#8―12
「この有様は、間違いなくこれの仕業なのでしょうけれど……」
「うむ、だろうな。だが近寄っても全く動かんぞ……、どういうことだ?」
「魔物マーカーの表示がないわね。ま、擬態っていう可能性もあるけど」
「んー、いっそ一発撃ち込んでみるか?」
「それもいいけど、ちょっと待って。何かヤバい反応が出るかもしれないから、一応オネェさんにコレのこと話してからにするよ」
ミッスルパペットの頭に花のようなものを付けている何かは、空から観察している限り微動だにせず、さらに五人が地上に降り二メートルほどまで近寄っても何の反応も示さなかった。清歌が雪苺のエイリアスを出し魔物モードですぐ傍まで寄せてみたものの、それでも無反応だったので取り敢えずは安全だろうと判断し、五人も近寄ってよく調べてみた。
花付きミッスルパペット(仮称)は全く動かないだけでなく、そもそも魔物マーカーの表示すらなく、そこら辺にある自然物と変わらない扱いだった。ちなみに採取ポイントのマーカーも出ていない。
頭のてっぺんについている花のようなものは、蓮に似た白い花弁でお椀のような形を作り、その中に黄緑色に光り輝く不規則な形の結晶が収まっていた。「なんか妙に綺麗なのが、腹立つわねぇ」とは絵梨の言である。
弥生がオネェさんにチャットを入れると、今回はすぐに繋がった。どうやらこちらからの連絡を待っていたようだ。
『はいは~い。連絡をくれたってことは、仮説の検証は済んだのかしら? あ、先にこっちのことを話しておくけど、状況に全く変化は無し。膠着状態のままよ』
或いは自分たちがベースキャンプから脱出したことで、戦況に何かしら変化が起きるかと思っていたのだが、その予測は外れたらしい。
『そうですか。あ、仮説の裏付けっぽいものは見つかりました。実は……』
ミッスルゴーレムの目的はベースキャンプに攻め込むことではなく、必要最小限のエネルギーで冒険者を封じ込めることなのではないかと考えたこと。そうやって時間を稼ぎつつ、ベースキャンプの外でエネルギーの収集をしているのではないかという仮説を立てたことを、弥生は簡潔に説明した。
『つまり、今は決戦前の前哨戦ってことね。……言われてみれば、時間稼ぎをされてるような感じもするわ。それで、何を見つけたの?』
『頭に花が咲いて、全く動かなくなってるミッスルパペットです。畑の真ん中に居て、周りには枯れちゃってる作物がたくさん転がってますね』
『そいつが作物のエネルギーを吸収したのね』
『えっと……、その現場は見てないんですけど、多分そうだと思います。咲いた花の中に、黄緑色のクリスタルっぽい物があるので』
『ああ、そういえばミッスルパペットって、黄緑色に光ってたわねぇ。……で、そのクリスタルは壊すか、取り外すか出来るのかしら?』
『それはまだやってないです。っていうか、何が起きるか分からないんで、その前に連絡をしておこうかと』
『なるほどねぇ……』
そこで一旦、オネェさんからの言葉が途切れた。このいかにもエネルギーが詰まっていそうなクリスタルを突っついてみれば何か起きそうな気もするが、それは同時にレイドボスとの最終決戦が始まる可能性があるということでもある。
『よし、決めたわ。アナタたちはその花付きパペットを……、正確には花の中にあるっていうクリスタルをどうにかできないか試してみてちょうだい』
『りょうかいです! でも、いいんですか?』
『ええ。確かに何が起きるか分からないけど、このまま敵の準備が整うまで指をくわえて見てる必要はないでしょ? こっちは何か起きるかもしれないって心の準備だけはしておくわ。じゃ、よろしくね~』
『は~い』
チャットを終えた弥生は、仲間たちにその内容を伝えた。弥生も含めた五人は、これを放置するつもりは無かったので、反対意見も無くそのままどう対処するかの相談に入った。
もっとも方針としては、何かのアイテムとして使えるかもしれないから回収しようという案と、攻撃を加えて壊してしまおうという案の二つしかない。絵梨と悠司が前者を、清歌と聡一郎が後者をそれぞれ支持している。
意見が二対二に割れたので、リーダーたる弥生に視線が集まった。
「う~ん、下手に触って何かが起きたらマズいし、まず遠距離から攻撃してみようよ。それにあの結晶って多分この島のエネルギーだよね? だから結局は島に還すことになるんじゃないかな?」
「なるほど、ありそうな話ね」「了解、リーダー」
早速五人は花付きミッスルパペットから五メートルほど距離を取り、それぞれ攻撃の準備をする。清歌は飛夏をジェムに戻し、代わりに凍華を呼び出した。
長らくまともな遠距離攻撃手段がなかった聡一郎も、<飛燕弾>というアーツを覚えている。このアーツは格闘ゲームやバトル系マンガでよくある、エネルギーの――設定的には勁となっている――弾を飛ばすもので、レベルが上がると威力だけでなく速度が上がり、放った後にコントロールできるようになる。実は習得したのは少し前なのだが、接近戦の方が基本的に攻撃力が高く、また単純にその方が好きなので、試し撃ち以外で使うのは今回が初めてだったりする。
「よ~し、みんな準備はいい? じゃあ、カウントダウン行くよ! 三……、二……、一……、シュートッ!」
「マジックミサイル!」「アーマーピアッシング!」「ユキ、凍華」「せいっ!」
タイミングを合わせて放たれた五人と二体の従魔によるアーツと魔法が、ミッスルパペットの頭に咲いている花に殺到する。
パリィィーーン!
そして何事も無く全ての攻撃が命中し、音を立てて結晶が割れた。
「あれっ!?」「壊れましたね……」「ああ、壊れちまったな」「そ……そね」「見事に木っ端微塵だな」
木っ端微塵というか、破壊された結晶は黄緑色の光の粒となって飛び散り、キラキラと光りながらゆっくりと畑に降り注いでいる。なお結晶を破壊すると同時にミッスルパペットは朽ちて消えてゆき、そこらじゅうに転がっていた干乾びた作物も同様に消えて行った。
実のところ彼女たちは、攻撃を当てても結晶が壊れる確率は低いと見ていたのである。攻撃が弾かれてしまうか、或いは命中する寸前にミッスルパペットが凄い速さで変化して結晶を包み込んでしまうか――とにかく結晶を守るような何かが起きると思っていたのだ。
「う~ん……、なんか予想と違うけど、まあいいや。みんな~、とにかく目につく花付きミッスルパペットを片っ端から潰していくよ!」
予想外ではあるが問題なく壊せるならば、それはそれでいいだろう。――と割り切った弥生が気を取り直して隣の畑に向かって走り出し、清歌たちもその後に続く。
そうして四体、五体と次々と潰していき、六体目にして遂にミッスルパペットが作物を捕らえている現場に遭遇した。
「犯人は、お前だっ!」
弥生が破杖槌でズビシッと指し示しつつ、名探偵よろしく宣言する。犯人も何も、最初から分かっていたことなのだが、悪乗りした悠司がその後に続いた。
「真実はっ! いつも、ひとーー」「やめなさいっ!」
かの有名な探偵マンガ、その主に映画版オープニングのキメ台詞を、ご丁寧にポーズ付きで言おうとしていた悠司は、最後まで言い切る前に突っ込まれてしまい微妙に不満顔だ。
仮にもレイドボス戦、しかもその最終戦だというのに緊張感が欠けているのではなかろうかと、絵梨が「まったくもう……」と額に手を当てる。
「あら? お爺様の名に懸けて……ではないのでしょうか?」
遂には清歌までもがボケだして、絵梨は本格的に頭を抱えた。確かに同じ探偵ものの作品なので、「犯人は――」の件はほぼ共通していると言っていい。清歌のツッコミ――という形式を取ったボケ――も間違ってはいない。
「わはは、なるほど、そっちか! でもなんか、その言葉遣いだと別物だな」
「っていうか、清歌はそのネタ知ってるんだ。ちょっと意外かも?」
「いいえ。中学の時にクラスメートがそんな台詞を言っているのを聞いただけですので、元の作品については知らないのです」
どうやらうろ覚え故に、自分が普段使っている言葉に変換されてしまい、ネタとしては不完全というか奇妙なものになってしまったようだ。――などと無用な分析をしてしまった頭を振り、絵梨はどうにか自分を立て直した。
「三人とも、ふざけている暇はないわよ。見なさいな、アレを」
絵梨が愛用のロッド――魔法を使用しているときはこちらを装備している――でミッスルパペットを指し示す。
先ほどまでミッスルパペットは、腕を構成している蔦を解き、触手のように四方八方へ伸ばして作物に巻き付け、エネルギー的な何かを吸収しているところだった。今は既にその作業は終わり、腕を元に戻して基本ポーズを取っている。そして体の部分に貯めた黄緑色の光が、凝縮されつつ徐々に頭の方へと動いていた。恐らく頭に到達すると、花が咲いて結晶が現れるのだろう。
「やばっ、吸収が終わってる! みんな、花が咲いた瞬間を狙い撃つよ。攻撃準備!」
アーツを待機状態にして見守ることしばし。黄緑色の光が頭のてっぺんに到達すると同時に、白い蕾が膨らみ、花開き、そして中から結晶が姿を現した。同時に役目を終えたミッスルパペットの本体が、その動きを完全に止める。
黄緑色の光が透けて見える蕾が花開くシーンは幻想的で美しく、すぐに壊してしまうのはちょっと勿体ないかも――などと思いつつ、しかしこれは敵なのだと心を鬼にして弥生が砲撃をぶっ放す。仲間たちのアーツも炸裂し、結晶は光となって大地へと還って行った。
――と、その時、今までにはなかった異変が起きる。
ゴゴゴ…………
遠くから重い音が響き、さらに地面が大きく揺れている。ミッスルゴーレムが出現する時の兆候に似ているが、今回の揺れはかなり大きく、バランス感覚に優れた者でなければ何かに掴まっていないと転んでしまいそうな程である。
「な、何よこの揺れ!? 大きすぎるでしょ!」
「わわっ! そそ、そだね。ミッスルゴーレムが出てくる前に似てる、けど……」
座り込む――というか、転んでへたり込んでしまった絵梨と弥生がそれぞれ悲鳴まじりに感想を言う。一方、清歌と悠司、聡一郎の三人は片膝を付いてしゃがみ、次のアクションに備えている。特に焦った様子を見せることなく、冷静に周囲に目を配っていた清歌は、流石と言うべきであろう。
「似てるが、この揺れは大き過ぎだろ。開発陣は加減ってものを知らんのか?」
「同感だな。……というか、ヤツはもう出現済みだ。これは一体何の兆候なのだ?」
「っ! 皆さん、ベースキャンプの方を見て下さい!」
――少しだけ時間を遡る。
ベースキャンプの戦闘は未だ膠着状態が続いている。四か所の小ベースキャンプから入ってくる定時連絡によると、どこも状況は似たようなものらしい。集中力が切れてヒヤッとする瞬間こそあるものの脱落者が出ることも無く、かといって押し返せるわけでもなく、ただただ互角の戦闘だけが続いている。
「マスター。やっぱりあの子たちの言うように、時間稼ぎをされてるだけみたいニャ。このままでいいのかニャ?(ヒソヒソ)」
「そおねぇ……。とは言っても、打てる手がハッキリ言ってないのよ。力ずくでは押し切れないし、メンバーを増やすと奴らの数が増えるし……(ヒソヒソ)」
長らく戦闘を継続していたのオネェさんのパーティーは、ようやく初めての小休止を取れたところで、戦況について意見を交換していた。チームリーダーのパーティーがネガティブなことを言うのは士気に関わるので、声は小さく抑えている。
「いっそ此処を放棄して、奴らの包囲を突破するでござるか? 流石に空を飛んで行くのは無理だが、跳び越えて行くのは可能ではござらんか?(ヒソヒソ)」
マーチトイボックスの五人は森を超える高さまで飛び上がってから、悠々と包囲網を突破したが、そんな離れ業が出来ない自分たちはハイジャンプで小型ミッスルゴーレムを跳び越えるしかない。
敵の動きは鈍いからそのまま走って振り切ることは恐らく可能だろうが、チームメンバー全員が移動系アーツを持っているわけではない。さらに問題なのは、ベースキャンプを放棄すれば、まず間違いなく倉庫が襲われるだろうというところだ。
奴らの目的が時間稼ぎをしつつエネルギーをかき集めることなのは、もはや確定的だ。従って今、倉庫内の作物をくれてやるような真似をするのは得策ではない。
「ベースキャンプの放棄はダメね。ローテーションの控えパーティーに、包囲を突破してもらうのはいいかもしれないけど……」
その場合は交代ができなくなるので、押し切られてしまう可能性も出て来る。悩ましい限りだ。
「あとはトイボックスさんが上手いことやってくれるのを期待したいところだけど……。そういえば、あれから連絡がないわねぇ?」
彼女から最後の連絡があってから、かれこれ小一時間は経過している。一度連絡を取ってみるべきだろうか――と、考えたところで異変が起きた。大きな地鳴りと共に、現実でも感じたことの無いような激しい地震が起きたのである。
「ぬわぁーーー」「なんだこの揺れはー!!」「キャーー!」
数多くの冒険者たちが転倒して地面に座り込み、戦闘中であることなど忘れてあちこちから悲鳴が上がる。転倒を免れたバランス感覚に優れた者にしても、流石に戦闘どころではなく、ミッスルゴーレムの様子を窺うのが精いっぱいという状況だ。
もっとも、戦闘をする必要は既に無くなっていた。というのもベースキャンプを取り囲むように蔦が現れ、急速に成長し、同時にミッスルゴーレムたちも解けて蔦と化して、それらと同化してしまったのだ。
やがて激しい揺れは収まり、一同が安堵の溜息を吐く。皆ひどく長い時間揺れていたような気がしていたが、実際には三分も経過していない。ともあれ、一時の動揺が収まった冒険者たちは一人、また一人と立ち上がり、改めて周囲を見渡していた。
「……鳥籠?」「閉じ込められた!?」「閉じ込められるだけ、じゃないよな?」「ちょ、不吉なこと言うなよ……」
ベースキャンプを取り囲むように現れた蔦は、やや丸みを帯びた円錐状に収斂し最終的には一本の幹に纏まっているようだ。しかもご丁寧に枝分かれした蔦を隣の蔦に絡ませつつ伸びているので、確かに檻の中に閉じ込められてしまったと言うべき状況である。もっともその形状は鳥籠というより、伏せたザルといった方が近いかもしれない。
「閉じ込められたのニャ! どど、どうするニャ? 逃げるニャ?」
「落ち着くでござる。そもそも閉じ込められたと考えるのは早計でござろう。蔦は破壊できるかもしれぬし、比較的隙間が広い場所は、細身の者ならば通り抜けられそうでござるよ」
「……あれ? 言われてみれば確かにそうなのニャ。……じゃあ、この檻は何なのニャ?」
「さてな……。それは拙者にも分からぬ」
二人の話を聞きながら、オネェさんは他のベースキャンプからの連絡を受けていた。状況は概ねここと同じで、犠牲者や倉庫への被害が出ていないところも同様である。後は外から見た今の状況はどうなのかを確認するだけだ。
『あっ、オネェさん。ベースキャンプの方はどうなっていますか?』
弥生へとチャットを飛ばすとすぐに繋がり、こちらを心配する声が届いた。
『こっちは蔦の檻に取り囲まれただけよ。それで、外から見た状況はどうなってるのかしら? あと例の結晶はどうなったの?』
『ええと、まず結晶の方なんですけど――』
弥生の話では、隣のフィールドの畑に居たミッスルパペットの結晶をすべて破壊した直後に、この異変が起きたらしい。そしてベースキャンプ以外の場所から伸びた蔦は、先端に黄緑色に光るものが見えたので、やはり集めたエネルギーを一か所に集中させようとしているのだろう、とのことだった。
『それで、幹の天辺に大きな蕾が見えるんです。……もしかしたらこのミッスルゴーレムって、種を飛ばそうとしてるんじゃないかって思うんですけど……』
『それって要するに、奴はトンズラこくつもりってこと?』
『まあ、推測ですけどね。なんにしても蕾の下に大きな結晶が見えるんで、アレを壊せばこっちの勝ちなんだと思います。なので、私たちはこれからそこに向かうことにします』
『……分かったわ、こっちも檻を出て登ることにしましょ。貴方たちだけに任せるわけにはいかないし、援護もいるでしょうからね』
『はい、お願いしま~す。では!』
チャットを切ったオネェさんは、ベースキャンプにいるパーティーのリーダーを集めて今の状況をざっと伝えた。ボスが種を飛ばしてトンズラしようとしているという点については賛否両論だったが、どちらにしても結晶を破しておくべきだという点については意見が一致した。
種を飛ばさないならばその結晶のエネルギーは攻撃に使われるだろうし、種を飛ばす場合はそれを阻止するには結晶の破壊が一番確実だろう。また種を飛ばした後に残ったエネルギーで悪さをしないとも限らない。
「と、いうわけでさっさとこの檻から脱出しちゃいましょう。スリムな子は檻の隙間から出ちゃっていいわ。それ以外は出口をこじ開けるわよ!」
「「「「おーー!!」」」」
いよいよ始まる最終決戦に、鬨の声を上げる冒険者達であった。
ベースキャンプ組が大いに盛り上がっている一方、マーチトイボックスの五人はというと、どちらかというと平常運転に近かった。冷静さを失ってない――という評価も出来なくはないが、彼女たちの場合は単なるマイペースといった方が良さそうだ。
「登るにしても、これを馬鹿正直に木登りするっていうのは、ちょっと気が滅入るわねぇ……」
ベースキャンプを囲む檻の中にいる冒険者達からは見えないのだろうが、現在この島は中心から外周に向けて半分ほどを蔦の檻に囲まれているような状況だ。縦横に伸び互いに絡み合う蔦の様子は、ちょうどこの島の地下に広がる樹木迷路に似ている。雪苺のエイリアスによる偵察で見えた蕾がある幹の天辺は、見たところ五~六十階建ての高層ビルくらいの高さはありそうだった。
確かにこの巨大な立体迷路をえっちらおっちら登って頂上を目指すというのは、絵梨でなくとも遠慮したいところであろう。
「そうだ! 浮力制御をかけた弥生なら、ブーストチャージで頂上まで飛べるんじゃね?」
「あら悠司、それは名案ね(ニヤリ★)
「ふむ。それで済むのなら、確かに楽ではあるが……」
「も~、そのネタはもういいから……」
悠司の提案に絵梨と聡一郎が便乗するのを聞いて、弥生がガックリと項垂れながら力のないツッコミを入れる。急いでどこかへ移動しなければならない時、ほぼお約束のように毎回このネタを振るのはそろそろ止めて欲しいところである。
「ふふっ。まあ……現実問題として今回は、射線が取れませんのでその案は実行できませんね。もちろん、距離的に遠すぎるというのもありますけれど」
「そういうことなら仕方ないわねぇ。……でも、じゃあどうするの?」
「なに、そう難しいことでもあるまい。まずはこの檻の外に出てしまえば、後は普通の坂道と変わらんだろう」
「や、だからどうやって檻の外に出るかなんだけど……」
「それこそ浮力制御をかけた上で、ハイジャンプとエアリアルステップを駆使すれば余裕だろう」
確信を込めた聡一郎の言葉を聞き、なんとなく一同が蔦でできた檻を見上げた。
「あ~、確かに何とかなりそうか」
「ええ、大丈夫そうですね。絵梨さんは、無理そうでしたら凍華の背中に乗って下さい。浮力制御をかけておけば、空歩のMP消費もある程度抑えられると思いますので」
「あれ? 私はどうすればいいの、かな?」
「弥生さんはもちろん、私が運びますのでご安心ください(ニッコリ☆)」
「ひあっ!」
現実問題として、弥生と絵梨に関してはエアリアルステップのレベルが低く、浮力制御を使っていたとしてもクールタイムの問題で檻の外までは到達できない可能性が高い。なお二人の名誉のために断っておくと、単純に真上にジャンプするような使い方は二人ともちゃんとできるので、今回に関しては技術の問題ではない。また、凍華に二人乗りをするというプランは、かなり窮屈そうだし、何より空歩のMP消費量が上がってしまうので、できれば避けるべきだ。
それら諸々を考慮すると、清歌が弥生を抱っこしていくのが、一番無難なのである。一応、別の組み合わせもあるにはあるのだが――
「どうしたの、弥生。顔真っ赤よ(ニヤリ★)」
「そ、そそ……、そんなこと、ないよ! ……たぶん」
「ふふっ。……あの、絵梨さん。聡一郎さんに絵梨さんを運んで頂くという方法もあるのですけれど……どうされますか?(ヒソヒソ)」
「~~~~~!!」
「(今がチャーンス!)どうしたの、絵梨。顔真っ赤だよぉ~(ニヤリ★)」
「くっ……。い、いいのよ、私は。その……、今はまだ、ね」
――というわけで、もう一つの組み合わせは却下されたのである。
どうでもいい余談だが、こういう女子の内緒話が始まると、男性陣二人は速やかに、かつさり気なく距離を取り、話の内容を極力耳に入れないようにする。これまでの付き合いで身に付けたある種の技術ではあるが、果たして二人が望んで得たものなのかは永遠の謎である。
さておき、方針が決まれば話は早い。全員に浮力制御をかけ、絵梨が凍華の背に跨り、準備は完了だ。
「え~っと、じゃあとにかくまずは、檻の外を目指すってことで。清歌、悪いけどお願いね」
「はい、お任せください。では、失礼しますね……」
清歌が弥生の背中と膝の裏に腕を回し、ふわりと抱き上げた。<ミリオンワールド>ではしばしば清歌にお姫様抱っこされている弥生ではあるが、これについても何度経験しても慣れそうにない。清歌の顔がすぐ傍にあって、恥ずかしいやら嬉しいやらで胸のドキドキが止まらなくなってしまう。――ついでにそれを見ている幼馴染たちのニヨニヨも止まらないようだ。
「ううっ……、なんかリーダーなのに情けない……けど。みんな、出発するよ~!」
「はい、参りましょう」「オッケー、リーダー」「応!」「ええ。凍華、よろしくね」「ガウッ!」
弥生をお姫様抱っこした清歌が真っ先にハイジャンプで高く跳び上がり、悠司と聡一郎がその後に続く。そして最後に絵梨を乗せた凍華が、ジグザクに宙を駆け登っていった。
こうしてマーチトイボックスの五人は、島を覆う檻と化したミッスルゴーレム最終形態(推定)の討伐へと向かったのであった。