撃破
忠実な部下、優秀な副官、敵の内通者。
一方的な戦いが始まります。
清んだ空気の中、陽光を全身に浴びて山道を登る。骨が内側から温まるようで気持ちがいい。
森を出て細くなった川に沿って歩くこと半日、やっと要塞とやらが見えてきた。顎割れ死体騎士に聞いたところ要塞とは、戦のための城のことらしい。つまり皆殺しにすればいいということである。
よりはっきり見ようと眼窩を凝らす。川に沿った上流、河と道を挟んで山肌にめり込むように灰色の建物がある。表面は継ぎ目のない滑らかな仕上がりで岩や土壁とも異なる。強いて上げるなら陶器に似ている。
「あれがロッキー山脈要塞の対魔術装甲陣です」
「対魔術、装甲陣? 何だそれは?」
「スチナ王国の要塞だったころからあった防衛拠点のようなもので、火矢呪文や転移などの魔術を強固な装甲で防ぎつつ、装甲の隙間から一方的に魔術を行使できます。その装甲は神官の浄化以外では傷つかないと伝えられています。そして進入路は・・・」
「よし分かった! 全軍突撃ーーー!!!」
「……対魔術装甲陣の交差す、えっ?」
「ジフ様! イマ昼デスヨ!」
【了解!】
「シャー!」「シャー!」
「ベーア!」「チュウ!」「ワオーン!」「ピョン!」「キュフフ!」「ーーー」
死霊魔術師マリエル様の長い話に飽きられたのかジフ様の命令が下った。
待ちに待った命令に私は、蛇骨兵や死体獣と共に要塞に向かって走り始めた。顎割れ死体騎士と死霊魔術師マリエル様は後方で突っ立ったままである。
遅い! 遅すぎる!! 戦いは速さだよ諸君!!!
心中で高笑いする私の横を何かが次々と追い抜いていった。死体狼、死体鹿、死体熊、死体山猫、あれは死体川獺?
顎割れ死体騎士よ、見境が無さ過ぎるぞ!
この三日の進軍で増えた何百という死体獣に追い抜かれ最後尾になってしまう。
負けられん!
私はより一層奮起して、足の骨を、腕の骨を動かす。思いが通じたのか徐々に死体獣に追いついていく。
軽い! 体が軽い!! まるで余計なものを全て捨て去ったようだ!!!
加速していく私は、一匹また一匹と死体獣を追い抜いて行く。ついに先頭の死体狼に並ぶ。
私は風だ! 風になるのだ!! 骨の間をすり抜ける風が私を更なる高みへと連れて行く!!!
死体狼を抜いた。
ジフ様! 私はやりました! 要塞は目の前です!! 私に追いつく味方無しであります!!!
前方の要塞より祝福の火の玉が私に向かって飛んできた。要塞の隙間から突き出た何本もの棒も次々と火の玉を放ってくれる。
ありがとう! ありがとう!! ありがとうーーー!!!
「シャー! ジャー!」【馬鹿! しゃがめ!】
コメディがいきなり声を掛けてきた。気がそれた私は、躓き地面に頭蓋骨から突っ込む。ガガガッと頭蓋骨が削れる音が響く。
コメディ、走っているのに危ないだろ!生きていたら大怪我をしているところ……
頭上を火の玉が通り過ぎる。
後方からの爆炎が私を吹き飛ばした。
なっなにが?
短い浮遊感の後、大地に叩きつけられた私は、周囲に生まれた地獄を見ることになった。
燃え上がる死体獣達、火の中を逃げ回る死体狼、混乱して仲間を薙ぎ倒す死体熊、火の隙間を縫って踊る死体獣踊子隊・・・また動きが良くなっている。あっ火踊りを始めた。
「シャー!」【逃げろ!】
踊りに見入っていた私をコメディが促した。確かにここに居たらジフ様に創造していただいた体が燃えてしまう。火炎弾呪文が降り注ぐ中、逃げ道を探す。
すると視界の端を死体川獺が走り抜けていった。その先には・・・川!私は死体川獺を追いかけるように川に飛び込む。
雪解け水は、とても冷たかった。
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夕日が沈む中、やっと要塞が見えるところまで戻ってこれた。思っていたより川の流れが速く麓まで流されてしまったのだ。もう要塞への一番乗りは絶望的である。
肩甲骨を落とす私の耳小骨に偉大なるジフ様の叫び声が聞こえてきた。
「昼間のあれはなんだ!? 圧倒的ぼろ負けじゃないか我が軍は!!!」
「ジフ様、要塞ニ正面カラ挑ムノハ自殺……イエ自滅行為デス」
「せっかく集めた死体獣が全滅してしまったぞ!」
「獣デスカラ。炎ニ狂ッタノデショウ……後、死体兎ヤ死体栗鼠ソシテ死体鉄土竜ガ残ッテイマス。足ガ遅イノガ幸イデシタ」
「それと死体兵、超蛇骨兵だけでどうやって落とすのだ!!! 昼は五百近くいたのに、もうたったの百以下だぞ!」
「現在、死体鉄土竜達ニ要塞ノ死角カラ穴ヲ掘ラセテイマス。穴カラ超蛇骨兵ヲ送リ込メバ、モシカシタラ……」
「おのれ人間め! 私の出世を邪魔しおって。マリエル! アンスターはどうやって要塞を落とした!」
「魔王軍がスチナ王国を滅ぼした際、要塞側から降伏したので無血開城でした……それまでの数百年間、アンスター王国があの要塞を落とせたことは一度もありません」
「ええいっ! 難攻不落の要塞か!!! ふざけるなーーー!?」
ジフ様が怒り狂っている。近づかないほうがいいだろうか?
頭蓋骨を傾け考えていると夕日が落ちて山々が黄と緑の光に彩られる。川の上流に灯る大きな青い光がまた美しい。
ジフ様にも御見せしよう。少しは気が晴れるだろう。
私はジフ様に近寄り、青い光を指差す。
「ん? なんだ大鉈、まだ燃えてなかったのか。蛇骨兵や死体獣達と突っ込んだから、まとめて炭になってると思ってたぞ……なんだ? 山がどうした……なっ!」
私に気づいたジフ様が、喋りながら山を見て絶句する。どうやら山の美しさに見とれているようだ。
「あの滅茶苦茶な陰の精気はなんだ!? 巨大地下墓所でもあるのか? あの要塞。
……対魔術……陣? まさか……いや……しかし……スチナ王城と同じ……」
青い光を見つめながら呟かれ、最後に一言零された。
「人柱」
まずは指揮官を交換しましょう。