、スマホでの表示のままで装備品の変更などの操作を行っていたのだが、プレイヤーからの反応は微妙だったらしく、途中でウィンドウ表示に切り替えていたとのこと。ちなみにこの表示方式のカスタマイズで、スマホ状態の<冒険者ジェム>はガラケータイプにも変更可能で、他にも全て音声入力によるウィンドウ表示にして<冒険者ジェム>は大粒の宝石サイズに縮小するというようなことも可能だ。


 チュートリアルでは装備品が一式すでに配られており、それらを一つずつタップすると、軽いエフェクトとともに瞬時に装備することができた。この時、手を放していた<冒険者ジェム>は自動的にウィンドウの左上の位置に移動している。


 身に着けた装備品は、デニムのような丈夫な生地の半袖シャツに革のベスト、革のグローブは男女共通で、女子はハーフパンツに膝下までのブーツ、男子はロングパンツにくるぶしまでのショートブーツだ。女子の脚にちょっとだけ肌の露出があるのは、開発者のこだわり……かもしれない。


「ウィンドウ操作よりも面倒になりますが、手で身に着けることでも装備は可能です。では落ち着いたところでそのほかの基本操作についてですが――」


 続けて三森から主に<冒険者ジェム>の機能や、<ミリオンワールド>内での基本的な操作方法などついてレクチャーを受ける。


 <冒険者ジェム>の機能については、アイテムやクエスト情報などのゲーム的な表示項目がある以外は、ほとんどスマホと同じようなもので、ゲームにあまり馴染みのない清歌にも割とすんなり受け入れることができた。言い換えればゲーム初心者や未経験者でもすぐに扱えるように、わざわざスマホというインターフェースにしたということなのだろう。考えてみればゲーム内でのメールや通話チャット、マップ機能やヘルプ表示など似通った機能がスマホにはそもそも搭載されているのだからこれを利用しない手はない。


 それ以外の<ミリオンワールド>内での基本操作に関しては細かい部分についてはここでは省くが、共通しているのは基本的に“思考スイッチのみでは操作できない”ということだ。例えば<冒険者ジェム>についても、先ほどは出現場所を特定する為に手の動作をしただけで、単に“オープンジェム”と発言しただけでも視線の先に普通に出現する。またカスタム設定をしておけば、“心の中で唱えつつ(この部分が思考スイッチ)指をパチンと鳴らす”でも出現させることが可能だ。しかし、頭の中で考えるだけではうんともすんとも言わない。


「言うまでもなくこれは誤動作防止の為です。なので、頭の中であれこれ考えるだけで急に何かが出現する、というようなことはないのでご安心ください。あ、独り言は音声認識に判定されてしまいますので注意してくださいね。……ただ、これにも唯一の例外があります。それは、禁止行為に関する運営への報告(GMコール)です」


 あまり想定したいことなのですが、と前置きをしたうえで三森は説明した。禁止行為に該当する中でもセクハラという表現では生温いような、暴力を伴う強制猥褻の場合だと、特定の動作や発言をすることができないことも考えられる。羽交い絞めにされて口を塞がれているというような場合だけでなく、恐怖によって何もできなくなるという可能性もあるだろう。従っていくつかの条件に該当する場合、思考スイッチのみのGMコールで救助措置が取られることになっている。


「過度のストレスと加害者が存在するという状況で、心の中で救助を求める声を上げれば、ログイン後に待機していた空間へと即座に転移されます。また加害者側も別空間へ転移の後に強制ログアウトされて、暫定的にアカウント一時停止の処分が下されます」


「むぅ。確かに……考えたくはないことだが、必要なことだろうな」


 格闘技を修めているものとして、そう言った面での倫理観は人一倍厳格に持たねばならないと、常日頃考えている聡一郎が重々しく言う。


「ガイダンスを受けているって言っても、バカな奴はいるからなぁ」


「そうね……っていうか、そういうことをするからバカな奴って言われるのよね」


絵梨の言葉に「違いない」と肩を竦める悠司。弥生もそんなやり取りを真剣な表情で聞いている。


「けれど……」


 若干暗くなってしまった雰囲気を変えねば、と三森が焦り始めたところで清歌がいつもの口調で話し始めた。


「言い換えれば、<ミリオンワールド>はそれだけ安全な世界だということです。心の中で助けを呼ぶだけで、何者かが現れて救い出してくれるようなことは、現実ではありえませんから」


 清歌が護身術の鍛錬を日々欠かさないのは、そういった事態に陥らないための自衛策だ。そして同時に、自衛の手段をもっていてさえ不測の事態はあり得ることなのだと理解している。従って清歌にとっては、そもそも生身ですらない上に何重にも安全策が講じられている<ミリオンワールド>という世界は、十分すぎるほど平和な世界に感じられるのである。


「そう考えていただけると嬉しいです。要は現実での普段通りに、油断しすぎなければ大丈夫ということです」


 弥生たち四人は表情を緩めてそれぞれに頷いた。三森はその様子にホッとしつつ視線を清歌に向け、本人にしかわからない程度に目礼をする。清歌もそれに応じるようにわずかに首を傾けて微笑みを返した。


「ゲーム的な操作周りについては以上になります。何か質問は……ないようですね。では、次に戦闘関連のチュートリアルをしましょう」


 三森がウィンドウを表示させていくつか操作をすると、ずらりと様々な武器が現れた。なおウィンドウの表示内容は閲覧許可を出さない限り本人以外には見ることができないが、半透明の板(厚みがないので紙か?)は誰からも見える。そうしないと何もないところで指先を動かしているおかしな人になってしまうのだ。


「とりあえず代表的な、というかゲームでよく見る武器を並べてみましたが……。黛さんを除いた皆さんはテストプレイをしていたんですよね? 戦闘スタイルはもう決めているんですか?」


「大体のところは。私は前衛の武器攻撃担当で……なにをメインにするかはちょっと迷ってます」


「俺も同じく前衛。むろん格闘で征きます」


「俺は鍛冶を中心に生産職をやるつもりなんで、戦闘では銃か弓を使って牽制と支援をしようかと。一応攻撃魔法も覚えるつもりなので、ポジションとしては後衛よりの遊撃……って感じです」


「私も生産よりですけど調合とか錬金とかでポーション類の消費アイテム作成がメインです。多少は回復魔法も覚えて戦闘では後衛の回復職ですね。武器は盾と短杖か、護身用のメイスといったところですね」


 順番に弥生(前衛武器攻撃)、聡一郎(前衛格闘)、悠司(遊撃飛び道具(ミサイルウェポン))、絵梨(後衛回復)となる。武器防具とアイテムの生産職も一人ずつ用意しているなど、よく考えられている構成だ。専門の壁職がいないところが不安に見えるかもしれないが、聡一郎がスピードで翻弄しつつ、重い攻撃などは重装備の弥生が止めるというコンビネーションで壁役を果たしている。この辺りのバランス感覚は、長い付き合いで互いの役回りを熟知しているからこそである。


「私たちはそんな感じなんだけど、清歌は何をやりたい? 今の状態で最低限必須の構成は完成しているから、どのポジションでもオッケーだよ!」


「そうですね……。役回りについては実際に動いてみないと分かりませんけれど、せっかくなので現実ではできないことがしてみたいです。ですから……、魔法は使ってみたいです」


 そんなやり取りを顎に手を当てフムフムと頷いていた三森は、個別の武器に関する説明は省いてもよさそうだと判断し、これからの手順に少し修正を加えることにする。


「なるほど……、皆さん方向性は決まっているようですね。では、自分に合う武器を探すのはあとでじっくり時間を取るとして、その前に割と簡単に済む魔法の使い方を覚えてしまいましょう」


 三森が手をかざして「<デコイ>」と言うと、大きさといい形といい抱き枕のような(キャラクターのカバーを被せるタイプの方)物体が宙に出現した。


「「「「「…………」」」」」


「……ああ! これも魔法ですが、試してもらうのはこれじゃありませんよ!? コレはただの的です。ちょっと離れたところへ移動させて……これでよし。え~、このチュートリアルでは皆さん既に初級攻撃魔法の<マジックミサイル>を使える状態になっています」


 なお、かなりどうでもいい話だが<デコイ>の魔法も、<ミリオンワールド>内で習得しようと思えばできる。色は単色指定しかできないが、手で捏ねて形状を変化させることができるので使い方次第では役立つ――場面があるかもしれない、と言えなくもない。


「では、お手本を。手をかざして……<マジックミサイル>!」


 三森が手のひらをかざし唱えると、3mほど離れた場所にある的に向かって光の矢(短いのでダーツと言った方が近い)が迸り――命中した。


「という具合に、手をかざすか杖などの魔法を補助する武器を構えて、それプラス魔法名を唱える、という行動で魔法は発動します。では、一人一つずつ的を出しますので試し打ちをしてみて下さい。

 ……あ、ちなみにこの的はチュートリアル用の特別製なので絶対に壊れませんが、通常の<デコイ>はダメージの出る攻撃が一発でも当たればあっさり消滅します」


 五人は後半の<デコイ>に関する説明などほとんど聞き流し、いそいそとそれぞれの抱き枕――じゃなく的を動かして試し打ちを始めた。


 現実では絶対にありえない魔法を使うというのは、かなりの衝撃があったのだろう。清歌ですら歓声を上げながら、<マジックミサイル>を楽しそうにばんばん放っている。


「ちょっと皆さん手を止めて聞いてください。皆さん大体の勝手はつかめたと思います。大きな魔法には発動までにチャージタイムが設定されているものもありますが、使用方法については覚えた時に説明をよく読んで下さい。

 <マジックミサイル>は基本中の基本ですが、使い続けて熟練度を上げればいろいろ応用技が使えるようになります。例えば……」


 三森が立て続けに三回<マジックミサイル>を唱えると、同じ言葉にもかかわらず三連射、五発の散弾、通常よりも大きな矢、と変化して放たれた。


「というように、応用部分は思考スイッチでの制御が可能なので、ちょっとしたフェイントにも使えます。使いやすいように別のキーワードを設定することもできますので、<ミリオンワールド>内で機会があったら試してみて下さい」


 ガイダンスをやっているのはダテではないということなのだろう。応用技を三連続で鮮やかに披露した三森はかなりカッコよかった。




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