#9―00
今回から新章となります。
所謂文学少女という括りに属するといっても、個々人にクローズアップしてみれば様々なタイプがある。物語に耽溺し他者とは関わろうとしない者、本を読むだけではなく自ら創作する者、創作ではなく感想や批評を発信する者、或いは無趣味というのもアレだから読書をしているだけの似非文学少女などという者もいるかもしれない。
弥生たちと出会う前の絵梨は一つ目のタイプに近い。感想や批評は心の中に秘めて発信することは無く、ひたすら自分と物語の世界に没頭するのだ。
一方、元祖文芸部所属の天都睦子は二つ目のタイプと言っていいだろう。それも比較的アクティブなタイプだ。物語を創作し、それを発信するための部活に所属し、部員たちともちゃんとコミュニケーションを取っている。また部活動とは別に、中学時代から小説投稿サイトにも短編小説を掲載してもいる。お気に入りの物語やアニメ、ゲームのイベントがあれば――時間とお小遣いが許す範囲ではあるが――よく出かけていく方だ。
もっともそのアクティブさや積極性は趣味に関することにのみ発揮されるもので、一歩でもその範囲からはみ出ると一気に内向的になってしまう。ある種の内弁慶といってもいいかもしれない。
そんな天都は現在、絶賛困惑中であった。
体育祭の翌日。午前中は後片付けと清掃作業に当てられて授業は無く、大抵のクラスはこの作業が終わった後の余り時間を利用して、文化祭に向けての会議や準備、或いは決起集会的なものを行うのである。
割り当てられた箇所の清掃作業も終わった天都は、イチゴオレ(紙パック入り)を買うべく自動販売機へと向かった。この後の会議では、シナリオ担当の自分も発言することもあると思うので、気持ちを落ち着けるために甘いものが飲みたかったのだ。
そして目的の物をゲットして教室へと帰る途中、人気のない階段の踊り場で、何やら真剣な表情をした男子生徒に呼び止められたのである。
「あのっ、あ、天都さん。ゴメン、ちょっと……時間いいかな?」
「えっ!? あ、五十川くん? それはいいけど……」
彼の名前は五十川玲。天都のクラスメートで、同じ中学出身でもある。中学時代は一年と三年の時に同じクラスだったが、二人の間には特にこれといった交流は無く、関係は友達未満のただのクラスメートだと天都は認識している。
というのも、五十川は中学時代からオシャレに気を遣い社交的で、部活でもサッカー部の選手だったという、俗に言う一軍――それも中心メンバー――なので天都とは接点が全くと言っていい程無かったのである。なお容姿そのものは普通の範囲に収まるレベルなので、カッコよくあるためにちゃんと努力しているタイプだ。
今思い出してみても、まともに会話をした回数など片手の指で足りてしまう程だ。そういえば三年の夏休み明けに、投稿サイトに掲載している短編小説について聞かれて、ちょっと――否、かなり驚いたことがあった。多分それ以降、まともな会話はしていなかったはずだ。
その五十川が自分を呼び止めて、なにかを切り出そうとしている。しかも人気のない場所で二人きり。これで困惑するなというのは無理だろうと、天都は心の中で現実逃避気味にツッコミを入れてしまった。
改めて見ると、やはり五十川は中学時代から少し印象が変わったように思える。ワックスでツンツンにした髪、銀色のピアス、少し着崩した制服などオシャレに気を遣っているところは変わらないが、以前のような騒がしさというか、これ見よがしの派手さがなくなり、落ち着いた感じがする。
まあでも、それも無理もないか、と天都は思う。何しろこのクラスには、清歌という突出した存在がいるのだ。
クラス内ヒエラルキー、あるいはスクールカーストというものに於ける一軍と呼ばれる存在が騒がしく派手なコトをするのは、要するに自分たちは一軍であると誇示しているのだ。だが結局そんなものは学校という小さく狭い世界の、さらに小さなクラスという箱の中で優位を誇っているに過ぎない。黛清歌という恐らくは万人が、生まれも容姿も才能も優れていると認める存在の前では、そんなことをしても滑稽なだけだ。――かつて二軍と三軍の狭間辺りで若干肩身が狭い思いをしていた天都の分析は、少々辛辣であった。
果たして五十川が天都と同じように考えたのかは定かではないが、浮ついたところの無くなった彼は、このクラスで男子からも女子からも評判はいい。中学時代は属しているグループに女子も数名いたのだが、高校では気の合う男子とつるんでおり、変なやっかみを受けることも無くなったようだ。
なんにせよ、中学時代と変わらずリア充グループである五十川と、こちらも変わらず文系オタクグループである天都とでは、未だに接点らしい接点は無いのである。
従って普通だったら、まさか告白なのでは――と思うようなこのシチュエーションであっても、天都はそんな風には欠片も考えなかった。それ故に、ひたすら困惑しているのである。
「……えっと、実は俺も、始めるんだ、<ミリオンワールド>。それで、その~」
「えっ! 五十川くんも抽選に当たったんだ……」
<ミリオンワールド>の冒険者になるための抽選は、未だに高い倍率のままである。同じクラスの中から同時期に二名抽選に当たるのは、凄い低確率の偶然と言えよう。
五十川の発言には驚いたが、同時になんとな~く切り出そうとしている話の内容は読めたような気がする。今日の放課後、ログインしたら弥生たちのグループと合流することになっているのだが、それに混ぜて欲しいということなのではなかろうか? 昨日、体育祭が終わった後で、教室でちょこっと今日の予定について話していたのを小耳に挟んでいたのだろう。
こんなに言い難そうにしているということは、もしやあの美少女三人組とお近づきになりたいという下心でもあるということなのだろうか? 弥生たちのことだから、正面から堂々と頼めば快く応じてくれると思うが……
まあ、同じ中学出身の誼だ、その程度の協力なら吝かではない。というか、そろそろ話を切り上げないと、このいかにもギャルゲー的イベントがありそうなシーンを誰かに目撃されてしまいそうだ。そちらの方が大問題である。
「そういうことなら、後で一緒に坂本さんたちに話しに行きましょう。多分、五十川くんが一緒でも大丈夫だと思います」
「へ? あ、いやっ! そうじゃ……」
取り敢えずこれで用件は済んだだろうと考え、天都は教室へと歩き始める。
「あ……ただ、合流するって言ってもいろいろとアドバイスをもらって、フレンド登録をするくらいだと思うから、そんなに長い時間一緒にいるわけじゃ無いと……」
「天都さん、いやだからそうじゃなくて……」
すれ違ったその時、五十川は慌てた声で言うと、天都の手首を掴んで引き留めた。男子に触れられることなど滅多にない天都は、意外に大きな手と強い力に驚き、目を円くして振り返る。
どうやら天都を引き留めるために咄嗟にした行動だったようで、五十川はパッと手を放すと頭を下げた。
「あっ! ごめん、つい……。痛かったかな」
「ううん、痛くは……。ただ、ビックリしちゃっただけ」
「そっか、良かった……じゃなくって、ごめん。天都さんがなんか勘違いしてるみたいだったから……」
「勘違い? えーっと……、あれ? じゃあ結局、用件はなんだったんですか?」
改めて正面から尋ねる天都に、五十川はしっかり目を合わせて真剣な表情をする。
「天都さん、<ミリオンワールド>で俺とパーティーを組んで貰えませんか?」
「………………え!?」
まるで一世一代の告白でもするかのような態度の五十川から、予想外の言葉が飛び出し、天都はたっぷり数秒間硬直してしまうのであった。
お昼休みのこと。清歌と弥生、絵梨の三人は天都に誘われてラウンジの一つで昼食をとっていた。昨日に引き続き今日も良く晴れており、窓際のテーブル席はポカポカと温かく、このままお昼寝をしたくなりそうな空気である。――というか実際テーブルに突っ伏して寝ている生徒もいる。
「え~っ! それってやっぱり告白……の前段階ってこと、なのかな?」
「弥生、ちょっと声が大きい」
昼食を食べながら、階段踊り場での一件を天都から聞き、弥生が大袈裟に驚く。それを窘める絵梨も内心では結構驚いていた。
ちなみに普段天都は部室で昼食をとり、余った時間は読書や執筆に充てている。部の友人たちも当然いるのだが、なんとなくあの場所で恋バナ(未満)をするのが気恥ずかしく、また<ミリオンワールド>との絡みもあるので、頼りになる委員長とその仲間たち(女子限定)に相談を持ち掛けたのである。
「えっと、そういう話じゃない……と思うんです。ただパーティーを組もうって誘われただけなので」
「ま、話を聞く限りでは……、そね」
「ええ、そうかもしれません。ただ、それでしたらわざわざ二人きりのシチュエーションを作る必要は無いのではありませんか?」
「うん、そこが引っかかるよね。それに、いそ……彼が緊張してたっていうのも気になるし。一緒にゲームをしようって誘うだけなら、別に緊張しないよね」
ラウンジは結構賑やかなので誰かに聞かれるということも無いと思うが、弥生は一応、五十川という個人名を彼と言い替えておく。プライバシーにかかわる話題なので、念の為である。
「ん~、ま、<ミリオンワールド>は特殊だから、彼があなたをデートに誘う気分だったなら、緊張するってこともあるかしら(ニヤリ★)」
「デッ、デデ、デートッ!?」
絵梨に軽くからかわれて、天都がビクリと硬直する。危うく箸で摘まんでいた卵焼きを落としてしまうところだった。
天都は卵焼きを口に入れ、ゆっくり咀嚼して飲み込んで時間をおいてから、改めて口を開く。
「彼の態度やあの状況は気になるけど、やっぱりこっ、告白とかそういうことではないと思うんです。そもそも接点が無いので……」
「あら、接点など無くとも想いを寄せられることなんて、いくらでもありますよ」
などとニッコリのたまう清歌に、三人はギョッとして思わず見つめてしまう。確かに清歌ならば、一目惚れで一方的に想いを寄せられることなど、枚挙に暇がないというレベルであろう。
翻って自分はどうか? 天都は自信がブサイクだとは思っていない。まあ全体から見れば普通の範囲に収まるだろうが、そこそこ可愛いと言ってもいいのではないかと思っている。
ただ、清歌のように類稀なる整った容姿とか、弥生のようなフワフワとした可愛らしさとか、絵梨のような理知的なクールさとか――とにかくそういった個性があまりない。我ながらどうにも地味なのである。
そう考えると、彼が自分に一方的に思いを寄せているという可能性は、限りなく低いように思えるのだ。
「う~ん、二人は同じ中学出身なんだよね? だとすると一目ぼれっていう可能性は無いのかもしれないけど、実は天都さんのことを密かに“いいな”って思っていたっていうことも……」
「ああ、いいわねそういう話。……もうだいぶ前から、ふとした仕草や表情が気になって目で追っていて、でもきっかけがなくて近づくことが出来ないでいた彼女。このまま何も変化がないかと思っていたある時、とあるゲームがそのきっかけになってしまった。彼は思い切って彼女に話しかける。『僕と一緒に<ミリオンワールド>をやりませんか?』と」
「大筋は古典的なボーイミーツガールの物語ですけれど、<ミリオンワールド>が関わると、この先の展開が変わりそうですね」
「っていうか、なんかそれって<ミリオンワールド>のCMっぽくない?」
というか、<ミリオンワールド>を絡めるならばいっそのこと二人はSNS上の出会いで、VRで初めて顔を合わせるとか、一方が引っ越してしまうクラスメートとかの方が物語としては面白いのではないか? などと考えたところで天都は、これが自分をネタにした物語だということを思い出してハッとする。
「もー、からかわないでよー。結構真剣に悩んでる……というか、困惑してるんですから」
「あ~、ごめんつい……」「あら、これは失礼」「申し訳ありません」
むくれる天都に、三人は素直に頭を下げた。他人の恋バナは面白いものだが、悩んでいる友人をネタに勝手にストーリーを作るのは確かによくない。
「絵梨さんのお話は大部分が創作ですけれど、大筋としては変わりませんよね? つまり、彼は何かしらの理由があって、<ミリオンワールド>でパーティーを組もうと天都さんに声を掛けてきたということです。それならいっそ、この流れに乗ってしまえばいいのではありませんか?」
「え? 流れに乗るって……」
「なるほど。要はこのまま、ボーイミーツガールをすればいいんじゃないかってことね。……うん、いいんじゃないかしら」
「えっ!? ええー……、でも私、彼のこと何も知らないし……」
「何も、ってことは無いんじゃないかな? クラスメートとしては私も知ってるし、天都さんは中学時代の事だって知ってるんでしょ。逆を言えば、彼の方もそんな感じなわけだし」
「そね。それに知らないことを互いに知っていくことが、ボーイミーツガールってもんでしょ?」
清歌から意外にもアグレッシブな提案が飛び出し、弥生と絵梨もからも後押しされて天都は頭を悩ませる。
今のところ返事は保留にしているが、放課後までには決めなくてはならない。断るほどの理由は無く、いきなり一人でのプレイは不安もあるから、知り合いが一緒にいてくれるのは正直言って有難い。
確かに三人が勧めるように、いちクラスメートと普通にゲームを一緒に遊ぶつもりでいればいいだけのことのはずだ。その後がどうなるかは、今考えても仕方のないことである。――と、そこまで考えて天都は気づいた。つまるところ問題は、五十川の態度が気になって自分が変に意識しまっているところにあるようだ。
「あとこれは単純にゲームの話だけど、序盤を二人組っていうのはすごくいいと思うよ。<ミリオンワールド>は始めたての頃の戦闘がかなり大変なんだけど、二人で役割分担をすれば大分楽になるからね」
弥生のこの言葉が最後の後押しとなって、天都は五十川と一緒に<ミリオンワールド>を始めることに決めるのであった。
――一方その頃教室では。
(失敗したー……。もっと気軽な感じで、ちょっと一緒にプレイしてみないって話す予定だったのに。くそっ、あんなに緊張するとは思わなかった。しかもなんか黛さんたちが目当てなんじゃないかと勘違いされる始末……。あ~も~情けなねぇな、中学生かってーの。あ~、あの反応だとパーティーを組むのは無理かな……いや、でもまだだ。まだチャンスはあるっ! 文化祭の映画作りでは俺もキャストになったし、話す機会もあるはず。そこで親しくなれれば……。そうだ、いっそ委員長に協力してもらって……って、いや、ダメか。そんなに親しいわけでもない男子に協力してくれるわけないよな。うーむ……、やはり自分で何とかするしか……)
五十川が自分の机に突っ伏して、何やら頭を抱えて唸っていた。時折頭を振ったり、ガバッと起き上がって明るい表情をしたかと思ったら、またすぐに頭を抱え込んだりと、本人は割と深刻に悩んでいるのだが、傍から見る分には結構面白い。
「どうしたというのだ? 五十川は」
「あー、まあ要するに、今まで近くに居なかったタイプの子とお近づきになるために無い知恵を絞ってる……ってところだな」
「そ、そそ、そんなんじゃないっ!」
「ん? 違うのか?」
「ぐっ。そ、それは、違う……とも言い切れない、かもしれない。ああ、いや、少なくともお前が言うような露骨なものじゃない……はずだ」
確かにお近づきになりたいという意味ではその通りなのだが、何も告白するだとか、付き合いたいとか、そんなことまで思っているわけではない。――少なくとも今の段階では。
天都の方は全く接点がないと思っているようだったが、五十川には伝えたい言葉がいくつもある。だから今よりももっと、自然に話が出来る関係になりたいのだ。
つまり――友達になりたいのである。
この章は文化祭がメインの話になる予定です。