墓穴にて
墓穴――埋葬をする習性というか文化は人間だけのものらしいです。死後の世界を思ったゆえか、故人への愛か、忠誠か……人が獣から人になったのはその時かも知れません。
ダブロス王国カネタメリー教会王墓奥深く、
「魔王軍なんて滅びちまえーーーーーー!」
「そうだ!! 滅びちまえ!!」
「滅びろ魔王も! 勇者も!! 人間も!!!」
今宵も魔王軍に勇者に人間にと呪いを吐き酒瓶を空ける影が三つ。
「クビがなんだーー!」
「無職なんて怖くねーぞ!!」
「元勇者を舐めんなーー!!!」
そんな灯火に揺れる三つの影、即ち――偉大なる我が創造者ジフ様とアライ様及びウドー様は、景気よく(?)葡萄酒を瓶ごと喇叭飲み。周囲にはいくつもの空瓶が順調に量産されている。
なんといいますか……これぞ酔っ払いの酒宴と絵画にしたいほど酔っ払いです。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああん? 誰が酔っ払いだ!!」
おう、言葉にしてない心の声まで聞き取れるとは流石はジフ様。先ほどまで扉の陰で錯乱されていたとは思えない鋭さ。
「私は酔ってないぞ! 私は酔ってない! 酔っ払いは皆そう言うんだ! だから私も言うんだ!!」
はい、ジフ様は酔っていません。
誰もいない虚空に向けて力説するジフ様。そして即座に肯定する私。
ジフ様の仰ることに疑念を挟まない私は超忠実な部下である。
……断じて『いいか、酔っ払いを相手にするときは適当に流しとけ』とおやっさんの教えが頭蓋骨の片隅に浮かんだ訳ではない、浮かんだ訳ではないのだ。
「そうだ私は酔っていにゃいっ!」
「そうだ俺たちも!」
「某も!」
「「「酔ってない!!!」」」
再び仲良く声を合わせ乾杯をする酔っ払……酒に溺れた方々。この王墓に移住してからジフ様とアライ様達がとても親密な飲み友となった。
最初は膝を抱えて意気消沈するジフ様にアライ様達が酒を勧めたのだが……
「酒だあああああああああああああああああああ!! 現実なんて知るかあああああああああああ!!」
とってもお気に召した上に明るくなられたのだ。
それにしても死に損ないが酔えるということを初めて知りました。
私も一緒に酒盛りしたい。
毎晩繰り返される光景に私は無い唇を噛む。
ああ、酒瓶を掴む腕どこか下顎以下全損したこの身が怨めしい。
勇者に二度も体を壊され、アンスターで手に入れた古の魔王達の残骸や剥製をつないだ体もジフ様に……不慮の事故で失った私は、未だ頭蓋骨だけの状態なのだ。
アーネスト様、骨ください。
酒宴と同じだけ繰り返された希望を傍らのアーネスト様に伝える。
「ダメよ~ん」
そして髑髏の桃色道化師の返事も毎回同じ――否である、
「金蔓様、貴方様はもう肉体労働なんて必要のない御立場なのです。勝手に動き回れる肉体……いえ、骨格など百害あって一利無し。中身の無い頭で馬鹿な行動をしてうっかり自滅する未来しか見えません。もしそんなことになれば死者の軍団に何が起こるか……」
おまけにエタリキ=カネタメリー大司教の小言が続くまでがいつもの流れ。それにしても徐々に言葉に棘が増えている。
くっ、管理職になったことで身体が必要なくなるとはこの大鉈一生の不覚ッ! あああ! ジフ様のために身体を動かしたい。
「未来の死霊魔術師第一席、ジフ・ジーン歌います!!」
「ええぞー歌え歌え!」
「墓は~掘っても~掘られるな~祝言挙げるな~人生墓場~」
「下手糞ーーーー!!」
墓石を擦り合わせるようなジフ様の美声が響く中、私は金貨を信仰する神官の説教を聞き流す。
『貴方様が要』『最優先ですよ』『決して戦ってはいけない』『魂喰兵との関係が』『聞いていますか?』『××××××』『○○○○○○』……
今日はいつもより長いか、と思ったがジフ様達の宴会芸が三巡りぐらいし、
「お分かりいただけましたか?」
絞めの言葉に頭蓋骨を揺らすことで私は返事をする。なお話の内容はどこかに消えた。
「大鉈ちゃん、難しいことは理解できないって分かってるけど少しは努力をしてね~ん」
エタリキ様の説法の次は再びアーネスト様の小言。ただその顔は何の感情を浮かべることのない髑髏なのだが……エタリキ様とは異なる何か別の他者のための感情が浮かんでいるようにも見えた。
………………?
謎の感情と何を理解すればいいのか理解できない私は頭蓋骨を傾ける。
「自分自身を大事にするようにってことよ~ん」
そんな私の頭をぽんぽんと撫でて道化師は酒宴に眼窩を向けた。文字通り浴びるように酒を消費するジフ様の姿に微笑みを浮かべる。いえ、無表情の髑髏顔なんですがね。
「ジフ様もだけどね~ん。お酒は楽しまないともったいないわ」
アーネスト様によると消費されているのは種や皮などが丁寧に取り除かれたタリア産の高級葡萄酒らしい。安酒だと皮多くて歯や喉に絡むのだ。
「大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ」
「まだいけるまだいけるまだいけるまだいけるまだいけるまだいけるまだいけるまだいける」
「私が不幸なのは世界が悪い!! 世界が悪いんだ!!」
大きく傾けた瓶から中身がジフ様の顎骨を伝ってぼとぼとと零れ落ちる。
補足するが床にこぼれた葡萄酒は死体獣たちがふきふきしてくれる。
とてもかわいい。
アーネスト様もその素晴らしい光景を肴に葡萄酒を味わいだした。こちらは上品に酒杯に注ぎゆっくりを手の中で揺らす。なんだか上品で似合う。部屋が薄暗いこともあって葡萄酒が血のようだ。
「ふふふふふふふふふ」
ゆっくりと酒盃を傾けるアーネスト様。その口元に流れ込んだ紅はしかしジフ様とは異なり顎から零れ落ちることは無い。
どうなっているのだろうか?
「これでも元死霊軍団の幹部ですからね。これぐらいはお手の物よ」
微笑むアーネスト様の後ろでは、ジフ様が樽を傾け盛大に顎どころか胸や腰から酒を撒き散らしている。
「ジフ様もまだまだ若いんだし焦らなくていいと思うんだけどね~ん」
……ジフ様って若いんですか?
死霊魔術師って年齢がよく分からない。いえ、だって基本骸骨ですし。そもそも死に損ないに若いも老いもないような。
「ふっふ~ん、そこら辺は骨を見ればね~ん」
自慢げなアーネスト様。アーネスト様によると骨の大きさや色で生前の年齢や死に損ないになってからの年月が分かるそうだ。後は、間接部の削れ具合に纏う陰の精気も重要らしい。
「大鉈ちゃんもかな~り若いわね」
ほう、私も若いですか。ジフ様とお揃いですね。
「成人はしてるけど二十年も生きてないわね。明らかに貴族じゃなくて平民……」
私を覗き込みながら私の知らない私を明かしていく髑髏の道化師。
「死んだのは二、三年以内……傷の殆どは死後のもので死因は不明っと」
傷――そう、私の最後の骨である頭蓋骨だが微細な亀裂に始まり欠損が目立つ。
骸骨洞窟でジフ様に生み出されてからの激務の証だ。私の誇りと言っていいだろう。ジフ様のためにこの身を粉骨砕身してきたゆえの名誉の負傷。
ジフ様に殴られ、ジフ様に投げられ、勇者に潰され、ジフ様に蹴られ、ジフ様に打たれ、勇者に斬られ、ジフ様に殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ続けた。
「何度でも言うけれど~ん。もう大鉈ちゃんは自分で戦ったらダ・メ・よ。本当にダメよ~ん」
え? ええ、はい。
ほぼ私の主治医なアーネスト様はしつこく繰り返す『もう大鉈ちゃんは戦ったらダメだ』と。
なんでも私は、死に損ないで最底最弱且つ単純な骸骨兵でも”個”を維持することな困難なぐらい損傷しているらしい。
いや、困ったものである。
こちらの主従は平常運転。大鉈が労災申請踏み越えてます。