災いの兆し
ファンタジーの定番ヒロインであるアレがついに登場します。
ちなみにお姫様や聖女様ではありません。
【ジフ様!】
私は、部屋を襲う揺れに驚きながらも寝台から落ちるジフ様を支えようと右手を伸ばした。風を切り文字通り長く伸びた蛇骨の腕は、何重にも巻きつきジフ様を受けとめる。
「よくやったわ! ・・・・・・でも」
桃色道化師――アーネスト・エンド様は私を褒めながら断続的に揺れる部屋を確認する。
「地震じゃないわね~ん? 首席様が誰かと喧嘩してる?」
「・・・・・・アーネスト、私は今、おまえと遠話している」
揺れの原因を推測するアーネスト・エンド様に水晶玉から呆れた声が指摘する。
「人間の奇襲かもしれん・・・・・・状況を確認する。さらばだ」
「・・・・・・切っちゃった。相変わらずせっかちね~ん! まだジフ様の席順が決まってないのに! ・・・・・・会議してた部屋に行くわよ!」
その言葉と共に扉が開け放たれ、桃色の影が風のように飛び出していった。死霊魔術師デニム様がその姿を呆然と見送り・・・・・・床に両手をついてしゃがみこむ。
「助かった! 助かったぞ!! 父さんは頑張ったぞ!!! 神様ありがとう!?」
頭蓋骨を抱え込むようにして喜び始めた。
何か危険なことでもあったのだろうか?
頭蓋骨を傾げる私の視界の端には、分割され変色した丸い骨が散乱していた。
「・・・・・・そっそうだ! 骸骨兵、ジーンの奴を棺に入れるんだ。この揺れが人間の攻撃だったらその方が安全だ」
死霊魔術師デニム様が神への感謝を止めて私に命令してきた。私はジフ様の御顔を見れなくなるのが嫌で一瞬だけ頭蓋骨を歪ませた。しかし右手の中、力なく揺れるジフ様のことを想い了解する。
「棺は厳重に閉じるんだ・・・・・・私達も会議室に行くぞ」
私が王子様のようにジフ様を棺に寝かす間、長身の魔術師は水晶玉を弄くりながら更なる指示をする。ジフ様を大切に守るのはともかく会議室に行く理由が分からない私は頭蓋骨を回転させる。
【・・・・・・ジフ様の昇進?】
「・・・・・・しょーしーーんーーー・・・・・・」
「違う! 人間の攻撃かもしれないと首席様が仰っていただろう。それの確認だ・・・・・・行くぞ」
私の冴えた推理とジフ様の寝言に死霊魔術師デニム様は答え、部屋を出て行った。棺に右手を巻きつけ再びジフ様を持ち上げた私も部屋を出て行く。
廊下は、割れた硝子が散乱し酷い状態だった。素足で歩いたら瞬く間に血塗れだろう。もっとも骨である私達には血も肉も無いので躊躇せず進む。
「揺れの間隔が徐々に狭まっている! 急ぐぞ!」
建物――大聖堂を揺れが襲う中、私の先を歩いていた魔術師は走り始めた。ジフ様の棺を抱えながら私もそれについて行く。棺は蛇腹の腕が震動を吸収しているのかあまり揺れていない。
大聖堂から出たところで死霊魔術師デニム様が急に立ち止まった。会議をしていた屋敷は目の前にあるので迷ったわけではないだろう。空を見上げているようだ。私もそこまで行き同じように空を見上げる。
竜?
空に見たそれらを私は竜だと思った。雲と共に飛ぶ巨大生物など他に知らないからだ。
しかし眺めるうちに違和感を覚えた。一度だけ見たことのある竜――飛竜を思い出し比べる。
尻尾が無い! ・・・・・・というか翼も頭も無い!
雲と共に天空を舞うそれらには、竜にあるべき長い尻尾も、大きな翼も、それどころか首さえ無かった。近づいてきてるのか徐々に大きくなるその姿は随分と丸い。
隣で空を眺めたまま微動だにしない死霊魔術師に私は質問する。
【あの太った竜はなんですか?】
「・・・・・・『星界より降臨するもの、燃え盛る車輪にて大地を紅蓮に染める』・・・・・・調停神について書かれた石版の一節だ」
燃え盛る車輪?
デニム様の口から零れ出たような答えに私は再び視線を上げた。確かに空を舞うそれらは、馬車などの車輪を横にして火をつけたようにも見える。周りにある雲も言われてみればまるで煙だ。
「その石版には続きがある・・・・・・『その名は空の支配者、神の玉座の車輪なり』・・・・・・聖一教では一般的にこう呼ばれる・・・・・・」
デニム様が呟くように続ける中、空飛ぶそれらの一体が白銀に輝く。
直後、視界に映る建物が、見えない巨人に蹴られたかのごとく吹き飛んだ。少し間をおいて先ほどから続く振動がまた襲ってくる。飛散る瓦礫が雨のように石畳を叩く音も一緒だ。
「・・・・・・天使と・・・・・・魔王に勇者おまけに天使、もう何がっギャ!」
飛んできた石が長身の魔術師を直撃した。崩れ落ちるのを咄嗟に空いてる手で支えつつ私は思う。
御伽噺の天使って白銀に輝く人影だったような? それにもしかして攻撃されてる?
「早くこの手を離せーーー!?」
絶叫が響いた。
第六章にしてやっと天使が登場しました。
空飛ぶ円盤? 未確認飛行物体? マーズアタ○ク?
天使と言ったら車輪ですよ。