#9―08
「うわぁ~、これはまた変わった山だねぇ~……」
目前に広がる初めて見る景色を、弥生はそう評した。
「ふふっ、確かにこれは<ミリオンワールド>ならではの山ですね~」
弥生の感想になるほど確かにこれは“山”だと思い、清歌は微笑んだ。
「ん~、登山は趣味じゃないのよねぇ。っていうかリフトやケーブルカーはおろか、登山道すらないっていうのはどういう事よ?」
山登りなんぞ趣味ではないと、インドア派の絵梨が誰に言うでもなく苦情を漏らした。
「……オマエラ」
「ん、なに、悠司?」「はい、なんでしょう?」「どうかしたのかしら?」
微妙に現実逃避気味のセリフを口にする清歌たちに、ジトッとした目の悠司がツッコミを入れると、三人はすぐさま同じ角度で首を傾げて見せる。一連の流れが、最近すっかり一つの芸として確立してきたきらいがある。黛のお嬢様もずいぶんと染まったものだなぁ――と、悠司は変なところで感慨深かった。
「うむ……、まあ一応山に見えなくも無いがな。しかしこれはどちらかと言えば、スポーツ系のアトラクション島でやったゲームに近い物ではないか?」
腕を組んだ聡一郎が事実を述べると、三人娘は互いに目配せをしあってから小さく溜息を吐いた。そして改めて眼前にそびえる山――のようなものを見上げた。
「まあ、なんていうか……、これは絵梨の予想が的中したって感じだね」
遠征(予定)の準備を整えたマーチトイボックスの五人は、遺跡エリアをあっさりと通過し、発見したポータルから新たなエリアへと転移した。
実はある種のお約束として、ポータル前にボスではないにしても門番的な強敵がうろついているのではないかと警戒していたのだが、それは杞憂に終わり、何事も無くポータルへとたどり着くことができた。
転移した先で五人の目に飛び込んできたのは、一見すると山のような、しかしよくよく見ると大小様々な数多くの浮島群であった。
浮島群は全体像としてはほぼ円錐状で天辺が平らな、ぶっちゃけ富士山っぽい、日本人が思い浮かべる“ザ・山”というような形をしている。芸が細かいことに、下の方を構成している浮島には木々や草地があり、中ほどにいくつれて植物が減って岩が目立つようになり、頂上付近には雪らしきものが積もっていた。
一つ一つの浮島にクローズアップして観察してみると、それぞれが見えないレール上を行ったり来たりするような形で動いていることが分る。基本的には階段状になっている山は、上下方向に動く浮島に使って跳び移っていくことで、頂上まで辿り着けるようだ。ちなみに一つの段はそれぞれリング状に浮島が連なっており、山の中身は空っぽとなっている。
浮島ごとの段差は目算で三~五メートルほどで総数はざっと三十段以上ある。いわゆる登山をするような山と言うには小さすぎるが、ちょっとした小山ほどはある。仮に頂上まで石段があったとしたら、見ただけでウンザリしそうなくらいだ。「リフトが欲しい」という絵梨の言葉は、体力無しな彼女からすればさもありなんという感じである。
「う~ん……、なんだろう? なんでかすっごく大きく感じるんだけど、それ程じゃないよね?」
転移して降り立った場所から山の一段目までの距離を確認し、そこから山頂までを見上げた弥生が首を傾げる。見た感じから受ける印象は“聳え立つ”とさえ言えそうな感じなのに、理屈の上で考える山の大きさはそれほどではないはずだ。はて、このギャップは一体?
「ああ、それは俺も思った。多分……だが、この山の頂上付近にかけて濃くなっていく靄っつーか霞? が、そう見せてるんじゃないかね」
「なるほど……空気遠近法ってやつね。それにしてもあの頂上、なーんかあるみたいね。清歌、ちょっと双眼鏡を出してくれないかしら? …………清歌?」
清歌に呼び掛けても返事がなく、またしてもフラフラとどこかへ行ってしまったのだろうかと絵梨が慌てて振り返ると、果たして清歌は普通にそこに居た。だがいつもの泰然とした様子ではなく、不思議そうに辺りを見回している。
「清歌? どうかしたの?」
「あ……いえ、失礼しました。観測双眼鏡ですね、少々お待ちください」
どうやら絵梨の呼びかけは聞こえていたらくし、清歌は取り繕うような笑みを浮かべると観測双眼鏡を取り出して設置した。
いつにない清歌の様子に少々疑問を感じつつも、絵梨は観測双眼鏡を覗き込む。頂上の浮島を視界に入れてみると、案の定、島の側面にはダクトのような物が複数あり、霞はそこから噴き出している。また角度的に全体像は分からないが、何某かの装置らしきものがチラリと見える。
「やっぱり、頂上にナニかあるわねぇ……。ただポータルではなさそう。コレの表示が“???”になっているわ」
「ふむ。絵梨、俺にもちょっと見せてくれないか?」
「ええ、いいわよ。はい、どーぞ」
絵梨が場所を空けた観測双眼鏡を聡一郎が覗き込み、次に悠司が、そして最後に弥生という順番でそれぞれ気になるポイントを観察していく。それによって分かったことを纏めると以下の通りだ。
浮島同士が再接近した時の距離は、場所によっても異なるがおおよそ五十センチ~一メートル程度。跨いで乗り移ることができるところもあれば、軽くジャンプする必要がある箇所もある――といった感じである。
こちら側から見える範囲では、浮島にはポータルは設置されていない。反対側まで無いとは断定できないが、恐らくこの山の向こう側にこちらと同様に浮島がありそこにポータルが設置されていると思われる。これは弥生、絵梨、悠司の共通した推測だ。
一部の浮島には採取ポイントが確認できる。見たことの無い果実の生っている樹も見えるので、余裕があれば寄ってみるのも良さそうだ。
魔物がいる島は全体の二割程度とかなり少なく、戦闘を避けていくことも出来そうだ。また、大型の魔物は確認できない。
要するに、戦闘が主眼のエリアではなく、アスレチック的なエリアという事なのだろう。もっとはっきり言ってしまえば――
「なんつーかこりゃあ、アクションゲームならどこかに必ず出て来るステージ……って感じだな」
そう、要するにここはアクション性のある――というかジャンプという要素がある――ゲームではポピュラーな、移動する足場を次々と跳び移っていくステージを模しているようなのだ。
ゲームによっては予想外の軌道で動く完璧な初見殺しの足場もあるのだが、幸いなことにここにはそういった底意地の悪いものはなさそうだ。もっとも実際にその場に行ったら挙動が変化するという可能性もあるので、油断は禁物であろう。
「タイミングを計って動く足場を次々と跳び移っていく……って、確かにそうだけど……。テレビゲームだったら楽勝なのになぁ~」
ゲーマーにとっては実に分かりやすい例を挙げる悠司の言葉を認めつつも、弥生はなにもVRでそんなものを作らなくてもいいのではと、トホホな表情をしている。
「まあ、そう悲観するものでもないだろう。軽くジャンプすれば跳び越えられるものばかりのようだし、焦らずにちゃんとタイミングを計れば何ら問題はない」
「そね。それに私らは移動系アーツがあるし、ユキの浮力制御だってあるもの、何とでもなるわ」
弥生の次に身体能力の低い絵梨に楽勝だと言われて、そういえばそうかと弥生はパッと表情を明るくした。
「そう言えばそうだよね。浮力制御とハイジャンプのコンボなら一段抜かしで行けそうだし、なんだったら凍華に乗せてもらうって手もあるもんね。よしっ! じゃあ、山越えなんてサクッと終わらせて……って、どうかしたの、清歌?」
何とも現金な態度で攻略に乗り出そうと宣言しようとしたところで、弥生は清歌が何か真剣な表情でウィンドウを操作しているのに気づいた。
声を掛けられた清歌は、何か申し訳なさそうな表情で弥生を見て、更に他の三人とも目を合わせながら――
「あの……、皆さん。何かアーツが使えるか、試してみて頂けますか?」
――と告げた。
「ふぇ? アーツ? それはいいけど……」
「魔法でもいいのかしら? マジックミサイル……って、あら?」
「ステップ……? むう、なにも反応せんな」
「って、オイオイ。ハンマーショット! おっ、攻撃系アーツは出るのか……と、思ったが、こりゃあ通常弾だな」
魔法、移動系アーツ、攻撃系アーツと順に使おうと試みるが、どれもウンともスンとも言わない。最後の悠司などは一瞬アーツが発動したかとぬか喜びさせた分、他のメンバーからビミョ~に白い目を向けられている。
「えっ? ナニコレ、どういうこと? ……っていうか、清歌は何で気づいたの?」
「実はこのエリアに入った途端、ヒナがジェムに戻ってしまいまして、他の子たちも呼び出せないか試してみたのですけれど全てだめでした。メニュー画面で確かめてみたところ、召喚自体が使用不可になっていたものですから、皆さんの方はどうなっているのかと」
<ミリオンワールド>において従魔という存在はパーティー枠を消費することは無く、見た目はともかく本質的には魔物使いの能力の一部という事になっている。このエリアでは従魔が使用不可になっているというだけならまだいいが、もしやアーツが全て使用できなくなっているのではと清歌は考えたのだが、その危惧は残念ながら的中してしまったらしい。
ざっと検証してみたところ、封じられているのはアーツのみで、タレントやスキルについては問題なかった。つまりいわゆるゲーム的な、人間の能力を逸脱したような動作は出来ないが、鍛えたアスリート並みの動作ならどうにかできる、という事になる。
「つまり、ショートカットで楽々クリアは無理ってことね。……ああ、やっぱりあの霞がアーツを封じる作用があるみたいね。水属性の広範囲魔法が発動中になってるわ」
モノクルの機能を用いて改めて確認した絵梨がそう報告する。
「ってことは、頂上にチラ見えしてる装置はその発生器ってことかね?」
「その可能性が高いとは思うが、何らかの迎撃兵器という線もあるのではないか? 何しろこちらはアーツが使えん。上から攻撃されると少々厄介だ」
「いずれにしても一度頂上まで行って、あの装置を停止させるか、もしくは破壊した方が良さそうですね。このままではヒナのコテージも使えませんから」
「あ~、そっか、従魔が呼べないってことはそうなるよね。まあできればログアウトまでには山越えを済ませたいところだけど、取り敢えず頂上を目指して、着いた時の時間で判断することにしよっか。じゃあ、ボチボチしゅっぱ~つ!」
「山登りか~、久しぶりだな」「たまには良いですね」「はいはい、仕方ないわねぇ」「うむ、行くとしよう」
「ところで……、一番下の段をぐるっと回って向こう側へ行こうとは誰も言わないのね?」
「それは……、じゃあ訊くよ? 向こう側までルートが普通に繋がってると思う人~?」
「「「「…………」」」」
「ほら~、誰もいない。……っていうか、自分でも思ってないんじゃない」
「フフフ……(ニヤリ★) ま、例の開発さんたちが、わざわざアーツを使用不可にしておいて、そんな簡単に向こうへ行けるような構造にしているわけがないわよね」
「考えてみると、そういうある種の信頼感があるからこそ、素直に頂上を目指せる……とも言えるのかもしれませんね」
「うむ、確かに」「あー、まあ、そうかも?」「でもそれってちょっと……」「イヤ~な信頼……かも?」
スベラギのメインストリートの中ほどにあるポータル広場、天都はそこに多数設置されているパラソル付きテーブルセットの一つを占領して、空いた時間で掲示板を熟読していた。
いわゆるオタクの仲間である天都はゲームも嗜んではいるが、ゲーマーというほどではない。ゲーム経験は悠司よりもやや少ないくらいで、弥生には遠く及ばない。またジャンルもキャラクターが立っているRPGや、乙女ゲームを始めとするADVが中心で、アクションやスポーツ系は殆ど触らないと、結構偏りがある。
基本的に天都はゲームの“物語を楽しみたい”ので、物語のネタバレには気をつけつつ、攻略サイトを積極的に利用するタイプだ。この辺りも、ゲームは自分で解いてこそ面白い、が心情である弥生とは異なっている。
そんなわけで天都は<ミリオンワールド>の掲示板機能も積極的に利用している。今のレベル帯に向いている狩り場や、魔物の情報などについては既に調べ終え、今はスベラギ周辺のフィールドについて、あれこれ調べているところである。
余談だがこの掲示板、どうやら事実上のβテストだったらしい収穫祭イベント時のスレッドも保存されており、今でも閲覧可能である。天都は先日、認証パスで見ていた時に偶然弥生たちが書き込んだと思しきものを発見。予想の斜め上をいく大活躍に、大層驚いたのであった。
「お待たせ、天都さん。遅れてゴメン」
と、そこへ一足遅れてログインした五十川が現れた。VR内だから息を切らしているということは無いが、かなり急いで来たことはその様子から明らかだった。
「ううん、大丈夫です。消耗品の買い出しをした後は、掲示板で情報収集をしてたので」
「そっか。えーっと、じゃあ早速適当なクエストを見繕ってくるか」
「うん。あ、その前に……、忘れないように今の内に買い出ししたものを渡しておきますね」
二人は購入したアイテムの分配と代金の清算をしてから冒険者協会へと向かった。二人ともすでにレベル十を超え、冒険者協会へは登録済みなのである。当面の目標はレベル二十での得意分野の取得であり、それに向けてせっせとクエストをこなしているところである。
丁度良い討伐クエストを受注した二人は門の外へと出て、クエストの獲物が居そうな場所へと足を向けた。
「そういえば、委員長たちは今頃何してるんだろう? レベル的には最強クラスなんだよね?」
「ここに来るまでにちょっと聞いたんですけど、今日から新しい場所にチャレンジするんだって」
「おおー、そいつは凄い。映画撮影も終わって、ようやく乗り出せるってわけだ」
「うん。まあ映画だけじゃなくって、その前のイベントでも中断することになってたみたいなんですけどね」
「収穫祭イベント……だっけ? あ、天都さんはその時の掲示板って見た?」
「うん、見た見た! 坂本さんたち大活躍だったよね。あ、掲示板と言えば……」
「ん? 何か気になる情報でもあった?」
「気になると言えば気になる……かな。坂本さんたち、遺跡エリアを抜けて次の場所に行くって言ってたんですけど、攻略掲示板のどこにも遺跡エリアなんて載ってないんです」
「それはつまり委員長たちは今、誰も行かないような場所を攻略している……と?」
「……たぶん?」
二人はなんとなく立ち止まって互いに相手の表情を窺うと、それぞれどこか納得したような色が見えた。ここしばらく行動を共にして、そして掲示板から分かったイベント時の行動を知って、彼女たちの特異性には既に理解している二人である。正規ルートの攻略とは全く異なる、明後日の方向へ突き進んでいると言われても、さほどの驚きはない。というか、むしろ彼女たちらしいと思ってしまうくらいだ。
「まあ、俺らは地道にレベル上げをしますか」
「ですね。フツーに王道を行きましょう」
などと言いつつ、二人はのんびりと目的地への歩みを再開した。
ちなみにそんな二人の姿を、「ちっ、リア充が」とか「ゲーム内でカップルとか、爆発しろ!」などと、恨みがましい視線を向けている者がいるのだが――当の二人は全く気付いていないのであった。
数多くの浮島によって形作られた山の攻略に乗り出したマーチトイボックスの五人は、既に全体の三分の一ほどの高さまで到達していた。
浮島自体が移動しているために実際に歩く距離は思ったよりも短く、これは意外と楽勝なのでは――などと登山開始直後は思えたのだが、どっこいそんな甘いことは無かった。一旦降りて別の浮島に乗り換えなければ上の段へとたどり着けないことがあったり、割とシビアなタイミングで立て続けに跳び移る必要があったり、すぐに跳び移れる浮島をスルーして長い周期で移動する浮島を待たなければならなかったりと、様々な仕掛けが施されたいたのである。
そんな難儀な山をこれまでそれなりに順調に進んで来られたのは、リーダーたる弥生の貢献が大きかった。ゲーマーらしい観察眼と直感で浮島の動きと繋がりを見極め、最適なものを選んできたのである。
「う~ん、この山って見た目はアレだけど、要するに古典的なゲームなんだよ。あみだくじ状の迷路を登って行くタイプと、動く足場を跳び移っていくタイプを合わせた感じ? だったらありそうな仕掛けは大体想像できるからね」
なぜ正しいルートが分かるのかという問いかけに対し、弥生はそう答え、四人は揃って感心していた。
現在五人がいる場所は直径が六メートル程のほぼ円形の浮島で、登山を始めて以来初めての動かない浮島である。
島の縁から中央にかけて斜めに伸びる一本の樹が大きく枝を広げ、その木陰には座るのに丁度良さそうな高さの平らな岩が転がっている。一休みするのに丁度よさげな場所であり、五人は腰を下ろして休憩しつつ軽く作戦会議をしていた。ちなみに飲み物とお菓子類もしっかり用意している。
「取り敢えず、安全地帯があって良かったわね。これでヒナが使えない現状でもログアウトが出来るわ」
「今が大体三分の一で森林と岩場の境目辺り……ってことは、次の安全地帯は雪が見えてくる辺りかね?」
「断定はできないけど、恐らくそんな所でしょうね。で、ここを過ぎるとだんだん植物が少なくなって岩場になっていくんだけど……、何か気づいたことはあるかしら?」
一同を見回して絵梨が問いかけると、弥生が「はーい」と手を挙げた
「えーと、上に行くほど一段ごとの浮島の数は減っていくでしょ。だから上と下を行ったり来たりするような仕掛けは減ってくるはずだよ」
「へぇ、そいつは有難い。ここに来るまで、なんだか結構面倒臭かったからなぁ……」
「そうですね。……ただ、その代わりなのか、浮島の動きが全体的に少し速くなっているように見受けられます」
「ふむ。…………なるほど、確かに清歌嬢の言う通り速くなっているな。跳び移るタイミングがこれまでより厳しくなる、と考えておいた方が良いだろうな」
清歌と聡一郎の指摘に、運動神経鈍いシスターズがげっそりとした表情をする。ここまでちょっと危なっかしくはあってもちゃんとクリアできているが、どうにも跳び移る時の恐怖感に二人は慣れることが出来ないのである。何しろ足を踏み外したら真っ逆さまに落ちてしまうのだから。
ちなみに仮に落っこちたとしても死に戻りにはならずに、スタート地点付近に転移するのではないか、と弥生は予想している。というのもこの山の下、恐らく霞の影響範囲外に、山の底面全体をカバーするほどの巨大な魔法陣が見えるからである。あれが一応セーフティーネット代わりになっているのではないか、という事である。
「弥生、絵梨、足元も悪くなりそうだが……コケるなよ?」
「だっ、だだ、大丈夫だよ!」「失礼ね、コケないわよ。……たぶん」
二人の返答に微妙に不安を感じる聡一郎だったが、今ここで突っ込んで変に意識させるのはかえってよくないと思い、もう一つの懸念について話すことにする。
「それはともかく、例の山頂の装置に何の動きも無いのが気になるな。仮にこの安全地帯がチェックポイントのようなものだとしたら……」
「あー、なるほど。ここを出たらナニか動きがあるかもしれない……と」
「頭上に注意を払うと足元がおろそかになりそうですし……、少々難易度が上がりそうですね」
清歌がそう纏めると、四人とも神妙に頷いた。
「さて、注意点も分かったことだし、そろそろ山登りを再開しよっか!」
登山(?)を再開してから一行は、三つ目の浮島へと跳び移った。未だに頭上からのアプローチはない。
浮島のサイズはまちまちだが、幅については二メートル程のものが多く、木や岩などの採取ポイントがある浮島はそれよりもやや大きい。ちなみに彼女たちは避けて通っているが、魔物がいる浮島もやや大きめになっている。
さて、幅が二メートルとなると全員一緒に横並びにはなれないので、今回は隊列を組んで進んでいる。前から順に、聡一郎、悠司、弥生、絵梨、清歌の順番である。一応道幅的には二列になって進むことも出来なくはないが、安全を考えて一列になっている。
なお、この順番はジャンプする順番で決めたもので、まず男子二人が接近中に跳び移り、一番近くなったタイミングで弥生と絵梨が、最後に一番身軽な清歌となっているのである。
「それにしても不親切な登山道よねぇ。手すりくらい用意してくれればいいのに」
「ホント、そうだよね……。なんかこう……頼りないんだよね」
「けれど弥生さん、このようなファンタジックな地形に柵や手すりが設置されていたら、少々興醒めではありませんか?」
「それはそうかもだけど……、でも茂みとか岩とかを並べるくらいならできるんじゃないかな」
「それじゃあ逆に親切すぎるような気もするがな。……っと、次のジャンプ地点だ」
お喋りを止め、先頭の聡一郎が縁から数歩離れた場所でジャンプのタイミングを計る。
「よし、行くぞ!」「おう」「りょうか~い」「オッケー」「はい」
聡一郎がジャンプして次の浮島へと跳び移り、そのまま先へ進み場所を空ける。続いて悠司がジャンプし、さらに最接近して幅が五~六十センチになったタイミングで弥生と絵梨がジャンプ。最後に清歌がひらりと跳び移って、今回も無事に浮島間の移動が終わった――かに見えた。
実は一番手の聡一郎がジャンプしたのとほぼ同じタイミングで、清歌の耳には「ボンッ」という小さな音が聞こえていたのだ。ジャンプしようとしている弥生たちに下手に警告すると、タイミングを外したりつんのめったりして危ないと思い、清歌は頭上を警戒しつつ跳び移ったのである。
「皆さん、先ほど何か上から音が……っ! 弥生さん! 絵梨さん!」
清歌の呼びかけに、弥生と絵梨が立ち止まり振り返る。と、ちょうどその二人に直撃するコースで、巨大な丸い塊が落ちてくることに気付いた清歌は、素早く近づくと二人を止むを得ず突き飛ばした。
「清歌!?」「えっ!?」「おっと」「む、一体何が?」
突き飛ばされた二人は、フォローに入った聡一郎と悠司が見事に受け止め、転倒することは無かった。これで二人は問題ない――が、問題は清歌自身だ。このままでは弥生たちがいた場所に割り込む形で入った清歌に、謎の丸い物体が直撃する。清歌の防御力は後衛の絵梨と同程度しかないため、直撃は避けたいところだ。しかし前に進むには空きスペースがなく、戻ろうにも浮島は既に離れつつある。
迷ったのは一瞬。清歌は身を翻すと浮島群の外側の方へと飛び降りた。
ドスンッ! ボワァーーン!
清歌が弥生たちの視界から姿を消したまさにその瞬間、飛来した巨大な球体が浮島に着弾し、さらに爆発する。――微妙に間の抜けた音ではあるが、それは確かに爆発だった。
「キャーッ! って、ナニコレ、冷たっ!」
ぐらりと揺れる浮島と爆風に驚いた弥生が悲鳴を上げ、続けて別の意味で驚いて声を上げた。そう、頭上から降って来たモノは、巨大な雪玉だったのである。
ただ雪玉とは言っても侮ることはできない。なにしろ冷たい爆風を食らった弥生たちは、全員しっかりとダメージを負っていたのである。もしこれが直撃していたら大惨事だっただろう。
「雪玉が爆発するなんて……非常識ねぇ」
「……なんて暢気なこと言ってる場合じゃないよ!」『清歌、清歌~! 応答して~! 大丈夫なの~?』
自分たちの被害を確認しつつ、弥生は清歌に呼びかける。
しかしそこはそれ、清歌が何の勝算も無く一か八かで飛び降りるなどということは――たまにはあるかもしれないが、少なくとも今回はそうでは無い。落下しながらも清歌は落ち着いて万能採取ツールを取り出し、ワイヤーを下の段の浮島から生えていた木の枝に巻き付け、無事着地したのである。
『こちらは大丈夫です、弥生さん。皆さんの方こそ大丈夫でしたか? 白い煙が見えましたけれど……』
『ほっ、良かった~。あ、こっちも大丈夫だよ。爆風でちょっとダメージを受けただけ。清歌のお陰だよ、ありがとう』
『いえいえ、どういたしまして』
会話しつつ、弥生が浮島の縁に手を付いて下を覗き込むと、こちらを見上げていた清歌が手を振った。絵梨たち三人も弥生に続いて、縁の傍へと集まって来た。
『問題はこれからなんだが、清歌さん、こっちに戻って来れそう?』
『はい。木に登ってワイヤーをそちらへ飛ばせば問題ないかと』
『そうか、ならば一安心だな』
そのやり取りを聞いた絵梨が、顎に指を当てて思案顔をする。
『……ねえ清歌。もしかして清歌だけだったら、ショートカットして頂上まで行けたりするのかしら?』
『そうですね……断言はできませんけれど、恐らく出来ると思います』
『だったら、清歌には先行して頂上へ行ってもらって、例の装置を止めてもらうっていうのはどうかしら?』
絵梨の提案に、弥生たち三人が沈黙する。
厄介な装置があるダンジョンなどでパーティーを二つに分けて、一方が装置を止めている間にもう一方が先へ進む――などというのはRPGでよくある演出の一つだ。<ミリオンワールド>の開発陣はそういうお約束を仕込むのが好きそうなので、今回もそれが当てはまる可能性は低くないだろう。
『いい案だと思うけど、それって清歌に負担を掛けちゃうよね?』
『私でしたら、大丈夫ですよ?』
『う~ん……、でも私らばっかり楽をするのは良くないと思うんだ』
『一つ思ったのだが、武器の性質上、あの雪玉は固まってゆっくり移動している方を狙ってくるのではないか?』
『なるほど、こっちは囮役ってことか。まあ、清歌さんが一人で素早く動いてればどうせ当たらんだろうから、必然的にこっちを狙ってくるようになるかもな』
四人がリーダーたる弥生の決断を待つ。
『分かった、じゃあ二手に分かれて行こう。こっちはなるべく囮になれるように意識していくけど、清歌はくれぐれも気を付けてね?』
『承知しました。では、私は最短コースで頂上を目指すことにしますね』
こうして、山越え(登り)は二手に分かれて進むことになった。まあ、清歌の単独行動は、ある意味でいつも通りと言えなくもない――のかもしれなかった。