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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―03




 蔦の巨人、マッスル――もとい、ミッスルゴーレムが足を上げ、地響きを立てて一歩踏み出す。バランス的に短足なので歩幅は小さいが、何しろサイズがサイズなので冒険者たちから見れば結構な距離を動く。なのでその度に位置取りを変えるために右往左往する羽目になるのだ。


(多分マッスルゴーレムから見たら、小人がわらわら群がってるみたいに見えるんだろうな~)


 出遅れたために若干離れた位置にいた弥生は、速射魔法弾で足元に牽制を入れつつ、そんなことを考えていた。


「トリプルスラッシュ!」「シールドバッシュ!」「重刃斬! タンク!」「了解! こっち向けや、挑発!」


 ゴーレムは一歩踏み出すごとにインターバルを置くことがこれまでの行動から分かっている。この隙を活かして距離を詰めた前衛組が次々とアーツを放ち、続けて防御を担う所謂壁役(タンク)が挑発によってに自分たちに注意を引きつけた。


「今よ! 遠距離攻撃、斉射ぁ~!」


 自然に指揮官的立ち位置になっていた例のオネェさんが後衛に支持を飛ばす。


 魔法使い系や弓や銃を持つ冒険者たちのアーツがゴーレムの全身に次々と命中、幾度も爆発が起き煙に包まれる。煙の中から火のついた、或いは焦げ付いて黒くなった蔦の破片が周囲に飛び散った。


 前衛組も一旦距離を取って様子を窺う。そしてこういう時にお約束的な台詞を言いたがる者はどこにでもいるもので――


「「「「「やった…………か?」」」」」


 と、見事にハモっている。それはどういう訳か男性ばかりで、しかも揃って妙にキメ顔だ。


「そんな訳ないでしょ! HPをちょっと削ったくらいなんだから!」


「アホニャこと言ってると、マッスルパンチを食らうニャ!」


「いや、ここは言うところだろ? っていうか言わなきゃだろ?」


「分かる! 様式美ってヤツだよな!」


「「全然、分からな(ニャ)いわよ!」」


 微妙に噛み合っていない応酬を、パンパンという手を打つ音が抑える。


「ハイハ~イ! その議論の続きはまた今度にしてね。今の内に少し後退! 後続組と足並みを揃えるわよ~!」


 指揮官の指示に従って前衛後衛共に、遅れて到着した冒険者たちと同じラインまで下がり、次の攻撃に備えて身構えた。


 先ほどの台詞がフラグになっていたかどうかはさておき、ミッスルゴーレムは大したダメージを受けた様子も無く、煙の中から再び姿を現す。そして大きく両腕を振り上げた。


「またポージングか?」「汗は止めてくれー!」「いや……、さっきとはポーズが違うぞ!」


 ミッスルゴーレムは一旦広げた両腕を振り降ろし、上半身をやや前傾姿勢にしつつ両腕を手前に抱え込む様なポーズを取った。確かにアシッドスコールを使う時に取るポーズではなく、こちらはモストマスキュラーというポーズである。


「……何も起きない?」「ただのコケ脅し……なのか?」


 アシッドスコールの時と同様、ポーズの完成と同時に何か特殊な攻撃を仕掛けて来るのではとミッスルゴーレムを注視していた冒険者たちは、一見何も起きていない状況に怪訝な声を上げた。


「ううん、違う! 足元から何かが芽を出してるよ! 気を付けて!」


 それに気が付いて声を上げたのは弥生だった。数多くのRPGを遊び倒してきた弥生の経験では、植物系の魔物、それも強力な樹木の魔物といえば、必ず仕掛けてくるであろう特殊攻撃があるはずなのだ。すなわち、地中に伸ばした根っこによる足元からの攻撃である。


 そんな予測があったからこそ、ミッスルゴーレムが妙なポーズを取った時、冒険者たちが集まっている一帯の地面に、先ほどまでは無かった双葉が芽を出しているのを見つけられたのだ。


 この芽は言ってみれば攻撃ポイントのマーカーだったらしい。弥生が警告を発した直後、急激に茎――というか蔦が伸びて、最も近くにいる冒険者に襲い掛かった


「どぅわっ! なんだこりゃ!? 絡みついてくるぞ。……っく! 動けん!」


 大型のタワーシールドと片手剣を持った壁役の冒険者が、伸びてくる蔦を切り払い盾で弾こうとしていたが、対処しきれずに捕らえられてしまう。同様に、比較的足の遅い重装備の前衛が次々と蔦に捕らえられていた。


「これは……、バインド系の攻撃でござったか!」


「マズいわ、タンクが軒並み捕まっちゃったみたい」


 指揮官役のオネェさんが、周囲の状況を確認して冷や汗を垂らした。


 防御力の高い壁役が前衛で敵を引き付け、攻撃を受け止めるのはボス戦のセオリーだ。チャージ時間の長い強力な魔法や遠距離攻撃アーツでダメージを稼ぐためには、ボスに邪魔されないよう前衛が注意を引き付けなければならないのである。


 その重要な壁役が、まとめて身動きが取れなくなってしまうというのは非常にマズい。この後に来るであろう攻撃で、壁役がまとめて吹き飛ばされて戦線離脱という羽目になれば、今後の戦闘は苦戦を余儀なくされてしまうだろう。


 ちなみにマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)のメンバーはというと、弥生は芽が生えた時点でモグラたたきよろしく次々と破杖槌で潰し、聡一郎は素晴らしい反射神経で襲い掛かってきた全ての蔦を弾き飛ばして難を逃れていた。ちょうど今この場に到着した後衛の悠司は攻撃範囲の外であり、清歌と絵梨はまだ到着していない。


 そうこうしている内にポーズを解いたミッスルゴーレムが、脚を屈めて右腕を大きく振りかぶった。これから前衛を横薙ぎにぶっ飛ばす! としか思えない予備動作である。


 無事だった前衛が急いで絡みついた蔦を斬り付けてみるが、思いの外頑丈で簡単には拘束を解けそうにない。


「後衛は巻き添えを食らわないように下がって! ヒーラーは回復の準備を!」


 もう後は運を天に任せて、なぎ払いの後に素早く立て直すことを考えるしかない。無論それはあの巨大な手でぶっ飛ばされて無事だった場合の話だが、備えておくに越したことは無い。


 振り上げられた巨大でマッスルな腕がいよいよ振り下ろされようというその時、唐突に、それこそ瞬間移動でもしたかのようにミッスルゴーレムの肩に一人の少女と一体の獣が現れた。


「は!?」「何だ……」「誰!? っていうかどこから?」


 攻撃のタイミングを見極めようと強張った表情で睨み付けていた冒険者たちは、何が起きたのか分からず、一瞬今の状況を忘れて呆然としてしまう。


 ミッスルゴーレムはいきなり至近に取りついた少女のことに気付けていない。このチャンスを活かすべく、少女は長大な光る剣を抜き大きな一つ目に突き立てた。


「マ゛ァアッ、ゾォォーーー!!」


「おおっ、やったぞ! 攻撃がキャンセルされた!」


「た……、助かったぁぁ~~……」


「っつーか、叫び声までマッスルなのかよ……」


 いかに巨大な魔物とはいえ、さすがに目に直接剣を突き立てられては堪らなかったようだ。なぎ払いの攻撃を中断し、取り付いた忌々しい小さな敵を排除しようと上半身を大きく振り出した。


 彼女が一体どこから現れたのかは分からないが、とにかく時間の余裕は出来た。冒険者たちは手分けして前衛を拘束している蔦の排除に取り掛かった。


「タイミングバッチリ、流石は清歌ね」「おー、すげぇーなー……」


「絵梨……、いつの間に来てたの?」


 弥生が振り返ると、絵梨と悠司が必死にもがいているマッスルゴーレムを見上げていた。


「おっと、いけない。のんびり見上げてる場合じゃなかったわね。取り敢えずみんなにポーションを配っておくわ。ソーイチもこっちに来て!」




 ――少々時間を遡る。


 ベースキャンプへと転移した清歌は絵梨と合流し、空飛ぶ毛布に乗って戦場へと一直線に向かっていた。


 森の上を飛んでいるために視点が高く、蔦でできた巨人とそれに群がる冒険者たちが一望できる。巨人が一歩踏み出したりパンチを繰り出したりする度に、冒険者がわらわらと動き回す様は、ストラテジー系のゲームを見ているようで、少々不謹慎かもしれないが、コミカルで面白かった。


「レイドボスなんだから当たり前って言えばそうなんだけど、ずいぶんとまた大きいわねぇ……。しかもなんか妙にマッチョだし」


「そうですね。しかも格闘家や肉体労働をする人の体というより、ボディービルダーの体形に近いように見えます」


「あら? っていうか、ホントにポーズを取ってるわよ? へ!? 汗を降らせてるの? うわー、みんな逃げまどってるわ……」


 まるで清歌の感想に応えるかのようなタイミングで、ミッスルゴーレムがダブルバイセップスをキメると、全身から水滴が飛び散り冒険者たちに降り注いだ。


 ある意味で、足元で戦っている冒険者たちはそれがあくまでも特殊攻撃であり、汗のように見える(・・・)だけというのが分かっているだけマシだったかもしれない。なまじ全体が見える位置から観察していたため、清歌たちには暑苦しいムキムキマッチョが、筋肉を見せつけながら汗をバラ撒いているようにしか見えなかったのである。


 森の上を滑るように進む空飛ぶ毛布の上で、二人は黙って顔を見合わせた。


「えーっと……、清歌さんや?」


「な……、なんでしょうか、絵梨さんや?」


「行くの…………、止めない?」


 それは駄目でしょう――と即答できずに、清歌は一瞬言葉に詰まった。なんと言うか、強さ云々とは関係ない部分で、びみょ~に戦いたくない相手である。


「…………えー、それはちょっと……良くないのではありませんか? その、弥生さん達もあの場所で戦っているのですから」


「まぁ、そうなのよねぇ……、正直言って気乗りしない相手だけど。開発も一体なんだってあんなデザインにしたのかしら? ええと……ミッスルゴーレム? ってマッスルの誤植かしら?」


「ミッスル……ゴーレム? それは……」


 と、その時ミッスルゴーレムがパンチを繰り出し、若干のタイムラグを経て技の名前を叫んでいるかのような声が聞こえてきた。


「マッソーパンチって……やっぱりマッスルじゃないの!」


 絵梨が思わず全力でツッコミを入れてしまう。


「ふふっ。……それにしても巨体なだけあって、あまり効果的なダメージを与えられていないように見受けられます。何か弱点は無いのでしょうか?」


「そーねぇ……。RPG的お約束から言えば、こういう巨大な人型の弱点って大抵は関節とか心臓部なんだけど、アレの場合は人型に見えても基本植物だから、多分意味は無いわね。まあ、だからこそ火属性に弱いのは間違いないんだけど」


「火属性ですか……」


 残念ながら現在、清歌は火属性の攻撃手段を持っていない。清歌の従魔の中ではカクレガドリが一応火属性の攻撃手段を持っているが、そもそも戦闘向きの従魔ではないために連れてきていない。


「あとは……そね、あからさまに弱点なのはあの一つ目なんだけど、狙うのは難しそうね」


 当然近接攻撃が届くはずも無く、また遠距離攻撃で狙撃するのも難しい。高さ二十メートルの天辺についている小さな的、しかも常に動いているものを狙い撃ちしなければならないのである。ついでに言えば、半球状の頭部は体の大きさに対して小さめなので、下手に目を狙って外してしまうと全くの無駄打ちになってしまう。MPを無駄にするくらいなら、体や手足などを狙って確実にダメージを稼いでおきたいと考えてしまうのである。


「なるほど。……では絵梨さんには、少し離れたところで降りて頂きたいのですけれど、よろしいでしょうか?」


「ええ、構わないわよ。それって……やっぱり?」


 絵梨はチラリと空飛ぶ毛布に目を落としてから尋ねた。


「はい。今回はそれが出来る仕様になっていますからね。ここはやらなければ損というものです(ニッコリ☆)」


 絵梨が予想した通り、どうやら清歌は空飛ぶ毛布でミッスルゴーレムの上空まで飛び、そこで従魔を入れ替えて取り付くつもりなのだろう。ちなみに降りる時のことは心配していない。清歌ならばどうとでもするだろう。


「まあ、同感ね。清歌なら心配ないと思うし……でも大丈夫? また弥生にほっぺをつねられちゃうんじゃないの?(ニヤリ★)」


「えっ!? このくらいでも……駄目でしょうか?」


「フフ……、冗談よ、冗談。ぶっちゃけあの巨人と戦うってこと自体が危険なんだから、弥生だってとやかく言わないでしょ。それに清歌の奇襲が上手くいけば、少なくとも目が弱点かどうかは判明するんだし、やってみる価値はあるわ」


「そうですね。では、挑戦してようと思います」


「ええ。頑張ってね」


 清歌はミッスルゴーレムの戦闘区域から少し離れた場所で絵梨を降ろすと、念の為に大回りで背後へと回り込んだ。


 装備を身に着けた清歌は、不意打ちを受けて飛夏が送還されてしまう可能性も考慮して、念のために雪苺を先に召喚しておく。


(それにしても大きいですね……。パンツァーリザードも大きな魔物でしたけれど、体高はそれほどでもありませんでしたし……)


 背後から見上げるミッスルゴーレムは、気付かれないようにだいぶ離れていてもなお巨大だ。現実リアルでは建造物スケールの人型が動いているというのは、ある種の感動を覚える光景だった。


 ――と、思わず見入っていると、ミッスルゴーレムが何やらおかしな行動をとり始めた。汗を降らせた時とは異なるポーズをキメたのである。ここからでは良く見えないが、恐らく何か特殊な攻撃が発動したのだろう。


「急ぎましょう。ヒナ、お願いね」「ナナッ!」


 清歌の呼びかけに元気よく返事をした飛夏が急上昇する。ミッスルゴーレムが腰を捻りつつ右手を大きく大きく振りかぶったところで、肩の上に到達した。


 清歌はタイミングを見計らって空飛ぶ毛布から迷いなく飛び降りる。そして着地する前に飛夏をジェムに戻し、新たに一体の従魔を呼び出した。


「ありがとうヒナ。おいで、凍華とうか


 清歌と共にひらりとミッスルゴーレムの上に着地したのは、遺跡フィールドでかなりの時間をかけて従魔にした、ユキヒョウ似の魔物である。


 凍華と名付けられたのは、アイスエレメンタルレパードという魔物であり、獣のような姿をしているが種族としては精霊系に属している。純粋な戦闘能力としては千颯の方が上なのだが、今回は一撃を入れた後でこの場から下に降りる必要があり、それを考慮すると凍華が最適だったのである。


 ミッスルゴーレムはどうやら少々鈍感の様で、一人と一体が肩に取りついた程度では全く気付かないようだ。


 これは好都合とばかりに清歌は静かに頭に接近すると、大剣モードで起動したマルチセイバーを大きな目玉に突き立てる。そして雪苺が目玉に魔法を放ち、凍華も氷属性の刃を纏った爪で頭を斬り付けた。


「マ゛ァアッ、ゾォォーーー!!」


 半球状の頭部には目玉が一つあるだけで、口はどこにもない。にも拘らず声が聞こえるのはどういうことなのかと、清歌は振り落とされないように片手で頭の蔦を掴みながら、割とどうでもいいことを考えていた。ちなみに声自体はもう少し下の方、胸の辺りから響いているようである。


『清歌、地上こっちの立て直しは終わったよ! あんまりそこに居据わると手掴みにされそうだから、そろそろ降りて来て~』


 しばらく粘っていた清歌に弥生からの指示が飛んでくる。地上にチラリと目を向けると、既に冒険者達はグループごとに隊列を整え終わっており、これ以上危険を冒してここに留まる理由はなさそうだ。


『承知しました。少し無防備になりますので、念の為に牽制をお願いできますか?』


『おっけ~、タイミングを合わせて攻撃するよ!』


『ありがとうございます。では……』「ユキ、凍華、そろそろ降りますよ。ついて来て」『……弥生さん!』


『うん! こっちはいつでも大丈夫!』


 弥生からの返事を聞いた清歌は凍華に目配せをすると、マッスルゴーレムの背中側に向けて弾かれたように駆け出し、大きくジャンプをして飛び降りる。


 まさか紐なしバンジーか!? と、地上の冒険者たち――無論弥生たちは除く――がどよめく中、凍華が清歌の下にするりと入り込むと、そのまま背中に乗せて悠然と宙を駆けてミッスルゴーレムから離れていった。


 アイスエレメンタルレパードの能力である<空歩>。これは文字通り空中を歩いたり走ったりすることができる能力で、今回の戦闘に際し、清歌が凍華を呼び出したのはこの能力を持っていたからである。ミッスルゴーレムの肩から飛び降りる際、浮力制御でゆっくり降りるのは無防備に過ぎ、エアリアルステップを使うにしても自在に空中を歩けるわけではないので危険性は似たり寄ったりだと判断したのである。


 せっかく仲間にした凍華の能力を使ってみたかっただけなんじゃ――などとは決して突っ込んではいけない。なぜならちょっとだけ事実だからである。


 ちなみにこの空歩は、背中に誰も乗せていない状態ならばMPを消費しないという優れた能力だ。但し当然ペナルティーというか制限もあり、空歩を使用している最中は他のアーツや魔法を使用できなくなる。つまり空歩で移動している最中に魔法を放とうとすると、自由落下が始まってしまうのである。


 さて、ミッスルゴーレムを完全に怒らせてしまった、ゲーム的に言えば大きくヘイトを稼いだ清歌は当然追いかけられることとなったが、凍華に乗って大きくぐるっと弧を描くように走り、逆に手玉に取っている。


 清歌に翻弄され、鈍重な動きで振り返ろうとしている隙だらけの巨体は格好の的だ。そこへ弥生たちの攻撃が次々と命中し、結果的にミッスルゴーレムは清歌が与えたよりも遥かに大きなダメージを負うこととなった。


「ウゴォアァ! マ゛ッゾォー!」


 敢えて訳すなら「鬱陶しいわ!」というところだろうか? 振り返ろうとして上体を捻っている中途半端な姿勢のまま両腕を振り上げ始めた。


「ヤバイ、汗が来るぞーー!」「みんな、急いで退避よぉーー!」


 アシッドスコール()の効果範囲は広いが、予備動作が大きいために思いっきりダッシュすれば辛うじて逃げることも可能だ。ただ今回に限ってはミッスルゴーレムが急いでポーズをキメたようで、これまでより早く技が発動してしまった。


「やばっ! シールド展開!」


 範囲外に離脱は難しいと判断した弥生は破杖槌のシールドを使用し、それを傘よろしく頭上に掲げた。


 その直後に数多くの水滴が降り注いでくるが、妙に量が少ないような気がする。これではスコールではなく天気雨と言った方が良さそうだ。


「あれ? なんか量が少ない……、弱ったのかな?」


「しかし弱ったっつっても、まだ一割も削ってねーぞ?」


「うむ。あの程度のダメージでどうにかなるとも思えんが……」


 振り返ると、弥生と同じように魔法でシールドを展開している悠司と、盾のアーツで防御範囲を拡大させて聡一郎と一緒に入っている、いわゆる相合傘状態の絵梨がいた。


「ほっほ~~(ニヤリ★)」


 弥生がニヨニヨと笑みを浮かべつつ、絵梨を生暖かい目で見つめる。絵梨はなんとか平静を取り繕ってその視線をスルーしていたが、あまり持ちそうもない。と、そこへ助け船が現れた。


「もしかしたら、ポーズが不完全だったからかもしれませんね」


 四人の元へやってきた清歌が、凍華からひらりと飛び降りる。ちなみに清歌たちは、凍華によるアイスシールドという氷の盾でアシッドスコールを防いでいた。余談だが雪苺も風属性のシールドを使用できるが、こちらの場合は風で水滴を吹き飛ばしてしまうので、人が多い今回は使用を避けている。


「あ、清歌おつかれ~。……で、ポーズって、あのマッスルなやつのこと?」


「はい。遠目で見た時は、上体を捻らずに真っ直ぐ綺麗な姿勢でしたから。このポーズでは完璧とは言えませんね」


「「「「…………」」」」


 半端な姿勢で繰り出した技が、百パーセントの力を発揮しないというのは理屈としては理解できる。が、ポーズが綺麗に決まっていなかったから技の威力が落ちるというのはどうなのだろう? まるでポージングを評価する何者かがいて、その点数で攻撃力が決まるかのようではないか。弥生たちは“その何者か”を厳しく追及したい思いに駆られてしまうのであった。







 その後、冒険者たちによる必死の攻勢にも拘らず、遅々として戦闘に進展はなかった。もうかれこれ二時間近くも戦っているのだが、ダメージは一割を超えた程度である。今のところ死に戻りで戦線を離脱した者はいないが、消耗が激しいのでいずれは出るかもしれない。さらに悪いことに――


「マズいわねぇ……、やっぱり自動回復するみたい」


「こっちでも確認したニャ。時間当たりのダメージ量から計算すると、もっとHPが減っていなきゃおかしいのニャ」


「ふむ。正直言って手詰まりでござるな……。いっそ落とし穴でも掘って転ばせてみるでござるか?」


「…………あら、いいかもしれないわね。ソレ、やっちゃいましょう」


「って、マジなのニャ、マスター? どんだけ大きな穴を掘るつもりなのニャ!」


「落とし穴の方じゃないわ。奴を地面に倒しちゃおうって方よ」


 指揮官役のオネェさんは、全体チャットを通じて冒険者たちに作戦の説明を始めた。


 作戦の成功確率については脇に置いておいて、このまま漫然と攻撃を続けていたところで膠着状態が続き、じりじり消耗していくだけだというのは冒険者全体の共通認識だった。それならば何でもやってやろじゃないかと、作戦の内容というよりは作戦の提案があったこと自体が評価され、採用されることとなった。


 眉を寄せて、いささか釈然としない思いをぐっと飲み込むオネェさんなのであった。




 前衛の壁役が挑発で引き付けると同時に、後衛が最大火力の魔法やアーツのチャージを始める。その間、壁役は挑発と通常攻撃を続け、ひたすら注意を引くことに専念していた。


 これまでなら他の前衛もアーツを叩きこむところなのだが、今回は前衛のやや後方でタイミングを見計らって待機している。それ故に壁役の負担は大きく、巨大な拳でぶん殴られて大ダメージを受けている。


「うおー、砲撃はまだかーー!」「っていうか、盾がもうもたねぇーーー」


 前衛からかなり切羽詰まった叫びが飛んでくるが、後衛のチャージがなかなか全員揃わない。今回の作戦はタイミングを合わせなければならないので、順次攻撃するという訳にはいかないのだ。


「うぎゃぁぁーーー」「ジョニーーーッ!!」「「「ジョニー??」」」


 遂に壁役の一人が横殴りにぶっ飛ばされ戦線を離脱してしまったその時、後衛全員のチャージが完了した。


「今よっ! 前衛、突撃~!」「よっしゃー!」「やったるでぇ~!」


 指揮官の合図に合わせ、壁役の後方に控えて居た前衛部隊が突撃し、次々と攻撃を仕掛ける。但しそれは通常攻撃ばかりでアーツではない。というのもこれはいわば誘いの攻撃なのだ。これまでのパターンだとミッスルゴーレムは足元に攻撃がある程度続くと、必ずアシッドレインで散らそうとしていたのである。


 そして今回もそのパターンから外れることなく、ミッスルゴーレムはその分厚い胸板を誇るかのように胸を張り、腕を大きく振り上げようとした。


「後衛、主砲斉射~!」「主砲ってナニ!?」「いいからぶっ放せぇ~!」


 後衛から魔法と遠距離攻撃アーツが一斉に発射され、ミッスルゴーレムの胸の辺りで大きな爆発が起きると、その巨体がグラリと大きく後ろへと傾いた。


 このタイミングに合わせて前衛部隊の内、斥候系の能力を持つ者たちがハイジャンプで取り付くと、傾いた上半身をよじ登り、かぎ爪の付いた長いロープを蔦に引っ掛けて地上にいる冒険者達へ放り投げた。


「よし、準備完了! みんな、背中側にロープを引っ張って~!」


「魔法使い部隊は左右に展開して、バインド系の魔法で拘束するニャ!」


「さしずめ、ガリバー作戦と言ったところでござるな」


 ちなみにこの時マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)のメンバーは何をやっていたのかと言うと、絵梨はバインド部隊に参加し、悠司はハンマーショットで頭を狙い撃っていた。清歌と聡一郎は斥候部隊と一緒に上半身に取りつくと、そのまま居座ってガンガン攻撃を打ち込んでいる。


 そして弥生はダメ押しのアーツを放つ準備をするために、清歌から借りた凍華の背中に乗って空を走っていた。


「ありがとう凍華、ここで止まって。よ~っし、狙いはバッチリ。ブーストチャージ!」


 弥生が破杖槌に刃を発生させてアーツの起動準備をすると、破杖槌の大マズルの方にスラスターノズルが現れ、小さく噴射を始める。弥生は深呼吸をして覚悟を決めた。相変わらずこのアーツを使うのはどうにも腰が引けてしまう。――というか、このアーツの恐怖感は、何度使ったところできっと慣れるということはないだろう。


「みんな~、行くよ! 3……、2……、1……、アターック! きゃぁぁ~~!」


 凍華の背中から凄いスピードでミッスルゴーレム目掛けてすっ飛んで行った弥生は、ドスンという大きな音を立てて胸の真ん中辺りに着弾した。予め強化魔法で重量を増していたことも相まってそのエネルギーは凄まじく、ミッスルゴーレムはさらに大きく傾いていった。


 このチャンスを逃してなるものかと、冒険者たちはロープを引く手にさらに力をこめる。ぐいぐいと引っ張り、やがて上半身がほぼ水平になるまでになったのだが――


「まさか……、倒れない……だと!?」


 ミッスルゴーレムは上半身どころか膝も曲げて大腿部から上は殆ど水平になっているというのに、何故か倒れることなくその姿勢を維持している。


「……って、マ○リッ○スかよ!?」「古っ! いつのネタだよ!」「それが分かるアンタも相当だと思うが……」「っていうかこのままだと……」


 果たしてこれが仕込まれたネタだったかは定かではないが、その危惧は見事に的中する。どう考えても倒れるしかない姿勢から、起き上がり出したのである。その力は凄まじく、バインド部隊とロープ部隊は手を離さざるを得なかった。


 上半身に取りついていた清歌たち三人は、起き上がりそうだと感じた瞬間に一目散に駆け下り、膝から飛び降りて無事脱出していた。


「悔しぃ~、もうちょっとで上手くいきそうだったのに~」


「あのまま地面に引き倒してタコ殴りにできれば、万々歳だったんだがなぁ~」


「うむ。しかしダメージそのものは結構与えられた。」


「それにしてもあの姿勢では、完全にバランスを崩しているはずなのですけれど……不思議ですね」


「まぁ、相手は魔物なんだし。……足が地面に張り付いてるのかしらねぇ?」


 絵梨の言葉にハッとした弥生は、ミッスルゴーレムの足元をじっと見つめた。ダメでもともと、今なら前衛も足元に集まっていないのでちょうどやり易い。


「すみません、オネェさーん! ちょっと実験なんですけど、魔法部隊に奴の足元を焼き払ってもらえませんか?」


「実験? いいわ、ちょうど次の手を決めかねてるところだから、試してみましょう」


 弥生の提案を即決で了承したオネェさんは、全体チャットで魔法使いに火属性の魔法で足元を集中攻撃するように呼び掛けた。


 程なくしてファイヤーボールなどの火属性魔法が、ミッスルゴーレムの足元に集中して着弾、爆発した。


「マ゛ア゛ァァ、ゾオォォォーーーッ!!」


 すると、ミッスルゴーレムが今までにない大きな反応を示した。これまでの叫び声はどちらかと言うと攻撃に対して怒っているようなものだったのだが、今回は明らかに苦しんでいる。


 これはいけるんじゃないか!? と冒険者たちが色めき立ったところで異変が起きた。ミッスルゴーレムが腕をだらりと下ろした状態で、完全に動きを止めてしまったのである。


 これも新たな特殊攻撃前のポーズなのかと固唾を飲んで見守っていると、突然ミッスルゴーレムを構成する蔦がばらけ、真下の地面へと吸い込まれていったのだ。――それはまるで蔦の滝とでも言うべき不思議な光景であった。


 あまりにも呆気ない幕切れに、冒険者たちはしばし唖然としてしまったが、やがて一回目のレイドボス戦は一応撃退したということでよいのだろうということに気付いて、大きな歓声が上がった。







「それにしても最後のは何だったんだ、弥生」


「あ~、アレってさ、あんなマッチョな見た目だけど結局は植物系なわけでしょ? しかもあれだけバランスを崩しても大丈夫ってことは、きっと足から根っこが出てるんじゃないかな~って思ったんだよ」


「そういえば、地面からの攻撃もあったな。あれも足の裏から伸ばしたものと考えるのが自然だろう」


「うん。……で、根っこってことは、多分ナニかエネルギー的なものを吸い上げてるんじゃないかなって思ったの」


「ああ、つまりその供給を断てば自動回復は無くなるんじゃないかってことね?」


「そ~ゆ~こと。だったら焼き払うのが一番でしょ」


「なるほど。……それにしても、それで決着がついてしまったのには驚きましたね」


「あはは、確かにね~。あ、でもアレは多分累積ダメージが二割を超えたからだと思うよ? ダメージ量はその前の作戦が一番大きかったから……、なんていうかタイミングが良かったのか悪かったのか……」


「あ~、確かになぁ」「ま、結果オーライ?」「ええ。それに次に活かせますから」「うむ。何はともあれ、今回は我々の勝ちだ」





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