迷子の髑髏
アンデッドは常にこの世で迷っています。
ここは誰? 私はどーこ?
「コケ?」
首から上だけの髑髏と程よく腐った鶏は一個と一羽仲良く困っていた。
人様から見たらどう見えるかは判りませんが困っていた。
とてもとても困っていた。
私ことジフ様の忠実な僕、大鉈は、引き続き墳墓の中を鶏様と彷徨っている。
まあ、正しくは鶏様の嘴に頭蓋骨を咥えていただいているのだが。
新しい身体を捜し迷いに迷った挙句、灯火も無く青白い負の精気がゆったりと漂うだけの墳墓の深層。
まさに闇の世界。
――今にも何か出てきそうな雰囲気満点で心細いですジフ様。
涙を堪え頭蓋骨を微かに震わせる。
身体も無ければ鉈も持っていない現状では何が出てきてもあっさり負ける。
頭蓋骨を運んでくれる鶏様の俊足に期待するしかない状況。
更に帰り道が判らない。
普通墳墓で迷子とか飢え死を心配すべきだが、幸い大鉈は死に損ない。
お腹も減らないし、喉も渇かないので安心……ではない。
このままだと恐ろしい未来が待っている。
ジフ様に会えないし、アーネスト様に怒られそうだし、ジフ様に会えないし。エタリキ様に怒られそうだし、ジフ様に会えないし、コメディにも怒られそうだし……
迷子の子供以下の考えが頭蓋骨の中でぐるぐる生まれては消える。
しかしジフ様と再会したら漏れなく誰かに怒られる、誰とも会わなければジフ様にも会えない。
怒られるか会えなくなるか、考えるまでもなくジフ様に会いたい。
究極の二択にもならないが迷う。
「コケ?」
何迷ってるんだ? と死体鶏が鳴く。
――これを迷わずに何を迷えと? そして既に道に迷ってますよ! ああ、帰らないと怒られる! 帰っても怒られる!!
「コケケ!」
私の切実な訴えに、だが鶏様は小首を傾げて歩みだす。
その足取りは逡巡のないものだった。
コケ、コケ、コケと鳴きながらすいすいと進んでいく。
墳墓のどこにいるのか判らず私と共に迷っていたはずなのに、と思ううちに明かりが灯る通路に出た。
……私の身体(代用品)を探すのにはあんなに迷ったのに、生活区域に戻るのは迷わないのはなんででしょう? まるで動物の如き感覚です。
疑問符を浮かべる私を咥えた鶏様は、更に脚を動かし見覚えのある場所に至ります。
通路に放り出された石棺、埃のない清潔な道――ジフ様のお部屋の近辺である証。
ここまで来れば誰かに会えるかも、と期待して適当な部屋を虚ろな眼窩でのぞきこます。
最初の部屋はひたすら眩しい。
床から天上まで丁寧に銀塊や金塊が積まれ、間には金貨銀貨が塔状に重ねられている。
寝台とか椅子とか家具は無く宝物庫? といいますか入れない。入る隙間もない。
いったい誰の部屋でしょうか。
次の部屋は危ない部屋です。
片手剣、両手剣、大剣、細剣、両刃刀、曲刀、蛮剣、剣、剣、剣…………抜き身に鞘入り刀身のみととにかく剣だらけ。
実戦使用済みのまあまあの品から役に立ちそうに無い装飾剣まで数え切れない剣で埋まってます。
う~ん、手ごろな鉈などあれば無断で持ち出したいところですが、厚みがあって骨を砕けそうな私好みの人刈り鉈はなさそうです。
残念……しかし誰の部屋でしょうか。
三つ目の部屋はなんの変哲も無い部屋。
大きな椅子と寝台に机、壁は愛らしい蝶々の壁紙で飾られています。
カチカチと花弁を鳴らす植物の鉢植えに紫色の泡立つ鍋も生活感に満ちている。
七色に輝く液体やどす黒い液体が詰まった瓶が並んでいます……お薬やお酒かな?
誰の部屋でしょうね。
などと無人の部屋を確認しながら移動を続けると――
「――だよ――なんの――」
と、誰かの声が少し先の部屋から聞こえます。
誰でしょうか?
この墳墓で言葉を話せるのはジフ様とアーネスト様とコメディと後は……
「まあまあ、落ち着いてアライさん」
そうそうアライ様の声です。そしてエタリキ様の声も。
――助かった。
早速、念話で声を掛けようとして止めます。
話しているのはアライ様、エタリキ様だけではないようです。
「こんなとこでサボってたらまた首を引っこ抜かれるじゃん。さっさとあの……馬鹿鉈だっけ? 探さないと拙いじゃん」
「某もイーデス殿に賛成である。アーネスト殿は怒らせたら怖い」
イーデス様やウドー様も一緒のご様子。
話に割って入るのは失礼でしょう。
奥ゆかしい私は鶏様に部屋の傍で待機するようにお願いします。
我ながら出来た骸骨兵。
流石ジフ様の一の僕です。
「重要な話なんですよ。大鉈様の捜索は少し遅れても問題ありません。時に皆さん、いつまでも今の商売が続くと思っていますか?」
部屋の中から廊下に伸びる影が――おそらくエタリキ様です――指を立てて他の方々に問います。
「あん? 商売ってお前がやってる似非宗教か? そんなもん……あれだろばれるまでだろ」
「そうそうエタリキ殿自身が骨を割って髄まで啜ると常々」
「そうねー……半年? ……無理ね。百日持たないんじゃないかしら?」
「「え?!」」
「そうです。イーデスさんの言うようにもうすぐ破綻します。お布施も喜捨も寄付も集まらなくなるでしょう」
なんか深刻そうな話をされているアライ様達。
余計に声を掛けずらいですね。
「原因は大鉈様の寿命です。今の自作自演――死に損ないの群で信者を脅して寄付を募るのは早晩不可能になるかもしれません」
「おいおいどういうことだよ! 死に損ないが寿命って? 既に死んでるだろあいつ」
「落ち着いてくださいアライさん。イーデスさん、説明お願いできますか」
「あーうん……あんた達にはわからないだろうけどさー世界を襲ってる屍禍はあの大鉈って言う髑髏が源泉っていうか根っこなわけよ。つまり全部が同一個体っていうか同じ死に損ない」
髪の長い影――イーデス様ですね――が身振り手振りを交えて話を引き継ぎます。
そしてなんか私の名前が出てきました。
「あたしは死霊魔術専門だけどさーあの大鉈って骸骨兵はスチナの魔術以外にザペンやアンスターなんかのいろんな死霊魔術が重ね掛けされててね。ものすごく不安定で危なっかしいのよ。例えるなら……罅の入った壷に水が一杯入ってる感じ?」
ほうほう、私ってそんなんなんですね。よく判りませんが。
「感染型魔術なんている禁術まで掛かってるしどうなるか誰にもわからない状態なわけじゃん。なのに好き勝手に動いて迷子になるし……いつ壊れてもおかしくないわけ」
迷惑な話ですね……私のことか? 拙いこのまま出て行ったら怒られる。
「おいおいマジかよ。世界が滅びるまでダラダラしようと思ってたのに」
「判っていただけましたか? 私達は次について考えないといけないのです」
「次?」
「そう次です。あの大鉈様が滅びる前に準備だけはしとかなくては。商売とは激動であり。故に商人は全てを激動的に成さねばなりません。明日も儲かるなんて考えをしていたら商人失格です」
「いや、お前神官で死に損ないだろ」
「アライさん……神官は信仰を商っているんですよ。生きているか死んでいるかなんて些細なこと。人の価値はどれだけの金を持っているかで決まるんです」
影を踊らせエタリキ様が何か良い言葉をいっています。
聖典か何かの文言でしょうか?
「金の切れ目が縁の切れ目ってか……裏切るのか? あいつら」
「いえいえ。大鉈様には誠心誠意仕えますとも金を頂ける間はね。信仰とは信心であり信用です――ですから今は話だけですよ。今はね」
なにやら難しい話をしているご様子だ。
まあ、話が終わったらジフ様のところに連れて行っていただこう。
奥ゆかしく頭蓋骨を直立させ待ての姿勢をとる私。
「重要なのは……そう重要なのは次の商売相手への手土産を何にするかです。手土産をね……」
お土産を持ってお客さんに挨拶とはエタリキ様達は、礼儀正しい方々だ。
大鉈の鼻先へと伸びる火影は禍々しく揺れていた。
迷ったときは善悪生死区別無く本質が出ます。
ほら、金の亡者とか。