#9―07
ハロウィンパーティーが終わると、いよいよ文化祭へ向けての準備がラストスパートを迎える。ハロウィンパーティーに力を入れていた為にそれまで文化祭の準備にはあまり協力できていなかった者が、ここぞとばかりにクラスメートから扱き使われる姿がこの時期散見されるのだが、それはまあ致し方ないことだろう。
清歌たちのクラスには、幸か不幸か音楽系弱小同好会に所属している者はいなかったので、そのような光景とは無縁だった。ちなみに田村が所属しているスイーツ研究会は、経費と手間を減らす為に毎年同じ衣装でトリュフチョコ――レシピに多少の変化はある――のお店を出しているので、文化祭の準備にも普通に参加できたのである。
そんなある日の午後。清歌と天都は、ノートパソコンに映し出されているムービー編集の画面を、担当の男子クラスメートの背後から覗き込んでいた。
「そこ。そのシーンは、一番じゃなくて三番を使って全体を俯瞰で見せた方が効果的だと思うんですけど……」
「えーっと、こんな感じ? あ……、確かに全員の反応が分かるから、この方がいいかもな」
現在編集しているのは第一話のワンシーンだ。実は既に映画は全話編集を終えて、一応通して見られる状態にはなっている。ただこの手の作業にはありがちなことで、後のエピソードになるほど完成度が上がっており、一話と四話では目に見えて出来に違いがあったのである。
そこで現在は時間の許す限り、一話から手直しをしているところなのだ。ちなみに演技の方はさほど上達は見られなかったので、撮り直しをするという話は出ていない。――もっとも、単に自分の下手な演技を二度も三度も撮られたくないだけ、かもしれないが。
編集担当の男子が、天都の意見を取り入れてシーンを仮に作り直して再生する。
「こんな……、感じになるけど……」
「うん、この方がイイ! ……と思うんだけど、黛さんはどう思いますか?」
天都が先生にお伺いを立てる――といった風情で尋ねた。編集作業に関して、清歌は基本的にアドバイザーという役目を守り、助言を求められない限り沈黙を保っているのである。
「良くなっていると思います。……ただ、全体を通して見ると、カメラの切り替えが多すぎて、少々忙しない印象になるかもしれません」
「あ……そうか。それは考えて無かった」
「だったら、前の方の……ここと、ここはメインカメラにしていいんじゃないですか?」
「えーっと、この二つの切り替えを削除……と」
「うん、これでかなりすっきりしたと思う。他に何か気になることってあります?」
天都の言葉に清歌はしばし思案する。清歌が見れば修正すべき箇所はいくつもあるのだが、それを全て指摘してその通りに修正を加えてしまうと、それは結局清歌が作ったも同然だ。それではムービー編集担当から降りた意味がなくなってしまうし、なにより他のエピソードと比較して、クオリティーが逆の意味で揃わなくなってしまう。
その辺りを踏まえて、後半エピソードと異なる点を指摘する。
「……そうですね、後半の話と比較するとトランシジョン効果が少々派手で、数も多いように思います。全体の雰囲気を揃えるなら、抑えめに調整した方が良いかもしれませんね」
「そういえば、第一話を作った時はいろんな機能を試してたからなぁ……。今見てみると確かにちょっと煩いかもな」
沢山ある機能をとにかく使ってみたくなるというのは、新しいアプリケーションを使う時にありがちなことだ。第一話はムービー編集に慣れるための習作的なものであったこともあり、今になって見ると、要不要ではなく単に使ってみたかっただけという効果も所々に見られる。ちなみに先ほどのカメラ切り替えの修正も、要は“ある素材を使いたくなってしまった”という理由からなので、問題点の根っこは同じと言えるかもしれない。
冒頭部分を派手めな映像にして目を引くという手法もアリではあるが、今回は一話ずつ上映する予定なので、そういう掴みを作る必要はない。なので、ここは各話の印象を揃えるように調整すべきである。
「じゃあこれからちょっと修正するから、出来たらまた呼ぶよ」
「お願いします」「はい。ではまた後ほど」
作業しているところを後ろからただ見ていても仕方ないので、清歌と天都はその場を離れ弥生と絵梨のいる場に合流した。
二人は現在、スケジュール表を広げて各部門の進捗状況を確認している。基本的にメインキャストは他の役目には就いておらず、撮影が終わってしまった今は手が足りない場所のヘルプに回っている。その調整をしているのが弥生と絵梨なのだ。
「あ、清歌、天都さん、おつかれ~」
「お疲れ様。修正作業の方は順調?」
「はい。今はまだ作業中ですけれど、第一話の修正は問題ないかと」
「ですね。第二話の方も修正箇所のポイントは似たようなものだと思うから、そっちも大丈夫だと思います」
「ふむふむ。じゃあ完成品は予定通り納品できそうだね」
「そね。締め切りに間に合ったようで、なによりだわ」
弥生の言う納品とは、完成したムービーファイルを<ミリオンワールド>の運営へ提出することを指している。文化祭当日に公式サイトから映画を視聴可能にして貰うために、事前にファイルを提出しなければならないのだ。
「それにしても……、黛さんは凄いです。言うとおりにちょっと修正するだけで。見違えるように良くなりますから……」
感嘆の溜息を吐きつつ、先ほどの作業について天都が感想を述べる。それを聞いた弥生と絵梨は少々ジトッとした視線を清歌へ向け、清歌はすっと視線を逸らした。
天都は清歌が何者なのかはよく知らないが、弥生を始めとしたグループの態度から、彼女には何か――勿論、黛のご令嬢とかそういうことではなく――あるのだろうと察している。というか、先日のリュート(風のギター)を演奏した一件や、大道具の作業にさり気なく参加しようとした清歌に弥生が「ほどほどにするように」と釘を刺していたこと、更には<ミリオンワールド>でのお手製玩具アイテムなど、これだけのことがあって何も感じなかったら、それはよほど鈍い人間だろう。
「ちなみに、天都さんは清歌のどんなことろが凄いと思ったのかしら?」
「なんというかこう……ディテールにも拘りつつ、それでいて全体像を常に意識しているところ……とか?」
「あ~、それ分かるかも。私らが細部に凝り始めると、もうそこばっかりに集中しちゃいがちなんだけど、清歌はそうじゃないんだよね」
「……そういうもの、でしょうか? あまり意識したことは無いのですけれど……」
二人の指摘に、清歌は不思議そうな表情をしている。清歌にとってはもはや無意識的に行っていることなので、殊更称賛されるようなこととは思っていないようだ。そんな様子を見た弥生は、「それでこそ清歌だよね」などと妙な納得をしていた。
そんなことを話していた四人の元へ――否、正確にはその内の一人の元へ、五十川がやって来た。大道具のヘルプに入っているようで、手には大きめの刷毛を握っている。ちなみに今は、模造紙に色を塗って壁紙を作っているところである
「天都さん、ちょっといいかな?」
「あ、五十川君。うん、なんですか?」
「大道具のヘルプがちょっと時間かかりそうなんだ。だからログインがちょっと遅れるかも」
「あー、そうですか。じゃあ買い出しとか先に済ませておきますね」
「ホント? サンキュー。俺もなるべく早く行けるように頑張るから。じゃ、また後で」
刷毛を持った手をシュタッと挙げて、妙な敬礼をすると五十川は大道具の作業へと戻って行った。
なんてことは無いやり取りであり内容もただの伝達事項だけだったが、それでも二人の距離感や交わす言葉の印象がだいぶ変わっていることに、清歌たち三人は気が付いた。思えばハロウィンパーティーの後くらいから、ぎこちなさが無くなっていたような気がする。
「あ~ま~と~さんっ」「ふふっ、これは少し気になりますね」「そね。ま、移動中にでもオハナシしましょ」
キュピーンと光る三人の視線に射抜かれて、思わず身震いしてしまう天都であった。
ハロウィンパーティーイベント中のこと、天都と五十川のペアはいくつかのお店を巡り、ついでに中継映像にも一回写ってアピールをした後で、ちょっと一休みするために自販機のところへやって来ていた。
「ま、とりあえず一回は映ったってことで、ノルマは果たしたんじゃないかね? 宣伝は委員長と黛さんが派手に目立ってくれてるから、俺たちはもういいだろ」
「ふぅーっ。ホント、助かるよね。映画の撮影でちょっとは慣れたかと思ったけど、やっぱり宣伝は緊張するね」
二人はそれぞれ買った飲み物に口をつけた。ちなみに天都は無糖の紅茶、五十川はコーンポタージュである。ここまで甘いものを幾つか食べて来たので、ちょっと口の中をリセットしたい気分だったのである。
体育館からはライブ演奏が、そして校舎内からは生徒たちの楽し気なざわめきが微かに聞こえてくる。人通りの流れから外れたここは、祭りの空白地帯になっているようだ。
差し当たりやることも無く、ぽっかりと空いた二人きりの時間。天都は以前から気になっていたことを尋ねた。
「あの、五十川君、聞いてもいいですか? ……どうして、私と一緒に<ミリオンワールド>をやろうって思ったの?」
「たまたま同じ時期に天都さんが始めるって聞いたから、折角だから一緒にって思った……っていうのは、やっぱり不自然かな?」
天都の問いに、五十川も問の形で返事をする。あらかじめ用意していたらしいその答えに、天都は頷く。それが理由では不自然だと感じたからこそ、今改めて尋ねたのだ。
「私と五十川君は、同中だけどこれまであまり接点がなかったよね? それに五十川君は私と違ってコミュ力もあるし、一人で<ミリオンワールド>を始めても、十分やって行けたと思うんです」
「や、俺もそんなにコミュ力がある方じゃないんだけど……。えーっと、まあ一緒に<ミリオンワールド>を始めてみたかったていうのは嘘じゃないんだけど……、その、天都さんとは前から話したいと思ってたんだ」
五十川が天都のことを明確に意識したのは、中三も半分を過ぎた頃の事だった。
その頃、サッカー部の最後の試合があり、その時に五十川は割と派手に怪我を負ってしまったのだ。怪我はしっかり治療してリハビリをすれば完治すると言われたのだが、百パーセント完全に元通りになるとは限らない。結局五十川は、それが原因でサッカーを続けることが出来なくなった。――ということにしている。
本当のところは、怪我を理由に潔くきっぱりとサッカーを辞めたと、格好をつけたかっただけなのだと、自分自身で分かっていた。
仮に怪我をしなかったとして、あのまま頑張っても高二でギリギリレギュラーになれるかどうかの実力しかないだろうと当時の五十川は考えていて、その考えは今でも変わっていない。ただ一応小学校の頃から続けて来て、中学ではそこそこ活躍したのに、「これ以上頑張っても高校では試合で活躍できそうにない」なんて理由で辞めてしまうのも、ちょっと格好がつかない。――言い換えると、あの怪我は五十川にとって態の良い言い訳になったのである。
(あれ? なんかこの話って……)
そんな五十川の告白を聞きながら、天都は同じ話を聞いたことがあるような既視感を覚えていた。
そう、あれはサッカーじゃなくてファンタジー世界で騎士を目指していた少年の話だ。立派な騎士の親を持ち、周囲からの期待に応えようと頑張っていたところで事故に遭い、その道を捨てるという話。
実は事故に遭う前から自分では決して親のようにはなれないと、才能の限界を感じていた彼は、事故で怪我を負った時、これで正当な辞める理由が出来たと心のどこかでホッとしていたのだ。ちっぽけなプライドを守れたことに安堵しつつも自分を情けなく思っていた少年は、怪我を治した後で新しい道を探し始める。
両親に本当の気持ちを伝えるべきか悩んだり、同年代のライバルと言われていた者から図星を刺されて酷く落ち込んだりと、いろいろありながら物語は進み――
(えーっと、確か最後はかなり強引なご都合主義でハッピーエンドにしたはず)
――そう、どこかで聞いたも何も、その物語は中学時代に天都自身が書いたものである。
「……で、そんな時たまたま……、ホント偶然、図書室に行った時に手に取った文芸部の部誌で、自分の心情そっくりそのまま書いてあるような小説を読んでさ。……まあ驚いたのなんのって」
天都は心の中で「やっぱりー!」と悲鳴を上げた。あの作品は中盤までと主人公の内面に関してはそこそこよく書けたと思っているが、どうにも話を上手に纏めきることができず、結局締め切りに追われて強引に幕を引いてしまったという、いささか悔いの残るものなのだ。
「こんな形でプライドを守るカッコ悪さとか、心配してくれる人を騙してるんじゃないかっていう後ろめたさとか、あー、すげー良く分かるって、あの時は感じたんだ」
やや視線を上げて、当時を懐かしむように五十川が語る。
「……えーっと、その、そう言って頂けるのは恐縮なんですけど、あの作品は正直言ってあんまり出来が良くないっていうか、ぶっちゃけ未完成で……」
「ああ、あのラスト? あれは…………まあ、確かに」
言い訳がましいことを言い出す天都に、五十川はちょっと笑って肯定する。ただそこに批判的なニュアンスは無かった。
「でも、そんなことは大した問題じゃないよ。あの時の俺は、この作者はこういう気持ちを理解してくれるんだって感じられてたことが……、すげー嬉しかったんだ」
その言葉に、天都は自分の頬が紅潮するのを感じた。これまで自分の小説を読んでくれた人から、「上手いね」とか「面白いね」とか言われたことはあったが、こんな風に言われたのは初めてのことだ。
実はあの小説は、自分自身のモヤモヤした感情から生まれたものだ。物語を書くことは好きだが、才能の有る無しなんて自分では分からない。もし才能なんて無いと自覚してしまったら、その時自分は物語を書くことを辞めるのだろうか? そんなことを考えている内に生まれたのが、あの物語なのである。
いわば天都の分身である主人公に共感してくれたという事に、嬉しいというか、気恥ずかしいというか、くすぐったいというか――いろんな感情がごちゃ混ぜになる。
「それ以来、俺は天都さんの小説のファンになったんだよ。ウェブ小説の方も読んでるし、元祖文芸部の部誌もちゃんと買ってるんだぜ」
「ほ……本当に!?」
「ホントホント。……っていうか前期にやった即売会で俺が買いに行った時、天都さんが売り子さんしてたけど、気付かなかった?」
「えーっ! あー……、あの時は体調を崩しちゃった子の代わりで急に代役に入ったから、かなりテンパってまして……」
「ああ、なんかドタバタしてたのはそういう事だったのか。それで気付いてもらえなかったのか……って、話が逸れちゃったな。まあそんなわけで、天都さんとはずっと話してみたかったんだけど、なかなか切っ掛けが掴めなくて……。同じタイミングで<ミリオンワールド>を始めるなら、これだ! って思ってさ」
思いがけないところで自分の小説を褒めてもらい、嬉しいやら気恥ずかしいやらで色々とタイヘンな天都だったが、ともあれずっと引っ掛かっていた疑問については氷解した。
ただ、そういう事ならばもっと早く話してくれれば良かったのにと、新たな疑問も湧いてきたのだが――
「あー……あはは。いやー、始めてみたら思ってた以上に冒険が面白くってさ。すぐに映画の撮影も始まって、なんやかんやと忙しくしている内に今に至る……と」
「……そういえば、<ミリオンワールド>を始めてから今まで、かなり忙しかったですよね。確かにこういう話をする暇はなかったかも……」
「まあ、それだけじゃなくて、割とカッコ悪い話だから……なかなか話せなかったっていうのもあったりするわけで……」
「そんなっ!」
思わず大きな声を上げてしまった天都は、ハッとして口に手を当てた。
「……そんなことは……無いと思うけど」
「そ、そうかな? ……あ、あー……、でさ、天都さんさえ良ければなんだけど、これからは時間も出来そうだし、小説の話とか聞いてもいいかな?」
天都の大きな声にちょっと驚いた五十川が、話を逸らすようにこれからのことを切り出した。それを断る理由はどこにも見当たらなかい天都は、笑顔で頷いた。
「うん、もちろん喜んで」
天都と五十川の関係がぎこちなかった大きな理由は、そもそも五十川がなぜ天都を誘ったのか、そこがハッキリしなかったということが大きい。その部分を五十川の口から聞けたことで、また<ミリオンワールド>だけではない共通の話題が出来たことで、二人の仲は数日の間にとても自然なものとなっていた。
幸か不幸かその絶妙なタイミングで、五十川とは別行動のタイミングが出来てしまい、天都は三人娘からの追及を受けることとなったのである。
最初に相談した手前、すっとぼけてしまう訳にもいかず、ワールドエントランスへと向かう道すがら、天都は五十川のプライベートな部分を省いて説明をした。ちなみに男子二名はちょっとだけ距離を置いて後からついてきている。彼らは彼らで、機会があれば五十川の方から話を聞くのかもしれない。
「つまり、五十川君は天都さんの小説のファンで、前から作者と話をしてみたかった……って、そういう事?」
「えっと……うん、まあそんな感じです」
ファンなどと言われるとどうにも照れくさくてしょうがないが、五十川の口からも言われたことなので天都は頷いた。――それにしても結局、何があったのかと聞かれてもこのくらいしか説明することは無いのだ。
どうやらボーイミーツガール的な話としては“お友達”という形に落ち着きそうだ。天都にとっては部活仲間以外で小説の話ができる友人、それも異性というのは貴重な存在なので、素直に喜んでいるように見える。
一方、わくわくして耳を傾けていた弥生は、拍子抜けしたのか若干不満そうな表情をしている。
「ま、これからも上手くやって行けそうなら何より……なんだけどな~。こう、もっと何か劇的なことがあるのかと思ってたのに~」
当人が良いと思える関係に落ち着いたからこそ言えることだが、無責任な外野としてはもうちょっと盛り上がる展開を期待していたのだ。
「ふふっ……。弥生さん、お友達からというのも大きな一歩ではありませんか? それに、なんとなく……ですけれど、天都さんは肝心なところを隠しているような気がしますし……ね」
ギクリと天都の肩が跳ねる。その様子にニヤリと黒い笑みを浮かべた絵梨が、さらなる追撃を加える。
「ふふーん……なるほどねぇ。さっきの話から察するに……、鍵になるのはきっかけになった小説……」
ギクギクッと再び天都の肩が跳ねた。
「の、ようね……フフッ。もしかして、五十川君には何か特別な思い入れでもあるのかしら?」
遂に足を止めてしまった天都は、目を大きく見開いて何やらガクブルしている。あのことは五十川の、ついでに言えば自分の内面にも深く関わることだ。ここはどうにかしてごまかさなくてはならない。
「な、なな……、何のこっ、ここ、こと……やら」
「どもってましてよ、天都さん(ニッコリ☆)」
ニッコリ笑顔で指摘する清歌に、天都は何やら怯えるようにピルピルと小刻みに震え始める。――何も取って食おうなどとは考えていないのだが。
清歌たち三人は顔を見合わせて、思わず吹き出してしまう。
「えっ? え?」
「大丈夫だよ、天都さん。言わなかったってことは、そうしなきゃいけない理由があるんでしょ? 無理に聞き出そうなんて思ってないから」
「そね。隠されていることに興味はあるけど、無理に聴くのは野暮ってものよね。ま、さっきの天都さんは小動物みたいで可愛かったから、もう少し鑑賞したかったけど、ね?」
「も、も~~、驚かせないでくださいぃ~~」
ホッとして大きく吐いた天都だったが、そこへ清歌が爆弾を投下した。
「あ、それはそれとして、お二人がお付き合いを始めることになった暁には、ちゃんと教えてくださいね」
「っ!! ええっ!?」
「あ~、そうだよね~、最初に相談に乗ったんだから、そのくらい教えてくれてもいいよね~」
「フフッ、そね。ボーイミーツガールはまだ第一章が終わったところ……って感じだもの、続きに興味があるわ(ニヤリ★)」
ハロウィンパーティーの一件以来、五十川のことがちょっと気になり始めている天都は、絵梨が言った“続き”という言葉にドキッとして頬が熱くなった。
まだ異性として意識しているのかは自分でもはっきりしない。五十川の方も“小説が好き”とは言ってくれたが、天都のことをどう思っているのかは不明だ。だが、二人の関係にはまだ続きがある事だけはハッキリしている。
なんだか結局最初に相談した時に言われていた通りに、ボーイミーツガールをやっているような気がして、天都は思わず小さく笑ってしまった。
「まあ、もしそんなことになったらちゃんと報告します。あ、でもその代わりと言っては何ですが、また相談に乗ってもらうことがあるかもしれないので、その時は……」
「モチロン! いつでも言ってよ」
「はい、私たちでよろしければ」
「何ならソーイチたちを使って、五十川君に探りを入れたりも出来るわよ(ニヤリ★)」
「あはは、それはまあ……機会があったらで」
ログインしたマーチトイボックスの五人は、現在ホームに集まっている。なお映画が一通り完成して、リテイクの必要もなさそうだと確定した時点で、五人とも髪や瞳を元に戻している。どうも<ミリオンワールド>の中では最初に設定したアバターで慣れてしまっていたらしく、現実と同じ状態の方が落ち着かなかったのである。
今日はこれから、いよいよ遺跡エリアの端にあるポータルを使って、その次のエリアへと足を踏み入れる予定である。その為の準備として用意したポーションを始めとした消耗品や予備の装備品などなどが、五人の前にずらりと並べられていた。
「それにしても結構な量を用意したわけだが……、こんなに必要だったのかね?」
「備えあれば患いなしと言うし、多い分には構わないのではないか?」
「そね。それに私の予想が正しければ、結構長くて面倒くさい道のりになりそうなのよねぇ……」
イヤな予感がするといった風情で語る絵梨に、四人とも視線で話の先を促した。
「んー……と、ねえ清歌。清歌はアーツや従魔の助けを借りずに身体能力だけで、遺跡エリアのスタートからゴールまで辿り着けるかしら?」
「はい? 身体能力だけで、でしょうか? そうですね……」
清歌は袂からマップウィンドウを取り出して遺跡エリアを表示させ、さらに立体表示モードに切り替える。箱庭のような表示になったマップを見ながら、移動経路をシミュレーションしていく。その結果――
「はい、問題ないと思います」
「ちなみにそれは清歌以外でも、例えばソーイチ……、だと清歌とあんまり変わらないわね。じゃあユージでもクリアできるもの?」
「……最短ルートでは少し練習が必要かもしれません。少し遠回りをするルートなら余裕をもってクリアできると思います」
「なるほど、やっぱりね……。皆覚えてるかしら、Q&Aイベントで第二の町に関する質問があったこと。あの時の回答であった、一番低レベルでも到達できる町っていうのに辿り着くルートが、あの遺跡エリアなんじゃないかって思うのよ」
確かに遺跡エリアへのゲートを開くのは、スベラギ学院内での石板に関するお使いクエスト(推定)をクリアすれば可能で、これは高いレベルを必要としない。また遺跡エリア内に関しても、移動系アーツを駆使すれば簡単に移動できるが、身体能力だけでもクリアできるように仕掛けが用意されており、出現する魔物についてもペンギンの不意打ちにさえ気を付けていれば、戦闘を回避できるものばかりだ。
「う~ん、でも館のボスはどれもまあまあ強かったよ? ステルスドラゴンとか、低レベルで斃すのは無理じゃないかな?」
「確かにアレを斃さないと物語的な背景は分からないし、ゴール地点も手探りで探すことになるけど、そもそもボスとの戦闘は別にしなくても大丈夫でしょ?」
「あっ……、そうか。結局全部斃して回っちゃったから、すっかり忘れてたよ」
「弥生、あなたねぇ……、ま、いいわ。なんにしてもレベル的第二の町へと続くルートっぽいわけだけど、レベルが低くてもいい=簡単……ってわけじゃないのよねぇ」
絵梨の指摘に四人がそれぞれ納得の声を上げた。
そもそも遺跡エリアがそうなのだが、レベルが低くても先に進めるルートならば、<ミリオンワールド>の開発陣はそれ以外の部分で高い要求をしてくるに違いない。高い身体能力が要求されるのは遺跡エリアで既にやっているので、次のエリアは何か他の事だろう。例えば――
「う~ん、ものすごーく長い距離を歩かされるとか? 制限時間ありで」
「迷路やパズルを解かなければならない、などもありそうですね」
「後はすっげー怖い思いをする羽目になるとかな。バンジーとか、超巨大滑り台とか」
「ふむ。それはそれで面白そうではあるが……。しかし、なるほど。これはしっかり準備をしておいた方が良さそうだな」
「ご理解頂けたようで良かったわ。付け加えて言うと、そういう正規ルートじゃない方法で行く場合は、普通に強い魔物の相手をしなきゃならないだろうから、そっちの場合でも準備は必要ね」
これがごく普通の冒険者パーティーならば、道程の面倒臭さを考えてどんより暗くなってしまいそうなところだが、そこはそれ、マーチトイボックスは飛夏という頼もしい仲間がいる。ログアウトするために安全地帯を探す必要が無く、また高価なアイテムを使う必要もないので、のんびり時間をかけて探索を続けられるのだ。また大量に用意した物資も、ストレージブレスによって収納できるので、インベントリの容量もノープロブレムだ。
「さてと。それじゃあ、ヒナに荷物を収納して貰ったら、ぼちぼち出かけよっか。みんな~、新しいエリアに行くんだから、一応ちゃんと注意してね」
「はい、承知しました」「ナッ!」「了解よ」「オッケー、リーダー」「うむ、油断は禁物だからな」
そんわけで、マーチトイボックスは初の長距離遠征――になると思われる――に赴くのであった。