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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
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#9―04




 十月の第三月曜日、清歌たちの視点では体育祭の翌週のこと、<ミリオンワールド>にかねてより希望されていた掲示板機能が実装された。機能的には収穫祭イベントの時に使用できた掲示板機能に、攻略サイト作成機能が追加されており、また使い勝手もイベント時の声を反映させて向上していた。


 奇しくもその前日、真っ当(・・・)なルートの最前線を行く攻略組、戦闘系ギルド“ワールドエクスプローラーズ”が第二の町に到達しており、掲示板では実装直後から活発に情報交換がされていた。


 そこで明かされた情報によると、ワールドエクスプローラーズが発見した第二の町“アルザーヌ”は、一言で言うと鉱山の町だった。


 島全体が一つの鉱山であり、町は狭い平野部と山をくり抜いた中に作られている。このような町でどうやって自給自足しているのかというと、この島には複数のダンジョンが存在するため、そこの魔物から得られる素材や食材によって賄っているのである。当然町には、ダンジョンで獲物を狩って来る冒険者を支える腕のいい職人が多数存在していた。


 重要なのは、この鉱山から産出されるアルザナイトと呼ばれる鉱石で、これは<ミリオンワールド>において鉄の一つ上位の金属となっており、魔法と親和性が高いという性質がある。またダンジョンの深い場所からは、アルザナイトの更に一つ上位の金属であるミスリルも少量産出する。つまりこの町の発見により、プレイヤーは一段上の装備を作ることが出来るようになるというわけである。


 なお、<ミリオンワールド>では誰かが新しい町に到達し一旦外へ出た――これはログアウトも含む――時点で、全てのプレイヤーは特定の条件を満たしてさえいれば、通行料を支払うことでポータルから新しい町へと転移することが出来るようになる。条件は町によって異なり、アルザーヌの場合はレベルが十五に到達していることが必要となる。


 レベル十五では自力でアルザーヌへ辿り着くことは到底できないのだが、これは戦闘が不得手なプレイヤーでも別の町を見に行くことが出来るようにとの配慮である。ちなみに通行料を支払って町を訪れた場合、冒険者ジェムの転移先には登録されないので、再度訪れるにはまた通行料を支払う必要がある。


 アルザーヌはその性質上、観光には向いていない実用一辺倒の町だが、生産職にとっては待望の新素材が手に入る町なので、今は買い出しや採掘目的に訪れる冒険者で非常に賑わっていた。


 さて、真っ当ではないルートを突き進み、しかも映画製作という寄り道中につき攻略に関しては足踏み状態のマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)はというと――


「新しい町、アルザーヌかぁ……。行けばアルザナイトが手に入るみたいだけど、どうしよっか? 加工は出来るんだよね?」


「ああ、職人レベルは問題ない。ただ俺らは武器を結構強化してるから、ただアルザナイト製の武器に新調しただけじゃ、単純な攻撃力はそれ程上がらんな」


「魔法と親和性が高い金属ということだったな。まあ確かに、俺にはあまり関係なさそうではあるが……」


「掲示板情報によると、武器そのものの性能アップというよりも、魔法系アーツを使った時の威力が上がるっていう感じらしいわね。弥生の砲撃とか、あと清歌のセイバーは魔法っていう設定のはずだから、威力が上がるんじゃないかしら?」


「ふむふむ。通行料を出して言ってみる価値は、一応あるんだ」


「けれど……、今は活動の中心が文化祭で戦闘から遠ざかっていますから、武器を新調しても使う機会が殆どありませんね」


「そこなんだよなぁ~。ついでに言うと、今は冒険者でごった返してるだろうから、買い物するのも面倒そうだ」


「そっか。……よし! じゃあアルザーヌは今のところ様子見で、攻略を再開してからまた考えよう。先に進んでみて、敵が強いようなら武器を新調するって感じでどうかな?」


「はい。先ずは文化祭に集中ですね」「町の方は急ぐこと無いものね」「ああ、それでいいんじゃないか」「うむ、異存ない」


 ――とまあ、こんな感じで、第二の町(アルザーヌ)も差し当たりスルーすることと相成ったのである。







 大部分のプレイヤーが新しい町と掲示板に釘付けになっているその日、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は数日かけて準備したインテリアを設置するべく、撮影の舞台として借りた店舗を訪れていた。遅れて天都と五十川も合流する予定になっている。


 これは弥生たちも初めて知ったことなのだが、ホームとは別に物件を借りるとそこも冒険の拠点として登録され、転移先として選択できるようになる。この物件はマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)名義で借りた物なので、天都と五十川は毎回徒歩で来なくてはならず、遅れて合流するのはそういう理由からである。


 五人は早速インテリアを取り出すと、大雑把に配置していった。これは仮の配置で、監督(=天都)が到着したら彼女の意見を取り入れて決定するのだ。


 余談だが、今回作成したインテリアは全て玩具アイテムとしてレシピが存在していたもので、これらは比較的職人レベルが低くても作成可能なものの為、悠司だけでなく清歌も参加していた。


「お邪魔しまーす。……わー、なんだか一気にお店っぽくなりましたね!」


「ちわー。おっ、ホントだ。ガラッと印象が変わったな」


 インテリアの仮配置が終わった店へやって来た天都と五十川が、出入り口付近で立ち止まって感想を言った。


 カウンター席にはちょっと高めの椅子が六個並べられ、フロアには丸テーブルと椅子四脚のセットが六セット、壁際には飾り棚が配置され、清歌リクエストの小さなステージも用意されている。冒険者がいるちょっと雑然とした酒場のイメージなので、間仕切りの類は用意していない。小物がまだ何も置かれていないので少々殺風景だが、二人の感想通り、お店っぽい雰囲気にはなっている。


「で、これは仮に配置して見ただけなんだけど、どうかしら、監督さん。この配置を変えて欲しいとかはあるかしら?」


「かっ、監督!? そ……、そっか、私が監督なんだよね、うん。えーっと……」


 急に監督などと呼びかけられて天都は一瞬驚いたが、すぐに自分がその役目を引き受けたことを思い出し、気持ちを切り替えた。店舗の壁際をゆっくりと歩きながら、家具の配置をじっくり吟味していく。


 ぐるっと一周した後で店の中央へと移動した天都は、いくつかのシーンを思い浮かべながら店内を見回す。おおよそイメージの通りと言っていいが、実際人が入って動き回ってみたらどうだろうか?


「だいたいイメージ通りだと思います。だけど実際に人がいると違うから……」


 天都の言葉になるほどと頷いた弥生は、それならば試してみるのが早いだろうと仲間たちとアイコンタクトを取った。


「そっか。じゃあメインキャストも揃ってることだし、ちょっと実際に演じてみようよ」


「ああ、それが良いわね」「承知しました」「では、俺は厨房の中だな」「俺は……いったん端っこかな」


「えっ!?」「はい!?」


 テンポの良い連携に驚いている天都と五十川を他所に、五人はそれぞれ自分の立ち位置へと移動した。聡一郎と絵梨は厨房の中へ、清歌はステージ近くのテーブル席に着き、弥生はそのすぐ傍に、悠司は出入り口のすぐ傍に。これは物語冒頭に胡散臭――もとい、謎めいた客がこの店を訪ねて来た時の配置である。


 ちなみにこのシーンは酷い雷雨の日の夜という設定で、珍しく空いている店内にいる客は、こんな日にもわざわざやって来た騎士と、演奏を聴かせる相手もいないので軽く飲みつつ宿の娘とお喋りをしている魔法使いの二人だけしかいない。そこへずぶ濡れの怪しげな客がやって来るところから、物語が始まるのである。


「ちょっとお二人さーん。ぼんやりしてないで早く配置につきなさいな。冒頭のシーンよ」


「お、おう、分かった。えーっと、俺は確かカウンター席に座って酒を飲んでいる、だったな」


「は、はいー、分かりました。……あ、そうだ、できれば衣装も身に着けて下さい。その方が正確なイメージになるので」


 天都の指示に従いそれぞれウィンドウを操作して、既にセットとして登録してある衣装に瞬時に着替える。VRはこういうところが非常に便利だ。


「おいで、ユキ。エイリアスを三体生成、映像オープン」


 ただ演じてみるだけでなく撮影した映像で確認した方がよりよいだろうと、清歌は雪苺を呼び出し、エイリアスを生成。合計四体を店内に分散して配置した。ちなみに町中やホームにいる時は常に清歌と一緒の飛夏は、カウンターテーブルの端っこの方でヌイグルミのふりをしている――というか、眠りこけている。


 余談だが、ゲームシステムのウィンドウはカメラでの撮影――雪苺によるものも同様――に写すかどうかを設定で切り替えられるようになっている。なのでこれを上手く利用すれば、メールなどにあらかじめ自分の台詞を入力しておくことで、一種のプロンプター(カンペ)として活用できるのだ。もっとも視線が不自然な方を向いてしまわないよう気を付ける必要はあるので、台詞はちゃんと覚えるに越したことは無いだろう。


「それでは、冒頭のシーンを軽く通してみたいと思います。みなさん、よろしくお願いします。では、里見さんが店に入って来るのを合図に始めましょう」




 今回はセットの中で人が動いた時のイメージのチェックだったので、台詞をつっかえたりしても皆全力でスルーして、取り敢えず冒頭のワンシーンを撮り終えた。


 ちなみに台詞の暗記は今のところ、弥生、天都、絵梨の三人は完璧で、残る四人はちょっとまだ怪しいところがあるといった感じだ。ただ清歌に関しては、多少台詞を忘れていたところで表情一つ変えずにアドリブで繋げてしまい、周囲を驚かせることがあった。これは言うまでもなく、その場を上手く取り繕って会話を繋げるという、お嬢様スキルの一つである。


「皆さん、実際に演じてみてどうでしたか?」


 天都の問いかけに、最初に答えたのは弥生だった。宿屋の娘はマスコット的存在で結構くるくると動き回るので、少々気になったことがあるのだ。


「う~ん、動いてみたらちょっと席と席の間が狭いかなって感じたかな」


「……そんなに狭いかしら? 私は特にそう思わなかったけど……」


「あ、もしかしたらそう感じるのは私だけかも。だってこの……」言いつつ弥生は左手でスカートを摘まんでちょっとだけ持ち上げる。「スカートだからね~」


 若干眉を下げて苦笑する弥生の言葉を聞いた六人は、それぞれ納得の声を上げた。確かに座席の間には、普通ならば十分なスペースを確保してあると言えるのだが、アイドルのステージ衣装のようにスカートを膨らませている弥生にとっては、少々狭いのだ。


 冒頭のシーンは登場人物がメインキャストだけなので問題なかったが、他のシーンでは客席に人がいることもあるので、場合によっては衣装をどこかにひっかけてしまう恐れがある。


「実は私もウェイトレスとして動き回るには、ちょっと狭いかなーって感じたので……テーブルセットを一組減らしたほうがいいかな?」


「あれ? っていうか、客席の数って現実リアルの……喫茶店の方と合わせなくていいのか?」


「その辺は無理に一致させなくてもいいだろうと、田村さんと話しておきましたので問題ないです。それよりせっかく作って貰ったのに……、すみません」


 ぺこりと頭を下げる天都に、実際にこれらを作った悠司と清歌は笑って「そのくらいは織り込み済みだ」と鷹揚に答えた。


「テーブルはともかく、椅子の方は予備の椅子として壁際に置いておきましょうか?」


「ああ、確かにそういう店ってあるよな。じゃ、そっちは清歌さんにお願いして……俺らはテーブルを動かそう。天都さん、指示よろしく」


 悠司は手早く椅子をインベントリに収納し、フロアをテーブルだけの状態にする。VRは模様替えも楽々であった。


 配置し終えたフロアを、役柄的に動き回ることが多い弥生と絵梨、天都の三人が確認して回る。先ほどよりもスペースが広くなったので、客がいることを想定して椅子を引いた状態にしても、弥生のスカートが引っ掛かることは無かった。


「うん。家具の配置はこれでいいと思います。あとはちょっと殺風景だから、何か飾りつけを……」


「天都さん、その前に先ほど撮影した映像をチェックしてみませんか?」


 いつも通りの口調で飛び出した清歌の言葉に、天都のみならず清歌を除く全員がピシリと固まった。飾り付け用のアイテムを取り出そうとしていた弥生などは、ウィンドウ操作の為に人差し指を伸ばした状態で止まっている。


 清歌にとっては、自分の演奏や舞台に立った時――例えば先日の近江賞のような――の振る舞いを、後に映像で客観視することなど既に慣れているが、弥生たちはそうではない。例えば体育祭や旅行に行った時などの録画を後で見る、という経験ならば弥生にもある。それだって微妙に気恥ずかしいものがあるが、今回は素の自分を記録したのではなく、演技(・・)しているところを見なくてはならないのだ。正直言ってこれはハードルが高い。


 とはいえ、映画製作すると決めた以上このハードルは早いところ乗り越えなくてはならないのも事実である。ビミョ~に渋っている様子の弥生たちの前に、清歌は躊躇も容赦もなくウィンドウを大きく表示させた。


「ふふっ。もう……皆さん、いずれにせよいつかは見ることになるのですから、慣れるしかありませんよ。なにより天都さんは撮影した映像をチェックして、OKか撮り直しかを決めなくてはならないのですから」


「そう……ですよね。分かりました、覚悟を決めます。再生しちゃってください!」


「はい、承知しました。では……」


 そうして撮影した映像のいくつか見終わると、静まり返った店内には重苦しい空気が充満していた。その沈黙を破るように、五十川がおもむろに口を開いた。


「……俺さー、去年文化祭で自主製作映画っての見たんだけど、コレがなんていうかショボい出来で……」


 天都が「ああ、アレのことね」という感じに頷いているところを見ると、彼女たちの中学での話のようだ。


「その時は、まぁ中学生の作る映画なんてこんなもんだろうって思ってたんだが……。演技に関してはアレの方がマシだった……かもしれない」


 言い終えた五十川が、何やら自分の言葉にダメージを受けたらしく、テーブルに突っ伏して身悶えしている。その中学生の作った映画を知らない弥生たちにしても、自分たちの演技の御粗末さ加減は自覚しているので、その気持ちは良く分かった。


 そんなダイコンが立ち並ぶ映像の中、流石と言うべきか清歌の演技は目を瞠るものがあった。ごく自然な口調と立ち居振る舞いで、神秘的でちょっと意地悪な魔法使いの役を演じていた。


「ねぇ、清歌。何か演技する時のコツとかってある?」


 テーブルの上に手を伸ばして上体を預けていた弥生が、同じテーブル席に座っている清歌に上目遣いで尋ねる。


「コツ……と申しますか、恐らく皆さん演技することを意識し過ぎなのだと思います。役の方を私たちに合わせているのですから、もっと自然に、いつも通りに喋れば大丈夫ですよ」


「あ~、そっか。……なんか台詞を言うんだって思うと、変に力が入っちゃうんだよね」


「まあ、そこは反復練習で慣れていくしかないのではないか? 幸い、まだ時間はあるからな」


「ま、その通りなんでしょうけど……。ソーイチはいいわよねぇー、基本的に寡黙であんまりしゃべらない役だから」


 言っていることは確かに正論だが、メインキャストの中で唯一台詞がかなり少ない役を演じる聡一郎が言うのはいかがなものかと、絵梨がジトーッとした視線を向ける。配役が聡一郎に決まった段階で寡黙なキャラ設定が加わり、それに伴い減らされた台詞が絵梨に回された形なので、苦情を言いたくなるのももっともであろう。


「ははっ。……そういや、役を合わせたって言ってたけど、清歌さんはちょっと違ってるよな。いつもよりなんつーかこう……、クール? ……いや男前? まあ、そんな感じだよな」


「ええ。もともとの脚本では魔法使いは男性だったので、なるべくそのイメージを壊さないようにした結果ですね」


「清歌だけはキャラがちょっと違うんだよね。その割に台詞はすっごい自然だったけど……」


「それは……、後輩を注意する時などにこういう口調をしていましたから、でしょうか」


「そっか、副会長だったもんね、清歌は。そういうこともあるよね……って、あ~っ! そうか、分かった!」


 大きな声を上げて弥生がガバッと起き上がり、皆の注目を集めた。


「なんだか魔法使いを演じてる時の清歌が、どっかで見たことあるような気がしてたんだけど、アレって凛と話してる時と一緒なんだ!」


「(ニッコリ☆)」「あ~、そういえば」「あんな感じだったわな」「ふむ、確かにな」


 天都と五十川は“凛”なる人物が誰なのか分からなかったが、弥生に妹がいることは耳にしていたのでおそらくその妹の事なのだろうと当たりを付けていた。


「う~……、なんかちょっとフクザツかも……」


 役柄的には宿屋の娘は魔法使いよりもかなり年下なので、そういう演技になるのは当然とはいえ、妹と同じ扱いというのにかなりビミョ~な気持ちになる弥生なのであった。







 映像のチェックを終えた七人は、インテリア用小物のアレコレで店内を飾り付ける作業をして、この日の文化祭活動は終了とした。一応今回撮影した映像は、演技練習の参考にするために清歌から全員に送られ、各自保存しておくこととなった。


 余った時間については、天都と五十川は二人でレベリング、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は新商品を引っ提げ、露店で商売である。


 ちなみに天都と五十川はこの一週間ほどでだいぶ打ち解けたらしく、二人で歩いている時の距離感もだいぶ近くなっている。ただのクラスメートから友達――の一歩手前くらいになれた、という感じだろうか? 傍から見ていると、少々やきもきするくらいスローペースな進み具合であり、これがボーイミーツガールを題材にしたアニメなら、恐らく一クールかけても告白に至らないであろう。


 二人のことはさておき、五人はお久しぶりの本格的な露店販売である。収穫祭イベントが終わってからも、ちょこちょこと空き時間を使って露店を開いてはいたのだが、文化祭のインテリア製作と新商品開発のために五人揃ってはいなかったのである。


 ちなみに新商品であるコミカル野菜魔物シリーズとスベラギの風景を描いた絵皿は、貸店舗のインテリアとしてもしっかり飾られている。「もしやステマか?」などと言ってはいけない。あくまでも、あるものを活用しただけである。




 いつもの露店スペースに到着した五人は早速商品の入れ替えを始める。まずは今回の目玉であるバオバブ型の飾り棚を取り出して、でんと設置した。


 高さ八十センチほどもあり、バオバブの葉が生い茂っている部分がガラスの板――正確にはガラスの材質が適用されているだけだが――になっているという、それ自体をオブジェとしても飾れる清歌の力作である。ちなみに一応売り物であり、ステンドグラス装備を上回る、露店“マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)”の最高額商品である。


 その棚の上に、これまた新商品であるコミカル野菜魔物フィギュアを次々と乗せていく。先日の収穫祭イベントに参加した冒険者は、きっと興味を持ってくれるだろう。


 そして今回のもう一つの新商品である、ハロウィン用アイテムも陳列していく。定番のカボチャランタンはサイズ違いで三種類、ランタンやドクロをモチーフにしたブローチとベルトのバックル、カチューシャと言ったアクセサリー。コスプレ用マントは普通のものと、裾がギザギザしているものの二種類を用意し、ネタアイテムとしてカボチャランタンマスクと何故かスイカランタンマスクもある。


 それぞれに開発秘話があるのだが、詳細はここでは割愛する。ただ今回の新商品開発過程でヌイグルミの製作方法が確立できたことは記しておく。これにより飛夏のヌイグルミも新商品として今回加わっているのだ。


 最後にコミックエフェクトでカボチャランタン型照明を幾つか宙に浮かばせれば、開店準備は完了である。


「う~ん、それにしてもこのバオバブラックはとってもイイ出来だよね~。家のリビングが広かったら現実リアルでも欲しいくらい」


 準備が整った新生リニューアルマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)を改めて見回しながら弥生が言う。このバオバブラックは完成した時から大変気に入っており、絶賛していたのである。


「ふふっ、気に入って頂けて私も嬉しいです。流石にこのサイズのままで3Dプリントは無理でしょうけれど」


「まー、残念だがこのサイズじゃあな~。……ちなみに現実リアルで本当に同じものが手に入ったとしたら、何を飾るつもりなんだ?」


「ん~、何も乗せないでサイドテーブルに使ってもいいけど……。そうだな~、サボテンとか観葉植物とかを飾って、あとは動物とか恐竜のフィギュアを乗せて、テラリウムっぽくするっていうのはどうかな?」


「ふーん……なるほど、なかなかセンスの良いこと言うじゃない。確かにそういう使い方も良さそうね。私だったら……、本棚には向かないわねぇ。……例えばソーイチだったらどう使うのかしら?」


「俺か? うーむ、俺自身が使うわけではないが、この形なら菓子や料理を乗せるのにも使えるのではないか?」


「お菓子? ……ああ、言われてみれば立食パーティー? とかに向いてるかもしれないわね」


 ――と、五人がそんな話をしていると、お客さん第一号がやって来た。呼び込みに行く前に現れたその人物は、収穫祭イベントですっかり顔なじみになった――


「こんにちわぁ~、お久しぶりネ、トイボックスの皆さん(バチリ★)」


 ――オネェさんであった。相変わらず下手なウィンクには突っ込まないのが優しさというものである。


 呼び込みに出る前に彼女が現れた理由は単純で、開店準備がほぼ整った時点で弥生がメールで知らせておいたのである。なおイベントが終わってからも頻繁に連絡を取り合っていたわけではなく、イベント中にした雑談の中で「新商品が出来たら教えてね~」と彼女が言っていたことを思い出したので、律儀に連絡したのである。


 しかしまさかメールを出してから十分も立たずにやって来るとは、弥生も想像していなかったので結構驚いていた。


「こんにちは~。こんなすぐに来てくれるとは思ってなかったので驚きました」


「ナニ言ってるのよ、来るに決まってるじゃない。だって私は、アナタたちのお店のファン第一号なんだからね」


 そう言うとオネェさんは、早速リニューアルしたディスプレイを見て回る。


「これはイベントに現れた作物シリーズなのね、しかもバオバブに乗せてるなんて……侮れないわねぇ。あら? このバオバブも売り物なの? ギルマスルームに置くのに丁度いいわね……って、高っ!! ああ、でもこの大きさとクオリティなら当然よねぇ」


 何やら独り言を言いながら一通り見て回ったオネェさんは、コミカル野菜魔物シリーズからトマトのフィギュアを一つ、絵皿を二枚、そしてカボチャランタンの大と中を一つずつに、ハロウィン用コスプレアイテムを購入した。結構たくさん買っているのは、先のイベントでチームが一位になったことによる賞金で、ギルド・個人ともに資金に割と余裕ができたためである。


 代金を支払ったオネェさんが、晴れて自分のモノとなったマントをその場で身に着けたので、弥生は思わず尋ねた。


「えっ!? ここで着ていくんですか?」


「ええ、そうよ。買ったものは使わないと意味がないでしょ? ついでに新製品の宣伝がてら、ホームまで歩いて帰ることにするわ」


「それは有難いんですけど……、ホントにそっちでいいんですか?」


「モチロン! こういうのはちょっと普通じゃないくらいが面白いのよ」


 そう、オネェさんが購入したのはスイカランタンマスクの方だったのである。ちなみに穴で描かれた顔はカボチャランタンと全く同じで、カボチャの方は若干扁平な形なのに対しスイカは球なので、並べてみるとスイカの方が若干スリムである。


 そのマスクをスポッと被ったオネェさんは、店に置いてある姿見に全身を映すと満足そうに頷いた。


「うん、いいじゃない! 視界もそれほど塞がれないし、町の中なら問題なさそう。それじゃあトイボックスの皆さん、その内また買いに来るわね~」


「はい。ありがとうございました」「「「「ありがとうございましたー」」」」


 マントを翻して意気揚々とした足取りで去っていくスイカ人間(オネェさん)を見送った五人は、姿が見えなくなってから顔を見合わせると、力のない笑いを零した。なんというか――とてもいい人物には違いないのだが、相変わらず濃い御仁である。


「さて、じゃあ気を取り直して、リニューアルオープンするよ~!」







 スイカ人間の宣伝効果があったのか、オネェさんが去った後、呼び込みに出る間もなくお客さんが訪れ、露店は大盛況となった。それは交代で呼び込みに出る予定を取りやめて、全員で接客に当たらなければならない程である。


 想像以上の売れ行きで、用意していた商品の内高額商品を除く全ての物が売り切れてしまい、思ったよりも早く店じまいすることとなった五人は、毎度おなじみの蜜柑亭を訪れていた。


 席に着いた五人はオレンジジュースで乾杯して、ようやくホッと一息つくことが出来た。今回は清歌も途切れることなく似顔絵描きをして少々お疲れで、ピアノ演奏の前に一休みしている。


「それにしても今日の込み具合は何だったんだろう? オネェさんの宣伝効果?」


「イヤイヤ。あー……まぁ、それも無いとは言わんが、多分アレの影響だろうな」


「あ~、アレねぇ。これは私としたことがちょっと迂闊だったわ。アレを想定に入れてなかったなんて……」


「うん? アレとは何だ?」その疑問に絵梨と悠司が揃って冒険者ジェムを取り出して見せる。「……ああ、掲示板の事か」


「……私はあまり知らないのですけれど、露店が営業しているかどうか、などという些細な事が話題になるのでしょうか?」


「どうやらなっているみたいねぇ。……みんな暇なのかしら?」


「ちょっ、絵梨~? お客さんかもしれないのに、そんな罰当たりなこと言っちゃ……」


「あら、失礼。でもまあ、これはタイミングもあるんでしょうね。掲示板サービスが始まったばかりで活発に情報がやり取りされてるみたいだし、例の出力サービスで私らの露店のアイテムも話題になってるんじゃないかしら?」


 絵梨の分析に四人は納得していたが、実はこれには一つ抜け落ちている点がある。先のイベントで大活躍したこともあり、ギルドとしてのマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)自体が一部で有名になり、その動向が注目されているのである。


「う~ん、呼び込みが必要なくなるなら有難いんだけど、今日以上の人が来ちゃったら捌き切れなくなっちゃうよね……。どうしよう?」


 意味も無くストローでグラスの中をかき回しつつ、弥生が不安げな声を上げた。


 確かに今日はてんてこ舞い状態でかなりの忙しさだった。さらに言うと、そもそも露店のスペース自体が過密状態なので、今日以上の人が集まるとよそ様の露店にも迷惑をかけることになりかねない。


 露店は遊びの一環でゆる~くやっていくつもり、だったのだが。


「まあ、今日みたいな状況は、早々続くことはないだろ。……たぶん」


「そね。それに清歌の似顔絵が目当てって人も多いだろうから、そっちをお休みにすればそんなに混まないかもしれないわ」


「なるほど。あとは在庫を少なめにして、営業時間を短くする……とかだろうか?」


「いずれにしても、映画撮影の方が本格的に始まりましたら、露店の方はしばらくお休みですから、それでほとぼりが冷めるのではありませんか?」


「……ふむふむ、まあそうだよね。考えてみれば、私らのお店はただの玩具おもちゃ屋なんだから、そうそういつまでも大人気ってことはないよね」


「そうそう」「はい、そうですよね」「所詮玩具だからな」「ま、そもそも旅行者相手の商売だからなぁ」


 結局、この人気は一過性の流行のようなものだと片付けてしまう、どこか楽観的なマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の面々なのであった。





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