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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―05




 収穫祭イベント二日目。マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は調査で得られた情報の共有と相談のために、ベースキャンプへと帰還していた。


 ドッグ(魔物)ランスペース内にレジャーシートを広げ、清歌に呼び出してもらったお気に入りの魔物(モフモフ)を愛でつつ、得られた情報からこれから起こりそうなことについて考えを巡らせていた。


 言うまでもなく、わざわざモフりながらやる必要は全くない。ただ実働テストの中盤辺りから、ホームに帰還すればたくさんの魔物モフモフたちといつでも戯れることができる環境だったため、ただ普通に話し合うだけだと、なんとな~く手元が寂しい感じがして落ち着かなくなってしまっていたのだ。――ということに、今日気づいてしまったのである。


 ちなみに清歌は飛夏を膝の上に雪苺を肩に乗せ、弥生はマロンシープに背中を預け、絵梨はカクレガドリを抱え、聡一郎はカピバラに野菜スティックを食べさせ、悠司はナマケウサギをむにむにしている。これまであまりモフることは無かった悠司も、ナマケウサギの絶妙な手触りに遂に陥落してしまったようである。


「あ~~、癒されるよね~」


「<ミリオンワールド>に来たら、やっぱりこの子たちに会いたいですよね~」


「そーねー。まったりする時にはもはや必須よねー」


「うむ、癒しは必要だな」


「こんなことしてて良いのかっつー気もするが……。この感触がなんとも……」


 割と重要と思われる情報を入手し、それについて話し合いをする予定だったのだが、どうも魔物たちに過度に癒されてしまったようだ。何やら空気がゆるゆるになってしまって、緊張感など完全に消え去ってしまっている。


 これがいつもと同じマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)としての活動ならば、このままずっとまった~りしていても一向に構わないのだが、今回はイベント中でその上チーム戦だ。せっかく入手してきた情報をほったらかしにして、のんびり休んでいるのは少々問題がある。


 このままではイカンと、リーダーたる弥生は両頬を軽くぺちんと叩いて頭をしゃっきりさせた。


「さてと! じゃあ皆、取り敢えずまったりタイムはここまでにするよ~! ……それで、まずは私らが発見したことから……かな?」


「……っつーか思うに、問題の根っこは同じトコなんじゃあるまいか?」


「そね、ユージに一票。まあ作物の方は、極端に影響が出てるのはボス戦跡地だけみたいだけど」


 絵梨が掲示板の新情報をざっとチェックしてみたところ、他のチームメンバーから魔物が弱体化しているという報告はまだ上がっていない。ただもし自分たちが推理したように、あのボスがイベント島(=空飛ぶ大樹(バオバブ))からエネルギー的なモノを吸い取っているのだとしたら、その影響はこの島全体に及んでいるはずだ。とすれば、魔物の弱体化も全体的に発生していると考えられる。――それも誰もが気付かない程度の些細な違いとして。


「ふむ。僅かな弱体化ならば、戦闘に慣れたせいかと勘違いしてしまうだろうからな。途中でレベルアップでもしたなら、まず気付かんだろう」


「コインについても、ほんの数枚の違いでしたら気付くのは難しいでしょうね。毎回全く同じ数を収穫するわけではないでしょうし……」


「あ~、それで気付いた時にはもうすごく目減りした後だった……ってなっちゃうってことか。……絵梨の予想通りだね」


「そうなってしまったら、ね。悪い予想だから、当たらない方がよかったんだけど……」


「ま、ソコは前向きに、早めに気付けたから良かった……って考えることにするとしてだ。これは結局、あのボスをどうにかするしかないって結論になるのか?」


「う~ん……」「そう……ですね」「むぅ……」「解決策……ねぇ……」


 でもな~、と弥生は腕を組む。もし例のボスが異変の原因で解決策が斃す以外にないというのであれば、結局のところ運営が定めたイベントのスケジュール通りに行動するしかない、ということになる。それではわざわざ冒険者に(辛うじて)分かるように、異変の兆候を示した意味がない。


 体育の時間に絵梨が推理したように、この異変に何も対策を施さなければイベントの結果がえらいことになる――という方がありそうな話だ。それは言い換えると、対応策がちゃんと用意されている、ということでもある。


「対応策……対応策ねぇ……。フフ、植物用の栄養剤でも撒けばいいのかしら?」


「う~む、作物の価値は上がるかもしれんが……」


 絵梨が冗談のつもりで言った策に聡一郎が割と素で返し、聞いていた清歌たちが言葉に詰まった。絵梨がモノクルの位置を直してコホンと咳払いをする。


「ソーイチ、冗談を素で返さないで頂戴な。……というか、そもそも植物用栄養剤なんて無いでしょうに」


「一応ホームで農業も出来るらしいから、もしかしたらあるのかもしれんが、少なくともこのイベントには持ち込めないからな」


「そういえばスベラギには園芸のお店もありましたね。種や苗も売っていましたから、土や肥料などもあったのかもしれません」


「清歌って、本当にスベラギのお店よく知ってるよね……。ってそうじゃなくて、肥料の話から離れよう! たぶん……ってか、間違いなくソレは正解じゃないから」


 話が思いっきり逸れてしまいそうになったところを、弥生が慌てて軌道修正する。せっかくまったりした空気から抜け出したというのに、関係ない話で盛り上がってしまっては意味がない。


「そりゃあ分かっちゃいるが、対策っつってもなぁ……。今はまだ情報が少なすぎるから、考えようがなんじゃないか?」


「あ~、考えてみればまだイベント二日目だもんね。そう簡単に対策をとれるわけが……っていうか、もしかしたらまだ対策を取れる状態になってないかも?」


 弥生の言葉がピンとこなかった清歌が軽く首を傾げ、聡一郎も片眉を上げていた。


「弥生さん、それはどういう意味でしょうか?」


「へ? あ~、そっか。他のゲームをやってないと分からないかな? ええとね……」


 RPGで発生するイベントは、必ずしも最初から全てを解決クリアできるようになっていないことが多々ある。一般的なRPGならゲーム内での時間経過やメインシナリオの進行状況に合わせて、オンラインRPGなら現実リアルのスケジュールに合わせてイベントの要素が解放されていくというシステムになっているのである。


 特にオンラインゲームにおける期間限定イベントの場合では、いわゆるガチ勢が飛びついてあっという間にクリアしてしまうと、すぐに閑散としてしまうことになりかねない。折角お祭り(イベント)の会場に行ってみたというのに、そこにいるのがNPCばかりだったというのでは少々寂しいし、他プレイヤーとの協力が必要な場合はクリアそのものが難しくなる危険性もあるのだ。


 弥生が思うに、今回のイベントでは定期的(・・・)に出現するレイドボスというのがポイントだろう。ボスの出現に合わせて何らかの変化が起きて、異変への対処法が明かされるようになっているのではないだろうか? そういう意味では、昨日のボス戦跡地に土がむき出しになっている箇所が出来ていたというのは、ある種のヒントだったとも考えられる。


「ちょっと、トイボックスの皆さ~ん。貴方たち、すっごく目立ってるって気付いてるのかしら?」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた方を見ると、予想通りチームリーダー(仮)であるオネェさんと、勇気ある魔物使いの集いのギルドマスターが柵の向こう側に立っていた。


「はい? あ、オネェさん……と、魔物使いのギルマスさん。こんにちは~」


「ええ、こんにちは!」「こ、こんにちは……」


 クラゲ型の魔物を右肩の辺りにふよふよと漂わせている、勇気ある魔物使いの集いのギルマスは、何やら呆然とした表情でぎこちなく返事を返した。それも無理のない話で、清歌が複数の魔物を従魔にしているのは話に聞いていたが、まさかこんなにたくさんいるとは思っていなかったのである。


 オネェさんが“目立っている”と言っていた原因もその辺りにあるようで、ベースキャンプにいる冒険者たちが、ドッグランでモフりながら話をしているマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)にチラチラと視線を向けていた。特に勇気ある魔物使いの集いのメンバーなどは、欲望のままに突撃しようとしているところを、ギルマスが「せめて話し合いが終わるのを待つように」と説得したくらいである。


 そうやってギルドメンバーを抑えているところにオネェさんが、ちょっと情報交換会でもしないかという提案を持ってきたのである。


「そういうことですか。ではお二人もこちらにどうぞ」


「そう、じゃ、お邪魔するわね~」


「おじゃまします。あ、私のことは海月(ねえ)とでも呼んで頂戴。ニックネームもそれで登録してるから」


 なんでも今回のイベントに際して、ギルドメンバー全員が自分の従魔に因んだニックネームに設定したらしい。ちなみに彼女は、クラギャルと海月姐という二つの候補からギルドメンバーの投票で決めたそうな。


 レジャーシートに二人が加わる。それでは情報交換会をと話を切り出す――かと思いきや、何やら二人が羨ましそうな目で従魔たちを見つめていた。まったりモードから復帰はしたのだが、五人ともモフるのは止めていなかったのである。


「ええと……、もしかしてモフりたいん……ですか?」


「えっ!? そ、そうね……ちょっと触ってみたい……かも」


「では、そうですね……、この子なんてどうでしょうか」


 ギルドメンバー以外でも大丈夫なのかが分からなかったので、清歌は比較的人懐っこくて攻撃的でないナップルリッスンを呼び出し、海月姐さんの膝の上に乗せてみる。見慣れない人物相手にキョトンと首を傾げていたナップルリッスンを、海月姐が恐る恐るナデナデした。


「おおおぉぉ~~、ちっちゃい……可愛い……モフモフしてる……」


 <ミリオンワールド>最小クラスの魔物であるナップルリッスンはとても可愛らしいので、ホームで飼いたい魔物ランキング(ギルド内調べ)で常に上位に入っているのだ。図らずもそんな子をモフることができて、海月姐はトリップしてしまったようである。


「ふふっ。……オネェさんも如何でしょうか?」


「そぉねぇ~、じゃあ私も……あ、スライムなんていないかしら? だってやっぱりマスコット系のカワイイモンスターといえば、スライムしかないと思うのよ!」


 間違いなく某国民的RPGに出現する、タマネギ型にちょっと間の抜けた表情が可愛らしい、あのモンスターを想像しているのだろう。同系列のゲームをプレイしたことがある弥生と悠司は、「さもありなん」という感じに頷いていた。


 余談だが、最序盤のやられキャラ、ザコ中のザコ、モンスターというよりもはやマスコット――などというイメージが定着したのは前述のRPGによるものであり、古典的なファンタジーやテーブルトークRPGなどでは、割と厄介な難敵として登場することが多い。形状についてもプルンとしたゼリー状ではなく、どろどろとしたゲル状の、少なくとも可愛らしさなど欠片もないものである。


 清歌はその古典的な方のスライムを想像した為、なぜスライムが可愛いのだろうかと内心首を捻っていた。


「清歌、清歌。たぶんトマトを出せばピッタリだと思うよ?」


「え……、あの子ですか? 良く分かりませんけれど、弥生さんがそう仰るのでしたら……」


 なぜスライムとトマトが結びつくのか分からないまま、清歌がジェリートマトを呼び出してレジャーシートの真ん中辺りに置く。すると弥生の予想通り、オネェさんは大喜びで抱き上げ、その手触りを存分に楽しむのであった。




 十分ほど経過したころ、トリップしていた海月姐がようやく正気を取り戻した。


「いけない! ちょ、ちょっとオネェさん、私たちは癒されに来たんじゃないわ」


「はっ! 私としたことがすっかり本題を忘れちゃうところだった。え~、コホン。それで、さっきは興味深い話をしてたみたいだけど、トイボックスさんは何を見つけたのかしら?」


 弥生に頼まれて説明が上手な絵梨と悠司が、取り敢えず推理の部分は省いて事実のみを伝える。そして海月姐の方からも重要な情報が報告された。なおオネェさんログインした直後にこちらに来たので、新情報は何も持っていない。


「ふむふむ。ベースキャンプはここだけじゃないんですね。……っていうかわざわざ“東”って出るってことは……」


「ええ、恐らく他にもあると思うわ。それにしても魔物の弱体化と、それに伴う作物の価値の現象……ね」


「それからこの島が徐々に降下しているのね。……重大な問題だけど、トイボックスさんはどう考えてるのかしら?」


「私らは、あのレイドボスが関連してるんじゃないかな~って、考えてます。つまりあのマッスルゴーレムがこの島……っていうか樹からエネルギー的なものを吸い取ってるんじゃないかって」


「それで、島が降下して作物の質も下がっているってことね。……確かにありそうな話だけど、出来れば何か根拠が欲しいわよねぇ……」


 弥生たち五人は顔を見合わせる。根拠があるかと問われると、正直言って困る。何しろ勘と物語的お約束から“何か異変が起きるはず”と決めてかかり、それらしい兆候を発見したというだけなのだ。


 イベントの会場全体に何か(・・)が起きているならボスに原因があると考えるのが自然な気もするが、一方でプレイヤー達に知らされていない隠し要素として仕掛けられたものならば、ボスとは全く無関係の事件と考えられなくもない。


 う~む、と一同が頭を抱える中、清歌が皆に言い忘れていたことがあったことを思い出した。


「そういえば、あのボスについて気になっていたのですけれど……」


「マッスルがどうかした、清歌?」「あのマッソーちゃんが何かしら?」「マッスルゴーレムの何が気になるの?」


 ギルドマスター三人の反応に清歌はクスリと笑みを零した。


「ふふっ、あの……皆さん、正しくはマッスルではなくミッスルゴーレムですよ? 恐らく“Mistletoe”から付けられた名前なのではないかと」


 清歌としては割と重要なヒントなのではないかと思って言ったのだが、弥生を始めとした六人の頭の上には疑問符が浮かんでいた。――というか、弥生などはコミックエフェクトで本当に(クエスチョンマーク)を浮かべて、オネェさんと海月姐を驚かせていた。


 何かが頭に引っかかっていた絵梨が答えに辿り着き声を上げた。


「ミッスルトー? ミッスルトー……ミッスル……って、あっ! もしかしてミスティルテインのこと!?」


「ミスティルテインですと……、確か北欧の方の言葉だったと思いますけれど……。はい、そうですね」


「え!? ……それって、確か剣の名前じゃなかったっけ? なんかのゲームに出てきた気がするけど……」


「弥生……、あんたねぇ。まあ、確かにそういう名前の剣が出てくる物語もあるけど、そんなゲームもあるのね……。じゃなくって、ミスティルテインっていうのはヤドリギのことよ」


「「「「ヤドリギ?」」」」「あ~、なるほどね」


 ここまで明かされて悠司は理解したらしく、他の四人とは異なる反応をした。


「ヤドリギ……寄生する木と書いて寄生木ヤドリギって読むこともあるわね。読んで字のごとく、他の木に寄生する植物よ。……ま、バオバブに寄生することは無いと思うけどね」


 ミッスルゴーレムが他の植物に寄生する――要するに養分を横取りするという性質を持っているなら、弥生たちの推理にもぴったり合致する。


「つまり、奴はこの島に寄生している魔物で、冒険者はその厄介なヤドリギを排除するためにここに連れてこられたってわけか」


「収穫祭なんて言ってるけど、実質的にはそういう内容のイベントになるわね」


「ふむふむ。……って、アレ? じゃあナニ? あれが妙にマッスルなのって……」


「そね。きっとミッスルっていう名前から眼を逸らそうとしたのよ、開発さん達が。実際、皆マッスルって呼ぶようになってるし、効果はあったわね」


 絵梨の言葉に、感嘆と溜息が微妙に入り混じった吐息があちこちから漏れる。


 名は体を表すものであり、あんな風にマッスルが前面に押し出されなければ、ミッスルとは何ぞやと調べた者もいたはずだ。恐らく絵梨や悠司なども、疑問を感じて辞書を捲っていただろう。


 ある意味で、開発の仕掛けた罠が完璧に機能していると言っていい。しかしミスリードの為だけにあのデザインと挙動を作り上げたのだとしたら、こだわりの方向性を間違っているのではと厳しく追及したくなるところだ。――名前にヒントを入れたりせず、適当な固有名称を付ければ済む話なのだから。


 ともあれ、名前にもヒントがあったとなれば、あのボスが島からエネルギーを吸い取っているという推測は正しいと考えていいだろう。となると次に気になるのは、島が降下しているという点だ。つまり、島が墜落してしまってイベントが失敗してしまうという、隠し要素がある可能性である。


 恐らく島の降下を阻止する手を全く打たなかったとしても、レイドボスさえキッチリ斃せれば島が墜落することはないはず、と弥生は考えている。いくらなんでもイベント期間の途中(・・)でいきなりゲームオーバーというのは酷いし、その可能性がある場合はルール説明のどこかでそれが示唆されているはずである。そういう部分では信用できる開発スタッフなのである。


 しかしそれは別の見方をすれば、レイドボスを斃しきれずにイベント終了を迎えた時、島が墜落して大惨事――という結末(・・)はあり得るというということなのだ。


 さらに言えば、島の降下を阻止するということは、ミッスルゴーレムのエネルギー供給を断つということと同義だ。つまりミッスルゴーレム討伐の成功率を上げるためにも、やっておくに越したことは無いのである。


「とは言っても、何をすればいいのかしらねぇ。対応策については……」


 オネェさんが何かを期待してマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人を見回すが、皆首を横に振った。


「まだそこまでは無理ってものよねぇ」


「……というか、昨日の今日でここまで調べていることの方が驚異ですよ」


 現時点では解決策は分からない――というか解決できる状態ではない?――が、恐らくレイドボスの出現によって状況に変化があるのではないかということを伝えると、二人のギルマスはなるほどと頷いていた。


「それじゃあ、そっちの話はひとまずここまでにしましょうか。それでベースキャンプが複数あったっていう話の方だけど……、これはまあ……ね?」


「ええ。恐らくベースキャンプがあのマッスルゴーレムに襲撃されるってことなんじゃないかと。あ、それでみんなに確認してもらいたいんだけど、転移魔法の行き先が増えていないかしら?」


 小ベースキャンプ発見の話をギルドメンバーとしている時、探索に参加していないメンバーにも転移先が増えていることに気付いたのである。これはもしやチーム全体で共有されるのではないかと考えたのだ。そしてその予想は的中していた。


「そういうことなら話は早いですね。私が残りのベースキャンプを探してきます(ニッコリ☆)」


「う~ん、それが一番……かな。清歌、ちょっと面倒かもだけどお願いね?」


「はい。承知しました」


「ちょ、ちょっと待って!?」


 何ともアッサリとした感じで、清歌が単独で偵察に出ることを決めてしまったことに海月姐が慌てて制止する。清歌たちのレベルが高いのは知っているが、流石に単独で遠出というのは危険過ぎるのではないだろうか。


「危険だからちゃんとパーティーを組んでいった方がいいんじゃない? 森の中はともかく、途中は結構強い魔物もいたわ」


「あ、その点はご心配なく。問題ないですから」


「問題ない……って」「そ……、そうなの?」


「ええ。まあ詳しくは言えませんけど、むしろ私たちが付いて行くと足手纏いになってしまうんですよ」


「ふぅん……。じゃあ、小ベースキャンプの探索はトイボックスさんに任せるわね。こっちは手分けして掲示板への書き込みとか、荷物の運び出しの準備とか進めちゃうわ」


「了解で~す。あ、そうだ、出来ればマッスルゴーレムがまた現れる前に、オネェさんをちゃんとチームリーダーに決めておきたいんですけど……」


「ああ、私もそれは気になってたわ。オネェさんが引き受けてくれるなら、掲示板で呼び掛けてみるけど……、どう?」


「あら、アタシでいいのかしら? モチロン、引き受けるのは吝かではないわよ」


「よろしくお願いします。では、掲示板の方は私がやっておきます」


 その後、幾つか今後の行動について意見を交換して会議は終了した。


 清歌は十分モフモフを堪能させてもらった従魔たちにお礼を言ってホームに帰し、レジャーシートも回収する。


 と、そこにいったん離れたはずの海月姐が戻って来て、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「え~っと、出かけるところをごめんなさい。ちょっとだけいいかしら?」


「はい、なんでしょうか?」


「その……、なんて言うか、とても厚かましいお願いだし、ダメだったら全然断ってくれても構わないんだけど……」


 何やら非常に言い難そうにしている海月姐の背後を見ると、恐らく勇気ある魔物使いの集いのメンバーなのだろう、従魔をそれぞれ従えた冒険者数名が、声には出さずに応援――というか発破をかけているようだ。或いは、チャットを使って本当に応援をしているのかも――


「あ~、もうちょっとみんな黙ってなさい! ちゃんとお願いするからっ!」


 ――応援していたようだ。それが余りにも煩かったらしく、海月姐がクルリと振り返り、大きな声でギルドメンバーたちを叱りつけた。メンバーたちは一瞬ピタリと動きを止めたが、すぐに口パクで「ファイトッ!」とか「頑張って!」とか言いながら、ぐっと両手を握ったりしていた。


 多大な期待が重かったのか、海月姐は溜息を吐いて肩を落とすと、改めて清歌と向き合った。本題を切り出す前に疲れたご様子なのはお気の毒だが、幸か不幸かいい感じに肩の力が抜けたようだ。


「本当に秘密にしてることなら、断ってくれて全然かまわないの。実はフィールド上の魔物を従魔にしようと私たちもいろいろ頑張ってみたんだけど……、やっぱりどうしても良く分からなかったの。本当に良ければ……なんだけど、従魔にするコツ……っていうか条件を教えてもらうことはできないかしら? もちろん、できる限りのお礼」


 清歌が仲間たちとアイコンタクトを取ると頷いていた。ある意味予想通りのことであり、特に相談する必要もなさそうだ。


「殊更秘密にしているわけではありませんから構いませんよ。この後は探索に出かけますので……そうですね、恐らくあと最低三か所、南北と西には小ベースキャンプがあると思いますので、それらを一通り見つけた後ではどうでしょうか?」


「本当!? ありがとう、御前!!」


 パッと明かりが灯るような笑顔を浮かべると、海月姐はギルドメンバーたちに向かって大きく手で(マル)を作って見せた。固唾を飲んで見守っていたメンバーたちは、それを見た瞬間飛び上がって歓声を上げていた。――果たして従魔を増やせる(かもしれない)ことを喜んでいるのか、それとも清歌に教えてもらえることが嬉しいのかは謎である。


 それはさておき――


「御前って清歌のこと?(ヒソヒソ)」


「さ、さあ……どうでしょう? そう呼ばれるのは初めてですから(ヒソヒソ)」


「っつーか、御前ってナンだ?(ヒソヒソ)」


「巴御前とか静御前の御前、でしょ?(ヒソヒソ)」


「いや、悠司が聞きたいのはそういうことではないと思うが……(ヒソヒソ)」


 新たな清歌の呼び名が少々物議をかもすのであった。一つだけ分かるのは、勇気ある魔物使いの集いのメンバーたちの間では、清歌は何やら尊敬というか、崇め奉られる存在となっているようである。


「あっ、ごめんなさい。それでお礼っていうか報酬の件なんだけど……」


「報酬……ですか」


 清歌にはこれといって思いつかず、弥生に視線を向ける。が、弥生にもこれといって欲しいものは思い浮かばなかった。贅沢な話だが資金は潤沢にあり、大きな買い物であるはずのホームも既に入手済みだ。強いて言えば欲しいのは情報だが、遺跡フィールド(あんなところ)を探索しているのは、今のところ自分たちだけであろう。


 はて何か欲しいものはと弥生まで悩み始めたところで、悠司が助け舟を出した。


「じゃあ、こういうのはどうだろう? そちらさんで何か面白い魔物を見つけたり、従魔にできたら、その情報をこっちにくれるっていうのは?」


「あ、それいいんじゃないかな? ね?」


「はい。私もそれでいいと思います」


 台所事情が苦しそうなギルドに、金銭の報酬を要求するというのは少々気が引けるものがある。その点これならば清歌にとって有益であり、海月姐さん達の活動とも合致している。落としどころとしては妥当な線であろう。


「私たちとしては有難いけど……、本当にそんなことでいいの?」


「はい。それでお願いしますね」


 海月姐は弥生とフレンド登録をして――清歌と直接フレンド登録は面倒なことになりかねないのでギルマス同士で登録したのだ――ギルドメンバーの元へと帰り、全員揃ったところで、こちらに向けて深々とお辞儀をしていた。清歌が微笑んで軽く手を振ると、例の招待状を届けに来た二人などは大喜びしていた。


 彼女たちはこれから狩りに向かうとのことで、装備を整えると森の中へと消えて行った。何でも昨日収穫した作物がまだ手持ちにあるので、同じものを収穫してこの辺りでも価値が下がっているのかを確認するのだそうだ。


「では、私は早速小ベースキャンプを探しに向かいます。皆さんはどうされますか?」


「ちょっと東の小ベースを見に行ってみるよ。で、そこから移動して採取と収穫をするつもり」


「……考えてみると、このイベント島はかなり広いからなぁ。探索範囲を広げるためにも、転移先の小ベースは必要だよな。……普通は」


「「「「あ~~」」」」


 空飛ぶ毛布という圧倒的に便利な移動手段があるために清歌たちは忘れてしまっていたが、普通に歩いて探索するには――ここには街道もないのだ――このイベント島はかなり広い。例えばこの島の全体像を知ることができたことに関しても、弥生たちは清歌が島から飛び降りたという暴挙にばかり注目していたが、そもそもあのタイミングで島の端に辿り着いていたこと自体がおかしいのである。


「では、チーム全体の行動範囲を広げるためにも、ベースキャンプは早く見つけた方が良さそうですね」


「うん。それにマッスルゴーレムがどこに現れても、すぐに駆け付けられるようになるからね。お願いね、清歌、それにヒナも」


「はい。お任せください」「ナナッ!」





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