表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
109/177

#8―11




 明後日に体育祭を控え、土曜日は最後の全体練習リハーサルに当てられ、通常の授業は無かった。勉強をするよりはマシと思う生徒がいる一方、競技個別の練習はしているのだから、別にリハーサルなんぞやらなくてもいいじゃないかという生徒もいるのは、いずこも同じであろう。


 ただそれは競技に参加するだけの一般生徒の言い分であり、運営側に回る実行委員や生徒会役員などにとって、この全体練習は結構重要だ。大きなイベントをスムーズに進行するには、机上のシミュレーションだけでは不十分で、実際に人と物を動かしながらの確認が不可欠なのである。


 百櫻坂高校はイベントの量だけでなく質も高いとこの地域では評判であり、しかも文化祭と並ぶG(ワン)イベントの花形である体育祭。観戦に来る父兄などの前で、進行がグダグダになるなどという無様を晒すわけには絶対にいかない。ゆえにリハーサルは入念に行われるのである。


 そんな主に裏方側が妙に真剣な全体練習を終え、清歌たち五人は学食にやって来ていた。今日の昼食はワールドエントランスのフードコートに行こうかと思っていたのだが、思ったよりもお腹が空いてしまい、全会一致でこれ以上歩く前に昼食をとろうということになったのである。全体練習は手順の確認作業が主目的で、競技そのものは殆ど飛ばしていたのだが、なんだかんだで結構動いたのだ。


 本日のメニューは、弥生がオムライス、絵梨がサンドイッチ、清歌と聡一郎が生姜焼き定食、悠司が日替わりランチのピリ辛チキン南蛮定食である。


 ちなみに学食の定食系メニューは基本的にボリュームがあり、食券を買う時に小盛りを選択ことも出来るのだが、清歌は普通のままで注文している。彼女が見た目に寄らず健啖家なのを知らない生徒が数人、すれ違いざまに思わず二度見していて、弥生たちは「さもありなん」と頷いていた。


「それにしても、高校の体育祭は中学までとは大分雰囲気が違いますね。……あ、もしかすると、共学校と女子校の違いなのでしょうか……?」


「もぎゅもぎゅ……。あ、そっか。清歌は中学までは女子校だったんだもんね」


 清歌の疑問を聞いて、幸せそうにオムライスを頬張っていた弥生が手を止める。この学食のオムライスは、ふわとろ卵をチキンライスの上に乗せてデミグラスソースをかけた、所謂洋食屋さん風のもので、量的には定食系よりも控えめながら割と人気のあるメニューだ。ちなみに童顔の弥生がスプーンでオムライスを頬張っている姿はとても可愛らしく、周囲の者を妙にほっこりさせているのだが――弥生だけがその事実を知らない。


「女子校ってか、お嬢様学校との違いってのもあるんじゃないか。しかもこの学校の体育祭は、ちょっとアタマがおかしいかなら~」


「ふむ、お嬢様学校とおかしな共学校か。さぞや大きなギャップがあるのだろうな」


「おかしな共学校って、ソーイチあなたねぇ……。その言い方だと私たちまで一括りになっちゃうわ。今回の場合、アタマがおかしいのは体育祭実行委員の連中だけでしょ」


 実のところ百櫻坂高校の志望動機に、その(アタマのおかしな)イベントが数多く催されるというところが挙げられることが少なくないので、おかしな学校という聡一郎の物言いは、あながち的外れとも言い切れない――かもしれない。


 それはさておき、弥生にとっては清歌の母校である清藍女学園中等部の体育祭というのは、全くの他人事ではない。ちょうどいい機会なので、清歌の中学時代の体育祭がどういったものだったのかを尋ねてみた。


「そうですね……、比較の対象を知りませんので何とも言えないところはありますけれど、やはり女子校ですから大人しめなのだと思います」


 基本的に男子のみで行う比較的荒っぽい競技の類は無いし、声援も女子の声だけ。応援合戦などのショー的なものも、迫力があるというよりは華やかといった方がいいものだ。百櫻坂高校のように「なんじゃその競技は!?」という、変なサプライズも無い、ごく普通の由緒正しい体育祭といった感じである。


「ふ~ん、男子向けの競技がないところを除けば、私らの中学とあんまり変わらないね。……お嬢様学校特有の何かってなかったの?」


「清藍特有かどうかは分かりませんけれど、演武……と言いますか、発表会のようなものがありましたね」


「演武?」


「はい。体育祭の競技とは直接関係のない部活動……、例えば弓道部や薙刀部などですね。それらの型や試技を披露する時間がありました」


「なるほどねぇ。試合以外だとあんまり活躍の機会がなさそうな部活よね、その辺は」


 球技部や体操部は普段の体育で、陸上ならば体育祭で、それぞれ活躍する機会もあろうというものだが、武道系の部活動というのはなかなかそういう機会に恵まれない。折角父兄も観に来る体育祭なのだから、そういった部活動にもスポットライトを当てようということなのだろう。なおダンス部などは、体育祭ではなく文化祭の方で発表の場があった。


「ほほー、見に来る父兄を意識している辺り、やっぱりお嬢様学校なんだろうなぁ。……清歌さん的には、ココの体育祭で何が一番面白いと思った?」


 悠司の問いに、清歌はクスリと笑いながら「趣向を凝らした競技については別として」と断った上で、今日の全体練習で驚いたことについて語った。


「競技の準備や撤収にかかる間を持たせるためなのでしょうけれど、部活のパフォーマンスが挟まれるのには驚きましたね」


「ああ、あれは面白いよね~。なんていうか、空気がダレないようにイロイロ工夫してるんだな~って思った」


「うむ。恐らくプロスポーツのハーフタイムなどで挟まれるパフォーマンスを参考にしたのだろうな」


「高校のっていうより百櫻坂特有なんだと思うけど、観客に見せることを結構意識している感じよね。ま、体育祭って割と退屈な時間があるから、ほとんど見てるだけの私にとっては有難いんだけど」


 基本的に体育祭という行事に熱意が湧かない絵梨が、運営側で頑張っている者に聞かれればジト目で睨まれそうな感想を言う。その運営側が身内に居る悠司が、ちょっとした裏事情を披露した。


「姉さんから聞いた話じゃ、演奏の方は文化祭のステージ抽選にあぶれた弱小音楽部が中心になってやってるんだと」


「なるほどねぇ。弱小部にも発表の機会を、ってわけね」


 この有志連合のパフォーマンスは、音楽系部活動の演奏と、それに合わせてダンスをするメンバーで構成されている。あくまでも競技の方が優先なので、必ずしも毎回同じメンバーで行うわけではないので、結構クオリティーにバラつきが出てしまうのは致し方ないところであろう。


「あれ? でも弱小音楽部は月末のハロウィンパーティーで発表の場があるんじゃなかったっけ?」


「まあそうなんだが……。ハロウィンの方は基本学内の小規模なイベントだからな。百櫻坂の部活って、割とG(ワン)イベントに出ることにこだわりがあるんだと」


 悠司の台詞に最後のサンドイッチを咀嚼している絵梨が、びみょ~に胡散臭げな表情を向ける。体育祭でパフォーマンスを披露と言えば聞こえはいいが、要は空き時間の繋ぎに過ぎないわけで、果たしてそれが重要なのだろうか?


 その疑問は絵梨だけのものではなく、清歌と弥生はやや首を傾げ、聡一郎も箸の手を止めで片眉を上げている。


「や、言いたいことは俺にも分かるんだがな……。まあ、部活に入ってない俺らにゃ分からん、こだわりやらプライドやらがあるんじゃないか?」


「私らは体育祭で演奏したけど、そっちは何もしてなかったわねぇ(ニヤリ★)。……みたいな?」


「言い方はちょいと気になるんだが、まあそんなところだな」


 男性陣と同じボリュームの定食をほぼ同じ速さで、しかしどこか上品に食べていた清歌が、絵梨の物言いに笑みを漏らす。


「ふふっ……、もしかすると来年度の部費に関わっているのではありませんか? だとしたら、かなり切実な話でしょうね(ニッコリ☆)」


 唐突に清歌から飛び出した世知辛いカネの話に、四人が揃って目を見開いた。しかし考えてみれば、部費と言うのは前年の活動実績に応じて割り振られるものなのだから、弱小部活動は少しでも多く発表の場が欲しいというのは当然のことだ。ついでにいうと今回の場合は体育祭の運営に有志で協力するのだから、やらないよりもやったほうが心証は良いだろう。


「ありそうな話ねぇ……。っていうか、そういう動機でもなければ有志なんて集まらないわよね」


「う~む、全く集まらないということは無いだろうが……。まあ主役としてステージに上がれるわけではないからな」


「部費が絡んでるんでも無きゃ、どうでもいいってなるわな」


「そうかな~、普通に皆の前で演奏したいって思う人も結構いると思うけど……。それにしてもよく気づいたね、清歌」


 普段はお嬢様らしく金の話など全くしないにもかかわらず、こういうところに気が付いたというのは、やはり清歌が副会長職に就いていたからなのだろう。


「実は中学の時、部費の割り当て会議で先ほどの絵梨さんの台詞とほぼ同じ内容のことを言っていた部長さんがいたものですから、もしや……と。ちなみにその時は、ちょっと会議が紛糾してしまいました」


「「「あ~……」」」「……な、なによぅ」


 別に絵梨自身が予算会議で他所の部活にチクリと口撃をしたわけではないのだが、友人たちからジトッとした視線を向けられてしまい、誤魔化すように紙パックジュースのストローに口を付ける絵梨なのであった。







 いよいよ最終日を迎えた収穫祭イベント。五人がベースキャンプへと降り立つと、四方八方から戦闘の音が鳴り響いてきた。ベースキャンプ周辺は普段魔物が寄りつくことは無く、周辺の森にしても弱い魔物しか現れないので、ここまで激しい音が聞こえてくることは普通では考えられない。


 周囲を見渡してすぐに状況は理解できた。ベースキャンプは現在、小型のミッスルゴーレムにより襲撃を受けていたのである。小型ミッスルゴーレムは前回ドリルから変化したものよりも一回り小さく、体形は第一形態と同じだ。それらがベースキャンプを包囲していたのである。


「オイオイ、いきなりクライマックスかよ!?」


 ログインしたらすでにボス戦が始まっていたという状況に、悠司が思わずツッコミを入れる。


 もっとも小型ミッスルゴーレムは一体につき一つのパーティーで十分対処できるようで、今のところベースキャンプ内への侵入は許していない。比較的レベルの低いプレイヤーが中心のパーティーが少々苦戦しているかも――という程度なので、クライマックスと言うにはほど遠い状況である。


「前回のラストで方々に散っていったから、この展開は予測の範囲内だけど……」


「ともかく、話している場合ではないだろう。早く俺たちも参戦しよう」


 早速加勢するべきと前のめりの聡一郎を弥生が引き留めた。


「ちょ~っと待って! 状況が分からないから、まずはリーダーに確認を取るよ」


「……そうですね、もしかしたら小ベースキャンプの方も襲撃されているかもしれませんから」


「いえ~す。戦力不足のところがあれば、そこに行った方がいいからね~」


 弥生は必要な情報を仕入れるべくオネェさんにチャットを飛ばした。恐らくオネェさんも戦闘中と思われるが、程なくして繋がる。


『こんにちは~、取り込み中のところすみません。今ってどういう状ky――』


『トイボックスさん! アナタたちはもう戦闘に参加しちゃってる!?』


 挨拶をすっ飛ばしてオネェさんが被せるように尋ねてきたので、弥生は目をパチクリとさせた。包囲はされていても個別の戦闘ではピンチに陥っている様子はなく、焦る必要はなさそうだが。


『へ? いえ、私たちはログインしたばっかりです。それで状況を確認しなきゃと思って連絡したんですけど……』


『ふぅ~、それは良かったわぁ。なんかおかしいのよ、こいつら。……取り敢えず、今の時点で分かってることを伝えておくわね』




 ――遡る事、一時間ほど前。


 最後にもうひと頑張り、コインを稼ぐために作物の収穫に出ていたオネェさんは、ゴゴゴという音と地面の揺れを感じた時、さほど驚きはしなかった。ミッスルゴーレム=レイドボスの出現も、四度目ともなれば慣れたものである。――予想していたよりも出現が早すぎるという気はしたが、出てきた以上対処するだけとすぐに流した。


 前回は最後に散らばってしまったために、今回の出現ポイントは予測できない。少なくとも見える範囲内にはいないので、情報収集とチームの指揮をするために、パーティーを組んでいたギルドメンバーらとともにベースキャンプへと帰還した。


 ベースキャンプは小型のミッスルゴーレムに周囲を取り囲まれ、既に騒然としていた。同時に小ベースキャンプにいるメンバーからも連絡が入り、合計五か所のベースキャンプ全てが同じ状況であることが分かる。


 プレイヤー達は五~六人のパーティーを結成し、オネェさんの采配で各ベースキャンプへと飛んで小型ミッスルゴーレムとの戦いを始めた。


 小型ミッスルゴーレムは防御力が高く、かつ自動回復の量が大きいためになかなか斃すことができなかったが、動きは鈍くて攻撃を読みやすかった為に、比較的低レベルのパーティーでも対処は十分に可能な相手だった。


 粘るだけで斃せないのでは意味はないが、オネェさんには勝算があった。このまま持久戦を続けていれば、今はいないチームメンバーもいずれログインして来て、こちらの戦力はアップするのだ。現状、彼我ひがの戦力は完全に拮抗しているので、今後はこちらが有利になっていくことだろう。


 何より、一つのパーティーとしてはチーム最強であるトイボックスの五人が、今日はまだ来ていない。彼女たちが来るだけでも戦局は大きく動くはずである。


 ――そう開戦直後は考えていたのだが、新たにログインしてきたパーティーが四組ほど参戦したところで、その予測が誤りだったことに気付いた。というのも、パーティーが新たに参戦すると、その分だけミッスルゴーレムの個体数が増えたのである。


 奇妙なことに、戦闘中のパーティーが戦線を離脱し、交代する形で新たなパーティーが参戦した場合、ミッスルゴーレムの個体数が増えることはなった。奇妙ではあるがこれを利用して休憩することが可能になったのは有難かった。HPやMPといった数値的には戦闘が継続可能だとしても、精神的な疲労が蓄積すればミスすることも増え、ピンチに陥ることもあるのだ。




『なるほど……、なんだか妙な感じですね』


『相手が持久戦を仕掛けてきている以上、こっちも付き合うしかないんだけど……』


『ですね。……ところであのミニマッチョを斃したらどうなるんですか?』


『すぐにおかわりが出現するわ。一応全体のHPもちょっとは削れるんだけど……、それでケリをつけるのは正直言って難しそうね』


『そうですか……。あ、それで私たちはどうしますか? 交代のローテーションに入ります?』


『それがローテーションも組み上がっちゃってるから、今のところは待機ってことでお願いできる? 暇かもしれないけど、このまま持久戦を続けて終わりってことは無いと思うから……ね』


 オネェさんは口にはしなかったが、最高レベルパーティーである弥生たちをいざという時のために無傷のままで温存しておきたいという意図があるのは明白だ。イベント最終日だと意気込んでログインした直後に待機を命じられるというのも肩透かし感がハンパないが、チームリーダーとしてのオネェさんの判断は理解できるものだったので、弥生は素直に従うことにした。


『了解です。じゃあ取り敢えず私たちはベースキャンプで待機してますね』


『ありがとう、よろしくね。あ、何か気づいたことがあったら連絡して頂戴』


『は~い』


 チャットを終了した弥生は、小さく息を吐いた。どうやら最後のレイドボス戦は、単純な力押しでは片が付きそうにないようだ。


「弥生。俺たちはどうすることになったのだ?」


「結論を先に言っちゃうと、今回も私らは予備戦力として待機ってことになったよ」


「どういうこと? ベースキャンプが襲撃されてるんだから、私らも参戦してさっさと追い払った方がいいんじゃない?」


「う~ん、どうもそう簡単な話じゃないみたい。オネェさんから聞いた話だと――」


 弥生はオネェさんから仕入れた情報を、そのまま過不足なく伝えた。こういう場合、予断を与えないようにまずは事実のみを伝えることが重要だ。自分の感じた印象や予想などを語るのは、皆と相談する時でいい。


 チームが置かれている状況を聞き、清歌は僅かに眉根を寄せ、絵梨はモノクルに指を当て、悠司は顎に手を当てて首を捻り、聡一郎は腕を組んで片眉を上げた。それぞれポーズは違っているが、四人とも何か奇妙に思っているようだ。


「えーっと……、つまりこういうことか? ミニマッチョは数を増やせるが飽和攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、こっちの戦力に合わせた数でベースキャンプを包囲しているだけ……ってことなのか?」


「持久戦っていうか、消耗戦を仕掛けてきているっていうことは分かるけど……。その目的は何なのかしら?」


「それが良く分かんないから、オネェさんも無傷の戦力を温存しておきたいって思ったんだろうね」


 今日はイベント最終日なので、このレイドボス戦も時間制限があると言える。その状況下で持久戦を仕掛けてきているのだから、タイムオーバーを狙ってきているのでは、という予測は一応立てられるのだが、その作戦はちょっと――否、かなり厭らしい。とにかくプレイヤーを勝たせないために、ボスが逃げ切り戦術を取ってくるというのはゲームとしていかがなものかと、開発陣を厳しく追及したいところだ。


 もっとも折角のイベントをそんな後味の悪い結末にするとも思えないので、この予測はひとまず否定していいだろう。プレイヤーがやる気をなくしてしまうようなイベントなど、わざわざ手間暇かけて企画する意味はないのだ。


 と、その時、仲間をかばって小型ミッスルゴーレムのパンチをまともに食らった重装備の壁役が、三メートルほど吹っ飛ばされて大の字になってノビてしまった。


「ジョニーーーッ!」「「「またジョニーかよ!?」」」


 幸い彼のHPはまだ残っており気絶状態になっているだけだったが、壁役であり前衛攻撃役でもある者が欠けてしまい、パーティーの戦力が著しくダウンしていた。長時間闘っていて集中力も落ちてきていたこともあり、この機会に別パーティーとチェンジすることとなる。


 交代したパーティーの戦いぶりを見ていた清歌と聡一郎が、訝しげな表情になる。


「清歌嬢、どう思う?」「聡一郎さん、どう思いますか?」


 まるで示し合わせたかのように全く同じタイミングで問いかけた二人は、互いに同じことを考えていたことを理解し、何やら不敵な笑みを浮かべた。


「ちょっとソーイチも清歌も、何か分かったことがあるなら私らにも説明して頂戴な」


 若干不機嫌さをにじませた絵梨の言葉に、聡一郎が一瞬ギクリとして顔から笑みが消えた。清歌はその変化に「ちょっと失敗したかな」と内心で舌を出しつつ、表面的には普段と変わらない感じで説明を始めた。


「あのミッスルゴーレムの戦闘を見た限りなので断言はできませんけれど、パーティーが交代する前後で、ミッスルゴーレムの強さが変化しているように見受けられます」


「うむ。具体的には交代した後の方が弱くなっている。恐らく相対したパーティーと互角になるように調整しているのだろう」


「んん? それって何の意味があるんだ? 戦闘を膠着状態に持ち込みたい……のか?」


「やっぱり時間稼ぎをしてるとしか思えないわねぇ。かといって時間切れまでこのまま粘るとも思えないんだけど……」


「うぇ~……、折角のイベント最終日なのにベースキャンプに閉じ込められたままなんて、私はヤダなぁ~」


 げっそりとした表情で素直な感想を言う弥生に、四人は乾いた笑いで応えた。


「ハハハ……。確かにこのままベースキャンプで籠城っつーのは、なんとも盛り上がりに欠ける…………ん? そうだよな……、考えてみれば今俺たちっていうか、チームの全員がベースキャンプに封じ込められてるってことだよな?」


「そね。……あっ! もしかして奴らの狙いはベースキャンプじゃなくて、実は外の方にあるってこと?」


「そう。こっちは前回倉庫を襲われてるから、どうしたってベースキャンプを守ろうって心理が働くから……」


「つまり、この包囲はプレイヤーを封じ込めるための陽動……ってこと?」


 閉じ込められているというキーワードから、時間稼ぎの別の可能性について、絵梨と悠司が仮説を組み立てていく。イベントの時間切れ待ち作戦説よりも、こちらの方が遥かに説得力がある。


「しかし封じ込めを狙うならば、もっと大量のミッスルゴーレムでベースキャンプを囲めばよいのではないか? それにわざわざ強さを変える必要もないと思うのだが……」


「あ~、それは多分節約してるんじゃないかな?」


「「「「節約?」」」」


 複数の小型ミッスルゴーレムに囲まれているから勘違いしそうになるが、基本的にこれらは一体のレイドボスなのである。数を増やせば増やすほど、また強くすればするほど、何某かのエネルギーを消費するはずだ。ミッスルパペットの駆除によってエネルギー不足に陥っているであろうことを鑑みれば、なるべく消費を抑えようとするのはむしろ自然なことと言えよう。


「纏めると……だ。奴は必要最小限のエネルギー消費でプレイヤーをベースキャンプに封じ込めて、真の目的から眼を逸らしてるってことか。問題はコソコソと一体ナニやってんのかってことなんだが……」


「そりゃ、決まってるでしょ?」


「……だよなぁ」「そーねぇ」「ボスですからね」「うむ。自明だな」


 そう、奴はこのイベントのボスなのだ。当然、最終決戦に向けてエネルギーをかき集めているのだろう。




 オネェさんはギルドメンバーと組んだ四人パーティーで戦いつつ、ベースキャンプ周辺で戦っているパーティーと待機しているパーティーに交代の指示を出すという、なかなかに大変なことを的確にこなしていた。


 ちなみに四か所の小ベースキャンプには、交代の指示を出す役割の者が戦闘要員とは別にいる。このことからもオネェさんは指揮官として非凡な能力を持っていると言えよう。ほぼ成り行きでチームリーダーに就任したが、適材適所だったのである。


 自分の仕事をキッチリとこなしているオネェさんであったが、全く変化しない状況に内心では焦り始めていた。リーダーの動揺はチーム全体に影響しかねないので、努めていつも通りを心掛けてはいるが、それもいつまでもつか分からない感じである。


 ボス戦が始まった当初、これはベースキャンプの防衛戦だろうと考えて、戦力を均等に割り振った。その後、敵が妙な動きをすることに気付き、持久戦に対応するためにローテーションで休息を取るようにした。――ここまでの判断に、大きな間違いは無かったと思っている。


 しかし、かれこれ一時間以上も変化が起きないというのは正直予想外だ。向こうがアクションを起こさないというのならば、こちらから何か仕掛けるべきかもしれない。――と、そう思うのだが、安定した膠着状態が出来上がってしまっているので、ここから何か事を起こすというのは存外難しい。


 無傷の予備戦力として温存していたパーティーを投入するタイミングは、まさに今なのかもしれない。オネェさんがそう考えていたところに、弥生から再びチャットが飛んできた。


『はいは~い。今度は何かしら?』


『戦闘中のところすみません。実はこの状況について、私たちで考えた仮説があるんですけど……』


『ホント!? アナタたちは何か分かったの?』


『分かったというか、今のところあくまでも仮説です。なので、その裏付けのためにちょっと偵察に出たいと思うので、リーダーの許可を取っておこうかと思ったんですけど……どうですか?』


 弥生からの提案について、オネェさんは数秒だけ考えて決断を下した。ちょうど今の状況を打破するために、彼女たちに出てきてもらおうかと検討していたのた。このイベント中に彼女たちは驚くべき冴え(・・)を見せているので、その仮説とやらに賭けてみるのも一興であろう。


『オーケー、アナタたちは思う通りに動いてくれちゃっていいわよ。……それはいいけど、どうやって偵察に出るつもりなの? ベースキャンプは全部包囲されちゃってるわよ?』


『あ、それについては多分大丈夫です。ちゃんと作戦があるので』


『そう? じゃあ、その仮説が証明出来たら連絡を頂戴ね!』


『りょーかいです! では~』


 少なくともその仮説とやらの証明が出来るまでは、この籠城戦を続けなければいけないらしい。オネェさんは人知れず気合を入れ直した。







 リーダーの許可を得たマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)は、早速ベースキャンプからの脱出、或いはミッスルゴーレムの包囲網突破作戦の実行に取り掛かった。


 とは言ってもそう複雑な作戦では無く、ミッスルゴーレムごと森を飛び越えてしまうだけのことだ。ただ空飛ぶ毛布の定員は四名なので往復するか、誰か一人が別の手段で突破する必要がある。


 仮説について話した時、ちょっと被せ気味に食いついてきたところから察するに、オネェさんは――というか戦闘中のメンバーは――焦りや不安を感じ始めているようだ。従って往復で時間をかけるのは得策ではない。そんなわけで――


「では、参りましょうか」


「う~ん……、ねえ清歌。やっぱりこれってちょっと……」


 大きく広げた空飛ぶ毛布の上には清歌を除く四人が乗り、清歌はその隣に雪苺を従えて立っている。飛夏の主人である清歌を差し置いて毛布の上に座っている弥生たちは、何やら居心地が悪そうである。


「弥生さん、今はこれが最善ですから、どうぞお気になさらずに」


「……問答をしてる余裕は無い……よね。うん、分かった。よろしくね、清歌」


「はい(ニッコリ☆)。では、行きますよ、ヒナ。ユキ、浮力制御」


 清歌の呼びかけに答え、飛夏が一声鳴き、雪苺が白い毛をふるりと震わせた。


 森の上を飛び越えるには、浮力制御をかけた上でエアリアルステップを使い熟す必要があり、現状それが出来るのは清歌だけだ。浮力制御中にエアリアルステップで水平に跳ぶなどという離れ業は、誰にでもできるものではないのである。


 四人を乗せた空飛ぶ毛布が十分に森を越えられるだけの高さまで上昇し、空を滑り始める。それを追うように清歌が大きく跳び上がり宙を蹴る。


「相変わらず、見事なものだな」


 上着をはためかせ、文字通り空を駆けている清歌の姿を見つめる聡一郎が、感嘆の声を上げる。


「全くねぇ……。ソーイチにはああいうことはできないのかしら?」


「普通に階段を駆け上るような使い方は出来るが、あのようには無理だな」


「へぇ~、聡一郎のバランス感覚があっても無理なのか~」


「バランス感覚……というより、自分がどんな態勢になってもそれを客観的に把握する能力というか感覚がないと、エアリアルステップの足場を正確に出せないのだ。ちなみに、そいういう使い方に関しては、俺よりも悠司の方がよっぽど上手い」


 基本的に聡一郎のバランス感覚は、地に足を付けて闘うことを前提として鍛えられたもので、バランスを崩したら反射的に元に戻そうとしてしまうのだ。不自然な姿勢のまま足場を蹴るということが、感覚的にしっくりこないのである。


「ええ~~、悠司がぁ~~?」


「失敬な! ……っつってもまあ、清歌さんほど鮮やかにできるわけじゃないがな。子供の頃に体操を齧ってたから、その……姿勢を正しく把握する能力? とやらがちょっとはあるのかもな」


「そういえば体操教室に通ってたことあるよね。……あっ、今でもバク転とかできる?」


「どうだろう……? 一度身に付いた感覚は忘れないって言うけど、あの頃と今とじゃ体格がまるで違うからな……」


 何やら話が脱線しつつあるところに清歌からのチャットが届く。


『みなさ~ん。私だけ仲間外れで盛り上がるのは酷いです……』


『ごめ~ん、清歌。……後でお詫びに悠司がバク転を披露してくれるって』


『あら、それは楽しみですね』


『おまっ! 俺を生贄に捧げるな。っつーか、もうできるかどうか分からないって話をしてたはずなんだが?』


『ナニ言ってんの、ユージ。だから披露して失敗するところまでが、一連の流れなんじゃないの』


『なん……だと……』


『まあ、VRだから失敗したところで怪我の心配もないし構わんだろう。それよりも、そろそろ森が終わるぞ』


 聡一郎が割と酷い物言いでバッサリ切り捨てて、全員の意識を本来の目的へと引き戻した。


 ベースキャンプを囲む森の境界線を越え、草原へと出たところで空飛ぶ毛布が一旦停止する。少し遅れてきた清歌もエアリアルステップで勢いを完全に殺すと、その場に留まる――ことは無理なので、ゆっくりと降下している。


「これは……、仮説は正しかったってことでいいのかな?」


「恐らく、そうなのでしょうね……」


「そういや、倉庫を襲いに来てたんだったよな。あれって……」


「作物を強奪しに来てたのね。考えてみれば当たり前の話よね」


「しかし、この光景はなんというか……酷いな」


 草原には畑があり、これまでそこではタマネギやジャガイモなどの様々な作物が、コミカルなアクションを披露してくれていた。しかし今は、そんな賑やかさなど欠片も無く、静寂に包まれている。なぜならば、全ての作物が干乾びた無残な姿で転がっていたのだ。


 そしてその静まり返った畑の中央には、ミッスルパペットの頭に花のようなものをくっ付けた何かが、基本ポーズを取っているのであった。




ここで小ネタを一つ。

新島丈士にいじまじょうじ、通称ジョニー。

実働テストからのプレイヤーで、タンク兼アタッカーの重戦士。物語中では派手に吹っ飛ばされているが、実は全体から見ると結構強い方。

ニックネームをジョージではなくジョニーにしたのは、将来強くなったら深紅の鎧を身に纏って、「お前は、まさかシャ〇!?」「いいや、俺はジョニーさ!」とやりたいとかなんとか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ