#9―06
「えー……、まだ細かい追加のシーンや、撮り直しはあるかもしれないけど、取り敢えずみんなで撮影するのはこれで完了です。えと……」
一旦言葉を切った天都が、舞台セットである店舗の中に並んだクラスメートたちを見回す。テーブルにはサンドイッチなどの軽食やお菓子類が並べられ、皆はそれぞれ手に飲み物を持って乾杯の言葉を待っている。
こういうことに慣れていない天都は、締めの言葉をお願いしようかと頼れる委員長にアイコンタクトを取ったのだが、「がんばって~」と口パクで言われてしまい、覚悟を決めてすぅっと大きく息を吸った。
「皆さん、お疲れ様でした! 引き続き現実の方でも頑張りましょう! では……、かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
天都の音頭に合わせて皆がグラスを掲げる。そして店内は弾けたように楽し気な会話で満たされた。
この場に居るクラスメートは、<ミリオンワールド>での撮影に参加した者たちだけなのでメインキャストを含めて二十名ほど。撮影は終わっても編集作業は当然まだ残っているし、本番である文化祭はまだ先のこととはいえ、一山越えたという事で撮影に参加したメンバーでちょっとした打ち上げをすることとなったのである。言うまでもなく本当の打ち上げは、文化祭終了後にクラス全員ですることになっている。
「やっぱりこういう挨拶は苦手です……」
眉を下げ、妙に疲れた表情の天都が、メインキャストが固まっている場所に合流する。脚本兼監督として撮影を指揮し、最近はキャストに支持を出すのもサマになって来ていたようだが、本人の意識はそうそう変わるものではないようだ。
「いや、ちゃんと挨拶できてたと思うよ。監督お疲れ様、天都さん」
「そ、そう? ありがとう、五十川君」
労いの言葉を掛けてくれた五十川に、天都は少し照れながら微笑む。ほんの~り甘酸っぱい空気が漂っており、清歌たちはニヨニヨと生暖かい目で見守っている。
その視線に気づいた天都は咳払いをして、取り繕うように真面目な表情つくった。
「……コホン。ま、まあ撮影は終わったけど、編集の方とかまだ私の仕事は終わっていないので、気を抜かないようにしないと」
「まあ、そうだよね。……って言っても、編集作業の方はあんまり問題なさそうなんでしょ?」
「はい。編集ソフトの扱いに慣れるまでに少し時間はかかったようですけれど、そこはもう越えてしまいましたので。ムービー素材は沢山ありますし、特殊効果などを付け加える必要もありませんからね」
撮影は雪苺とそのエイリアスによるものに加え、メインキャストがそれぞれの視点でも行っている。ちなみにメインとなるカメラは、予め天都からイメージを聞いておいた清歌が、雪苺に意思疎通で指示を出して撮影している。
このように全てのシーンがマルチアングルで撮影されているために、素材となる映像は豊富で、編集はこれを物語の進行に合わせて上手に切り替えて繋ぎ合わせていけばいいだけだ。しかも魔法などを使うシーンは実際に使っている様子が撮影されているので、特殊効果を後付けする必要もない。編集ソフトの扱いを覚えてしまえば、後は比較的簡単なお仕事なのである。
ちなみにBGMについては、完成した映像に合わせて清歌が演奏したものを録音し、合成することとなった。結局清歌の負担が増すことには、弥生や天都が難色を示したのだが、劇中で――付け加えるなら文化祭本番では店内で――演奏している曲調との兼ね合いや、市販の曲を使うことによる著作権の問題などを手っ取り早くクリアするには、清歌がオリジナル曲を演奏することが一番だったので首を縦に振らざるを得なかったのである。
こうして完成した二話分の映画は、素晴らしい――とまでは言えないものの、素人の高校生が文化祭用に作ったものと考えれば、及第点を大きく上回る出来栄えとなっていた。
「ま、アレね。個々の演技力はどう見ても素人なのに、特殊効果が無闇に凄いっていう気はするわよねぇ」
「それを言うなら、舞台セットや衣装についても同じだな。鎧とか剣なんかは下手すりゃ、テレビドラマとかB級映画よりもよっぽどマトモだ」
「まあその辺りは本物を使っているわけだからな。……素人がプロの機材で映画を作ったようなものなのだろう」
「…………そういうことなら、演技力についてもそんなに気にすることは無いのかも。アイドルの人気頼みで作った漫画原作の映画とかに、酷い演技の作品がありますからね」
唐突に毒を吐く天都に、ギョッとした一同の視線が集中する。こういう時にも平然としている清歌でさえも、興味深げに少し目を見開いている。
夏休み直後に行った文化祭会議の頃に比べれば、天都は清歌たちとだいぶ打ち解けていて、ごく普通にお喋りするようになっている。しかし、こんな風に毒を吐くキャラを隠し持っていたとは知らなかったのである。
まさか毒舌キャラだったなんて――という視線を向けられた天都は、顔を赤くしつつ慌てて否定した。
「あっ! え、え~っと、違くって。その……、私すごい好きな漫画があったんだけど、ちょっと前に人気アイドルグループのキャストで映画化されて……、これが凄まじく酷い出来で……」
「あ~、アレの事かな? 演技はグダグダで、無理に二時間に収めようとするからシナリオも変にアレンジされてて、登場人物を減らした分キャラが変わっちゃってる人がいたりっていう……」
「そういえばあったわねぇ……、そんな映画。私はネットのレビュー記事を読んだくらいだけど、あれでしょ? その監督ってそれ以降、爆死請負人なんて呼ばれてるのよね」
「そう、それです! 原作の方が凄く好きな作品だっただけにショックで……。アレこそ、素人がプロの機材を使って作った映画だったなーと、思い出してしまいまして……。決して私は毒舌キャラでは……」
一般的にオタクと呼ばれる者がそうであるように天都もまた、自分の好きなモノに対しての想い入れは強く、つい熱く語ってしまう面があるようだ。今回の場合は、好きな作品を汚されたという怒りが、聡一郎の言葉によって引き出され、再燃してしまったのである。
「フフフ、分かってるわよ。ちょっと熱くなっただけよね(ニヤリ★)」
「うんうん。好きな作品のことだから、思わず……だよね(ニヤリ★)」
「ふふっ。そういう時こそ素が出るとも言いますけれど……ね(ニヤリ★)」
「う~……、なんだか全然信じて貰えてない気がする……」
清歌たち三人の見事な連携でネタにされ、トホホな表情で肩を落とす天都なのであった。
三十分ほどでこの会場での打ち上げはお開きとなり、旅行者のクラスメートたちは残った時間で<ミリオンワールド>を楽しむべく繰り出していった。なんでも遊園地島へと向かい、現地で二つのグループに分かれる予定なのだそうな。彼(彼女)らにとっては、こちらこそが打ち上げの本番なのかもしれない。
そんなわけで現在店舗の中に残っているのは、メインキャストである冒険者組の七名である。一緒に行っても良かったのだが、どうせなら初見の者だけで行った方が面白いだろうと弥生たち五人が遠慮し、遊園地にはあまり興味がなかった天都と五十川もそれに乗っかったの-である。
「それにしても、ハロウィンパーティー前に撮影が終わるとは思ってなかったよな」
「ああ、うん、そうですね。本来のスケジュールではもう少し撮影にかかるはずだったから、だいぶ余裕ができましたね」
これは偏に、<ミリオンワールド>を利用して映画を撮影したことによる結果である。これがもし現実で撮影していたならば、単純に考えて三倍の時間がかかっていたはずだ。無論、機材や衣装等の調達を考慮すればかかる時間は大幅に伸びるので、実際には三倍どころではないだろう。
現在の<ミリオンワールド>は、旅行者として楽しむ分には意外と簡単にチケットを獲得できるようになっている。相変わらず土日、祝日の良い時間帯はそれなりの倍率になるのだが、平日の十六時頃までの時間帯ならば、ほぼ希望通りにチケットを確保できるのだ。
清歌たちのクラスはそのチケットを確保し易い時間帯、すなわち文化祭の準備に当てられている午後の時間を使って、撮影を集中的に進めていったのである。普通に考えればまだ授業をしている時間に、<ミリオンワールド>というゲームをするなど考えられないことだが、文化祭の準備に関することならば事前に申請をしておけば校外での活動も認められるのである。
「この映画が成功したら、来年の文化祭じゃ<ミリオンワールド>で映画撮影っていうのが増えたりしてな」
まだ映画が完成したわけでもないのに、もう来年の話をしている気の早い五十川に、天都はクスリと笑った。もしそうなったら自分たちが先駆者という事であり、それはとても嬉しいしちょっと誇らしくもあるのだが――それは難しそうだと天都は考えている。
というのも、エキストラは旅行者で何とかなるとしても、主要な登場人物はやはり安定してログイン可能な冒険者であることが望ましいからだ。冒険者として登録するための抽選は、今も変わらず高倍率なので、メインキャスト全員となるとかなりハードルが高い。
また今回のように撮影の舞台となる物件を借りるとなると、その資金も必要となる。まだまだ駆け出し冒険者の天都と五十川は、最初に弥生たちからの支援があったからこそ、多少の余裕をもってプレイできているが、それが無かったら恐らくかなりカツカツな状況だったろうことは容易に想像できる。映画撮影のために物件を借りるからと、ポンと資金を提供できるマーチトイボックスがちょっとおかしいのである。
そういった諸々のことを考慮すると、仮に今回の映画上映が成功したとしても、来年の文化祭で<ミリオンワールド>撮影した映画が何本も上映されるという可能性は低いだろう。恐らく出し物を決める会議の段階ではそういった意見が数多く上がるだろうが、現実的なプランではないと却下されることになるのではなかろうか?
そんな天都の予想を聴き、五十川は大きく頷いた。
「あー、そうだよな。言われてみれば、俺たちだって委員長たちがいなかったら、こんな店は確保できなかったんだしな。そうそう同じようなことはできないか」
「うん。……駆け出しの私たちじゃ、お店を借りるなんてとてもとても……」
「……だよなぁ。なかなかカネが貯まらないんだよな」
「仕方がないよ。序盤の資金繰りが大変なのはRPGのお約束なんだから」
「そりゃ分かってるけど、世知辛い話だよなぁ……」
「本当にね……。リアルなだけに余計にね……」
「「はぁ~~……」」
文化祭の話をしていたはずが、いつの間にやら<ミリオンワールド>での資金繰りの話へとスライドしてしまい、二人は大きく溜息を吐いて肩を落とした。
「どうしたの、二人とも? そんな大きなため息吐いちゃって。……まさか、撮影し忘れたシーンでもあった?」
和気藹々と談笑していたと思っていた二人が、突然どんよりとした空気を漂わせ始めたことに不安を感じて、弥生が話しかける。
撮影終了の打ち上げで監督が溜息を吐いていれば、そう思われるのも仕方がない。天都は慌てて映画撮影の話では無く、ゲーム世界の世知辛さに打ちのめされていたのだと、何ともビミョ~な説明をした。
「そ……、そうなんだ。も~、監督が溜息を吐いてるからびっくりしたよ」
「あはは、それはごめんなさい。お金の話だからついでに聞くけど、ココの賃貸料って坂本さんたちに払って貰っちゃったけど、本当に良かったの? まあ、今更の話なんだけど……」
「あ~、それなら大丈夫だよ。ね?」
返答しつつ弥生は、マーチトイボックスの金庫番である絵梨の方へ視線を向ける。絵梨は個人とは別に管理している、ギルドの予算の明細をウィンドウに出して確認した。
「そね。エキストラとして旅行者でインした皆から巻き上げ……んんっ! カンパしてくれたお小遣いで大分補填できたから、差し引きで少しだけマイナスが出たくらいね」
この時絵梨は敢えて言わなかったのだが、清歌と悠司が製作したインテリア類に関する値段は考慮せず、店舗の賃料のみで話をしている。素材なども自分で集めてきているので出費は無いのだが、本来なら素材代だけでもそれなりの金額になるのはずである。
「まあ、俺らは露店で結構稼いでるし、この程度なら気にしなくていいよ」
「へー……、露店ですか。あっ、じゃあココをこのまま借りて、お店にグレードアップするってどうですか?」
「あ~」「それは……」「考えてはみたのよねぇ」「うむ。しかし……」「ちょっとなぁ」
もう結構長い時間をここで過ごし、すっかり居心地のいいたまり場と化してしまったこのお店を、出来ればこのままにしておきたいと思った天都の提案に、マーチトイボックスの五人は揃って渋い表情をする。
実のところ露店の営業中、或いは掲示板の中でしばしば「露店ではなく常設のお店にしないのか?」という問い合わせは受けており、実際少し前に五人で検討してみたのだ。
結論から言うと、店舗の経営に関しては断念することとなっている。
店番の人員的な問題に関しては、店舗にすることでスベラギの住人を雇うことが出来るので問題ない――というより、むしろ露店よりも楽になるかもしれない。しかし清歌たちは露店について、あくまでも<ミリオンワールド>の遊びの一環として楽しんでいるに過ぎないのだ。常設の店舗にしてしまうと、在庫を用意したり、定期的に新商品の開発をしたりと、どうしてもそちらに時間を多く割くことになってしまう。それで冒険に出る時間が無くなってしまっては意味がない。
では店の営業日を減らせばいいのではないかというと、それでは収支がマイナスになってしまいかねない。いくら遊びの一環で儲けにはこだわっていないとはいえ、流石に常に赤字になるような店舗経営をするつもりはないのである。
「……と、まあそんなわけで、今のところお店の経営をする気はないんだよね。だから残念だけど、この場所とはあと少しでお別れかなぁ……」
「う~ん……残念ですけど、仕方ないですね……」
「誰かがここでお店をやるっていうなら、共同経営にすることも出来なくはないんだけどね。……まあ撮り直しとかの万が一に備えて、来月いっぱいは借りておくから、それまでは自由に出入りできるよ」
「うん。じゃあ、のんびりお茶したい時とかに使わせてもらおうかな」
実はこの時の会話がちょっとしたフラグになっていたのだが――それが分かるのはまだ先のこととなる。
百櫻坂高校においてのハロウィンパーティーというイベントは、GIIイベントにカテゴライズされるものの中では比較的歴史の浅いイベントだ。体育祭と文化祭のちょうど間に位置するこのイベントでは、体育館と音楽室、部室棟の一部などで行われる音楽系部活動(同好会も含む)によるライブ演奏と、校内に分散的に設置される料理系部活によるお店でお菓子の即売会が、お昼休み以降に行われるのである。
基本的に文化祭のステージからあぶれた弱小音楽系同好会の救済という側面が強いイベントであり、時期的なこともあって、見に行くよりも文化祭の準備を優先する者の方が多いのではないか――というと、これがそうでもない。というか、準備が遅れがちな団体でも、わざわざローテーションを組んで参加することが多い。
というのも、このイベントでは実行委員会が中継映像を放送しており、また制服以外の仮装をして行くとお店でおまけが貰えるのである。つまり文化祭の衣装を身に着けて校内を歩けば、宣伝にもなるしお菓子も追加で貰えて一石二鳥なのである。
実際、ここで上手く宣伝できた団体は文化祭で大成功を収めることが多いという統計データも、ハロウィンパーティー実行委員会の調査によって弾き出されている。もっとも――
「ま、信用に足るデータかは微妙な気もするわよねぇ……」
「えっ!? でも中継映像に出てる団体が高い収益を出してるっていうデータは、本物でしょ?」
「確かに。そこを捏造するのは難しいのではないか?」
「そこについては、その通りよ。でもねぇ……、それって単にこの時点で準備がある程度整っている団体は、本番で高いクオリティを出せたってだけの話じゃないのかってことよ」
「なるほど……。もともと有望な団体が中継の目に留まったのか、それとも中継による宣伝効果で良い結果に結びついたのか、ということですね。言われてみれば、その辺りの因果関係はこの数字だけでは分かりませんね」
「ふむふむ、卵が先か、鶏が先か……。あれ? ちょっと違うかな? ま、それは置いておいて……」
例のワンピース姿にエプロンとポシェット、ついでに髪もツインテールにしてシュシュをあしらったフル装備状態の弥生が、教壇の上に立って教室内を見渡す。教室内には喫茶店の制服であるエプロンとリボン――男子もネクタイではなく細いリボンである――を身に着けたクラスメートたちがずらりと並んでいる。
「よ~っし、じゃあ皆、今日は文化祭の準備のことは一旦忘れて、ハロウィンパーティーを目一杯楽しもう! ……ついでに宣伝もちょっとは出来たらいいな~って感じで。では、出陣……じゃなくって、今日はこれで解散っ!」
「はーい!」「いや、出陣でいんじゃね?」「ははっ、じゃあ行くか」「まずはお昼ご飯のデザートを……」「行ってきまーす!」「委員長たちも頑張ってー!」
クラスメートたちにはああ言ったものの、メインキャストである六人――悠司は当然自分のクラスの方である――は、ここでしっかり宣伝しておきたいところだ。
そんなわけで三組のペアに別れた清歌たちは、文化祭の宣伝も兼ねてハロウィンパーティーへと繰り出していった。
清歌と弥生のペアがまず向かったのは、喫茶店班の班長でもある田村が参加しているスイーツ研究会が出しているお店である。
メインキャスト六人の中でも抜きんでて目立つ二人が、仲良く手を繋いで歩いていればそれはもう人目を引くことこの上ない。目的のお店に到着するまでにその姿は何度も中継されており、その都度クラスと出し物をアピールしたので、この時点ですでに宣伝という目的は果たしてしまったも同然であった。
そうして辿り着いたスイーツ研究会による店は、様々なトッピングが施された可愛らしいトリュフチョコを販売しているお店だった。所々にカボチャランタンの顔が描かれたチョコも混じっている辺り、ちゃんとハロウィンを意識しているのだろう。
「あ、お二人さーん、いらっしゃ~い!」
「こんにちは~。チョコを食べに来たよ~」
「こんにちは。……ふふっ、こんなところに私のお仲間が」
このお店のコンセプトはどうやら“魔女”らしく、店員はそれぞれ魔女っぽい扮装をしている。すなわちとんがり帽子に黒いマントである。これで中に着ているのが制服なので、なるほど確かに魔法使い役である清歌の衣装と方向性は同じだ。
「委員長も黛さんも、その衣装ってハロウィンパーティーに違和感がないよね」
「あ~、まあ不思議の国のアリス風も、魔法使い風も、ハロウィンのコスプレとしては割と定番だからね」
「なるほど、それで田村さんたちも魔女の扮装をなさっているのですね」
「まあねー。……っていうか、黛さんと衣装をかぶせるなんて馬鹿な真似をしたなって、今後悔してるところよ」
わざとらしくがっくりと肩を落として見せる田村に、清歌と弥生は顔を見合わせてクスリと笑った。
何にしても店の前でいつまでも話し込んでいては営業妨害になってしまうので、二人は二個セットのチョコを購入した。もちろん決まり文句を言っておまけにもう一個もらうのも忘れていない。
と、ここで中継のカメラ部隊が近づいてきていることに田村が気づき、二人に顔を寄せた。
「ねね、良かったらここで食べていってくれない? ついでに美味しいって言ってくれるとすっごく嬉しいんだけど……(ヒソヒソ)」
「あ、そういうこと(ヒソヒソ)」「ふふっ、承知しました(ヒソヒソ)」
以前行った試食で、田村のお菓子作りの腕前は分かっている。彼女が作ったものならば、少なくとも不味いということは無い筈なので、二人はこのお店の宣伝に協力することにした。
では、それぞれ一つずつ――と弥生が行動を起こす前に、清歌が自然な仕草でチョコを一つ摘まみ、弥生の方へと差し出した。
「弥生さん、あ~ん……」「ふぇ? あ、うん。あ~ん……」
そのあまりにも自然な様子に、弥生も思わず乗せられてしまい口を開けてしまう。
口の中に入れられたチョコをもぎゅもぎゅと咀嚼する。甘くてほろ苦いチョコは、少し洋酒で香りづけされているらしく、ちょっと大人の風味でとても美味しかった。
「うん。とっても美味ひぃよ……」
ふにゃっとした笑顔で感想を言う弥生に清歌も微笑むと、ひょいっと自分の手でチョコを口に放り込んだ。清歌が食べたチョコは甘さ抑え目の抹茶風味で、こちらもまた美味しかった。
「……あ、本当ですね、こちらもとても美味しいです」
「うん。ウチの班長さんはさすがだね~。…………あ」
チョコの甘さが口の中から消えかけた頃、弥生は自分がちょっと――いや、かなり?――恥ずかしい、いわゆる「あ~ん」をやってしまっていたことに気付き、頬を赤く染めた。チラリと視線を向けると、周囲のギャラリーも妙に生暖か~い目でこちらを見ていた。
「~っ! わ、私たちは次にもう行くね! じゃあ田村さんまた~。ほらっ、清歌も行くよ」
弥生が清歌の手を取り、グイグイと引っ張る。清歌はそれに逆らうことなく歩き始めつつ、田村に声を掛けた。
「はーい、弥生さん。では、私たちはこれで」
「あははっ、うん、分かった。来てくれてありがとねー」
こうして来た時と同じように、二人は仲良く手を繋いでスイーツ研究会の店の前から立ち去ったのであった。
――と、まあこんな感じで、約二名がやたら滅多らと目立ち何度も中継映像に写りまくって、文化祭の宣伝としては上々の結果となった。
「ま、あの二人があの恰好で歩いていれば、当然の結果よね」
「うむ。まあ、二人を囮にしたようで少々心苦しくはあるが……」
「いいじゃないの。こういうのを適材適所っていうのよ(ニヤリ★)」
などと嘯く絵梨と聡一郎のペアは、結局一度中継映像に写っただけで、後はただ普通にイベントを楽しんでいた。
余談だが、武田先生と大谷先生率いる教師連合のバンド演奏は大盛り上がりを見せ、第二音楽室での最後の出番だったこともあって、アンコールを八曲も披露した。当然、時間を大幅にオーバーすることとなり、翌日実行委員会と生徒会からお説教をされることとなった。
――ある意味で、本当に伝説となったのである。