#9―05
百櫻坂高校の芸術科目は基本的に美術、音楽、書道の三種類で、一年生はこの中から二つを選択することとなっている。三種類というと選択肢が少ないように見えるが、担当する教員によって学習する内容に幅があるので、実質的な選択肢としてはかなり多い。
例えば美術ならば教員は三人いて、絵画や彫刻などの所謂美術の授業的なもの、デザインを中心としたもの、技術よりも美術史や鑑賞に主軸を置いているものという風に、それぞれ内容が異なっている。なお書道については年によって講師が変わり、今年の内容は書道、日本画、工芸となっている。いわゆる書道は毎年あるのだが、どちらかというと広い括りで“日本の伝統文化”と呼ばれるものを全てココに突っ込んだという感じで、若干看板に偽りありと言えよう。
清歌はこの中から音楽(世界各地の民俗音楽中心)と、書道を選択しており、これは弥生の選択と一致している。絵梨は美術(美術史)と音楽(音楽史)、悠司は美術(デザイン)と書道、聡一郎は美術(美術史)と日本画を選択している。こういった選択をする場合、弥生たちは相談することはあっても、最終的にはちゃんと自分の意志で決定するようにしているので、必ずしも一致するわけではない。
清歌は授業の選択を決めた時点で、弥生たちのグループとはまだ親しくなかったので、二人の選択が重なったのは全くの偶然である。ちなみに弥生がその二つを選択した理由はというと、音楽の方はとあるRPGのケルト音楽風アレンジ版サウンドトラックがとても気に入っていて興味を持ったからで、書道の方は小学校低学年の頃母親から少し習っていたからである。
さて、十月も下旬となり、映画撮影の方も順調に進行しているある日の事、昼食を終えた清歌と弥生、そして天都の三人は第二音楽室を訪れていた。武田先生にあるお願いをするためであり、アポを取ったところ、この時間は第二音楽室にいるとのことだったのである。
なおこの三人だったのは、主に清歌からのお願いであり、天都は監督として同行すべきであるからだ。弥生はクラス委員長であり音楽選択でもあるから――という名目で同行しているが、本当のところは清歌と天都の間の緩衝役としてである。天都はまだ清歌に慣れていないところがあり、二人きりだと少々――否、かなり緊張してしまう傾向があるのである。
第二音楽室まであと二メートルというところで、室内から漏れてくる音楽を聴いた清歌がふと足を止めた。
「この音……大谷先生が演奏してらっしゃるようですね」
「えっ!? 古文の先生がなんで……あ、そういえば体育祭の“即興ライブ事件”って、大谷先生もいたんでしたっけ……」
天都の言葉は最後の方が半ば独り言になっていたが、しっかりと清歌の耳には届いており、心の中で「事件という程の事だっただろうか?」と首を捻っていた。
「そっか、天都さんはあの現場に居合わせなかったんだね。……そういえば、今度のハロウィンパーティーに教師だけで組んだバンドが参加するって聞いたけど、今はその練習してるのかな?」
聞こえてくる音楽は日本の若手ロックバンドの曲で、去年大ヒットした映画のテーマソングだ。チョイスが若い上に、ボーカルがちょっと素人くさい所に目を瞑れば、演奏もかなり上手い。会場は盛り上がるかもしれないが、生徒のバンドの食ってしまわないか少々心配になる。
扉の前で聴いていた三人は、思わず顔を見合わせてしまった。
「ねえ、清歌。結構……っていうか、かな~り上手いよね?」
「はい。武田先生は音大を卒業してらっしゃいますし、大谷先生も多少ブランクはあってもキャリアは長そうでしたから。お二人が参加されるのであれば、このレベルの演奏は当然かと」
「うーん、こういう時って普通、先生が演奏するのはビート○ズとかだと思うんですけど……」
「あ~、ちょっと昔ので私らもよく知ってる名曲だけど、今更その曲を演奏しようとは思わない……って感じのだよね。まあ、普通はね」
要するに普通の先生ならば、自分たちのテクニックを披露しつつ、あくまでもイベントの主役は生徒たちに譲るというスタンスを取るだろうというのが、天都の意見である。しかし――
「演奏を聴いている限りでは、先生方は本気……と申しますか、かなりヤル気のようですね」
どうやら手加減する気などサラサラなく、参加するならば主役を奪取する気のようだ。そう言う気持ちは清歌にも分かるので、若干苦笑交じりの口調でも非難の色は無い。ある意味で、お祭り好きの百櫻坂高校の教師らしいと言えるかもしれない。
「ふふっ、ハロウィンパーティーでは少々波乱があるかもしれないですね」
などとニッコリのたまう清歌ではあるが、彼女こそが教師がバンドを組んで参加する切っ掛けを作った張本人である。他人事のようにそれを言うのはいかがなものかと、弥生はツッコミを入れようかと思い――すんでのところで踏みとどまった。あの時清歌を焚きつけてしまった(らしい)自分にも責任があるのではないかということに、思い至ってしまったのである。
ビミョ~に挙動不審な様子を見て何かあったのか尋ねる天都に、弥生は「なんでもな~い」と答えると、とりあえず話を逸らすことにした。
「それよりどうしよっか? 演奏が終わるまで待つ?」
「そうですね……。約束はしているのですから、そっと中に入って待つことにしませんか? 外で待っていては、次の曲が始まってしまうかもしれませんし」
「……そだね。では、おじゃましまーす」
一応軽くノックしてから扉を開けた弥生がそっと室内に足を踏み入れ、清歌と天都もその後に続くのであった。
第二音楽室の中に入った三人は、武田先生から目配せと口パクで「ちょっと待って」との合図を受けて、大人しくしばしの間観客となっていた。曲が終わったところで先生方から感想を求められた三人は、それぞれ思ったところを一通り述べた。
ちなみに清歌の言葉は感想というよりもアドバイスに近く、それを聞いた先生方が真剣に受け止めていたところからも、その本気度が窺えた。これは本当に波乱が起きるかも――と、弥生が内心頭を抱えたのは言うまでもない。
一頻り感想を言い終わったところでようやく本題である。今日、武田先生の元を訪れたのは、楽器の貸し出しをお願いするためである。
<ミリオンワールド>内で借りた物件の模様替え機能とインテリアの工夫により、映画の舞台となる冒険者の酒場は、めでたく正統派ファンタジーの雰囲気を醸し出すに至っている。そこで練習と撮影を進めているのだが、清歌が小さなステージ上で演奏しているシーンを見たところ、イマイチ店の雰囲気と楽器が合っていないように思えたのである。出来れば近代的なギターではなく、もっと古い時代の弦楽器――リュートや小型のハープなどにしたいところだ。
清歌はスベラギにある楽器屋もいくつか知っており、それらを扱っているのも見たことがあるので<ミリオンワールド>の方では問題無く調達できる。しかし流石に黛家の音楽室にも、そのようなあまり一般的ではない楽器は置いていない。現実での演奏はどうしたものか――と考えたところで、武田先生の授業風景を思い出したのである。
世界各国の民俗音楽について、音楽的な特徴やその背景となる歴史などを扱っている武田先生は、授業でしばしば実物の楽器を持ち出し、その音色や弾き方、デザインなどについて語ることがあるのだ。確か六月ごろの授業でリュートを見た覚えがあり、それが先生個人の私物ではなく学校の備品ならば、貸してもらえるのではなかろうか? と思ったのだ。
果たして彼女たちの予想は正しく、楽器は学校の備品であり、管理責任者である武田先生は貸し出しを快諾してくれたのである。余談だが、これは清歌ならば正しく楽器を扱ってくれるであろうと信用しているという事に加え、民俗楽器を多くの人目に触れさせて、あわよくば自分の授業に興味を持ってもらえれば――などという武田先生の思惑があるのである。
大谷先生らバンドメンバーと別れ、武田先生の案内で音楽準備室へと移動する。扉を開いて中に入ると、そこにはオーケストラや吹奏楽では目にすることの無い、一風変わった楽器が所狭しと並んでいた。
大きさも形状も様々な太鼓、どこか洗練されていない素朴な形状の笛、一見楽器とは思えないただの棒のようなもの――等々。そして三人のお目当てのモノである弦楽器も、円や楕円に三角形と様々な形で、弦の数も長さも異なる物が多数取り揃えられている。ちゃんと展示すればそれだけで、ちょっとした世界の楽器博物館になりそうな感じである。雑然と並んでいる現状だと、さながら楽器の森と言ったところか。
「うわぁ~……」「これは凄いですね……」「見たことの無い楽器がいっぱいです……」
「なかなか壮観だろう? これらはみんな僕のコレクション……というのはモチロン冗談で、授業のために買い揃えた資料だよ。やはり実物があると生徒たちも興味を持ってくれるからね」
コレクションという言葉に若干本音が混ざっていたような気はするが、一応予算はちゃんと通っているのだろうから問題は無いのだろう。弥生は華麗にスルーして――目が若干ジト目になっていたが――本題について尋ねた。
「え~っと、その“コレクション”の中から本当に借りちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫、好きな物を持って行っていいよ。ここにある“資料”は、“生徒の為に”集めたものだからね。生徒が文化祭で使うなら何も問題は無いよ。ああ、でもこれからも授業で使うから大切に扱って欲しい」
「はい、それは必ず。……ってわけだから清歌、天都さん、イメージに合いそうなのを選んじゃって」
「ふふっ……、はい、承知しました」「う、うん。分かった」
微妙なニュアンスの込められた二人のやり取りに清歌はクスリと笑いつつ、早速弦楽器が並べられているコーナーへ向かい、天都もその後に続いた。天都は選択が違うために知らなかったことだが、武田先生は規則に関しては厳格でお堅いところがある一方、意外と冗談やユーモアの通じる人物なのである。
清歌は天都と相談して候補を二つに絞ると、軽く弾き比べて一方に決定した。いわゆる洋梨を半分に割ったような形状のボディーで、唐草模様風の透かし彫りの穴がある、弥生が想像するリュートそのものであった。
「お~、イメージ通りのが見つかったんだね。やっぱりリュートにしたんだ」
「うん。想像通りのものがあってよかったです」
「確かにイメージ通りの楽器ですね。あ、ただ、これは……」
清歌が言葉を切って弥生の隣へと視線を向けると、武田先生はニヤリと笑みを浮かべた。
「えっ、ナニナニ? その楽器がどうかしたの?」
「弥生さん、この楽器は厳密にはリュートではありません。どちらかというとギターに近い物……ですよね、先生?」
「その通り、良く分かったね。詳しく話すと長ーくなってしまうから省くけど、それは古典的な楽器であるリュートを、現代のギター製造技術で疑似的に再現したレプリカなんだ。だから見た目はともかく、構造はギターに近い」
「えっと、それってなんで作ったんです? ギターではダメなんですか?」
天都のぶっちゃけた疑問に、武田先生は「ふむ」と腕を組んでちょっとだけ授業モードに入った。
「昔の楽器は劣化してしまって弾けないものが多いからね。だからそれらの構造を研究して、現代の技術で当時の音色を再現することには十分意味がある。その楽器の場合は弦の本数と調律もギターと同じだから、現代の曲の演奏にも対応できるという利点もあるしね。……それに何より、その楽器なら君たちの目的にはぴったりだろう?」
「あっ……そうか。……確かにそうですよね」
弥生と天都は、清歌が問題なさそうな態度だったために失念していたのだが、楽器が変われば当然奏法も変わる。文化祭までひと月を切っていることを考えれば、武田先生の指摘はもっともである。
何にせよこれで目的は達成だ。思ったよりも早く済んだので、まだ少し時間が残っている。折角だからクラスの皆よりも一足先に演奏を聴いてみたいと弥生が思ったのも、無理からぬことであろう。
「ねね、清歌、折角だからちょっと何か弾いてみてくれないかな?」
「は~い、少々お待ち下さい…………。では……」
清歌は手近な椅子に腰かけるとサッと調律をし、徐に演奏を始めた。
ギターとはまた異なる音色を奏でつつ、聞いたことの無い言葉で歌が紡がれてゆく。どこか懐かしい感じのする旋律と不思議な響きの和音が、楽器の森の中に満ちていった。
「うん……、素晴らしいね……、彼女は」
心底感心したように呟く武田先生に、丁度いいタイミングなので弥生は以前から疑問に思っていたことを尋ねた。言うまでもなく演奏の邪魔をしないように小声で、である。
「あの……先生がたは、清歌のことをどのくらい知っているんですか?」
「うん? ああ、つまりアーティストとしての彼女ということだね。そうだね……」
武田先生の話では、清歌が黛家の人間であることは周知の事実だが、アーティストとしての側面について知らされているのは担任と学年主任くらいらしい。ただ音楽と美術の教師は皆、担任が知らされている情報以上のことを知っているそうだ。そちらの業界では、やはり清歌はかなりの有名人のようだ。
「あ~、やっぱりそうなんですね……」
「まあ……実のところ割と眉唾な話もあったから、本人を見るまでは半信半疑のところもあったんだが、こういうのを見てしまうとね。この歳でこれだけの演奏……、しかも本職はピアノなんだろう? 正直、教育者としてはこんなことを言うのは良くないんだけど、まさに天才だね。アートの神に愛されているとしか思えないよ」
武田先生の言葉は、率直な称賛の中に僅かな羨望が含まれているように弥生には思えた。恐らくそういうものも含めて、教育者としては良くないと言ったのだろう。
「ところで、君たちの方はどうなんだろう? クラスメートは彼女のことをどれくらい知っているんだい?」
「あ~、仲の良い良い友だち……え~っと、私も含めた四人は清歌から直接聞いていますので知っていますが、たぶん他のクラスメートは良く知らないと思います。ただ、授業や体育祭の件なんかもありますから……」
「薄々気付いているかもしれない、と」
「ええ、まあ。……あ、でも……」
体育祭以降、文化祭の準備をしている最中のクラスメートたちを思い出しつつ、弥生は少し首を傾げた。ドラムとギターの演奏に演技力と、清歌が見せる多彩な能力については、クラスメートたちは簡単に受け入れ過ぎのような気がする。思うに皆は、それ程大袈裟な話だとは考えていないのではなかろうか?
「もしかしたら、“お嬢様ってイロイロ習ってるんだな~”くらいに考えてるのかもしれません」
「ぶふっ……いや、失礼。ああ、でもなるほど、そういうものかもしれないな。……いやむしろ、そう誤解しておく方が精神衛生上いいかもしれない」
「あ~、そうかも……ですね」
幸か不幸か弥生たち四人は、進路を音楽や美術方面にとは考えていなかったため、とても驚いたもののすんなり受け入れることが出来た。しかし、もしアートを志していたならば、同年代にいる清歌という存在を意識しないわけにはいかなかっただろう。そして恐らく、大きな挫折を経験することになったはずだ。その時果たして、清歌と普通の友達でいられたか――あまり考えたくない話だ。
そんな話をしている間に、清歌の演奏が終わった。
「良かったよ~、清歌」「はぁ~~、イイです、すっごく」「うん、素晴らしい!」
三人の盛大な拍手を受けて、清歌は立ち上がると優雅に一礼した。いつみても綺麗な所作で、音楽の才能云々とは別に、こういうところは素直に憧れてしまう弥生である。
「うーん……、この演奏を教室でやっちゃって大丈夫ですかね。本当にお客さんが動かなくなっちゃうんじゃ……」
「ははは。確かに僕が君たちの店に入ったら、演奏が終わるまで動かないだろうね」
「あ、そっか……、逆に考えればいいんだ。演奏を切れば自動的にお客さんが動いてくれるかも……。後で田村さんに提案しよう」
思わぬところでヒントが得られてラッキーだった。借りることとなったリュート(もどき)をソフトケースに収め、武田先生にお礼を伝えてから三人は音楽準備室を後にした。
ちなみに別れ際に武田先生から、ハロウィンパーティーではぜひ自分たちのバンドの演奏を聴きに来るようにとのお誘いを受けた。なんでも――
「体育祭に続いて事件になると思うよ(ニヤリ★)」
――とのこと。何やら不穏な発言である。
「……ホントにも~、先生たちも何を考えてるんだか……」
「ふふっ。ハロウィンパーティーは文化祭の前哨戦的な位置づけと仰っていましたよね? 先生方なりに盛り上げようとして下さっているのではありませんか?」
教室へと向かう道すがら、先ほどの教師としてそれはどうなんだ? という発言について弥生がボヤき、清歌がフォローする。もっとも楽器を貸してくれた恩があるから一応しただけであって、清歌も自身の言葉をあまり信じていない。
「黛さんは、先生方のバンドで演奏したりはしないんですか?」
「先生方からお誘いは受けませんでしたね。仮に誘われたとしても、今は文化祭に集中していますからお断りするしかありませんでした。思っていたよりも出番が多くなりそうですし」
清歌の返答に天都は残念そうに少し肩を落とした。体育祭の“即興ライブ事件”を見逃してしまったので、清歌がドラムを叩いているところを見たかったのだが、残念ながらその機会はなさそうである。
「演奏って言えば……、清歌? さっきの曲って何て歌ってたの? なんか聞いたことない言葉だったような気がするんだけど……」
「不思議な響きの言葉でしたね。柔らかく囁くような発音で……」
清歌が英語を喋れるのは周知の事実で、弥生はそれに加えてドイツ語とイタリア語を喋れることを知っている。先ほどの歌は、そのどれにも該当しないように思えたので尋ねたのだが、清歌の答えは予想外の物だった。
「ああ、あれには特に意味はありませんよ」
「えっ!?」「はい?」
「曲の雰囲気に合わせて、それらしい発音で歌っていただけですから、スキャットやハミングのようなものですね。……あ、曲も即興ですから、完全に同じ曲はもう二度と歌えません」
そう言って清歌は少し悪戯っぽく笑う。清歌のこういうところに耐性のある弥生はともかく、天都は目を円くして言葉を失ってしまうのであった。
その日はたまたまエキストラとして出演するクラスメートがおらず、またメインキャストだけのシーンも当面の分は撮影し終えているので、久しぶりの<ミリオンワールド>での自由行動となった。
ここ最近は弥生と聡一郎が素材集めで狩りに出かけていたくらいで、清歌はもちろん生産組の二人も戦闘からは遠ざかっていた。容姿を現実準拠にしてしまっているので露店も開きにくいという理由もあり、戦闘の勘を取り戻すことも兼ねてマーチトイボックスは遺跡エリアにある館の攻略をすることにした。
戦ったボスはそれなりの強さはあったが、館の大きさから言ってもやはり以前斃したカメレオン――もとい、ステルスドラゴンがこのエリア最強のボスだったらしい。イベントを経てレベルも上がった五人はピンチに陥ることも無く、立て続けに三つの館を攻略した。
ステルスドラゴンとその前に斃していたボスがそうだったように、今回戦った三体も姿を消す特徴を持っていたが、それを予想して連れて行った静のアクティブソナーによって問題なく対処できた。
ちなみに今回一番突っ込み所があったのは最初に戦ったボスで、蜘蛛型の魔物だったのだが、全体的に深い藍色で、八本の足の内二本は前に真っ直ぐ突き出しており、胴体には正面と左右に合計三つの大きな目が、そして卵型の腹を持つという姿だった。
これで突き出した腕の先からは魔法弾を撃ち、腹の左右側面からは粘着性のある糸を放ち、しかも姿を消すとなれば、色合いや足の本数は若干異なるが、某SFアニメーション作品に登場する多脚戦車そっくりで、弥生と悠司は戦闘中にも拘わらず大きな声でツッコミを入れていた。「まあ、クチでもロジでもゲルでもなかったから良しとしておこう」とは、戦闘後の悠司の言である。
そんなこんなで勘を取り戻すための戦闘を終えた五人はホームへと帰還した。ここ最近は撮影用に借りた店舗を中心に活動しており、ホームでのんびりと時間を過ごすのは地味に久しぶりの事である。
「そういや、映画の編集作業の方はどうなってるんだ? やっぱり清歌さんがやってるのか?」
「いいえ。残念ながら、私はその役目から解任されてしまいました」
清歌からちょっと恨めしげな視線を向けられた弥生が目を泳がせる。
「ちょ、清歌~? 解任なんて人聞き悪いこと言わないでよ~。だってアレはしょうがないじゃん。……ねえ?」
「あら、清歌でも良かったんじゃないの? ねえ?」「うむ。まあ……そうかもな」
「汚っ! 清歌が試しに作ってみた冒頭シーンを見て、“これはちょっと……”って二人とも言ってたじゃない~」
「そう……だったかしらね? なぜかちょっと記憶が曖昧なのよねぇ」
「も~、どっかの政治家の答弁みたいなこと言って……」
疲れた様子の弥生が、マロンシープのモコモコした毛皮にギュムッと抱き着いた。そんなやり取りを見て悠司は何があったのかピンと来たようである。
「あ~、つまり清歌さんが作ってみたはいいものの、出来が学生っぽくなかったものだから待ったをかけた……と」
「うむ、まあそういう事だ。それに、清歌嬢はメインキャストの上に、当日も店内で演奏をする。この上映画の編集作業まで任せてしまっては、負担が集中し過ぎてしまうからな」
聡一郎の言葉に、ちょっと首を傾げた清歌が「私は別に構わないのですけれど……」と呟く。
「まあ、清歌は自重しておきなさいな。……そんなわけで、学校から機材を借りて、ムービー編集とかそういうのに詳しい子たちが、四苦八苦しながら編集を進めてるわね」
「ちなみに清歌はアドバイザーとして、ちょっと手伝ってあげてるんだよね」
「ええ。……本当にちょっとだけ、ですけれど」
「なるほどなぁ。……っつーか、それでスケジュールは大丈夫なのか?」
「うん、このままのペースでいけば結構余裕だよ。まあ、パソコンが盗難されるとか、ハードディスクがクラッシュするとか、よっぽどのイレギュラーが起きない限り大丈夫じゃないかな」
「ちょっと弥生、変なフラグを立てないでよ~?」
絵梨の苦情に、弥生は笑って「ごめんなさ~い」と謝る。もっとも一日の作業終了時に外部メディアにバックアップを取り、パソコンとは別に保管しているので、弥生が挙げた程度のイレギュラーでは問題ないのである。
「スケジュールという意味ではこちらよりも、悠司の方が問題なのではないか?」
「確かお化け屋敷をするんだったっけ? あんまり準備が大変そうには思えないけど……」
「それがなぁー……。消去法的にお化け屋敷になったわけなんだが、こっちはなんていうか……デザインセンスとか絵心とかがある奴が少ないんだわ。……んで、大道具づくりが遅々として進まなくてな」
がっくりと肩を落とした悠司は、胡坐をかいた足の上で抱えているナマケウサギのお腹の辺りをムニムニする。クラスのことを考えると、癒しが欲しくなる今日この頃である。
「悠司さんには映画で協力して頂いていますから、お手伝いするのも吝かではないのですけれど……」
清歌の願っても無い申し出に、悠司の表情がパッと明るくなる。しかし――
「ただ、その……私が悠司さんのクラスにお邪魔しますと、恐らく悠司さんにとっては問題があるかと」
「だよねぇ。いや、クラス委員としては、清歌がそっちに協力するのはギブアンドテイクって意味では、むしろいいことだって思うよ?」
「そね。まあでも、考え方を変えればユージが胃の痛い思いをするだけのことよ。要は、ユージの覚悟次第ね(ニヤリ★)」
女性陣の容赦のないツッコミ三連コンボをまともに食らい、悠司はバタリと後ろに倒れてしまう。
「まあ取り敢えずクラスの人と相談してみたら? 言ってくれればこっちは調整するからさ」
「そ~だな~、まずは相談してみるわ~。……サンキューな」
「いえいえ。幼馴染の誼じゃない」
なんだかんだで仲のいい幼馴染二人を、清歌は微笑んで、同時に少し羨ましそうに見守るのであった。
申し訳ありませんが、所用(お盆なので……)につき来週の更新はお休みさせて頂きます。m(__)m