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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―06




 収穫祭イベント三日目。マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)が所属するチームは順調にコインの獲得数を伸ばしていた。


 これは二日目に、勇気ある魔物使いの集いと清歌によって合計四つの小ベースキャンプが発見され、チームメンバーの探索範囲が一気に広がったことによる。一日目には発見できなかった強い魔物、すなわち高額な作物を収穫できるようになったことに加え、狩り場が分散したことで獲物(=作物)の出現リポップ待ちをすることが無くなったことが大きかったのである。


 ちなみに小ベースキャンプは島の東西南北に一つずつ、位置は島の中央から外周に向けて半分から三分の二ほどの位置にあった。このイベントの舞台となっているフィールド部分の全体像は、南北方向に長い菱形の角を丸めたような形状になっており、スタート地点のベースキャンプは中央よりもやや南寄りに位置している。


 作物をたくさん収穫できるようになったため獲得コイン数は大きく伸びているが、収穫物の品質自体は微減を続けている。掲示板を介して情報は共有され、複数の検証がなされたことで品質の減少は島の全域で確認されている。解決策に繋がるような異変の探索も収穫と並行して行われているが、今のところそれらしいものは発見できていない。


 ところで清歌による“やさしい魔物と仲良くなる講座(仮称)”はまだ開催されていない。というのも、三か所の小ベースキャンプを発見するのに思ったよりも時間を取られてしまったために、勇気ある魔物使いの集い側がログアウト時間を迎えてしまったのである。そして三日目の今日、ログイン直後に彼女たちと合流して、いざベースキャンプから出発しようというところで――二度目のレイドボスが出現してしまったのである。




 二度目の出現となるミッスルゴーレムはその姿を変えていた。脚が短く太くなり、胸板はさらに分厚く、腕もたくましくそして長くなり、前傾姿勢で両腕を地面に付けて歩くようになっている。――前回の特徴がより顕著になったとも言える姿で、一言で表現するなら、一応は人間だった巨人モノがゴリラに変わっていたのである。


 姿勢が変わったために通常攻撃パターンから足による踏み付けがなくなった。ただその代わりに、腕による攻撃の頻度が上がり、また広い範囲をなぎ払うようになったので総合的にはほぼ同等といえた。


 また頭から肩、そして腕の側面が無数の葉に覆われており、これらの部位は防御力が向上していた。攻撃を加えると一時的に葉は消えて防御力も下がり、またミッスルゴーレムの一部には違いないので多少のダメージは出るのだが、厄介なことにこの葉はまたすぐに生えてきてしまうのである。


 特殊攻撃に関しては前回と同じで、ダブルバイセップスからのアシッドスコール、モストマスキュラーからの蔦による拘束(バインドアイビー)が今のところ確認できている。もっとも、この特殊攻撃に関しては――


「ゴリラがポージングっていうのは、ちょっと違和感があるわよねぇ」


「同感でござるが……。それよりもわざわざゴリラ形態になったのだから、やはりアレをやって来るのではござらんか?」


「あの胸を叩く動作ですよね? え~っと、ドラミング……でしたっけ?」


 ――とこんな風に、少なくともあと一つは絶対に特殊攻撃があるだろうというのは、戦闘に参加している冒険者全員の共通認識であった。そして実際、ドラミングからの音波による状態異常攻撃があり、これはレジストに失敗すると一定時間平衡感覚が狂ってしまうというものだった。。


 総合的には巨人形態の時よりも強くなっているのだが、戦闘は特にピンチに陥ることも無く、順調に推移している。二度目ということもあり、それぞれ自分の役割を理解して適切な行動が出来たということと、最初からオネェさんがリーダーとして指揮することができていたからである。


 しかし、では冒険者側が有利かと言えばそういう訳でもない。ダメージを与える効率は前回よりも上がっているのだが、ミッスルゴーレムの自動回復量がそれ以上に上がっていたのである。


「う~ん、どうも良くないのニャ。早く別動隊が来てくれニャいと、HPを削り切れる気がしないのニャ」


「こりゃあアレだな、接地面が増えた分だけ地面から吸い上げるエネルギー量が増えたってことなんだろうな」


「まあ、理屈としては分かるけど……厄介ね。ベースキャンプはなるべく壊されたくないから、早いとこケリを付けたいんだけど……」


「それだよなぁー」「頭が痛い問題なのニャ」


 初日にミッスルゴーレムが出現したのは島の中央よりやや北で、姿を消したのはほぼ中央。そして今日はそこから出現してゆっくりと南下しているので、このままではベースキャンプに到達してしまう。


 倉庫内の作物は、各ギルドそれぞれの判断で順次小ベースキャンプへと運び出し、リスクは分散させているのだが、ベースキャンプを破壊されないに越したことは無い。収穫物が無事でも、破壊されたことによるペナルティーで成績に減点がある可能性は多いにあるのだ。


 今回のミッスルゴーレム出現に際し、オネェさんは他のギルマスとも相談の上で一つの作戦を立てていた。火属性の最大火力を持つ魔法使いを中心とした別動隊を編成し、本隊が注意を引いて足止めしている内に背後へと回り込み、片足への集中砲火で部位破壊を狙うというのものだ。


 狙いとしては悪くないだろう。特にゴリラ形態になって正面からの遠距離攻撃が、腕の葉がある部分で防がれてしまい、脚に命中させるのが難しくなっているのだ。ただミッスルゴーレムに気付かれないように後ろへ回り込むには、かなり距離を取って大回りする必要があったので、想定していたよりも時間がかかっているのである。大火力を持つ魔法使い系のプレイヤーには、移動系のアーツを持っている者が少なかったというのも誤算の一つであった。


 左右と正面に別れた前衛と、援護のために残っていた遠距離攻撃部隊が波状攻撃を仕掛け、別動隊の準備が整うまでの時間を必死に稼ぐ。


 ミッスルゴーレムが固まっていた前衛をなぎ払うために腕を振り上げたタイミングで、がら空きになっている胸めがけて遠距離攻撃部隊がアーツを放つ。――と、この時、狙いが逸れたものがたまたま目玉に直撃した。


「清歌嬢!」「はい、参りましょう!」


 偶然できたほんの僅かな隙を見逃さない者が二人。清歌と聡一郎が弾かれたように走り出した。声を掛け合っているように聞こえるかもしれないが、すでに走り出してからのことなので、果たして声を掛ける必要があるのかは疑問である。ともあれ、普段よく会話しているわけでもないのに、こういう時は何故か息がバッチリ合っている二人であった。


 足元――というか股の下という死角に入り込んだ二人は、左右の足を滅多打ち(斬り)にする。清歌につき従って飛び込んだ千颯と雪苺も、ここぞとばかりに魔法や噛みつきで攻撃を加えている。


 これまでにない大きなダメージを出している二人の特攻を援護するために、冒険者たちが攻撃と挑発で注意を引き付けようと試みる。が、ミッスルゴーレムはそちらの攻撃を食らっても、足元の鬱陶しい二人と二匹を排除する方を優先したらしく、固めた拳を足の間目掛けて振り下ろした。


「「ステップ!」」


 しかしそんな大ぶりな攻撃の気配に気づかない二人ではない。絶妙なタイミングで背中側にアーツで抜けてこれを難なく躱す。千颯と雪苺も清歌と同時に離脱していた。


 この時まさに丁度のタイミングで、背後に回り込んでいた魔法使いを中心とした別動隊が攻撃の準備を終えており、舞台のリーダーが清歌たちに向けて手を挙げていた。


 二人は左右に分かれると、ミッスルゴーレムの注意を引くように牽制の攻撃を入れつつ距離を取り、大回りで移動して正面の近接攻撃部隊と再度合流した。


『みんな~! 魔法の斉射に合わせてこっちも突撃するわよ! 打ち合わせ通りに、グループごとに順番で攻撃したらすぐに離脱! いいわね!』


『応!』『は~い』『承知!』『やったるで~』『これで決める!』


『OK! じゃあ、別動隊の皆 3……、2……、1……、作戦開始っ!』


 こういう時は()が出てしまうのか、妙に凛々しいチームリーダーの掛け声に合わせ、別動隊から強力な魔法が斉射される。無防備な左足目掛けて殺到した魔法が大爆発を起こした。


 叫び声を上げるミッスルゴーレムに前衛部隊が容赦なく追撃を加える。爆発の煙がまだ残っている中に四人の冒険者たちが突撃してアーツを叩きこむと、すぐに離脱して場所を空ける。そこへさらに別のグループが飛び込み――というパターンで途切れることの無い連続攻撃を加えていった。


 そして再チャージの済んだ魔法使い部隊がダメ押しの一斉射撃を放ち、遂に左足が光の粒となって消えていった


「ウゴォアァァーー!」


 左足を失いバランスを崩したミッスルゴーレムが、叫び声を上げながらゆっくりと横に倒れてゆく。


 大きな地響きを立てて倒れたミッスルゴーレムは、まるでその衝撃ではじけ飛んでしまったかのようにバラバラになると、再び地面の中へと姿を消していった。


 地鳴りのような音が響き、地面もしばらく揺れていていたが、やがてそれも収まる。そして数秒の静寂の後、戦いの終わりを実感した冒険者たちが歓声を上げた。


 ある者は武器を高く掲げ、ある者は隣の者とハイタッチを交わし、それぞれの形で勝利を祝っている。


 ――こうして二度目のレイドボス戦も、無事撃退に成功したのであった。







 前回と今回、二度のミッスルゴーレム戦でいくつか判明したことがある。


 まず二度目に現れたミッスルゴーレムは、既にHPが一割ほど減少した状態から始まっていた。前回撃退した時は二割削っていたのだから、一割回復していたことになる。これは自動回復でもそれ以上に回復することはなく、つまりは最大HPが削れた状態から始まっていると言えるだろう。


 次に形状が変化するということ。このパターンからすると、三度目の出現でも姿を変えてくると予想される。人型からゴリラ型への変化では、攻撃パターンに類似点も多かったが、全く違う形に変化してくることも考えられるので注意が必要だろう。


 そして一定量のダメージを与えると分解し地中へ潜っていき、恐らく次に出現するのは同じ場所であるということ。一割ほどHPが回復していたことから察するに、地中に潜ってエネルギーを吸い取っているのだろう。


 ベースキャンプに戻ったマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の一行は、一休みしながらこれらのことについて雑談混じりに話し合っていた。もちろん場所はドッグ(魔物)ランの中で、それぞれお気に入りの魔物モフモフに癒されながらのことである。


「やっぱり一番のネックは、HPが回復することよねぇ……」


「まぁ、そこだよなぁ……。仮に奴が一日おきに出てくるなら、次は五日目、その次は最終日ってことになるんだが……」


「一回の戦闘で実質一割しか削れないということは、最終日は七割を削り切らねばならないということに……なるな」


「それは……かなりの長期戦になりますね。最後まで集中力が持つでしょうか?」


「う~ん、そういう心配もあるんだけどさ~。途中で逃げられちゃって、討伐失敗になっちゃわないかな~っていうのが怖いんだけど……」


「「「「あ~~」」」」


 弥生の懸念は、実にありそうな話だと四人は同意の声を上げた。いろいろと罠を仕掛けるのが好きな開発の性格を考えると、最終日にレイドボスを取り逃がし、島が墜落してイベントが終了――などという結末が用意されているという可能性はあるだろう。


 イベントの成否という意味ではバッドエンドとなるのだろうが、それはそれでパニック映画的なスペクタクルを体験できそうではある。――まあ、望んでその結末を選びたい者はいないだろうが。


「……で? 弥生には何か解決策に心当たりはあるのかね?」


「それは……う~ん、やっぱり最終日までにマッスルゴーレムを追い詰めておく必要があるんじゃないかな~って、思うんだよね」


「そね。要は地中に逃げ込んでも回復できないようにしておく必要がある……、ってことよね?」


「うん。だから結論としてはこれまでと同じ、ってことになるかな」


 やはりこの島のどこかに起きているであろう異変を見つけ、ミッスルゴーレムによるエネルギーの吸収を妨害することが、このイベントの成否の鍵になりそうだ、ということだった。


「そういえば……、先ほどミッスルゴーレムが地中に消えた後で暫く地震がありましたから、どこかに変化が起きているかもしれませんね」


「ふむふむ。確かに一回目の時は地震なんてなかったもんね。……さて! じゃあそろそろ行動を始めよ~! 私らはこれから収穫兼調査だけど、清歌はこれから魔物使いさんたちにレクチャーなんだよね?」


「はい。約束の時間まではまだ三十分ほどありますけれど……、先方はもう準備できているようですね」


 勇気ある魔物使いの集いから選抜されたレクチャーを受ける三名は、ベースキャンプの休憩スペースでお喋りをして時間を潰しているようだ。双方の準備が出来ているのなら待たせる必要もないだろうと、腰を上げようとした清歌を悠司が引き留めた。


「あ、ちょっと聞いておきたいんだが、清歌さんお勧めの調査ポイントなんてないかな?」


「お勧め……でしょうか?」「ナニ言ってんの、悠司?」「どういう意味よ?」


 調査といっても、この広いフィールドでただ闇雲に怪しい場所を探すというのは限界がある。一応前回はボス戦跡地を調べに行ったわけだが、今回の跡地に行ったところで新しい発見があるとは思えない。それならば上空からこのフィールド全域を見たことのある清歌の視点で、何か(・・)が起こりそうなポイントに心当たりはないだろうか――そう悠司は考えたのである。


「そうですね……」


 地中へ潜っていったことからも明らかなように、ミッスルゴーレムが大樹バオバブに取りついてエネルギーを吸い取っているのは地下――というか、地盤を支えている枝の部分のはずだ。ということは、何かしらの対策を取るためには地下に潜る必要がある。地下への入り口がありそうな場所というと――


 清歌はマップウィンドウを開いて、輪になって座っている五人の真ん中に置いた。イベントが始まって以降、文字通り島中を飛び回っていた清歌のマップは既に完成している。そのマップを指し示しながら清歌は説明した。


「地下への入り口が開きそうな場所というと、やはり地盤の境界線ではないでしょうか? とくに段差が大きい崖になっているここと……ここと、それからここのライン……、あとは森で良く分からなくなっていますけれど、この境界線もかなりの段差になっているはずですね」


 清歌が示したラインを見ていた悠司が、不意にマップに顔を寄せた。清歌は他の崖と同列に語っていたが、この森は一体どうやって行けばいいのだろうか?


「……んん? この森に歩いて行くってなると、かなり遠回りする必要があるんじゃないか。この段差が飛び降りれない高さだとすると……、まず東の小ベースからさらに東に行ってから南下して、この湖を迂回してこの崖を登って……って、かなり面倒だぞ? なんだこの森?」


 実際に歩く場合をシミュレーションしながらマップ上を指で辿ってみて、初めて分かったこの不自然さ。上空から何処へでも好きな場所へ降りることができる清歌だからこそ気づけなかった盲点である。


「怪し過ぎるよね~」「ええ、怪しいですね」「これは何かある」「ありそうだよなぁ~」「むしろ怪し過ぎてミスリードを疑いたくなるわね」


 目に見えている場所なのに、明らかに隠されて(・・・・)いると思しき秘密の森。ゲーム的に考えるならば、ここに何も無いというのはウソであろう。絵梨が言ったようにミスリード――開発の意地悪ともいう――という可能性も無いとは言えないが、行ってみる価値はありそうである。


「あの……、手間が掛かりそうなら私が後ほど、何かあるかどうかだけでも確認してきましょうか? 私とヒナだけなら安全に降りられますので」


 清歌がそう申し出たのには理由がある。崖を飛び降りると高確率で、傍にある樹木に潜んでいるトゲトゲマロンという(いが)栗型の魔物から遠距離攻撃を受けるという情報が、掲示板で複数報告されていたのだ。従って今回の場合は、普通に飛び降りると魔物からの攻撃と落下ダメージで、浮遊落下でゆっくり飛び降りると魔物からの集中砲火を受けることになってしまうのである。


 余談だが栗の魔物は、毬栗型のトゲトゲマロンと毬の無いフニフニマロンという二種類が存在する。フニフニマロンはその名の通り低反発クッションの様なフニフニした感触で、ノンアクティブの魔物である。どちらも収穫できるのは栗だが、トゲトゲマロンから収穫できる栗の方が大きくて高品質とのこと。


 弥生が他のメンバーとアイコンタクトを取ると、皆頷いていた。


「ありがとう、清歌。でもせっかくだから歩いて行ってみるよ。ちょっと探検みたいで面白そうだし、途中で収穫もして行くから全くの無駄足にはならないだろうしね」


「承知しました。……では」


「うん! みんな、出発するよ~」







 清歌の“やさしい魔物と仲良くなる講座(仮称)”に参加した勇気ある魔物使いの集いのメンバーは三人、海月姐ことギルドマスターと、清歌に招待状を届けた二人の少女である。


 清歌と行動を共にするということで男子――サブマスターを含めて三人いる――はまず除外され、ギルマスは確定、後の二人は公平かつ公正なジャンケン一本勝負によって決まった。なお、余計な要素が入ると良くないということで、海月姐たち三人のパーティーに清歌は入っていない。


 そんな一人と一匹+三人と三匹という組み合わせの一行は、ベースキャンプを出て森の中に入っている。この辺りは初心者でも互角に戦えるノンアクティブの魔物しか出ない為、最初の手探り状態が過ぎた後はほとんど誰も来ない場所となっている。


 清歌が「ちょっとその辺りで見ていてくださいね」と言って、三人から離れて行く。


 なんとな~く木の幹に身を隠した三人が、ひょっこりと顔だけを出して清歌の様子を窺うと――


(((えぇ~~~~っ!)))


 驚愕の光景を目の当たりにすることとなった。なんと清歌の足元には三体のフニフニマロンがじゃれつき、手の中にはキャベツ型の魔物が収まっていたのである。


 これまで何度もトライしては失敗してきた、フィールド上の魔物との触れ合い。それがこうもあっさりと成功しているのが海月姐には信じられなかったが、これは紛れもない事実だ。いったい何が違うというのだろうか? ――ハッ! まさか魔物とはすべからく、超絶な面食いということなのか!? 私だってそう捨てたもんじゃないと思うけど、モフモフ御前レベルの、もはや人間離れしているとさえ言える程の美少女でなければ、魔物(かれら)はお気に召さないとでもいうのかー!


(おっとイケナイ。冷静に、冷静にー……っと)


 何やらおかしなテンションで脳内がヒートアップしてしまったが、海月姐は意識的にそれを抑え、もう一度冷静に清歌へと目を向ける。


 薄暗く鬱蒼とした森の中に絶世の美少女が佇み、僅かばかりに届く木漏れ日に照らされている。これで彼女に寄り添っているのが兎や栗鼠、小鳥といった小動物だったのならメルヘンそのものなのだが、ハンドボール大のお化け栗と空飛ぶキャベツではいろいろと台無しである。


 さておき、この状況はどう見ても異常だ。ノンアクティブの魔物はこちらから攻撃しなければ仕掛けてこないが、基本的に警戒心が強く、冒険者が近づいているのに気づくと距離を取るのが普通の反応だ。これを追いかけて強引に触れてしまうと、その時点で戦闘が始まってしまう。


 今目の当たりにしている光景のように、魔物の方からすり寄ってくることなど有り得ない――はずなのである。


「皆さん。もう少し、近づいても大丈夫ですよ」


 三人は顔を見合わせて一つ頷くと、ゆっくりと清歌の方へと歩みを進めた。確かに栗とキャベツがちょっと警戒しているようだが、逃げ出しはしないようだ。戦闘中以外でフィールドの魔物にここまで近づけたのは、地味にこれが初めてのことである。


「こんな風にノンアクティブの魔物と仲良くなるのは、それほど難しくはありません」


「いやいや、そんなことないから。私らが近づこうとすると、ノンアクティブの魔物は逃げちゃうんだけど……」


「はい。ですからまずは、身に着けている装備を外して、魔物の警戒心を解いてあげる必要があります」


「え!? ちょ、ちょっと待って。じゃあ御前が着ているそれは……」


「はい、これは分類としては玩具アイテムです。装備品ではありません」


 ちなみにもしかすると武器をしまっておくだけでも大丈夫かもしれないが、清歌は普段からこの格好なので、防具のみを身に着けている状態での検証はしていないと補足した。


 言われてみればそれほど無茶な要求ではないし、それなりに納得のいく条件でもある。ただ普通の冒険者は、清歌のように玩具アイテムの服を持ってはいない。ということは、今ここで実践するにはインナー姿にならなければいけないのだが――それはちょっと恥ずかしい気がする。


「なるほど~。考えてみれば、冒険者が武器を持って近づいて来たら、魔物は警戒するのが当たり前ですよね」


「うんうん。よしっ、分っかりましたーっ!」


 一体何が分かったのかと問い返す間もなく、ウリ坊を連れた少女が装備ウィンドウを開き、パパパーッと全ての装備を外してデフォルトのインナー姿になってしまった。なお、このイイ脱ぎっぷりの少女は、チョコというニックネームだ。(ちょ)というネーミングである。そしてチョコの行動に慌てている、鳥の従魔を持つ少女はチュンチュンという。


「ちょっと、あんたいきなりそれは……」「そ、そうだよ、VRでも恥じらいとゆうものを……」


「えー? 女同士なんだし、この辺りには人も滅多に来ないから大丈夫ですよー」


 チョコは清歌の足元にいる個体とは別のフニフニマロンに目標を定めると、警戒させないように気を付けてゆっくりと歩み寄る。


 今度こそ上手くいくはずという期待は見事に裏切られ、フニフニマロンはある程度まで近寄ると逃げ出し、森の奥へと消えて行ってしまった。


「お、お姉さまぁ~~(涙目)」


「ふふっ、話にはまだ続きがありますよ? どうやら同じフィールドにいる魔物を斃すと、警戒心が上がってしまうようなのです」


 清歌たちのギルドによる推測では、戦闘によって上がった警戒心は町にいることで徐々に下がるのではないかということだった。また、ダンジョン内での戦闘やボス戦は警戒心に影響を及ぼさないらしい。


 なおアクティブな魔物に関しては個別に条件が設定されているらしく、確実に従魔にする方法は見つかっていない。ただ従魔を通訳代わりにして意思の疎通と、場合によっては交渉も出来ることは分かっているとのことだった。


「……ということは、イベントが終わってもすぐに従魔を増やすのは難しいかもね」


「うん。でもこれでようやくフィールドの魔物を仲間にできるんだから、ちょっと待つくらい問題ないよ!」


「そうね。……御前、本当にありがとう! これで私たちも堂々と“魔物使いのギルド”を名乗れるようになるわ!」


「「ありがとうございましたー!」」


「どういたしまして。お役に立てたのなら何よりです」


 こうして清歌による“やさしい魔物と仲良くなる講座(仮称)”は終了した。


 ――しばらく後、勇気ある魔物使いの集いは従魔たちが一気に増え、広い庭つきホームへと転居を考えなくてはならなくなるのだが――それはまた別の話である。





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