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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
125/177

#9―10




 絵梨の放ったファイヤーボールが大砲近くの地面に着弾し、爆発とともに積もっている雪を消し去った。


「のわっ! 絵梨、こっちは動けないんだから、もうちょっと気を付けてくれまいか」


「あら、それは失礼。でもシステム的にダメージは受けないんだから、別に問題ないでしょ?」


「そうだが……、熱気や衝撃は感じるのだから、やはり撃つ前に一言欲しかったと、俺も思うぞ」


 悪びれることなくしれっと言い放つ絵梨であったが、悠司だけでなく聡一郎からも苦情を言われてしまい、目を逸らしつつ肩を竦めた。


 ともあれ、今のファイヤーボールによって山頂の浮島からはほぼ雪が消えてなくなり、岩肌がむき出しになった。ジャミングミストと雪玉爆弾の砲撃を恒久的に止めるスイッチがないかと、うっすーい希望をもって雪を溶かしてみたのだ。今や山頂は湯気に包まれ、気分は温泉地である。


「ん~、無いねぇ……他のスイッチ。やっぱりこれをずっと止めておくことはできないみたいだね」


「ま、それはある意味予想通りよね」


「ふむ……。一つ疑問なのだが、仮に装置を恒久的に停止させることが出来たとして、俺たち以外の冒険者がここに来たらどうなるのだ?」


「一般的なオンラインゲームだったら、パーティーにスイッチをオフにしてないメンバーが居たら、オンになってるはずだよ」


 その説明に今一つ納得がいかないのか聡一郎が片眉を上げるが、そういう仕様にしておかなければ、謎ときに挑戦できるのが最初の一パーティーだけになってしまう。現実的に考えれば奇妙な話ではあるが、それがオンラインゲームのシステムなのだ。


「まあ一時停止スイッチしかないコレには、関係ない話だがな。ってか、これ下山の時はどうするよ?」


「あっ! そっか……、そこから離れたらまたジャミングミストが出てきちゃうんだよね。う~ん……」


 清歌の従魔二体にスイッチの上に乗ってもらっておいて五人が下山、しかる後に従魔を送還する――という手もあるのだが、従魔をこの場に置き去りにすることに抵抗があるために、弥生はその方法を捨てている。他の三人からも提案が出てこないという事は、皆同じように感じているのだろう。


 なお岩や雪玉などにこのスイッチは反応しないので、RPGでよくあるパズル的謎解きのように、ブロックを上に乗せて作動させるという手は使えない。――というか、もし雪に反応するなら最初からスイッチはオフだったはずだ。


「また清歌さんに残ってもらう……っつーのも、ちょっとなぁ……」


「ふむ。なんなら俺も一緒に残ってもいいが? 登りはともかく、下りならば俺でも行けるだろう」


「…………それって、あんまり意味は無いんじゃないかしら? なんにしても戦闘は避けているのだから、戦力が必要なわけでもなし」


 さて、どうしたものかと一同が首を捻る。


 ところでその清歌はどうしているのかというと、弥生たちと頂上で合流した後、スイッチの場所を悠司と聡一郎に代わって貰い、従魔たちと共にユキミツグマの元へと向かっている。無論、ハイランドビーから入手した雪蜜で気を引いて従魔にする心づもりである。


 ちなみに弥生たちは清歌が何をしに行ったのか、正確には聞かされていない。尋ねてみたところ、「上手くいきましたら、後ほどお見せしますね(ニッコリ☆)」という返答だったので、恐らく従魔をゲットしに行ったのだろう、という事までは予想している。


「それにしても結構時間かかってるんじゃないか、清歌さん。もしかして手こずってるんじゃ……」


「ううん、大丈夫そう。もうこっちに向かって来てるよ……っていうか、もうすぐそこまで……」


 弥生が顔を向けると、ちょうどそのタイミングで空飛ぶ毛布に乗った清歌が現れた。


「お待たせしました、皆さん」


「お帰り~。それで、結果はどうだったの?」


 清歌は右手の人差し指と親指で(マル)を作ってニッコリ笑顔をする。首尾よく新たな魔物モフモフをゲットできたようである。


「それは重畳。ま、新しい子はホームに帰った時に見せてもらうとして……、こっちはこの通り、他のスイッチは見つけれられなかったわ」


 絵梨が両手を広げて上に向けたヤレヤレポーズで首を横に振る。時間が経って湯気の晴れた頂上は黒っぽい地面が広がるのみで、男子二人が乗っているもの以外の魔法陣は見当たらない。


 下山はどうしようか相談していたのだという話を聞いた清歌は、このスイッチを作動させた時、ジャミングミストが上の方から徐々に晴れていったことを思い出した。つまり、ジャミングミストはダクトから放出されて下の方へと流れて行き、この山全体を包み込むにはタイムラグがあるのだ。ということは――


「スイッチから離れても急いで(・・・)一気に下山すれば、恐らくミストが満ちる前に下まで辿り着けるのではないかと思います」


「ふむ……。電気のオンオフのようにスイッチを入れた瞬間、効果が全体に出るわけではないということか。これは盲点だったな」


「まあ、雪玉爆弾は飛んでくるだろうが、急いで(・・・)降りて行けば、自然と狙いは外れるだろうから、それについては問題ないだろうしな」


「「………………」」


 さも既定路線であるかのように話しを進める三人に対し、弥生と絵梨は若干引き攣った表情で沈黙している。


 急いで下山するという事は、浮力制御や浮遊落下でゆっくり降りるのは論外だ。つまり高い所では五メートル以上もある段差を飛び降りて、タイミングよくエアリアルステップを挟んで落下速度を殺しつつ、下まで辿り着かねばならないのである。


 一段ずつ時間をかけて降りられるならばともかく、時間制限付きで次々と降りて行かなければならないというのは、正直言って自信がない二人なのである。


「まあ、弥生たちは空飛ぶ毛布で先行させるって手があるわけだが……」


「そ、そ~だよね!」「そうそう、それでいいのよね」


 救済案に目を輝かせる二人に苦笑しつつ、悠司はもう一つの提案をする。


「……わけだが、折角だから練習しておかないか? 時間制限付きの脱出イベントも、RPGではありふれたもんだろ」


 崩壊するダンジョンからの脱出、時限爆弾が爆発するまでに非難する、逃走を図るターゲットを追撃して仕留める――などなど、制限時間付きというのは割とポピュラーな演出と言えよう。<ミリオンワールド>の開発陣はこういったお約束を盛り込むのが好きらしいので、今後そういうイベントに遭遇する可能性は大いにあり得る。


 そういったイベントはカウントを継続したまま戦闘を挟むことや、戦闘状態を維持したままという状況もある。要するに、空飛ぶ毛布に頼ることが出来ないわけであり、今の内に練習しておこうという悠司の提案は説得力があった。


 弥生と同じく乗り気ではない絵梨が、視線で「どうするのよ?」と尋ねてくる。どうやらリーダーの決断に任せるという事らしい。


「う~ん、仕方ないか。練習しておいた方が良いっていうのは分かるし、トライしてみよっか」


 弥生の決断の下、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)はちょっとした訓練を兼ねて下山することとなった。


 相談した結果、先ずは清歌がお手本として先に降り、弥生と絵梨がその後に続く。雪が無くなる辺りまで三人が先行したところで、男性陣がスタートすることとなった。後は時間との勝負で、もしジャミングミストに追いつかれた場合は、徒歩に切り替えて降りることとなる。


 ちなみにスタート地点と反対側の麓には、ポータルが設置されていることが視認できている。このエリアは本当にただの通過地点のようだ。


「では……、弥生さん、絵梨さん、参りましょうか」


「うん。よろしくね、清歌」「了解、お手柔らかにね」


「はい。最初は雪玉による攻撃がありませんから、降りることだけに集中できます。その間にできるだけ慣れてしまいましょう。……では、悠司さん、聡一郎さん、お先に失礼しますね」


「おー、二人の引率よろしく」「うむ。健闘を祈る」


 残る二人に対し優雅に一礼した清歌が、身を翻して山頂から飛び降りる。エアリアルステップを挟んで着地すると、そのまま止まることなくさらに飛び降り、早くも二段下の浮島へと降り立ってしまった。


「いきなりハードル高いなぁ~。じゃ、お先~」


「ま、付いて行くしかないわねぇ。ソーイチ、ユージ、スタート前には連絡しなさいよー」


 若干ボヤキ混じりの言葉を残し、弥生と絵梨は清歌を追って下山を始めるのであった。




 十数分後、先行の三人娘は無事、雪が積もるエリアの境界、そこにある安全地帯の浮島へと辿り着いていた。なお、殊更安全地帯を目指したのではなく、一番飛び降りやすいルートを辿った結果、この浮島に着いただけである。


 途中弥生が着地する時にふらついて尻餅をついて雪が冷たかったり、絵梨がエアリアルステップのタイミングを誤って少々落下ダメージを負ったりというアクシデントもあったが、概ね無事と言っていい範囲であろう。


「ふ~。……ま、まあ、何とかなったね」


「はぁ~。そ、そね。ダメージもすでに回復してるし、まあ問題ないでしょ」


「ふふっ、お疲れ様でした」


「清歌もお疲れ。って言っても、あと三分の二も残ってるけどね~」


「ま、問題は次の三分の一よね。それさえ抜ければ、雪玉爆弾は飛んで来なくなるはず」


 失敗も含めて経験を積んだ結果、この程度の高さから飛び降りることについては、ある程度慣れることが出来ていた。極論すれば、現在の<ミリオンワールド>における最高レベルクラスである彼女たちならば、五メートル程度の落下ダメージは――足から着地すれば――問題にならないのである。


『こちら聡一郎。そろそろスタートしようと思うのだが、そちらの準備はどうだ?』


『あ~、こっちはね……』弥生は清歌と絵梨にアイコンタクトを取る。『……いつでも行けるよ~』


『ああその前に、実際に飛び降りてみた感想というか、注意点とかあったら聞かせくれ』


『……ま、最悪エアリアルステップに失敗しても、ダメージは大したことないわ。……脚はちょっと痺れるけど』


『(失敗したのか)……』『(まあ、絵梨はあまり使わないからな)……』


 その感想を口にしなかったのは、まあ懸命だったと言えよう。


『え~っと、それから足場が動いてるからだと思うけど、着地の時にちょっとバランスが崩れるかも』


『ふむ。それは受け身を取ればいいのではないか?』『受け身を取ればいんじゃね?』


『『できればやってるよ(わよ)!!』』


 聡一郎と悠司の不用意な一言に、弥生と絵梨が鋭くツッコミを入れる。二連続でスルーしておけば良かったのだが、後の祭りである。


『ま~、いいよ~。運動神経のいい二人は受け身でもなんでも駆使して、一気に私らのとこまで追いつけばいいんだよ』


『そね。のろまな私らは一段ずつ、着実に、堅実に行くとしましょー』


『『………………』』


 わざとらしく不機嫌そうな口調で言う弥生と絵梨に対し、頂上の二人からは沈黙が返ってくる。そんなある意味とても仲のいいやり取りを聞いていた清歌は、クスリと笑った。


『まあ、お二人ともそのくらいで。……ところで、最後の雪玉爆弾は誰を狙っていたか、どなたか覚えてらっしゃいますか?』


『ん~、ちょっと覚えてない。……っつーか、俺らは四人でほぼ固まってたから、清歌さん以外は誰を狙ってたのか、正確には分からないんだよなぁ』


『それは……、たぶんパーティーのリスト順だと思うよ。だから、私、聡一郎、悠司、絵梨、清歌の順番じゃないかな?』


 ちなみにこれは五人でパーティーを組んでいる時のリストで、咄嗟の時にも確認しやすいように固定にしている。戦闘時のポジション順を元に、パーティーに居ない時も多く、また定位置の無い遊撃である清歌が最後にくっ付いているという形だ。


『……確か最後に清歌が狙われた後で、こっちに四発……ああ、清歌が一発止めたから五発ね。ということは、次は聡一郎か……、一回順番を飛ばされた清歌のどちらじゃないかしら?』


『ふむふむ。じゃあ取り敢えず一発目が来そうな二人は気を付けるようにってことで……、他に確認することってある? ……よし! じゃあ、そろそろ行くよ~! 下山作戦フェイズツー、開始!』


『はい!』『行きますかー』『いよいよだな!』『オッケー、リーダー』


 かなりテキトーな作戦名で号令をかけたのだが、誰からもツッコミが入ることなく普通に受け入れられてしまい、なにやらビミョ~な表情になる弥生なのであった。




 頂上にいる悠司は、マップ画面で三人のマーカーが動き出すのを確認してから、聡一郎へ声を掛けた。


「よし、三人が動き出した。じゃあ、こっちも行くとしますか」


「うむ、そうしよう。では、レディー……」


「「ゴー!」」


 掛け声とともに二人が走り出し、躊躇なく下段へと飛び降りる。余り助走をつけすぎると下段の端っこに着地してしまう可能性があるので、速さはさほど必要ない。要は思い切り良く、かつテンポよく立ち止まらないようにするのがポイントだ。


 エアリアルステップを使って勢いを殺し、浮島に着地する。――と弥生が忠告してくれていたようにバランスを崩しそうになったので、前転して受け身を取り、その勢いのまま立ち上がって走りだす。中学時代の男子体育には、柔道があった(なぜか寒~い冬に)ということもあり、この程度なら悠司にも楽勝なのだ。


「やるな、悠司」


「この程度なら俺にもな。ってか、バランスも崩さないお前に言われてもなぁ~」


 言いつつ、二人はさらに飛び降りる。と、同時に上の方から、気の抜けた音が聞こえてきた。エアリアルステップを使いつつ上をチラリと見上げると、雪玉の影が二人を追い越していくのが見えた。


「こちらではなかったか」「だな」『清歌さん、雪玉がそっちに向かった!』


『承知しました。ご連絡、ありがとうございます』


 バランスを崩すことなく着地した二人は、その勢いのまま走り出そうとして――足を止めてしまった。


「は!?」「今のは?」


 なぜならば、気の抜けたような音が再び頂上から聞こえてきたからである。登りの時の砲撃にはもっと長いインターバルが、少なくとも二分程度はあったはずだ。こんな風に数十――いや、十数秒程度の間隔で連射してくるなど聞いていない。


 本来なら何も考えずに走るべきなのだろうが、二人は思わず空を見上げる。


「うわっ、マジか!?」「そのようだ。走れ、悠司!」


 聡一郎目掛けて飛来する雪玉爆弾から逃れるべく二人は走り出し、飛び降りる。と、同時に背後に着弾、冷たい爆風が背後から襲い掛かってきた。


「ぬおっ!」「のわぁ~!」


 爆風に押し出されてバランスをやや崩しながらも、何とかエアリアルステップで態勢を整えて着地し受け身を取る。これでは本当に脱出アクションの主人公じゃないかと、悠司は内心でツッコミを入れた。


『緊急連絡! 砲撃のタイミングがすげー早い! やばっ、もう三発目だ』


『止まってる暇はないぞ。次の狙いは悠司だ』


『分かってる! 次は弥生たちの番だから、気を付けろよ!』


『分かった! 悠司たちも気を付けて!』


 弥生たちに注意を促しつつ飛び降りる。と、ほぼ同じタイミングで背後に着弾。自分を狙って来ただけあって、先ほどよりも強い爆風に飛ばされ、運悪く下の浮島に生えている樹の枝の中に突っ込んでしまう。


「のわあぁぁぁーーーー!!」


 幸か不幸かそれで落下スピードが殺されたために、エアリアルステップを使う必要はなかったのだが、着地した悠司は折れた枝と葉っぱがあちこちにくっ付き、背中は雪で真っ白という酷い有様だった。


「ヤレヤレ、ひでぇー目にあった。脱出アクションの次はコントかっつーの」


 取り敢えず三発分は落ち着けるという事で、悠司が体をはたきながら悪態を吐く。


 見上げると次の雪玉が飛んで行くところだった。ちなみにジャミングミストはまだ頂上の一段下に到達したくらいなので、こちらに関しては余裕がある。


「それにしても、なぜ連射するようになったのだ? 登りと下りでは違う、ということなのだろうか?」


 聡一郎が頭と背中に着いた雪を払いながら疑問を口にする。


「かもなぁ。……ああ、いやもしかすると、上下方向の移動速度によって決まるんじゃないか? 考えてみると、登りの時も俺らに四発来た後、清歌さんの方に撃たれるタイミングが、早かったような気がする」


「……なるほど、言われてみればそんな気がするな」


「ま、そんな推測は脇に置いといて、今は……」


「うむ。先を急ぐとしよう」


 二人はチラリと互いを見やると一つ頷き、再び走り出した。




 そうして連射されるようになった雪玉爆弾に悩まされつつ下山を続け、悠司と聡一郎は砲撃が終わる緑のある段の、二段(・・)上にまで辿り着いていた。


「むぅ……、これは不味いな。跳び移れる浮島が見当たらない」


「……確かに、こりゃかなりヤバいな」


 二人が降り立った浮島は、複数の浮島との中継地点になっているような場所で、たまたま今は全ての浮島が離れて行くところだった。その上、この浮島自体が小さめで、爆風から身を隠せるような岩なども無い。ぶっちゃけ大ピンチである。


「まあ、雪玉爆弾を迎撃して、爆風のダメージは回復しつつタイミングを待つ……って、手もあるんだが……」


「ふむ、その手もあるな。……が、いささか面白みに欠けるとは思わんか?」


「(ニヤッ)だよな。やっぱ、ここは行くしかないだろ」


「うむ(ニヤッ)」


 互いに不敵な笑みを浮かべると、悠司と聡一郎は反対側の縁まで後退し、助走の準備をした。


『ちょ、ちょっと、二人とも? もしかして一段飛ばしで降りるつもりなの!?』


『その通り!』『ここで待つ、というのも芸がないからな』


『う~ん、やりたいって言うなら仕方ないけど……。っていうか、悠司はエアリアルステップ、それ程連発出来ないでしょ? 大丈夫なの?』


『あ~、それな。目算では、思いっきり助走してジャンプすれば多分届く……ハズ。じゃ、まあ成功を祈っててくれ』


『分かったわ。……じゃ、失敗した時の罰ゲームを考えておくわ』


『ヲイ、待てコラ』


『あはは。……頑張って!』『下でお待ちしています』『失敗したら、本当に罰ゲームよ!』


 三者三様の応援に、悠司と聡一郎は顔を見合わせて苦笑する。なんにしてもヤル気は貰った。


 爆風で押し出されるようにタイミングを計り、二人は同時にスタートする。


 ここで悠司はスキルのダッシュを使用、更にタイミングを見計らって同じくスキルのジャンプを使用する。これにより陸上選手並の走り幅跳びになった――はずだ。そして背後からの爆風でさらに前へと押し出される。


「エアリアル、ステップ!(よっしゃ、上出来!)」


 エアリアルステップを使ったタイミングで再びスキルのジャンプを使うことに成功し、悠司は内心で自画自賛した。スキルはアーツと異なり思考スイッチのみで使用可能なことを、上手く利用したのである。この辺りは、生身の身体能力が非常に優れていて、スキルという存在をほぼ忘れてしまっている清歌や聡一郎では思いつかない工夫と言えよう。


 見事な空中二段幅跳びを決めた悠司は、ある意味目算通り、ギリギリ片足を浮島の縁に乗せることができた。これで終われば大成功だったのだが――


「「「「あっ!」」」」「まさかっ!?」


 ――なんと、足を乗せた浮島の縁がボロッと崩れてしまったのだ!


 もっとも普通に運動神経が良い方である悠司は、咄嗟に両手を伸ばし縁に掴まることにアッサリと成功する。そして一息吐くと、使用可能になったエアリアルステップを使って跳び上がり、上陸を果たしたのであった。


「いやー、参った。まさか最後に、こんなオチがあるとは予想外……って、なんだ、いったい?」


 出迎えにこの浮島へ来ていた三人娘の内、清歌を除いた二人が何やら不満そうな表情をしている。


「はぁ~、もう悠司にはガッカリだよ」「はぁ……、ホント興醒めよねぇ~」


 わざとらしく大きな溜息を吐いてダメ出しをする二人に、悠司は「まさか落ちた方が良かったとでも?」と目を剥いた。


「違う違う、落っこちたら大変だよ。そんなこと考えるわけないでしょ? そうじゃなくってさぁ~、あるでしょ、こう……様式美? みたいなの」


「そね。崖が崩れて辛うじて手で捕まる。もうダメかというところでバシッと仲間が腕を掴む。崖の上に引き上げて「サンキュ」「なに、俺たちは相棒だろ」とか言って拳を合わせる……みたいな?」


「……そんな暑苦しいことを俺らにやれ、と?」


 どうやら弥生と絵梨がお気に召さなかったのは、ピンチを脱するプロセスに合ったらしい。要するに、(デー)の名を冠するドリンク剤の一昔前にやっていたCM的な展開を、二人は期待していたのである。


 確かにシチュエーション的にはまさにその通りの状況だったとはいえ、ピンチを脱したことを労うよりも前に、そんな理由でダメ出しをしてくる二人の態度については、一度厳しく追及しておいた方が良いかもしれない。


「ああ……、山を舞台にした物語ではありそうな展開ですね」


「そうそう! よくある展開だけど、それだけに盛り上がるっていうか……。も~、悠司はせっかくのチャンスをフイにして~」


「折角動画撮影の準備もしてたのに……、無駄になっちゃったわねぇ」


 撮影というキーワードに、悠司は何やら不穏な響きを感じた。まさかとは思うが、その動画を“”の属性を持つ女子に見せようなどと考えているのではあるまいか? ジト目で問い詰める悠司に、絵梨は目を泳がせ、弥生もさり気なく視線を上に向ける。


「やあねぇ、誰に見せるつもりもないわよ。まさかそんな、仲間のネタを売るような真似なんて……、あまつさえそれで何か便宜を図ってもらおうだなんて、そんなこと……(ニヤリ★)」


 全く何を考えているのやらと、悠司は首を横に振って額に手を当てる。まあ、こんな風にバラしているという事は、本気でやろうとは思っていないのだろう。ただ冗談にしても心臓に悪いので止めてもらいたいものだ。


「あはは。まあ冗談はそのくらいにして、ジャミングミストが来る前に下まで降りちゃおう」


「はいはい、りょ~かい」


 こんな話はさっさと流してしまうに限る。特に話の流れが分からずにキョトンとしている清歌から説明を求められたら、一体誰がどのように説明するというのか。あまりお嬢様に聞かせたくないネタは出さないように、後で釘を刺しておこうと決意する悠司なのであった。







 ポータルを抜けた先は、夜の森だった。


 深い森の中にぽっかりと開けた円――というよりも、正方形の角を丸くしたような土手に囲まれた広場の中、中央には楕円形の池があり、そこにポータルの球体が浮かんでいる。


 四方には道が伸びており、その入り口の左右にはぼんやりと明かりの灯った灯篭がひとつずつ。広場にはところどころに草むらがあり、背の高いすすきがそよ風に揺れている。


 空を見上げればまん丸のお月様。そして秋の虫たちの唄と、ポータルから流れ落ちる水の音がひっそりと響いている。


 ――なんとも風流な。それがマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人共通の感想だった。


「……ちょっと一休みしよっか?」


「そね。登山はなんだかんだで疲れちゃったし、お月見としゃれこみましょうか」


「それは素敵ですね。では早速……」


 二人の提案に乗った清歌がレジャーシートではなく、何と濡縁のような背もたれの無いベンチを取り出し、さらにその上に赤い布を敷いた。気分は茶店の屋外席である。


 五人は用意された席に座ると、飲み物とお菓子類を取り出してホッと一息ついた。ちなみに再召喚された飛夏は、清歌と弥生の間に座って二人にナデナデされている。


「ふむ。こうなると……団子がないのが、少々残念だな」


「まあ、スベラギは一応西洋風の街並みだからな。和菓子はちょっと合わんだろう」


「……考えてみればさっきの山も富士山っぽかったし、和の雰囲気のエリアが二連続よねぇ」


 取り留めのない話をしつつ、月を見上げ、たまにお菓子を食べる。少しひんやりとする風が心地よく、五人は予定よりもずっと長い時間、お月見を楽しんでいた。




「さて! 十分休んだところで……調査を始めるとしましょうか」


「……? 一体、何を調べるのでしょうか?」


 遺跡エリアのように何か謎がありそうな場所ではなく、またダンジョンでもないただの森に、弥生が調査という言葉を使ったのを不思議に思い、清歌が首を傾げる。


「う~ん、なんていうかちょっと予感がするっていうか、ゲーマーの琴線に触れるものがあるというか……。まあ、とにかく移動してみよう。それで分かるはずだから」


 弥生はおもむろに破杖槌を取り出すと、地面に立てて手を離した。倒れた方角は、やや北寄りの西。――という事で、始めの一手は西に伸びる道を行くことに決める。


 両脇に灯篭の立つ入り口に立ってみて分かったが、何やら道が不自然な程暗い。十メートルも離れれば、見えなくなってしまう程である。


「な……、なんだか不気味な感じね。肝試しみたい」


「あ、それならいい物がありますよ」


 そう言ってウィンドウを操作し、清歌が出現させたのはぼんやりとした明かりの灯る丸い提灯だった。手に持った棒の先にぶら下げるタイプの物だが、コミックエフェクトには実態がないために、提灯だけが宙に浮かんでいる。


 足元を照らす明かりが欲しいと思っていた絵梨ではあるが、これでは逆に雰囲気が出過ぎて、怖さが増してしまう。


「ダメ、それは却下だよ、清歌! それじゃあ余計に怖くなっちゃうよ~」


「……そうでしょうか? 残念です」


 弥生が両手でバツを示し、清歌がしょんぼりした声を出してしぶしぶ提灯を消した。


「(ホッ)まあ、明かりは魔法で出しましょ。ライティング」


 絵梨が魔法を使うと、ソフトボール大の光る球が現れた。こちらは普通に明るい電球のようなものなので、これを見て怖くなることは無い。


 そんな一幕を挟みつつ、五人は西の道を先へと進み始めた。


 不自然に暗い道は、灯した明かりも足元を照らす程度で見通しが酷く悪い。暗闇の中から突然魔物が現れる可能性も考え、警戒して歩みを進めること数分。辿り着いた広場にあったものは――


「ポータル、ですね」「ええ、ポータルね」「まさか、もうゴールなのか?」「いやいや、んなバカな」「あ~……、やっぱりかぁ~」


 一人納得の声を上げる弥生に四人の視線が集まった。


「ここは……、たぶん“迷いの森”だよ」





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