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ミリオンワールド!  作者: ユーリ・バリスキー
第八章 秋の収穫祭イベント
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#8―02




「さ~や~か~~(怒)」


 弥生が両手を伸ばし、清歌の頬をギュムッと摘まんで引っ張った。


ひゃ()ひゃよひひゃん(やよいさん)いひゃい(いたい)いひゃいれす(いたいです)……」


「もう、これは罰だよっ! 無茶はしないでって言っておいたのに、またこんなことして~」


 事の始まりは本日一回目のログイン終了間際、情報の共有をしておこうとマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人がベースキャンプに集まったこと。


 まずは戦闘と採取に赴いた弥生たちが、出会った個性的な魔物たちのことを面白おかしく語った。植物系――というか、作物系とでも言うべきこのイベント島の魔物たちは、色々と意表を突く動きをしてきて、闘いながらツッコミを入れたり思わず笑ったりしてしまうことも多々あったのである。収穫()と銘打たれているだけあって、戦闘も楽しめるように作られているようだ。――単に開発陣が遊んだだけかもしれないが。


 そして次に清歌が上空から撮影した、このイベント島の景色が披露された。弥生たちはそれほど遠くまでは足を延ばさなかったため、長く続く崖の存在はまだ知らなかった。


 地形の情報はレイドボス戦ではとても重要だ。大きな魔物を相手に動き回っている内に崖に追い詰められたり、逆に崖下に落とされたりしては目も当てられない。


 これは早めに知れて良かった――と思っていた四人は、次に出て来た写真を見て驚いた。少しずつ島から離れていく連続写真は、イベント島の()を映し出していたのだ。


 この写真を撮影するには、どう考えても島の端から飛び降りる必要がある。しかも俯瞰の写真ばかりではなく、イベント会場である島本体の裏側を見上げるように撮影したものもあり、どうやら清歌はかなり長時間粘って撮影を続けていたようなのだ。


 と、ここまで見たところで弥生はギンと目を三角にした。偵察に出るという清歌に無茶はしないでと言っておいたというのに、これは一体何なのかと。


「ちょっと弥生、そのくらいにしておきなさいな。ま、ほっぺをつねられてる清歌ってのもレアな光景だから、もうちょっと見たい気もするけど……ね」


ひぇ()ひぇりひゃん(えりさん)……」


「フフフ……。第一弥生、清歌は“ちゃんと安全を確認する”って言っていたのよ? 撮影をした上で無事に戻って来たってことは、実際安全だったってことじゃない」


「む~、しょうがないな~、……罰はこのくらいにしてあげるよ。でも本当に気を付けてね、清歌」


 弥生はつねっていた手を離すと、今度は逆に両手で頬を優しく覆う。清歌はくすぐったそうに目を細めて頷いた。


「はい、弥生さん。これからもちゃんと安全確認は怠らないようにします」


 清歌の言葉に弥生は「しょうがないな~」という表情をする。確かに如何にリアルでもVRに過ぎないのだから、本当の意味での危険など無く、死に戻りにさえ気を付けてくれればゲーム的には問題がないのだ。そういう意味では、清歌はちゃんと安全確認ができている――と、言えなくもない。問題はタイミングや操作をちょっとでも間違うと、落下ダメージで本当に死んでしまいかねないところだ。


「無茶はしてるんじゃないかっつー気はするがなぁ」


 一応は納得したというのに悠司が混ぜっ返し、弥生と絵梨が苦笑する。ただ聡一郎だけは少々異なる考えを持っているようだ。


「……ふむ、そうだろうか? やっていたことはスカイダイビングのようなもので、清歌嬢は飛夏と一緒ならば魔物に襲われる心配もないのだから、無茶という程のものとは思えないのだが?」


「そうですよね!」「いやいや、そんなことないよ!?」「ま、普通に無茶よね」「俺も自分からやりたいとは……思わんなぁ」


 嬉々として同意した清歌だったが、三人がかりのツッコミがノータイムで炸裂する。


 清歌は聡一郎と顔を見合わせて、ちょっと不満そうな顔をしていた。身体能力が突出している二人は、しばしば周囲を置き去りにしてしまうのである。


 そんな二人の様子に弥生はちょっとコンプレックスを刺激されたが、それは笑顔の下に隠しておいて、せっかく清歌が“がんばって”手に入れてきてくれた情報についての話題に軌道修正を図った。


「ま~、なんにしても清歌のお陰で、ココがでっかい樹だってことが分かったね。今回のイベントは植物系の魔物が主役みたいなものだから、設定としては分かるんだけど……」


「そね。でも単なる舞台設定ってだけ……とは思えないわよねぇ。やっぱりイベントに絡んでるんじゃないかしら?」


「俺もそっちに一票。イベントに絡まないんだったら、わざわざそんな面倒なことする必要はないからな。……っつっても、妙な拘りでその面倒なことをしかねないっつー気もするわけだが」


「あはは、確かにね~。……って、まさか、この島自体がレイドボスなんてことは無いよね?」


 弥生の不吉な予感に、一同が沈黙する。皆で収穫祭を楽しんでいた場所が、実は巨大な魔物の上だったというのはちょっと笑えない話だ。


「ふむ。設定としては面白いかもしれんが……、仮にこの巨木が魔物だったとして、どうやって斃すというのだ?」


「これだけ大きいと、直接斬り付けても意味はなさそうですね。毒を大量に流し込んで枯れさせる……などでしょうか?」


「毒!? ……ま、まあそれならアリ、かしらねぇ。っていうか……そうよ、多分この島自体がボスっていうのは無いわ。確かイベントの説明に、“巨大な魔物が不定期に出現する”って書いてあったもの」


「そういえば……。そういうところで嘘はつかないもんね。う~ん……ねえ、清歌。この枝の部分に魔物はいた?」


「魔物の姿は見ていません。……あ、いいえ。私では確認できませんでした、といった方が正しいでしょうね」


 清歌は地盤を支える枝の部分をズームして撮影した写真を示した。枝は密集しているように見えるが、これはかなり離れた場所から撮影しているからであり、実際には――というか人間スケールで考えれば結構隙間はあるはずだ。当然魔物が生息するスペースも十分あるわけだが、いかんせん距離があり過ぎてそこまで細かくは確かめられなかったのである。


「あ、そっか、ゴメン清歌。なんかスケール感がおかしくなっちゃってた。そうだよね、この樹ってすっごく大きいんだよね……」


現実リアルのバオバブもかなりでっかい樹らしいが、これはそんなもんじゃないだろうしなぁ」


「っていうか、こんな所に魔物がいたとしてもどうにもならないんじゃない? 清歌だってこの枝に取り付くのは無理でしょ?」


 空飛ぶ毛布はその仕様上、島の端から飛び出した状態で高度を維持しようとすれば、一瞬でMPが枯渇してしまうだろう。それ故に自由落下しつつ撮影し、転移魔法で離脱せざるをえなかったのである。


 と考えて絵梨は言ったのだが、清歌はちょっと首を傾げて顎に指を当てて考えていた。


「……さ・や・か、ちゃ~ん。島の端から飛び降りた後で、浮力制御とエアリアルステップで近づいて、ワイヤーをどこかに引っ掛けられれば……なんて、考えてるんじゃないよね? よね?」


 ジトッ~と据わった目つきの弥生が、両手を清歌の頬に伸ばしつつにじり寄る。


 図星を刺されて内心はビクンとなった清歌ではあるが、そんなことは微塵も表に出さずに答える。


「大丈夫ですよ、弥生さん。流石に勝算が良く分からない賭けに出る気にはなりませんので。……ちょっと、考えてみただけです(ニッコリ☆)」


 最後にポソリと付け加える清歌に、弥生はガックリと肩を落とした。――まあ、これに関しては、清歌もリスクが高すぎると考えているようなので大丈夫だろう。


「しかし魔物かどうかはともかく、これだけ大掛かりな舞台装置を用意したのならば、ただの飾りということはあるまい」


「そね、私もそう思う。……とは言っても現状、アプローチの手段が無いのも事実よね。やっぱりイベントの進行に合わせて何かが起きるってところじゃないかしら?」


「ふむふむ。あ、イベントと言えば、他のチームの島……っていうか樹は見なかったの?」


「そういえば……、浮島はいくつか見かけましたけれど、それらしきものは見ませんでしたね」


「そっか……、別サーバーになってるのかな? 見える場所にあったら、観測双眼鏡を使って他所のチームの様子を見れるかと思ったんだけど……。ま、見えないんなら仕方ないね。え~っと、この清歌が撮ってくれた写真と情報、それから私らの方で調べた魔物情報とかは掲示板にアップするけどいいよね?」


 弥生の確認に四人が揃って頷く。


 清歌の写真はどうやって撮影したのかというツッコミが来そうな気もするが、ベースキャンプを出発する時に清歌が空飛ぶ毛布に乗って飛んで行くところは、かなりの冒険者チームメイトに目撃されているので、それで納得してくれるだろう。実際には空飛ぶ毛布という従魔の能力ではなく、清歌個人の思い切りの良さによる成果なのだが、そこはわざわざ説明する必要もない。勘違いでも納得してくれれば、こちらとしては特に問題ないのだ。


 こうして収穫祭イベント、最初のログインは特に問題も無く終了した。


 言うまでもなく、問題が無かったのはマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人にとっての話であり、掲示板に公開された数々の写真にチームメンバーたちは驚愕し、雑談掲示板が一時お祭り騒ぎとなるのであった。







 お昼休憩を挟んで<ミリオンワールド>に再びログインしたマーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)の五人は、早速行動を開始した。


 まずは魔物を討伐して獲得した作物の納品だ。今回は初めての納品になるので、倉庫がどうなっているのかを確認するために全員で移動する。


 倉庫は建物の中に天井まで届くほど高い棚が整然と並んでいるという、シンプルな造りの物だった。納品は作物の種類別に行う必要はなく、倉庫の中に入って納品するアイテムを選択すると適当なサイズの木箱に自動的に収納されるので、後はこれを棚に置けば納品完了となる。


 ちなみに納品したアイテムは、一旦棚に収めるとコインに変換されるのでもう木箱から取り出すことはできなくなる。ただ不思議なことに、木箱の移動自体は出来るようになっている。


 さて、納品が終わったところで今回はこれから別行動だ。弥生と聡一郎は前回に引き続き作物の収穫(バトル)、悠司は採掘を中心とした採取、絵梨は消耗品の生産、そして清歌は絵梨を除く三人を目的地へ送り届けた後で、前回とは違う方へ偵察兼採取に向かう予定だ。


 特に重要なのは収集してきた素材でポーション類を作ることだ。いつ出現するかもわからないレイドボスを迎え撃つために、最低限自分たちが使用する分だけでも早めに作っておきたい。チームへの貢献&コイン獲得も考えるならば、余分に作って無人販売所に出品したいところだが、午前中に採取してきた分ではそんなには作れないので、それは後の課題である。


「それじゃあ、行動開始……の前に、清歌? さっきまた一体仲間にしたって言ってたよね。どんな子か見せてもらってもいいかな? やっぱり野菜っぽい魔物なの?」


「はい。では、あちらのドッグランのような場所に参りましょう。手持ちがいっぱいでホームに送られてしまいましたので」


 柵に囲まれた従魔を放しておけるスペースは大凡十五メートル四方の広場で、ちょっと大きめの魔物を何体も放すとすぐにぎゅうぎゅうになってしまいそうだ。とは言っても現在この場に放されている魔物は一体もいない。何しろ清歌以外の魔物使いは、連れ歩ける従魔の枠さえ未だに埋まっていないのである。


 そんなわけで閑散としている広場に五人で入り、清歌がウィンドウ操作で新たに仲間にした魔物を呼び出した。


 光る魔法陣のエフェクトとともに現れた魔物は、直系四十センチほどの丸い物体だった。ほんの少し扁平な球体のそれは、色は瑞々しい赤でゼリーのように透き通っており、天辺にはヘタが、そして黄色い二つの小さな目――のようなものが体の内側にあった。


「……トマト?」「ええ、トマトね」「ちょっと透き通ってるが……」「しかし、これはトマトに間違いないな」


 そう、現実リアルで考えれば有り得ない程のお化けサイズではあるが、どこからどう見てもトマトにしか見えない魔物である。


「ふふっ、いらっしゃい」


 清歌が両手を伸ばすと、周囲を嬉しそうにぷよんぷよんと跳ね回っていたトマトが大きくジャンプしてその中に収まった。


「わ~、可愛い! 私らが戦ったのはなんか妙にギャグ漫画っぽかったんだけど、この子はちょっと違う感じかも! ね、清歌、ちょっと触ってもいい?」


「はい。この子は人懐っこいですから、よろしければ抱いてみますか?」


「いいの? じゃ、お言葉に甘えて……お~、なんか面白い感触~」


 清歌から受け取ったトマトはちょっとひんやりとしていて、ぷよんと柔らかく、同時に弾力のある不思議な感触だった。興味を持った絵梨が手を伸ばし、指先で突いてみるとゼリーのようにプルンと震える。


「あら、ホントね。ぷよぷよしてて面白い。ええと、この感触は……こんにゃくゼリーみたいな感じかしら? 表面がサラッとしてるのが不思議ねぇ。……で、これは何ていう魔物なの?」


「この子はジェリートマトという魔物です。……見たまんまの名前ですね~」


「ふむ、トマトか……。俺たちはこの魔物とは遭遇しなかったのだが、どういう場所にいたのだろうか?」


 トマトは野菜の定番の一つだ。様々な料理にも使えるので、確保しておいて損はないだろう。聡一郎はそう考えて尋ねたのだが――


「申し訳ありません。私にもこの魔物がどこに居たのか、良く分からないのです」


 実はこのジェリートマト、清歌が積極的に仲間にしようとした魔物ではないのだ。前回のスカイダイビング前に飛夏のMP回復を待っている間のこと、周囲を散策していると、どこからともなく現れて後を付いてくるようになっていたのだ。


 どうやら清歌ではなく飛夏の方が気になっているようなので任せてみると、妙に懐かれてしまい、引き離すのも可哀想かな――と思い契約したのである。


 ちなみに名前にジェリーとあるが、あくまでも植物系の魔物である。某有名国民的RPGに出現するマスコット的モンスターによく似た動きであっても、決してスライムの仲間ではない。


「なるほど。体形が似てるから、親近感を覚えたのかもなぁ。……っつーか、考えてみたら、モフモフしてない従魔はこれが初めてなんじゃないか?


 これまで清歌が従魔にしてきた魔物は、種族的には何種類もあるが、そのどれもが毛皮や羽毛に覆われているモフモフした魔物ばかりだった。ジェリートマトは今のところ唯一の例外と言える。


「ああ……言われてみれば、確かにそうですね。けれど、モフモフだけに拘っていた訳ではありませんし、この子も可愛いのですから、何の問題もありません(ニッコリ☆)」


「あはは、確かに」「そね。これはこれでいいモノよね」「うむ。彩が増えて良いのではないか」「…………」


 ホームが賑やかになるのは真に結構なことだとは思うのだが、どうも最近弥生たちは清歌に影響を受け過ぎなのではなかろうか? と内心でツッコミを入れる悠司なのであった。







 ベースキャンプの森は隣接する円盤フィールドとは比較的なだらかに接続していて、ちょっと急な坂や、階段二段分の高さの段差が境界線になっている。


 その境界線付近、お隣の草原がすぐ見える場所で、勇気ある魔物使いの集いのメンバーたちがせっせと薬草などの採取に勤しんでいた。


 今回のイベントはチーム戦だ。招待を受けてもらい、モフモフ御前(=清歌)と一緒のチームに慣れたのは僥倖だったが、自分たちとのレベル差に驚き、これは足手まといになってはいけないと採取や作物の収穫に初日から全力で取り組んでいた。


 全員が魔物使いというこのギルドは、基本的な戦闘力が不足しがちだ。そしてRPGにおいて戦闘力の不足は、資金の不足に直結すると言っても過言ではない。なのでこのギルドでは皆で相談して、コツコツと貯めたギルド資金で調合スキルを二人分購入し、消耗品の生産は自前でできるようにしていた。またレベルが二十を超えて得意分野を習得してからは、頑張って生産スキルを上げていたので、ある程度は自給自足できる体制が出来ている。言い換えると、マーチトイボックス(弥生のおもちゃ箱)をダウングレードしたような体制のギルドなのである。


 いずれにしても今回のイベントで重要なレイドボス戦においては、ダメージディーラーになれるメンバーは残念ながら皆無だ。なので後方支援をするためにも、各種ポーションは十分な量を確保しておきたい。――そんな訳で、薬草の類を採取し、作物を斃し一定量の素材が集まったらベースキャンプに転移するという事を繰り返しているのだ。


 ちなみに収穫した作物も、イベント限定レシピではポーションの素材として利用できるようになっている。ただ納品すればコインが入手できるのでポーションにしてしまうのは少々もったいない気がしてしまい、今のところは納品していない。いざとなればこれも使ってポーションを作るつもりなので、インベントリに寝かせている状態である。


 ――その異変に気が付いたのは、従魔たちの方が先だった。


「ピィ、ピッピィー!」「ブモッ、ブモモー!」


 肩に乗って休んでいた、或いは足元でウロチョロしていた従魔たちが、主人に警告を発した。


「ど、どうしたの?」「ウリちゃんも……、え? 何かおっきくて強いものが来る?」


 二人で組んで薬草採取をしていた少女たちが、警告の内容に「はて?」と首を傾げて顔を見合わせた。


 とその時、地面が小刻みに振動を始め、遠くから「ゴゴゴ……」と地鳴りが響いてきた。現象としては地震のようだが、<ミリオンワールド>で地震など起きるのだろうか? ――などと考えたところでハッと気づいた。


「コレってまさか……」「えっ!? 今日は初日だよ? そんないきなり……」


 まさかそんなことがと否定しようとしている間にも地鳴りはさらに大きくなってゆき、そして遂に目に見える現象が起きた。


 お隣の草原よりもさらに遠くの方、蔦のような植物が無数に地面からシュルシュルと勢いよく伸び、互いに絡みついていったのだ。


「すごーい、ジャックと豆の木みたい!」「あっ、どこかで見たようなって思ったけど、ソレかぁ~」


 二人は従魔が警告していたことを一瞬忘れ、そのスペクタクルな光景をポカンとただ見つめてしまい、更にはびみょ~に緊張感の欠けた感想まで言い出す始末だ。少々彼女たちをフォローすると、基本的にスベラギ周辺の魔物としか戦ったことの無い二人は、巨大な魔物と遭遇する機会が無く、せいぜいヒノワグマを遠目に見たことがあるくらいなのだ。それ故に初めて目の当たりにした超巨大な魔物に、思考がフリーズしてしまったのである。


 さておき、ジャックと豆の木では一晩かかっていた成長が、こちらはものすごい勢いであっという間に伸びている。そして天まで伸びるのではなく複雑に絡みつき、やがて巨人の姿を形成していった。


「コレってやっぱり、レイドボス!? どっ、どど、どうしよう!?」


「ど……どうしようって、それは……まずはギルマスに報告しなきゃ!」


 ――こうして多くの冒険者の意表を突き、初日からレイドボス戦が始まったのである。




『みんな! レイドボスが出たよ~。取り敢えず現状報告を。私と聡一郎は作物と戦闘中だけど、もうすぐ……あ、今聡一郎が止めを刺した。そんなに消耗してないから、自然回復で大丈夫だと思う』


『俺は採掘中だったからスタミナはかなり消費している……が、まあスタミナはすぐ回復するから問題ないだろ。こっちもこのまま行ける』


『私の方は取り敢えず、ポーションとMPポーションを一人十本ずつ渡せるくらいはを作れたわ。ちなみにベースキャンプの様子だけど、みんな慌てて巨人のいる方に走り出してるわ。生産職の人も後方支援部隊として参加するみたいね』


『私は今、東の外れにいます。ちょこちょこ採取などもしていましたけれど、今は完全に回復しています。ここからだと一旦ベースキャンプに転移してからの方が、巨人に近いですね』


『りょ~かい。じゃあ私たちも現地に集合しよう。私と聡一郎と悠司は直接、清歌はベースキャンプ経由で絵梨を拾って、空飛ぶ毛布に乗せて……って、あれ? 飛夏は今どうなってるの? もう引っ込んじゃった?』


『いいえ、この戦闘はルールが違うようです。先ほど説明のウィンドウが現れまして、レイドボスに攻撃を当てるか、又はダメージを受けるかするまでは従魔の入れ替えができるそうです』


『ふむふむ。じゃあ清歌はベースキャンプに戻ってから、絵梨と一緒に空飛ぶ毛布で私たちと合流して。戦闘に関しては……他の人もいるから行ってみないと分からないかな。初回だから様子見ってところになるかもしれないし……』


『むっ! 今戦端が開かれたようだ。炎の魔法による遠距離攻撃だな。ここからでは良く見えないが、前衛が足止めもしているようだ』


『ふーん、アレも植物系でしょうから、火属性での攻撃はセオリーよね。……って暢気に感想を言ってる場合じゃなかったわね』


『うん。じゃあ皆、現地で合流! 急ごう!』




 身長二十メートル弱の巨人。言葉ではあっさりしたものだが、実際目の当たりにするとその迫力はなかなかのものだ。さらにこの魔物は人型とはいっても均整の取れたスタイルではなく、脚は短めで逆に腕は長く、しかもボディビルダーもかくやというほどのムキムキマッチョな肉体(?)で、それが威圧感を増している。ちなみに頭部は半球状に盛り上がっている感じで、目玉が一つだけついている。


 無数の蔦が絡まって全身を作っているのだが、それが何やら筋繊維のようにも見え、少々不気味だ。もっともカラーリングは樹木のそれと同じなので、生々しさがほとんど感じられないのが救いであろう。


 基本的な攻撃はパンチと踏み付けとシンプルだ。しかし二十メートルもある巨人が繰り出せば、それだけで強力な破壊力を持つ。地面を殴りつければ小さなクレーターのように陥没し、踏みつければ地面が振動して足を取られてしまう。無論、モロに直撃を受ければただでは済まない。通常攻撃全てがアーツ級の威力と言っても過言ではなく、冒険者たちは初めてのレイドボスに絶賛苦戦中である。


 ちなみにこの魔物は、ミッスルゴーレムという名がついている。


 しかしながら、ある時は――


「腕を振り上げた! マッスルパンチが来るぞ、気を付けろ!!」


「マ゛ァッゾーー、バァ゛―ンヂィィィ!」


 ミッスルゴーレムが腕を大きく引き、技の名前のように聞こえる雄叫びを上げながら、思い切り地面に叩きつける。ドゴォーンという轟音とともに土砂を巻き上げ、更に逃げ遅れた冒険者を衝撃で吹っ飛ばした。


 そしてまたある時は、今のところ唯一確認できた特殊攻撃である<アシッドスコール>という技を繰り出してきたのだが――


「なんだ? あのポーズは?」「オイオイ、ボディービルかよ!?」


 両腕を曲げて振り上げ力こぶと大胸筋を見せつけるような、ボディービルで言うところのダブルバイセップスというポーズをすると同時に、周囲に水滴が降り注いだ。ダメージそのものはそれほど大きくないものの、一時的に防御力を下げる効果のある特殊攻撃だ。


 巨人の姿をしていても、またゴーレムと名がついていても基本的には植物系の魔物だ。従って水滴を降らせる技を使っても、さほどおかしくはないだろう。ただ、その体形でそのポーズをして水滴が降ってくると、それはどう見ても――


「ヤダッ! 汗が飛んできたー!!」「畜生、防御力を下げる汗かよ!」


 という感想になってしまうのである。


 そんなこんなで戦闘開始直後から、このレイドボスは多くの冒険者からマッスルゴーレムという異名を奉られることとなったのである。





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