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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
112/177

#8―14




「浮島よ! 私は帰って来たッ!!」


 ログイン直後に突然、シンバルを大きく鳴らす時のように両手を挙げて、悠司がアホなことを口走る。


「……まあ、言いたいことは分かるけどさぁ。それを言うなら武器はライフルじゃなくてバズーカとバカでかい盾を持ってなきゃ」


「うむ。それに浮島ホームを核で吹き飛ばされては困るな」


「はっはっは、なんとな~く言いたくなってな。……そういや、弥生の破杖槌とか清歌さんのセイバーとかメカニカルな武器は結構あるけど、バズーカっぽい武器ってないよな」


 こんな風にネタをかました場合、スルーされてしまうこと程ツライことは無い。その点、清歌を除いて腐れ縁と言えるレベルで付き合いの長い彼女たちの場合、互いの趣味嗜好を知り尽くしているので、そういう心配はない。


 余談ながら、弥生はツッコミを入れたものの実は原作を見たことは無く、ゲーム経由でその台詞が出る名場面を知っていただけで、逆に聡一郎の方は悠司の勧めで原作をしっかり見ている。なんでもかの台詞を言った敵役の生き様がカッコ良くてハマったのだそうな。


「まったくもう、アホなことばっかり言って……。清歌だって呆れてるわよ、ねえ?」


「ふふっ。いいえ、呆れてはいませんよ? ただ、こういうことが何度もあると、私も的確に突っ込めるように、もっと勉強するべきか……とは考えてしまいますね」


 清歌の生真面目な――というかビミョ~にズレた発言に、弥生たち四人が沈黙する。清歌の気持ちは嬉しいとは思うが、いわゆるオタク文化に詳しくなった彼女が今一つ想像できない。否、想像したくない。


 一緒にゲームをする仲間に対して非常に勝手な言い分なのだが、清歌にはあまりそういうものに染まって欲しくないと思うのだ。要するに、なるべくイメージ通りのお嬢様でいて欲しいという願望なのである。


「え~っと、清歌は別にそういうのに詳しくならなくてもいいんじゃないかな~。ね?」


「ああ、俺もそう思う。な?」「そね。向き不向きっていうか……ねぇ?」「うむ。殊更学ぶようなものでもあるまい」


「そうですか? 皆さんがそう仰るのでしたら、仕方ありませんね」


 弥生たちの物言いに清歌はニッコリ笑顔で答える。全く残念そうには見えないので、どうやら毎度お馴染みの分かり難い冗談の類だったらしい。


 そもそも清歌の日々は、黛の娘としての仕事に、学校の勉強、護身術の鍛錬、そして何より創作活動と、予定がタイトに詰まっていて殆ど余裕がなく、実は一番のんびりしているのは、<ミリオンワールド>内かもしれない。本気でオタク知識の収集にまで手を伸ばすつもりなら、試験勉強のように<ミリオンワールド>内でどうにかするしかないだろう。


 と、そんなバカ話をしていると、浮島のあちこちに居た従魔モフモフたちが、清歌たちの元へとわらわら集まって来た。新顔のトマトもぷよんぷよんと小刻みにジャンプしながらやって来ている。


「お出迎えありがとう。みんな元気にしてましたか~?」


 清歌の呼びかけに、従魔たちがそれぞれ短く鳴いて答える。


 収穫祭イベントの期間中はホームに戻ることはかなわなかったので、こうして従魔たちが勢ぞろいしている姿を見るのは一週間ぶりだ。ベースキャンプのドッグランにお気に入りをちょいちょい呼び出しては、モフモフ成分を補給していたのだが、人目を引いてしまうためにたくさんの従魔を呼び寄せるのは自重していたのである。


「なんかこの光景を見ると、“帰って来た~”っていう気がするよね~」


「あー、いつの間にかこのモフモフ天国イコール俺らのホームって感じになってるもんな」


 近寄って来た従魔たちをナデナデしつつ、弥生と悠司がそんな感想を言う。絵梨と聡一郎もそれぞれのお気に入りを抱きかかえて頷いていた。


 ゲームの中の話とはいえ、やはり拠点となるホームはホッと落ち着ける場所なのだと、彼女たちは改めて実感する。感覚としては、長期旅行から帰って来て、自宅に着いた時に近いのだろう。


 暫くの間、従魔たちと戯れつつ取り留めのない話をする。このまま本格的にまったりタイムに突入してしまいたいところだが、生憎と今日はこれから用事がある。弥生はマロンシープのモコモコから両手を放し、パチンと鳴らした。


「さてっ! これ以上モフってると離れるタイミングが無くなっちゃいそうだから、ちょっと早いけど移動しよっか」


「……いっそ、このままここで中継を見るだけでもいいんじゃないかしら?」


 今日はこれから、収穫祭イベントの結果発表兼打ち上げパーティー的なものが催されるのだ。チームごとに会場が用意され、運営スタッフが来てちょっとしたQ&Aイベントのような企画も行われる予定らしい。


 これは別に参加が義務付けられているわけではなく、単純に結果を知るだけならばメールで通知が来るし、会場の様子を見たいなら自分のチームは中継映像を見ることができる。従って、絵梨が主張したようにホームでダラ~ッとしながら中継映像を見るというのもアリである。


「う~ん、私もそう思わなくもないんだけどね。……でも今回はチームで一緒に戦ったんだし、結構私らの作戦を採用して貰ったりしたじゃない? やっぱり最後にちゃんと挨拶をした方がいいと思うんだ」


 クラス委員長などをやっているだけあって、弥生はこういうところがきちんとしている。“挨拶はちゃんとするべき”などという正論をぶつけられると、単にちょっと面倒臭いという理由でしかない絵梨としては反論しづらい。実は内心、絵梨と同じく不参加でいいのではないかと思っていた悠司と聡一郎も、少々居心地が悪そうな表情をしている。


「あ、でも別に全員で行く必要はないから、何なら私一人で行って来ても……」


「私はご一緒しますよ、弥生さん」


「ホント? ありがと~、清歌」


 清歌にとっては式典に出席することなど珍しいことでもなく、しかも今回の場合は現実リアルのような堅苦しいものではなさそうだ。故に面倒でもなんでもないのである。ちなみにちゃんと挨拶をしておきたいという気持ちも、ちょっとだけある。


 そんな二人を見ていると、面倒臭いなどという理由で不参加というのが妙に子供っぽい感じがしてしまい、絵梨たちも参加することにしたのであった。







 会場はイベント島のベースキャンプを改造して作られているようだった。倉庫や調理場などのイベントに必要だった設備が全て撤去され、その代わりに野外コンサートの特設ステージっぽいものが設置されている。客席部分にはテーブルと椅子のセットがあるために、所謂音楽フェスというよりも、ディナーショーや結婚披露パーティーのような感じである。


 既にちらほらと来場者がいて、それぞれパーティーやギルドで固まって席に着いている。どうやら座席の指定は無いようなので、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人も適当な場所を確保して席に着いた。


 全員が席に着いたところで、テーブルの真ん中に“マーチトイボックス様”というウィンドウ表示が現れ、同時に各自の前に一枚のウィンドウが現れた。


「メニュー? ……お~、なんでもタダで注文できるみたいだよ」


「ずいぶんと太っ腹ねぇ。……と言いたいところだけど、所詮複製できるデータなんだものね」


「絵梨……、そう身も蓋も無いことを言ってしまっては……」


「フフフ、失礼。それにしてもこのメニューって、もしかしてイベント内でレシピが配布されてた料理なのかしら?」


「そのようですね。……あら? “マーチトイボックスのカレー”というメニューもありますよ」


「えっ!? あ、ホントだ。イベント中に作られた料理も注文できるようになってるんだね」


 プレイヤーによって作られた料理は“ギルド名+料理名”と表示されており、どうやら最も出来が良かったものだけが表示されているようだ。一応、出来の良さについて、上から順に、激ウマ>美味>並>不味い>激マズと、五段階の評価がされているので、テキトーに作られたマズい料理を誤って引き当てることは無い。ちなみにこのメニュー、並べ替え(ソート)機能も有り、マズ飯ばかり作っていたギルドを探す――などということも、やろうと思えばできる。


「飲み物だけは、イベントとは無関係みたいだな。……っつか、ビールとか酎ハイとかもあるんだが、これって注文できるのかね?」


 取り敢えず飲み物を、と思ってドリンクメニューを見ていた悠司が、好奇心でビールをポチッと押してみる。すると――


「未成年者は注文できません……って、じゃあ最初っからメニューに載せるなよ……」


「っていうか、本当に来たら飲む気だったの、悠司?」


「いや、注文できるか試してみただけで、飲む気は別に……。そういや、スベラギでも普通に酒を出す店があるみたいだけど、<ミリオンワールド>で酔うことってあるのかね?」


「NPCで酔ってる人を見かけたことはあるから、冒険者や旅行者も酔っぱらうんじゃないかしら? ま、なんにしても私らには今のところ関係ないわね」


「……それもそうか。じゃ、まあ取り敢えず何か飲み物でも頼んで……と」


 メニューから欲しい品物を選択すると、テーブル上に光のエフェクトともに瞬時に現れる。全員が注文し終わったタイミングで話しかけてくる者がいた。


「ハァイ、トイボックスの皆さん」


「あ、オネェさん。こんにちは~」「「「「こんにちは」」」」


 もうすっかり顔なじみとなってしまったオネェさんである。イベント中はギルドメンバーの誰かと行動を共にしていることが多かったが、今は一人である。


「イベント期間中は色々とお世話になっちゃいまして……。改めて、ありがとうございました」


「それは、どういたしまして。でも、どっちかって言うとお世話になっちゃったのはこっちの方だから、こちらこそお礼を言わなきゃね。ありがとう。アナタたちがいなかったら、きっと花が咲いて、みすみす種を取り逃がすことになっていたでしょうねぇ」


 あの時点で幹の頂上にあるクリスタルを、一直線に狙いに行けるプレイヤーはマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)だけであり、また道なりに進んで間に合うとは誰も考えていなかった。なので、これはオネェさん個人の意見であるだけでなく、チーム全体の意見でもあるのだ。


「そう言って貰えると、頑張った甲斐がありますね~。……そういえば今日はお一人で参加なんですか?」


「ううん、ウチのギルメンは全員参加よ。……実は私、運営の人に頼まれてアシスタント役で壇上に上がることになってるのよ。だから別行動なの」


「あ、なるほど。チームリーダーですもんね」


「ええ。だから、これも最後のお役目ってことで引き受けたわ。……本当はアナタにも一緒に出てもらいたかったんだけど、ね?」


「えぇ!? わ、私ですか?」


 突然のご指名に、弥生が目を大きく見開いた。


「そう。何しろトイボックスさんは、今回のイベントを成功に導いた立役者なんだから! あ……っと、時間だから、私はもう行くわ。じゃあまたね~(バチリ★)」


 不器用なウィンクを一つ残して、オネェさんは颯爽とステージの方へ向かって行った。


 今の話から察するに、どうやらマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は自分たちが考えている以上に、チームメイトから高い評価を得ていたらしい。これから開催される結果発表で、変に目立つことが無いようにと、それぞれ内心で祈る五人なのであった。







 会場の座席がほぼ満席になった頃、ステージから音楽が――<ミリオンワールド>のPVで流れる例のテーマ曲である――鳴り響き、巨大なスクリーンが現れた。同時に明るかった空が徐々に暗くなっていき、日が落ちた直後くらいに変化した。


 会場が騒めく中、スクリーンに映像が流れ始める。ドローンで撮影した映像のようにイベント島の空撮から始まり、やがてそれはベースキャンプへとたどり着き、次々と現れる冒険者たちの姿を映していった。これはイベントの活動記録、しかも見知った顔ばかりなので、このチームの映像なのだろう。


 作物と闘う様子や、倉庫へと納品するところ、料理や調合などの生産活動がダイジェストで映され、最初のミッスルゴーレムが出現する。恐らく自分たちが映像に映し出されたのだろう、時折あちこちのテーブルから声が上がっている。


「上手に編集してるわねぇ……。それにしてもこういう時、やっぱり清歌はよく映るわね(ヒソヒソ)」


「今回は私個人というよりマーチトイボックス(わたしたち)がよく映っているようですよ(ヒソヒソ)」


 清歌が指摘したように、弥生たち四人の上手な連携でカボチャを仕留めるところや、ドッグランで魔物とまったりしている様子、地下へ入り樹木迷路の探索をする姿など、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は全体的に目立つ映像が多かった。そして何より――


「ふむ。それに恐らく、この映像の最大の見せ場は弥生になるのではないか?(ヒソヒソ)」


「ま、だろうなぁ。清歌さんも映るだろうが、ラストは弥生だからな(ヒソヒソ)」


 男子二人の指摘に、弥生は声を上げそうになって慌てて口を両手で塞いだ。何か反論しようかと口をパクパクさせるが、結局否定する言葉が見つからずに沈黙する。残念ながらどう考えても、最後の一撃を決めたあの映像を外す理由はない。


 映像は進み、壊された倉庫を修繕し、最終決戦の前夜祭的なバーベキューパーティーが行われ、遂に最終日のミッスルゴーレム戦となる。ここでもなんだかんだで彼女たち五人の姿がちょくちょく現れ、そして弥生が最後の止めを刺したシーンが映し出される。


「「「「おおーーー!!」」」」


 結末は既に知っているとはいえ、実際に止めを刺すところを見ると感慨深いものがある。会場から声が上がり、弥生としては嬉しいやら照れ臭いやらで顔が赤くなってしまう。


 かれこれ三十分ほどに渡った記録映像は、レイドボス討伐を果たし笑顔で喜ぶチームメンバーの姿を映して幕を閉じた。




「みなさーん、一週間にわたる収穫祭イベント、お疲れ様でした! わたくし、運営スタッフの雨宮と申します。本日の司会進行を務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします!」


 スクリーンが消えると同時に、ステージ上に一人の小柄な女性が現れて自己紹介をする。次いで、見知った顔が壇上に現れた。


「そして! チームの代表兼解説兼司会進行アシスタントとしてお出で頂きました、みなさんご存知の、オネェさんです。よろしくお願いしまーす」


「はーい、こちらこそよろしくー」


 パチパチパチパチ……


「盛大な拍手ありがとうございまーす! では、早速本日のメインイベント、各賞の発表に参りたいと思います。まず、皆さん気になっているでしょう、チーム総合成績ですが……、あちらの空をご覧ください!」


 雨宮がズビシッと左の空を指差し、会場の全員がそちらへと視線を向ける。


 すると、ヒュルルル~~とどこか気の抜ける音が聞こえ、数秒後ドォンと大きな音を立てて、花火が空を彩った。メダルのように円を描いてキラキラと輝く花火の中央に描かれていた文字は――“1”だった。


「おめでとうございます! 皆さんのチームは見事、一位を獲得しましたー!!」


「うぉぉー!!」「ぃよっしゃあぁぁ!」「え!? これってホント?」「何かの冗談じゃなく?」「これで冗談だったら、運営はしばくしかないな」「冗談なわけないでしょ!」「何にしてもスゴイ!」


 あちこちから上がる喜びの声が一段落したところを見計らって、雨宮がオネェさんへと話しかけた。


「おめでとうございます。ではチームリーダーから喜びの声を一言」


「ありがとうございます。いやぁ、チームリーダーとは言っても、ボス戦の指揮を執っていたくらいなんですけどねぇ。とにかくチームメンバーに恵まれました。みんな~、ありがとう~」


「え~、お気づきかと思いますが、ミッスルゴーレムは皆さんの行動によって、形態を変化させる敵だったんです。そしてなんと、皆さんが斃したあの最終形態に辿り着いたのはこのチームだけだったんです」


「あ~、そうかもしれないとは思っていましたけど、やっぱり?」


「はい。詳しくは後ほど解説しますが、この点が最大の勝因だったのは間違いありませんね。……さて、では次に――」


 続いて最優秀プレイヤー賞(MVP)最優秀ギルド賞(MVG)、獲得コイン賞、レベルアップ賞、討伐賞、鍛冶賞、調合賞、料理賞などなど、様々な賞が発表されて行った。


 この中でマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は、最優秀ギルド賞と獲得コイン賞一位の二つを受賞した。


 最優秀の“優秀”とは、“チームへの貢献度を総合的に判断したもの”とのことで、掲示板への情報提供や他のギルドへの協力なども考慮されるらしい。彼女たちの場合、島の全景の公開や、島が降下していることに気付いた点、地下=樹木迷路への入り口とミッスルパペットの発見など、ミッスルゴーレム討伐に関連する重大な情報を数多く発見したことが高く評価されたのである。


 最多獲得コイン賞の方は読んで字の如くだが、これは参加したギルドやパーティー単位での総獲得コイン数を人数で割った値が評価される。前半清歌が討伐に参加していなかった分を、樹木迷路でのミッスルパペット討伐と、六日目の大量収穫&料理の販売で一気に稼いだ形である。


 ちなみに最優秀プレイヤー賞(MVP)は、初日からずっとチーム全体を引っ張っていたオネェさんが獲得している。







「なるほどねぇ……。それじゃあウチのチームで考えていた推理は、ほぼ正しかったいうことなんですね」


「ほぼ、どころか完璧と言っていいですね。開発の方も、最終形態が出現したことに驚いていたようですよ」


 各賞の発表が終わり解説へと移ると、まずは賞の選定基準に関しての説明があり、次いでイベント全体に関する解説が始まった。


 雨宮の話によると、このイベントは初心者プレイヤーの底上げと、とかくパーティーやギルドで固まりがちな<ミリオンワールド>で横の繋がりを持つきっかけ作りを主な趣旨としていて、物語的な背景は用意されていなかったのだそうだ。それだけではただの“集中狩り週間”で終わってしまうため、プレイヤーの行動でレイドボスが変化するようにしたのである。


 結論から言うと、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の考えた仮説は正鵠を射ていた。ミッスルゴーレムは島=大樹のエネルギーを吸い取っており、何の対策もせず、また最終日に討伐することができずに時間切れになると、島が墜落した上でミッスルゴーレムがたくさんの花を咲かせて種を飛ばすという結末になるのだ。実際に全体のおよそ三割がこの墜落エンドを迎えている。


 次に良い結末は、島の墜落は免れたがミッスルゴーレムの討伐は出来ずに種が飛ばされてしまうというエンディングだ。墜落をバッドエンドとすると、これがノーマルエンドというところであろう。これは三度目のミッスルゴーレム戦以降にミッスルパペットを発見し、討伐を始めた場合になることが多かったようだ。ミッスルパペットの討伐数が少なく、弱体化が上手くいかなかった為に最終日に斃しきれなかったのである。ちなみにこの場合は最終日に第三トカゲ形態のミッスルゴーレムが暴れまわり、複数の倉庫が破壊されている。


 上から二番目に良い結末――いわばグッドエンド――は、ミッスルゴーレムの討伐に成功したエンディングで、全体の半数弱がこの結末を迎えている。この場合は、ミッスルパペットを十分な数討伐し、最終日に弱体化した第三形態と対戦するというパターンが殆どだった。地下の樹木迷路を発見したかは、半々といったところである。なおこの場合でも複数の倉庫が破壊され、かなりの収穫物を失っていた。


 もっともよい結末であるトゥルーエンドへ辿り着いたのは、前述の通りこのチームだけだった。経緯はご存知の通りだが、条件としては五日目に弱体化済みの第三形態を討伐し、最終日のボス戦前までにミッスルパペットを八割以上討伐することが必要となっていた。


「ちなみに、例のクリスタルの破壊に失敗して、花が咲いちゃった場合はどうなったのかしら?」


「その場合でも、若干評価は下がりますが討伐には成功したという扱いになりますね。まんまと逃げられたのではなく、逃げ出さなくてはならないくらいに追い詰めたわけですから」


「なるほど……。アレって、普通に道を歩いて行ったら、多分時間切れになっていた……のよね?」


 オネェさんに横目でジロリと見られた雨宮は視線を泳がせた。


「そ、そうですね……恐らく全力疾走で目一杯移動系アーツを連発するか、螺旋階段を使わずに幹を縦に登って行ければ、間に合ったんじゃないかと……」


 予想通りの回答に、会場に居た者たちが一斉に溜息を吐いた。


 RPGでもダンジョンからの脱出時などにカウントダウンイベントが発生することはしばしばあるが、基本的には余裕を持った時間設定がされているものであり、要は緊張感を持たせる演出の一環なのである。にも拘らず、本当にギリギリ間に合うかどうかという設定にしておく開発スタッフは、次善の策だったオネェさんとしては厳しく追及したいところである。


「まあ、頼もしい仲間がいてくれたおかげで間に合ったからいいんだけど、ね。あ、ところで墜落エンドの場合って、どんな感じになったのかしら?」


「その映像ならご用意してますよ~。では、スクリーンオープン。再生……スタート!」


 再び現れた巨大スクリーンに、古典的なカウントダウンの表示が現れ、映像が映し出された。


 巨大な樹木がゆっくりと――引いた画像の為そう見えるだけで実際には結構なスピードが出ている――降下し、大きな波を発生させながら着水、そのまま沈んでいく。画面が切り替わり島の様子が映し出されると、そこにはあまりにも大きな揺れの為に地面に両手をついているプレイヤー達の姿があった。またベースキャンプ内の施設も倒壊し、倉庫も一部の壁や屋根が崩れ落ちている。


 墜落エンドもスペクタクルな体験で、それはそれで面白そうかも――などと考えていた者も、この映像を見て「やっぱりバッドエンドはダメだな」と思い直していた。


 最終的に幹と枝の部分が完全に水没し、フィールドの一部が水に浸かるくらいで降下は止まり、見た目は海に浮かぶ普通の島という感じになってしまっていた。


「……え~っと、なかなかスゴイ映像でしたねぇ。私たちの方で檻が出現した時もかなり揺れましたけど、これはそれどころじゃなさそうですね……」


「ええ、まあ……。実は揺れの大きさは若干大きい程度なんですけど、こちらはかなり長時間揺れ続けますので……。開発が言うには、これはバッドエンド扱いなので、このくらいやってもいいんじゃないか、とのことでしたけど……」


「もう少し、加減というモノを覚えた方がいいんじゃないかしら……ねぇ?」


「……ですよねぇ。私たち運営サイドも常日頃、そう思っているんですけど……」


 トホホな表情で肩を落として同意する雨宮の姿に、会場から笑いと同時に、「がんばれー」だの「負けるなー、雨宮さん」といった応援の声も届くのであった。




 その後、実はミッスルゴーレムの最終形態は実際に出現することは無いだろうと考え、この式典で“こんな形態もあった”と公開するための映像を用意して無駄になってしまった――などという開発裏話や、戦闘系プレイヤーのみで集まったチームが、ミッスルパペットなどそっちのけでひたすらゴリ押しでミッスルゴーレムを斃してしまったという珍事などが明かされた。


 他にも運営スタッフが独自に選んだ名場面集が公開されたり、どうやって異変に気付いたのかを雨宮に尋ねられ、弥生と悠司が壇上に上がって説明をすることになったりと、いろいろなエピソードを挟みつつ、式典は幕を閉じた。




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