予期せぬ結末
戦う者は、何かのために戦います。
「勇者・・・」
ジフ様は、その報告に顎骨を大きく開け動きを止めた。その頭蓋骨に岩が当たる。
「ぐぁん!」
再び衝撃が部屋を揺さぶったのだ。ジフ様、大丈夫ですか?
「うぅ痛い・・・ではなくて!勇者だと!どこの御伽噺だ!そんな奴がいる訳ないだ・・・
・・・強力な少数の敵がどうとか緊急連絡があったな確か?腐敗王、墳墓の帝、嘆きの聖人がやられたとか・・・」
小刻みに震動が襲う中、ジフ様の声が尻すぼみに小さくなっていく。
「ばっ馬鹿な!こんな辺境の拠点になんで勇者が?不味いぞ!不味いぞ!不味いぞ!如何すれば?どうすれば?ドウスレバ?・・・・・・・・・」
ジフ様が頭を抱えられた。勇者?・・・子供のころ御伽噺で聞いたことがあるな。魔王を倒す強い人。
「ジャー!」【報告!】
久々にコメディの助言が飛ぶ。
「大鉈?いや蛇一号か。そっそうだな。まずは報告だ。報告!・・・司令部!司令部!応答しろ!勇者だ!勇者が出た!も~し!も~し!聞こえますか・・・」
「こちら死霊軍団司令部のジョウ・デニム。その声はジーンか?昇進おめでとう。それより何だ?勇者とか聞こえたが」
「デニム!なぜおまえが、司令部にいる!?」
「私も昇進したんだ。なんと第248席だ!それより勇者の・・・」
「勇者の襲撃など後でいい!248席だと!私より上じゃないか!」
「勇者の襲撃だと!いかん!ジーン逃げろ!」
「誰が逃げるか!」
「これは命令だ!早く転移しろ!!!」
「なにが命令だ!五月蝿いーーー!!!」
「勇者一行の聖女は、陰の精気を消し・・・」
ガシャン!
水晶玉が砕け散る。ジフ様が水晶玉を床に叩きつけられたのだ。ジフ様がユラリと幽霊のように私達を見る。
ジッ、ジフ様の精気がこれまで感じたことが無いほど濁っている。紺より暗い青き光だ。
「勇者を迎え撃つぞ!私はこの戦いに勝って出世するんだ!」
宣言したジフ様は、部屋の隅に置かれた血肉の壷を見つめる。
「まずは罠だ」
天井からの衝撃は、徐々に治まりつつあった。
~~~~~~~~~
洞窟が静寂を取り戻した。顎割れ死体騎士・・・勝ったのか?
私の思いは、足音とともに近づく四色の輝きに裏切られた。金、赤、銀、紫、明かりの中でもはっきりと分かる精気を纏い人間達が現れる。精気の圧力だけで骨が軋む。
一人は男、軽装の戦士、金色の光を纏い先頭にて刃を構える。
一人は男、鎧の戦士、赤い光が集う鉄鎚を手に金色に並ぶ。
一人は女、白の神官、銀光が二人の戦士の背を守る。
一人は女、紫の魔術師、交じり合う赤と青が全てを狙う。
先頭の男が口を開く。
「死体獣の主ジフ!私は、閃光の勇・・・」
「死ねぇー!死の呪文!」
「・・・者、えっ!?」
金色の男・・・勇者の口上を遮りジフ様の先制攻撃が炸裂した。流石はジフ様!御伽噺の魔王とは、一味違う。頭蓋骨に響く『殺せ!殺せ!殺せ!』という声に逆らいながらジフ様を褒め称える。
ジフ様に命令されているのだ。勇者達が部屋の真ん中にくるまで待てと。
「卑怯な!さっきの騎士とはまったく違う。そうやって要塞の兵やマリエル嬢を殺したんだな!」
なんと!死の呪文を受けながら勇者は平然と喋り始めた。しぶとい奴である。
「いきなり攻めてきてほざくな!!!それに誰だ?マリエルって!?」
「忘れたというのか!おまえ達に死に損ないされた女性だ!保護された彼女のおかげで、いや彼女の願いに応えるため私達はここにきたんだ!!!」
マリエル?死霊魔術師マリエル様か?いつの間にかいなくなっていたが、御無事だったのか。良かった!
「マリエル・・・ああ、あいつか。・・・保護ね~?実験台の間違いだろう?拷問で情報を聞き出してから切り刻んだんだろ」
「・・・外道め!行くぞ!ハンマ!ラリス!シシィ!」
「承知」
鎧の戦士が鉄鎚を構える。
「はい!」
白の神官が答え。
「シシィって呼ぶな!エリザベートよ!」
紫の魔術師が反論する。
四人の英雄は、ジフ様に向かって躍りかかる。そう部屋の中央に・・・
「馬鹿めーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
ジフ様の勝利の叫びが轟く!
床に血肉を使って描かれた陣が浮かび上がる。莫大な陰の精気を噴出しながら。
「なっ!」「お!」「これは」「・・・金縛りの陣」
陰の精気は、目に見えるほど濃く。人間どもを鎖のごとく縛り付ける。
「百人近くの血肉が混ざった血文字の陣だ!勇者と言えども動けまい!勇者など所詮、御伽噺よ!」
「百、人、だ、と!」
「そうさ!出世のために骨が必要だったのでな。邪魔な血肉は剥いどいたんだ。思わぬところで役にたった」
「赦さん!」
「ふん!おまえも、おまえの仲間達も同じように死の世界に招待してやる。殺れ!」
ジフ様の命令に私は、超蛇骨兵達とともに勇者達に躍りかかる。
「勇者様!危ない!」
しかし、白い神官がそれを妨げた。爆発的に広がる銀の精気によって。熊に突進されたとき以上の衝撃が私を吹き飛ばす。床を滑り、足を岩に削られる。
おのれ!
睨みつけた先では、ジフ様が作られた陣さえ掻き消え、三人の人間達が自由を取り戻していた。白の神官だけは膝をついて苦しげだ。持病の癪でも起こったか?
「まだだ!敵は減った!数で押しつぶせ!」
はっ!了解しました!
再び私と超蛇骨兵達が突撃をする。
「聖女様だけにいい格好はさせられないわね!灼熱の投槍!」
それを紫の魔術師が放つ炎の槍衾が迎え撃った。私は自らに飛んでくる炎を槍を竜骨毒手で叩き落す。
しかし、超蛇骨兵達は防いだ盾そして鎧ごと貫かれ炎に包まれている。この腕は、素晴らしいです。
マダム・ケルゲレンに感謝しつつ人間達に肉薄した。
「チェストー!」
鎧の戦士が打ち下ろす赤く輝く鉄鎚を左手で受け止める。左手は砕かれることなく、逆に鉄鎚に手形を刻む。そして右手の大鉈を叩き・・・
視界が沈んだ。
なに?
驚き、理解する前に左の肩甲骨が砕ける。眼窩を向けると、腕を残して左半身が崩れ落ちていくところだった。
体が耐えられなかった?
愕然とする内に鎧の戦士が再び鉄鎚を振り上げ、勇者がジフ様に向かう。
「正義の裁きを受けろ。死体獣の主!!!」
「要塞潰したる私の真の力を見せてやろう!!!」
ジフ様の魔術師の外套が開き、無数の蛇骨が飛び出した。暗き光もより濃度を増し世界を蝕む。その口、その指先、その身から滴る精気は、岩を溶かし空を腐らす。
だが!その暗き光を勇者の金色の刃が斬り進む。
ヤバイ!
「シャー」
私がジフ様の危機に恐怖する中、コメディが鎧の戦士に襲い掛かった。鎧の戦士は、微かに鉄鎚を逸らし迎撃する。そこに一瞬の隙とも言えない間が生まれる。
私は、躊躇無く床に転がる左腕を掴んだ。そして骨が溶けるのさえ無視して投げつける。
勇者に!
そして蛇体に沿って振り抜かれた鉄鎚が私の体に直撃する。
何度目になるだろうか。頭蓋骨が宙を舞うことを感じながら私は見る。
「ギュシャー!」
コメディに噛みつかれた鎧の戦士。
「チェストー!」
鎧の戦士に砕かれた私の体。
「危ない!」
私の投げた竜骨毒手に貫かれる白い神官。
「ラリスッ!」
白い神官に庇われ叫ぶ勇者。
「その首もらったーーー!!!私の出世はこんなところでは終わりはしないのだーーー!!!」
勇者の見せた隙に歓喜狂乱して襲い掛かるジフ様。
地を這う強欲が、夢と希望を肋骨から溢れさせ人の正義に挑む・・・
バシャン
酷く短い浮遊感の後、赤く暗い世界に沈んでいく。
川に潜ったときのようなくぐもった声が聞こえた。
「ラリスーーー!目を開けろ!」
「聖女殿は!?」
「毒消しが効かない!普通の毒じゃない!?」
ジフ様は?
意識が薄れいく中、ただただ想う。
【ジ・フ・さ・ま】
望んだものが手に入るとは限りません。
これにて第三章を終わります。
第四章を御楽しみにしていてください。