道に外れた母
人は大切な人のためにどこまでできるのでしょうか。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタ
母の腕に抱かれ骸骨が笑っている。
ここは礼儀として褒めておくべきであろう。
私は、常識的な判断を元に骸骨を抱く母親――喪服の女死霊魔術師カリン様に空洞の頭蓋骨を捻った素晴らしい褒め言葉を伝える。
【丈夫そうな骨です】
「だほぉーーーーーーーーー!!!」
ぎゃ!?
私は派手な音をたてて大理石の床に崩れ落ちた。死霊魔術師デニム様が叫びながら私の頭蓋骨を殴ったのだ。
【いきなり、な・・・・・・】
「何をじゃない! 失礼なことを言うな!?」
他にどこを褒めろと? 脳が無いのに賢そうと言うのも不味いだろうし・・・・・・
「丈夫そう?」
喪服の女死霊魔術師様が呟く。
「申し訳ありません、カリン様。この骸骨兵は、主を・・・・・・」
「本当に丈夫に見えます?」
【はい】
長身の死霊魔術師の言葉を遮った問いに私は答えた。頭の先から足の先まで骨なのだ。普通の赤ん坊に比べて丈夫に違いない。
「・・・・・・良かったわ。この子・・・・・・クロノちゃんは昔から体が弱くて。今朝、アーネストさんから貰った骨素を食べさせたのが良かったのかしら? 会議の時にまた貰わないと・・・・・・ね~クロノちゃん」
よく分からないが、とにかく喜んでいる・・・・・・・ん? 死霊魔術師デニム様が頭蓋骨を押さえている。貧血だろうか?
「分からん。なぜあれで喜ぶんだ?」
「それで主なしの骸骨兵さんはどうして司令部に? 新しい主を探しにきたの?」
先ほど殴りかかったのにとても優しげに話しかけてくる。心の広い方のようだ。私は後半の意味が分からなかったので前半の問いにだけ答える。
【ジフ様を起こす】
同時に右手で巻いている棺を揺らす。
「あら? ・・・・・・主なしなのよね? 創造主さんは生きてるの?」
「それは骸骨兵の創造主・・・・・・ジーンの亡骸が浄化されてなかったので、もしかしたら治療できるのではないかと運んできたのです」
「そう・・・・・・創造主を蘇らすために・・・・・・」
おや? なんか気配が変わった。優雅というか余裕のある態度から真剣な感じに・・・・・・
「失われた大切なものを求めるその心!!! よく分かるわ! 愛! 愛ですね! 愛するが故にこの世界の不条理に挑む!!! 人々が! 夫が! 国が! 王が! 神が! この世のありとあらゆる存在が邪魔をしようと取り戻すのです!!!」
その叫びになぜか頭蓋骨の芯が痺れた。私の膨れ上がる感情のままに応じる。
【そのとおり!!! ジフ様! ジフ様!! ジフ様!!! この世がジフ様!!! 全てがジフ様!!! ジフ様! ジフ様!! ジフ様!!!】
「そうです! 何を犠牲にしようと取り戻すのです!!! 愛するものを、この世にたった一つの素晴らしき子供を!!!」
【ジフ様起こす! ジフ様出世する!! ジフ様喜ぶ!!!】
死霊魔術師カリン様・・・・・・なんと素晴らしい方だ! ジフ様の次ぐらいに偉大な方に違いない!! 詳しい意味はよく分からないが言葉と共に溢れ出す精気が、魂が、直接心を揺さ振る。
ジフ様、必ずや再び・・・・・・ジフ様を想い、更なる決意を心に刻む。
「マルヤム・カリン様・・・・・・失った子のために全てを捨てた母・・・・・・死霊魔術師の私が言える立場ではないが・・・・・・骸骨兵の進む道は煉獄かもしれんぞ・・・・・・」
そして私は背後で呟かれた言葉の意味を、長い間理解することはできなかった。
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「愛ゆえに」【愛する】「失われたものを」【取り戻す】
私達が歌うように自分をさらけ出していると死霊魔術師デニム様が声をかけてきた。
「カリン様、もうそろそろ聖都攻略会議の時間ではないでしょうか?」
「あら?」
ピタッと動きを止めた死霊魔術師カリン様が硝子の無い窓から外を見る。大聖堂の外では傾いた日が街を赤く染めていた。
「いつの間に? 会議に遅れると首席さんが怒るわ。ね~クロノちゃん」
喪服の女魔術師は、そう言うと足早に大聖堂の出口に向かう。
「私達も御一緒します。緊急の報告がありますので」
長身の魔術師もそれに続く。
「骸骨兵、おまえにも勇者戦の報告をしてもらうからな・・・・・・幹部達の前で無礼なことをするなよ・・・・・・他の幹部はカリン様のように優しくはない」
警告するようなその言葉に私はなぜか骨が震えた。
それには限界があります。
してはいけないことがあるからです。




