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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
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#9―14 文化祭(後編)




 文化祭二日目。今日も予報通り綺麗な秋晴れで、百櫻坂高校は朝から数多くのお客さんが訪れて大賑わいだ。ちなみに日曜日であることと、後夜祭があるために少し早く終了するということから、人口密度は一日目よりも高くなるのが例年の傾向である。


 特にグラウンドの屋台村は大人気であり、常に人でごった返している。模擬店の配置は、校内の教室には客席があり複数のメニューがある店が、グラウンドには単品を扱う屋台が並んでいる。変わり種としては、教室内に複数の屋台をずらりと並べたミニ屋台村風の店や、本物(・・)のおでんの屋台のようにカウンター席がある屋台などもある。


 一方、ミニゲームやアトラクション系の模擬店は一か所に集中せず、校内と屋外に点在している。こちらはどうしても騒がしくなる上にネタも被りやすいため、分散させた形である。


 お昼も近くなった十一時半。絵梨は屋台での戦利品を手に、聡一郎と待ち合わせをしている中庭へと向かっていた。屋台村は混雑が酷く、二人で回っていては時間がかかり過ぎるために、手分けすることにしていたのだ。


 片方にその意識があるかはさておき、一応文化祭デートと言えるこの状況でも合理性を重んじるところは、この二人らしいと言えるかもしれない。ちなみに一日目の休憩時間は一緒ではなかったので、それぞれ同性の友人たちと巡っている。


「お待たせ、聡一郎」「いや、大丈夫だ。焼きそばもまだ温かいぞ」


 中庭に設置されているベンチの一つを確保していた聡一郎に声を掛ける。普通ここは「俺も今来たところ」と答えるべきだろうと内心でツッコミを入れつつ、隣に腰かけた。


「聡一郎は結局焼きそばにしたのね」


「うむ、定番だからな。ナポリタンの方も気になったのだが、待ち時間が少々長そうだったから、焼きそばの方にしたのだ」


「パスタのゆで時間の問題かしらね? まあでも焼きそばの方が味も無難だしいいんじゃないかしら。私の方はちょっと捻ってるわよ?」


「ん? タコ焼きではないのか?」


「そう見えるでしょ。でも中身は野菜メインで、タコとイカもちょっと入ってるらしいわ。タコ焼き形のお好み焼きって感じかしら」


「ふむ、なるほどな。……では、頂くとしようか」


「ええ。頂きまーす」


 割り箸を手に、先ずは焼きそばを一口食べる。――まあ、普通に美味しい。というか、ごく普通の市販品を使っているのだろうから家庭で普通に食べる味であり、不味いわけがない。


「……まあ、普通の味だな」


「そね。でも、こういうのは雰囲気も含めて味わうモノでしょ?」


「そうだな。確かにこういう賑やかな屋外で食べるのと、家で自分で作ったのを食べるのでは違うな」


「でしょう? それに高校の文化祭で、B級グルメ特集で取り上げられるご当地焼きそば並みのモノが出て来たら、その方が驚きよ」


 聡一郎は「うむ」と相槌を打ちつつ、二人の間に置いてあるパックからタコ焼きもどきを一つ摘まんで口に入れた。


「……ほう、確かにこれはお好み焼きのような感じだな。意表を突かれて面白い」


 聡一郎の感想を聞いて、絵梨も一つ口に入れた。作るところを見ていたので大凡味の想像はついていたのだが、やはりこれはお好み焼きのような味がする。キャベツとネギが入っているのでタコ焼きとは食感が全く違う。


(弥生と清歌だったら、「はい、あ~ん……」とかやりながら食べるのかしらねぇ。私たちは……)


 絵梨は聡一郎をちらりと横目で見て、慌てて想像を打ち消した。どうもまだ(・・)自分にはハードルが高そうだ。ましてやこんなに人通りがある場所で、誰かに見られたかと思うと軽く悶絶モノである。


 思わず首を横に振った絵梨に、聡一郎が怪訝な顔をした。


「どうかしたのか?」


「えっ!? ええ……いえ、なんでもないわ。ただ……、そうね、こういうところの食べ物は、どうしても炭水化物よりになるわねって」


 急いででっち上げた割には、そこそこ説得力のある言い訳だったと絵梨は内心で自画自賛する。


「言われてみると、この焼きそばも具材が寂しい感じだしな」


「そういう意味では、こっちのタコ焼きもどきはバランスがいいわね。その分、割高だったけど」


 そんな会話を楽しみつつ、二人はちょっと早い昼食を終える。休憩時間にはまだ余裕があったので、そのまま並んでぶらぶらしつつ雰囲気を楽しんでいると、体育館の方から吹奏楽部の演奏が漏れ聞こえてきた。


 興味をそそられた二人はそっと体育館に入り、一曲だけ聴いてから外へ出る。


 絵梨が首を右に振って少し見上げると、何とも言えない微妙な表情をしている聡一郎が、同じタイミングでこちらを向いた。――たぶん、自分も同じ表情をしているのだろうな、と思う。


 百櫻坂高校の吹奏楽部は人数も多く実力も結構高い、という話を絵梨は耳にしたことがある。コンクールなどには興味が無く、校内のイベントと定期演奏会に力を入れているそうで、どの演奏会も評判がいいらしい。また野球部の応援などにもフットワーク軽く、ちょくちょく出かけるとのことだ。


 しかし改めて今日ちゃんと聴いてみて、絵梨は――恐らくは聡一郎も――それほど上手な演奏だとは思えなかったのである。そしてその原因も分かっていた。


「……まあ、清歌嬢の演奏と比べること自体が、そもそも間違っているのだろうな」


 夏休みからこっち、音楽の、こと生演奏と言えば清歌の演奏だった。楽器の違いやソロと合奏の違いなど、同列に扱うことはできないとはいえ、音楽の完成度という意味では雲泥の差がある。それはプロの演奏と高校の部活を比較するようなもので、聡一郎の言葉は吹奏楽部員には酷かもしれないが、紛れもない事実である。


「以前、確かまだ夏休み中……、水泳大会の後だったかしら? 清歌に聞いたことがあるのよ。この学校の吹奏楽部は結構評判がいいらしいんだけど、清歌だったらどんな評価をするのかしら……ってね」


「ふむ。それで彼女は何と?」


「分かりません、ですって。清歌が言うには、高校の吹奏楽部を評価する基準を知らないから、自分では評価できないそうよ。その時はそんなものなのかなー……くらいに思ってた……んだけど……」


 何度も清歌の演奏を聴いている内に、いつの間にやら自分の耳もそれなりに肥えていたらしい。その上で今日の演奏を聴き、清歌の言葉の意味が少し分かったような気がしたのだ。


 そろそろ休憩時間も終わる。二人は続きを話しながら、教室へ向かって歩き始めた。


「だけど……という事は、何か分かったという事か?」


「ま、なんとなく……ね。これは極論を承知で言うんだけど、高校の部活動の演奏なんて程度の差はあれ、そもそも上手なものじゃないのよ」


「っ! 絵梨……、それは……」


 いきなり過激ことを言う絵梨に、ギョッとした聡一郎がサッと周囲に目をやる。どうやら今の発言を聞いていた、“高校の部活動”に所属する者はいなかったようだ。


 そんな様子に絵梨がクスリと笑い、聡一郎はヤレヤレと息を吐いた。


「……で、その心は?」


「そうねぇ……例えば……、そう高校野球」


「む? 高校野球? (音楽の話では無いのか?)」


 いきなり話が飛んで訝しむ聡一郎はサラッとスルーして、絵梨は続ける。


 例えば高校野球では、何年かごとに超高校級と呼ばれる選手が現れる。それこそ卒業後にプロ野球に入り、即戦力として活躍できるような一種のバケモノだ。


 そのような選手がいるチームは、無論前提として他の部員が水準を満たす技術を持っているのだろうが、ほぼその超高校級選手(バケモノ)の力だけで甲子園の常連――と言っても最大三年間だが――になってしまう。


 特に野球という競技はその性質上、個人の才能がチームの実力にダイレクトに反映される。もし投手が超高校級だった場合、並の高校生では成す術が無い。


 なにが言いたいかというと、つまりプロフェッショナルとアマチュアの間にはそれだけの実力差があるという事なのだ。


「そりゃもちろん、スポーツと音楽では分野が全く違うから、たぶん同列には語れないんでしょうけど、プロと普通の高校生との間にある差っていうか壁? みたいなものはそう変わるものじゃないと思うの。……ううん、もしかしたらある意味、スポーツよりもシビアな世界なのかも」


 スポーツは体の成長に関わる分、ある程度年齢でステージが区切られている。が、音楽などの芸術分野だと才能がある者は、それこそ年齢など関係なく世界へと引っ張り上げられることだってある。――ある意味、世界の方が才能を放っておいてくれないのだ。


 まさしく清歌がそれであり、彼女が世界など関係ないとばかりに唯我独尊でいられるのは、偏に黛家という強力な後ろ盾があればこそであろう。


 まあ清歌は特殊な例としても、才能と本人の意欲次第でより大きなステージを望めるのが芸術の世界だ。そして高校の部活動とは――


「そうでは無い普通の生徒が音楽をやっているというわけか。……しかし、高校の部活から音楽を始めて、音大へ進んでプロになる者もいるのではないか?」


「いる……かもしれないわね。でも仮に個人で才能を持っている人が居たとしても、全体としての演奏のレベルが大幅に向上するものではないと思わない?」


 聡一郎はさっきの演奏の中に、清歌が入っているところを想像しようと試みて――途中で断念した。一人だけ目立って、ちぐはぐな印象になるようにしか思えない。


「う~む。上手な人間に触発されて、周囲の技術が向上することはあると思うが、全員が同じレベルに到達できるわけではないからな……」


「そね。だからあの子の視点では、部活動レベルの上手い下手は誤差の範囲内に収まってしまうのよ、きっと。だからいろいろ聞き比べてある程度基準を把握しないと、評価を下せないって。あの時の言葉はそういう意味だったんじゃないかなって、さっきの演奏を聴いて思ったのよ」


「ふむ……、なるほどな」


 二人は横並びで、人も物も賑やかな校内を歩いていく。教室のあるフロアに着いたところで、聡一郎が重々しい溜息を吐いた。


「ど、どうしたのよソーイチ? そんなため息吐いちゃって」


「いや……なに、考えてみれば先ほどの俺の感想も、かなり厳しい物言いだったと思ってな。これは気を付けた方が良いかもしれんと反省していたのだ」


「あー、私もさっき、我ながらいつの間にか耳が肥えてたんだなー……、なんて思ったわ。本当、気を付けた方が良いわねぇ」


「うむ。そういう意味では、清歌嬢は流石と言うべきかもしれんな」


「あはは……、確かに!」







 絵梨と聡一郎が教室へと戻ったちょうどその頃、悠司はクラスメートの有村と共に百櫻亭(カレー屋)を訪れていた。


 弥生をリーダーとするいつもの五人のうち、二日目に百櫻亭を訪れたのは悠司だけだ。百櫻亭は文化祭恒例の人気店なので、四人は比較的空いている一日目を狙って訪れたのである。


 本当は悠司もそうするつもりだったのだが、なにしろ彼らのクラスは前日泊まり込みで作業をしなくてはならない程準備が遅延していたのだ。当然と言うべきか、当日の運営もスムーズにとはいかず、ドタバタしているうちに結局殆どのクラスメートがまともに休憩を取れないという事態になってしまったのである。


 これはあくまでも余談だが、一日目のシフトでは悠司と宮沢が同じ時間に休憩を取ることになっていた。無論、これは宮沢の努力の賜物だったのだが、残念ながら水の泡となってしまったのである。――どうにも、ロマンスの神様とは相性が悪い彼女なのである。


「うん。美味かったな! 会長のカレー」


「会長のカレーって、お前な……ああ、いや、間違ってはいないのか?」


 伝統的に生徒会長を輩出したクラスが出店するカレー屋のカレーなのだから、会長のカレーという呼称はあながち間違っているとも言えない。


「まあ、確かに百櫻カレーは美味かった。もうちょっとガツンと辛くてもいいとは思うが、この位に抑えた方が万人向けなんだろうな」


 同じく百櫻カレーを注文し結構な辛さに驚いた有村は、ラッシーを飲みながら奇妙なものを見る目を悠司へ向けた。悠司の辛いもの好きは結構ハイレベルであり、いつものメンバー以外からも理解は得られないのである。


「さて、じゃあ……」「おう、帰りますかね」


 ラッシーを飲み干した二人が立ち上がり、宣伝のために持たされていた看板を再び身に着ける。二枚の看板を紐で繋いで胸と背中にぶら下げる、所謂サンドイッチマンの完成だ。


 休憩時間はまだ少しだけ残っているが、どこかの模擬店に立ち寄るほどの余裕は無いので素直に戻ることにしたのだ。ついでに、悠司はこの時間を利用して化粧直しをやっておきたいのだ。


「それにしてもゾンビがカレーを食ってるってのは妙な光景だったな。スゴイ目立ってたし」


「ジャージを羽織ったミイラ男に言われたくは無いがなぁ」


「いやいや、そのゾンビメイクに比べりゃ俺なんてちゃちな仮装だよ」


 そう、二人はお化け屋敷のお化け役であり、休憩時間は衣装とメイクをそのままに文化祭を回っていたのである。


 有村はミイラの扮装で、上半身は包帯に見立てたボロボロの薄汚れた布を巻き付け、下半身はところどころ敗れているスラックスを履いている。どちらも古着を加工して作られている衣装で、本番では頭にも適当に包帯を巻きつけている。


 悠司の方はゾンビであり、着ているものはスラックスに長袖のワイシャツとごく普通だが、所々に血痕のような汚れがついている。襟元や袖口などはかなり酷い。


 もっとも悠司が目立っていた理由は、衣装ではなくメイクの方だろう。顔と両手にかなり気合の入ったメイクが施されており、紫がかった灰色の肌に赤い血管が浮き上がり、所々皮膚が崩れ落ちているような傷がある。所謂、生ける屍(リビングデッド)である古典的――伝統的というべきか?――なゾンビではなく、特殊なウィルスに侵されて人を襲う存在になってしまったというタイプの方に近いメイクである。


 もうお気づきのことと思うがこのメイク、清歌の手による力作である。


 特殊メイクではないので傷口の盛り上げ加工などは無く、単にリアルに描きこんでいるだけなので、明るい場所で見ると全体的にのっぺりした印象になり、さほど怖くはない。が、暗いお化け屋敷内で見ると、リアルさが大幅に増すのである。銃器やハーブを持っていないお客さんは、さぞや恐ろしいことだろう。


 教室に到着した悠司は有村と別れると、バックヤードにいる女子からメイク道具を借りると再び外へ出た。そのとき――


「会長! 急いで下さいよー、映画が始まっちゃいます!」


「まだ時間はあるから大丈夫よ。それと、私はもう会長じゃないから。そんなことより、前を向いて歩かないと危ない――」


「もうあだ名で定着しているのに、律儀に訂正しますよねー……わぷっ!」


 自分と同い年くらいの女子二人組に遭遇し、一方の何やら急いでいる方の子とぶつかってしまった。映画云々と話していたのが聞こえたので、恐らくお隣さんの映画喫茶に行くつもりなのだろう。


「ご、ごめんなさい。よそ見をしていまし……て、ひゃぁっ!!」


 ぶつかった子が深々と頭を下げて謝り、改めて顔を上げたところで悠司の顔を直視して跳び上がった。ゾンビメイク無しの状態でこの反応をされたら、きっと数日は凹むことになるだろうな――などと考え、悠司は苦笑した。


けいさん、その態度は失礼よ。ごめんなさいね」


「ああ、いやいや。ちょっとぶつかっただけなんで気にしないでください。それにこのメイクじゃあ、驚くのも無理ないですよ」


「本当にごめんなさい。顔を上げたら、いきなりその……ゾンビ、ですか? が目に入ったものですから……」


「それにしても素晴らしい完成度ですね」


 二人組の女子はどちらも落ち着いた物腰で、どこか育ちの良さを感じられた。もっともそれは彼女たちが身に着けている制服のせいかもしれないが。


(ん? この制服って確か……。目的地は映画喫茶で、こっちの子はさっき会長って呼ばれていたよな。っつーことは……)


「……もしかして二人とも、清歌さん……黛さんの知り合い、とか?」


「「えっ!?」」


 二人が揃って目を円くする。


「あ、やっぱり。……ああ、俺は里見悠司、清歌さんとはクラスが違うけど友達なんだ。ってか、このメイクをしてくれたのが彼女だよ」


「……なるほど、どうりで。あ、申し遅れました、斉藤雅美子(まみこ)と申します。中学では生徒会で清歌と一緒でした」


「私は姉小路(あねこうじ)桂と申します。同じく副会長……清歌さんとは生徒会で一緒でした。ちなみに雅美子さんが生徒会長、私は会計でした」


「これはどうも。えっと、こんな場所で立ち話もなんだから、清歌さんのところへ行こうか。俺もちょっとメイクの手直しをお願いしに行くところなんだ」


「ええ、そうですね」「はい、お願いします」


 悠司は二人を連れて映画喫茶の閉ざされている方のドア、“関係者以外立ち入り禁止”の札が下げられている方をノックして中に入った。


「こんにちはー、メイクの手直しをお願いに来ましたー。あ、それから黛さんにお客さん」


「あ、里見くん、ちょっと待ってて。今呼んで来るから。……ってか、お客さん?」


「そう、お客さん。あ、そっちはまだ内緒で」


「……ふ~ん。りょーかい」


 程なくして呼ばれた清歌が、バックヤードへと顔を出した。今日も今日とて、例の魔法使いの衣装を身に着けている。


「遅くなって申し訳ありません、悠司さん。手早く直してしまいますので……あら?」


「来たわよ、清歌」「お久しぶりです、副会長」




 清歌はマントを脱いで手早くエプロンを身に着けると、悠司からメイク道具を受け取って早速手直しを始めた。


「それにしても、こちらからいらしたのには驚きました」


 今でも連絡を取り合っているので二人が今日文化祭を訪れることは知っていて、フロアに出ている時はさり気なく探していたのだが、まさか裏から、しかも悠司と一緒に現れるとは少々予想外だった。


 二人が顔を見合わせてクスリと笑う。


「ついさっき里見さんと知り合って、あなたの友達だっていうから、お言葉に甘えたのよ。お店の方に入っちゃうと、あまり話せないでしょうからね」


「そういう事でしたか。……そういえば、二人ともなぜ制服なのでしょうか?」


「あ、これはですね、他校の行事に参加する時、生徒会メンバーは制服を着るようにという決まりがあったそうで。私は会長に付き合っているだけです」


「まあ、無視してしまってもいいのだけど、決まりは決まり……ですからね。ところで清歌、そのメイクはやり過ぎじゃない? いいの?」


「そうでしょうか? 好評のようですけれど?」


 雅美子の懸念に対し、清歌はにこやかな表情は崩さず、しれっと微妙にずらした返答をする。


「……はぁ、この分だとこっちでもイロイロやらかしてるみたいねぇ」


「ふふっ、そんなことはありませんよ。ちゃんと自重していますから」


 清歌の言葉に、どうにも信じられないという表情をした雅美子と桂の視線が悠司へと向かう。が、メイクの手直し中の悠司は目を閉じて微動だにしない。――というかビミョ~に答えづらいものなので、メイクを理由にあえてスルーしているのだろう。所謂処世術というやつである。


「今一つ信用できない気もするけど……まあ、清歌だものね」


「……あのー、でも会長。中学でのアレコレの殆どは、会長が煽った結果だったと思うんですけど?」


「んー……、そう……だったかしら? ちょっとあの頃の記憶が曖昧なのよねぇ。忙しかったからかしら」


 桂の視線を避けるように横を向きながら、雅美子が言葉を濁す。そんなやり取りを聞いていた悠司が小さく頷いた。なんとなく三人の関係性を察したようである。


「……はい、これでいいと思います。どうでしょうか?」


 清歌は悠司から離れて手鏡を手に取って見せた。


「おお~、完璧。ありがとう、清歌さん。ってか、コレがいきなり目の前に現れたら悲鳴も上げるよなぁ。さっきは悪いことをしちゃったな、え~と姉小路さん」


「あっ、いえいえ、とんでもないです。むしろ私の方が、もう少し落ち着かないと……と、反省するところです。……なかなか副会長の様にはなれません」


「そうね、清歌レベルには……早々なれるものじゃないわねぇ……」


 中学時代の同級生二人が感嘆しているのか呆れているのか微妙な溜息を吐き、清歌は軽く肩を竦めて見せた。


 そんな気安いやり取りを悠司は軽く笑ってから、もう一度清歌にお礼を言って自分のクラスへと戻って行った。なお、ちゃっかり雅美子と桂に「良ければウチにも寄って行って下さい」と誘っておくのも忘れていなかった。


 と、そこへ新たな人物がバックヤードへ顔を出した。清歌の出番を知らせに来た、クラス委員長さんである。ちなみにエプロンも身に着けたフル装備状態だ。


「清歌~? もうそろそろ出番だよ~……って、あれ? もしかしてお友達?」


「あ、弥生さん。はい、こちら中学時代に生徒会で一緒だった、会長の雅美子さんと、会計の桂さんです」


「かっ!(可愛い、何この子)」「かわっ!(カワイイ~、お人形みたい!)」


 挨拶すらそっちのけで、妙な反応をした二人が清歌を引き寄せた。


「ちょっと清歌、あの可愛らしい子は誰?(ヒソヒソ)」


「副会長、もしかして誰かの妹とかを働かせてたりするんですか?(ヒソヒソ)」


「それはいけないわ。そんな横暴からは、私たちが救い出してあげないと!」


「お二人とも、馬鹿話はそれくらいにして下さいね。彼女は私のクラスメートです。とても頼れるクラス委員長なのですから、変なことは言わないでくださいね(ニッコリ☆)」


「っ! は、はい」「りょ、りょーかいです、副会長」


 このままだと余計なことを口走りそうだった二人に、清歌はニッコリ笑顔で釘を刺した。こういう時の清歌に逆らうと後で酷い目に遭うと知っている二人は、素直に頷くのであった。


 互いに自己紹介を済ませたところで、そろそろ清歌の演奏を始める時間が近くなる。その後に上映される映画も見るつもりだった雅美子と桂も、店側へ移動することとなった。


「ね、清歌。彼女、とっても可愛らしいわね」


「ただ可愛いだけではありませんよ、弥生さんは。リーダーシップがあって、思いやりもある、とても素敵な方です」


「ふ~ん……、お持ち帰りしちゃダメかしら?」


「ふふっ、雅美子さん、面白いことを言いますね。もちろん……ダメです(ニッコリ★)」




 注文したコーヒーとクッキーのセットを頂きつつ、清歌の弾き語りを楽しむ。飲食物の方は、まあ普通と言っていいレベルだが、これが聴けるだけでとても贅沢な時間になる。


 清歌が奏でる音楽は本当に久しぶりで、雅美子と桂はしばし無言で耳を傾けていた。


「……それにしても、ちゃんとクラスに溶け込めているようで、安心したわね」


「はい、仲のいいお友達も出来たようですね。……男性の方もいたのは驚きましたけど」


「ああ、それはそうね。……まあ、なんにしても安心した反面、ちょっと寂しい気もするわね」


「そう……ですね。でも、それはしかたのないことですよ、雅美子さん」


「ええ、分かってるわ。……あ、演奏が終わったわ。いよいよ清歌の出演してる映画ね」


「はい。どんなものなのか、楽しみですね!」







 二日間に渡って開催された文化祭は、大きなトラブルも無く終了した。


 そして一時間半ほどのインターバルを置いて後夜祭が始まる。


 先ずは後夜祭のメインイベントはグラウンドのステージ上で発表される、文化祭の出し物のランキング発表だ。


 基本的にランキングに出て来るのは、手際よく準備と運営ができた二・三年生で占められる。特に模擬店の売り上げランキングや演劇の満足度ランキングなどは、三年のクラスが上位を独占するのが通例だ。


 清歌たちのクラスは喫茶店と映画上映の複合であり、そもそも出来の良し悪し以前にカテゴリー的にランキングに入りづらいものがある。――のだが、アイディア賞というランキングで見事一位に輝き、そして演劇・映画部門で五位に入賞していた。なお、演劇映画部門に関しては、上映形態が特殊で全話を通して見られなかったところが減点となっていたようだ。


 ちなみに悠司たちのクラスのお化け屋敷は、残念ながらランキング外だった。ただアンケートの中に、「ものすごくリアルで怖いゾンビに遭った」「お化け個別のランキングなら、あのゾンビが文句なく一番だった」というものが多数あったそうな。


 そしてランキング発表の後は、音楽系部活動の有志による生演奏での大フォークダンス大会となる。


 今年が初めての清歌たちは知らないことだったのだが、このフォークダンス大会は最初のうちはオクラホマミキサーにマイムマイム、ジェンカと定番曲が演奏されるのだが、演奏者が飽きてくると全く関係のないJポップやらアニソンやら映画のテーマ曲などになっていく。そしてダンスの方も輪になっていたものが解けて、めいめい好きなように踊り始めるのである。


 清歌たちいつもの五人は、フォークダンスが終わった時点で人ごみから抜け、グラウンドの隅の方で合流していた。


「あら? なんだか曲が七十年代のディスコミュージックになって来たわね。どうしたのかしら?」


「……ステージ上に武田先生たちもいらっしゃるようですから、それでではないでしょうか」


「う~む。ハロウィンパーティーで味を占めたということだろうか?」


「……ってか、実は単なる目立ちたがり屋って線もありそうだな」


「あはは。でもまあ、こういう音楽ってノリがいいし、何故か知ってる曲が多いからちょうどいいんじゃないかな?」


「確かに知っていますね」「何故か、ね」「ふむ、なるほど」「言われてみれば……」




 ――やがて後夜祭も終わりの時間が近づき、花火が打ち上がった。これはちゃんとした花火師さんに頼んでいる立派なものであり、毎年この後夜祭のトリをかざっているのだ。


「はぁ~、なんにしても、これで文化祭も終わりだね~」


 しみじみと呟く弥生の言葉には、名残惜しいというよりも安堵の色が濃い。


「ふふっ、委員長さんは大変でしたね。お疲れ様でした、弥生さん」


「そね、お疲れ、弥生」「うむ、お疲れ様」「だな、お疲れ~」


「ふぇ? えへへ……、うん、ありがとう、みんな」


 こうして、彼女たちの文化祭は幕を閉じたのである。





申し訳ありませんが、多忙につき次週の更新はお休みさせていただきます。

次の更新は11月2日の予定です。

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