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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第九章 第二の町と文化祭
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#9―02




「五十川くん、お待たせ。射線を空けて下さい!」


 マジックミサイルを三本待機状態にした天都が、前方でウサギと闘っている五十川に声を掛ける。マジックミサイルはレベルが低い――というかまだ一なので、複数を同時に放つことはできないが、発射待機状態にして貯める(・・・)ことは出来るのである。


「了解……っと! オラッ!」


 その呼びかけを受け、五十川は跳び蹴りをかましてきたウサギを盾で弾き飛ばし、同時にウサギと天都を結ぶ線上から横へ飛び退いた。


 スタッと着地してファイティングポーズを取ったウサギに、マジックミサイルが三発同時に殺到する。この攻撃でウサギは残っていたHPを完全に失い、光の粒となって消えた。


「っしゃ、勝った! お疲れ、天都さん」


 ガッツポーズを取った五十川が、振り返って天都に向けて親指を立ててニカッと笑う。


 五十川はこんな風にとても自然な感じで天都に接して来るのだが、それに対して天都の方は、どうにも距離感を測りかねている。決して馴れ馴れしいという程ではないのだが、これまで接点が殆ど無かった男子に親し気に話しかけられて、同じように対応できるほど天都は男子に対するコミュ力――免疫と言うべきか?――が高くない。


「お、お疲れ様です、五十川くん」


 なので、未だにぎこちない返答になってしまう天都なのであった。


 スベラギの外へ出た天都と五十川の二人は、初心者の定番であるウサギとカピバラ狩りに勤しんでいた。弥生たちから効率が良いと教わったジョストボア狩りについては、相談の上である程度戦いに慣れてから行くことにしている。


 十数回の戦闘を経て、二人の連携もそれなりに形になってきている。もともと攻防のバランスが良い前衛の五十川と、完全な後衛型の天都という組み合わせは、役割分担がはっきりしている分、連携も取りやすいのだ。


 ウサギとカピバラが相手ならば、射程ギリギリからマジックミサイルを当てて釣り、向かって来るところにさらに撃ちこみ、後は五十川が抑え込みつつ戦えば、問題なく斃すことができた。無論、時折五十川が回り込まれて天都がダメージを受けたり、アーツを空振りして隙を突かれたりとそれなりにミスもあるのだが、今のところピンチに陥るまでには至っていない。




 見晴らしのいい小高い丘の上にレジャーシートを広げて、二人は一息入れていた。


 周囲を見回すとカピバラとウサギ、そして決して手を出してはいけないと忠告されたマロンシープが目に入る。遠くからだとどこか暢気で可愛らしい草食動物にしか見えないが、いざ戦闘が始まり間近に迫ってくるとハッキリ言ってかなり怖い。現実リアルでも例えば普段可愛い犬が牙を剥くと意外と怖いものだが、こちらは敵意を向けて襲い掛かって来るのだから、それを軽く上回る恐ろしさである。実際にガブリと噛まれてみたところで痛みはそれほどでもないのだが、やはり怖いものは怖いのだ。


 そんなわけで<ミリオンワールド>での戦闘は想像以上に精神的に疲れるものなので、こうやってちょくちょく小休止を挟んでいるのだ。これも弥生たちのアドバイスによるものである。


 なおレジャーシートや缶飲料なども、弥生たちから受け取った“初心者支援セット”の中に含まれていたものである。せっかく貰ったものなので素直に使っているが、ごく普通のプレイヤーはこんなピクニックセットを持っていないということに、二人はまだ気づいていない。


「ようやく戦闘にも少し慣れて来たって感じかな。天都さんの方はどう?」


「うん、魔法の使い方とか、ちょっとコツがつかめて来た……と思います。あ、五十川くんが前衛で足止めしてくれて、とても助かってます。ありがとうございます」


「そう? そりゃ、良かった。あー、でも何回か抜かれちゃうことがあったからな……ホントごめん」


 ぺこりと頭を下げる五十川に、天都は慌てて手を横に振った。


「い、いいえ、そういう時でもすぐにフォローに来てくれるし、大丈夫です。……それに挑発系のアーツを使えないと、ヘイトコントロールが難しいから」


「えーっと、ヘイト……コントロールって?」


「あ、それは……」


 五十川は生身の運動神経が良い方で、魔物が突進して来ても怯むことなくぶつかっていける勇気も持ち合わせているので、なかなか頼もしい前衛だ。ただゲームにそれほど詳しくは無いようで、普通のRPGに関する知識はあっても、オンラインゲーム用語などになるとこんな風に通じないことが多い。天都の方もオンラインゲームに関しては少し触ったことがある程度で、主に漫画や小説などから得た知識なのだが、それでも予備知識があるというのは大きい。


 そんなわけで、今のところ二人は互いに不足している部分を補い合って、上手く冒険をできている。――もっとも、ぎこちなさが解消されるのには、まだ時間がかかりそうである。


 ヘイト値の概念や、戦闘における役割分担などについての話が終わると、会話が途切れる。<ミリオンワールド>に関すること以外共通の話題が無い――少なくとも天都はそう思っている――ので、二人の間にはしばしばこのような時間が発生してしまうのだ。


 天都はこういう会話の無い時間でも特に気まずいということは無いのだが、五十川はクラスでも割と賑やかにしているタイプだ。パーティーの仲間として、何か話題を振った方がいいのだろうか? などと考えていると、タイミングよくメールが届いた。


 まだ少し慣れていない、宙に浮いたウィンドウを操作してメールを開く。


「メール? ……あ、やっぱり坂本さんからです」


「こっちにも来た。衣装を見繕った……って、さすが委員長仕事が早いなぁ。天都さんの方に写真を送ったから、確認して欲しいって書いてあるけど?」


「はい。ええと、添付されてる写真は……」


 送られてきた写真を順番に表示させる。まずは男女従業員の制服、次に魔法使い役の清歌、二人で写っている宿屋主人夫妻、そして最後に娘役の弥生である。


 メールにはこれでだいたいイメージに合っていると思うので、特に問題がなければ今日のところはもう合流の必要はないだろうと書いてあった。<ミリオンワールド>初日くらいは、学校の行事のことは脇に置いておいて冒険を楽しんでいいよ――ということらしい。


 外へ出て見たくてウズウズしているところを見られてしまったので、どうやら気を遣わせてしまったようである。


「従業員用は……これで良さそうですね。これならちゃんと制服にエプロンでそっくりになりそう」


「ってか、<ミリオンワールド>でもこんなフツーの服を売ってんだな。ちょっと……いや、かなり意外だ」


「ですよね。メールによると某有名衣料品量販店がスベラギにあるそうですよ? 宿屋の主人夫妻もこれで問題ないかな。坂本さんと黛さんの衣装は……」


「うーん、二人とも似合ってっけど……、似合い過ぎてて怖いっていうか……。なぁ、これ坂本さんの方だけど、本人はこれ着て人前に出ること了承してるのかな?」


 年齢が低く見られがちなことにコンプレックスを持っていることを、言動の端々から感じられる我らが委員長のことを気遣って五十川が尋ねる。写真に写る弥生がちょっと疲れた表情をしているのが気になったのだろう。天都はそういう気配りが出来ることに内心で結構感心していた。――これが一軍男子のコミュ力なのか、と。


「えっと……まあ、一応は。実はこの企画を上げる段階で、たぶん自分が娘役をやることになると覚悟していたそうなので」


「そっかー、まあ、ウチのクラスで娘役をやれるっつったら、<ミリオンワールド>に関係なく委員長しかいないよな……。実際、コレ似合い過ぎだし」


 ふんわりと裾の広がったワンピースに身を包む弥生が映る写真を改めて見て、五十川がビミョ~な表情をしている。おそらく吹き出したいのを堪えているのだろう、と天都は推察した。


 正直言って、エプロン有りバージョンで髪をツインテールにしている方など、少々胸の発育がよろしい小学校高学年の女子にしか見えない。少なくとも初見で女子高生だと見破る者はいないのではなかろうか?


 これ以上弥生の話を引っ張ると、余計なことを言ってしまいそうなので天都は清歌の方へ話題を移した。


「似合っていると言えば、黛さんもですね。耳を長くできれば、エルフという設定に出来るんですけど……」


「ああ、エルフ! 確かに本番は金髪に戻るんだし、黛さんならアリだよな……、人間離れしてるし。ってか、マントなんて現実リアルで調達できるのかな? 安っぽいコスプレ衣装じゃ、黛さんに合わないんじゃ……」


「それは大丈夫そうです。メールによると、黛さんはこの衣装なら自前で用意できるんだとか」


「へー。……ん? マントなんか自前で用意できんの?」


「……あ」


 納得しかけるも、よくよく考えれば妙なことに気付き、二人は思わず顔を見合わせてしまう。他の衣装はともかくマントに関しては、よほど奇特な趣味の持ち主でもない限り、現代日本の日常で着るような服ではない。それを自前で用意できるとはどういうことかと疑問を持つのは、むしろ自然な感性と言えよう。


 実のところ清歌とて、私物でマントを持っているわけではない。裁縫が得意なメイドさんに頼んで、マントを作って貰うか、家族が着なくなった黒いコートを改造してもらうかしようと思っているだけである。


 図らずもたっぷり数秒間、見つめ合っていたことに気付いた二人は、同時にさり気なく――と本人は思っている――顔を逸らした。


「あ、あー……、そう! 俺の衣装は現実リアルでは使わないけど、黛さんの方は使うことになったんだな」


「え? あ、そうなんです。黛さんの希望もあって、魔法使いは暇なときに酒場で楽器を弾いてるっていう設定にしたんです。だから、喫茶店の方にも顔を出すことになったんです」


「……なんつーか、いろんな意味で客が集まりそうだな」


「ええ。……喫茶店班の方では、お客さんの回転を上げる方法を考えるそうです。田村さんから聞きました」


「あー、まー居座られたら困るもんなぁ……」


 校内に知らぬ者はいない程の人気者がクラスにいるというのも良し悪しだなと、苦笑してしまう二人なのであった。







 衣装選びが終わったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、続いて貸店舗の物件探しをしていた。最終的には脚本兼監督である天都に確認してもらう必要はあるので、今はあくまでも下見である。


 スベラギの貸店舗は南地区に点在しており、賃料は基本的にメインストリートへアクセスしやすい場所ほど高くなっている。ちなみに賃貸ではなく購入して、ホームとしてしまうことも可能である。逆に普通の民家を購入してリフォームし、店舗とすることもできる。


 今回は映画撮影用のセットとして借りるだけなので、商売をするための立地が良い必要はない。というか、むしろ立地が悪い方が人通りも少なく賃料も安いので、今回の用途には適していると言える。


 ちなみに賃料はマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の所持金と、旅行者として出演する者のお小遣いを集めて支払う予定になっている。


 実は先日のイベントのギルド報酬の中に、ギルドが所有している任意の土地に、かなり自由度の高い設定で家を建てられる、その名も“オリジナルホームキット”なるアイテムが存在している。リストをざっと見た時に弥生はこれを見つけていたのだが、流石に文化祭の為だけにお客さんが来る可能性がまったくない浮島に店舗を設置するのはちょっと勿体ないので、これを使用するのは却下している。


 メインストリートと交差する道を西側へと進み、清歌を除く四人は初めてのエリアへと足を踏み入れる。メインストリートはいつも賑やかで、プレイヤーもNPCもたくさん行き交っているが、この辺りになると大分静かになりプレイヤーの姿はほとんど見なくなる。建物も商店より、住宅の方が徐々に多くなっていた。


「この辺りの静かな街並みの方が、正統派ファンタジーっぽいっていうか、中世の街並みを保存しているヨーロッパって感じがするわねぇ」


「あ~、それはあるかもなぁ。メインストリートは賑やか過ぎるし、ちょっと近代化してる感じだから、なんかテーマパークのバザールみたいな感じだよな」


「私はそういうごちゃ混ぜ感が、むしろ最近のRPGっぽいっていう気がしてるんだけど……」


 などと駄弁りつつ、目ぼしい貸店舗を見つけては賃料を確認し、予算内ならば次に詳細な情報を表示させて間取りを調べるという作業をする。そして撮影に使えそうだったら、店舗の中に実際に入り写真を撮影して資料を作っていく。


 プレイヤーが開く店はアイテムを売る店が殆どなので、貸店舗として用意されている物件も当然それに適した間取りの物が多い。なのでそのものズバリの飲食店向け貸店舗というのはなかなか見つからず、辛うじて内装をいじれば何とか使えそうという物件を三軒ピックアップした。


「う~む、やはり<ミリオンワールド>で飲食店を開く冒険者など居ない、ということなのだろうか?」


「そね。少なくとも、開発はそう考えてるってことじゃないかしら? まあ、食べ物関係は全てゲーム的には意味の無いモノだから、ある意味当たり前ね」


「まあ、どうしてもやりたきゃ、露店スペースで屋台をやった方が手軽でいいんじゃないか? 食い物関係は店にしちまうと、イロイロ面倒そうだからな」


「ハンバーガー屋さんみたいにすれば、何とかいけるんじゃない?」


「ま、そうだが……アレって結局、食べるスペースがあるってだけで、テイクアウトと変わらんだろ?」


「あ~、そっか、なるほど……。要するに、自分の店を持ちたいっていう拘りがないんなら、屋台でも十分ってことなのかな? ……やっぱり、これも外れかぁ」


 表示させた間取りのデータを確認した弥生が、中を見るまでもなくバッサリ切り捨てる。もっとも、この物件は比較的小ぢんまりとした外観だったので、弥生も最初から期待しておらず、ただのルーチンワークとして確認しただけである。


「う~ん、どうしよっか。取り敢えず三軒は見つけたし、この中のどれかから天都さんに選んで……って、アレ? 清歌は? どこ行っちゃったの?」


「まったくもう、あの娘ってば目を離すとこれなんだから……」


 清歌がまるで目を離すとフラフラ~ッとどこかへ消えてしまう子どもであるかのような台詞を言いつつ、マップを確認してみると、どうやら清歌は一つ前の道に入ってしまっていたことが分かった。


 急いで引き返して交差点を曲がると、少し進んだところにある別の路地との交差点で清歌は立ち止まり、何かを探している様子だった。弥生たちを、というわけではないようだが――


「清歌~? もう、離れるなら一声かけてね。ビックリしちゃうから」


 弥生から苦情まじりの声を掛けられた清歌は、振り返ると「申し訳ありません」と笑顔で(・・・)答える。笑って誤魔化そうとする意図がミエミエで、今一つ反省はしていないようである


 清歌の好奇心や欲望に忠実なところは既に良く分かっている四人は、仕方ないなぁとサラッと流し、何故いきなり路地に入ったのかを尋ねた。


「店舗や民家の配置などを見ていて、なんとなく……この辺りに飲食店がありそうな気がしたものですから……」


「ホントに? え~っと……」


 清歌の隣に立った弥生が路地の先に目を凝らしてみると、果たしてそこには本当にやや大きめの店舗らしき建物があった。相変わらず妙なところで勘の鋭いお嬢様である。


 早速その建物を調べてみると、メインストリートから離れている上に広い通りにも面していない為、大きさの割に賃料は安く、間取りもカウンター席とテーブル席のスペースがある飲食店向けの店舗だった。


 これは大当たりなのでは? と、期待しつつ手続きを済ませ、五人は建物の中へと踏み入れる。


「お~、いいんじゃないかな! イメージにぴったりって感じ」


 一番乗りした弥生がフロアの中央辺りまで進むと、ぐるりと見回しながら声を上げた。


 店舗スペースは東西に長い長方形で、北側には厨房とカウンター席、南側がテーブル席用のフロアとなっていて、南の壁には大きな窓があり、そこからウッドデッキへと出られるようになっている。出入り口は南の壁の東端にあり、門から庭とウッドデッキを左手に見るようにアプローチが伸びている。この店舗には二階にも客席があり、ドアから入った正面に階段がある。物語は宿屋という設定なので、この上に客室があるということにすれば丁度いいだろう。


 テーブルや椅子といった家具類は全く無いが、厨房の設備は揃っているので舞台セットとしては申し分ないと言えよう。


「ほほ~、これは小洒落たレストランって雰囲気だな……」


 悠司のイメージでは冒険者の宿や酒場というのは、少々埃っぽい店内に古ぼけた木のテーブルと椅子があり、装備品を身に着けたままのいかつい男たちがジョッキで酒を飲んでいる――といった感じだ。そういう意味ではこの“町で評判のレストラン”という風情の明るい店内はそぐわない気もするが、例の喫茶店のマスター風衣装には合っているかも、と思い直す。


「へぇ……家具類は無いけど、シーリングファンがあるのね。……うん、いいじゃないの、こういうの好きだわ」


「ふむ、雰囲気はあるが……、こういうものが現れるのはもっと後の時代なのではないか?」


「あら、鋭いじゃないソーイチ。でもいいのよ、魔法がある世界なんだから、きっとそういう不思議なチカラで動く道具なのよ」


 そんなやり取りをしつつ、絵梨と聡一郎は役柄的に自分たちの持ち場になる厨房の中へと入っていく。


 一方清歌はフロアを突っ切り反対側の壁際まで行くと、一つ頷いてくるりと振り返った。


「この辺りに小さな(ステージ)を作って、魔法使い(わたし)の定位置にしましょう」


 さも決定事項のようにニッコリのたまう清歌に、弥生は一瞬キョトンとし、思わず吹き出した。どうやら文化祭にジャズ喫茶をやりたいという提案こそしなかったが、ちょうどいいから別の形でその願望を果たそうとしているらしい。


「あはは。そういえば、楽器は何を使うつもりなの? 弾き語りならやっぱりギター?」


「はい、今のところはそのつもりでいます。もし世界観と合わないようでしたら、何か別の物を考えようかと」


「そこでアッサリ別の楽器を考えられちまうとこが、清歌さんだよな……」


 感心を通り越して途方に暮れた感じで悠司の口から洩れた感想に、弥生は「今さら何を言ってるんだか」とクスリと笑った。


 資料用に厨房やフロア、エントランスに階段、そして窓を開けてウッドデッキなど写真を撮影していく。あからさまにこれまでの三軒よりも丁寧なのは致し方ないことだろう。


「ウッドデッキにも客席を置けそうね。話によってはそっちの方を使ってもいいかもしれないわね」


「うん。ここら辺なら冒険者プレイヤーは滅多に通りかからないし、外で映画の撮影をしてても恥ずかしくないね」


「うむ、それはそれとしてだ。やはりこれでは少々綺麗すぎるような気がするのだが……。そう思うのは俺だけなのだろうか?」


 カウンターの内側に立つ聡一郎が、腕を組んで重々しく疑問を呈する。


「あー、それは俺もちょっと思った。……が、あの店員の衣装を考えると、このくらいでもいい気がしないか?」


「<ミリオンワールド>ならばそれでいいのかもしれんが、文化祭の企画は“ファンタジー喫茶”なのだろう?」


「「「「あ~~」」」」


 さらなる聡一郎の指摘に、四人は納得の声を上げた。


 ところどころに現代どころか近未来が顔を出す<ミリオンワールド>の世界観に、すっかり慣れ切って――或いは染まって――しまった彼女たちは、このデザインの冒険者の宿でも問題無いと思っていたが、いわゆる正統派ファンタジーの世界観でというのならかなり問題がある。家具などは古ぼけた感じの物を用意すればいいが、家屋そのものの出来が良すぎるのだ。


「なるほどねぇ、ソーイチの懸念は分かったわ。……でもそれを言い始めたら、他の家だって似たようなものだったわよ? っていうか、なんで今それに気づいたのよ?」


「恐らく……だが、これまでの三軒は窓が小さくて薄暗かったから、その辺りのことが気にならなかったのだろう。ここはとても明るいからな。それだけに、店舗としてはいい物件だとは思うのだが……」


 特に聡一郎はカウンターの内側から店全体を見渡していたから、それに気づくことが出来たのだろう。ともあれ、これは由々しき問題である。場合によっては物件探しが非常に難航する可能性が出て来たのだ。


 いっそ壁などを塗装したりダメージ加工を施したりして、古ぼけた内装にしてしまうというのはどうだろうか? 現実リアルでの賃貸物件ならばそんな暴挙許されないだろうが、これはゲームの中だ。その程度は大丈夫なのではなかろうか?


 そう考えた弥生は物件情報を表示させて、利用規約などを詳しく調べ始めた。画面をスクロールさせて、今までチェックしていなかった項目も見ていくと――


「ん? これって……」「どうかされましたか、弥生さん?」「……うひゃう!?」


 真剣にウィンドウを見ていた弥生の後ろから、こっそり近づいてきていた清歌が、肩に手を乗せてひょっこりと顔をのぞかせた。


「も、も~~、清歌ってば、驚かせないでよ~。……これ見て、この項目」


「あら? これはお誂え向きの機能ですね。見ることはできるのでしょうか?」


「どうかな? 分からないから……、試してみよう!」


 ウィンドウを操作して、とあるボタンをポチッと押すと――


「なっ、なに!?」「むっ、これは……!」「何かやるなら声を……って、こりゃ凄いな」


 店の内装がガラリと変わっていた。今までの内装は全体的にアイボリーの壁紙で、腰板と呼ばれる飾りの板が床から六十センチほどの高さで貼り付けられているというものだったのが、木の柱が等間隔に並びその間に石が積み上げられているというものに変わっている。全体的に暗い色調に変化したために、店の印象が大きく変わっており、これなら正統派ファンタジーの世界観にも十分対応できそうだ。


 これは物件に標準で備わっている内装のカスタマイズ機能で、プリセットの中からテーマを選ぶことで瞬時に変えることが出来るのである。建築の構造まで変化してしまっているように見えるが、あくまでも見た目が変わるだけである。ちなみに街並みの景観を損なわない為に、外観は変化しないしカスタマイズ機能も無い。


「考えてみると、ウィンドウ操作とか浮島のクエストボードとか、あちこちカスタマイズできるようになってるんだから、これくらいはできて当然……かも?」


「あー、確かに変なところが凝ってるんだよなぁ……。まあ、でもこれで問題は解決だな」


「そうですね。……むしろ、教室の内装を合わせることが難しくなったかもしれません」


「ふむ。しかしそちらの方は、多少安っぽくなろうと問題あるまい。文化祭とはそういうものだろう」


「そね。ま、なんにしてもこれは写真を撮り直さなきゃいけないわね」


「だね。……あ、この状態で撮影したら、あともう一回、今度は木造のテーマに変えて撮影するからね。ちゃちゃっと片付けちゃうよ!」


 弥生の号令の下、五人は手分けして撮影の作業を再開したのであった。




 およそ一時間後、スベラギへと帰還していた天都たちと合流して資料を見せたところ、やはり最後の物件がイメージにピッタリだということで、その日のうちに契約も済ませることができた。


 こうして<ミリオンワールド>での映画撮影準備の初日は、予想以上の成果を上げられたのであった。




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