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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
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#9―13 文化祭(前編)




 秋も深まり、そろそろ冬の足音が聞こえてきそうな十一月の第二金曜日。いよいよ明日からは、二日間に渡って開催される百櫻坂高校の文化祭だ。天気予報によれば向こう四日は雨の心配は無いようで、まず間違いなく大勢の来場者で賑わうことだろう。


 時計は午後七時を回り、普段ならばほとんどの生徒が下校している校内は、未だ明かりが消えることは無く熱気と喧騒に満ちていた。文化祭の本番は明日からだが、準備が整わなければ本番も何もない。基本的に予定などというものはズレ込むのが良くある話で、一部の生徒はココで完全燃焼するような勢いでラストスパートをかけているのだ。


 結果として後に振り返ってみた時、文化祭本番よりも前日の修羅場の方が強く印象に残っていた――などという事もよくある話である。


 さて、清歌たちのクラスも順調に準備を進めてきたとはいえ、教室の飾りつけなどは前倒しでできるものではなく、結局この時間まで残ることとなっている。もっとも飾り付けが終わった後で、前日に既に確認していた本番通りのリハーサルを改めて行ってみたり、完成版の映画を通しで上映してみたりしていたので、実のところこの雰囲気の学校に残っていたかっただけなのかもしれない。


 どうしても準備が間に合わない場合は、担任と生徒会に申請をしておけば泊まり込みで準備を続けることも可能だ。毎年参加団体の三~四割ほどが泊まり込みをしており、今回悠司たちのクラスはこちら側である。清歌たちはいつもより若干遅くなっているものの、下校して家でしっかり体を休める予定だ。明日は仮にもお店をやるというのに、疲れた顔で接客するわけにはいかないのである。


 余談だが、お祭り好きの百櫻坂高校にしては少々意外なことに、所謂前夜祭の類は行われない。前述の通り、文化祭の準備にてんやわんや状態なので前夜祭などにかまけている暇は無いのである。ちなみに後夜祭についてはしっかり執り行われる。こちらは模擬店などの人気投票の結果発表などが行われるので、毎回大いに盛り上がるのだ。


 通しの映画上映が終わり、落としていた教室内の照明が付けられると同時に、そこかしこから吐息が漏れる。どうやら出演者や編集作業に携わった者たちのようだ。


 完成した映画のデータは、希望したクラスメートそれぞれにコピーして渡されており、また編集作業時から教室に置かれているパソコンでいつでも視聴できるようになっていたため、クラス全員が最低一回は映画を既に観ている。しかし、クラス全員揃っての鑑賞会、というのは今回が初めてだったのだ。


 不思議なもので、全くの見ず知らずの人に見せるのと、普段から顔を合わせているいわゆる身内に見せるのとでは、微妙に緊張感が異なるものだ。映画製作に直接的に関わったものは、知らず知らずのうちに緊張していたのだろう。特に監督権メインキャストであった天都は、両手を組み合わせてギュッと握っており、未だ緊張が解けないでいるようだ。


「すごいすごーい、面白かったよ!」


「ああ、素人映画だって馬鹿にできないくらいよくできてるんじゃないか?」


「メインキャストのビジュアルに助けられてるっていう面も、無きにしも非ずだが……」


「それだけじゃないって。シナリオも良かったじゃない」


「そうそう。会話のテンポもいいし、一話完結でありながらちゃんと伏線も張ってるし、物語として面白いと思うぜ」


「まあ強いて言えば、口調とかやり取りが普段通り過ぎて、それが逆に違和感があるっていうか、妙に面白かったってのはあるな」


「あ~~」「それ分かるかも」「でもそれは、お客さんには分からないし」「そうそう、問題ないっしょ」


 クラスメートからの感想は概ね良好で、ようやく天都の肩から力が抜けた。清歌たちメインキャストと、旅行者として参加していたチョイ役のクラスメートがそれぞれ笑顔を交わす。


「はいは~い! それではこの上映会を以て今日は解散としま~す! ……と言いたいところなんですが、その前に重要な伝達事項があります」


 さあもう帰ろうか――と空気が緩んだところを引き留め、注目が集まったところで弥生はおもむろに切り出した。


「実は<ミリオンワールド>の運営さんの方から一つ打診されてるんだ。十二月位の話になると思うんだけど、私たちで作った映画を公式サイトの動画ページで公開させてくれないかっていう話なんだけど……どうかな?」


 なんでも運営側へ提出した完成版の映画をスタッフで視聴したところ、これはユーザーが<ミリオンワールド>を利用して映画作成をした最初の実例として、常時公開出来ないかという話になったのだそうな。


 ちなみに弥生たちにこの話を説明しに来たのは、例によって三森さんであった。もう完全にマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)との窓口役になってしまっているようで、「そろそろ正式に肩書がつきそうですね」などと冗談めかして話していた。――冗談、のはずである。


 弥生の言葉に教室内が俄かにざわつく。特にキャストとして参加していた者は、公式サイトで自分の演技が公開されるとあってちょっと動揺しているようだ。なお、天都と五十川には既に話を通しており、他のキャストが賛同するならという返事を貰っている。


「それは凄い話だと思うけど……、文化祭で発表する物としては良くできてるって言っても、やっぱり素人映画だよね?」


「うーん……、確かに最初に見せてもらった黛さんが作ったっていうPVの方がぶっちゃけカッコよくできてたよなぁ……」


 否定的というよりは不可解といった感じの意見が相次ぎ、それに多くのクラスメートたちが同意を示す。要するに、客観的に見て素人映画の域を出ないこの作品を、オフィシャルで公開する意味が分からない、という事である。


 無論、三森から話を聞いた時に弥生たちからもその疑問は当然出ている。そしてその答えは「むしろその方が良い」であった。


 つまり、映画撮影などやったことの無い全くの素人である学生が、<ミリオンワールド>の機能を駆使して一本の映画を作り文化祭で上映した、という事を運営は一つのニュースとして取り上げたいのだ。これで肝心の映画の出来があまりにも良過ぎたら、信憑性が低くなってしまう。素人の範囲を逸脱しない程度で良くできている、というものが求められるので、ゆえに清歌の作ったPVは採用できないのだ。


 なんにしても、単なるRPGではない遊び方の一つの方向性、そしてVR内だけで完結しない現実リアルとの関連づけなど、彼女たちの思い付きには様々な可能性があるのだ。


「――とまあ、運営側にはそういう意図があるんだって。あ、それからプライバシー保護のために、希望者は容姿をある程度作り変えたキャラに置き換えてくれるってことだから、その点は心配いらないよ」


「……ん? それって映画の編集作業をもう一度やらないといけないってことか?」


「ううん、それは大丈夫。使ったオリジナルの動画ファイルと、編集ソフトのドキュメントファイルを一緒に提出すれば、向こうで差し替えてくれるって」


「なるほど、それは楽だね。……あ、でもあの下手くそな編集中のファイルを見られるのか……。ちょっとなぁ……」


 編集担当が微妙な表情で腕を組む。完成品として出力した動画ファイルならまだしも、作業中のファイルはあまりスマートな出来ではない。三、四話目は大分マシになっているが、前半はちょっと他人にお見せしたくないというのが正直なところだ。


 聞こえてくる言葉を拾うと、賛否両論という感じだ。自分たちの試みが<ミリオンワールド>の運営スタッフから認められたという事なら、協力も吝かではない。文化祭での上映という限られた公開ならいいが、公式サイトで万人に晒されるのはちょっとカンベン。容姿を変えて本人バレしないなら別に構わないのでは。――などなど。


 と、ここで弥生は一つの判断材料を投下する。運営に協力することで得られる報酬(・・)についてだ。――ただこれを言ってしまうと、一気に流れが決まってしまいそうなのだが、果たして?


「ええと、もし動画公開に協力することになったら、そのお礼ってことで冒険者アカウントを貰えることになってるんだけど……」


「やろう!」「やります!」「やらいでか!」「やるに決まってるっしょ!」


 あまりにも予想通りな反応を返され、弥生は思わずがっくりと肩を落とす。が、気を取り直してまだ残っている説明を続けた。


「ちょっと待ってみんな、落ち着いて~。……え~っと話の続きだけど、アカウントが貰えるって言っても二人分だけだから、何かの方法で抽選するしかないんだ。それがなんだかモメそうな気がするんだよね……」


「「「「あ~~」」」」


「あと貰えるのはアカウントだけだから、諸手続きとか月額費用とかは普通にかかるんで、そこは覚えておいてね」


「まあそれは当たり前だよな」「うん、そうだね」「それにしても二人分か……」「悩むねぇ~」


 二人分という厳しい数字に、教室内が溜息で満ちる。希望者が二名などということは有り得ない以上、何らかの方法で抽選を行うしかないわけだが、弥生が懸念しているようにモメる可能性は十分ある。というか、抽選の方法を決める段階で難儀しそうだ。


 以前からまとまりの良いクラスが、文化祭の準備を機にその仲はさらに良くなっている。その映画を切っ掛けにモメるようなことにはなって欲しくないと、クラス委員たる弥生は思うのである。


「公開には同意して、アカウントの方は辞退してもいいんだけど……」


「それはそれで勿体ないような……って、考えてみればこれって既に冒険者の委員長たちには、全くメリットがないってことだよね?」


「うん、まぁ……。でもそこについては特に気にしてないから、別にいいんだ。……さて、まあ今すぐ結論を出す必要もないことだから、良く考えてみて。ん~っと、取り敢えず一週間後にもう一回聞くことにするから」


 最初から今日この場で結論を出そうと思っていなかった弥生は、ここでいったん話を切ることにした。落ち着いて考え直せば結論が変わるかもしれないし、何か抽選の妙手が思い浮かぶかもしれない。


「よしっ! じゃあ、今度こそ今日はこれで解散! みんな、今日は家でゆっくり体を休めるように。で、明日明後日は目一杯文化祭を楽しもう!」


「「「「おーっ!」」」」


 弥生がクラスメートの顔を見渡しながら宣言すると、大きな声が返ってくる。本当にまとまりが良いクラスなのである。







 数多くのイベントが開催される百櫻坂高校に於いても、やはり文化祭は花形のイベントだ。それだけにとりわけ派手に、大々的に行われる。


 正門に設置された巨大なアーチ、立ち並ぶ模擬店の屋台、グラウンドにはクイズやコンテストなどのイベントなどが行われる野外ステージが設置され、体育館や音楽室からは音楽系部活動の演奏が途切れることなく聞こえてくる。


 はっきり言って体育祭を上回る騒々しさであり、広い敷地がある百櫻坂高校だからこそできるイベントであると言えよう。もちろん文化祭実行委員と生徒会によって、挨拶回りが抜かりなく行われているのは言うまでもない。


 さてそんな大賑わいの校舎内で、清歌たちのクラスの模擬店は、映画喫茶“一角ウサギ亭(ホーンラビット)”という名前で出店している。この名前は劇中に出てくる冒険者の宿と同じもので、ちょっと目つきの悪い角の生えたウサギがフライパンを持っているロゴマークの看板も劇中と同じである。ちなみに清歌によるデザインである。


 ハロウィンパーティーによる宣伝効果もあってか、一年生が出店している模擬店としてはなかなかの客の入りで、店内は常に賑わっている。多少懸念されていた変則的な営業方法に関しても大きな混乱は無く、順調な滑り出しと言える


 ちなみに営業方法については、結局普通の喫茶店として営業しつつ、決められたスケジュールに沿って映画を上映するという形に落ち着いた。映画の上映前には清歌による店内での演奏があり、それが終わると教室の照明を落としてアナウンスが入り映画の上映をするという形である。


 映画の上映時にも客席上のキャンドル風照明と足元の照明は灯されたままで、いつでも店の外へ出られるようになっている。また映画の上映時に限り、座席に空きがない場合でも――立ち見で構わなければ――入店できるようにしている。


 試行錯誤の段階では、喫茶店の営業時間と映画上映を完全に分けてお客さんを入れ換えるという案や、いっそ喫茶店の営業は普通にやりつつ映画をエンドレスで流し続けてはどうかという案も出ていた。しかしあちらこちらへ頻繁に移動するだろうお客さんの出入りは制限しない方が良いだろうということと、たまたま立ち寄った人が映画だけをちょっと見ていくことも出来るようにしたいという事から、このような形に落ち着いたのである。




 静かな店内に、清歌によるリュート(風ギター)の演奏と歌声が響いている。


 清歌の演奏はそっとさり気なく、誰の会話も邪魔しないようにあくまでも背景の音楽として始まる。しかしほんの数小節演奏しただけで店内の皆が演奏に聴き入り、やがて小さなリサイタルと化してしまう。


 不思議なことに、教室のドアは常に開け放たれているのだが、演奏に合わせるように外から聞こえてくる喧噪も小さくなっていくのだ。映画の上映中は“ただ今上映中”の看板を出しているのだが、その時よりもよほど静かになるのは、少々皮肉な結果かもしれない。


 ポロン、と最後の一音が余韻を残して消える。数秒の間をおいて店内にいた全員から――店員のクラスメートも含めて――拍手が贈られ、清歌は立ち上がって優雅に一礼した。


 清歌がバックヤードへと姿を消すと同時に、これより映画の上映が始まるというアナウンスが流れる。演奏を聴いて満足したのか、あるいは映画には興味がないのか、席を立ち店の外へ出る者が大体三分の二ほどいる。なお映画の上映が無い場合は、清歌の演奏が終わった後にほぼお客さんが総入れ替えになり、これは以前予想した通りである。


 客の入れ替えが終わり、注文の品が行きわたったところで照明が落とされ、映画の上映が始まった。


 ――そしてバックヤードでは。


「よし。じゃあ委員長と黛さんは休憩入っちゃって。あ、ちゃーんと今の内にお昼ご飯も食べておいてよ?」


「承知しました。では、参りましょうか弥生さん。……弥生さん?」


 喫茶店班班長の田村からそう支持された清歌は、頷いて弥生の方を振り返る。――が、なにやら弥生はビミョ~な表情をしていた。


「田村さん、あのさ~……、これって本当に休憩なのかな?」


 ジト目で追及された田村が盛大に目を泳がせた。ちなみに上映中の為、やり取りは全て小声で行われている。


 演劇や演奏のように一日に一回出番があるだけのものと異なり、模擬店の営業は非常に忙しい。お昼時に合わせて休憩時間を貰えたことや、清歌と一緒に文化祭を見て回れる時間を確保してくれたというのは素直に有り難いと、弥生も思う。しかし――


「ま……まあ、確かにちょっとは宣伝を兼ねてるかもしれないけどさ、あんまりそっちは意識しないでいいから。呼びかけとかもしなくていいからさ、ね?」


 田村の言い訳じみた言葉に、清歌と弥生は顔を見合わせて苦笑する。


 そう、確かに休憩ではあるのだが、二人とも衣装は着たままであり、さらに清歌は魔法使いの杖っぽい木の棒の先にクラス名と店名、そしてロゴマークが書かれている円い看板が付けられたものを持ち、弥生は同じ内容が書かれた名札――にしては大きいが――を胸に着けて行かねばならないのだ。


「まあ、しょうがないかぁ」「ふふっ、そうですね」


「(ほっ……)ささ、それじゃあ黛さん、これを委員長に着けてあげちゃって」


 田村から名札風の看板を受け取った清歌が、少し腰をかがめて弥生の左胸に安全ピンで留める。


「うんうん、良く似合ってる!」「委員長カワイイ」「名札コレを思いついた奴は神か!?」


 口々に褒めてくるクラスメートたちを、弥生は先ほどよりも更に冷ややかな、極低温のジト目でなで斬りにした。


「あのさ~、それってつまり小学校低学年の子みたいって……そういうことなのかな? かな?」


 弥生の不機嫌オーラに口を噤み、全力で視線を逸らすクラスメートたち。褒め言葉を口にしていた者たちだけでは無い所が、地味に気になるところだ。ともあれ、いつぞやのように弥生の機嫌を完全に損ねては目も当てられないので、彼女たちもこれ以上弥生を弄る――本人たちは褒めているつもりなのだが――気は無いようだ。


 杖型看板を手に取った清歌はそんなやり取りを見てクスリと笑うと、この場は早く弥生を連れ出した方が良いだろうと呼び掛けた。


「それでは参りましょうか弥生さん。せっかくの休憩時間が勿体ないですからね」


「あっ、そうだよね。じゃあみんな、休憩貰うね。行ってきま~す」


「「「「いってらっしゃ~い」」」」




 片や黒いマントに長い杖を持つ煌めく金糸の髪の類稀なる美少女、片やアリス風の衣装を身に纏った中学生くらいの、下手をすればさらに下に見える女の子。そんな二人が歩いていれば、文化祭という特異な状況に於いても目立つことこの上ない。


 百櫻坂の生徒たちにはハロウィンパーティーでお披露目しているので、「前回は無かったアイテムがあるな」くらいで済んでいるが、学外から来たお客さんたちの視線は、それこそ根こそぎかき集めてしまっている状態だ。田村から言われていたように、二人は特に呼びかけなど行っていなかったが、十分以上に効果的な宣伝となっていた。


 そんな状況も何のその――今日明日は人目を集めてなんぼなので割り切ることにしたのだ――二人は仲良く手を繋いで、色とりどりの飾りつけがされている廊下を抜け、各種看板が立ち並ぶ階段を降り、とある教室から続く行列の最後尾に着いた。今日の昼食はここで食べると、あらかじめ決めていたのである。


「あ~、やっぱり並んでるね。まあしょうがないか」


「はい。お昼時ですから、仕方ありませんね。暫く待つとしましょう」


 コツンと杖を床についた清歌は、それを改めて下から上まで眺めてみた。適度にうねるように曲がっている一メートル半ほどの木の枝は、上端の方が枝分かれしており、その部分に看板が紐で括りつけられている。形といい大きさといい、看板が付いていなければ実に魔法使いの杖っぽい木の枝である。


「そういえば……、この杖というか枝は一体どこから調達してきたのでしょうか?」


「あ~、確か男子の誰かが通学途中に抜ける公園の中で見つけて、ちょうど良さげだから持って来たって話……だったよ」


「……あの、無断で持ってきてしまって大丈夫なのでしょうか?(ヒソヒソ)」


「だ……大丈夫じゃないかな~、黙ってれば(ボソリ)。自然に折れてたものなんだし、どうせゴミだし……あ、ほら、子供がドングリを拾ってくるのと変わらないんじゃないかな~なんて(ヒソヒソ)」


 厳密にいえば問題かもしれないが、まあこの位の事は大した問題ではないだろう――と、二人はこの話題についてはサラッと流すことにした。


「あの~」「すみません……」


 余りにもいいタイミングでドキッとしてしまった弥生だったが、話しかけてきたのは行列の先のお店から出て来た女子中学生(推定)二人組で、木材の無断拝借を咎める風ではなかった。なお、清歌がこの程度の事で動じた素振りを微塵も見せないのは、もはや言うまでもない。


「えっと、私たちに何か?」


「お二人のクラスでも模擬店をやってるんですか?」「映画喫茶ってどういうお店なんですか?」


 弥生の問いかけに、やや緊張した様子の二人組がほぼ同時に、異なる質問を返してきた。


「うん、私たちのクラスでも喫茶店をやってるよ。映画喫茶っていうのは、自主製作映画の上映をやってる時間もあるから、そういう名前にしたの」


「「その映画にはお二人も出演されてるんですかっ?」」


 弥生が愛想よく答えると、今度は異口同音に、勢いよく尋ねてきた。


 その様子に清歌と弥生は思わず顔を見合わせて小さく吹き出してしまう。


「ええ、出演していますよ」


「映画は四話構成になってるんだけど、私たちはメインキャストだからどの話にも出演してるよ」


 清歌と弥生の返事に女子中学生二人組は黄色い声を上げて、「ぜひ見に行きます」と答えた。


 その後、弥生から上映スケジュールが書かれたミニチラシを受け取ると、二人はこの場を立ち去った。


「そのポシェットの中には、そんな物が入っていたのですね」


「こんなこともあろうかと……って言われて持たされてたんだけど、まさか本当に出番があるとは思わなかったよ」




 清歌と弥生が入った、スパイシーな香りが漂うこの模擬店は“百櫻亭はくおうてい”という、学校の名前を冠したカレーライスのお店である。


 なんでも百櫻坂高校文化祭の伝統らしく、生徒会長を選出したクラスは必ず文化祭ではこの名称のカレー店を開くのだとか。カレーのレシピについても代々受け継がれているオリジナルの物があるそうで、毎年その“百櫻カレー”ともう一品その年独自のカレーを出すのも伝統らしい。


 今年の生徒会長は悠司の姉の香奈であり、本人から直接「是非食べに来てね」と誘われていたので、こうしてやって来たのである。――ドリンクのタダ券も貰っていたことだし。


 席に着いた二人は早速注文した。結構本格的に辛いと言われる“百櫻カレー”を清歌が、今年のメニューである“野菜たっぷりまろやかカレー”を弥生が頼んでいる。飲み物は二人ともラッシーだ。


「お待たせしましたー。はい、どうぞ。二人とも来てくれてありがとう」


「えっ、香奈さん!?」「こんにちは、香奈さん。生徒会の方はよろしいのですか?」


 ウェイトレスとしてやってきたのは、驚いたことに香奈であった。生徒会長の仕事は文化祭当日もあるので、店にはあまり出られないと聞いていたのだ。もっともこれは悠司から情報のリークがあったからであり、折角だから弟の友人が来そうな時間にシフトを入れていたのである。さらに言えば――


「それにしても本当に映画そっくりね。悠司君から映画の方を見せてもらった後だから、余計に驚いちゃったわ」


 つまり実物を確認してみたくて、わざわざシフトを調整していたのである。


 お昼時という事もあり、店内は満員状態だ。ウェイトレスである香奈も早々お喋りをしているわけにもいかず、すぐに二人の元から離れて行った。


「それじゃあ、頂きましょうか」「はい。では、頂きます」


 二人が口にしたカレーは、どちらも絶品――とまではいかないが、十分美味しく出来上がっていた。恐らくは市販のルーをベースにスパイスや隠し味を加えて、単なるお手軽カレーではない風味を出しているようだ。


「お~、イケるよ、このカレー。野菜の甘みでそんなに辛くないし、味に深みもある。後で香奈さんからレシピ教えてもらえないかな?」


「こちらも美味しいです。伝統というだけあって、色々工夫されているのでしょうね」


「へぇ~。ね、清歌。ちょっと味見させてくれないかな?」


 弥生のおねだりに笑顔で頷くと、清歌は一口分のカレーライスを乗せたスプーンを差し出した。


「ええ、もちろん。はい、どうぞ」


「うん。あ~ん……って、やらないよ!? も~、毎回毎回引っ掛からないんだからね。あ、清歌もこっち食べて見て。食べ比べしよ」


 思わずあ~んと口を開きかけた弥生は、周囲の視線を察知して慌てて口を閉じる。そして清歌の皿から自分のスプーンで一口分すくって口に入れた。清歌も一旦自分のカレーを食べてしまってスプーンを空にしてから、弥生の皿から一口分貰った。


「んっ、こっちも美味しい。結構複雑な味がするね……って、辛っ! こっちは確かに本格的な辛さだ~」


「あ、こちらのカレーは確かにまろやかな味わいですね。こちらも美味しいです」


「清歌はこっちを食べてたから、余計にそう感じるのかもね。あ、私の場合はその逆なのかな?」


「そうかもしれませんね。……まあ、悠司さんあたりに言わせると、この程度の辛さは「ちょっと辛いくらい」になりそうですけれど」


「あはは、言いそう~。あ、そうだ、これ食べ終わったら次は悠司のところに行ってみようか」


「あ、いいですね。そうしましょう!」




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