微妙な援軍
逃げるが勝ち・・・・・・いい言葉です。
大聖堂の奥、転移陣のある部屋の前、
「なんでっ! 俺が! こんなっ! ことを!」
断続的な震動――人間達の攻撃が続く中、バトゥーリア様は作業をしながら不満の声を上げる。
【一つどけてはジフ様のため! 二つどけてはジフ様のため!】
隣で同じように作業をしながら、私は労働の喜びを歌う。
「仕方ないでしょ~ん。わたくし力仕事嫌いだし、その手の魔術も知らないのよ」
「申し訳ありません。私も右腕が動けば御手伝いするのですが」
作業を手伝わないアーネスト・エンド様が堂々と、逆に手伝えないデニム様は申し訳なさそうに言った。しかしそれは仕方が無いことだ、私達がしている作業――血肉塗れの長椅子の山を片付け――は怪我をしているデニム様には難しいだろう。
残念なことに”絶望の岬”に行ってジフ様を昇進してもらおうとした私達に思わぬ障害が立ち塞がった……転移陣のある部屋の前に長椅子が積み重なっていたのだ。大聖堂に流れ込んだ血肉の雪崩はこんなところにも被害の爪痕を残した。
最初、バトゥーリア様はその厚い袖を捲くり殴り飛ばそうとした。だが道化服に相応しいからかうようなアーネスト・エンド様の忠告――『派手なことすると~ん転移陣が壊れるわよ』――を受け地道にのけることになった。
「あっーーーー! 地味でも浮遊呪文覚えときゃ良かった! これで最後だ!」
「……基礎中の基礎を知らずに死霊魔術師になったことを突っ込むべきか、浮遊呪文も使わずに長椅子を持ち上げれることを褒めるべきか……悩むわね?」
「私もてっきり浮遊呪文を使っているものだと……」
「どうでもいいだろ! さっさと転移するぞっ!」
最後の長椅子を取り除いた私達は転移のため部屋に入る。そこでは私達を迎えるように転移陣が輝いていた。
「あら? もしかして……」
「おおっ! もしかしなくても援軍だ!」
幹部御二人の声と共に、黒い鎧を着た骸骨達と黒い寝巻き姿の骸骨が床の紋様から浮かび上がってきた。
黒い鎧の骸骨騎士は、ユウ様と同じ死霊騎士だろう、しかし寝巻きの骸骨は何者だ……
突然現れた死に損ない達のことを私が考えていると、寝巻きの骸骨が喋りだす。
「バトゥーリアの兄貴!! 呼ばれて出てきて助けにきやした!! 人間どもはどこですかい!!」
どうやらバトゥーリア様の弟君のようだ。確かに奇抜な服装と口調そして御顔もそっくりである。
「よう! マサ! おまえがきたのか! ありがたい!」
「俺だけじゃありません!! ゾスも! ケンジュウも! バイアンも! この北聖都ノスセトの転移陣へ転移すてます!!」
「ほんとか! あいつらもきてるのか! よしこれで……あっ!」
「どうしたんです!! 兄貴!?」
一時停止した兄弟感動の場面にアーネスト・エンド様が突っ込みを入れる。
「わたくし達が転移しようとしてたところにあなた達がやってきたのよ! おかげで暫く転移ができないじゃな~い!」
「えっ!? アーネストの旦那ですか!! その格好はどっわっじ!」
弟君――マサ様の言葉を震動が邪魔した。人間達の攻撃が大聖堂のどこかに当たったようだ。大聖堂が崩れたらジフ様が危ないので私は焦る。
【早く”絶望の岬”へ行き……】
「血塗れ骸骨騎士ごときが死霊魔術師殿の会話に口を挟むな!」
私の焦燥から出た精気を死霊騎士達の一人が怒鳴り邪魔した。同じ死霊騎士でもユウ様とは違い随分と偉そうだ。私が眼窩を向けるととこちらに近づいてくる。
「大体! 血塗れ骸骨騎士ごときが死霊王様がおられる”絶望の岬”に行けるか!」
この忙しい時になぜか私に絡んできた。絡むより先に情報収集でもすればいいだろうに……
「ちょっと聞いてね~ん! せっかく援軍にきてくれたのに悪いんだけどわたくし達は、”絶望の岬”に撤退しま~~~す! 理由は人間の攻撃が洒落にならないからよ。あなた達も撤収しなさ~い」
その説明にマサ様と死霊騎士達は、桃色道化師――アーネスト・エンド様に注目する。
「アーネストの旦那……本気でやばいんですね……了解しやした。他の奴らにも遠話しやす」
黒い寝巻きの死霊魔術師はすぐに危険な状況を理解した、
「……アーネスト・エンド殿、いくら大規模な反撃でも戦わずに逃げるのはどうかと思うぞ。それに私達死霊騎士は、死霊王様の直属、貴殿の命令に従う必要は無い。行くぞ!」
しかし死霊騎士の皆様方は忠告を聞かず、そう言うと勇ましく大聖堂の外に向かっていき……
「ハッ!」「ヒッ!」「フェ!」「ホァ!」「ット!」
まとめて不可視の攻撃――空飛ぶ車輪の攻撃だろう――で粉砕された。
結局、ジフ様の昇進を邪魔しただけの援軍だった……いや、敵の攻撃をその身を挺して受けてくれたと思えば役立ってくれたのか?
大聖堂を敵の攻撃が揺らす。
逃げれるならですが。
実際、撤退するときが一番被害がでるそうです。
殿を引き受けてくれた死霊騎士はああなるのが様式美です。