進軍
兵は拙速を尊ぶという言葉があります。
「私も連れて行ってください」
絶好調のジフ様に誰かが声を掛けた。そちらを見ると死体獣踊子に囲まれていた名前の分からない死霊魔術師様が立ち上がっている。随分と顔色が悪いが大丈夫だろうか?
「死に損ないになってしまった以上、私は魔王軍でしか生きていくことができません。きさ、いえ偉大なる死霊魔術師ジフ・ジーン様、どうか私を魔王軍に」
続けて言い終えるとジフ様に対して深々と頭を垂れた。髪に隠れてよく見えないが横から見えるその顔は、唇を噛締め何かを必死に堪えているようだ。それは貴族が起こした不祥事の責任を押付けられたときの兵士長・・・
「偉大なる死霊魔術師か・・・よかろう私の弟子にしてやる!しかし、私を呼ぶときは死体獣の主ジフ様と呼ぶように」
私もジフ様を御呼びするときは、死体獣の主とつけるべきなのだろうか?
「そういえば名はなんだ」
「マリエル・アンブロジウスと申します」
「ではマリエル・アンブロジウス、私達がロッキー山脈要塞を攻略している間、”骸骨洞窟”で水晶玉の番を・・・」
「ジフ様、ソレハ!?イクラナンデモ」
「何故ですか!?必ず御役に立ちます!」
ジフ様の命令に顎割れ死体騎士と死霊魔術師様の抗議が重なった。ジフ様の命令に反論するとは何を考えているのだろう?
両者は目を合わせた後、顎割れ死体騎士が先を譲るように死霊魔術師様へ話を促した。
「・・・死体獣の主ジフ様、私はロッキー山脈要塞に所属していた魔術師です。要塞についてさまざまなことを知っています。
要塞は、世界大陸ドーマン東部から南東半島中部まで続く天を貫く山脈の狭間にあります。その正体は、魔王軍に滅ぼされた魔術大国スチナ王国の半地下都市です。しかし私が行けば進入路を御教えできます」
「それなら先に侵入路を教えろ。それで十分だろう」
「進入路の位置は複雑です。とても口頭だけでは、伝え切れません」
「ふむ」
「ソレニジフ様、マダ死霊魔術師ニナラレタバカリノマリエル様ヲ”骸骨洞窟”ニ一人デオイテイクノハ不味イカト。一緒ニ御連レスベキデス。ソノ際ノ護衛ハ私自ラ行ナイマス」
結局、死霊魔術師マリエル様も一緒に出撃することになった。
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白き頂に雲の衣を纏う山々、その狭間より流れる雪解けの水が河となり私がいる森へと続いている。
ロッキー山脈である。
”骸骨洞窟”を出撃したジフ様率いる軍は、まっすぐロッキー山脈を目指さず山から流れる河を目標に移動した後、その河に沿って南下してきた。
本来は、死体熊や死体巨大鼠などの森に道を拓ける死体獣を先頭にして昼夜問わず移動すれば一日でここまでこれる。
それを顎割れ死体騎士が、目からを血の涙を流して『河に沿って戦力を増やしながら移動してください御願いします』とジフ様に縋りついたのだ。心優しいジフ様をそれを了承した結果、三日も掛けてここについた。
その間、ジフ様は死体馬の馬上より死霊魔術師マリエル様に死霊魔術師の心得を御教えしていた。
戦力増強を提案した顎割れ死体騎士は、超蛇骨兵を軍の先頭に大きく広げて森の動物達を狩り、後方のジフ様に届けていた。
ちなみに私は、ジフ様のすぐ傍にいてジフ様を観賞していた。時折、死霊魔術師マリエル様に凄く険しい目で見つめられたがなんだったのだろうか?
とにかくジフ様の軍は、出撃当初に比べ死体獣の数を大きく増やしつつロッキー山脈に到着したのだ。
「・・・死体獣の主ジフ様、ロッキー山脈要塞はこの河のさらに上流、人の足で半日程の場所から山の地下に向かって広がっています」
死霊魔術師マリエル様が流れの遥か先を指差しつつジフ様に説明している。
私は、ジフ様との時間が終わる寂しさと共に戦いへの興奮が頭蓋骨の内に満ちるのを感じた。
『殺せ!殺せ!殺せ!馬に乗っていたら馬も殺せ!船に乗っていたら船ごと殺せ!城にいたら皆殺せ!』
・・・・・・・・・要塞はどのように殺せばよいのだろうか?
「シャー」
コメディの声が響く。
ただし急がば回れという言葉もあります。