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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
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#9―11




 迷いの森。RPGを始めとするゲームだけでなく、ファンタジー要素のある物語では割と頻繁に顔を出す地名――というよりも土地の性質かもしれないが――の一つである。


 曰く、森の中では方位が分からなくなる。曰く、真っ直ぐ歩いているつもりでもいつの間にか来たことのある場所に戻ってしまっている。曰く、恐ろしいものが住み着いていて、足を踏み入れればそれの餌食になってしまう。――などなど、物語によって様々な謂れがあるものの、要約すれば一度足を踏み入れたら二度と出られないと言われている深い森の事である。主人公やゲームのプレイヤーが割と簡単に抜け出られるところについては、決して突っ込んではならない。それもまた一種の様式美おやくそくなのである。


 さて、ゲームにおける“迷いの森”と名の付くフィールドには、その性質に関していくつかのパターンが存在する。


 ただひたすら巨大な森のフィールドという場合。基本的にこのパターンの場合は、マップをしっかり確認すれば突破できる。もっともだだっ広い上、ものよっては地面に高低差が合ったり、倒木や巨木の枝などによる立体交差で迷路のようになっていたりすることもあり、面倒臭いフィールドであることに違いはない。


 森の奥に何者かがおり、その力によって先に進めなくなっている場合。このパターンは何某かのイベントやクエストが絡んでいることが多く、それらを進行させなければどうやっても突破することができないようになっている。迷いの森というよりは、侵入不可の森といった方が正確かもしれない。


 森というフィールド自体に何かしらの仕掛けがある場合。大抵は無限ループとセットになっており、ギミックを作動させる、或いは定められたルートを正確に辿るといった特定の行動を取らないと、延々と先に進めないというものである。ちなみに戻るのは馬鹿みたいに簡単で、いつでもリタイヤできるというのも特徴である。


 他にも様々な形はあるが、代表的なのはこれら三つのパターンだろう。


 さて、移動する浮島によって構成された山を踏破したマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が辿り着いた森は、一見風流な秋の森といった風情でありながら、どうやら三つ目のパターンに該当する迷いの森だったらしい。スタート地点から少し観察しただけで、それを予想した弥生は流石と言うべきか、ちょっと有り得ないゲーム勘だと呆れるべきか、微妙なところである。




「広場と広場が道で繋がってる、古典的な構造のマップみたいだね。細部に違いはあるけど、広場の大まかな形は全部同じと」


「正解の道を進まないと、ポータルへと戻されてしまいましたね」


「んで、四回正解すると祭壇みたいなのがある広場に出る。その先で不正解を選ぶと、祭壇の広場に戻されると。……ま、これはチェックポイントだろうな」


「進んできた道を戻ると必ずチェックポイントに戻されたわね。つまり、このエリアは変則的な長い一本道ってことね」


「あ、チェックポイントに辿り着くと同時にそこまで辿ったルートがマップに記録されたよ」


「選択肢をいちいち覚えるのは四回まででいいってことね」


「ま、そこは、助かるよなぁ。それからチェックポイントから後退するとスタート地点に戻されたが……、これはポータルに戻るのか一つ前のチェックポイントに戻るのか、まだ分からんな」


「ふむ。まだ二つ目のチェックポイントには到達していないからな。それはともかく道や広場で魔物を見かけたが、どれもノンアクティブで少々物足りんな」


「えっ!」「魔物なんていたの?」「一匹だけチラッと見かけたが……」


「草の影や、木の枝の上、それから土手に掘られた穴の中など、そこかしこにいましたね。魔物の姿が全くなかったのは、ポータルとチェックポイントの広場だけでした」


「そういえば安全地帯だったのは、ココとチェックポイントだけだったっけ。魔物がいたんだ……、気付かなかったな~」


「ま、なんにせよ、弥生の言った通りココは間違いなく迷いの森だな。定番とは言え、何とも厄介な仕込みをしてくれたもんだなぁ……」


 現在、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人はスタート地点である、ポータルのある広場へと戻って来ている。この森の性質をアレコレと検証した結果、ちょうどこの広場に戻って来てしまったので、攻略へ向けての話し合い中なのである。


「それにしても、無限ループなんてゲームじゃありふれた仕掛けなんだが……、まさかこんなに厄介なものだったとはなぁ……」


 検証結果が出そろったところで、悠司がしみじみといった感じでボヤき、一つ大きく息を吐く。清歌たち四人もその感想に反論する気は毛頭なく、それぞれ頷いたり溜息を吐いたりしている。


 とにかく徒労感が半端ないのだ。無限ループという仕掛けは基本的にそういうものであるが、ディスプレイ越しのキャラクターを動かすだけのゲームと異なり自分の体を動かしている分余計に、スタート地点へ戻された時に酷くガッカリしてしまうのだ。


 付け加えると感覚が非常にリアルなVRでの無限ループは、どうやら直感的に「こんな地形は有り得ない」と分かるようで、とても気味が悪い、化かされているといった印象を受け、それもまた精神的な疲労に繋がっているようなのである。


「う~ん……、ノーヒントで総当たり式にルートを確定していかなくちゃいけないっていうゲームも、あるにはあるんだけど……」


 とにかく時間をかけて解け! とでも言わんばかりのゲームも、割と古いタイプのRPGにはあった。そういうのに限ってシンボルエンカウントではなく、確率でエンカウントするタイプで非常にイライラさせられたりもするのだが――それはさておき。


「それは今時じゃないっつーか、<ミリオンワールド>の開発陣らしくないよな?」


「そね。何かしらのヒントはあるんじゃないかしら。そうじゃないとフェアじゃないわ。……ま、分かり難くくしてるとは思うけどね」


 弥生を筆頭にゲーム経験値がそれなりに高い三人は、この無限ループには何かしらヒントがあるはずだと予想している。


 それに対し軽く首を傾げつつ清歌が尋ねた。


「ヒントというと……例えばどのようなものがあるのでしょうか?」


「例えば? う~ん……この森に当て嵌めて言うと、灯篭に灯る火の色が違ってて、特定の色順で道を選ぶ……とかかな? あとは特定の魔物がいる道が正解になってるなんていうのもありそうかな」


「あ~、確かにあるよな、そういうの。チェックポイントごとに暗号とパズルがあって、それを解くと正解が分かるとかもあるな」


「あるね~! あとは道の入り口に文字があって、正解を繋げると文章になるとかも……」


 なにやら“無限ループあるある”で弥生と悠司が盛り上がっている。幼馴染故に昔からゲームの貸し借りなどもしており、つまりは過去にプレイしたゲームの思い出話をしているのである。


 ともあれ、ヒントの例は十分に挙がった。印象としては、なんでそんなヒントがそこにあるのか分からないという、脈絡の無いモノが多いように思える。もっともその点については、「ゲームなんだから」の一言で片づけるしかない。ノーヒントよりはよっぽどマシである。


 余談だが、昨今のゲームではヒントどころかプレイヤーをガイドする機能が充実し過ぎていて、迷宮などと看板を掲げていても、一本道だったりナビに従って進めばあっさりクリアできたりするモノが多い。レトロなゲームに慣れ親しんだ者から、最近のRPGはヌル過ぎると言われる所以である。


 閑話休題。いつの間にやらあるある話から脇に逸れて、過去にプレイしたRPGのネタ話に移っている二人を、絵梨が手を二度叩いて制止した。


「はいはい。懐かしRPG思い出話はまたの機会になさいな。今はそんな場合じゃないでしょ」


「は~い」「こりゃスマン」


 二人揃ってぺこりと頭を下げる様子に、清歌はクスリと笑う。そして一つ考えていたことを提案した。


「考えたのですけれど、手分けして三つの道に一人ずつ同時に入るというのはどうでしょうか?」


 不正解だった者は元の広場に戻って残っている二人と合流、四人揃った時点で戻らなかった者の選んだ道が正解だから、全員でそちらへ進むのだ。正解した者は次の広場で待機していればいい。


 要は総当たり式の効率を上げるプランである。よくパーティーから離れて単独行動をする清歌だからこそ気づいた方法と言えよう。全員で何度もやり直す面倒臭さは軽減されるのだから、良策のように思えるが――


「ふむ。それならば確かに効率は上がるな。魔物もノンアクティブばかりだし、危険も無いのではないか?」


「や……、でもそんなに上手くいくかな?」


「意地の悪い開発スタッフのことだから、そういうのはちゃんとブロックしてそうな気もするわねぇ……」


「ま、分からないなら、試してみればいいよ。じゃあ言い出しっぺの清歌はここで待っててね。私らは一人ずつ別の道を行こう。次の広場に無事着いたとしても、報告の為にすぐに戻ってくるようにね」


 成功すれば儲けものと試してみたのだが、残念ながらこの策は失敗に終わった。


 ポータル付近で清歌と飛夏がぽつねんと待っていると、程なくして北へ行ったものは南から、西へ行ったものは東からという具合に反対側の道から、四人ほぼ同時に帰って来てしまったのである。


 一応、正解である東の道を進んだ聡一郎から話を聞いたところ、やはり広場にはたどり着けずに、最初の広場(ポータル)に出てしまったとのこと。どうやら手分けして総当たりの効率を上げる方法は採れないようだ。


「総当たりでやるなら横着するなってことね。ま、これはヒントが用意されてるってことを逆説的に証明したようなものだから、悪いこととも言えないのかしら? ともかく、そろそろログアウトの時間だけど、どうするのリーダー?」


「あ、もうそんな時間か。う~ん……、絵梨が言ったようにヒントはあるはずだから、取っ掛かりくらいは掴みたいよね。だからもう一回だけ、ヒントを探しながら一個目のチェックポイントまでの正解ルートを辿ってみようよ」


「そりゃ構わんが、それらしいヒントが見つからなかった場合はどうするんだ?」


「その時は、今日はきっぱり諦めてログアウトしよう。で、明日また考える」


「ふむ。一旦時間をおいてから気分を変えて改めて見れば、別の発見があるかもしれんからな。それでよいのではないか?」


 こうしてログアウト前にワンチャン、ヒント探しをすることとなった。もっとも、実のところ五人ともこれでヒントが見つかるとは思っていなかったのである。


 弥生と悠司が挙げた「こういう場合のヒント集」を参考にしつつ、それらしいものを探しながらチェックポイントの広場へと辿り着いた。弥生がメンバー全員の顔を見渡すと、それぞれ首を横に振ったりお手上げポーズをしたりしていた。――ただ一人、清歌を除いては。


「もしかしたら……ヒントが何か分かったかもしれません」


「えっ!?」「ホントに?」「マジか!?」「……ほう?」




 結局、残り時間も少なくなっていたので、清歌が発見したと思しきヒントについては保留として、この日はログアウトすることとなった。


 ちなみにヒントの詳細についてはまだ明かされていない。清歌が話そうとしたところを弥生が止めたのである。なんでも一晩かけて、自分もヒントを探してみるとのことである。――ゲーマーのプライドというものであろうか?







 明けて翌日。いつもの時間に登校した清歌は、日に日に文化祭の準備が進み、あちこちに看板やら大道具やらが立てかけられている廊下を歩いて教室へと入った。


「おはようございます」


「お、おはよう、黛さん」「おはよー」「ご、ごご、ごきげんよう、黛さん」


 クラスメートと挨拶――妙な挨拶を口走った者もいるが――を交わして自分の席へと向かう途中、机に突っ伏している弥生が目に入った。フワフワの髪が机の上に散らばり、微動だにしていない。――見ようによっては、長毛種の小動物が机を占領しているようでもあった。耳と目鼻をちょうどいいところにくっ付ければ、結構可愛いかもしれない。


 鞄を置いた清歌が、弥生の元へ歩み寄る。


「おはようございます、弥生さん。どうされたのですか?」


「ふぁ? あ、おはよ~、清歌。う~ん、なんか考え過ぎて脳みそが煮詰まっちゃった感じ……かも」


 起き上がった弥生がふにゃっとした笑顔で応える。寝そべっていたせいで髪の毛がかなり広がってしまっている。


「ふふっ、弥生さん、髪が乱れてしまっていますよ? 整えますので、ブラシを貸して頂けますか?」


「ふぇ!? い、いいよ、自分でやるから……」


「いえいえ、遠慮なさらずに。お任せください」


「そ、そう? じゃあ……お願い、清歌」


 弥生からブラシを受け取ると、清歌はゆっくりと丁寧に柔らかい髪にブラシを入れる。清歌と弥生と絵梨の三人は、昼休に互いの髪型をいじって遊ぶこともあるので、慣れたものである。


「それで、何を考えていらしたのでしょうか? やはり、昨日の?」


「そう、それ。撮っておいた写真を見たりしてあれこれ考えたんだけどね~。お手上げだったよ~」


 清歌のブラッシングが気持ちいいのか口調が暢気なため、お手上げと言いつつもあまり悔しそうには聞こえないところがちょっと面白い。


「ね~、清歌~。ヒント……っていうか、ヒントのヒント、ちょ~だい」


 弥生が顔を上げて背中を逸らし、上目遣いに背後の清歌におねだりをする。


「ふふっ、弥生さんったら、これではブラシがかけられませんよ? ……そうですね、ヒントのヒントですか……」


 弥生の肩をそっと押して元の姿勢に戻し、再びブラシを入れつつ、ヒントになりそうな言葉を探す。弥生は答えを求めているわけではないから、ここは気をつけなくてはならない。


「弥生さんが挙げて下さった例の中に、形としては似ているものがありましたね。そっくりそのままではなく、ちょっと捻りを加えたような感じですけれど」


「ホントに? それってどれのこと?」


「んー、それを言ってしまうと、もうかなり答えに近づいてしまうので……」


「あ~、そっか。それじゃあもうヒントじゃないよね~。う~ん、どれのことかなぁ~?」


 弥生がまたもや考え込んでしまったようだ。清歌は暫くの間、思考の邪魔にならないように黙って静かにブラシを入れていた。


「はい。これで大丈夫ですよ、弥生さん」


 ブラシを受け取った弥生が振り返り、ニパッと笑顔を見せる。


「ありがと~、清歌」


「どういたしまして。……ヒントの方は分かりそうですか?」


「う~ん……、そっちはまだ考え中~」


 ブラシをポーチにしまった弥生が、背もたれに寄りかかって姿勢を崩し、さらに頭を背後の清歌に預ける。


 清歌はクスリと微笑むと、両腕を弥生の肩から前に、軽く包み込むように回した。


「弥生さんならきっと気が付くと思いますよ。……根拠はありませんけれど」


「え~っ? なにそれ~」


 そうやってしばらくの間、二人は囁くように笑いあうのであった。


 ありふれた朝の光景である。




 ――廊下側にギャラリーが集まっていようとも、もはや誰も突っ込まなくなってしまった以上、これはあくまでも日常(・・)の一コマなのである。







 放課後、文化祭の準備を手伝った後、清歌たち五人はワールドエントランスへと向かった。


 余談だが、結局清歌は悠司たちのクラスに外部協力者という形で参加している。ただ直接教室へ赴くとイロイロと――というかぶっちゃけ悠司の気苦労的な意味で問題があるので、悠司から聞いたイメージで描いたデザイン画を提供したのである。


 さておき、ログインして迷いの森へと降り立つと、そこは相変わらずの暗さで空に浮かぶ月も満月のままだった。どうやらこのエリアは、時間帯が固定されているようである。恐らく極端に見通しの悪い道を演出するには、夜だと都合がいいからなのだろう。


 マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一行は、早速迷いの森攻略に取り掛かった。まずはヒントの詳細については明かさず、清歌が先導して二番目のチェックポイントを目指したのである。


「……疑ってたわけじゃあ無いんだが……、なぁ?」


「うむ。清歌嬢がいい加減なことを言うとは思っていない。……が、こうもあっさりと到着してしまうと……」


「なんというか、狐につままれたような気分よねぇ……。助かるけど」


「ええと……、ありがとうございます?」


 あまりにもすんなりチェックポイントに到着してしまった為か、悠司ら三人が何やらビミョ~な感想を零す。一応、褒めてくれてはいるようなので清歌もお礼を返したものの、会話がかみ合っていないような気がして語尾が疑問形になってしまった。


「も~、せっかく清歌がヒントを見つけてくれたんだから、もうちょっと素直に感謝すればいいのに……」


 少々ひねくれた物言いの三人に、呆れた様子の弥生が苦情を漏らす。


「あら、感謝してるじゃないの。……一応(ボソリ)。ところで、そろそろ種明かしをして貰っていいかしら、清歌?」


「承知しました。ただ、その前に……弥生さん?」


 少し首を傾げて尋ねてくる清歌に、弥生は腕を組んで首を捻ると自信なさげに答えた。


「う~ん、もしかして音が絡んでる? 正解の道の前で聞こえる音を繋げると、何かのメロディーになる……とか?」


 その回答に、清歌はパッと一瞬で輝くような満面の笑顔になる。


「正解です! 流石は弥生さんですね」


 一方、今朝の一幕での会話を知らない――様子は廊下で見ていた――三人は、絶句して謎を解いてみせた弥生を凝視している。


「……弥生、あなた一体どうしてわかったの?」


「ん~、それが分かったっていうのとはちょっと違うんだよねぇ……。恥ずかしながら」


 清歌からヒントのヒントを貰った弥生は、改めて昨日自分と悠司で挙げたこういう場合のパターンについて考えてみたのだ。


 色や魔物による指示というのは、写真を見返しても見つからなかった。こういうゲーム的な観察力にはちょっと自信があるので、これは違いないだろう。パズルや謎ときについても同様で、こちらの場合は問題そのものを手の込んだやり方で隠しているとは考えなくていい。それでは本末転倒だからだ。


 そもそも、迷いの森に入ってからは清歌とずっと行動を共にしていて、離れたのは例の手分けをして探す手法の検証をしたときだけだ。清歌が殊更何かを探すような行動をしていたら、誰かが気づいたはずである。ならば、清歌だからこそ気づけた何かがある、という事だ。――そこで弥生は直感的に「音かな?」と思ったのである。


 音に着目して考えると、弥生の挙げた例の中に確かに近いものがある。文字を繋げると文章になるというもので、これの文字を音に換えると、文章とはすなわちメロディーになる。そして清歌の言っていた「形は同じだが、ちょっと捻りを加えた」というヒントにも当て嵌まる。


「――と、こんな感じで消去法的に当てたってだけなんだ」


「それにしたって大したものだと思うけど。……っていうか音ってナニよ?」


 絵梨の疑問に清歌はニコニコしているだけだ。どうやら説明を弥生に丸投げするつもりのようである。


「今でも聞こえてるでしょ? この虫の声だよ。正解の道からは、他からは聞こえないメロディーの……切れ端? みたいなのが混じってるの」


 この謎解きは昼休み頃には出来ていたので、正解の道を辿る時に全神経を集中させて耳を澄ませていたら、沢山の虫の声の中に特定の音階が混じっていることに気付けたのである。


「……ん~、ちなみに次の正解はどの道なんだ?」


「え~っ? ここからじゃ私には分かんないよ、正解の道の近くまで行かないと。清歌は?」


「そうですね、ここは……北の道が正解です」


 清歌の言葉に従って、ぞろぞろと北の道の入り口付近まで移動して耳を澄ます。


 四人とも目を閉じて何やら難しい表情をしていたが、先ずは弥生が頷いて目を開けた。次いで聡一郎が気づき、更にしばらく間を置いて絵梨と悠司は同時に目を開いた。


「うむ。確かに特定の音階が時間を空けて繰り返されているな」


「俺にも何とか分かった。……だが、それ(・・)があると知って聴いてれば辛うじて分かるってレベルじゃないか? コレ」


「同感。……あ、ひょっとして……、虫の声が不自然じゃないように、秋の夜の森みたいな景色にしてるってこと!?」


「それ、ありそう~」「あ、なるほど」「やってくれるな~」「……むう」


 ヒントである音があからさまに目立ってしまっていては、すぐに謎は解けてしまう。故に虫の声に紛れ込ませ、更にそれが聞こえるのが自然な環境にしておく。或いは秋の夜の森エリアを作ったから、このヒントで迷いの森にしたという順番なのかもしれないが、いずれにせよ実に手の込んだカモフラージュには違いない。


「それにしてもこんなヒント、清歌さんでもなきゃ分からんだろうに」


 いくら何でも難しすぎやしないか、という悠司の言葉に弥生と絵梨、聡一郎が頷く。


「確かに難しいかもしれませんけれど、一応、関連付けはあるようですよ? このヒントの音を繋げると、例の石板の主旋律になりますから」


「「「「あ~~」」」」


 今更の話ではあるが、このエリアへは石板が楽譜であるという謎を解いてからの流れで到達したのである。確かに全く無関係の曲よりは、石板のメロディーがヒントになっている方が多少は納得できる。


「ちなみにヒント1つにつき半小節分ですから、チェックポイントまでに二小節分、つまりポータルからここまでで四小節分経過しています。石板の曲は十六小節ありましたので……」


「残りは十二小節分。言い換えると、二十四個目の広場にゴールがあるってことかしら? 結構長いわねぇ……」


 清歌の言葉を引き継いだ絵梨が、残りの道程を思って思わずボヤく。


「なに、ヒントが分かっているのだ。距離的には大したものでもあるまい」


 そう、単純な距離で言えば一つ前の登山の方がよっぽど長いのだ。何度も無限ループさせられるとなれば心が折れそうなものだが、今回は既に答えが判明している。


「そうそう! ……さてと、じゃあボチボチ出発しよっか!」


 弥生の号令の下、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は歩みを再開する。そして清歌の予想通り、二十四個目の広場にてポータルを発見したのであった。




「……まさか正しいメロディーを選択しなければならなくなるとは……、少々予想外でしたね」


「不正解の方からダミーの音が出てたもんね……。あれは酷いよ」


「それを間違わない清歌さんは流石だが……、あの最後の四回は難易度がおかしくないか?」


「ふむ……。あっさりクリアしてしまってはつまらないだろうと、難易度が上げられたのではないか?」


「つまらないって、ソーイチ……まあ、いいわ。難易度調整はありそうな話よね。だから間違い過ぎたら、何か救済措置があったのかもしれないわねぇ」


「あ~、そういう事なら納得できる……かも? ま、いいや、じゃあ次のエリアに行くよ~」







 ポータルから転移した先は、うって変わって明るい日に照らされた場所で、明暗の差に清歌たちは思わず目を細めた


 目を開くと、視界に先ず飛び込んできたのは起伏の少ない土地に広がる草原だった。そして川――というよりも整えられた水路、それに架けられている木製の橋、所々に草原を四角く切り取ったように存在する畑と水田など、どこか和の趣を感じられる場所だった。


 五人が降り立った場所は、小高い丘の上にある神殿――というよりはやしろとでも呼べそうな場所だった。正方形に盛り上げられた地面の中央にポータルの泉があり、四角から伸びた朱色の柱が瓦葺きの結構立派な屋根を支えている。ポータルと地面の草がなければ、土俵のようにも見えただろう。


 ポータルの泉からは小川が流れ出していて、その先は水路へと合流している。合流地点には簡素な造りのはしけがあった。


 なお、この島全体は巨大な浮島であり、さらに付随する小さな浮島が目に付く限りで三つある。どうやらその小さな浮島がこの島の水源(・・)になっているらしく、そこから落ちる滝がこの島に注ぎ込み、湖を作っていた。


 初見の場所で見通しが良ければ先ずは観測双眼鏡で周囲を確認する、というのが最近のマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)のセオリーだ。今回もそれに従って屋根の下から出て適当な平らな場所に設置すると、リーダーの弥生が一番手で覗き込んだ。


「お~~、遂に来たねぇ~。ちょっと感慨深いものがあるかも」


「はい。初めての長旅でしたからね」


「……まあ、まだ距離はあるから、旅が終わったわけではないが」


「そうだけど……、あと一息ってところでしょ。……っていうか弥生、そろそろ交代なさいな」


「そうそう、俺らも早く見たいんだから」


「あはは、ごめんごめん。じゃあ次の人どうぞ~」


 笑って誤魔化しつつ弥生が場所を空けると、絵梨がそこに収まった。ちなみに順番は厳正なるジャンケンによって決められている。


 彼女たちが我先にと双眼鏡を見たがるのも無理はない。なぜなら、畑や田んぼがある事からも分かるように、この島では人が生活を営んでいるのだ。


 つまりこの島には町が、アルザーヌではない、もう一つの第二の町が在るのである。




……定期的に百合成分ユリニウムを補充したくなるんです。

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