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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―13




 収穫祭イベント最終日、通算四度目になるレイドボス戦は、蔦の檻と化したミッスルゴーレム最終形態(推定)によって五つのベースキャンプを覆われ、ほぼすべての冒険者が閉じ込められるという事態になっていた。檻はベースキャンプを個別に覆っているものと、それら全体を覆う物との二重構造になっており、冒険者たちは差し当たりベースキャンプから脱出すべく努力していた。


「魔法使い部隊、準備はOKかしら? 前衛も突撃のスタンバイしておいてね~。じゃあ、カウントダウン行くわよ! 三……、二……、一……、魔法斉射!」


「「「「ファイヤーボール!!」」」」


 オネェさんの号令に合わせて魔法使い部隊が一斉に魔法を放った。タイミングを合わせて一斉に撃った甲斐あって、轟音と共に大爆発を起こした。


「前衛は蔦の再生を阻止! 足の速い者から順に檻から脱出! 急いで!!」


 蔦の檻は火属性魔法と斬撃に弱く、想像していたよりも簡単に破壊できることは、実験をして分かっていた。しかし再生速度が速く、小さな穴だとあっと言う間に塞がってしまうので、脱出の時間を捻出するために協力して大穴を開ける作戦をとったのである。


 爆発の煙が消えると、狙い通りに開いた大穴が現れた。黒焦げになっていた蔦はすぐに崩れ落ち、驚異的な再生力で真新しい蔦が伸び始める。


「トリプルスラッシュ!」「食らえっ! ライデン斬!」「属性剣なら火を出せ、火を!」「俺は雷属性これしか鍛えてない!(ドヤッ)」「っていうか技名……」


 素早く大穴の周りに取りついた前衛部隊が、伸び始めた蔦を片っ端から切り飛ばしていく。そうやって穴の広さを維持している間に、足の速い者から順に次々とベースキャンプから脱出していった


 なお、どうでもいい余談ながら、アーツを発動する時のキーワードはカスタマイズ可能で、ユーザーが使い易いように設定することができる。重装備の戦士が繰り出した“ライデン斬”とやらも彼が設定したキーワードに過ぎず、アーツ自体は雷の属性付与とスラッシュの合わせ技である。


 ちなみにこのキーワード設定、発声し易くかつ覚えやすいだけでなく、口に出しても恥ずかしくない言葉にしなくてはいけないので、結構悩ましいのだとか。無論、中にはアーツの効果に見合わないような、スゴイ(中二病的)キーワード設定をして嬉々として連呼しているツワモノもいる。――近い将来、黒歴史にならないよう、祈るばかりである。


 閑話休題。冒険者たちはベースキャンプから順次脱出し、最後に残っていたスリムな者が檻の隙間から通り抜けて作戦の第一段階が完了した。前後して四つの小ベースキャンプの方でも脱出に成功したとの連絡がオネェさんに入っている。


「さて、お次は上に登らなきゃなんだけど……ねぇ」


 顔を上げてぐるっと見渡すと、縦横に張り巡らされた巨大植物の立体迷路がまず目に入り、次にその向こう側に全体を覆っている大きな檻が見える。そして振り返れば、ベースキャンプの檻が中央で縒り合さり、ぶっとい幹となって垂直に伸びていた。


 中央の幹には螺旋を描くように凹凸があり、フリークライミングなどせずともそこを歩いて登れそうだ。言い換えると、中央の幹全体が螺旋階段――正確にはスロープ――になっているのである。


「マスター、みんなで螺旋階段を上るのニャ?」


「見たところギリギリ二人分の幅くらいしかなさそうだから、全員で行くと長い行列になっちゃうわね。早いところ先行しているトイボックスさんに追いつきたいんだけど……」


「拙者が見たところ、ハイジャンプとエアリアルステップを使える者ならば、立体迷路をショートカットして進んだ方が、早く檻の外に出られそうでござるよ」


 よく見てみると、立体迷路は少し道の広くなっているジャンプ台的なポイントがあり、その上にはちょうど着地できそうな場所が用意されている。近年の過剰に親切設計されているゲームならば、アクションのアイコンが表示されていることだろう。


「……そうね。ここは素直に部隊を二つに分けましょう。立体迷路をショートカットしながら進む部隊と、螺旋階段を歩いて行く部隊に。二人は立体迷路部隊の指揮を執って頂戴。私は螺旋階段の方を先導するわ」


「それはいいけど、マスターもショートカット出来るんじゃないのかニャ? あの螺旋階段を延々と登り続けるのは、ちょ~っと憂鬱だと思うニャ?」


「ここにいるウチのギルメンはみんなショートカットできるからねぇ……。誰かが螺旋階段の方を指揮しないと。だからそっちはよろしくね」


「承知。こちらは拙者たちが引き受けた」


 オネェさんの指示で部隊が大きく二つに分けられ、さらに立体迷路組は四つに分けて別のルートを進むことになった。立体迷路の方はルートが複数あるので、ジャンプ台で順番待ちをするくらいなら、別々のルートを進んだ方がいいだろうという判断だ。一方、螺旋階段組は一列になって登らざるを得ないので、部隊を分ける必要がない。


 立体迷路部隊と別れたオネェさんは、移動系アーツを持たない主に後衛を担っている冒険者達を引き連れて蔦の檻を登り始めた。幸い網目状になっていて手がかりも多く、木登りをしたことが無い者でも楽に登れそうである。


 ただ楽に登れるということは緊張感がないということであり、黙々と登り続けるのはちょっとツライものがあるようだ。半分ほど登ったところで、一人の冒険者が口を開いた。


「なんつーか、楽に登れるのはいいんだがよ……」


「何だ? ナニか仕掛けられてるってのか?」


「いやいや、罠がありそうとかそういうことじゃないから。……こういうのって、なんでわざわざ登りやすい構造になってんのかなーって、改めて思ってな……」


「……それを言っちゃーダメでしょ。っていうか、絶対出られない檻に閉じ込められたり、とても登れそうにない大木だったりしたら、イベントがクリアできないじゃない」


「俺だって、そういうメタな話は分かってるんだって。ただ一応設定的な必然性も用意してほしいというか……」


「あ~、確かになあ……」「ま、気にしたらキリないけどね」「あはは。ゲームには付き物だもんね」


 ――などとかなりどうでもいい話題で盛り上がりつつ、ひたすら蔦をよじ登るオネェさんたちなのであった。







 立体迷路も螺旋階段も使うことなく、従魔の能力とアーツを駆使して真上(・・)に上がっていくという荒業をやってのけたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、中央の幹へと続く()の上を走っていた。のだが――


「魔王が待ち受けてる城ってあるだろ?」


「いきなりナニ言ってんの、悠司? まあ、魔王は大概、城とかダンジョンとかの奥で待ち構えてるけど……」


「でさ、ギミックを解いたり門番を斃したりすると道が出てきたりするだろ? アレって何なんだろうな?」


「うぇっ!? え~っと何だって言われても、それって当たり前でしょ? ゲームなんだから……」


 ――などと、奇しくもオネェさんたちと似たようなことを話していた。


 悠司と弥生のやり取りを聞きつつ、そんな話をしたくなった気持ちも分からないなと、絵梨は思っていた。


 というのも、外側の檻には分かりやすく中央の幹に向かう道が用意されていたのである。カーブを描きつつ次第に合流して、最終的には幹の螺旋階段へと繋がっており、幾何学的なデザインは、植物というよりもSF的な大型建造物といった風情である。


 いずれにせよ、目標までのルートが整備されているわけであり、悠司が言わなかったら絵梨自身が突っ込んでいたかもしれない。


「良く分からんが……、魔王の城だというのなら道を用意したのは、魔王自身ということなのではないか? 主人公と闘いたいのだろう」


「ソーイチ、部下が斃されちゃってるのよ? 自分もやられちゃうかもしれないっていうのに、わざわざ通り道なんて用意してやる必要はないんじゃない……って話をしてるのよ」


「一理ある。しかし、それほどの者が挑んで来るのを、門前払いというのは非礼というものだろう」


「魔王には魔王なりのプライドがある、ということなのかもしれませんね」


「うむ。魔王として君臨するには、強さを誇示せねばならんのだろうな」


「「「………………」」」


 なぜ魔王ラスボスは、自身の城にわざわざ勇者=主人公を招き入れるような仕組みを用意しておくのか? とは、しばしば語られるRPGに関するネタである。なぜ魔王は勇者が弱い内に潰しておかないのか? なども似たようなネタと言えよう。


 悠司はそれに関して何かロジカルな理由は無いのだろうか、という疑問を呈していたのだが、それに対して清歌と聡一郎はプライドや面子の問題なのだろうと回答したのである。噛み合っているようでびみょ~にズレた答えであり、しかし一応納得できなくもないので、弥生たちは何とも言えない表情になっていた。


「まあ、勇者が戦いを挑んできてるのに、城の防御をガチガチに固めてひたすら籠城する、引きこもりの魔王は確かに見苦しいわよね……」


「まあなぁ……。部下を斃せるくらい強いなら、直々に相手をしてやってもいい……ってくらい上から目線の方が、魔王らしいっちゃらしいか」


「っていうか、その辺のゲーム的な仕掛けに突っ込むのは野暮なんじゃないかって、私は思うんだけど……。まあ、一応理屈をつけてるゲームもあるにはあるよ」


「あら、そういうのもあるのね。例えばどんな?」


 例えば勇者という存在を世界に遣わした神が存在する設定の場合、その手助けにより道が開けるというものだ。他にも道半ばで倒れた先代の勇者が、次代のために置き土産の仕掛けを用意しておいた、などというものもある。


 弥生がいくつか例を挙げたが、どれも今一つスッキリしない理屈であり、絵梨と悠司は怪訝な表情を浮かべた。


「……なんかどれもコジツケ臭いわねぇ。ってか、そんな回りくどいことをするなら、神が直接魔王を斃せばいいじゃないの」


「世界への過度な干渉は避けたい……とか言うんだろうが、勇者なんつー態の良い兵器を送り込んでる時点で今更だしな。こりゃ、ヘタに理屈をつけるよりも、魔王のプライドで片付けた方が良さそうだ」


「だからさ~、ゲームの様式美おやくそくにツッコミを入れちゃダメなんだってばぁ~」


 結局、ロジカルな理由づけには意味がないという結論に達したようだ。最初っからそういうスタンスだった弥生が脱力した抗議の声を上げ、四人の笑いを誘うのであった。


 さて、そんなゲーム的様式美に則って用意された道をひた走っている五人だが、実はベースキャンプの檻をよじ登るように暢気な道程ではない。道の左右にニョキッと標識のように伸びている蔦から、葉っぱを飛ばしてくるという攻撃を頻繁に受けているのだ。――つまり今回に関する限り、冒険者が通りやすい道をわざわざ作ったのは、迎撃の仕掛けに誘導するためという立派な理由があったということになるのだ。


 フリスビーのように回転して飛んでくる葉っぱは直撃すれば無視できないダメージがあり、その上躱しても一度だけUターンして再び襲って来るという厄介さだ。従って襲って来る葉っぱは、基本的にすべて撃ち落す方針を彼女たちは取っていた。


 幸い葉っぱには耐久力が殆どなく弱い攻撃でも一発で落とせるのだが、いかんせん数が多く、アーツを使ってまとめて薙ぎ払うこともしばしばだ。今はまだ大丈夫とはいえ、これ以上攻撃が激しくなるようだとMPが心許なくなる可能性がある。


「あ~も~、鬱陶しい葉っぱだなぁ。ねぇ清歌、蕾の様子はどう?」


 小マズルから速射魔法弾を放ち、五~六枚の葉っぱをまとめて撃ち落しつつ、弥生が尋ねる。清歌は雪苺のエイリアスを一体、蕾の状態をモニターする定点カメラとして、上空に植物モードで待機させているのである。


「先ほどよりもまた少し開いています。徐々に開いていくのではなく、十分か十五分おきくらいに段階的に開くようですね」


「そっか。ちょっと映像を見せて」


 清歌から受け取った映像のウィンドウを見ると、蕾はまだ綻びかけ――というか固く閉じていたものが緩んで花弁が分かるようになった、といった程度だった。清歌でなければ少し前の映像との違いに気付けなかったかもしれない。しかし、花は時期が来れば一気に開くものだから、時間がまだまだあると楽観視は出来ないだろう。


「問題は……、このペースで間に合うかってことよね?」


 映像を後ろから覗いていた絵梨も、どうやら同様の危惧を抱いていたようだ。


「たぶん無理!」「恐らく間に合わないかと」「うむ、だろうな」「そんな猶予をくれると思うか?」「ま、そうよねぇ」


 満場一致で間に合わないという結論が出る。現在走っている道や幹の螺旋階段などが、わざとらしく用意されているのだ。これを素直に辿るだけで目的を達成できるように設計するほど、開発スタッフが親切だとは思えない。


 ただ何となく弥生は、仮に花が咲いて種が飛んで行ってしまっても、大きな減点になったり、ましてやイベントが失敗に終わったりすることは無いのではないかと思っていた。というのも、今の状態のミッスルゴーレムはハッキリ言ってレイドボスとは言い難く、故にこれはある種のボーナスミッションのようなものなのではないかと思うのだ。もし種が飛んで行ってしまったとしても、種=ミッスルゴーレム本体だとすれば、それは“この島からミッスルゴーレムを追い払った”ということになり、実質的に冒険者側の勝利と言っていい。


 もちろん種を逃がすことなく仕留めることができればそれに越したことは無いので、弥生はこの予想を結果が出るまでは胸に秘めているつもりでいた。


「で、具体的な対策はあるのかね、絵梨さんや?」


「ショートカットするには、さっきと同じように跳んで行くしかないでしょうね。ただ……」


 走りながら対策について検討を始める。当然その間も葉っぱが襲ってくるので、並行してそれを撃ち落とさねばならず、なかなかに忙しい。


「この状態で跳んだら葉っぱに狙い撃ちにされちゃいそうだね……」


「うむ。それに葉っぱ以外の攻撃も来るかもしれん」


 道を走っている分には葉っぱによる攻撃だけだが、高くジャンプしようとすればそれを阻止しようと別の攻撃を繰り出してくる可能性は大いにある。ショートカット作戦を実行する前に、軽く調査するべきかもしれない。そう考えた清歌は、早速行動に出ることに決めた。


「なるほど。……それは一度試してみた方が良さそうですね。皆さん、援護をお願いできますか?」


「承知した」「ちょ、清歌?」「えっ!? いきなり?」「十分気を付けてくれー」


「では、ちょっと行って参ります。ユキ、浮力制御。ハイジャンプ」


 殆ど事後承諾のような形で、清歌は様子見の為に大きく跳躍した。割と切迫しているこの状況下で、問答をしている時間が勿体ないので、これは致し方ないだろう。――あとで弥生からお小言を言われるかもしれないが。


「あ~もう、清歌ってば、また危ないコトして~! こっちに来る葉っぱは私が対処するから、皆は清歌の援護をお願い!」


「了解! っつーか、今回はしょうがないだろう。ぶっつけ本番でショートカットをするのは危険なんだから」


「む~、そのくらい分かってるよ。じゃなかったら、降りてきなさーいって叫んでるところだもん」


 むくれつつも弥生は速射魔法弾で葉っぱを撃ち落としていく。この攻撃は手数が多い分射程が短いので、清歌の援護には向かないのである。


 弥生のそんな様子に悠司たちは苦笑しつつ、跳び上がった清歌の様子を見守る。両手に二刀流にした光剣を提げ、上衣の袂をはためかせながら高く跳ぶ清歌の姿は、こんな時でもどこか優雅だ。


 ジャンプの頂点に達しゆっくりと降下を始めた清歌は、そのまま周囲の様子を見渡した。今のところ葉っぱによる攻撃は雪苺の魔法と地上からの援護射撃、そして清歌自身の斬撃で十分対処が可能だ。この程度で済むならばショートカット作戦は十分成功の見通しが立ちそうだが、そう簡単にいくだろうか?


「清歌~、もうちょっと高く跳んでもらえる~!」


「承知しましたー! エアリアルステップ」


 宙を踏んでさらに大きくジャンプした瞬間、まさにそのタイミングを狙っていたかのように道の両脇から細い二本の蔦が勢いよく伸びで、清歌めがけて襲い掛かった。


「やっぱり来たか!」「ま、当然よね!」「予想通りだなっ!」


「余計な感想はいいから蔦をやっちゃって! 清歌はあんまり粘らなくていいからね~っ!」


「は~い!」


 弥生からの指示に応えつつ、清歌は蔦を斬り付け、躱し、時には蹴り飛ばしたり掴まったりしながら姿勢を制御し、空中戦を続けていた。見た感じ蔦は清歌に巻き付き、地上に引きずりおろそうとしているようで、二本くらいならどうにか対処できそうだ。むしろ伸びてきた蔦からも飛んでくる葉っぱが死角から不意打ちをしてくるので、そちらからダメージを受ける危険性の方が高そうである。


 などと分析していると、蔦が動きを止め光の粒となって消えて行った。どうやら地上で絵梨たちが蔦を仕留めてくれたようだ。


 必要な情報はひとまず手に入れた。これ以上留まってまた蔦に襲われては面倒なので、清歌は体を反転させるとエアリアルステップで仲間たちのいる場所目掛けて跳び、再びくるりと反転して軽やかに着地した。


「おかえり、清歌」「お疲れ様、相変わらず見事ねぇ~」「おか~」「お疲れ」


「ただ今戻りました」


 弥生としては事後承諾で跳んで行ってしまったことについて、軽く追及しておきたいところではあったが、残念ながら今は状況的にそんな余裕は無い。なのでそれはちょっと脇に置いて、清歌の報告を聴くことにした。


「……二本までなら大丈夫っつっても、それは清歌さんだから、だよなぁ」


「確かに。しかし、作戦を実行するなら清歌嬢が行くことになるだろうから、それについてはこの際問題になるまい」


「ああ、そっか。いや、でも清歌さんだけだと、火力不足でクリスタルをぶっ壊せないかもしれないんじゃないか?」


「そね。だから行くのは清歌と、凍華に乗った弥生の二人がいいでしょ。なんにしても一人だけで行かせるのは、流石に危険だわ。問題は、蔦が二本だけで終わりとは思えないってところよねぇ……」


「そうだよね……。時間経過か、それとも高さか、何がトリガーかは分からないけど絶対増えるって考えた方がいいね」


「道のすぐ脇から伸びる蔦ならば、俺の近接アーツも当てられるが……」


「んー……。こりゃあどう考えても手が足りんわな」


 と、この時、五人の頭の中からスコンと抜け落ちていることがあった。そう、これはレイドボス戦であり、今はチームの全員で戦っている最中なのである。


『トイボックスさーん。そちらは今どんな感じなのかしら?』


「あっ、オネェさんから連絡が来たから、チャットに入るね」『オネェさん。実は今ですね――』


 弥生は蕾の状態や葉っぱによる攻撃などについて説明し、このまま道なりに進むのでは恐らく間に合わないのではないかという推測も合わせて伝えた。


『普通に進むんじゃ間に合わないっていうのは私も同意見よ。……で、何か打開策はあるのかしら?』


『一応、私らの中から二人だけなら、ほぼ一直線にクリスタルへ辿り着ける方法があります。ただ、それを実行するには援護の手が……』


『な~んだ、それなら簡単じゃない。援護の手なら沢山あるわよ』『ねぇ、みんな~?』


 チーム全体へ向けたチャットに切り替えてオネェさんが呼びかけると、「オォ~ッ!」と大きな声がそこら中から上がった。見渡してみると、いつの間にか蔦の檻の上にはたくさんの冒険者たちが登ってきており、また中央の螺旋階段にも大勢が並び、それぞれが武器を掲げて声を上げていた。


『これだけの手があれば、問題ないわね!』




 こうしてマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の提案が採用され、ミッスルゴーレムのクリスタル破壊作戦が実行されることとなった。


 なお、清歌と弥生の二人ともが撃ち落されて失敗した時に備え、たまたま螺旋階段にいるオネェさんが、移動アーツを駆使して幹を縦に登っていく作戦も同時に実行される。つまりこちらが成功した場合は、結果的に清歌たちが盛大な囮役になるということである。


『準備はいいかしら? 作戦を開始したら、アナタたちはとにかく一直線にクリスタルに向かいなさい。後の事は考えないで援護射撃をぶっ放してあげるから』


『分かりました。オネェさんも気を付けて下さいね』


『アリガト。ま、こっちは保険みたいなものだし、大丈夫よ。じゃあ、いくわよ~』『カウントダウン開始! 十……、九……』


「清歌、準備はいい?」


 凍華に跨った弥生が傍らに立つ清歌に視線を向けると、どこか不敵な微笑みが返ってきた。


「はい。いつでも大丈夫です!」


 清歌の頼もしい返答に弥生は一つ頷き、チラリと蕾のモニターをチェックした。蕾は外側の花弁が開き、そろそろ蕾から花の形になりそうな感じだ。


『三……、二……、一……、作戦開始っ!』


「凍華、お願いね!」「ガウッ!」「ハイジャンプ!」


 チームリーダーの合図に合わせて、清歌と弥生がクリスタル目掛けて跳ぶ。先ほどは調査だったので多少加減をしていたのだが、今回はそんな必要はない。思いっきり跳び、頂点に達したところでエアリアルステップを使いさらに高く跳躍する。そしてそれに並走するように弥生を乗せた凍華が宙を駆けていった。


 あっという間に小さくなっていく二人を、絵梨たち三人を除く冒険者たちが、一瞬援護射撃のことなど忘れて見上げていた。


「うおぉぉぉぉー」「なんじゃありゃー」「スゴイ、きれーぃ」「カッコイイ、かも……」「キャー、お姉さまー、素敵ですー!」


 そんな風に歓声を上げて見惚れて居られたのもほんの数秒のこと。すぐに二本や三本どころではない、一気に十数本の蔦が二人目掛けて伸びていったのである。


 我に返った地上――正確には蔦の檻の上だが――部隊が掩護射撃を開始する。まずは魔法をチャージして待機していた魔法使い部隊が、一気に焼き払いにかかる。


「ヤバッ、ファイヤーボール!」「フレイムランス!」「根っこを焼き払うわよ! ナパームボム!」「了解、ナパームボム!」


 フレイムランスはファイヤーボールよりも上位の魔法で、刺突属性を持ち貫通性のある魔法だ。槍状の炎は見た目も当たり判定も大きい。またナパームボムは着弾点から地を這うように炎が広がる魔法で、ファイヤーボールとは若干使い方の異なる魔法である。炎はしばらく燃え続け、継続ダメージが見込めるので、今回のように移動しない敵に対しては抜群の効果を発揮する。


「トリプルスラッシュ!」「火焔斬!」「斬れ斬れ、斬りまくれ!」「任せろ! ライデン斬!」「……だから火属性を出せと言うに」


 前衛組も負けじと蔦の根元に対してアーツを次々と放ち、上空の二人を狙う蔦を次々と斬り飛ばしていく。檻の上に登った者が広範囲に散らばっていたのが幸いして、蔦がどこから生えてきてもすぐに誰かが対処することができていた。そして魔法やアーツも出し惜しみなしで連発しているだけあって、今のところ蔦による攻撃は完全に封殺できている。


「すごい! みんな頑張ってくれてるね! 蔦が届く前に消えてるよ」


「皆さんには、後でちゃんとお礼を言わなくてはなりませんね」


 二人のいる場所は既に地上からの葉っぱ攻撃は射程外になっており、派手な戦闘音が鳴り響く地上をよそに、周囲は奇妙に凪いだ空気が流れていた。


 しかしのんびりしていられる時間はそう長くは無かった。クリスタルまであともう少しというところで、幹に無数の葉っぱが現れたのだ。しかも地上からは遂に一本の蔦が迫って来たのである。


「挟み撃ちか、ちょっと拙い……かも?」


「これはずいぶん太い蔦ですね。地上部隊の方が始末できなかったのも分かります。……弥生さん」


「なに、清歌?」


 清歌はエアリアルステップで軽く真上にジャンプして勢いを殺すと、振り返って蔦と対峙した。マルチセイバーを大剣モードにし、雪苺のエイリアスも五つ生成し完全に迎え撃つ態勢である。


「蔦は私が引き受けます。弥生さんはクリスタルの破壊に向かって下さい」


 葉っぱの攻撃は、弥生の速射魔法弾と凍華の魔法で撃ち落として突っ切ることも可能なはずだ。恐らくそちらは牽制で、蔦で捕らえに来る方が本命の攻撃なのだろう。であるならば、ここは清歌が囮として残るのがベターなはずだ。


 それが分かるだけに、そして時間が惜しいだけに、弥生は「清歌を囮になんてできないよ」という言葉を飲み込んで、今伝えるべき言葉を言う。


「ありがとう、清歌。そっちは頼むね! 一気に突っ込んで、さっさと終わらせて来るよ!」


「はい、お任せください! ユキ、弥生さんにシールドを。凍華、弥生さんをお願いね」


 清歌の呼びかけに応じて雪苺が弥生の斜め前方に二枚のウィンドシールドを展開させると、凍華が一つ大きく吠え、クリスタル目掛けて全力疾走を始めた。


「うわぁぁ~、凍華、速いっ! よ~っし、いっけぇ~~~!」


 半ば自棄になった弥生は妙に高いテンションで叫びつつ、襲い掛かって来た無数の葉っぱを速射魔法弾の乱射で撃ち落していった。


 一方、清歌は捕まえに来る蔦をひらりと躱し、すれ違いざまに斬り付け、時にはショックバインドで牽制を入れて、とにかく自分に引き付け弥生の方へ向かわせないことに専念していた。自分の火力では斃しきれないと割り切り、大きなダメージを与えるのは地上の人にお任せである。ちなみに雪苺&エイリアスは、蔦から飛んでくるものと、幹から来る流れ弾の葉っぱを撃ち落とすのに専念していた。


(何この、すっごい葉っぱの量! 本当に開発スタッフは加減ってものを知らないんだから~、も~っ!)


 無数に飛んでくる葉っぱは、さしずめ緑の吹雪とでも言うべき有様で、弥生が心の中で悪態を吐いたのも分かるというものだ。


 多少のダメージなどこの際気にせずに突っ走ることしばし、遂に葉っぱの嵐を突き抜け、クリスタルの元へとたどり着いた。


 幹の頂上は直径四メートルほどで中央に大きなクリスタルが輝いており、外周から六本の蔦が弧を描くように伸びて蕾を支えていた。この部分だけを見れば、ちょうどレトロなランプのような形状である。


 弥生は凍華から降りると、無言のままおもむろに破杖槌を大きく振りかぶった。


「ブーストグラビティヒーーット!!」


 スラスターによって威力を増したアーツがクリスタルに炸裂し、戦っている全てのチームメンバーに聞こえるような高く澄んだ音を響かせた。そしてクリスタルの表面にピシリとヒビが入り全体に広がると、次の瞬間光の粒となって弾け飛んだ。


 幹の天辺から黄緑色の光が放物線を描いて地上へと降り注ぎ始めると同時に、蔦や葉っぱによる攻撃のすべてが止まっていた。


「おおー、たーまやー!」「えっ、花火なの!?」「ま、いいじゃない、綺麗なんだし」「何にしても、作戦成功だな!」「よっしゃぁー!」「大勝利―!」


 チームメンバーが歓声を上げる中、地上に残ったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)のメンバーもホッと胸を撫でおろしていた。


「ふぅ、どうやら上手くいったみたいだな」


「そね。確認したけど、ミッスルゴーレムのHPがゼロになって討伐完了のログが残っていたわ」


「そうか。弥生と清歌嬢も健在のようだし、文句なしの勝利だな!」


 三人はそれぞれ親指をにゅっと立てて、笑みを交わすのであった。


 そしてその頃、幹の頂上では――


「お疲れ様でした、弥生さん。凍華もよくやってくれましたね」


 ついさっきまでクリスタルが鎮座していた場所に降りた清歌が、弥生にねぎらいの声を掛け、すり寄って来た凍華の頭を優しく撫でた。


「ありがと~。清歌も無事でよかったよ。ホントはすっごく心配だったんだからね?」


「ありがとうございます。ふふっ、けれど私より弥生さんの方がダメージを負っていますよ?」


「へっ!? あれっ、ホントだ。あはは、そういえばかなり強引に突っ込んだんだっけか」


 二人は顔を見合わせると、同時にクスリと笑う。そして――


「やったね、清歌!」「はい、弥生さん!」


 パチンとハイタッチを交わした。


 こうして、収穫祭イベントのレイドボスは見事討伐されたのであった。




ライデン斬の使い手は当然……

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