手土産は文化
贈り物を選ぶとき、自身の価値基準だけで決めるのは考えものです。
明るく派手なことを好む人は、たとえ高価でも落ち着いた色合いのドレスを送られても戸惑うでしょう。
「今後のお付き合いを考えれば最高の品を送らなければなりません。相手の第一印象も良くなりますしねぇ」
死霊蠢く墳墓の深奥生温かい空気の中、ねっとりとした声が響く。
金の亡者もとい商人風味聖職者のエタリキ様が己が意を説く。
部屋の外、私は鶏さんの嘴に咥えられながらふむふむ、頷いた。
――なんと分かりやすい。村に来て『ユイツシンセイにてゼッタイココウたるシュはどうたら』と叫んでいた巡回なんたら神官とはまるで違う。
「で? 菓子折りでも持って行くのかよ。お得意の金貨入りの」
話を促すアライ様。
それに部屋の入り口から伸びるエタリキ様の真っ黒な影がいえいえ、と左右に揺れた。
拝金教の忠実な神官は、聴衆のため手を広げ法衣の裾を翻しその問いを待っていたとばかりに説法を続ける。
「アライさん分かっていませんね。賂とは贈る相手も品も厳選しなければなりません。金貨だけが賄賂ではないのですよ?」
「「「え”??!!」」」
エタリキ様から信じられない発言に全員――私と鶏さん含む――が驚きの声を上げた。
あの金貨大好きで大好きで大好きで私ですら『エタリキ様ってもしかして神官じゃなくて商人?』と三日に一度ぐらい疑問にエタリキ様が! お菓子の代わりに金貨を食べるらしいエタリキ様が! そんな金貨な神官のエタリキ様が金貨を否定するかのような金貨を!! 何か悪い金貨でも食べたのでしょうか!?
アライ様もイーデス様もウドー様――皆様の影も私と同じく固まっている。
例えるなら天が堕ちる宣告されたような混乱による沈黙。
それ破ったのは驚きの元凶たるエタリキ様だった。
「何をそんなに驚いているんですか? 私とて世の中には金貨以外に重きを置く不信人者がいることぐらい理解してますよ」
恐らくいつもと同じ胡散臭いしかし柔和な笑みを浮かべているのだろうと分かる声。
不信人者ってそういう意味なのか、とひそひそ話す三人に更に言葉を重ねるエタリキ様。
「刀剣を好む者」
剣士の影が揺れる。
「永久の美を求める者」
魔術士の影が震える。
「魔薬を欲する者」
荷物持ちの影が頷く。
「この世で最も尊いものは金貨です。しかし迷える鴨の望みを感じ取るのも神官の務め」
――よかった。やはりエタリキ様はエタリキ様だ。
安堵と呆れの気配が広がった。
いつもの調子を取り戻したアライ様が腰の剣を鳴らしながら話を進める。
「わぁーたよ。じゃあ何を手土産に……いんやそもそもまずはどこに鞍替えするつもりなのか教えろよ」
「そうね。今更勇者に戻るのはないだろうし……」
「そもそも旨みもなかろう」
――勇者? はて? はて? 聞こえてはいけない言葉が聞こえたような?
勇者。それ即ちジフ様の仇。発見即時破壊。
私の中でカチリと何かが切り替わり戦闘体勢が整う。
頭蓋骨が石畳を噛み締めた。
待っていて下さいジフ様! 新しい身体を手に入れた暁には必ずやジフ様を殺したあの派手な金ぴか勇者を倒し墓前に捧げて見せます、と無い拳を握り締め天井に浮かぶジフ様の幻に誓うのであった。
「もちろん勇者になんか戻りません。あのアンスターの”金色”も行き方知れずですからね。そうそう……これは極秘情報ですが聖都を落としたのは”金色”らしいですよ」
「マジか!!」
「……ふーん」
「それは真で!!」
なんか皆様が驚愕してますが、驚く要素が分からない私はとりあえず戦闘体勢を解除した。
エタリキ様たちが勇者に戻る気が無いと分かったからだ。
それ以外は瑣末事瑣末事。
同胞を始末するのは少し、ほ~んの少しだけ胸が痛みます。
頭部しかありませんが。
「まあ、”金色”はモノが違うと思ってたが……トンデモないことしやがるな。恋人の聖女様も魔族に殺されたらしいしマジで勇者してるぜあいつ」
「なんでも聖一教が魔王軍と講和しようとしたので粛清したとかなんとか……あ、次の商売相手ですがその魔王軍ですので宜しく」
「「「!!!」」」
さらっと述べられたエタリキ様の言葉に息を呑むお三方。
私? ほら私は息してませんので。
それにしても人間と講和とは……魔王軍って案外温いですね。ジフ様も許してもらえないか相談してみましょうか?
「先ほどから驚いてばかりですね。ちょっと考えれば判るでしょうに。まず金蔓様が奇跡的に治癒しても、遅かれ早かれ人間が全滅したら私達は行き詰ります」
どうしようかな~? と悩むのを余所にエタリキ様は商談もとい相談を続けていた。
動揺が治まる前に次々と話を進める。
「何でだ。あの魂喰兵だっけか? 向かうところ敵無しだろ。生意気で偉そうなあの蛇も指揮もすげぇ」
「分かっていませんね。確かに休憩不要、食事も不要、尚且つ士気は常に天井知らず。考えうる限り最強の軍勢ですが最終的に破綻します」
「……なるほどね」
指をふりふり無知な信徒に説法をする神官。しかし理解したのは別の方、イーデス様の方が早かった。
「イーデスさんは気が着かれたようですね。あの軍勢は最後に崩壊します。なにせ材料がなくなるのですから」
「あん? 材料?」
「そう材料です。今の我々の優勢は安価な材料――人間を大量に消費できるからこそ生まれている勢いです。兵力の増加と人間死者は比例しています。つまり……人間が絶滅するとそれ以上補給ができません」
ちょっとした金策のコツを解説する風な物言い。
どんなに金狂いでも一応神官だろお前、と同胞たる御三方は言葉も無い。
私? 私は会話についていけないので無言です。
「どうやら魔族も死に損ないに出来るようですが……投入した兵力に対して割りに合わないと結論が出ています。つまり最終的にこの戦争に勝つのは――魔王軍です」
パン!
どこまでも黒い黒い黒い影が手を鳴らした。
「私達は次ぎの為に行動しなければなりません。魔王軍が求めるものを手土産に」
「で、でもよ。魔王軍が欲しいものってなんだ? あいつか? どうやるんだよ。酔わせたところをふん縛るのか? 絶対引きちぎるぞあいつ。ドラゴンを――魔王軍の幹部殴り殺してんだぞあの酔っ払いは」
「大丈夫です。落ち着いてくださいアライさん。既に先方のとも話しはついてます」
「魔族か?」
「ええ、そもそも手土産の件、実は先方に尋ねたんですよ。『手土産は何がよろしいですか?』と。間に立ってくれた方の助言もありましたが」
「おい、さっき『迷える鴨の望みを感じ取る』とかほざいてそれかよ」
「御安心ください仲介者は魔王軍でも随一の人格者として名高い方です。裏も取っていますよ。抜かりはありません」
絶対損はさせません年利十割を保障しますよ、とツッコミを無視するエタリキ様。
――なるほど、なるほど……良いことを聞いてしまった。つまり、つまり……ジフ様の欲しい物はジフ様に教えていただけばよいと!
「人格者が手土産――てか賄賂求めるか? 大丈夫かよ」
煮え切らないアライ様達の態度にエタリキ様の影がすっと両腕を左右に広げられた。
「嘗て偉大な聖職者は云いました『賄賂は文化』と。お世話になる相手に贈り物をすることに何か問題でも?」
それはまるで御伽噺の魔王の如く。
問い掛ける口調だが明らかに断言。
有無を言わさぬ圧力が小さな部屋を支配した。
そんな厳粛な空気の隣で私は猛烈に反省していた。
今までジフ様のためには身体を手に入れて勇者や人間や魔族を殺しまくればいいと思っていたがそれは誤りだったのだ。
エタリキ様の言葉は、正しく神託という奴である。
――私はなんという遠回りをしていたのか! ジフ様に直接何が欲しいか尋ねればいいのだ。なんと頭の良い方法だろう。
よし! 反省終了! 行動開始!!
まだエタリキ様達のお話は続いているようだが、私は善は急げとばかりに鶏さんへ運搬をお願いした。
いいのかな~? と小首を傾げ眼窩からこぼれた目玉を揺らし渋るが二度、三度と依頼すると、とことこと移動を開始してくれた。
良い人だ。いや、鶏だ。
感謝の気持ちを伝えると、気にするな――推測――と嘴を鳴らす。
嗅ぎ慣れた酒の香りが漂いはじめると良い鶏さんが石畳をカカカカ、と走り始めた。
間もなく葡萄に麦酒の香りが漂いはじめジフ様のお部屋が見えてくる。
――ジフ様、何が欲しいですか?
部屋に転がり込むと同時に最大出力の念話でお尋ねした。
部下として下僕としてジフ様のお望み叶えたい一心だった。
「あん?」
しかし酒瓶を抱いて寝るジフ様の反応は今一つ。
なので――何かご希望はありませんか? したいことはありませんか? と繰り返ししつこく蝿のように薮蚊のようにお尋ねしまくる。
「…………」
百回か二百回か。
絶対に終わること無い問いの後、ジフ様が無言で身を起こし酒瓶を持ち上げた。
――酒瓶なるほど……酒のお代わりですか? 了解しました。直に城下の酒場を襲ってきます。
だが私の判断は過ちだった。
「出世に決まってるだろうがああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!!」
――やっぱり出世ですか?! 流石ジフ様ぶれません!
罵声と共に飛んできた酒瓶が感嘆する私の眉間を打ち抜く。
ガチャンと砕ける陶器と骨の音。
ひび割れる砕ける視界の中、私は考えた。
出世ってどうやって手に入れればいいのかな、と。
怒鳴り散らし地団太を踏むジフ様と頭を捻る私を見て鶏さんが鳴いた。
「コッケ~♪」
相手に欲しいものを聞くが確実。
サプライズが欲しい? 自助努力が必要ですね。