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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
124/177

#9―09




 艶やかな黒髪を靡かせて浮島の上を一人清歌が行く。草木のある高度は既に越え、暗いグレーの岩ばかりの浮島はいささか足元が不安定だが、清歌の足取りは軽く、そして確かだ。木を登る時に少々邪魔だったゆえに上衣を脱いだその姿は、さしずめしのびといった風情だ。――右手に持っているのが苦無や忍刀ではなく、メカニカルな万能採取ツールなのが惜しいところである。


 ひょいと軽くジャンプして大きめの岩の上に乗った清歌は上の浮島を見上げ、タイミングを見計らう。デコボコしている浮島の側面には、よく見ると所々に掴まりやすそうなポイントがあるのだ。


 大きく腕を伸ばしてジャンプした清歌は、狙った出っ張りを左手で掴むと、両足のつま先を手探りならぬ足探りで適当な凹みに突っ込む。そうして一応の安定を確保すると、右手に持った万能採取ツールを取り付いたこの浮島の縁付近に狙いを定め、ワイヤーアンカーを射出した。


 グイッと引っ張りきちんと刺さっていることを確認した清歌は、三角形の取っ手状に変形させているツールに足を引っ掛け、ワイヤーを巻き上げる力でスルスルと登って行く。万能採取ツールのアンカーは、壁や木などのオブジェクトに一度突き刺さると、リリース操作をしない限り決して引っこ抜けない便利仕様なので、清歌も安心して身を任せられるのである。


 縁に取りつき、よじ登った清歌はツールを回収すると、マップを確認しつつ周囲を見渡した。この浮島の段から雪がそこかしこに見られる。頂上まではあと一息といったところか。ちなみにこの段には例の安全地帯である少々大きめの浮島もあるのだが、そこを通過したからといって、アクションゲームのように落下死亡からの再スタート地点として登録されるわけでもないので、清歌は華麗にスルーする方針である。


 ――と、まあこんな感じで単独行の清歌は、順調にショートカット登山を進めている。とは言え、清歌にとってもこの登山は簡単なものではなく、壁面の出っ張りを掴み損ねてしまったり、ワイヤーでぶら下がっている途中で浮島の移動方向が変わって大きく振り回されたりと、ヒヤリとする瞬間が何度かあったのも事実である。


 清歌基準では無茶とは言えないまでも、少々危険なことをした自覚もあるので、そのことは弥生には言わないでおこうと、両頬をさすりながら胸に誓う清歌なのであった。絵梨から提案されるまで、清歌がこのショートカットについて話さなかったのもその辺りに理由があるのである。


 ちなみに山頂から降って来る雪玉爆弾(仮称)については、弥生たちが囮になっているような、なっていないような――という感じである。というのも、雪玉爆弾は単純に一定以上の高さに到達した登山者を一人ずつ順番に狙って飛んでくるらしく、五回に一回は清歌の方にも飛んでくるのである。ただそのパターンが判明してからは、弥生たちが四回爆撃を受けた時点で清歌に警告をくれるので、対処が楽になったのは事実であろう。


『清歌~、次の雪玉がそっちに行くから気を付けてね』


『承知しました。……あ、こちらはたった今、雪のある高さにまで到着しました』


『それはまた早いわねぇ。そういえば、そこって雪山並みに寒いのかしら?』


 言われてみれば――と、清歌は首を傾げる。手近な岩の上に積もった雪を手ですくってみると、それは確かに雪の冷たさと感触がする。手の温度で少しずつ溶けていくところまで非常にリアルなのに、気温自体は少々肌寒く感じるくらいだ。


 寒さはともかく、この景色に肩を出した格好はそぐわないと思った清歌は、上衣を取り出して羽織りつつ、感じたことを伝えた。


『なんつーか聞いた感じだと、人工雪を降らせた山って感じだな、そりゃ』


『ふむ。少々奇妙な感じはするが、あまりに寒いと動きが鈍るからな。こちらとしては好都合だろう』


『だね~。あ、清歌? 分かってると思うけど、今はヒナがいないんだから魔物の居る浮島には気を付けてね?』


『実はここを登った浮島の隣が、少々広い浮島なのですけれど……』


『……さ~や~か~?』


『ふふっ、大丈夫ですよ、弥生さん。流石にこの状況で魔物に挑もうとは思いませんので』


『も~、清歌ってば……。とにかく気を付けてね。無理だと思ったらショートカットはもうやめて、普通に進んでも構わないんだからね?』


『ありがとうございます、弥生さん。では、また後ほど』


『うん。じゃ、また~』


 チャットを切った清歌が上の浮島へと移動したところで、山頂の方からボフンという少々気の抜けた砲撃音が聞こえてきた。清歌は素早く浮島の端の方まで走り、大きめの岩陰に隠れる。


 程なくして雪玉が着弾、これまた気の抜けた爆発音とともに雪煙が舞う。


 白一色に染まった空気が晴れた時、清歌がたまたま再接近していた隣の浮島を見やると、そこに居た魔物と目が合ってしまった。


 真っ白の毛皮に覆われたその魔物は、見たものの殆どが恐らく「シロクマだ」と言うに違いない。が、シロクマ――というかホッキョクグマ――とは特徴が大分異なっている。


 コロンとした体躯、太くて短めの手足、大きめの頭、なによりペタリと腰を下ろしてぼんやりしている姿に、シロクマらしい精悍さがまるで感じられない。ヌイグルミの熊にも似ているが、むしろこれは――


(真っ白なパンダ……ですね、この子は)


 付け加えて言うなら、まだ子供のパンダであろう。


(名前はええと……ユキミツグマ。ユキミツ……? まるで日本人のような名前ですね……)


 内心で首を傾げつつ、見つめ合っているだけというのもアレなので、手を軽く振って見せると、ユキミツグマは目をパチクリさせた後で、ゴロンと雪の上を転がって遊び始めた。可愛い。――世の女性がキャーキャー言いそうな、あざとさ(・・・・)すら感じられる程の可愛さである。


(連れて帰りたいですけれど……、今は我慢ですね。ちゃんとお仕事をしなければ)


 微妙に後ろ髪を引かれつつ、清歌は登山を再開した。




 雪山のショートカット登山は思ったよりも快調に進んだ。というのも、下から見ただけでは分からなかったのだが、葉っぱどころか幹まで真っ白の樹がちらほらと生えており、それを登れば割とスムーズに上の浮島に乗り移ることが出来たからである。


 途中、透き通る花が一面に咲く浮島で足を止めて写真を撮影したり、登った樹の枝に白い果実が生っていたので採取してしまったりと、ちょこちょこ止むを得ない足止め(清歌視点)を食らいつつ、遂に清歌は雪に覆われた山頂へとたどり着いた。


 山頂の浮島は直径が十五メートルほどで、内側に向かってやや傾斜の付いたお皿のような形をしていた。そしてその中央には予想通り、雪玉爆弾を発射すると思しき大砲と、何やら回路のようなラインが彫り込まれている、いわゆる超古代文明の遺跡っぽい直方体の石柱が鎮座していた。


『こちら清歌です。ただ今山頂に到着しました。島の中央に大砲と石柱……のようなものがありますね』


『お~、やったね清歌! 装置を停止させるか……でなければ壊すかできそう?』


『今調べますので、少々お待ちください』


 大砲と石柱の周囲をぐるっと回り観察をする。


 大砲は大きな雪玉爆弾を発射するだけあってなかなかの大きさだ。形状はシンプルで、筒状の本体とそれを支える台座があり、射角と方向を調整できるようになっているようだ。こちらの方にはスイッチどころか何の説明書きも無い。


 一方、石柱――というかいわゆるモノリスのような形だ――の方は、広い面の方にディスプレイがあり、そこには「侵入者迎撃中」と「ジャミングミスト散布中」という表示があった。ついでに回路上の溝には時折光が走り、いかにも“稼働中です”という印象付けをしている。――相変わらず妙なところでSFっぽさを持ち込む開発である。


 さて、この装置が何をしているかは表示のお陰で判明したわけだが、残念なことに停止するためのスイッチ類がどこも見当たらない。タッチパネルかもと疑ってディスプレイに触れてみたものの何も起こらず、何か鍵のようなものが必要なのかとモノリスを注意深く観察しても、くぼみやスリットなどそれらしいものは発見できなかった。


 これは仕方ないかと、清歌は袂からマルチセイバーを取り出すと、大剣モードにしてモノリスへと突き刺した。――が、ある意味予想通りと言っていいだろう、光の障壁が現れて防がれてしまった。光る壁に無数の魔法陣らしきものが浮かび上がっていて、妙に芸が細かい。ついでに物は試しとワイヤーを巻き付けて、ショックバインドを放ってみたものの、残念ながら故障するようなことも無かった。――どうやらそれっぽく見えても、電子機器ではないらしい。


 山頂がジャミングミストの範囲外でアーツが使えるのは分かったものの、結局装置は止められず仕舞いだ。ただ、落胆するにはまだ早い。清歌の観点では分からない、ゲーム的な何かがあるかもしれないからだ。


『なるほど、そっか。モノリスは操作できず、壊すことも出来なさそう……と』


『まあ、破壊不能オブジェクトってのは、ある意味予想通りなんだが……』


『うん。でも停止させる方法は必ずあるはず。ゲーム的なお約束で言うと……』


 と、その時砲台が小さく音を立てながら、方角と射角を合わせ始めた。


 清歌はせっかくだからちょっと妨害をしてみようかと思い、再びマルチセイバーを大剣モードで起動し、大砲の穴を塞ぐように光の刀身を翳してみた。


『皆さん、もうすぐ雪玉が発射されますけれど、ちょっと妨害してみますね』


 弥生たちがツッコミを入れる間もなく雪玉爆弾が発射され――ると同時に爆散した。雪煙が斜め上方に向かって派手に放射され、中腹辺りにいる弥生たちには山頂で小さな噴火が起こったようにも見える。


 ちなみに清歌は、モノリスの影に隠れながらセイバーだけを突き出していたのでノーダメージである。<ミリオンワールド>では割と羽目を外しているように見える清歌ではあるが、回避できる危険はしっかり回避するのである。


『……まあ、ダメージを受けてないのは分かってるけど、今度はいったい何をしたの、清歌?』


『ふふっ、ちょっとセイバーの大剣で大砲に蓋をしてみました』


『あっ、なるほどね~。……って、暢気に話してる場合じゃなかった。清歌、地面をよ~く探してみてくれないかな? RPGだと、上に乗っかって押すタイプのスイッチっていうのも、割とよくあるパターンなんだ』


『……もしかして、山頂が雪に覆われているのも?』


『カモフラージュの為……なのかも。そう考えると、ありそうな気がしてくるでしょ?』


『はい。では、ちょっと探してみますね』


『うん、よろしくね、清歌』


 この広さを一人で雪かきするのは、時間がかかり過ぎて現実的ではない。火属性の範囲魔法が使えれば、或いは根こそぎ溶かすことも出来るかもしれないが、残念ながら従魔たちも含めて清歌にはその選択肢の持ち合わせがない。そんなわけで清歌は、まずは自分の観察眼を信じることにした。


 モノリスから少し離れた場所に立ち、いったん目を閉じてから、開く。視野を広く、一点を集中して見つめるのではなく全体を大きく捉えて、その中から違和感のある箇所を探していく。左手の方から右手の方へゆっくりと見渡していくと、モノリスのすぐ脇の地面がうっすらと、本当に微かに光っていることに気付いた。


 すぐに駆け寄って雪を除けてみると、そこには四十センチ四方の魔法陣が描かれていた。ちなみにいかにも“ボタンです”という風な面取りされたデザインで、どことなくエレベーターのボタンっぽい。


 どうやら弥生の予想は的中したようだが、モノリス側面のすぐ傍に設置されているスイッチでは、偶然押してしまうことだってありそうだ。隠されている仕掛けとしては、いささか詰めが甘いような気がする。


 と、ここでピンときた清歌がモノリスの反対側へと回り込み、同じように雪を除けると、果たしてそこにはもう一つのボタン魔法陣(仮称)があったのである。


 早速報告した清歌の言葉に、弥生は「やっぱりね」と応じる。


『あ~、それは二つ同時に押さないと作動しないっていうパターンだね』


『なんつーか、このアクションゲームっぽい山といい、そのスイッチといい、このエリアは妙に古典的なゲームっぽいな』


『まあ、それはともかく、つまり装置を止めようとしてもスイッチが隠されていて、見つけられても一人では解除できないと、そういう事だな』


『そね……、普通なら。清歌、そこはジャミングの範囲外なのよね?』


『はい。スイッチが従魔に反応してくれれば解除できそうですね』


 清歌は千颯と凍華を呼び出す。スイッチとは言っても魔法陣なのだから、重さは関係なさそうだが、地に足はついていた方が良いだろう――という判断である。


 擦り寄って来た二体の頭を一頻りナデナデしたあとで、清歌はモノリスの両脇にあるスイッチの上にそれぞれ一体ずつ移動させた。すると、モノリスの回路上を走っていた光が消え、ディスプレイの表示が「一時停止中」という表示に変化し、さらに画面自体も暗くなった。


「二人ともしばらくそのままでいてね」『弥生さん、装置が一時停止になりました。そちらからはどう見えますか?』


『ありがとう、清歌~! こっちからもジャミングミストの吹き出しが止まったのを確認できた。もう少ししたら、この辺りのミストも消えると思う。そしたらアーツを使って一気に頂上まで行くから、もう少し待ってて』


 清歌はマップで弥生たちの位置を確認して、頂上浮島の端からそちらを見下ろす。


『承知しました。あ、皆さんの位置から真っ直ぐに頂上を目指しますと、魔物のいる島に当たりますので、お気を付け下さい』


『りょうか~い。ちなみに、迂回するなら右か左、どっちかお勧めはある?』


『そうですね……、難易度に差は無いと思いますけれど、魔物の島を弥生さんたちから見て左に一つ迂回して真っ直ぐ上ると、綺麗な花の咲いている島に出ます。一見の価値があると思いますし、採取も出来ますよ』


『お~、それは見てみたい! じゃあそっちに行くことにするよ。じゃあ、また後でね』


『はい、また後ほど』


 話を終えた清歌は、そのまま島の縁に沿って下の浮島を見て回った。弥生と話をしていて、一気にショートカットして登って来たために、見逃している景色があるのではないかと思ったのである。


 ジャミングミストが晴れてクリアになった雪景色を改めて眺めると、青白いキノコや氷のように透き通った竹など、意外と植物系の素材が豊富なことに気付く。鉱物系しか採取できなかった中腹とは真逆のようだ。


 そんな中、清歌は初めて見る魔物の姿に目を留めた。それは手のひらよりも一回りくらい大きなサイズで、魔物としては最小の部類だ。現実リアルに居るもので考えれば、本体こんな雪の降る地域にはいないはずなのだが、首回りや腹部がフサフサの毛で覆われていて、どうやら寒さに適応したという設定のようだ。


(確かにここには花も咲いていますからね。……あ、もしかして、あの名前は……)


 清歌は大人しく伏せて待っている千颯と凍華に目配せをすると、その魔物の居る浮島へとひらりと身を躍らせた。







「うわぁ~、凄い綺麗……」「ええ……」「うむ、美しいな」「おぉ……」


 ハイジャンプとエアリアルステップのコンボで一気に山を登った弥生たち四人は、清歌のお勧めに従って雪の中に花が咲き乱れる浮島を訪れていた。


 透き通る花弁の色とりどりの花はよく見ると形は三種類で、花弁が五芒星のような形をしている花、五枚の花弁の外側が細く分かれている繊細な印象の花、そして細かい花がたくさんついて房になっている花である。ちなみに色は基本的に寒色系で、たまに黄色が混じるくらいである。


「ええと……、あれ? これ、形も色も違うけど、まとめてみんな氷花ひょうかっていう名前だよ?」


「なんつーかそれは……気になるな。氷花なだけに」


「ナニ言ってんのよユージ。ただの手抜きでしょ?」


「うーむ、手抜きという割に、花はとてもよくできているようだが……」


「そうだよね。……この花って見たことあるんだけど、ええと……名前は確か……」


「僕はまだしらn……」


 花より団子、色気より食い気とばかりに早速花の採取を始めていた悠司が、作業しつつ茶々を入れる。


「ユージ、それ以上言ったら口に雪を突っ込むわよ。それはそうと、弥生が見ているのは撫子なでしこね、細かい花が集まってるのが女郎花おみなえし、でもう一つが桔梗ききょう。……ああ、秋の七草で揃えてるのね。確かに名前が手抜きの割に凝ってるわねぇ」


「えっ!? 秋に七草なんてあるの?」


 今は全く関係ない部分に驚いた弥生に、思わず絵梨はがっくりと肩を落とす。こういう時に知らなかったことを隠さず、すぐに聞くところは弥生の美点かもしれないが、この子にリーダーを任せていて、本当にこのギルドは大丈夫だろうかと心配になってしまう。


「弥生、あなたねぇ……。あるわよ、秋の七草。あとははぎすすき藤袴ふじばかまくずね。ゲームばっかりしてないで、ちょっとは本も読みなさいな」


「し……、しし、失礼な! 私だって……本くらい……」


「そ、じゃあ訂正。ゲームとマンガとラノベだけじゃなくて、文学とかノンフィクションも読みなさいな」


「……おぅふ」


 何やら妙な声を上げて雪原に手を付いて、弥生はいわゆるガックリ状態になる。ぐうの音も出ないのはこのことか、と背中が語っていた。


「まあ、俺も春の七草は言えても、秋の七草は萩と薄に後は何だっけ……って感じなんだが……」


 悠司の台詞は撃沈した幼馴染をフォローしているのか、はたまた「秋にも七草があるのは知っている」と追い打ちをかけているのか微妙なところである。弥生から飛んでくる恨めし気な視線を感じて、悠司は慌てて話題を逸らした。


「ま……、まあそれはさておき、素材としては植物系で、ポーション類以外にも生産全般に色々と使えそうだ。ああ、ちなみに説明によると、成育過程の天候やら栄養やらで色と形が変化する植物なんだそうな。素材としては基本どれも同じ、らしい」


「なるほどね。取り敢えず確保できるだけ確保しておくとして……問題は今後よね。ジャミングを恒久的にオフにできないとなると、ここまで来るのはちょっと面倒なのよね」


「清歌さんみたいなショートカットは、俺らにゃ無理だからな」


 便利な素材だったら今後はどうしようかと頭を抱える二人に、復活した弥生が「それなら大丈夫じゃない」と楽観論を言う。


「たぶん、このエリアの構成って、どこかの山のダイジェストみたいな構成になってるんじゃないかな~って思うの。だから、多分他の雪山を見つければ、そこでも採取できるよ、きっと」


「そりゃいいが、その雪山はどこにあるのかね?」


「さあ? ……でも雪山なんてRPGのマップとしては定番の一つだから、そのうち見つかると思うよ」


「……それもそうか。どうしても必要なら清歌さんに同行を頼むって手もあるし、その時に考えればいいか」


 そう結論付けると、生産組の二人が手早く回収できる分を全て回収してしまう。


「それにしても、こんな雪山に花が咲いてるなんてファンタジーだよね~」


「そね。たまにはこういう、メルヘン系のファンタジーもいいわね」


「ふむ、それは同感。……ところで先ほどから気になっているのだが……、清歌嬢が一人で戦闘をしているのではないか?」


「へっ?」「そんなまさか……」「って、マジか!?」


 確かにパーティーメンバーのステータス表示を見てみると、清歌のMPとスタミナが時折減少している。マップで位置情報を確認してみると、山頂から一つ下の段の浮島に降りているようで、小刻みに動いてもいる。戦闘をしているのは間違いなさそうだ。


「ハイランドビー……、始めて見る名前だが多分蜂だろうな。清歌さんは何だって蜂なんかと……?」


 ログを確認した悠司が首を捻る。清歌は基本的にダンジョン内やボス戦以外の戦闘には、あまり興味を示さない。魔物を仲間にする条件が絞り込めてからは、その傾向が特に強い。そんな彼女が戦っているのだから、なにかのっぴきならない事情でもあるのだろうか?


「……まあ、従魔にしようと思って近づいたら戦闘になった、なんてことも有りそうだが」


「あ~、有り得るかも。……って、そうじゃなくて! みんな、急いで出発するよ! フォローが必要そうなら、そのまま戦闘に参加するから」


「そんなに慌てなさんな、清歌なら大丈夫でしょ。従魔もついてる……」


 清歌のことだから勝算があってのことだろう。緊急連絡も入ってこないし、HPも減ってないから問題ないだろうと割と暢気な態度の絵梨に対し、やや食い気味に弥生が反論した。


「だから、その従魔は今スイッチの上に乗ってて動けないでしょ」


「……そうだったわね。急ぎましょうか」


 四人はそれぞれ武器を取り出し戦闘態勢を整えると、一路清歌の居る浮島へと向かった。


 程なくして、清歌の戦っている浮島の隣へと辿り着いた四人が見たものは、十数匹の蜂の群れに取り囲まれている清歌の姿であった。


 これは加勢に入らねば、と駆け出そうとした弥生がその足を止める。見た目はかなり大変な状況に置かれているようなのだが、どうにも様子がおかしい。


 清歌は槍状にしたマルチセイバーを手に、その場で回転するように動きつつ、ハイランドビーからの攻撃を防ぎ、弾き、いなして、全てを捌き切っている。時折蹴り飛ばしたり、手の平ではたいたりもしているが、不思議なことに槍の穂先――つまりもっとも攻撃力のある部位は当てないようにしているのだ。


 上衣の袖を翻しながら、流れるような動きで槍を振るうその姿には、どことなく優美さすら感じられた。


「ふむ。どうやら清歌嬢は、ハイランドビーの群れを相手に鍛錬をしているようだな。これは……、なかなか良さそうだな。俺も今度試してみるか」


「あのねぇ、ソーイチ……」


「うむ。多対一の闘いというのは、なかなか訓練の機会がないのだ。あの蜂の大きさならば、手数で攻めてくる相手を想定すると丁度いい感じに見える。或いは清歌嬢もそう思って、戦闘を途中から鍛錬に切り替えたのかもしれんな」


 腕を組んで一人頷いている聡一郎を見て、絵梨は額に手を当てて首を横に振った。別に鍛錬の詳細を聞きたかったわけではないのだ。


 ――と、ここで清歌が弥生たちに気付き小さく笑みを浮かべた。


 清歌は槍で大きく薙ぎ払ってハイランドビーを散らして隙を作ると、マルチセイバーを素早く変形させて両端から刃を発生させた。そしてそれを両手で回転させながら、自身もその場で旋回する。


「「「「お~~!」」」」


 光る円がクルリと一回転回った後、全てのハイランドビーが雪原へと落ち、光の粒となって消えた。


 内心、質量のある残像を残す某ロボットのようだと思ったが、本当に雪を口に突っ込まれては敵わないので、口には出さない悠司なのであった。




 無事ハイランドビーを殲滅した清歌は、頂上の浮島にて弥生たちと合流した。


「戦闘してるんなら加勢しなくちゃって来てみたら、清歌が蜂の大群に取り囲まれてるんだもん。も~、ビックリしちゃったよ」


「申し訳ありません、弥生さん。実は、最初の二体まではもっと慎重に相手をしていたのですけれど……」


 ハイランドビーと戦い始めた当初は、巣から離れている一体に攻撃を当ててから山頂へと引き返し、千颯と凍華とも力を合わせて斃していたのだ。しかしハイランドビーは清歌よりも大分レベルが低く、単独でも十分対処できることが分ったのである。なので、一体ずつ引っ張ってくるという手間は省き、清歌一人で戦うことにしたのだ。


「仲間を呼び寄せられたのには少し驚きましたけれど、ちょうど良い鍛錬になると思いまして、皆さんがいらっしゃるまで粘っていた、という次第です」


 清歌の口から鍛錬という言葉が飛び出し、弥生と悠司が「マジか~」という表情で顔を見合わせ、絵梨は聡一郎をちらりと見てから首を横に振った。


「あの、皆さん。どうかされましたか?」


「なに、大したことではない。それより鍛錬の方はどうだったのだろうか?」


「そうですか? 鍛錬の方はそうですね……、多数の攻撃に対処する訓練にはなると思います。ただ、一撃が軽いものですから、聡一郎さんには物足りないかもしれませんね」


「ふむ、なるほど。まあ、あのサイズで飛んでいるわけだから、それもそうだろうな。う~む、やはりちょっと興味があるな……」


 聡一郎の言葉は、最後の方は殆ど独り言となっていた。話が切れたタイミングを逃すことなく、弥生が話題の軌道修正を図る。これ以上、身体能力がバカ高い二人の会話を聞いていては、コンプレックスを刺激されてしょうがない――ではなく、清歌の行動の理由をまだ聞いていなかったことに気付いたのである。


「まあ鍛錬の話はいいから……。そもそも清歌はなんでハイランドビーと戦ってたの? フィールド上の敵と戦うなんて珍しいよね?」


「あっ、そうでした」清歌はパチンと両手を合わせる。「実は欲しいものがありまして。恐らくハイランドビーのドロップアイテムに、それがあるのではないかと考えたのです」


 より正確に言うなら、欲しい魔物モフモフを釣る餌としてのアイテムが欲しかったのだが、その部分を説明し始めると長くなるので、ここでは一旦省略する。


「へぇ~、清歌が欲しいもの? それって何? ……っていうか、ちゃんとゲットできたの?」


 弥生の問いかけに清歌は笑顔を浮かべると、袂からとあるアイテムを取り出し、弥生の方へ差し出す。それは透明な膜――ガラスのように固いものではなさそうだ――に包まれた、ほんのりさくら色をしている半透明の何かだった。


「んん? なんかスライムっぽい気もするけど……中に液体が入ってるのかな? あ、蜂のドロップアイテムで液体ってことは……」


「はい。こちらは雪蜜ユキミツという名前のアイテムです」





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