森の勝利者
どちらが勝ったでしょう?
「今のうちだ!撤退するぞ!マリエル嬢!」
女魔術師の炎塊が放たれる寸前、全身鎧の男が叫び走り始めた。いつの間にか火のついた木の枝まで持っている。
「え!隊長!?」
「死に損ないの群は確認した。後は報告だけだーーー!」
「みんなの敵は!?」
「俺達が死んだらどーすーるーーんーーだーーー!?」
全身鎧の男が女魔術師の問いに答えつつも全速力で撤退・・・逃げていった。重い鎧を装備しながらしかも叫びながらあの速度・・・侮れない。感心していると男の姿は木々の中に隠れてしまい赤い精気も見えなくなる。見事な逃げっぷり、隊長というのはみんな逃げるのが上手いのだろうか?たしかあの最期の日も・・・
「嘘・・・逃げた・・・」
女魔術師は、男の逃げていった方を見つつ呆然と呟いた。呆然とする気持ちも分かるが折角の大きな隙を見逃す必要はない。私は、大鉈を手放すと盾にしていた双剣男を両手で持ち上げこちらを狙っている炎塊に投げつける。
「あっ!?火炎弾呪文」
女魔術師も私の動きに気づき咄嗟に魔術を放つ。
投げた死体と放たれた炎塊・・・火炎弾呪文が私達の間でぶつかる。
闇に沈む森に即席の太陽が生まれた。
衝突点を中心に火矢呪文をばら撒いたように炎が広がる。投げた死体が被害を防いでくれたのか、直撃こそしなかったが熱が骨を焙る。その炎に周囲の木々は満遍なく燃え上がり、まるで火の中に放り込まれたようだ。
・・・この魔術使った本人も丸焼きになるんじゃないだろうか?私は至極まっとうなことを思いつつ周りを見回し、蛇骨兵と女魔術師を確認しようとする。
いた!蛇骨兵達は、全ての蛇頭が口を大きく開けた状態で倒れていた。気絶している?まあ燃えてはいないようなので放っておいても大丈夫だろう。
ガサッ
木々が燃え上がる中、木の枝を押しのけ擦る異質な音がする。そちらを確認すると黒焦げの外套が火の壁の向こう側に消えていくところだった。
女魔術師は生きているようだ。大鉈を拾うのさえ惜しみすぐさま追いかける。燃える木々の火の壁を潜ると、自らの魔術で怪我でもしたのか足を引きずる女魔術師の後姿を見つけた。
背後からのしかかるように襲い掛かる。振り向いた女魔術師が杖を構えるが左腕で手首を押さえつけ押し倒す。
「ひゅーーー!?離しっぎゃ!」
溶け始めた手首が痛いのだろう。激痛で顔が歪み涙が浮かんでいる。声に比べて子供のような幼い顔だった。外套の中、船長ガデム様が着ていたような軍服と動きやすそうなスカートに包まれた体も随分と小柄だ。
「はねっ、せ!死に、ぞこない!」
気丈に暴れ抵抗する女魔術師。私はその幼顔に足りない感情を加えるため、顎骨を大きく開け齧りつくように覗き込んだ。
「ヒッ!ギアッ・・・!」
恐怖に悲鳴を上げようとしてさらされた喉にコメディが噛みつく。
「死ぬ・・・イヤ・・・」
毒に侵された女魔術師の体からゆっくりと赤い光が消えていきやがて青い光が灯る。私もいやだった・・・
・・・コメディいい仕事だ!
しかし結局、全身鎧の男を一人逃してしまった。女魔術師の死体を抱え上げ蛇骨兵達が倒れているところに戻りつつ思う。
人間の死体、ジフ様に喜んでいただけるかな?
キンケル隊長さんの一人勝ちです。