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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―07




 収穫祭イベント三日目。清歌と別れた弥生たち四人は、東の小ベースキャンプに転移した後、地図で確認しておいたルートを通ってくだんの怪しげな森へと向かった。


 イベント島は円形の地盤ごとに地形が変化し、それぞれで収穫できる作物も変化する。草原フィールドには柵や生垣で囲まれている畑が点在し、沼は水田という扱いで、木々の多いフィールドでは林檎や梨などが現れたので、これは果樹園ということのようだ。


 その辺までは大体予想通りだったのだが、湖のあるフィールドでは少々驚かされた。一見作物の姿は見当たらなかったので、綺麗な湖を眺めながら暢気に畔を歩いていたら、突然湖の中からトマトが飛び出し襲い掛かって来たのである。


「……え~っと、なんで湖の中から野菜が飛んでくるの?」


「なんでっつっても、確かに普通なら飛び出してくんのは魚だろうが、それじゃあ収穫祭にならんからなあ。まあ、ある意味ファンタジーと言えなくもない……か?」


「ファンタジーと言うよりも、メルヘンと言うべきかもしれないわね。こう……生き物が全部お菓子になっちゃった世界……みたいな?」


「お菓子だったら……まあ、確かにメルヘンかもだけど……」


 弥生が口を尖らせて、微妙に不満そうな言葉を漏らした。飛来した赤い物体(トマト)が狙っていたのが弥生であり、驚いてしゃがみ込み、勢い余って転がってしまったのである。なお、このトマトは聡一郎がボレーキックで吹っ飛ばし、悠司の追撃で再び湖の中へとお戻り頂いている。止めを刺すには至っていないので、それほど弱い魔物ではなかったようだ。


 何にしても、一番驚かされた弥生としては、湖の中に野菜がいるという非常識な――ゲーム内のことに常識を求めても仕方ないのだが――状況に突っ込んでおきたいところなのである。


「あら、野菜じゃ不満? トマトと苺なんかは結構可愛らしかったじゃないの」


「いや、まあ可愛いっちゃ、可愛かったけど……、ってか、そういうことじゃなくって。なんで、湖の中なの? 普通に畑に居ればいいんじゃない?」


「確かになぁ。……まぁ、RPG的には水辺ってのは、そこにしか出せない敵を出せるポイントなわけだが」


「カエルとか魚とか……あとは亀とかかしら? そういう意味では山葵さわびだけは相応しかったのかしら」


「ふむ。レタスにトマト、苺、山葵……か。もしや水耕栽培している、とでも言いたいのだろうか?」


「「「あ~~」」」


 聡一郎が指摘したように、湖から現れた魔物は現実リアルで水耕栽培もされている野菜ばかりだが、言うまでもなく水耕栽培とは決して水中(・・)で野菜を育てるものではない。恐らく湖の中から魔物を出現させるに当たって、どうにかそれらしいこじ付けが出来る野菜を探した結果、こうなった――ということなのだろう。


 ちなみにレタスはイベント島の全域に渡って姿が確認されている魔物で、一体どこからやってきているのかは謎だったのだが、図らずもその答えが判明したようである。これはトマトに関しても同様だ。


 ともあれ、苺と山葵は今回が初見で、トマトも清歌が偶然従魔にして連れて来ただけで遭遇したのはこれが初めてである。折角の機会なので、弥生たちはこれらの作物を可能な限り収穫していくことにした。


 湖から飛び出してくるタイミングとターゲットに規則性は無く、最初は手こずったのだが、聡一郎だけが水辺を歩き、吹っ飛ばした魔物を待ち受けていた三人がタコ殴りにするというパターンが確立できてからは、かなり効率的なコイン稼ぎができた。




 そんなエピソードを挟みつつ漸く辿り着いた森は、木々の密度にしても出現する作物にしてもベースキャンプの森と異なる点がなにも見当たらない、“何の変哲も無い”という言葉がぴったりの場所だった。


 この森に何かレアな作物がいるはずだ――と考えてここまで来たのなら、落胆して踵を返すところだろう。が、弥生たちの目的地はこの森ではなくその奥、フィールドの境界線である崖だ。むしろこのあっさりし過ぎている感じが、自分たちの予想が正しいことを証明しているという気さえする。


 今更相手をするまでもない作物たちはスルーして、三人は薄暗い森の奥へと歩みを進める。そうして辿り着いた森の境界線は想像以上に高い崖となっており、上から見たら足が竦んでしまいそうな程だった。高所恐怖症の人ならば、飛び降りるどころか下を覗き込んだだけで逃げ出してしまうことだろう。


 しばらくその崖を見上げていた四人は、次に左右に視線を向けて崖の様子を確認した。少なくとも見える範囲には、地下に続く洞窟の入り口っぽいものは見当たらない。所々に背の低い茂みがあったり、ゴロっとした岩が転がったりしているが、これは森の中ならばどこでも見かけるものである。


「ヤレヤレ。やっと崖に辿り着いたわけなんだが……」


「見える範囲には、これといって怪しいところは無いようだな」


「そね。まあ、この境界線は全部崖なんだし、探索はここからが本番ってとこでしょ」


 絵梨がマップで探索の範囲を確認しつつ気合を入れ直す。森を真っ直ぐ突っ切ってきた結果、崖のほぼ中央に着いているので、ここから二手に分かれて探索すれば手っ取り早いだろう。


 ――などと考えていると、同じくマップを見ていた弥生が、何を思ったのか破杖槌を手に崖のすぐ傍まで近寄り、左右をキョロキョロと見回し始めた。一体どうしたのかと三人が見守っていると、弥生は破杖槌に光の刃を発生させると、崖際の茂みを次々と切り飛ばしていく。


 唐突に始まった弥生の伐採作業に三人が思わずポカンとする。ここは採取ポイントではないので素材は入手できず、従って弥生の行為は単なるオブジェクトの破壊で、せいぜいストレス発散になるくらいの意味しかない。


「う~ん、ココじゃないのかな?」


「お~い、弥生? 一体何をおっぱじめたんだ?」


「え? 何って地下への入口探しだよ。悠司こそ何言ってんの?」


 三人を代表して疑問をぶつけてきた悠司に、逆に弥生は聞き返した。


 自分たちの推測が正しく、この崖のどこかに地下への入り口が開いているとしても、一見してすぐに分かるようにあるとは限らない。むしろ隠されていると考えた方がいいだろう。となると、素直に森を抜けて来たこの辺りに入口がありそうな気がするのだ。


「つまり崖全体を見回っても無駄で、実は最初のポイントにお目当てのモノが隠されているってことね。……意地が悪いわねぇー、ま、それだけにありそうだけど」


「ふむ。……そういうことなら、あの岩が怪しいのではないか? 崖のあの……辺りから崩れ落ちたように見えるからな」


 聡一郎が指さした方を見上げると、確かに崖の質感テクスチャーが一部だけ周囲と異なり、真新しい感じになっていた。その下には崖から崩れ落ちたと思しき大小の岩が積み上がっている。


「お~。じゃあ、さっさと岩をどかしちゃうね」


 弥生は積み上がっている岩の中から一番大きな物に狙いを定めると、破杖槌を横に大きく振りかぶり、ブーストスマッシュを放った。


 ドッゴーン! という音を立てて岩が木っ端微塵に砕け散る。その衝撃で土煙が舞い、周囲の石も吹っ飛んでゆく。果たして、岩が取り除かれたそこには――


「テレレレレレ~ン♪」


 某有名アクションRPGで、何かしらの謎を解いた時に流れるメロディーを弥生が口にする。岩が積み上がっていた場所には、弥生の腰の高さほどの穴がぽっかりと口を開けていた。


 ちょっと小さいな――と思っていると、突然穴の周囲がガラガラと音を立てて崩れ出したので、弥生は慌ててその場を離れた。


 崩落が終わり、さらに暫くの間様子を見る。どうやらこれ以上の変化は起きないようだ。


「ふ~。いきなり崩れ出したからびっくりしたよ……」


「ははは。……ま、なんにしても弥生の予想がドンピシャだったな」


「うむ。下手をすれば骨折り損になるところだったな」


「お手柄ね、弥生」


「そ、そう? えへへ……」


 三人に褒められて、弥生は思わず照れ笑いをする。


 兎にも角にも目的である地下への入り口らしきものは見つかった。アーチ状に大きく広がった穴は、一番高いところで高さが一メートル半ほどで、横幅は三メートル弱と言ったところだ。ちょっと覗き込んで見たところ、入り口付近は急勾配の坂になって、ごく普通の洞窟という印象だ。もちろん地面や天井は岩でできている。


「こりゃあ思ったよりも本格的な洞窟だな。……っつーか、これってやっぱりダンジョンなのかね?」


「ダンジョンかどうかはともかく、広さは確かにありそうだな」


 そう言いつつ聡一郎が足元にあった小石を拾って、洞窟に投げ込んでみる。カランカランと音を立てて転がって行った小石は、そのまま闇に消えて行き、音もフェードアウトしていった。どこかにぶつかって止まったような音はなく、水の中に落ちたような音も聞こえなかった。


「う~ん、これはダンジョンだと思って攻略した方が良さそうだね。ポーションとかの準備は大丈夫かな?」


「今日はゴリラ戦でMPポーションを何個か使ったくらいだから、まだ十分在庫は有るわよ」


「右に同じく。俺の方はMPポーションも使ってないな」


「俺も問題ない。……が、それよりも、ダンジョンに挑むのなら清歌嬢を呼ぶべきではないか?」


「あ、それなら大丈夫!」「ええ、清歌ならすぐそこに居るわ」


 聡一郎の提案にほぼ同時に返事をした弥生と絵梨が、顔を見合わせてクスリと笑う。


 マップを見ていた二人は気づいていたのだが、清歌のマーカーがこちらに向かって一直線に移動してきていたのである。恐らく勇気ある魔物使いの集いのメンバーに対するレクチャーが思ったよりも早く終わったので、こちらに合流すべく空飛ぶ毛布で急行しているのであろう。


 長い時間をかけて辿り着いたこの場所も、空飛ぶ毛布にかかれば文字通りひとっ飛びだ。障害物に遮られることなく、かつ魔物に絡まれることもないというのは、恐るべき高性能である。


 悠司が改めてそんなことを考えながらマップ上を移動するマーカーを見ていると、自分たちのマーカーのすぐ傍で清歌のマーカーが止まった。恐らく空飛ぶ毛布に乗ったまま、自由落下フリーフォールしているのだろう。この程度の崖に躊躇するような彼女ではないことは、もうよく知っている。


 四人から少し離れた場所に空飛ぶ毛布に乗って降りて来た清歌は、ひらりと飛び降りて軽く頭を下げてから微笑む。


「どうやら少しお待たせしてしまったようですね。申し訳ありません」


「ううん、ぜ~んぜん。っていうかグッドタイミングだったよ。ちょうど今、これを見つけたところなんだ」


 弥生たちから洞窟を見つけた経緯を軽く説明された清歌は、「意地の悪い仕掛けでですね」と苦笑いしていた。


 清歌が弥生たちのパーティーに加入し、従魔も飛夏をジェムに戻して代わりに雪苺と凍華を呼び出す。これでマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の戦闘態勢が完全に整った。


「さて、じゃあいよいよ洞窟に突入だけど……何か確認しておきたいことってある?」


「そーねぇ……。ああ、そういえば、コレがかなりの大規模だったら、途中で時間切れって可能性もあるわよね? その時はどうするの?」


「あ~、うん。規模が大きかったら、多分ヒナがコテージになれるスペースがどこかにあると思うんだ。そういう場所がなかったら、諦めてベースキャンプに転移するしかないね。……他にはある? よしっ! じゃあ、それなりに気を引き締めて……しゅっぱーつ!」


「は~い!」「オッケーよ!」「うむ、征くか!」「りょうか~い!」







 五人揃ったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)一行が、急勾配の洞窟を慎重に下りてゆく。外からの光が届かなくなった辺りで魔法の明かりを灯し、さらに下へと向かう。ここまでは分岐の無い一本道で、魔物とも遭遇していない。


「む?」


 先頭を歩く聡一郎が歩みを止める。足元が堅いデコボコした岩から、若干丸みのある木の感触へと変化したのだ。


「この辺りから地面が木になっている。そろそろ洞窟にも何か変化があるかもしれん」


 聡一郎の推測に四人は頷き、更に洞窟を下ってゆく。やがて足元は完全に木の枝になり、左右の壁にも縦方向に伸びる枝が混じり始めた。


 考えてみると、これは地上から伸びてきている根っこではなく、地面を支えている大樹の枝なのだろう。そして外へ(・・)の出口を求めて地下深くに下りる。なんとも奇妙なものだな――などと考えつつ、聡一郎は慎重に先頭を歩いて行った。




 洞窟を出たところで五人は立ち止まり、しばし呆然と立ち尽くしていた。


 見渡す限りに広がる、大小の枝が縦横に伸びる幻想的な光景。見上げると枝に支えられている大地の裏側の岩盤がある。日の光は全く届いていないが、枝のところどころに生えている苔がぼんやりと光を放っているためにそれほど暗くはない。少なくとも、普通に歩き回ったり、戦闘をしたりする分には問題はないだろう。


 “枝”とは言っても、それはこのイベント島の全体像からすると枝に相当する部分ということで、実際には細いものであってもそこら辺の街路樹の幹なんかよりもよっぽど太く立派だ。現在清歌たちが足場にしている枝などは、歩きやすく平らになっている部分――この辺りは妙にゲーム的仕様である――の幅が、一メートル半はあろうかという大きさである。


 太い枝には草花やキノコなども生えている。花の雌蕊雄蕊から、キノコの傘の裏からは、光の粒が零れ落ち、風に乗って漂っていた。


 植物に覆われている、或いは木の枝が通路になっているマップというのは、RPGと名の付くゲームでは定番と言ってもいい。それこそ設定が極端にSFに偏っている作品でなければ、作中に一つや二つはあるものだ。


 それをVRで体感しているということが、弥生や悠司などにとっては感慨深いものがあった。二人ほどにはゲームに馴染みのない三人も、サイズ感覚がおかしくなってしまいそうなほど巨大な樹木の異様に、声にならない感嘆の息を漏らしていた。


「ほぇ~、あの広い島を支えてるんだから当たり前なんだけど、すっごくおっきいねぇ~。……さて! 立ち止まってても仕方ないね、取り敢えず先に進もっか!」


 リーダーの号令で五人は前進を再開する。


 ここは静かな――静か過ぎるとさえ言える場所だった。<ミリオンワールド>のフィールドは魔物があちこちにいる為に、基本的に現実リアルの自然よりも動きがあって賑やかだ。しかしここには魔物の姿が見当たらず、また風に揺れるような細い枝や葉も無いので、とても静かな印象となっていた。


 ところどころにある採取ポイントから素材を入手しつつ、枝を下っていくと最初の分岐路が見えて来た。分岐路は要するに枝分かれしているところで、ちょっとした広場のようになっている。そしてその広場の真ん中には――


「あっ、よかった~。あのくらいのスペースがあれば大丈夫かな?」


「はい、ヒナがコテージになれる広さはありますね。余裕はなさそうなので、通行の邪魔になるかもしれませんけれど……」


「ま、完全に塞ぐんじゃなければ大丈夫でしょ。そもそも他の人が来るかどうかも分からないんだし」


「だよね~」「そうですね~」


「……オマエラ」


 和気藹々といった感じでキャンプ地候補があったことを喜ぶ女性陣三人に、悠司がジトッとした目をして突っ込みを入れる。


「はい?」「何でしょう?」「ナニか?」


 それに対して三人は、一体何が言いたいのか分かりませんといった風情で、揃って首を右に傾けた。角度まで完璧に揃っているところなど、無駄に息がぴったりである。


「三人とも、現実逃避は良くないのではないか? まあ、気持ちは分からんでもないが……」


「っつーか、そもそも俺らはアレを探しに来たのではあるまいか?」


 二人がかりの追及に、清歌たちは顔を見合わせると小さく溜息を吐いて肩を落とした。


「まあ……」「それは分かっているのですけれど……」「アレはちょっと……ねぇ?」


 広場の真ん中には、一体の“蔦が絡み合ってできた人型のなにか”が居たのである。人型と言っても脚はなく、胴体がそのまま伸びて地面――というか大樹の枝――に根っこのように這っており、例えるなら案山子かかしが近いかもしれない。上半身はある意味予想通り、ムキムキのマッチョでご丁寧に腕をやや開いて下げるというボディービルの基本ポーズを取っていた。


 大樹の枝にへばりついている根っこからは、黄緑色の綺麗な光が吸い上げられており、エネルギー的な何かを吸い取っているのは明らかだ。ちなみに吸い上げられた光を貯めこんでいるのか、体の下の方が黄緑色に光っている。どことなくバッテリーの充電状況を彷彿とさせる演出である。


 悠司の指摘の通り、これこそまさに探しに来たモノに間違いない。――ないのだが、何もこっちのデザインまでマッチョにする必要はないのではないかと、厳しく追及したいところではある。所謂トレントなどの樹木系魔物に似せることもできただろうに。


 ここに来るまでは、どこか神聖さすら感じられる空気に包まれ、普段のようにお喋りをすることも無く、ただ静かに景色を楽しんできたのだ。そんな雰囲気を台無しにしてくれた、あのマッスルな案山子を思わず無視したくなった三人を、誰が責められよう。


「仕方ないなぁ、もう。まあ、そもそもアレを何とかしに来たわけだし、やっつけちゃおう! わざわざあのデザインをしてるんだから、たぶんマッスルゴーレムと似た感じの攻撃パターンだと思うけど……」


「そね。……ということは、腕の攻撃に気を付けつつ根っこを攻撃。アレがなんかポーズを取り始めたら、できればキャンセルを狙って、無理だったら退避。……って感じでどうかしら?」


 絵梨が立てた作戦に、全員が頷く。清歌もすでに装備を整え、従魔も千颯と凍華という布陣に入れ替えを終えていた。


 広場に足を踏み入れる一歩手前まで近づくと、弥生はメンバー全員とアイコンタクトを取り、一つ頷いた。


「よしっ、じゃあ行くよ。三……、二……、一……、戦闘開始!」


「はいっ!」「応!」「了解!」「OK!」


 弥生の合図とともに、前衛の三人と二体の従魔が突進し、悠司と絵梨から援護射撃が飛ぶ。


 ステップも駆使していち早く接近した清歌は、根っこの手前でハイジャンプを使うと、蔦の魔物――ミッスルパペットという――の頭を踏みつけて反対側へと着地した。


「お~、清歌カッコイイ! こっちも……ブーストヘヴィーインパクト~ッ!」


「纏勁斬、三連撃!」


 弥生と聡一郎のアーツに続き、清歌が背後からワイヤーを頭部に絡ませショックバインドを放つ。三方から攻撃されて混乱したのか、ミッスルパペットが腕を出鱈目に振り回すが、これには千颯と凍華がそれぞれ噛みつきや爪による切り裂きで応戦している。


「あら? これって……」「ハメ技……か?」


 清歌と従魔二体によってミッスルパペットの攻撃はほぼ封じられてしまい、弥生と聡一郎、そして後衛の二人は完全にフリーである。もしミッスルパペットが動けるならば、能力値的に一番軽い清歌では簡単に振りほどかれてしまっただろう。動けない以上、腕を使って振りほどくしかないのだが、その度に従魔たちが邪魔をするのでこれもままならない状況だ。悠司が言ったように、所謂ハメ技状態になってしまっている。


 格闘ゲームだけでなく、RPGにも所謂ハメ技――というか必勝パターンのような物は存在する。主にボス戦に於いて、特定のパターンで行動をするとほぼ一方的に攻撃できてしまうとか、敵がおかしな行動をとるようになる――などなどだ。


 どうやら今回は、図らずもそのような状態になってしまったようだ。通常の攻撃は完全に封じられ、特殊攻撃をするためにポーズを取ろうにも、従魔二体と後衛二人による攻撃でキャンセルされてしまうのだ。


 こうしてミッスルパペットは清歌たちに碌なダメージも与えられないまま、あえなく光の粒となって消えたのであった。


 ミッスルパペットが完全に消失した後、その場に残っていた黄緑色の光は一つに集まって球状になると、大樹の枝へと落ち、波紋を広げるようにして吸い込まれて行った。恐らくミッスルパペットが吸い取っていたエネルギーが、大樹へと還っていったのだろう。







 ミッスルパペットは斃しても作物のドロップは無く、その代わりにパーティーメンバー全員がコインを――今のところ最高額の作物であるカボチャと同じくらい――入手していた。つまりこの魔物は作物ではなく、斃すこと自体でイベントに貢献できるという証拠である。


 自分たちの推測が正しかったと、ある程度の証明ができる成果も得られたので、五人は取り敢えず今日のところはここにコテージを広げることに決めた。残りの時間を使ってここまでに採取したアイテムの加工や、消耗した装備品の手入れなどを行うことにする。


 亜空間工房へと移動した悠司と絵梨を見送った弥生は、掲示板に書き込む前にチームリーダーであるオネェさんに連絡を取ることにした。ちなみに清歌と聡一郎はコテージの外で、それぞれ雪苺のエイリアスと観測双眼鏡を用いて周囲を探索している。


『こんにちは~、オネェさん。今大丈夫ですか?』


『はい、こんにちはぁ~。こっちは大丈夫よ。何か発見があったのかしら?』


『ええ、まあ。実は……』


 弥生は森の境界にある崖の下に洞窟があったこと、それが例の地震で崩れ落ちた感じであったこと、洞窟の先が地盤の下に続いていたこと、そこで遭遇したミッスルパペットがエネルギーを吸い取っている感じだったことなどを説明した。


『……で、そのミッスルパペットを斃すと、吸い取ったエネルギーが島に還るみたいです。ちなみに作物のドロップは無くて、代わりに結構たくさんのコインが手に入りました』


『なるほどぉ~、それは重大情報ね。やっぱりアナタたちの推理は正しかったってことね』


『そうみたいですね~。あ、掲示板への書き込みはやっておきますので、オネェさんの方からも他のギルマスさんたちに伝えておいて貰えますか?』


『おっけ~、任されたわっ! ……問題はその森までが遠過ぎるってことよねぇ』


『あ、それなんですけど、地下への入り口はここだけじゃないかもしれません。ここが一番怪しかったので最初に来てみただけで、他にも崖はありますから』


『そっか……確かに、いわれてみればそうよね』


『多分、最近崖が崩れたような場所があれば、そこに洞窟の入り口があるんじゃないかと』


『分かったわ。私のギルメンたちにも収穫ついでに、崖は注意して見てくるように伝えておくわ。情報ありがとう、助かるわ』


『いえいえ~。では、また』


『ええ、またね~』


 オネェさんへの連絡を終え、掲示板への書き込みを始めようかと思ったところで、清歌と聡一郎がコテージの中へ入って来た。


「あ、清歌、聡一郎、偵察は終わったんだ。どう? 何か見つかった?」


「え~っと、それが……」「う~む、なんというか……」


 椅子に腰かけた二人が、言葉を濁しつつ顔を見合わせる。


「どうしたの、二人とも。……なんか変なものでも見つけたの?」


「いいえ、変なもの……という訳ではありません」


「うむ。広場ごとにミッスルパペットの姿が確認できただけ……だな」


「ふむふむ。やっぱり一体だけで終わりってことは無いよね」


 弥生が腕を組んで頷く。明日は積極的にミッスルパペットを討伐しに行くことになるだろう。そういう意味では、ここに来る前に清歌と合流出来たのは僥倖だった。


 それはともかく、二人が見つけたものは予想の範囲内のものと言っていい。では二人は何故、言葉を濁していたのだろうか?


「ええと……、ユキは録画しながら偵察を行っていましたので映像が残っています。これを……ご覧いただければ、分かるのではないかと」


 怪訝な表情の弥生に清歌が答え、ウィンドウを開き、映像を再生させる。


「コ……コレハ……」


 そこに写っていたのは、広場の中央に一人|(?)佇むミッスルパペットが、誰に見せるわけでもないというのに、ボディービルのポーズを次々とキメていく姿だった。しかも時折同じポーズをやり直しているところから察するに、これはポージングの自主練習ということなのだろう。自分で納得のいくポーズがキマった時には、何やら満足げに頷く仕草すら見せている。


 斃すべき魔物を見つけるための偵察でこれを見つけてしまっては、誰だって何とも言えない気分になったことだろう。


「な……なんていうか、芸が細かいよね……。意味は無いけど」


「はい。妙に人間臭い仕草も、素晴らしい出来には違いありませんけれど……」


「う~む、確かに。……まあ、もっと別のところに力を入れてもいいのではないか、とは思うがな」


 三人はそれぞれの感想を言うと、顔を見合わせてひとしきり笑った。


 なお、作業から戻って同じ映像を見た悠司と絵梨も、笑いながら三人と似たような感想を語るのであった。





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