#8―09
収穫祭イベントの四日目は、マーチトイボックスだけでなく、チームの主だったギルドがミッスルパペットの探索と討伐――性質から考えると駆除と言う方が正しいかもしれない――に当たった。
弥生の予想通り地下への入り口は他にも多数あり、それら全てが岩などで隠されていた。一見すると普通だが、何か怪しいものは無いかと思って探せばちゃんと見つけられるという絶妙な加減で隠されていて、弥生やオネェさんからの呼びかけで探索していたチームメンバーたちは次々と入り口を発見していった。
崖の一部が崩れ落ちて岩で塞がれているというパターンが殆どだったのだが、腰の高さほどの茂みに隠されたマンホール状の縦穴というものもあった。なお、縦穴の先は基本的にはどこにもつながっていない足場で、ミッスルパペットが一匹だけ待ち受けていた。基本的に、というのは、エアリアルステップとフック付きロープなどのアイテムを駆使して、どこかの誰かさんのような無茶をすれば、別のルートに辿り着くことも不可能ではないからである。
ちなみに縦穴を隠している茂みは、よ~く見るとミッスルゴーレムと同じ蔦のような植物で出来ており、仮に異変について気が付いていなかったとしても、注意深い人ならばミッスルゴーレムとの関連に気付けるかもしれない。恐らくこれは異変に気付かせるためのヒントなのだろう――とは、絵梨と悠司の考察である。
マーチトイボックスが潜った地下空間は立体的な迷路になっていて、四日目のログイン時間の全てを使い切ってどうにか踏破できた。後で他のチームメンバーが書き込んだ掲示板の情報を見て、彼女たちが攻略した地下迷路が最大の広さで、ミッスルパペットも最も多かったことが判明した。
地下の迷路を延々と彷徨うというのは気が滅入ってしまいそうなところだが、意外にもハイキング気分で楽しむことができた。そもそも地下といっても便宜上そう呼んでいるだけで、実際のイメージはファンタジー的な巨木の迷路そのものだ。また、目に見えているがちょっと考えなければ取りに行けない採取ポイントがあったり、何故か中に宝石などが入っているうろがあったり、枝の一部が結晶化している採掘ポイントがあったりと、様々な仕掛けが――恐らくプレイヤーを飽きさせないために――用意されていたのである。
ある意味唯一の不満は、出現する魔物がミッスルパペットだけで変わりばえが無いところで、これは初戦で必勝パターンを確立できてしまったことによる弊害だったかもしれない。もっとも、わざわざ地下に潜った目的はまさにソレだったわけなので、そこに不満を感じるのはおかしな話であろう。
そんなこんなで清歌たち五人は、地上のフィールドとはまるで異なる風情がある巨木の立体迷路を隅々まで楽しんだのであった。
そして迎えた収穫祭イベント五日目。予想ではミッスルゴーレム第三形態(仮称)が出現するはずの日である。
マーチトイボックスの五人はボス戦が始まるまでの間、別行動をとっている。弥生と聡一郎の前衛組はオネェさん他との作戦会議、絵梨はポーション類の製作、そして悠司は装備品の修理と、それぞれボス対策に精を出していた。一方清歌はというと、ミッスルパペットを斃したことで島の降下に変化があったかを確かめに、単身島の外縁部へと向かった。
一か所だけではイベント島ではなく浮島の方が動いたという可能性も捨てきれないので、清歌は念の為に以前撮影した場所全てを巡ってからベースキャンプへと帰還した。
「おかえり~、清歌」「お疲れ~」「おか~」「お疲れ様」
「ただいま戻りました。皆さん、お揃いですね」
帰って来た清歌を弥生たち四人が出迎える。どうやら四人の用事はもう済んでいるようだ。
早速清歌は撮影してきた最新の写真を、以前撮影した写真と合わせて表示させた。相変わらず微妙な違いなので、写真を半透明表示にして重ねて確認すると、島の降下は既に止まり、さらに上昇を始めていることが分った。
重ねた写真を見ていた弥生が、胸に手を当ててホゥと吐息を漏らした。
「取り敢えず、私らの予測は正しかったってことで良さそうだね。これで一安心だよ~」
多数のチームメンバーの手を借りて、大規模なミッスルパペット駆除作戦を行ったので、もし何の成果も得られなかったとあってはかなり気まずい思いをすることになっただろう。無論、ミッスルパペットを斃せばコインを多数ゲットできるので全くの無駄足というわけではないが、主目的は島の落下阻止とレイドボス戦への布石なのである。
「フフッ、確かにこれで何の変化も起きてなかったらバツが悪かったでしょうね。あとはマッスルゴーレムがどうなっているか……だけど」
「ま、それは大丈夫だろう。っつーか、どっからどう見ても関連性があるボスに全く影響が無かったら、驚きを通り越して俺は呆れるね」
「ふむ、確かにパペットとゴーレムは共通点が多かったからな。影響はあると見て間違いないだろう」
「それにしても全部の場所を回ってくれたんだね。ありがと~、清歌。大変じゃなかった?」
「どういたしまして。今回は小ベースキャンプへ転移することができたので、それほどでもありませんでした」
初回は地図を埋めたり、作物の分布を調べたりといった別の目的もあったので島全体を巡る意味もあったが、島の様子を確認する為だけに同じ時間をかけるのは流石に面倒だ。もし転移でショートカットできなければ、清歌も一か所の確認で終わらせるか、もう一か所足を伸ばすくらいで引き上げていたことだろう。
「なるほどね。あ、清歌にもポーションの追加を渡しておくわ。……それで作戦会議の方はどうだったの?」
清歌に新たに製作したポーションを手渡しつつ、絵梨が弥生と聡一郎に話を振る。
「まあ、作戦と言っても、奴は姿を変えて来るだろうから、具体的な戦術については出たとこ勝負になってしまうわけだが……」
「そらそうだ。って、じゃあ何の話し合いだったんだ?」
「え~っと、大きく分けて二つかな。今回は再出現ポイントが予想できてるから、最初から待ち伏せしようってことになったの。その部隊配置の話をしたのが一つ。もう一つは、ベースキャンプ襲撃への対策。……っていうか心構え? って感じかな?」
「……うむ。確かにどちらかというと対策というよりは、リスク分散の備えと心構えといったところだろうな」
どう表現するべきか迷った弥生が首を傾げて疑問形で言うと、話し合いに参加していた聡一郎がそれに答えた。
ミッスルゴーレムがベースキャンプへ向かってきているのは間違いない。恐らく倉庫の破壊、もしくは中に貯蔵されている作物の強奪が目的なのではと、会議では推論づけた。
三つある倉庫のうちどれが破壊されるかは見当がつかないので、リスクを分散するために倉庫内の収穫物を均等になるように移動させておくことにしたのだ。小ベースキャンプの倉庫への移送も進めていたが、小ベースの倉庫は本ベースの倉庫よりも小さく、全てを移し替えるのは容量的に不可能であった。
また仮に容量や時間に余裕があったとしても、ベースキャンプの倉庫を空にしてミッスルゴーレムがこちらの予測とは異なる行動を取られてしまっては目も当てられない。
そんなわけで、倉庫の一つを破壊されることくらいは最初から織り込んで、リスクを分散しつつ、開幕からの集中砲火で可能な限りベースキャンプへは向かわせないという作戦を立てたのである。
「無傷のまま終わらせるっていう理想は最初から捨てて、被害を最小限で抑える策を立てたってことね。現実的じゃないの」
「あれだけ大きな敵が襲ってくるのですから、全くの無傷を望むのは無茶というものですからね」
絵梨と清歌は現実的な策に理解を示したが、弥生は何やら目を泳がせている。ゲーマーたるもの、無茶だろうが何だろうが完全達成を狙うのは当たり前――などという考えが、頭の隅っこに居座っているのである。
オンラインゲームだとデータがサーバー上に自動的にセーブされてしまうので、やり直しは基本的に無理なのだが、一般的な――つまりオフラインの――ゲームならば、理想的な結果が出るまでセーブ&ロードを繰り返すというのは割と当たり前の行為なのだ。
そんなゲーマー思考に染まっている自分は、皆と比べてちょっと子供っぽいかもと内心で反省しつつ、弥生はマーチトイボックスに割り当てられた役割について説明を始めた。
「それで私らは、差し当たりベースキャンプ付近で待機して、マッスルゴーレムが出現し次第出撃ってことになったよ」
「俺と絵梨は待ち伏せ部隊に加わらなくていいのか?」
「うん。二人とも火力では魔法使いより落ちるし、むしろこっちでバックアップ要員になって欲しい」
「了解よ。……それにしてもあのマッソーの第三形態は、どんな感じになるのかしらねぇ?」
「う~ん……それはちょっと分からないけど、多分接地面は増やしてくるんじゃないかな?」
恐らく設定的に、ミッスルゴーレムの自動回復量は接地面が増える程向上するはずだ。今回はミッスルパペットを斃しまくったことで弱体化していると思われるので、奴の側からすれば回復量は可能な限り上げておきたいのではないだろうか?
「……では二本足、四本足と来ましたから、次はパンツァーリザードのように六本脚でしょうか?」
「うーん、それじゃあちょっとありきたりね。いっそのこと大幅に増やしてムカデ型になっているとかはどうかしら?」
「……あんま気色悪い想像はしないでくれまいか。っていうか接地面を増やすなら蛇型が一番じゃないのか?」
「(ムカデと蛇では大差ないような気もするが……)ふむ、手足をより太くするという手もあるのではないか? これならば攻撃力も上がるかもしれん」
「う~ん、じゃあ私はね~……、あっ! いっそのこと原点回帰的に樹になっちゃうってのはどうかな? トレント的な?」
「ふふっ、それも意外性があっていいですね」
「なるほど意外性か……、なら……」
ミッスルゴーレムの第三形態の予想をしていたはずが、いつの間にか脇道に逸れてネタ披露大会のようになってしまっている。レイドボス戦も恐らくあと二回で決着をつけることになるはずだ。そろそろ佳境に入ると言っても過言ではない状況のはずなのだが、相変わらずどこか暢気な五人なのであった。
そして三度目のミッスルゴーレムが出現した。前回、前々回と同じく無数の蔦が奔流となり、音を立てて地面から吹き上がる。それらは互いに絡み合いながら、徐々に一つの姿になっていった。
「これは……」「なんていうか、ねぇ……」「……不気味でござるな」
完成したミッスルゴーレム第三形態は、マッチョな体形はそのままに、手足を横に広げて完全に四つん這いの態勢になっていた。手足の長さは調整されて、第二形態の時よりも腕は短く、脚は多少長くなっている。そしてこれまでになかった尻尾が長く伸び、その先はまるで電源ケーブルのように地面に突き刺さっていた。
人型だったものを無理矢理獣の姿に変えたような、不自然で奇妙な姿だった。
しかし不自然な姿であっても、ただそれだけではほぼ全てのプレイヤー達が気味悪がることは無いだろう。今回のミッスルゴーレムは、以前の二回とは異なる外見的特徴があったのである。
きつく絡み合って全身を形作っていた蔦は、あちこちがほどけていて、方々に散らばっているのだ。しかもばらけた蔦が何かを求めるかのようにうねうねと、名状しがたい感じで蠢いているのである。また今回新たに作られた部位である尻尾も脈打つように動いており、こちらもまた不気味であった。
これまでのミッスルゴーレムは形状だけを見ればその名の通り、動く巨人像と言ってもいいモノだったのだが、今回はそうではない。部分的に妙に生々しく、また寄生生物っぽい雰囲気を醸し出していた。
「……掲示板の情報だと、アレって確か寄生木が元ネタなんじゃないかって話だったよね?」
「う……、うん、確かそうだったよ。寄生植物なんでしょ?」
「や、いくら寄生植物ったって、ウネウネ動いて宿主に取りついたりはしねーだろ!?」
「アレは蔦って言うより、むしろ……」
「「「「触手……だな(だよね)」」」」
マッチョな巨人は――体形に突っ込み所はあるものの――堂々とした力強さがあり、畏怖にも似た恐ろしさを感じるボスだった。しかし今回はある種の恐怖を感じるという点では同じだが、どちらかというと生理的な嫌悪感からあまり近寄りたくない、といった種類のものだ。
特に近接戦闘組、中でも注意を引き付けなければいけないタンク系プレイヤーにとっては、見た目が気味悪いという以上の切実な問題である。
「なあ、あの触手さ……島のエネルギーを吸い取るんだよな?」
「そのハズだぜ。……ってか、その先は想像したくないんだが?」
「いや、考えとかなきゃアカンだろう、逃避はヤメロって。あの触手、俺らからも吸い取ったりするのかね? HPとかMPとか……」
「ついでに気力とか、ヤル気とかも……」
相手のHPやMPを吸い取って自分のものとする、いわゆるドレイン攻撃というものは、RPGでは敵味方問わず割とよく見かける技だ。そういう意味では寄生植物を元ネタにしているミッスルゴーレムが、ドレイン攻撃を仕掛けてくるというのはそう突飛なことでもないだろう。
ただ、あのウネウネとした触手――のように見える蔦に巻き付かれたり刺されたりして、ドクンドクンと脈打ちながら自分から何かが吸い取られたりしたら、軽くトラウマものである。気力やヤル気まで吸い取られそうというのは、あながち冗談とも言い切れないところがある。
いずれにせよ、このイベントをいい形で終わらせるためには、どんな気色悪い形態になろうとボスは斃すしかない。チームリーダーたるオネェさんは気合を入れ直すと、まずは手筈通り伏せておいた魔法使い部隊に一斉攻撃の指示を出した。
「攻撃はいいけど狙いはどこにするの? 手? 足? それともアン○リカルケーブル?」
「ちょっ! 余計なこと言うのはやめなさいよ~。尻尾って言いなさい、尻尾って」
「そうニャ。変なことを言ってフラグを立てて、攻撃が全く徹らないニャンちゃらフィールドとか展開されたら、お手上げなのニャ」
「……お主のその台詞もまた、フラグというものなのではござらんか?」
「ニャ~んの、こっとっかニャ~♪」
「アナタたちはも~……、まあ、いいわ。それじゃあまずは尻尾に集中砲火しましょうか。どう見てもアレがエネルギー吸収の要でしょうからね」
「了解、チームリーダー!」
「前衛は全力で注意を引き付けるわよ~! ドレイン攻撃があるかもしれないから、みんな気を付けるように!」
チームリーダーの号令により、三度目のミッスルゴーレム戦が幕を開けた。
三度目ともなればプレイヤー達も慣れたもので、各々の役割を踏まえた上でだいぶ自然に連携が出来るようになっていた。メインのダメージディーラーである魔法使いが尻尾に集中砲火を浴びせ、壁役が注意を引きつけ、前衛が数人でグループを組んで波状攻撃を加えて魔法のチャージ時間を稼ぐ、というパターンである。
さて、この役割の中でマーチトイボックスの立ち位置はというと、前衛二人+清歌と従魔のグループが波状攻撃組で、後衛二人は回復や牽制などのバックアップ要員となる。
清歌と聡一郎はグループとして行動するだけでなく、大きなモーションの隙を突いて死角に入り込むといったこともしていたので、このイベントのボス戦では結構忙しく働いていたのだ。しかし――
「みんな頑張ってるわねぇ……。かなりイイ感じで押してるんじゃない?」
「ああ。どうやら尻尾に一定量以上のダメージを一度に与えると、自動回復の能力が一時的に働かなくなるみたいだな」
「「「…………」」」
「つまり、オネェさんの狙いが上手くハマったってわけね。前衛はちょっと苦労しているみたいね。蔦が邪魔そう……っていうか、あれってもう完全に触手って感じよ」
「へぇ……、ちょっと俺も見てみたいから代わってくれ」
「はいはい、どうぞー」
今回、マーチトイボックスの五人は予備戦力としてベースキャンプに待機していて、ひじょ~に暇だった。
ミッスルゴーレム第三形態は、或いは劣化しているせいなのか、前回までと比べて明らかに動きが鈍くなっていた。また蔦が邪魔で死角に潜り込むという戦法を活かせそうになかったために、オネェさんの判断で、いざというの時のために控えることになったのである。
戦端が開かれた当初は神妙に待機していたのだが、あまりにも手持ち無沙汰だったために、倉庫の屋上に登って観測双眼鏡を設置し、高みの見物――もとい、戦況を見守っていたのである。
絵梨に代わって観測双眼鏡を除いた悠司は、なるほどこれはやりにくそうだと頷いた。うねうねと方々に伸びている蔦が鞭のようにしなり、また時には槍のように直線的に伸びて、前衛に襲い掛かっているのだ。どうやらドレイン攻撃まではしてこないようでその点は一安心だが、チクチクと反撃されて実に鬱陶しそうである。
と、このようにもともとバックアップ要員として後方からの支援だった悠司と絵梨は、割と普通に――というか、いささか緊張感がなさ過ぎかもしれない――待機していたのだが、前線で戦っていた弥生と聡一郎は落ち着かないようで、何やらソワソワしている。清歌は一見落ち着いているようだが、遠くの戦況をずっと見つめているところから察するに、前線で戦いたいと思っているのだろう。
「う~む、どうにも落ち着かんな。そもそも“いざという時”とやらは、本当に来るのだろうか?」
「そぉねぇ……、ま、そういうのは基本的に低い確率だし、起きない方が良いことなんだけど……」
「予備兵力が投入されるのは止めを刺す時……とでも考えて、とにかく待とうや」
聡一郎の疑問に対し、既に今回の出番はないかもしれないと考えている絵梨と悠司が答える。しかし弥生は異なる考えを持っているらしく、首を横に振った。
「ううん。きっと何か起きる、と思うよ」
その確信を持った言葉に、四人の視線が集まる。
「ねぇ、おかしいと思わない? だって奴はここの倉庫を狙って来ていたはずでしょ? それなのに尻尾を地面に繋げちゃって移動速度を落としてるんだよ?」
弥生の言葉に暢気に構えていた絵梨と悠司が目を見開く。動きが鈍くなっているのも、尻尾を地面に接続しているのも、ミッスルパペットを駆除したことによってエネルギー不足に陥っているせいだとばかり思い込んでいたのだ。
「なるほど……、劣化した結果はバラけて触手がウネウネしているところだけで、第三形態は最初っから動きが鈍いんだったとしたら……」
「確かに妙な話ね……。考えてみると尻尾を攻撃して、自動回復が止まるのもおかしいわ。足から吸収してる分のエネルギーはどこにいってるのよ?」
「どこってそりゃあ何かのチャージに…………って、まさか……」
エネルギーと言えばチャージという感じで、悠司が反射的に答えた正にその時、ミッスルゴーレムがこれまでにない動きを見せた。
右手を地面についたまま左腕を肩の高さまで上げると、ちょうど清歌たちのいる倉庫へ拳を向けてピタリと止めた。
「マ゛ァッゾォォーーー!!」
相変わらずの雄叫びを上げると同時に、左の拳を形作る蔦が蠢き、螺旋を描きつつ先端に向けて細い円錐を形成した。それは巨大ロボットには付き物と言ってもいい、パイルバンカーと並ぶある種のロマンが詰まった武骨な武器――そう、ドリルであった。さらにこの場合は、どう見てもロケットパンチとセットになっている代物である。
惜しむらくは、植物っぽいカラーリングで金属的な輝きがない点、そしてびみょ~に蔦がほどけかけて、折角のドリルからうねうねと触手が生えてしまっているところであろう。折角のロマン武器が台無しである。
「ちょっ、まさかあれで倉庫をぶっ壊す気か!?」
「決まってるでしょ! 双眼鏡は片付けちゃって! みんな戦闘態勢!」
前線組がドリルパンチ(仮称)に向けて集中砲火を浴びせているが、こちらに向けて狙いを定める態勢は解かれていない。どうやらこの攻撃をキャンセルするのは無理そうだ。
あのドリルを受け止めるのはハッキリ言って自殺行為だろう。というか、重量差で吹っ飛ばされて倉庫もろ共破壊されてしまうのがオチだ。
「とにかくここに居ちゃまずいから下に降りよう! 浮遊落下をお願い。あ、聡一郎と、清歌はいらないかな?」
「あの……、弥生さん」
「ん? なに、清歌?」
「少々無茶なことを試してみてもよろしいでしょうか?」
「へ? 清歌?」「ちょ、何を……」「清歌さんの無茶って……」「う、う~む……」
先日ほっぺをむにゅっと引っ張られた反省から、清歌は無茶をする前に自己申告することにしたようだ。とは言え、この切羽詰まった状況では説明する暇などあるわけなく――
「ドォリ゛ィ゛ィィーーーーールッ!!」
遂にドリルパンチが倉庫目掛けて発射されてしまった!
「あっ! すみません、では、後ほど」
ニッコリ笑顔でそう言うと、清歌は結局何も説明しないまま倉庫から飛び降りてしまった。しかもドリルパンチの真正面の方へ。
「さっ、清歌~っ!!」「あの子ったら、何してるの!?」
ドリルパンチがベキベキと木々をなぎ倒しながら、一直線に清歌と倉庫目掛けて殺到する。しかし清歌は自然体に立ったまま、何もしようとしていない。
「ヒナ、お願いね」「ナナッ!」
清歌に接触しようかというその刹那、彼女のすぐ傍でふよふよと飛んでいた飛夏の小さな角が眩く光り、虹色に色が変化する膜のように薄い壁が現れた。
ガシィィーーン! と大きな音を立てて、しかし全くビクともせずにドリルパンチの攻撃が阻まれる。奇しくもこの戦闘が始まった時に、どこぞのふれんずが言ったネタが、攻守逆転して実現したような感じである。
「……流石は清歌さん。まさか心の壁を使えるとは……」
「ナニ言ってんの、悠司。……まあ気持ちは分かるけどさぁ」
「あれはもしや、飛夏の不意打ち防御か? ボス戦でも有効なのだな」
「違うわソーイチ、今回だけよ。“攻撃を受ける、又は与えるまでは従魔の入れ替えが出来る”ってことはつまり、清歌にとっては事実上戦闘が始まっていないようなものなのよ。普通ならボス戦が始まった時点で、ヒナは引っ込んじゃってるわ」
要するに清歌はシステム上の盲点を突いて、不可避の必殺技を防いでしまったようなものなのだ。無論清歌も飛夏の能力が果たしてレイドボスの技にまで有効なのか、確証があったわけではない。なので弥生に一言断りを入れたのである。――まあ、結局事後承諾になってしまったが。
ドリルパンチはしばらく虹色の膜を破ろうと押していたが、やがて力尽きたように地面へドサリと落下した。と、同時に役目を終えた飛夏がジェムに戻る。
この時清歌は――本当に珍しいことに――一瞬だけ油断してしまっていた。
地面に落ちたドリルパンチが急速に姿を変え、高さ三メートル弱のミッスルゴーレムになったのである。そして腕を大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを清歌に向けて放った!
「ユキ!」
清歌はバックステップしていたものの、リーチの長い――しかもパンチを繰り出すと同時に少し伸びるようだ――ミッスルゴーレムのストレートを避けきることはできなかった。間一髪、雪苺が清歌の前後にウィンドシールドを張ることに成功していたが、シールド越しにもかかわらず凄い衝撃を受けて吹っ飛ばされ、次の瞬間、倉庫の壁に激突した。
「……っっ!」
背後にも出していたシールドで緩和されていても、息が詰まるほどの衝撃を受ける。それでも勢いは止まらず、倉庫の壁を破壊し、中の棚を二つほどなぎ倒したところでようやく止まった。清歌が魔物の攻撃で大きなダメージを負うのは、地味にこれが初めてのことである。
「清歌ーーっ!! 清歌、大丈夫ーっ!」
マンガやアニメでは良くある表現だが、人が吹っ飛ばされて壁を破壊するなど、普通に考えれば大惨事だ。それを目の当たりにした弥生が、蒼褪めた顔で清歌に呼びかける。
「ちょっと、落ち着きなさい、弥生! 清歌なら大丈夫、七割以上削られたけど健在よ。でも脳震盪の状態異常で動けないみたい、追撃されたらヤバいわよ!」
努めて冷静に説明をした絵梨の言葉にほっと息を吐いた弥生は、ギンと目を三角にするとイイ感じに気合いの乗った声で呼び掛けた。
「みんなっ! あんなミニマッチョ、とっとと片付けちゃうよっ!!」
「了解よ!」「おっけ、いっちょやるか!」「応ッ!」
弥生の気合に乗せられる形で、三人も気勢を上げる。
「弥生、浮遊落下を……」「ううん、いらないよ。……ブーストチャージ!」
倉庫の縁に登った弥生は、魔法を掛けようとした絵梨の言葉を遮り、破杖槌にブレードを展開させると、ミッスルゴーレムの分体へと狙いを定めた。
「じゃあ、お先! アターーーーック!!」
柄頭のスラスターノズルから噴射された光が一直線に伸び、ミッスルゴーレムの胸の辺りに突き刺さった。本体の方ならビクともしないのだろうが、こちらは身長三メートル弱の分裂体。ブースターで強化されたチャージアタックに落下のエネルギーまで加わっては、到底耐えることなどできず、根を張っている足すらも剥がされた挙句に、地面に引き倒されてしまっていた。
「弥生ったら、怒りで恐怖を感じなかったみたいね……」
「あ、ああ、そうみたいだな……。いつもならキャーとか悲鳴を上げるとこだよな」
「それはともかく、俺たちも参戦するぞ。このままでは弥生一人で決着がついてしまいそうだ」
見下ろすと、弥生がブーストヘヴィーインパクトでさらなる追撃を加えているところだった。分体に表示されているHPは既に三割以上削られてしまっている上に、アーツの効果である震動が変に作用したらしく、体がさらにバラけて身動きが取れなくなってしまっているようだ。
今がチャンスとばかりに弥生はさらに破杖槌を振り上げ、ブーストグラビティヒットをぶちかます。――確かにこのままでは弥生一人が片を付けてしまいそうである。
「俺も弥生を見習ってみるとしよう。纏勁斬ッ!」
弥生と同じように屋上の縁に立った聡一郎は、飛び降り気味にアーツを放った。光に包まれた跳び蹴りが奇跡を描き、大の字に倒れたままのミッスルゴーレムに突き刺さる。
「マ゛ァッ……ゾッォォ……オ゛ァァァ!!」
聡一郎が飛び退くと、体のど真ん中にぽっかりと穴が開いてしまっていた。
「俺らはこっからでもいいか。ハンマーショット!」
「そね。なんか回復魔法もいらなそうだし。ファイヤーボールッ!」
もぞもぞと動かそうとしていた腕は悠司のアーツに阻止され、根を伸ばそうとしていた足元は絵梨の魔法によって焼き払われてしまう。もはやミッスルゴーレムにはなすすべがなかった。
と、そこへ状態異常から回復した清歌がやって来た。大幅に減少していたHPも、ポーションで全体の五割程度まで回復させていた。
「ただ今戻りましたけれど……、もう決着がついてしまいそうですね」
「あ、清歌! も~、さっきはビックリしちゃったよ、ホント……ブーストスマッシュ!」
「少々、油断してしまいました。私もまだまだですね……ソーンエッジ!」
地上組は弥生が頭、清歌が右わき腹、聡一郎が左胸辺りに陣取って攻撃を加え、倉庫の屋上からはミッスルゴーレムの動きを潰すような攻撃が飛んでくる。ミッスルゴーレムには、完全に打つ手がなくなってしまっていた。
HPも残すところあと僅かとなったところで、弥生が破杖槌を肩に担ぎ、清歌に呼びかけた。
「じゃ、今回は清歌が止めを刺しちゃって! さっきのお返しをしちゃえ(ニヤリ★)」
「そうですね、では、お言葉に甘えまして(ニッコリ★)」
清歌はマルチセイバーを大剣モードにして上段に構えた。長大な光の刃が天に向かって伸びる様は、なかなかの迫力がある。
「ヂョォッ、マ゛ァッ!!」
「いいえ、待ちません。では、これで止めです!」
胴を両断するように振り下ろされた大剣が残っていたHPを削り切り、ミッスルゴーレムの分体はあえなく光の粒となって消えた。
消えた――ということは、この分体はミッスルゴーレムの部位という扱いだったのだろう。屋上から見下ろしていた絵梨がそう分析していると、本体の方から叫び声が聞こえてきた。どうやら部位破壊が大きなダメージを与えたらしく、ミッスルゴーレムが退却を始めるようだ。
前回、前々回と同じく、ミッスルゴーレムを形作っていた無数の蔦がほどけ、プレイヤーは皆、このまま地面へと潜っていのかと思いこんでいた。ところが今回は、四方八方へと放物線を描いて飛び去って行ってしまったのである。
予想外の光景に、戦いに参加していたプレイヤーたちは唖然とし、我に返って勝利の歓声が上がるまでしばらくの時間を要するのであった。
「ありゃ~、これはちょっと予想外……かも?」
「そうですね。……これはやはり最終日への布石、ということでしょうか?」
「だろうなぁ。少なくともこれで出現ポイントは絞れなくなっちまったな」
「そね。こうなると、分体がわらわら出て来るっていうパターンもあるかもよ?」
「う~む、俺としては分体サイズの方が戦いやすいが……」
「あはは、その場合は数によってはエライことになるけどね。……ま、なんにしても、第三形態の撃退成功だね!」