#9―12
「ええと、なになに……貸舟? へ~、ここで舟を借りられるみたいだよ」
「舟は三人乗りと六人乗りがあるみたいだな。ちなみに料金はタダらしい」
「あら、それは太っ腹ね。ところで漕ぎ手は必要なのかしら?」
「漕ぎ手は……うん、必要だって。あ、でも漕ぎ手っていうのかな? 竿をつくタイプみたいだから」
「渡し舟なんかで見るタイプね。長距離を移動するには向かないような気がするけど……」
「そこは何らかのアシストがあるのではないか? でなければ、こんなものを態々置いておく意味があるまい」
現在マーチトイボックスの五人は、ポータルの社(?)がある小高い丘から艀のところまで降りて来ていた。言うまでもなく、観測双眼鏡で遠くに見える新たな町を一頻り見た後の事である。
艀の傍にはどこかで見たことのあるような石柱が立っており、斜めになっている上面のタッチパネルを操作すると、ここで船を借りられることが分った。どうやらRPGでよくある、その土地限定で使用できる移動手段のようである。
ここから町までは、徒歩で行くのは億劫になるほどの距離があるので、移動手段があるのは正直言って助かる。観測双眼鏡で見たところ、このエリアにはスベラギにはあった街道が無く、その代わりに水路が存在している。なので街道システムの代わりとして、舟と水路があるという事なのだろう。
――と、納得できたのは清歌と絵梨、聡一郎の三人だった。
「いやー、コレは無いだろ」「う~ん、無いよねぇ……」
どうやら弥生と悠司には、何か不満があるようだ。
「なによ二人とも。せっかく移動手段を用意してくれてるっていうのに、何が不満だっていうの?」
「う~ん、だってさ~、舟だよ、舟。こういうところには普通船頭さんが待ってて、『おう、旅人さんかい? 50Gで何処へでも乗せてってやるよ。どうすんだい?』……とか聞いてくるもんでしょ? 普通は」
「だよなぁ。それが舟の自販機を置いておいて、『勝手に使えば?』っつーのは風情がないっつーか、情緒に欠けるっつーか……なぁ?」
二人が顔を見合わせて、大きく溜息を吐く。さすがは幼馴染と言うべきか、見事に息の合っている反応である。
要するに二人はゲーム的なお約束として、艀があれば常に舟があって、船頭であるNPCがプレイヤーを待ち構えている――という様式美を守って欲しかったという事なのだろう。特に今回は、ゲームの定番的なエリアを二つ踏破してきたのだから、ここでも定番を踏襲して欲しかった、と二人は思ったのである。
「しかし、客が滅多に来ない場所に人員を配置するのは非効率的ではないか? ……というか、その船頭は同じ場所で客を延々と待ち続けるのか?」
聡一郎のもっともなツッコミに、弥生と悠司が言葉に詰まる。普通のゲームのNPCならば当たり前でも、<ミリオンワールド>のリアルなNPCにやらせるとなると、確かにちょっと――いや、かなりの違和感がある。
「……ま、いっか。あんま追及しても仕方ないし」
「そうだね。無人駅みたいなものだと思うことにするよ。……さて、じゃあ六人乗りを借りて……っと」
弥生がタッチパネルを操作すると、艀の先に魔法陣が浮かび上がり、その中に舟が現れた。イメージとしてはどこからか転送されてきた、という感じである。
現れた舟は、時代劇で見たことがあるような形状で、舳先の方から順に、一人、二人、二人と座る場所があり、一人が漕ぎ手として最後尾に立つようになっている。六人乗りという事で想像していたよりも小さめで、少々幅のある人だと二人席に並んで座るのは難しそうだ。従って、途中で漕ぎ手を交代するなら、どこかに接岸しないと難しいかもしれない。
今回は漕ぎ手には聡一郎が立つこととなり、残る四人の席順は舳先の方から順に、悠司、弥生と清歌、絵梨となった。
「みんなちゃんと座った? ……よし、じゃあ頼んだよ総一郎~」
「うむ、任された。では、出発する」
聡一郎が竿を立てると、水路を滑るように舟が進み始めた。竿を手に取った時に表示されたマニュアルに記載されていた通り、軽く水路の底を突くだけですいっと進む。というか、殆どオートで進んでいくといっていい。やはりこれは、このエリアでの街道システムに代わる移動手段という事なのだろう。速度的にも大体同じくらいだ。
舟を操るのは――といってもスピードが落ちた時と分かれ道で竿を突く程度だが――総一郎に任せ、四人は周囲へと目を配り警戒する。これが街道システムと同等の物なら必ずしも安全ではないから、なのだが――
「快適快適~。舟の旅もいいもんだね~」
「はい。ここに来るまでは色々と大変でしたからね」
「戦闘は避けてきたけど、入り組んだ遺跡に始まって、登山に無限ループと結構面倒だったものねぇ……」
起伏の少ないこのエリアは見通しが良く、水路の周辺には魔物が居ないことが一目瞭然で、すぐに警戒を緩めてのんびりモードになってしまっていた。とはいっても完全に緩み切っているわけではなく、一応皆武器は手にしており風景を眺めるついでに魔物の様子も見ている。飛夏もいるので不意打ち対策もバッチリだ。
さて、どことなく和の趣を感じさせるこのエリアは、魔物に関してもその傾向があるようだ。群れている鹿や山羊、牛に似たものや狐の姿も見受けられる。スベラギにもいた魔物ではウサギの姿は見かけるが、あちらではほぼセットで出現するカピバラはいないようだ。
「この分だと、ジョストボアとかヒノワグマあたりはいそうだね」
「そね。あとは……夜になったら妖怪とか出てくると面白いかしら」
「……なんか変なのがいるぞ。ロボか……、アレは?」
悠司が見つけたのは竹製のフレームに粗末な甲冑を身に着けた、ロボット――というかカラクリといった感じの魔物だった。これで刀や槍でも持っていればそれなりに強そうなのだが、手にしているのは鋤で頭には兜ではなく笠を被っているので、魔物退治に出て来た農民といった印象になってしまっている。
「せっかくの新しい魔物だから、俺は一つ戦ってみたいのだが……」
「私は連れて行きたい子がいるのですけれど……」
ではここからは別行動で――などと言って舟を飛び降りて行ってしまいそうな二人を、弥生があわてて窘めた。
「待った。二人とも、今は次の町に着く方が優先だからね? そうすればポータルからすぐここに来れるようになるんだから」
「は~い」「……むぅ、分かっている」
「フフ……ま、お楽しみはもうちょっとだけお預けってことね。……っと、T字路があるわね」
水路がT字路になっている手前で聡一郎は舟を止めた。ちなみにこれまで北上していた水路が東西の水路にぶつかる形で、交差点の壁際に“町へ”と書かれた矢印型の立て札が設置されている。
これまでの交差点全てにこの立て札は設置されていたのだが、親切と言うべきか、町以外の場所への説明がないことに突っ込むべきか微妙な線である。まあ無いよりはマシであろうが。
「これって、左に折れたらどこに出るのかな?」
「ここを左に折れますと……、恐らく途中で川に合流して湖に出るはずですね」
ポータルのある丘の上から見た水路の形を思い出しながら、清歌が弥生の疑問に答える。実際左手奥には浮島が見えた。
「滝を間近で見られるでしょうね(ニッコリ☆)」
「あ~、あの滝かぁ……」
滝と言ってもただの滝ではない。空に浮かぶ浮島から流れ落ちるファンタジーな滝である。見に行ってみたいな~、と一瞬思いかけた弥生だったが、ここは初志貫徹するべきだろうとすぐに思い直す。
「滝見物にも行きたいけど……、それはまた今度ね。というわけで矢印通り町に向かおう」
「了解した」
清歌の誘惑(?)を退けた弥生の指示により、舟は右へと曲がる。
――とまあこんな感じで、マーチトイボックスは町へ向かい前進中である。
新しい町が在るこの浮島は、南北に長い菱形を若干丸っこくしたような形をしていて、五人が降り立ったポータルは島の中央あたりに位置している。
島の北端にはこんもりと木々に覆われた山があり、町はその山と森を背後に広がっている。よく見ると森の中を一直線に伸びる石段のようなものが伸びているので、もしかしたらその先には神社でもあるのかもしれない。
島の北半分は、町を中心にして田畑が広がっている。三つの浮島を水源とした湖という豊富な水資源を活用して、水路を張り巡らし、農地を広げていったということなのだろう。
一方南半分の方にはそういった人の手が入った様子は見受けられない。基本的に起伏の少ない草原が広がっているのは北側と同じで、南端にもやはり山が存在している。山が北よりも若干高かったり、木が密集して生えている場所があったり、南に行くほど草原に起伏が出てきたりするなど細部に多少の違いはあっても、地形的には南半分は北半分とほぼ対称になっていると言っていいだろう。
大きな違いは、南の草原には所々に島が――浮島ではなく――存在していることだろう。草原に島というと奇妙な表現のようだが、草原の中にポツンと唐突に、側面が切り立った崖になっている小さな山のようなものがある様は、島と呼ぶのが相応しいだろう。ちなみにものによっては島の外周を縁取るように小さな池――というか水たまり?――ができているものもあった。
「島の北半分は基本的に町と農地で、魔物もあんまり強いのはいなさそうだな。で、南半分の方はまだ見てないから想像になるんだが、恐らく逆に強い魔物が出て来るんじゃないかと思うんだが……どうかね?」
舟に揺られながら遠くに見える魔物を観察した結果、悠司はそう推理した。そして他の四人もその見解に異論は無い。こういっては何だが、これまで目にしてきた魔物は、正直言ってあまり強そうには見えなかったのである。可愛い子が多いのは良いことではありませんか――などとという主張がどこからか聞こえてきそうだが、それはさておき。
「ふむ。つまり冒険は主に南半分が舞台になるという事だな」
「そうなるでしょうねぇ。……フフ、でももしかしたら“農地を魔物から守れ”なんていうクエストがあるかもしれないわよ?」
「あ~、それありそうかも。っていうか、割と定番のクエストっぽい気がする」
「そういえば、スベラギでは農地も含めて城壁の内側にありましたけれど、ここはそうではないのですね」
清歌の素朴な疑問に、一同「そういえば……」と首を傾げた。
田畑は区画ごとに一応柵が設置されているが、基本的には魔物の居るフィールド上に存在している。高い城壁に囲まれているスベラギに比べると、ずいぶんと無防備な印象だ。
「ま、その辺の仕組みに関しては今答えが出るようなもんじゃないから、魔法的なナニかがある、くらいに片付けておきましょ。それより南の方が気になるわね。あの島とか、いかにも何かありそうじゃない?」
「確かに何かありそうだよね! あ……っていうか、さっきチラッと思ったんだけど……、アレってもしかしたら浮島なんじゃないかな?」
「や、浮いてないし」
弥生の発言にタイムラグなしに突っ込んだのは悠司である。さすがのコンビネーションだが、それは弥生も予期していたようでめげることなく先を続ける。
「分かってるよ~。……だから、何かの理由で落っこちちゃったんじゃないかって話。そう考えると、島の周りに水がある理由も分かる気がするでしょ?」
「……つまり、水が流れ落ちる浮島だったのが、エネルギー切れか何かで地上に落ちてしまって、だけど水だけはまだ少し流れている……と。確かにありそうねぇ」
「もしそうでしたら、修復すればまた浮き上がることができる、という事になりますね」
「ふむ……、ホームのクエストに似ているな。ではいっそ、二つ目の浮島を手に入れるか」
「それもいいけど……二つ目なんてどうするのよ、ソーイチ」
既にホームとして浮島を持っているマーチトイボックスには必要ないだろうという問いかけに、聡一郎はさも当然のように答えた。
「なに、このまま行くと、そのうち清歌嬢のモフモフ天国でホームが手狭になるやもしれんからな。そうなる前に敷地を増やすのもよかろうと思ったのだ」
「あー、なるほどねぇ」「確かになぁ……」「清歌だもんね~」「…………」
実に的確な聡一郎の指摘に、清歌は思わずそっと目を逸らすのであった。
「お~、遂に来たね!」「はい。来ましたね」「長かったわね~」「ようやく到着か~」「うむ。長い道程だった」
入り組んだ遺跡を調査し、浮島で構成された山を越え、迷いの森の謎を解き、そして最後は長時間舟に揺られてようやく辿り着いた新しい町。――の、船着き場に降り立った五人は、町の玄関口を眺めながらそれぞれ感慨深げな声を上げた。
――と、その時、ポンと光が弾けるようなエフェクトともに、お久しぶりのダイアローグジェムが現れた。
『マーチトイボックスの皆さん。新しい町“イツキ”への到着、おめでとうございます! 皆さんがこの町へ到達した最初の冒険者となります!』
「へ~、イツキって名前の町なんだ。ええと、確か私たちが一旦この町を出るかログアウトすると、他の冒険者もこの町に来れるようになるんだよね?」
『はい。条件を満たしている冒険者であれば、通行料を支払うことでポータルから転移することができます』
「……その条件っていうのは、今教えてもらえるのかしら?」
『もちろんです。イツキへ来るための条件は、レベル十以上、スベラギ学院にある転移の石板を開放していること、の二つです。ちなみに二つ目の条件は“スベラギ学院”と“転移の石板”がマスクデータとなっていて、それぞれ発見することによりマスクが解除されるようになっています』
例えば<ミリオンワールド>を始めたばかりの冒険者だった場合、イツキへ転移する条件は“レベル十以上、■■■■■■にある■■■■■を開放していること”と表示されるのだろう。そしてスベラギ学院を知っている冒険者の場合、二番目の条件が“スベラギ学院にある■■■■■を開放していること”となるはずである。
ごく一般的な冒険者はスベラギの中央広場から北には用が無いので、スベラギ学院の存在を知らない者の方が多いはずだ。またスベラギ学院を知っていたとしても、石板の解放には時間がかかる。どうやらマーチトイボックス以外の冒険者がイツキを訪れるのは、まだまだ先の話になりそうである。
『よろしければこの町について軽くご説明しますが、どうしますか?』
ダイアローグジェムの申し出に、弥生はメンバーとアイコンタクトを取ってから返答する。
「いいえ、折角だから自分たちで見て回ります。もし聞きたくなったら、また呼べばいいんですよね?」
『はい。それから私がお伝えする程度の情報は、町に入ると同時にライブラリにも記載されます。では、引き続き良い冒険を!』
伝えるべきことを言い終わると、ダイアローグジェムはペコリと頭(?)を下げてから姿を消した。どうやら新しい町に到着すると、このような形で町の名前と概要を軽く説明してくれるシステムになっているようだ。さすがにVRでは、町の入り口に常に突っ立っていて「ここは○○の町だよ」とだけ言う、不可解なNPCを置くわけにはいかなかったのだろう。
「さてと、じゃあまずは……」
取り敢えずイツキの散策兼探索を始めようとぐるっと見回した弥生の視界に、とある幟が飛び込んできて――その瞬間、弥生は最初の目的地としてそこを提案することにした。
「お団子を食べに行こう!」「いいですね、参りましょう!」「そね、行きましょうか」
「ファッ!? ちょちょ、ちょーっと待った!!」
早速新しい町の探索に乗り出すと思いきや、いきなり食い気に走るリーダーを含む女性陣三名に、悠司がガクリと姿勢を崩しつつも鋭くツッコミを入れた。
「ナニよぅ」「はい、なんでしょう?」「何か不満でも?」
今日も見事に同じ角度で首を傾げてすっとぼけて見せる三人に、悠司は内心で頭を抱えつつも「先ずは探索をすべきなんじゃないか」と言おうとした。しかし――
「む? 何か問題でもあるのか、悠司」
「そ……聡一郎よ、お前もか……」
聡一郎の言葉に悠司は愕然として、どこかで聞いたようなセリフを口にする。
――かくして、イツキでの最初の目的地が決定したのであった。
町の玄関口からほど近くに、その茶店はあった。
マーチトイボックスの五人はそれぞれお茶とお団子や善哉、どら焼きなどを注文すると、大きな和傘が真ん中に立てられている屋外席に着いた。
程なくして注文の品が届き、お茶を一口飲んでホッと一息つく。スベラギでお茶というと紅茶やコーヒーだったが、ここでは緑茶に番茶にほうじ茶などである。
茶店、和傘、日本茶に和菓子などからお解りのこととは思うが、ここイツキは日本風のデザインで統一されている町だった。それもいわゆる時代劇に出て来るような町人の家屋ではなく、今でも京都で保存されているような屋敷、あるいは寺社仏閣のような立派な造りの家々が立ち並ぶ街並みである。
住人の服装も基本的に和装で、兵士か冒険者と思しき人も袴姿の侍風だったり、狩衣姿だったりしている。当然のことながら弥生たちの装いは非常に目立っており、逆にスベラギでは一番浮いている清歌がここでは溶け込んでいた。
そしてもう一つ、イツキには大きな特徴があった。
「それにしても、ちょっと不思議な感じもするけど、素敵な町だね~」
「不思議な感じ……でしょうか?」
「うん。なんていうか、こういう町って西洋のものっていうイメージがあるんだよね」
「ああ、ヴェネツィアやストックホルムなどですね」
「日本にも水の都って言われる都市はあるんだが、確かに弥生の言うようなイメージはあるわな」
イツキの町は水路が縦横に張り巡らされ、舟による交通が人の往来や物流に大きな役割を果たしているという、いわゆる“水の都”なのである。家屋も地面の上に建っている物だけではなく、水の上に――正確には水底に打ち付けた杭の上に――建てられた物も多い。
「俺は行ったことが無いから映像で見ただけなのだが、厳島神社に似ているような気がするな」
善哉を片手に聡一郎がそんな感想を述べる。
「確かに、鳥居は無いけど水の上に日本家屋が建ってるところとか、橋で建物同士が繋がってるところとか共通点があるわね」
「ふむふむ、もしかしたらデザインの参考にしたのかもね。……それにしても」
弥生はみたらし団子の串にパクリと食いつきつつ、チラリと水路を舟で行き交う人々に視線を向ける。
「ちょっと弥生、あんまりジロジロ見たら失礼でしょ?(ヒソヒソ)」
「え~っ!? そんなにジロジロとは見てないってば(ヒソヒソ)」
「ふふっ。……気になる気持ちは分かりますけれど、ね(ヒソヒソ)」
「まあ、ファンタジーの王道がここで登場だもんなぁ……(ヒソヒソ)」
「そういえばスベラギには普通の人間しか見かけなかったな(ヒソヒソ)」
五人の視線の先では、スラリと背が高く長い金髪を一つにまとめていて、頭の両脇に長く尖った耳のある非常に整った顔立ちの女性が、袴姿で舟を漕いでいた。服装に若干の突っ込み所はあるものの、容姿に関しては百点満点の由緒正しいエルフさんである。
先ほどからお茶と和菓子を堪能しつつ通行人を観察したところ、イツキには人間とエルフが住んでいるようだ。人口比は人間六に対してエルフ四といったところだろうか。ただこれは外に出ている人を見ただけなので、実際には違うかもしれない。
「お客さんたち、旅人さんかい? もしかしてエルフを見るのは初めてかい?」
五人がヒソヒソ話をしていると、店員さん――というか恐らくこの店の女将さん――が気さくに話しかけてきた。
この女将さんもエルフのようで、耳が長くほぼ真横に伸びていて先が尖っている。恰幅のいい体に和服を着こみ茶色の髪であっても、恐らくエルフなのである。
「はい、まあ旅人……っていうか、一応冒険者なんですけど、この島の外から来ました」
「へぇー、そいつは珍しいこともあったもんだねぇ。一体何年ぶりの事やら……」
珍しいとは言いつつも、弥生たちに対して忌避感は持っていないように見受けられる。道行く人々も五人を見て物珍しそうな表情になっても、胡乱げにこちらを見てくることは無い。エルフと言えば誇り高く排他的という王道ファンタジーの設定は、幸いなことにここでは採用されていないようである。
「この町はエルフと人間が住んでるんですね。私たちは人間だけの町から来たので、ちょっと驚きました」
「ああ、そうだったのかい。今はエルフと人間しか住んでいないけど、ちょっと前まではここにも獣人が住んでいたんだよ」
「……ちなみにちょっと前というと、どのくらい前なんですか?」
「そうだねぇ、二十年は前だったかねぇ……」
二十年をちょっと前という時間感覚に、絵梨が「なるほどね」と小さく頷く。この世界のエルフも長命の種族のようだ。
「それで、お客さんたちはイツキに何をしに来たんだい?」
「何をしに……というか、冒険を進めてきたら自然とココに辿り着いた……って感じですね」
恐らく町に着くだろうなという予測はあっても、イツキという町を目指して来たわけではないのだ。ある意味、ここに来ること自体が目的だったとも言えよう。
そんな弥生の答えに、女将さんは「冒険者っていうのは、良く分かんないことをするんだねぇ」と半ば独り言のように呟いていた。まあ、<ミリオンワールド>の世界で生きている住人から見れば、未知のエリアへ飛び込むことを楽しむ冒険者の行動原理は、確かにどこか奇妙に思えるのだろう。
「あ、でもこの島の南に点在してる島……のようなものは、近いうちに見に行こうと思ってます」
「ああ、冒険者さんはああいうのに興味があるんだねぇ。聞いた話じゃ、まだ生きてる装置もあるってことだから、行く時は気を付けるんだよ」
サラッと齎された聞き捨てならない情報に、五人は顔を見合わせた。
「女将さん、生きている装置っていうのは、具体的にどういうものなんですか?」
「いや、私も詳しくは知らないよ。……ただ、南に転がってる島はずっと昔、浮島にいろんな魔法装置を乗っけて実験をした残骸だっていうのは確からしいね。兵器の類だってあったかもしれないから、行くなら念のため用心しときなさいって話だよ」
「なるほど、ありがとうございます。……あ、お団子お替りください」
「あ、私も!」「私もお願いします」「俺も団子を……みたらしとあんこで」「俺は……磯辺焼きにしようかな」
「あいよ、ちょいとお待ちね」
情報をくれたお礼も兼ねて五人がそれぞれ追加の注文をすると、女将さんはニッコリ笑って店内へと姿を消した。狙ってやっているのだとしたら、なかなかの商売上手と言えよう。もっとも、この茶店のお菓子はどれも美味しかったので、情報云々に関わらず普通にお代わりを頼んでいただろう。
――結局その後、お茶のお代わりまでも注文して、思ったよりも長いこと寛いでしまう五人なのであった。