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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―04




 百櫻坂高校の体育祭は十月の第二月曜日、つまり体育の日に行われる。体育祭が目前に迫ったこの時期、体育の授業はその練習に当てられ、普段は男女別の授業がクラス単位で行われている。


 清歌たちのクラスはどちらかと言うと来月の文化祭に力を入れようという空気なので、体育祭については割とゆる~い感じの取り組みだ。悠司のいるお隣のクラスがとても熱心に、リレーのバトンパスなど各種競技の練習をしているのに比べると大違いである。


 一応授業中なのでぼちぼち練習はしているのだが、どちらかと言うと駄弁っている合間にちょっと練習をしているという感じだ。そんなわけで清歌と弥生、絵梨の三人組も、校庭脇に置かれているベンチの中で植木の影に入っているものを一つ占領して、お喋りの花を咲かせている。


 ちなみに百櫻坂高校の指定体操着は、夏はボタンの無いポロシャツ風の上に、下は膝丈のジャージ又はショートパンツの選択式。冬は普通にジャージである。清歌たち三人は――というか殆どの女子は――膝丈のジャージを身に着けているので、男子諸君にとっては残念なことに体操着と言っても露出は少なめである。


「授業で練習時間を用意していくれるのはいいけど、私は練習のしようが無いんだよねぇ……」


「あら、練習をしたいなら、普通に走り込みをすればいいんじゃないの? 一応、走る競技なわけだし」


「んぐ、そ、そうきたか。でも授業中にちょっと練習したくらいじゃ、そうそう変わらないよ。……運動神経の鈍さとは、もう長い付き合いだからね……」


「ふふっ。弥生さん、運動神経はともかく、フォームに気を付ければ多少速くなると思いますよ。練習してみますか?」


「ありがと~、清歌。でも今日はいいや~。っていうか今日はあんまり動きたくないよ……」


 弥生が背もたれに寄りかかって上を見上げ、木の葉の隙間から漏れてくる強い日差しに目を細めた。


「確かに、そね」「今日は暑いですからね~」


 今日は雲一つない快晴で、気温もぐんぐん上昇している。最近は割と涼しい日が多くすっかり秋めいてきていたところなので、この暑さは結構堪える。体育祭の練習という名の自由時間では、イマイチ体を動かそうという気になれない。そんな中でも普通に頑張っているお隣さんには、頭が下がる思いである。――見習って自分たちも頑張ろう、とまでは思っていないようだが。


「それにしても弥生は勇者ね。まさか借り物競争に立候補するなんて」


「本音を言えば気は進まなかったんだよ? でも私が体育祭でポイントを稼ぐなら、運要素が絡むアレが、一番可能性が高かったんだよ……」


「委員長は辛いわねぇ。最初っから投げてる私とは大違いだわ」


「……それに弥生さんは、最後まで決まりそうになかった借り物競争だからこそ、立候補したのですよね?」


「え~っと、あはは。まあ、そういうコトもあったりなかったり……」


 実際そういう側面もあったのだが、ニッコリ笑顔の清歌に「流石は弥生さんです」という感じで指摘されると、照れてしまう弥生なのであった。


 ちなみに運動が苦手で借り物競争にも出たくない絵梨は、プログラム的に借り物競争には出られなくなる競技に、会議が始まった早々にエントリーしていた。無自覚だった悠司とは異なり、彼女の場合は完全に故意である。


「一、二、一、二……。ちょ……ちょっと休憩、しない?」


「一、二……、そ、そうしようか。ふ~、結構慣れて来たね」


 二人三脚の練習をしていたクラスメートたちが三人のすぐ近くで止まった。木陰に入ったところで休憩しようと考えたのだろう。すぐ傍に水道があるのも理由かもしれない。


「二人ともお疲れ~」「精が出るわねー」「お疲れ様です。笹森さん、千倉さん」


「あ、いいんちょ。うん、疲れたからちょっと休憩きゅーけー


 かなりどうでもいい余談ながら、弥生が借り物競争に立候補する前に清歌から二人三脚に誘われたのだが、背の高さ――というか足の長さの違いからエントリーを断念するという一幕があった。清歌とぴったりくっついて走るのにドキドキしそうだったから――という理由もちょっとだけあるのは乙女の秘密である。


 二人は足を繋げていたバンドを外し水飲み場で水分補給すると、清歌たちの隣のベンチに座った。


「はぁ~、生き返ったよ~。……ってか、三人は練習しないの?」


「私と弥生は練習しようがないっていうか、してもしなくても変わらないようなものなのよねぇー」


「ああ! いいんちょと中原さんは分かったけど、黛さんは?」


「私は先ほど、空いているところを回ってこようかと思ったのですけれど……、お二人に止められてしまいまして……」


 清歌は肩を落とし残念そうに語りつつ、弥生に恨めし気な視線を向けた。


「だ……、だって清歌ってば参加するしないに関係なく、面白そうなところに行こうとしてたでしょ?」


「それで片っ端から無双してきちゃったら、他の人のやる気に多大な影響を与えかねないわ。だから私らはここで清歌が飛び出て行かないように抑えているのよ」


 体育祭に全くやる気の無い弥生や絵梨とは異なり、体を動かすことが嫌いではない清歌はそれなりに乗り気だ。実際、競技も二種目にエントリーしている。


 しかし好奇心旺盛な清歌は練習なのをいいことに、エントリー種目とは関係なく面白そうな種目を遊んでこようと、「ちょっと行ってきますね」などとのたまってフラフラ~っと出ていきそうになり――両脇をガシッと取り押さえられてしまったのである。


 清歌としては、この暑い中で遊び(・・)に全力を出す気はさらさら無く、疲れない程度にちょっと競技を試してこようと思っただけなのだ。それもちゃんと説明したのだが、結局二人が首を縦に振ることはなく、やむなくベンチの住人となっていたのである。


 軽く遊んでくるだけで無双するようなことにはならないと清歌は思うのだが、<ミリオンワールド>で興味を持ったモノに突撃しては色々とやらかしているために、こういうところで全く信用が無い。普段の行いがモノを言ったのである。


 そして体育の授業で清歌のハイスペックぶりを承知しているクラスメートたちも、どうやら同じ意見らしく大きく頷いていた。


「私は弥生さんからあまり信用されていないのですね……。ちょっと……、ショックです」


 清歌は少々――否、かなりのわざとらしさで悲しそうな表情を作り、弥生を真っ直ぐに見つめる。


 既に何度も同じことに引っかかっている弥生は、それが演技と見破ってはいるのだが、木漏れ日を受けてキラキラと光る潤んだ瞳を見てしまうと、反射的に「この涙は私が止めなきゃ!」と思ってしまうのである。――そう、これは反射だから仕方ないのだ。誰だって清歌にこんな瞳を向けられたらそう思ってしまうに違いない。


「そんなことないよ? 清歌のことはちゃんと信用してるんだけど、それとこれとは話が別って言うか、単に清歌がハイスペックすぎるだけっていうか……」


 慌てて言い訳をする弥生に、四人分のニヨニヨした笑顔が向けられる。


「も、もぅ~~、清歌? 私だって今のが演技だってことくらい。ちゃ~んと分かってるんだからね。そうそう何度も引っかかってなんて上げないんだからっ」


「はぁ~い。申し訳ありませんでした、弥生さん(ニッコリ☆)」


「フフフ(ニヨニヨ)」「ふ~ん(ニヨニヨ)」「ふっふ~ん(ニヨニヨ)」


「な、ナニよも~、みんなして~」


 生暖かい視線を向けられて、ぷんすかする弥生なのであった。




 数分の間五人で雑談をした後、笹森と千倉が二人三脚の練習を再開するのに合わせて、清歌たちも移動することにした。競技の練習に行くのではなく、流石に授業中ただ座って駄弁り続けるのはマズかろうということで、クラスメートたちの練習を見て回ろうということになったのである。


 暢気に散歩しているようなものなのだが、これが結構侮れない効果があった。清歌を始めとしてクラスのアイドル的存在である三人組が練習中に顔を出し、「頑張ってね~」とにこやかに声を掛けるだけで、俄然やる気が増すのである。


 ――もっとも、その様子を目の当たりにしたお隣のクラスのやる気ないしる気がそれ以上に大幅アップしたのは、皮肉な結果と言えよう。


 さておき、三人の話題は<ミリオンワールド>に関するものに移っていた。授業中にゲームの話とはなかなかイイご身分だが、体育祭や文化祭の話題は出尽くしてしまったので、これは仕方のないことかもしれない。


「二人は昨日帰ってから、掲示板はチェックしてみた?」


「うん。したよ~」「……掲示板は現実こちらでもチェックできるのですね」


 絵梨の言う掲示板とは今回のイベントに際し実装された公式掲示板のことで、所属チームの掲示板は認証パス(スマホ)から閲覧と書き込みが可能となっている。弥生は当然のようにチェックし、清歌はそもそも知らなかったようだ。


 今回のイベントはチームごとに情報が管理されていて、システム的に横に繋がっていない。掲示板はチームごとに別々のものになっているし、ゲーム内のチャットも別チームにいる相手には、それがフレンドであっても繋がらないようになっているのである。


 無論、現実リアルでメールや電話などを利用して連絡を取り合うことは可能だが、そこまで親しい相手だと大抵は同じチームでプレイしているので、他チームの情報を入手するのはかなり難しい。


 ちなみに<ミリオンワールド>には攻略サイトや交流掲示板の類は存在していない。というのもフルダイブVRという世界初の技術に絡む情報が含まれる可能性があるために、利用規約でサイトを作ることが制限されているのである。ただこれに関しては本稼働が始まり、実働テスト組と後発組が情報を共有した方がよりゲームを楽しめるだろうという事で、公式のユーザーズサイト内に攻略サイトや掲示板を作れるようになる――という予定になっている。恐らく今回の掲示板は、そのシステムの実装テストなのだろうという、もっぱらの噂である。


「話題は大きく分けて二つね。一つは勿論例のマッソーなゴーレムについてで、もう一つは清歌が撮って来た写真……特に島の全体像に関してね」


「マッスルゴーレムについては次出現したときには、どう戦うおうかっていう話になってたよね。一応目と根っこは弱点って分かったから、そこを積極的に狙っていこうって話になってたんだけど……」


「弥生さん、何か気になることでも?」


「う~ん、なんかボスにしては攻撃パターンが単調だったし、特殊攻撃も汗と蔦バインドだけだったし……。とにかく、まだ何かあると思うんだよね、あのマッスルには」


「なるほどねぇ。弥生のゲーム勘は当てになるし、気を付けた方が良さそうね。っていうかそれって結局、出たとこ勝負でやるしかないってことじゃない?」


「うん、ま~、そゆことだね。オネェさんにはまた頑張ってもらいましょ~」


「その点について少し気になっていたのですけれど、一度ギルドマスター同士で話し合って、ボス戦時の命令系統を正式に決めておいた方がよいのではありませんか?」


 大人数での戦闘は、指揮官が非常に重要だ。例のオネェさんにどれだけの戦術指揮能力があるのかは分からないが、最も顔が広く、チームに参加しているほとんどすべてのギルドと繋がりを持っているというのは重要なポイントである。


 だからこそ自然と指揮官役になっていたわけだが、ちゃんとした過程を経て選出されていないと、いざという時に指示に従わない者が現れかねない。清歌はそれを気にしているのである。


「ああ……、そね。なし崩し的に決めるんじゃなく、一度きちんと話し合って決めておいた方がトラブルも無いでしょうしね」


「はい。恐らくあのオネェさんに決まるとは思いますけれど……」


「そっか、確かにチームリーダーはちゃんと決めておいた方がいいよね。まあ、その話は今日<ミリオンワールド>に行ってから――」


 その時、清歌が弥生の進路を遮るように左斜め前に踏み出すと、左手を目一杯伸ばした。その手の平に吸い込まれるように飛んできたバレーボールを、鮮やかにキャッチする。ボールはかなりの速さで――それこそ弥生が全く気付かなかった程だ――飛んできたにもかかわらず、清歌は上手に勢いを殺し、音さえも “ポスン”と小さく鳴っただけである。


 立ち止まった弥生が、胸に手を当てて大きく息を吐いた。


「び……びっくりした~。ありがとう、清歌。助かったよ~」


「いえいえ、どういたしまして」


 あまりにもあっさり片付いてしまったが、危うく無防備な弥生の頭に直撃するところだった。それで大事になることは無いだろうが、ひっくり返るか、鼻血くらいの怪我は負ったかもしれない。


 そこへ隣のクラスの悠司が走って来た。どうやらこのボールは、悠司が出る競技に使われているもので、練習中に誤って変な方へ飛ばしてしまったということなのだろう。


「スマンスマン。大丈夫か、弥生? ボールが当たって鼻血が出たり、背が低くなったりしていないか?」


「清歌が庇ってくれたから大丈夫だよ。……っていうか、鼻血はともかく背が低いのは元からだよっ」


「っていうかユージ、腕が落ちたんじゃないの? こーんな変な場所に飛ばすなんて……、嘆かわしいわぁ(ニヤリ★)」


 頭を横に振って「ダメダメね」とでも言わんばかりの絵梨に、ボールを清歌から受け取った悠司が慌てて弁明する。


「言っておくが俺が打ったボールじゃないからな。清歌さんがキャッチしてくれたのは見えてたから、面識のある俺が取りに来ただけだ」


 実際にはせっかくお隣の美少女三人組とお話しできる機会を逃すまいと、ボールを取りに行く役の取り合いになり、仕方なく既に親しい悠司が取りに来ることになったのである。


「っていうかお前さんたち、話しながらブラブラしてるだけっつーのはどうなんだ? 一応今は自習みたいなもんだろ」


「私らは清歌の監視役だもん。ね?」「そね。清歌を野放しにしたらどうなると思うのよ?」


「……あー、納得した。そうしてくれてるのが一番平和だな……」


「え~っと、それで納得されてしまうのも、少々釈然としないのですけれど……」


 まるで手綱を離したら暴れ出してしまう野生動物であるかのような物言いに、清歌が控えめに抗議するが、弥生たちは誤魔化すように視線を逸らすだけだった。


 どうやら分が悪いらしいと肩を落とした清歌は、視界の隅にとある女子の姿を見つえて、小声で呼び掛けた。


「弥生さん、絵梨さん、どうやら早く移動した方が良さそうですよ?」


「え? それってどういう……。あ、あ~……なるほど。絵梨、ほらあの子が……」


「ナニよあの子……って、ああ、なるほどね。このままだとどうなるか観察するのも面白そうだけど……、ま、止めときましょうか」


 例の悠司に気がある隣のクラスの宮沢が、こちらの様子が気になって仕方がないらしく妙にソワソワとしているのである。このまま話していて彼女がどう反応するのかというのも興味深くはあるが、敢えて余計な火種を作る必要はない。そもそも彼女の心配、あるいは嫉妬自体が的外れなのだから尚更である。


 そんなわけで清歌たちは悠司とは早々に別れ、再びグラウンドをぐるっとめぐる散歩に戻り、スタート地点であるベンチへと帰還した。


「結局すぐに戻って来てしまいましたね」


「ま~、どこかに居座ると練習の邪魔になっちゃうからね~」


「そね。……ああ、それでユージのボールのせいで切れちゃった掲示板の話なんだけど……」


 清歌が撮影した島の全体像については、大きく分けて二つの推論がされていた。


 一つは単なるデザイン説。<ミリオンワールド>の設定は、あちこちの世界から断片を島にして寄せ集めたものなのだから、大樹の上に地盤がありそこで人々が暮らしているという世界がどこかにあったということなのだろう、という説である。


 イベント終了後にはこの島がどこかに実装されるとのことだから、いずれこの島を外から眺めることもあるだろう。その時に「ああ、あの時の島はこんな形だったのか!」と驚かせるためなのではないか? ということである。


 もう一つは清歌たちが考えていたようなイベント関連説。空飛ぶ大樹バオバブという設定自体が、イベントの進行に大きく関わっているのではないかという説だ。


 これだけ大掛かりな舞台設定をわざわざ作っておいて、単なるデザインに過ぎないということは無いだろう。この空に浮かんでいる大樹という設定、もしくは円盤状の陸地が幹に支えられているという設定などがイベントの進行に関わるはずだ。例えばボスによって陸地が一枚丸ごと破壊されるとか――という感じである。


 全体としては後者の意見の方が多い。ただ“イベントにどうかかわっているのか?”という肝心なポイントについて、説得力のある説が出てこない為に前者の意見も支持されているようだ。なにより妙な拘りを持っているらしいあの(・・)開発スタッフならば、意味の無いところに凝っている可能性も捨てきれないのである。


「……もしかして、これで本当にただのデザインだった場合、私はチームに混乱をもたらした張本人……ということになってしまうのでしょうか?」


 小首を傾げる清歌の言葉に、弥生と絵梨はギクリと硬直した。確かに大元と言えば清歌なのだが、掲示板に積極的に掲載しようと思ったのは弥生や絵梨の方である。そういう意味では自分たちも張本人と言っていいだろう。


「ま……まあ、その場合は私らギルド全体の連帯責任でしょ、ね?」


「そ、そそ、そうだね、うん。仮にそうだったとしても、清歌だけの責任じゃないから!」


「ありがとうございます、弥生さん、絵梨さん」


「……それに、多分そんなことにはならないと思うよ。今はまだ勘だけど、きっとイベントに関わってる……はず」


 勘と言ってはいるが、それは要するにこれまでのゲーム経験値の積み重ねから、そう考えるのが妥当だと、弥生は判断しているということだ。そしてこの点については絵梨も意見を同じくするところである。


 これを一つの物語として考えるならどうだろうか? と絵梨は考えてみる。舞台設定に大掛かりな仕掛けや謎がある物語の場合、その設定が最初っから暴かれるというのはタブーだ。大抵の場合、物語の中心人物たちとは縁遠い場所で取るに足らない小さな異変があった――などという形で記され、さして重要ではないとして流されてしまうことが多い。そして次第に異変は大きく、範囲も広がっていき、誰の目にも明らかになったところで元凶に気が付くのである。


 今は関係のない話になるが、こういった物語は元凶に気付いた時点ですでに手遅れになっていることが多く、誰もが絶望する中で起死回生の、それも一か八かの策が見つかるというパターンが多い。そして主人公による英雄的行動で解決し物語は幕を閉じるのだが、主人公は必ずしも生き残るとは限らない。一発逆転の無謀な賭けにでて主人公が生き残るというのもご都合主義に過ぎるし、かといって主人公が死んでしまうと少々後味が悪い。――この手の物語はバランスが難しいのである。


 さておき、解決に関する部分は省いて絵梨は自分の考えを二人に話した。


「なるほど、異変ですか。……では私は今日も偵察に出てみます。昨日とは違う何かを探してみますね」


「うん、お願いね清歌。私らは……う~ん、異変、異変か。清歌ほど鋭い観察眼は無いからなぁ~。取り敢えず、現場検証でもしてみよっか?」


「現場検証? 鑑識さんでも呼ぶの? ……っていうか何処をよ?」


「そりゃモチロン、例のマッスルゴーレムが消えた付近だよ。なんか異変が起きるとしたら、あそこからじゃないかな?」


「……そね、取っ掛かりとしてはそこがいいかもしれないわね」


「よし、じゃあ今日はそんな感じで行こうか! って言っても放課後まではまだ時間があるんだけどね~」


 結局その後も体育の時間中はずっと、木陰のベンチでお喋りを続ける三人なのであった。


 ――なお、木漏れ日の中で談笑する美少女三人の実に絵になる姿を見て、なぜ今ハイエンド一眼デジカメを、せめて携帯電話(スマホ)を持っていないのかと心底悔しがる者が数多くいたのだが、それはまた別の話である。







 ――収穫祭イベント二日目のこと。


 そこを発見したのは、ギルド“勇気ある魔物使いの集い”から偵察に出たパーティーだった。


 昨日のレイドボス戦ではあまり――というか殆ど戦力になれなかったことを重く見たギルマスが、せめて別の部分では役に立とうと、自ら率いて新たな作物や採取ポイントを見つけるべく出発したのである。なおメンバーはギルドの半分である四人で、残る四人は昨日と同じくベースキャンプ周辺で作物の収穫兼レベル上げに勤しんでいる。


 ベースキャンプの森を出て隣の草原へ。柵に囲まれた畑にいるタマネギ型の魔物を観察しつつ、崖を下って隣の大きな沼があるフィールドへ。沼では稲の魔物が集団でくるくるとびみょ~なダンスを踊っていて、四人はクスクスと小さく笑いながら沼を迂回して向こう側へとたどり着いた。


 そして今度は崖を登って森のフィールドへと入った。草原や沼の魔物はレベル的にかなりの強さだったはずだが、不思議なことにこの森に出現する魔物ははっきり言って弱かった。というかベースキャンプ付近に出る魔物と同じか、ちょっとだけレベルが高い色違いの亜種しか生息していなかったのである。


 何かがおかしいと思いつつフィールドのおよそ半分ほどに来たところで、木々の無い広場のような場所を発見した。


「えっ!?」「何、コレ?」「これって……」「広場? っていうか……」


 ――いや、発見したという表現は正しくないかもしれない。なぜなら四人がその場所に足を踏み入れた瞬間、木々が幻のように消え去ったからである。


 ほぼ円形の広場は木の柵で囲まれており、その内側にはレンガ造りの建物が一棟と無人販売所らしき施設があった。


 四人は手分けして周辺の様子や施設について調べてから再度集まる。


「これって……、やっぱりベースキャンプよね」


「ええ、僕もそう思います。無人販売所の方はどうでした?」


「普通に使えました。商品ラインナップはベースキャンプと共通みたいです」


「倉庫の方は空っぽでしたよ。なーんにも入ってません」


「そう、報告ありがとう。あ、転移魔法はどうなのかしら……」


 ギルマスが冒険者ジェムを取り出して転移魔法のメニューを開くと、そこには小ベースキャンプ(東)という項目が増えていた。


「転移先も増えてる。……どうやら間違いなくベースキャンプみたいだわ。取り敢えずこれは掲示板に上げなきゃいけないから、適当に写真を撮って一旦戻ることにしましょう」


「わかりました」「「はーい!」」







 その違和感に気付いたのは、弥生と聡一郎だった。


 清歌と空飛ぶ毛布によるピストン輸送で、昨日のボス戦があった場所までやって来たマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の四人は、何かおかしなところは無いか探索しつつ、ついでに作物の収穫もしていた。


 昨日の戦闘でミッスルゴーレムは最後に地面の中へと消えて行き、その時の痕跡なのか草原の一部が耕されたような柔らかい土になっている。目に見える変化はそれくらいのもので、それもある意味自然な変化といっていい。


 これは当てが外れたかなと思いつつ、昨日も戦ったカボチャ型と戦ってみたところ、これがどうも弱くなっている気がしたのだ。今日は四人でしかも攻撃パターンも分かっているからかもと、一度弥生と聡一郎のみで戦ってもみたのだが、やはり少しだけ弱くなっているように感じられたのである。


「やっぱり弱くなってる……気がするよね、聡一郎?」


「うむ、俺もそう感じる。……が、気のせいだと言われればそのような気もする」


「だよね。何かあるかもって疑ってかかってるから、そう感じちゃうのかな……?」


 破杖槌で肩をトントンと叩きながら弥生が首を傾げ、聡一郎も腕を組んで思案顔だ。


 と、そこに客観的な回答を示したのは悠司だった。


「二人とも、それは気のせいじゃないぞ。収穫したカボチャで獲得できるコインの数が減ってる。恐らく魔物が弱くなったから、収穫物の方もランクが下がっちまったんだろ」


 意外と几帳面で成績も比較的優秀な悠司だからこそ気付けた、小さな数字の違いである。


「魔物が弱くなれば倒すのも楽になって、コインもじゃんじゃん増やせるかと思ったけど、そうはいかないか~」


「それは残念ね。……というか弥生、重要なのはなんで魔物が弱くなったかってことじゃないの?」


「うん、そうだよね。理由、……理由か~」


 このボス戦跡地で弱くなっているということは、昨日のミッスルゴーレムとの戦いが何かしらの影響を与えたということなのだろう。ただ魔物ボスと戦ったことで、他の魔物ザコが弱くなるというのはちょっと変な感じがする。地面にまき散らされた汗が、魔物まで弱体化させたのだろうか? 他にあのボスがやっていたことといえば、地面に根っこを――


「あ、そっか、考えてみれば当たり前なのかも。きっとあのマッスルゴーレムのせいで地面から養分が減っちゃって、だから作物の育ちが悪くなったんだよ!」


「ああ、なるほど」「そういや、作物だもんな」「うーむ。確かに、納得だ」


 納得は出来たが、この推測が当たっているならそれは大問題だ。なぜならあのボスは姿を消しただけで斃したわけではないのである。もし地中に潜った今も、地面から養分を吸い続けているというのなら、作物の価値がどんどん下がって行ってしまう可能性すらある。これは由々しき問題だ。


 弥生たちは推測に基づき、ボス戦跡地から少しずつ離れながらさらに作物を収穫して昨日のデータとの比較を続けた。そしてある程度の裏付けが出来たところで、掲示板に書き込みを行うべく、一旦ベースキャンプへと帰還した。







 その非常に些細な変化に気が付いたのは清歌だった。


 清歌は自分の映像的な記憶力に関しては自信を持っているので、気付いた瞬間にそれは間違いないと確信していたのだが、ギルドの皆やチームメンバーに話すにはもう少し客観的な証拠がいるだろうと、昨日撮影した写真を表示させた。


 そして昨日と同じ位置、同じアングル、同じカメラの設定で撮影を行う。写真に合わせて広範囲を移動しながらその作業を何度か繰り返し、証拠を揃えたところでベースキャンプへと帰還した。


 同じくベースキャンプへと戻ってきていた弥生たちと合流した清歌は、報告のために写真を並べて見せた。


「え~っと、これは間違い探し……かな?」


 弥生の感想はなかなかに的を射ている。二枚で一対になっている写真は、パッと見では違いが分からなかった。


「この写真を見て分かる事っつってもなぁ~」


「ふむ、撮影した場所は全てバラバラのようだな」


「そね。でも何か意図があって清歌はこれを撮って来たってことよね?」


「う~ん共通してるのは、え~っと……、どの写真も島の外にカメラを向けてるってことくらい……かな?」


「流石は弥生さんです。そこが重要なポイントです」


 清歌は写真の表示を半透明にすると、一対になった写真を重ねるようにして並べて見せた。するとほぼ重なって見える景色の中で、イベント島の外に写っている浮島や海に浮かぶ島などだけ、像がぶれて見えたのである。


「あ、これって……」「まさか?」「むぅ」「もしかして?」


「はい。どうやらこの島は、少しずつ降下しているようですね」





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