#9―01
<ミリオンワールド>は世界初のVR技術を使用しているために、プレイヤーには規約によりいくつかの制限が課せられている。
攻略サイトやプレイ日記の公開が制限されているのもその一つであり、プレイ中に撮影した画像や動画についても同様に一般に公開される形――例えば動画サイトへのアップロードなど――での使用は禁止されている。特に後者については現実とアバターの同一性が非常に高い仕様である為に、プライバシー保護や肖像権の観点からも必要な制限であると言えよう。ちなみに公式PVを作る時に
プレイ動画を使用するような場合は、ログを元に体形を合わせた適当なNPCを割り当てて、わざわざ再構築しているのである。
一方で<ミリオンワールド>は写真や動画の撮影機能がデフォルトで充実しており、これらのファイルはユーザーズサイトからダウンロードが可能となっている。知人に見せる(=自慢する)といった程度の個人的な使用については問題ないとされている。
さて、では<ミリオンワールド>内で撮影した映画を、文化祭で上映するというのはどうなのか?
文化祭の企画として提案するに際し、この辺りのところを運営に問い合わせてみたところ、出演しているプレイヤー(旅行者も含む)全員が同意していれば問題ないということだった。
ただ百櫻坂高校のサイトで動画ファイルを視聴できるようにするのは、動画サイトへのアップを禁止していることとの兼ね合いで少々問題があるのではないかという声が上がったので、この点については<ミリオンワールド>の公式サイトが受け持つと変更されている。具体的には公式サイトで視聴用のコードを入力すると、動画を再生できるようになるのである。
妙に協力的な運営の対応を不思議に思って尋ねると、運営側としても<ミリオンワールド>で演劇や映画製作をするのは歓迎なのだとか。
今のところ冒険者は個々人でのプレイスタイルに差はあれど、基本的には開発側の用意した冒険やイベントを楽しむことに終始している。まだ正式稼働が始まったばかりなのでこれは予想通りの事なのだが、それだけでは既存のオンラインゲームと何ら変わらないということになってしまう。
フルダイブVRという新技術を使った<ミリオンワールド>なのだ。単なる箱庭型ゲームでは不可能な、また現実でも不可能な遊びを楽しんでほしいと、開発や運営は望んでいるのだ。戦闘や生産などとは無関係の、ゲーム的には無意味なアーツや玩具アイテムが山ほど転がっているのはそう言った理由からなのである。
その説明に納得した清歌たちではあったが、実のところプレイヤーが<ミリオンワールド>で独自の遊びを模索するようになるのは、もっと先のことであろうと運営は予測していたので、結構慌てて対応を協議したのだ。ちなみに運営は、プレイヤースキルや時間的な制約などから冒険が頭打ちになったプレイヤーが増え、町遊びやアトラクションをメインの活動とするグループができた頃ではないか、という予測をしていた。
これは余談だが、弥生が送った問い合わせのメールに回答したのは三森さんで、どうやらすっかりマーチトイボックスとの窓口役になってしまったようである。
「聞いたよー、トイボックスさんがまたなんか新しいこと始めるんだって?」
「ええ、今度は文化祭で上映する映画を作るそうですよ。そういう問い合わせがあったのは正式稼働前の事ですけどね。……それにしてもどこから聞いたんです?」
「どこかも何も噂になってるよ、あの子たちは。何しろ例の現実出力サービスの発端になった子たちだし、先日のイベントもあの子たちの活躍で、チームが一位になったと言っても過言ではないからね」
「イベントの話は私も聞いて驚きました。てっきりあの子たちは、寄り道プレイを楽しんでるんだと思ってたんですけど、冒険者としても強かったんですね」
「そう、そこが凄いところだよね。学生さんで割と目一杯プレイしてるっていうアドバンテージもあるみたいだけど、そういう子は他にもいるからね。……どういう子たちなの?」
「私も直接会ったのは二回きりですけど……、礼儀正しくていい子たちでしたよ。グループの仲も良さそうでしたし」
「普通の真面目な高校生って感じ?」
「普通……普通ですか……。うーん、生真面目過ぎたり、変に悪ぶってたりしないという意味ではそうかもしれませんけど、いろんな意味で普通とは言えない子たちですよ。なんというか、こう……存在感というか雰囲気が」
「ふーん……、なんかちょっと会ってみたくなるね。映画が完成したら私も見せてもらおっと」
「あ、クラスでプレゼンする為に作ったPVならありますけど、見ます?」
「クラスでプレゼン? で、PV? 作ったって、誰が?」
「メンバーの一人が<ミリオンワールド>で撮影したムービー素材で作ったそうですよ? ……はい、どうぞ」
「………………これ、本当に高校生が作ったの? BGMつけたら公式サイトに載せてもいいんじゃない?」
「ですよね。まあ、イロイロと面白い子たちですから、映画は私も期待してるんですよ。……そういえば、イベントも終わりましたし、そろそろクランクインかもしれませんね」
いつものようにログインしたマーチトイボックスの五人は、ホームに集合していた。
今日が<ミリオンワールド>初プレイの天都と五十川はログイン時刻が三十分ずれていたので、まだログインしていない。ちなみにプレイ自体は月曜日から可能だったのだが、昨日は体育祭の打ち上げがあり、これがいつ終わるか分からなかったために予約を取れなかったのである。これはマーチトイボックスの五人も同じで、昨日は珍しく<ミリオンワールド>をお休みしている。
「さて、イベントと体育祭も終わったことだし、今日からは文化祭の準備だね!」
「ふむ。それは重要だが、遺跡フィールドの調査はどうするのだ?」
「そっちも進めるよ。たぶん撮影が本格的に始まるまでは、文化祭の準備の方に時間いっぱい取られることは無いと思うからね」
「それでは……先ずはスベラギで衣装と物件の調査でしょうか?」
清歌たちのクラスでは文化祭に関する下準備は着々と進行しており、既にやるべきことのリストアップと、大まかなスケジュールも作られている。
なお脚本に関しては、暫定的なものが本日決定したメインキャストには既に配布されており、彼(彼女)らの要望も取り入れて細かい言い回しやキャラ設定などの調整が行われる予定だ。演劇部でもないフツーの高校生に“役作り”などというものは土台無理な話なので、演技は基本的に素で行い、設定の方をキャストに合わせるようにしたのである。
なお、当然の如く宿屋を営む夫婦の娘役となった弥生に関しては、頑張って子役を演じてもらうことと相成った。こればかりは致し方ないことであり、決して「娘の設定をやめて従業員にすればいんじゃね?」などと言ってはいけないのである。
さておき、そのスケジュールでまず取り掛かるべきとされているたのが、衣装に関する調査である。キャストの一部は、模擬店の方でも同じ配役で仕事をする予定なので、衣装を合わせなくてはならないのである。現実の方では予算節約のために、自前の服や安売り量販店で購入した服に、裁縫の得意な者がそれらしく見えるよう手を加えることになるので、それを考慮した衣装選びを<ミリオンワールド>でしなければならないのである。逆に従業員用の衣装は、制服にエプロンと決まっているので、<ミリオンワールド>で似たような服を探さねばならない。
物件については、適したものを見つけるのはそう難しくないだろう。なぜならば、物語の舞台となるのは宿屋といっても併設されている食堂兼酒場の方なので、スベラギに多数ある貸店舗から適当な広さの物を借りて、家具類を配置すれば問題無い筈だ。ちなみに現実の方では、教室にそれっぽい壁紙を貼る予定である。
清歌の提案はこのスケジュールを踏まえたもので、弥生は頷いた。
「うん、まずはそこからだね。あ、でもその前に……、悠司と絵梨は今から、初心者でも使えるちょっといい武器と防具、それからポーションを作ってくれるかな?」
「ん? 何だってそんなもん……って、ああ」
「あの二人への<ミリオンワールド>開始記念のお祝いってところね」
新しく冒険者デビューする二人と悠司は面識がなかったので、学校からワールドエントランスへと向かう道すがら、互いに自己紹介は済ませてある。
「それはいいけど、二人も暫くは映画の方に専念するんじゃないの? 特に天都さんは自分のシナリオで監督で、しかもメインキャストなんだから」
「うん。でもさっきも言ったけど、シナリオの修正が終わるまでは演技の練習は出来ないし、時間は余ると思うんだよね」
「あ~……、俺らが遺跡の調査に行ってる間、お二人さんは仲良く冒険ってことか」
「う~ん……、仲良く……になるかは今のところ未知数、かな?」
「ええ、そうですね」「先行きが不透明なだけに気になるわよねぇ(ニヤリ★)」
どうやら現実での様子を見て、悠司は――実は聡一郎も似たような印象を持っている――五十川が天都に好意を持っている、もしくはそこまでではないにしても気になっているものと察したようだ。
天都から話を聞いていた女性陣三人は、どうやら先入観無しに見てもそのように感じるのだなと納得しつつも、やや慎重に返事をする。
意外な反応に悠司と聡一郎は事情を聞きたげな顔をするが、これは乙女の秘密なので三人はそれをあえてスルーした。
「まあ、先のことは分からないけど、取り敢えず一緒に冒険を始めることにしたみたいだから、応援してあげようよ」
恋愛感情はさておき、五十川には天都と仲良くなりたいという思惑があるのだろう。そして天都の方も戸惑ってはいたものの、嫌がっているわけではなかった。なので、外野としては下手に煽ったりせず、見守るべきだろうというのが弥生のスタンスである。
ただ冒険が上手くいかないことが元でギクシャクしてしまっては勿体ないので、初心者支援という名目で、ちょっとしたお節介を焼いてあげよう――というところである。これから映画製作に携わる仲間でもあるのだから、仲良くなってくれるに越したことは無いのだ。
「了解、リーダー。それじゃ早速、作るとしますかね。天都さんの方はオーソドックスな魔法使いで、五十川の方は剣と盾の戦士だったっけか?」
「そね。私の方はポーションを適当に作ってるから、装備が出来たら錬金するからこっちに頂戴な」
などと言いつつ、二人は生産作業をするべく亜空間工房の中へと入っていく。残った三人はというと――
「半端に暇になっちゃったね……」
「そうですね。先に私たちだけで、お店を見て回りましょうか?」
「それも良いが……、確かイベントの報酬が発表されていたのではないか?」
「あっ、そういえば! じゃ、モフモフ成分を補給しつつ、ちょっと報酬をチェックしておこっか」
お気に入りの魔物と戯れつつ、イベント報酬で何を貰うのか検討を始めるのであった。
天都が取得したのは魔術師の心得で、装備品は前合わせのフード付きローブと長い杖、ローブの下はシャツとキュロットスカートにショートブーツと動き易さも考えたコーディネートだ。見た目の印象通り、今のところは攻撃魔法の使い手を目指しているようだ。
五十川の方は戦士の心得を取得し、ブレストプレートにレガース、長剣に小型の盾という、由緒正しいRPG的戦士――或いは勇者か――といった装備だ。ちなみにどういう方向性の戦士になるかはまだ決めていないとのこと。さしあたり攻守のバランスが良い長剣&盾にして、向いていなければ他のスタイルも試してみるそうだ。
何にしても二人組のパーティーとして行動することを考えれば、盾を持って壁役にもなれる前衛と魔法職の後衛という組み合わせは、バランスの良い構成と言えよう。
待ち合わせの時間通りに、メインストリートのポータル広場で無事合流した五人と二人だったが、ここでちょっと予定外の――否、ある意味で予想通りの事が起きた。<ミリオンワールド>初ログインの二人が、すぐにでも町の外に出たくなってしまったのである。
その気持ちがよく分かる弥生たち四人は、文化祭関連の下調べは今日のところは自分たちに任せて、二人はまず思う存分冒険を楽しんでくるようにと申し出た。実際問題、衣装に関しては大まかなオーダーは決まっているので、監督の天都が居なくとも今日の段階では問題無い。無論、いた方がいいに違いはないのだが。
ともあれ、このまま文化祭の下調べに行っても集中できないことが分り切っていた天都と五十川は、申し訳なさそうにしつつも今日は目一杯冒険を楽しむことにした。
そして二人は外での戦闘について注意点など軽いレクチャーを受け、更に初心者支援と称した装備とアイテム類を受け取った後、足取りも軽く南のサバンナエリアへと向かって行くのであった。
「まあ、予定が狂ったような、予想通りだったような……」
「フフ、確かにね」「うむ、これは仕方あるまい」「何しろ初日だからな~」「…………」
「あれ? 清歌、どうかしたの?」
弥生の問いかけに、清歌は不思議そうな表情で首を少しだけ傾ける。
「やはり皆さん、<ミリオンワールド>へ来たら外へ出たくなるのですね、と思ったものですから。街歩きもそれはそれで楽しいものなのですけれど……」
「「「「あ~~」」」」
流石はログイン初日に外へ出ることを華麗にスルーし、街中で遊んでいた御仁はいうことが違う、と四人は声を上げた。
しかし考えてみれば、五十川の方は男の子らしく手にした武器を振り回して戦ってみたいという気持ちがあるのも分かるが、天都まで冒険に出たくてウズウズしているというのは意外だったかもしれない。魔法使い風の装備を身に着けて天都は、だいぶテンションが上がっている様子だったので、ゲームも結構やっているオタクであるという自己申告はどうやら本当だったようだ。
多少順番は狂ってしまったが、どうせ近いうちに二人で冒険に出ることにはなったのだ。二人ともテンションアゲアゲ状態で、ぎこちない空気すら吹き飛ばす勢いで飛び出て行けたのは結果オーライとも言える――かもしれない。
これでもし二人がくっつきでもしたら、文化祭前後にポコポコ生まれるカップルの仲間になるのだろうか? などと、割とどうでもいいことを考えつつ、弥生はこちらはこちらでやるべきことを始めることにする。
「さて、じゃあ清歌には街歩きの成果を発揮してもらうよ。お店の案内よろしくね」
「はい、お任せください、弥生さん」
そう言って清歌は弥生の手をギュッと握ると、目的のお店に向かって歩き出した。
(うん! 最近、手を握られるくらいじゃビックリしなくなった。ふっふっふ、いつまでも変な声を上げて、絵梨たちにニヨニヨされる私ではないのだよ)
と、内心妙な自信をつけている弥生なのだが――
「フフ、順調に慣らされてるわね(ニヨニヨ★)」
「ああ、見事に慣らされてるな(ニヨニヨ)」
「あれは……慣れていいものなのか?」
「いいのよ、見てて面白いんだから。ねぇ?」「ナ~(ニヨニヨ)」
――やはりニヨニヨされているのであった。多少変化があるようでも、相変わらずのマーチトイボックスなのである。
<ミリオンワールド>は多数の民間企業とコラボレーションしており、いつぞやのバーガー店もその一つである。それは飲食店に限った話では無く、当然衣料品店や靴屋もある。
清歌に案内されてはいった店はそういったコラボ店の一つで、外観は街に溶け込むデザインをしているが、中に入ってみると弥生たちもお世話になったことのある大手衣料品量販店になっていた。ここで衣装を揃えられれば、現実の方でも問題無く同じものを集められるはずだ。
余談だが、現実では手が出せないようなブランドものならともかく、所謂ファストファッションをVRで再現して需要があるのかというと――これが意外とある。例えばホームでのんびり寛ぎたい時や、アトラクション島に遊びに行く時、職人作業をする時など、普段着ている楽な服も手元にあれば結構出番があるのだ。玩具アイテムゆえに大した出費でもないので、ホームを持てるくらいになった冒険者は結構利用しているのである。
「まさか、この店が<ミリオンワールド>にあるなんて……」
「そーねぇ。でもまあ、お陰で思ったよりも探すのは楽そうじゃない?」
「うん。じゃあ、えーっと取り敢えず……、簡単そうな従業員用の方を片付けちゃおう。悠司と聡一郎は男子の方をお願いね」
学校の制服は完璧に再現するならともかく、それっぽく見せるだけならばさほど難しくはない。特に今回の場合は制服の特徴が最も現れるブレザーは使用せず、女子はスカートにブラウス、男子はスラックスにシャツ、その上にエプロンという組み合わせなので、近い色のプリーツスカートとスラックスを見つければオッケ―である。
程なくしてそれらしいものを見つけて試着し、問題なさそうだったためにそのまま購入する。資金が潤沢にある彼女たちにとって、この程度の出費など全く問題ないのである。
メインキャストでこの服装をするのは天都が演じる、駆け出し冒険者兼ウェイトレスである。男性版の方はエキストラで出演する者のみとなる。
ちなみにキャスティング会議の時、天都はメインキャストとなるのはかなり渋っていたのだが、天都が出演しないとなるとどうしても悠司がメインキャストのどれかを演じなくてはならなくなり、流石に他クラスの協力者をメインキャストに据えるのは問題があるだろうということで、出演することと相成ったのである。ウェイトレス役になったのは、比較的出番が少ないからである。
「悠司の胡散臭……じゃなくて謎めいた客と、五十川くんの騎士は現実に出てくることは無いから、すり合わせの必要はないのよね?」
「うん、そのはずだよ。だから……次は清歌の魔法使いかな。清歌は何かイメージはあるの?」
「そうですね……、極端なことを言えば、黒っぽいマントを羽織っていれば魔法使いっぽく見えると思いますので、中に着る衣装は割と何でもいいのではないかと」
「あー、確かになぁ。……そういや、元の脚本だと魔法使いは男だったけど、それはどうなったんだ? 清歌さんが男装すんのか?」
「ふふっ、私はそれでも構わないのですけれど、一応脚本上では女性に直されています」
「ま、もともと性別が重要な役柄ではないし、言葉遣いも男女どちらでも良さげな感じだから、性別不肖の役とも言えるわね。……っていうか、むしろそれを狙っているんじゃないかしら?」
「な……、なるほど」
恐らく百櫻坂高校にもいるであろう清歌のファン(女子)へのある種のサービスとして、イケメン魔法使い――設定上は女性だが――な清歌を登場させたいということなのだろう。
結局その辺を踏まえて、タイトなパンツにロングブーツ、シャツにベストと手袋、その上からマントを羽織るというコーディネートとなった。ちなみにシャツと手袋以外は全て黒である。これで髪を後ろで一つに束ねれば、確かに性別不肖の魔法使いという感じである。
「わ~、清歌、カッコイイ! あ~、でも……」
「あら、ナニよ弥生、不満でもあるの? これでとんがり帽子でもあれば、正に魔法使いじゃない」
「えっと、不満なんて無いんだけど、なんとな~く魔法使いっていうより、吸血鬼っぽいかな~……、なんて」
「ああ、なるほど」「言われてみれば……」「ふむ、確かに」「ヴァンパイアも大抵美形設定だからなぁ」
弥生の余計な指摘に、四人は思わず納得の声を上げてしまう。ただ、そう見えてしまうところも含めて、カッコイイのだからこのままでいいだろうという結論に達し、ひと揃えで購入することにした。
お次の宿屋の主人と女将の二人については、従業員に準じる形でよい。聡一郎の主人役はスラックスにシャツ、その上にエプロン。ただし従業員との差別化のためにエプロンは色違いの物を。絵梨扮する女将さんの方は、ロングスカートっぽく見えるガウチョパンツに襟元にリボンを着けたブラウス、そして主人と同じ色のエプロン。
どちらかといえば宿屋の親父ではなく、喫茶店のマスターやバーテンダーの方が近いイメージなのだが、これは現実の方で従業員の衣装を制服ベースにしたことと合わせなければならないので、これでいいのである。
さて、最後に残った娘役。当の弥生と男性陣を置いてけぼりにしつつ、清歌と絵梨が熱い議論を交わし、さらに弥生を着せ替え人形にしてあれこれ試した結果――
シンプルなデザインのワンピースと、襟元にリボンを着けたブラウス――ここは女将さんとお揃い――に、白いタイツとエナメルの靴。スカートはパニエでふんわりと膨らませ、お気に入りという設定の小さなポシェットを斜めにかけている。お店のお手伝いをする時にエプロンをこの上から身につけると、エプロンドレス風になるのである。なお、髪型はエピソードによって、下ろすかツインテールにするかの選択式となっている。
「こ……これは……、このコーディネートは……」
試着室の大きな鏡に全身を映した弥生は、なにやら愕然としている。自分で着たのだからどういうコーディネートなのかは知っていたにも拘わらす、否、知っていたからこそ、鏡に映る自身の姿に衝撃を受けたのである。
「うん、我ながら完璧ね!(ニヤリ★)」
「はい、素晴らしい出来栄えだと思います!(ニッコリ☆)」
そう、似合わなかったのではない。似合い過ぎていたのである。
弥生の意向もあって、全体的にはスッキリしたデザインのものなのだが、その絶妙なコーディネートは弥生の容姿と相まって、可愛らしくお洒落した小学校高学年という風にしか見えなかった。
「う……む、なんというか、その、配役的にはこれで正しいのだから、良いのではないか? 似合っているし……なぁ?」
「あ、ああ。確かに似合ってるぞ、弥生。なんつーか、その…………強く生きろ」
男子二人によるビミョ~過ぎるフォローを聞いて、ガックリと大きく肩を落とす弥生なのであった。