#1―00
夏休みを目前に控えた七月の、とある土曜日の正午過ぎ。私立百櫻坂学園の渡り廊下を、一人の少女がのんびりと、だが完璧な姿勢を保って歩いている。
身長は160センチ台後半。すらりと伸びた手足、身長比で言えばとても高い位置にある細く締まった腰。夏服のブラウスとベストを押上げる胸は巨乳ではないがバランスよく主張している。顔立ちは恐ろしく整っていて、キリッとややきつめの印象を与える目元が特徴的だ。腰に届きそうなほど長く伸ばしたワンレングスのストレートヘアーは、プラチナに近い明るい金色。そして瞳の色は一見すると黒のようだが、よく見ると深いワインレッド。その色合いの組み合わせは、まるで物語の中から現れたかのようで、どこか浮世離れしていた。
彼女――黛清歌は、そんな類稀なる美少女だった。
百櫻坂学園は今時珍しく土曜日に半日授業がある。それは、二期制を取っていて十月に一週間ほどの秋休みがあることや、なぜか芸術科目を二科目取らなければいけないことや、部活動の時間を多く取るため火・木は六時限目がないことなど理由はあれこれあるが、何よりもイベントごとが多いのがその理由だ。ある年などは、生徒会主催のイベントが例年より多く、秋休みと冬休みに振り替え授業を行ったという伝説もある。
清歌のクラスは土曜最後の授業が担任の授業で、そのままショートホームルームをして終了となるので、他のクラスよりも早く帰れるというささやかな幸運に恵まれている――いつもならば。
担任の教科は生物で普段は教室で授業をするのだが、今日は教科専用教室で資料映像を見せながらの授業を行っていたのである。たまたま日直だった清歌は、授業終了後に生物室に独り残って、教科書などとともに持ってきていた日誌代わりのタブレット端末に必要事項を入力。隣にある教員室(この学校には教職員全員がいる職員室は存在しない。ちなみに職員会議は会議室で行われる)にそれを提出して、教室へと向かっているところだった。
浮世離れして見える清歌は――事実そういう部分もあるのだが――それほど極端に世間からズレているわけでも、常識を知らないわけでもなく、また鈍感な方でもなかった。それゆえに自分がクラス内、というか学校内で浮いているのを自覚しているし、またこのままでいいと思っているわけでもなかった。
(……せめて日誌の提出が終わるまで、付き合ってくれるような友達がいてくれるといいのですけれど。……ままならないですね)
私立の名門女子校中等部から、その高等部へは行かずに外部受験で百櫻坂に入学してきた清歌には、同じ中学出身の友達がいない。また余りにも完璧すぎる容姿と落ち着いた佇まいには、よほどの蛮勇を持つ者でもなければ、話しかけるのでさえ気後れしてしまうような近寄りがたさがある。さらに純粋な日本人にはあり得ない外見的特徴から、クラスメイトの中には「外国の習慣の人なのでは」とか「日本語が不自由なのでは」などと思われて入学当初遠巻きにされていた経緯があり、以来なんとなく敬遠されたまま今に至っている。
清歌とて、ただ何もせず待っているだけという訳ではない。クラスメイトには普通に話すし、昼食も比較的オープンな女子グループに混ぜてもらって一緒に食べることだってある。だが、清歌が普通に接していても、相手の方が緊張してしまい会話もどこかぎこちなくなってしまうのだ。
(もうすぐ高校初めての夏休みですし、せっかくだから新しい友達と一緒に遊びにいったりしたかったのですけれど。どうしたものでしょうか……)
中学時代の友達とは今でも連絡を取り合っているし、夏休みには久しぶりにみんなで集まって遊ぶ予定もある。別にボッチと言うわけではないが、せっかく父と兄の反対を押し切り、一緒の高校へ行けないことを淋しがって引き止めてくれた友達を説得してまで受験した高校だ。それなのに「新しい学校で、友達は一人もできませんでした」では、ちょっと我ながら情けない。夏休みまであと僅か。事態は深刻――
(やっぱり、このキツイ目つきがいけないのでしょうか~~~~ハァ
とはいえ、今更(?)顔は取り替えられないですし……、見た目なんて慣れるものですから、そのうち何とかなるでしょう。
待っていれば、果報が棚から転がり落ちてくるかもしれませんしね)
――でもなかった。
かくのごとく、清歌はとにかくマイペースな少女なのである。
連載はじめます。どうぞよろしくお願いします。