ゾンビじゃない
あなたはだ~れ?人の名前と顔を覚えるのが苦手だと苦労します。
「うぅぅぅ、いぃやぁぁぁーーーーーーーーーやっーーーああああ!?」
激しい悲鳴に驚く!なんだ!?
「あああーーーーーー!ハッ、ハッ、ハッ・・・ゆっ、夢!?」
ジフ様によって死の世界に招待された女魔術師は薄明かりの中、肌の下に雪を詰めたような顔を強張らせて叫ぶ。無言で起き上がる隣の超蛇骨兵達とは随分違う。
怖い夢でも見たのだろう。可哀想に、頭を撫でて上げよう。私は、女魔術師に歩み寄る。
「ここはど・・・」
おや?女魔術師が近寄る私を見て叫ぶのを止めた。落ち着いたのであろうか?
「あああああああああーーーーーーーーーいややぁーーー!?」
また叫び始めた。やけに元気な死体兵である。
「くっ!くりゅなーーー!?化け物!死に損ないーーー!?」
女魔術師は、叫びながら座ったまま後ずさった。ついでにそこら辺の石を投げてくる。
心配したのに石を投げつけられるなんて!受けとめた石を左手で握り溶かしながらも私の繊細な心が傷つく。
「ここはどこ!私をどうする気!」
ええと?ここは”骸骨洞窟”であなたは、死体兵?これでいいのかな。
「どうやら生前の記憶と意志、両方ともあるようだな。おめでとう!最も新しき死霊魔術師よ。ここは”骸骨洞窟”。そして私はそれを任されている死霊魔術師4649席ジフ・ジーンである」
「死霊魔術師?おめでとう?4649席?何を言っているのあなたは!」
ジフ様が丁寧に御教えくださったのに理解できないようだ。愚かなやつで・・・・・・死霊魔術師?この女魔術師は、死霊魔術師様なのですか!?私が混乱する中、会話は続く。
「席順のことは覚えなくていい!!私のことは、数多の死体獣と超蛇骨兵を統べる”骸骨洞窟”の主とだけ覚えろ!」
「死体獣?じゃあ、あなたがこの数日の間にいくつもの村や街を壊滅させた死体獣の主?」
「ゾンビビーストマスター?」
「そうよ!人々を襲う異形の骸骨兵を先頭にした死体獣の群。それを操る謎の存在。私達アンスター王国の守備隊は、死体獣の主と呼んで探していたのよ」
「なんだと!?」
「私は捕まったみたいだけど、キンケル隊長は逃げ・・・いえ!報告に戻ったはずよ!死体獣の主!おまえの命運は尽きたわ!」
「死体獣の主だと?この私が!?死体獣の主だと!?」
名前が分からない死霊魔術師様の叩きつけるような言葉にジフ様が両手で顔を押さえ震える。たとえ死霊魔術師様でも、ジフ様をいじめるのは許すわけにはいけない!私は左腕を握り締め・・・
「遂に私にも”二つ名”がついたのか!?素晴らしい!!!早速、知り合いに自慢しよう!水晶玉はどこだ!・・・最近、腐敗王や墳墓の帝そして嘆きの聖人がやられたと聞いたし、私の時代が来たな!」
・・・ジフ様は狂喜乱舞された。青い光も駄々漏れで舞い狂っている。嬉しさに震えていたのか。勘違いして申し訳ありません名前が分からない死霊魔術師様。
「なっ何を喜んでいるのか知らないけれど。たとえ私を殺しても、必ず守備隊のみんなが敵を取ってくれる。ロッキー山脈要塞には、貴重な魔術師部隊も配置されている。死に損ないなんて全て灰にされるわ!」
水晶玉を探していたジフ様が、その言葉に笑い始める。
「はははははははははっ!?まだ気づかないのか?女魔術師よ。『死に損ないなんて』か。それとも気づかないふりをしているのか?自分をよく見ろ」
名前が分からない死霊魔術師様が、自らの手を見て手首を押さえる。
「え?」
次は首を押さえる。
「なんで!?」
最後に腰の袋から何か取り出し覗き込む。手鏡であろうか?
「な・・・に・・・こ・・・れ・・・」
カラン
手鏡が床に落ちる。
「死んで・・・る」
虚ろな声が響く。
「魔術師が生を望みながら死んだ直後に、死に損ないになると生前の記憶と意志が残ることが多い」
耳を塞ぐ。
「おまえは死の直前に望んだ。死にたくないと」
頭を掻き毟る。
「体は大事にしたほうがいい。人間と違い治らないからな」
うずくまる。
「防腐の術が無いのなら、早く骨だけにしたほうがいい」
震える。
「逃げたいのなら好きにしていいぞ。人間に見つかればよくて灰、悪ければ実験台だろうがな」
震えが止まる。
「ようこそ死の世界へ」
新人死霊魔術師マリエルさんでした。