迎撃準備
不意討ちに未知の戦力。
勝敗はどうなるでしょうか?
『敵の先制攻撃、一時撤退後に復讐』了解です船長ガデム様。
私は瓦礫が降る中、背後に跳び大聖堂の中に戻った。飛んできた石で負傷した死霊魔術師デニム様も一緒に引きずる。
重症なのだろう未だ悲鳴を上げ続けている。
「離せ! 早く離せ! 溶ける!」
あっ!
私は左手を開いた。長身の魔術師が逃げるように距離を取る。少し溶けていたけれど瓦礫に潰されるよりか軽症である。恐らく問題ない……と思う。
「折れた肩を掴むな! 右腕も溶かすな! とっ! それより先に早く幹部の方々と……」
私を怒りはじめたデニム様が急に静かになった。たった今飛び込んだ入り口から大聖堂の外を見ている。私もそちらを見るが瓦礫の山しかない。
どうかされたのだろうか?
「……幹部達がまとめて……まさか……屋敷ごと……」
【どうしたんですか?】
「どうしたもあるか! 幹部達が会議していた屋敷が吹っ飛んだんだぞ!」
再び外を見た。瓦礫の山、そして所々に人骨が散らばっている。私はその意味を深く考える。
屋敷と一緒に首席様とアーネスト・エンド様が潰れる。
ジフ様の昇進ができない。
ジフ様の元気が出ない。
ジフ様が起きない。
【うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! デニム様! ジフ様の出世が!】
「違うだろ! それより幹部達が全滅してたらどうする!?」
ジフ様のことを心配する私になぜか非難の声が返ってきた。どうなるか分からない私がその疑問を伝える前にさらに非難の声が上がる。
「デニムちゃ~ん、これぐらいじゃ死霊魔術師は死なないわよ~ん! 幹部を舐めちゃ駄目! 駄目!」
その独特な口調の非難は、私ではなく傍らにいる魔術師に向けられていた。その声の主は、大聖堂内の椅子――聖一教信徒が座るべき長椅子に腰掛けてる。先ほどまではいなかったのに、本当に神出鬼没である。
その人物に長身の魔術師が空に浮かぶ敵――燃える車輪の脅威を訴える。
「アーネスト様! 御無事でしたか! 空に天使が! 屋敷を一撃で!」
「は~い、は~い、落ち着いてね~ん? 空のアレが何かは知らないけど~ん。たかが十体足らずよ。すぐに幹部達が迎え撃つわ……ほら」
椅子に座る桃色道化師――アーネスト・エンド様は、軽くそう言うと外を指し示す。
「きょーうーみーぶーかーいーーー!!! 飛行呪文ではないな大きすぎる!? 興味深い! 非常に興味深い!! 解体させろーーーーーーーーー!!!」
叫びながら天使に向かって突撃する浮遊干物死霊魔術師モーゼス様。迎撃ではなく解体したがっているように見える。
「……クロノちゃんが怪我したらどうしてくれるの!!! 折角最近調子がいいのに!!!」
小さな骸骨を抱きながら抗議する喪服の女死霊魔術師カリン様。抗議の声と共に幽霊や亡霊が現れる……ちなみに今は昼間です。
「……迎撃?」
頭蓋骨を傾げる白い紳士の死霊魔術師フロスト様。石と瓦礫が飛ぶ中、服が真っ白なので驚く。
「死体兵と骸骨兵ならいくら使ってもいい。迎撃しろ」
そのフロスト様に命令する黒い蛞蝓……首席様。気持ち悪い。
「逃げろよ! ”絶望の岬”から二桁台の死霊魔術師達と死霊騎士団を呼んだから!! 援軍と合流して戦えよ!!!」
やる気満々な幹部の皆様に一人抗議する厚着の死霊魔術師バトゥーリア様。フロスト様と違い、全身が土と埃にまみれている。豪華な服が台無しである。
会議室で見た幹部の方々は全員ご無事のようだ。私は瓦礫に打たれる危険を冒して幹部達に近寄る。
【ジフ様出世】
「……しゅっーせー……」
私の意思とジフ様の声が最優先事項を幹部達に伝えた。
これでジフ様が昇進できる!
ところがその確信は裏切られる。
「後だ」
こちらを見もしない首席様の即答によって。
そのまま黒い蛞蝓は、釣上げられた魚のように空に昇っていく。
「ちょっー! 首席様! ……も~んんん。戻ってきたらすぐにジフ様を昇進させるんだから!」
アーネスト・エンド様が暢気に首席様を眺めつつ言った。
何を悠長な!
私が慌てるのを他所に幹部達の準備が進んでいく。
いつの間にか街の上で停止した燃える車輪達に接近する人影――モーゼス様は日の光の中、目に映るほどの青い精気を撒き散らしている。
女死霊魔術師カリン様の傍では、集まった幽霊――青白い半透明の人型が重なりくっつき屋敷より大きい青く光る粘塊を作り出した。
「……集え」
フロスト様の魔術なのだろう、短い呟きに呼ばれ建物から、路地の奥から無数の骸骨兵と死体兵が現れる。
……私自身もフロスト様と御近づきになりたい気がしてきた。
私の右腕から力が抜ける。
ドンッ!
棺が石畳を叩く音が……
「チュウ!」「コーン!」「ピョン!」
はっ!
私は死体獣踊子隊の鳴き声に棺――ジフ様を落ちる前に持ち上げた。正気に戻った私の目前で死者の巨人が創造されていた……巨人の死体兵ではない、人骨と死体を捏ね繰り回し積み上げて人の十倍のさらに十倍はあろうかという巨大な人を生み出したのだ。
フロスト様……地味なのにやることが派手である。
大聖堂さえ見下ろす巨体と、その肩に座る骸骨紳士を仰ぎ見ながら思った。
青く光る粘塊の方も同じぐらいまで大きくなり空に浮かび上がる。まるで軍用気球の化け物のようだ。
空飛ぶ車輪に巨人に化け物気球……どうなることか。
頭蓋骨の中に響く『撤退しろ』『情報も無しに戦うな』という言葉と……
「だから! いきなり全力で戦うな!! 援軍待てよ!!!」
頭蓋骨の外から響くバトゥーリア様の絶叫を聞きながら私は思った。
戦う前に負けてます。
……情報戦で。