鶏は舞い降りた
朝の訪れを表現する時、雄鶏が鳴くと書くことがあります。
夜を晴らす朝の象徴。
それは闇の怪物を追い払う力があるとも。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」【シネエエエエエエエエエエエエエエエ!!】
叩きだされた。
繰り返す。
コメディの蛇の一声によって私は”蛇の巣”の外に排除されてしまった。
いやーコメディが切れた瞬間、周囲の死に損ないが罵声とともに一斉に襲い掛かってきて……本当に殺されるかと焦った焦った。
『脳無しが愛らしい閣下を困らせるな』『俺たちの総司令閣下になれなれしいぞ!』『罵っていただけるなんてなんて羨ましい!』『噛まれたい』『いや、巻かれたい』『体内に潜って腐った内臓をぐちゃぐちゃにしていただきたい』――忠誠心溢れる死者の群に呑みこまれる直前、アーネスト様が助けてくださらなければどうなっていたか……
まあ、そのアーネスト様にも『私は~コメディちゃんと大事な話があるから部屋の外で待っててね~ん。絶対に一人でどっか行っちゃ駄目よ』といわれて結局廊下に放り出されてしまったのだが。
とんがり帽子の飾りを揺らし部屋の中に戻るアーネスト様と再び閉じられる大扉。
「……」
「……」
扉を守る二体の死に損ない騎士と私だけか残された。
暇である。
気合と根性で左右に転がるが――なにせ今の私は頭蓋骨のみ自力での移動さえ覚束無い――二体の騎士は視線さえ動かさない。
カラコロゴッツンテントンコン……
ふむ反応無し……ならば扉に向かって前転――
ガッガガッ!!
――しようとしたら眼前へ交差するように打ち込まれる槍。
床の石を深々と貫く穂先は私の頭蓋骨程度なら容易く破壊することができるだろう。
槍を打ち込んだのは当然二体の騎士。
なんと直立姿勢のままだ。
手首の捻りだけでこの威力……流石はコメディの部屋を守るだけのことはある。
私が後ろに転がると二体とも槍を引いて再び元の構えに戻った。
「……」
「……」
この二体、アライ様たちより強いんじゃないだろうか? なんにせよ仕事熱心なのはいいことだ。……少し頭蓋骨削れたけど。
前転後転に連続挑戦してもいいが後でアーネスト様に怒られるかも……ここは我慢するか。
暇つぶしを諦めた私は死に損ないの騎士へ鋭い眼差しを向け告げる。
今日は見逃してやろう。元気になったらもっと頭蓋骨を削らせてやるからな!
「……?」
「……?」
私の捨て台詞に首を傾げ、初めて感情を伴った動きを見せる二体。
戦闘力は高いのに言葉の意味が理解できてないようだ。
私のように優秀な死霊魔術師であるジフ様に創造していただいたわけではないのだろう。
不憫である。
「……」
「……」
……? はて、不憫そうな目で見返されてるような気が。
ま、いいか。
冷たい石壁、哀れみの眼差し、饐えて澱んだ空気に包まれ転がること暫し。
やはり暇だ。
正直、管理役のアーネスト様がいないし新しい身体でも探しにいきたい。
ジフ様のために人間を殺すにしても、ジフ様のために魔族を殺すにしても、ジフ様のために勇者を殺すにしても、ジフ様のために何か殺すにしても身体がないと不便だ。
この王墓には沢山死に損ないがいるから一つぐらい首から上がない身体が余っていると思うのだ。
我ながら冴えている。
問題はアーネスト様に一人でどっか行っちゃ駄目と言われたこと。
一人じゃなければ、つまり誰かと一緒ならばどこか行っても良いという意味なのだが……
大鉈的独自解釈を元に同行者を探す。
チラリと不憫な眼差しを注いでくる二体の騎士を一瞥。
付いて来たりしてくれなさそう。いや、仕事に忠実なのは素晴らしいことなんですけどね。
扉一つ隔てた向こうではコメディが部下と一緒に楽しく人類殲滅しているというのに私には同行者の一人すらいない……
肋骨の間を寒風が吹きぬけるような気分。
ああ、一人ぼろぼろの小屋で過ごした日々が思い出される。
「コケ?」
黄昏ている私を覗き込むものが一人、もとい一羽。
白い羽毛、赤い鶏冠、黄色い嘴……鶏である。
迷い鶏であろうか?
ああ、いや違う。
よく見ると羽毛はくたびれており、眼球は程よく腐り堕ちている。
死に損ないな鶏だ。
ニワちゃんの知り合いかな?
とりあえずおはようございますと挨拶する私。
挨拶は人間関係構築の基本だ、とエタリキ様が言っていた。
丁度いいのでジフ様のお役に立てないことなど不甲斐無い現状を相談してみる。
「……」
「……」
鶏と会話を始めた私に騎士たちから更なる憐憫の情が注がれているようないないような。
気にしたら負けだ。
ジフ様も虚空に愚痴ったりしてるし気にしなければ問題ない。
「コケ」
私は身体が無くて最前線で戦えないこと。
「コケ?」
頭蓋骨がボロボロで余命が短いと宣告を受けていること。
「コケ!」
最近は一人で転がり回ることもできず座布団を頭蓋骨で磨く日々。
「コケケ」
それでもジフ様のために働きたいという思い。
「コケコケ」
鶏は頸を掻いたり、毛繕いをしながらも真摯にコケコケ頷く。
意外に聞き上手な鶏様へ次々と悩みを話してしまう。
なんていい鶏様なんだろう。
種族を超えた友愛に涙――心情的に――する私。
昔、隣の納屋で飼われていた鶏を美味しそうとか食欲に満ちた目で見てごめんなさい。
「コケ」
謝罪する私に鶏様は、雄叫び一つ。
私を咥えてとことこ歩き出す。
「コケ、コケ」
一羽と一緒だから……一人じゃないとのこと。
同行者になってくれるようだ。
目から眼球が落ちそうになった。眼球ないですが。
扉の左右で死者の騎士二体が見送ってくれる。
鶏様に任せるまま私は新たな身体の探索へと旅立ったのだ。
迷いました。
ここは墳墓のどこでしょうか?
「コケーーーーー?」
同行してくれた鶏様にもわからないそうです。
弁解すると迷ったのは私や鶏様の責任ではない……はず。
どこもかしこも似たような石造りの壁と灯火ばかりなので迷うのはある意味必然。
今度、案内板の設置をお願いしてみましょう。
しかし本当にどうしたものか。どこもかしこも同じに見えます。
最初はすれ違う死に損ないに『首から下の無いからだが欲しい』と訊ねてあちこち赴いたけど思わしい死体も中々見つからず。
いつの間にか誰も通らない場所に迷い込んでしまった。
いやはや。困った。どうしましょうか。
「コケー」
頭蓋骨を捻る私の上で鶏様が鳴く。
その鶏声は石壁を跳ね返り空虚な通路を延々とこだました。
鶏が家畜化されたのは約八千年前らしいです。
目的も食用より朝の訪れを告げるその声に宗教的祭儀的価値を認められたとか。
実はファンタジー的に重要なポジションだったりします。
あ、最近新作書いてます。
主人公は当然、モンスターなので人外好きの方はどうぞ。